様々な人の想いが宿る街、第3新東京市。

今ここに、アスカの新たなる生活が始まろうとしていた。

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新たなる生活
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<ゼーレ本部>

世界はネルフとゼーレの2極対立時代。そんな中、ネルフはエヴァンゲリオン初号機の
開発に成功。戦局はネルフ有利に傾くかと思われたが、時を置かずしてゼーレでもエヴ
ァンゲリオン弐号機の開発に成功した。

「惣流・アスカ・ラングレー。」

「はい。」

ゼーレの最高権力者であるキールの前に、弐号機のパイロットとして選出された赤いプ
ラグスーツに身を包む少女が歩み出る。

「ネルフへ進入し、初号機を奪取せよ。もしそれが適わぬ時は、実力を持ってこれを排
  除せよ。」

「はい。」

この作戦が成功すれば、戦局は一気にゼーレへ傾く。司令室を退室するアスカを見送り
ながら、キールはニヤリと笑みを浮かべた。

<学校>

今日もいつもの朝が始まった。シンジはユイとゲンドウに送り出されて、いつもの様に
学校へ向かう途中、仲の良い友人のトウジやケンスケと合流する。

「今日、転校生が来るそうやないかぁ?」

「えっ? そうなの?」

「なんだ? 碇。聞いてなかったのか? 女の子らしいぜ?」

「そうなんだ。はは。」

「お前、友達作るの下手だからなぁ。」

友達と言っても、相手が女の子ならあまり話す機会も無いだろう。シンジはあまり関係
無いと言う感じで、雑談に花を咲かせながら学校へ向かった。

キーンコーンカーンコーン。

始業のチャイムと共に、担任の老教師が教室に入って来る。それに伴なって、白人の血
の混じった髪の長い少女が姿を現した。

「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく。」

真新しい中学の制服を着たアスカは、簡単な挨拶をして与えられた自分の席へと座る。
ゼーレの裏工作の結果、ネルフ本拠地である第3新東京市の市民権を確保し、この中学
へ転入してきたのだ。

