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青空そして星空
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土曜の昼下がり、アスカは部屋のベッドの上で寝転がっていた。

「はぁ。」

幾度目かのため息。

「はぁ。」

アタシは、何をしてるんだろう?

ミサトのマンションに一人。時間だけが過ぎていく。

                        ●

この土曜日は、ミサトは徹夜で帰ってこれない。
なかなか進展しない、シンジとの関係にピリオドを打つ為、アスカは計画を立てた。

朝、ミサト出勤。
午前中はシンジと映画。シンジが見たがっていた怪獣物の映画のチケットを2枚入手済
み。
昼食は、最近、若者に人気の、おしゃれなレストラン。
午後から、街をデートした後、遊園地へ向う。遊園地のナイターチケットも既に入手済
み。
夕食は遊園地で済ませ、ロマンチックな夜の遊園地の雰囲気のまま、家に帰り朝までシ
ンジと二人っきり。

デートの計画は完璧だった。全て下調べを済ましていた。しかし、どうやって、シンジ
を連れ出すか・・・。
自分からデートに誘えるほど素直になれない。
あくまでも、なにげなく、さりげなく。成り行きでシンジと出かけたというのがいい。
結局、当日まで、良い案が浮かばなかった。

土曜の朝。

アスカは、6時に目が覚めた。直ぐに、カーテンを開け、窓の外を見る。
天気予報では確認していたが、天気が気になるのだ。
窓の外には、雲一つ無い青空が広がっており、まさに晴天という感じであった。

よし、上出来の天気だわ。
やっぱり、デートの時は青空じゃないとね。

時計に目をやると、時刻は6:00過ぎ、シンジはいつも6:30に起きる。
シンジが起きるまでの間、アスカはシンジと出かける口実を考えていた。

買い物の荷物持ちをしてもらう・・・。ダメね、それでいきなり映画じゃおかしいわ。
映画のチケットを2枚もらったから、仕方なく・・・。それもダメね、遊園地のチケッ
トもあるもの。

あまりにも、用意周到な為、デートに誘う以外の理由が見つからない。

そうこうしているうちに、リビングで朝食を作る音が聞こえる。
時刻は6:40を過ぎている。

シンジ、もう起きてきたんだ。どうしよう。

映画に行くには、9:30に家を出れば間に合う。シンジを誘う口実を考えるには、あ
と3時間近くの時間がある。

焦っっては、ろくなことにならないわ。落ち着いて考えるのよ。

しかし、無情にも時間は過ぎ去り、今はミサトも入れての朝食タイム。時計の針は
8:15を指していた。
朝食の間、アスカは終始無言で考えていた。
アスカのご機嫌が斜めのようなので、シンジもミサトも、触らぬ神にたたり無しと、知
らぬ顔で朝食を取っていた。

どうしよう。もう時間が無い。

ミサトが出勤した後、アスカは一人部屋で、焦っていた。
出かける準備は整っている。気合を入れておめかしもした。しかし、誘う口実が思い付
かない。
既に8:45。もう後が無い。
しかし、何日もかけて、考えた末見つからなかった解答である。そうそう、簡単に良い
方法が見つかるわけがない。

プププププププププ プププププププププ プププププププププ

電話の音がする。どうせ、シンジが出るだろう。時間は、残りわずか。1秒たりとも無
駄にはできない。

「はい、葛城ですが。トウジ? え、今日? うん、暇だけど・・・。」

ちょ、ちょっと! 冗談じゃないわ!