まずは、ネルフ関係の情報収集からね・・・。
なんとかして、初号機に接近しなくちゃ。

初号機はネルフの切り札であり、パイロットの情報を含めその全貌は一切公開されてい
ない為、情報収集から始めなければならない。

放課後、ネルフに関係する組織を当たってみるか・・・。

下手な諜報部員より、女子中学生というた立場はある意味動き易い。ゼーレで得られた
情報と、実際の街の様子を照らし合わせながら今後の作戦を練る。

「あの・・・惣流さんだっけ?」

「えっ?」

どれくらい考え事をしていただろう。何時間目かの授業終了のチャイムが鳴った時、突
然自分の名前を呼ばれ顔を上げると、そこには黒髪の少年が立っていた。

「なによっ!?」

「もう、みんな行っちゃったよ?」

「みんな?」

「次、体育だから。女子は更衣室に・・・。」

「体育?」

「あの・・・。ぼく達も着替えたいんだけど?」

アスカが周りを見渡すと、着替えるに着替えられず1人いつまでも残っているアスカを、
遠巻きに見ているクラスの男子達の群れ。

「あっ! わ、わかってるわよっ!」

アスカは慌てて席を立ち上がると、照れた顔で体操服を持ち更衣室へパタパタと走って
行くのだった。

<郊外>

放課後になり、アスカは第3新東京市の街を、1人地図を見ながら歩いていた。

清掃局がネルフに出入りしているはずよね。
まずはそこから当たってみるか・・・。

ネルフへ出入りしている業社は幾つかあるが、まずは手近な所で清掃局から当たってみ
ることにする。

「ちょっと。いいかしら?」

「なんだ? 君は?」

「ここでバイトしたいんだけど?」

清掃局へ辿り着いたアスカは、最初の足掛りとしてアルバイトの申し出をする。上手く
行けば、清掃局員としてネルフに出入りできるようになる。

「うちはアルバイトなんか、募集してないよ。」

「生活に困ってるのよ。雇ってよ。」

「駄目駄目。そんな権利俺には無いよ。」

「じゃ、上の人に取り次いでよっ!」

「無理だって。同情はするが、俺にはどうしようもないよ。帰りな。」

「もういいわよっ! フンっ!」

その後も、ゼーレの情報を元にネルフに出入りしている幾つかの企業を回ったが、こう
いう時中学生という立場は弱く、どこにも雇って貰えなかった。

<団地>

ゼーレに与えられたコンクリート打ちっ放しの取り壊し掛けの団地。そこに帰って来た
アスカは、スーパーで買ってきた野菜を生のままバリバリとかじる。

”企業を通じてネルフ進入を計画するが成果無し。”

本日の行動記録をモバイル端末に記録し、明日の計画を綿密に立て始める。

バリバリバリ。

栄養補給の為だけの食事。幼い頃から戦闘兵器として育てられたアスカは、料理の味は
おろか娯楽というものを知らなかった。
アスカにとって生きることとは、すなわち命令を実行することに等価値。

バリバリバリ。

生の野菜を全て噛み千切って食べ終わったアスカは、電灯も無い部屋でコンクリートの
床に寝転び、明日に備えて睡眠による体力の回復をはかるのだった。

<学校>

ゼーレの設定したアスカの素性は、両親を亡くし働き口を探して第3新東京市に出てき
た貧乏な勤勉学生となっている為、学校にだけは必ず顔を出さなければならない。

学校の時間がなければ、もう少し動けるのに。
ん? ちょっと待って・・・。
この学校に来てる子の親が、ネルフに勤務している可能性は高いわね。
学校にいる間は、その線から当たってみるか・・・。

新たな作戦を思い付いたアスカは、ぐるりと教室を見渡してみるが、クラスメートの顔
を見たところでその両親の職業までわかるはずもない。

休み時間に、適当な人間と話をしてみるか・・・。

アスカの脳裏に、昨日転校生ということで親切に声を掛けてくれたクラス委員長のヒカ
リの顔が思い浮かんだ。

昼休み。

「ねぇねぇ。ヒカリ? 一緒にお昼ご飯食べない?」

購買でパンを買ってきたアスカは、自分の席で弁当を食べているヒカリの元へ、笑顔で
近寄って行く。

「ええ。いいわよ。」

「ありがとっ。」

ヒカリも、アスカは転校して来た所なので、一緒に昼食を食べる友人がいなくて寂しい
のだろうと思い、快く笑顔で手招きしてくれる。

「あら。美味しそうなお弁当ね。ママが作ってくれるの?」

早速、そしてさりげなく、家族の事情を聞き出そうとするアスカ。しかしヒカリは、手
をパタパタと振ってそれを否定した。

「ううん。私が作ってるの。お父さんもお母さんも忙しいから。」

「へぇ。そうなんだ。何をしてるの? ヒカリのパパやママって。」

「なんか、電気関係の仕事ね。」

上手くヒカリの家族の事情を聞き出せたまでは良かったが、ネルフとは直接関係が無い
様だ。

使えないわね・・・。
まぁいいわ。

「ふーん、そうなんだ。でも、偉いわねぇ。自分でお弁当作るなんて。」

「そんなことないわよ。こんな世の中でしょ? 家のことをやってる子も多いわよ。」

「そっか。この街じゃ、ネルフとかで働いてる人も多いんでしょうしね。」

それとなく確信を突いてみる。

「そうねぇ・・・。碇君の家も、ネルフの関係だったかしら・・・。」

自信無気に言ったヒカリだったが、アスカはその言葉を聞き逃さなかった。

碇シンジ。
昨日のあの子か・・・。

午後の授業中、ヒカリに聞いたシンジの方に目を向けると、昨日体育の時に声を掛けて
来た少年の顔が見える。

どうやって近付くか・・・。

同性なら話す切っ掛けも多いが、異性となると下手に近寄れば不自然になる。あまり目
立つ行動はしたくない。

今日は当たりだけつけとくか・・・。

放課後。クラスメートが帰る準備をし始めた時、アスカはカバンを持ってシンジの方へ
近寄って行った。

ドンっ!