アスカは、電話の会話を聞き、部屋から飛び出す。

「うん、9:15にいつものゲームセンターだね。わかった。」

ガチャ。

シンジが電話を切り、振り向くと、そこには唖然としたアスカが立っていた。

「アスカ?」

「今日、出かけるの?」

「うん、トウジ達とゲームセンターに行くことになって・・・。」

「ダメよ!」

「なんで?」

もう、理由なんてどうでもいいじゃない。デートに誘うのよ!
今なら、まだ間に合うわ。
せっかく、今まで時間をかけて考えたんじゃない!
今日まで、ずっと楽しみにしてたんじゃない!
そうよ、別にいいじゃない、アタシがデートに誘ったって・・・。

しかし、アスカの口から出た言葉は。

「うるさい!」

アスカは部屋に篭ってしまった。

                        ●

「はぁ。」

アスカは、既に役に立たない映画のチケットを見ながらため息をする。

どうして、あの時素直になれなかったんだろう。
アタシは、どうしていつもこうなの?
あの時も、あの時も・・・。

自分が素直じゃ無い為に、損をしてきた思い出がよみがえる。

今度こそはと思ってたのに・・・。

アスカには、外に広がる青空が、今は憎らしくさえ思えてくる。

ビリビリビリ。

映画のチケットを破り捨てる。

いらないわよ、こんなチケット。別に怪獣映画なんて見たいわけじゃないし。

枕をかかえて、ベッドにうつぶせに寝転ぶアスカ。時計は、もうすぐ1:00になろう
としている。

あー、お腹減ったなぁ。
今ごろは、あの青空の見えるレストランでお昼ご飯食べてたはずなのになぁ。

自分で、昼ご飯を作る気にもならない。

お腹減ったなぁ。

しばらく、ベッドの上でごろごろしていたアスカだが、空腹に耐え兼ねて、部屋を出る。

お菓子か何か、無かったかしら?

リビングに出ると、そこにはシンジが用意したものであろう、サンドイッチが置いてあ
った。

アイツ、よくあの短時間でアタシのお昼ご飯の用意ができたわね。

アスカはサンドイッチを持つとTVの前に座る。
サンドイッチを一口食べる。

おいしい・・・。

TVはつけているが、アスカの意識はTVには向っていなかった。
サンドイッチを食べる度に、シンジのことを思い出す。
TVを見ながら、独りで食べている自分を、見つめなおす。

なによ、このアタシが一生懸命考えた今日のデートより、ゲームセンターの方がいいっ
てーの!?

ガチャン!

残りのサンドイッチを、ひっくり返す。
トマトやハムを挟んでいたサンドイッチは、バラバラになり床の上に散らばった。

なによ!

バラバラになったサンドイッチを見つめるアスカ。
アスカには、わかっている。全て自分が素直じゃないことが原因なんだと。

サンドイッチが入っていた皿を手に取り、見つめる。
皿の底には、歪んだ自分の顔が映し出される。

「ハハハ・・・」

自虐気味に笑うアスカ。

まるで、アタシの心みたいね。

周りを見渡すと、四散したサンドイッチが目に入る。

・・・・・・・・・・・。

アスカは飛び散ったサンドイッチを拾い集める。

・・・・・ごめんなさい・・・・。

1つ1つ、皿の中に入れていく。
シンジの思いやりで、自分の歪んだ心を癒すように。

ガチャ!!

その時、ドアの開く音がする。

ドタドタドタ!!!

「アスカ!」

え? シンジ?

突然、シンジが帰ってきたので、アスカは驚いてシンジを見る。

シンジも、皿を持って立っているアスカを見ている。

二人は、そのまましばらく見つめ合っていた。

「あ、あの・・・。もう、遅いけど、映画にでも行かないかなと思って。ほ、ほら、ア
  スカの見たがってた映画・・・。あったじゃないか・・・。おごるからさ。」

ど、どうして? どうして、今日、映画に行こうとしてたこと知ってるの? ただの偶然?

「鈴原たちは?」

「え、トウジとケンスケは、その・・・。ご、午後から用事が・・・。そう、用事があ
  るらしくって・・・。だ、だから、その・・・。」

「暇になったから?」

「ち、ちがうよ。そうじゃなくて、そ、その・・・。」

アスカは、外で何があったか、だいたいの見当はついた。この計画を知っているのは、
自分以外にただ一人。

ヒカリ・・・。ありがとう・・・。

                        ●

時間はさかのぼって12:00過ぎ、シンジはトウジ、ケンスケとゲームを終え、マク
ドナルドへ向っていた。

「い、碇くん?」

名前を呼ばれて振り替えると、姉妹で買い物に来ているヒカリが立っていた。

「よぉ。委員長やないかい。」

トウジが、元気よく声をかける。

「ど、どうして、ここに碇くんがいるの?」

ヒカリが不思議そうに尋ねる。

「そんなん決まっとるやないかい。今朝、ワイが電話したら暇やっちゅーさかい、一緒
  に遊んどるんや。男の友情っちゅーやっちゃ。」

「す、鈴原・・・、それ何時頃?」

「そやなぁ、ケンスケに電話したんがぁ、8:30頃やから、その後やなぁ。」

「ア、アスカ・・・。」

ヒカリは、アスカを思いやり、悲しそうな顔で青空を見上げる。

「どないしたっちゅーんや。そないな、辛気臭い顔してぇ。」

「すーーずーーはーーらーー!!!! どーしてアンタだけは! いっつも、いっつも余
  計なことばっかりするのよ!!!!!!!!」

いきなりの怒声に、トウジは冷や汗を垂らして、1、2歩後ろに後ずさる。

「な、なんやぁ? ワイがなんか悪いことしたっちゅーんかいな!」

「おもいっきり、してるじゃない!!!! 碇くん? アスカから何か聞いてないの?」

突如出た、アスカの名前にシンジは驚く。

「ア、アスカ? 別に・・・何も・・・。なかったよなぁ・・・。」

「実はね・・・・・・・・・・・・・」

                        :
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                        ●

シンジは、全速力で帰ってきた為、汗びっしょりになっていた。

あーあー、こんなに汗かいちゃって・・・。よっぽど、あわてて帰ってきたのね。

「べ、別に、暇になったからとか、そういうわけじゃなくて、アスカと、映画行きたい
  から・・・その・・・。」

まだ、言い訳を必死にするシンジ。

「それって、デートの誘い?」

アスカは、首を傾げて微笑みながら問い掛ける。

「い、いや、そ、そんなんじゃなくて・・・、デ、デートとかじゃなくて、その・・・、
  映画が・・・映画が見たいから。」

あーあ、汗に加えて脂汗まで流しちゃって・・・。あんまりいじめると可哀相だから、
この辺で許してあげてもいいかな。

アスカは、椅子にかかっていたタオルを手に取ると、シンジの汗を拭う。

「ア、アスカ?」

「どうして、こんなに汗かいてるの?」

「い、いや、今日は暑いから・・・。そ、そう、外は、雲一つない青空だよ。こんな日
  に家にいたらもったいないよ。」

「映画見たい?」

「う、うん。」

「誰と?」

「え、ア、アスカと・・・その。」

「デートに誘ってくれたら、見てあげてもいいわよ。」

悪魔的笑みを浮かべるアスカを前に、シンジは緊張する。

「え・・・。」

ほら! 早く誘いなさいよ! デートに誘ってくれたら、アタシも言いたいことあるんだ
から!