「キャッ!」

あくまでも自然に、シンジが帰り支度をして振り向くタイミングを見計らい、体半分を
ぶつけると、その拍子に自ら足を滑らせ尻餅をついて転ぶ。

「あたたたた。」

「あっ! ごめんっ! ぼーっとしてたよ。大丈夫?」

「ええっ。大丈夫。大丈夫。それじゃっ!」

そう言いながら、アスカは何か急いでいる様に教室を走り出て行く。丁度、シンジの目
につきそうな所に、家の鍵を落として。

「ん? これ・・・。」

アスカが教室を走り出て行った後、シンジは床に落ちている鍵に気付いて拾い上げる。

「あの娘のかな?」

家の鍵など落としたら困るだろうと、シンジは慌てて後を追ったが、既にその姿は廊下
のどこにも見当たらなかった。

<団地>

学校での活動とは別に、今日もネルフ進入に使えそうな企業を幾つか当たってみたが、
昨日と同じく成果は無し。

今日もダメかぁ。

敵地でいつまでものんびりしていられない。時間が掛かる様であれば、強硬手段で出る
ことになっているが、できればこの任務を完全な形で完遂したい。

難しいわねぇ。

アスカはがっかりしながら、今日も生野菜をいくつかナイロン袋に詰め込んで自分の寝
るべき場所へと帰って来た。

「あっ!」

階段を上がり玄関の扉の近くまで来た時、その前に手擦りに凭れ掛りながらシンジが立
っていることに気付く。

よしっ!
かかったっ!