「あ、あの・・・。デ、デ、デ、デートして・・、して、くれないかな?」

「いつ?」

「い、今から・・・。」

「どこに連れていってくれるの?」

「えっと、映画に行って、そ、それからレストランでご飯食べて、買い物して、その後
  は、えーーーっと、遊園地・・・。」

まったく、アタシが立てた計画そのまんまじゃないの!
まぁ、いいわ。初めてのデートはシンジから誘ってくれたんだし・・・。

「いいわ。」

「え!? あ、ありがとう。」

シンジは肩の荷が降りて、ホッっとしている。アスカはそんなシンジの汗を拭いつづけ
ていたが、じと目でシンジを見上げる。

「アンタ、ヒカリに会ったんでしょう。」

「え、いや、そんなこと・・・。」

「さっきの、デートコース、アタシが考えたまんまじゃない。」

「え・・・。」

しまったという顔をするシンジ。

「ヒカリに会ったのね。」

「うん。」

申し訳なさそうに、白状するシンジ。

「でも、シンジの方から誘ってくれてありがとう。」

「アスカのことも考えないで、ぼくが出かけちゃったから・・・。ご、ごめん。」

さらに、シンジは申し訳なさそうな顔で謝る。

「違うの。アタシが悪いの。ゴメンナサイ。」

アスカは、頭を下げて謝る。
謝るアスカを見るのは、シンジにとって、これが初めてだった。

「ア、アスカ?」

深々と下げていた頭を上げると、アスカは微笑んでいた。

「本当はね。今日、シンジをデートに誘うつもりだったんだけど・・・。なかなか言い
  出せなくて。シンジには本当に予定が無かったんだもん。悪くないわ。」

「で、でも・・・。」

シンジの言葉を遮るようにアスカは続ける。

「朝、鈴原から電話があった時、今日はアタシに付き合ってって言おうとしたの。でも
  素直になれなくて、言えなかったの。後で、そのことを後悔したわ。」

「アスカ・・・。」

「今日ね、朝起きたら、きれいな青空だったの。うれしかったわ。でも、シンジが出て
  いった後は、窓の外に広がる青空が憎らしくて、恨めしくて・・・。」

「アスカ・・・。」

「もう後悔したく無いの。だから・・・、シンジ・・・?」

「え?」

アスカは、目を閉じて、大きく息を吸う。
しばらく息を止めると、ゆっくりと吐き出し、肺に溜まっていた空気を全て吐き出し終
わると、目を開いた。

「アタシ、惣流・アスカ・ラングレーは、碇シンジのことを愛しています。
  つきあってください!」

アスカは、深々と頭を下げて、シンジに頼んだ。

「ちょっと、やめてよ! 頭なんか下げないでよ!」

突然のことにシンジは狼狽する。

「アタシはね、こうと決めたら、トコトンやる性格なの。今までエヴァに全力で取り組
  んできたけど、これからは、その力を全てシンジに使うことにしたの。
  で、どうなの? 返事を聞かせてもらいたいんだけど?」

「ぼくも、いや・・・。ぼくは、アスカのこと好きだよ。」

シンジの言葉を聞いた時、アスカの目には涙がうっすらと溜まっていた。しかし、顔は
笑顔だった。

                        ●

「きれいねぇ。」

「そうだね。」

アスカとシンジは観覧車で、第3新東京市の夜景を見ていた。
アスカは、外に見える宝石のような景色を眺めていた。

「アタシ、シンジに見合うような、いい女になるわ。」

「ぼくも、いい男になれるかなぁ・・・?」

「シンジは、今でも十分。そんなことしなくていいわ。それより、1つだけお願いがあ
  るの。」

「何?」

「アタシを捨てないで。ママのように、アタシを置いてどっかにいっちゃわないで。」

その言葉は、シンジにとっても痛切なものだった。

「あたりまえだよ! ぼくは父さんみたいに、アスカを、家族を捨てたりしない。絶対
  にしちゃいけないんだ。」

「ありがとう・・・。」

その言葉を聞いたアスカは、安心したように、シンジに寄り添う。

ガタンガタン。

観覧車はゆっくりと、ゆっくりと、空高く登っていった。

観覧車が最も高い位置に移動した時、アスカはシンジに寄り添いながらながら、星空を
見上げていた。

雲1つ無い澄んだ夜空に、光り輝く星の群れが幾万と輝いていた。

あの星空のどこかに、ママがいるのかなぁ。

記憶のかけらに残っている、自分の母親の笑顔を星空に描いてみるアスカ。

アスカは星空に向って、小さく手を振り、自分の体重を支えてくれているシンジに視線
を移す。









さようなら、ママ・・・。

fin.
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