その瞬間、アスカは昼間の餌に獲物が食いついてきたと確信し、ほくそ笑みながら近付
いて行く。

「あの・・・これ、君のじゃないの?」

アスカの姿を見つけたシンジが、ポケットから銀色の鍵を取り出したので、慌ててスカ
ートのポケットに手を突っ込み、いかにも今気づいた振りをするアスカ。

「あっ、本当だっ! ありがと。あの時、落としちゃったのかしら?」

「うん。教室の床に落ちてたから。」

「本当に助かったわ。」

鍵を受け取ったアスカは、鍵穴に差し込み扉を開ける。その扉の向こうには、とても人
の住んでいるとは思えない空間が、顔を覗かせていた。

「君って、本当にここに住んでるの?」

「ええ。そうよ。」

「だって、ここって・・・。もう誰も住んでない団地じゃないか。」

それはそうであろう。もう団地の群の半数以上は取り壊され、この一角も近々取り壊さ
れる予定の所なのだ。

「だって、パパもママも死んじゃって、お金無いから・・・。」

「えっ! そ、そうだったんだ・・・。ごめん。」

シンジは、聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして、申し訳なさそうに顔を俯
ける。

「いいのいいの。キーを届けてくれて助かったわ。でも・・・お礼をしたいけど、水も
  出ないからお茶も入れれないの・・・。ごめんね。」

「そんなのいいよ。でも、どうして水が?」

「家賃を払うのが精一杯で・・・。電気も水道も引いてないの。」

「そんな・・・。」

まさか、自分と同じ年の娘が、そんな境遇で暮らしているなどとは想像もしたことの無
かったシンジは、愕然としてその真っ暗な家の中を見つめる。

電灯も無く水道も引いて無いのは事実だ。ただ、お金が無いからでなく、作戦遂行の為
に必要が無い為に引いていないだけなのだが。

「じゃ、ご飯はどうしてるのさ?」

「このまま食べてるわ。」

野菜の入ったビニール袋を少し持ち上げるアスカ。ゼーレにいる時から、同じ様な生活
をしてきたアスカなのだが、シンジにしてみれば信じられない事実だった。

「こ、こんなのっ! だ、駄目だよっ!」

「何が?」

「良かったら、うちにおいでよ。一緒にご飯食べようよ。」

「えっ・・・いいの?」

「当たり前だよ。おいでよ。」

「ありがと。」

シンジに誘われたまま再び家の鍵を閉めて付いて行くアスカは、思いの外ネルフ関係者
に早く接近できたので、してやったりという笑みを浮かべていた。

<シンジの家>

アスカを連れて帰って来たシンジは、玄関を開けると家の中へ入って行く。キッチンか
らは、ユイの作る夕食の美味しそうな臭いがしていた。

「ただいま。」

「おかえりなさい。」

帰宅の挨拶をすると、いつもの様にユイの声が返ってくる。シンジはアスカを手招きし、
リビングの方へ導く。

「大した所じゃないけど、晩ご飯くらいはあるはずだから。」

「あら、シンジ? お客さん?」

「うん。クラスの友達なんだ。」

「シンジが女の子を連れて来るなんて、初めてじゃないかしら? どうしたの?」

「そんなんじゃないよ。ただ、晩ご飯を一緒に食べようと思って。」

「あらぁ? そぉ。」

奥手だとばかり思っていたシンジが、突然可愛い少女を連れて来たので、ユイは嬉しそ
うに目を細めていた。

「惣流・アスカ・ラングレーです。」

「あらあら。そこに座って頂戴。あなたの分も用意するわね。」

そう言いながら、ユイは出していた皿の枚数を増やしてアスカの分も取り分けていく。
その横では、何も言わずにゲンドウが新聞を読んでいた。

「父さん。帰ってたの? 今日は早いんだね。」

「あぁ。そういう日もある。」

「もうすぐ晩ご飯なんだから、新聞ばかり読んでたら、また母さんに怒られるよ?」

「あぁ。わかってる。」

そんな雰囲気の中、アスカはユイに進められたソファーに座っていた。情報収集の為に、
ここまでやってきたのは良いが、なぜかどうも落ち着かない。

な、なんなのよっ。
どうしたってのよ・・・。

理由はわからない。ただ、どうしても落ち着くことができず、手を揉んでみたり足の位
置を変えてみたりしながら、目をあちらこちらへ空をさ迷わせていた。

と、とにかく・・・。
碇シンジの親のことを、聞き出さなくちゃ。
利用できないなら、ここにいても時間の無駄だわ。

「はい、できたわ。うちに来ていること。この娘のご両親には、言ってあるの?」

「母さんっ!」

親の話が出たので、シンジはアスカの顔色を伺いながら、ユイをキッチンまで慌てて引
っ張って行き、事情を説明する。

「あらぁ、そう。そうだったの。」

「だから。」

「わかったわ。」

シンジから事情を聞いたユイは、再びリビングに戻って来てアスカに近寄ると、やさし
く微笑み掛けた。

「アスカちゃん?」

「あっ、はい。」

今まで、どんな作戦訓練の時でも冷静にこなしてきたアスカだったが、そのユイの笑顔
を見た途端、戸惑ってしまい対応に困ってしまう。

「よかったら、毎日うちにご飯食べにいらっしゃいな。」

「え・・・。」

「わたしが来て欲しいんだけど? 駄目かしら?」

「でも・・・。」

利用できるものは骨まで利用するというのが、アスカの教わった鉄則であった。しかし、
ユイの言葉に即座に返事を返すことができない。

「ねっ。来て頂戴。いいでしょ?」

戸惑うアスカに、少し強引に言い寄るユイ。アスカが遠慮しているのだと思っているの
だろう。

「あなたも、その方がいいですわね。」

「あぁ、わたしは息子より娘が欲かった。」

なんだよそれ・・・。
ひどいよ、父さん・・・。

途中までユイがアスカを誘っているのを、笑顔で見ていたシンジだったが、ゲンドウの
言葉にムッとする。

「ほら、あの人もそうおっしゃってるから。いいでしょ? 明日もあなたの夕食の用意
  して待ってるわね。」

「はい・・・ありがとうございます。」

半ば強引に押し切られる形になったが、アスカも情報収集の為にはその方が良いと自分
を言い聞かし、心の中にある理解できないモヤモヤ封じ込める。

「そう。うれしいわ。これでうちの食事も、賑やかになるわね。男の子1人だと、味気
  なくって。」

なんだよそれ・・・。
ひどいよ、母さんまで・・・。

アスカがこれからも来ることが決まり、喜んでいたシンジだったが、ユイの言葉にムッ
とする。

「はいっ。じゃ、お食事を始めましょうか。」

その日の夕食がテーブルに並び、それを4人で囲んだ夕食が始まった。

「でね。シンジったら、小学校の3年までおねしょしてたのよ?」

「わーーーーっ! そんなこと言わないでよっ!」

「アハハハハハ。」

シンジの昔の恥かしい暴露話を次々と聞かされると、知らず知らずのうちに笑みが零れ
てしまう。

「さぁ、アスカちゃん。暖かいうちにシチューも食べてね。」

「はい。」

ユイの作ったシチューをスプーンですくって口に運ぶと、口の中が温かくなり、喉を通
って胸まで熱くなる。

アタシ、何をしてるのよ・・・。
こ、これは任務なのよっ!

それでもアスカは、自らの使命を思い出し、任務遂行の為にシンジの家族の情報収集を
開始した。

「あのぉ? おじ様は、どんなお仕事をされているんですか?」

「あぁ。大したことじゃない。」

「でも、こんな立派なおうちに住んでるんですから、きっと立派なお仕事なんですね。」

「ただの事務員だ。」

ゲンドウも馬鹿ではない。いくらシンジの友達とはいえ、見ず知らずの人間に自らの立
場を易々と言うはずもない。

事務員か・・・。
それでもネルフ関係だわ。一歩前進よね。

そうこうしているうちに夜も遅くなり、アスカは家へ帰ることになった。夜道の女の子
の1人歩きは危険だということで、ユイはシンジに送らせる。

「ご馳走様でした。」

「いいのよ。それより、これ。朝にでも食べて。」

玄関からシンジと一緒に出て行こうとするアスカに、ユイはいつの間に作ったのか、温
かいおにぎりを2つ、銀紙に包んで手渡した。

「えっ、いいんですか?」

「ええ。丁度ご飯が余ってたの。捨てるのも、勿体無いでしょ? だから、貰ってくれ
  ないかしら?」

「あ、ありがとう・・・ございます。」

「そう。嬉しいわ。」

おにぎりが包まれた銀紙を受け取ったアスカは、それをしっかりと胸に抱き締め、シン
ジと共に家を出て行った。

<団地>

シンジに送り届けられたアスカは、独り電灯も無い暗い家に入ると、冷たいコンクリー
ト剥き出しの床の上にぺたりと腰を降ろした。

「・・・・・・。」

カサッ。

アスカの足に何かが当たる。月明かりを頼りに足下を見ると、栄養補給の為に買った生
の野菜が転がっている。

「・・・・・・。」

野菜を見下ろすアスカ手には、ユイの作ったまだ暖かいおにぎりが抱かれている。

これは・・・任務なのよ。
任務の為に接近したのよっ!

コンクリートの上にユイの作ったおにぎりを置くと、先程買ってきた生野菜をバリバリ
と口に入れて食べ始めた。

バリバリバリ。

「・・・・・・。」

いつもの食事と同じだが、なぜか味気なく感じてしまう。

バリバリバリ。

「・・・・・・。」

そして、いつの間にか自分の買って来た野菜は、部屋の隅にほおり出されていた。手の
中には、ユイに貰ったおにぎり。ふと気がつくと、それを大事そうに持って食べていた
のだった。

<郊外>

今日は土曜日なので、昼から街へネルフ関連企業のアルバイトを探しに出ていた。最初
に当たったのは、ネルフに食品を届けている弁当配達業社。

「雇うのはいいが、配達は無理だろ?」

「どうしてよっ!」

「車の免許も無しに、どうしようってんだよ。」

「なら、歩いてでもいいじゃない。」

「駄目だって。弁当を作る方でなら雇ってやってもいいがね。」

ネルフに進入できない仕事を請け負っても意味がない。アスカは、そこは諦め他の業社
を回ってみたが、やはり年齢の問題で都合の良い仕事は見つからなかった。

<シンジの家>

ここ数日、毎日シンジの家へ夕食をご馳走になりに来ている。これも、ネルフ職員との
接触という大きな意味があった。

なんとかして、ネルフへ入れれば・・・。

一瞬でも初号機に接近することができれば、それに乗り込みシンクロした時点で勝敗は
決する。アスカは毎日シンジの家で、その機会を伺っていた。

「ねぇ、シンジ。明日、アスカちゃんと遊んでいらっしゃい?」

「明日?」

「ええ。ほら、お小遣いあげるから。」

「わぁ、ありがとうっ!」

「はい、アスカちゃんにも。」

「えっ!?」

ユイが、可愛らしい封筒に入ったお金を出してくる。アスカは驚いて、ユイの顔を見上
げた。

「はいっ。楽しんでらっしゃいねっ!」

ユイはそんなアスカの胸ポケットに、無理矢理その封筒を押し入れると、ポンと肩を軽
く叩いてキッチンへと戻って行く。

「・・・・・・。」

こういうことがある度に、戸惑ってしまう。任務の為だ、情報収集の為だと、自分を言
い聞かせるものの、時々得体の知れない感情が心の底から沸き上がってくるのだ。

ダメよ・・・。
そんな所に行ってる余裕はないのよっ!
明日こそは、ネルフに進入しなくちゃいけないんだからっ!

「じゃ、明日。10時くらいに迎えに行くよ。」

「えっ?」

「いいよね?」

「え、ええ・・・。」

今受け取ってしまったお金を返して断ろうとしたアスカだったが、ついシンジの言葉に
相槌を打ってしまい、断る機会を失ってしまった。

<繁華街>

翌日の日曜日、アスカはシンジと2人肩を並べて繁華街を歩いていたが、終始俯き加減
で言葉数が少ない。

アタシは何してんのよっ!
こんな所で時間を潰してる余裕なんてないのよっ!

「こないだ、水族館ができたんだ。行ってみない?」

「えっ? ええ。」

突然シンジに声をかけられ慌てて返事をしたアスカは、時間の無駄だと思いつつも水族
館へと向かって歩き出す。

ミスったわね・・・。
1日が完全に無駄になっちゃったわ。

そうは思うが、シンジの家族と接触を続けて行く以上、ここまで来てシンジをほって帰
るわけにもいかない。

「ねぇ?」

「えっ? あ、なに?」

考え事をしていたアスカは、シンジに声を掛けられ驚いて顔を上げた。

「具合でも悪いの?」

「ど、どうして?」

「だって、ずっと俯いてるしさ。」

「そんなことないわよ。」

「なら、いいけど。」

シンジが心配そうに声を掛けてきたので、アスカは元気な装いを見せるが、それでもシ
ンジはまだ心配そうにアスカを見つめていた。

<水族館>

「わぁぁぁぁ。奇麗っ!」

それは、アスカにとって初めての体験だった。この街へ来て学校や暖かい夕食など、様
々な初体験をしたが、今目の前に広がっているものもまた、想像を絶する光景であった。

「だろぉ? ぼくも始めて来るんだけどさ。奇麗って有名なんだ。」

「わぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ。」

アスカの目の前に広がる大きな大きな水槽の中に、色とりどりの奇麗な魚が優雅に群れ
を作って泳いでいる。

「きれいーーーー。」

天井までが水槽になった広い空間の中を、目を輝かせて歩くアスカ。何処へ目を向けて
も、自分の周りに別世界が広がっている。

こんな世界があるなんて・・・。
何度も訓練で海中に潜ったのに・・・海の中がこんなに奇麗だったなんて・・・。

「あはははははははは。」

両手を一杯に広げて、くるくると回りながら無邪気な子供の様な輝いた瞳で、辺り一面
を見渡すと、アクアブルーの中に煌く魚が舞っている。

「シンジっ! 見てっ!」

シンジがアスカの指差した方に目を向けると、熱帯魚の群が大きな水槽の中を左から右
へ泳いでいた。

「元気になって良かったよ。」

「えっ?」

「だって、ここに来るまでなんだか元気無かったからさ。」

「そんなことないわよ。」

「君ってそんな顔で笑ったりもするんだね。」

「えっ・・・。」

アタシが・・・笑ってた?
水族館で?
違う。アタシは戦士。今は任務の為に・・・。

「見てほらっ。」

「うん・・・。」

今度はシンジが別の魚の群を指差したが、アスカは軽く肯いただけ。シンジは急にど
うしたんだろうと、また心配そうにその顔を覗き込む。

「こっち、こっち。こっちも奇麗だよ?」

「なに?」

「ほらっ。アマゾンだよっ!」

先程の赤道直下の太平洋をモチーフにした場所とは雰囲気ががらりと代わり、今度は一
面を緑で装飾された水槽の中で、アマゾンに生息する魚が泳いでいる。

「ほらほらっ! ピラニアだっ!」

なんとなく楽しそうでないアスカを少しでも喜ばせ様と、シンジは先程から一生懸命必
要以上にはしゃいで見せている。

「そうね。」

「あんなのがいる川に入っちゃったら、ぼくの足なんかすぐに食べられるよ。きっと。」

「でしょうね。」

「・・・・・・。」

シンジは困った顔をしながら、何かアスカの喜ぶ話題が無いかと、きょろきょろと辺り
を見渡すと、今度は電気ウナギのいる独立した少し小さな水槽を見付ける。

「ほらっ! 電気ウナギだっ。」

「ええ。」

「このウナギで、蛍光灯もつくのかなぁ?」

「そうかもね。」

「・・・・・・。」

どんなにはしゃいで見せても、一向に乗ってこないアスカに、シンジはもうどうしてい
いのかわからなくなってしまっていた。

「そ、そういえば、そろそろお昼だね。」

「ええ。」

「ご飯。食べようか?」

「ええ。」

なんとか今の雰囲気を変えたいシンジは、丁度昼時ということもあり、水槽を少し離れ
水族館の中にある喫茶店へと入ることにした。

「あのさ・・・。」

喫茶店に入り腰を落ち着かせたシンジは、2人分のスパゲッティーを注文すると、おず
おずと話し始める。

「なに?」

「ごめん・・・。ぼくなんかと、遊びに来ても楽しくなかったよね。」

「えっ?」

「ははは・・・。女の子となんて遊びに来るの初めてだからさ。よくわかんなくて・・・。
  ごめん。」

そのシンジの言葉を聞いたアスカは、今までの自分の行動を思い返して、咄嗟にまずい
と思う。

しまった・・・。
つい、考え込んでた。

折角見つけたネルフ職員の家族を、こんなことで手放すわけにはいかない。アスカは慌
ててかぶりを振り、笑顔を作って答える。

「そ、そんなことないわよ。」

「でも・・・。あまり楽しそうじゃないしさ。」

「ち、違うのよっ! あのね。その・・・そうっ! パパやママとも一緒に来たかったな
  ぁって。」

「あっ・・・。ごめん・・・そ、そうだったんだ。」

その場で思い付いた言い訳だったが、シンジには十分説得力があった様だ。

「いいの。それだけ、楽しいってことなんですもの。」

「本当に?」

「ええ。」

そう言って再び笑顔を作ったアスカを見たシンジは、少し安心する。

「じゃぁさ。もうほとんど見ちゃったから、夕方までデパートに行こうか?」

「ええ。いいわよ。連れてって。」

「うん。」

シンジとアスカは、昼食を食べ終わった後、残りのまだ見ていない水槽を見て、水族館
を出て行った。

<デパート>

デパートに着くと、シンジはアスカを連れてレディースの洋服売場へとやってきた。

「実はさ、アスカに何か服をって・・・。母さんからお金貰ってるんだ。」

「アタシにっ?」

「うん。毎日うちに来てくれてるお礼だって言ってた。」

「そ、そう・・・。」

「だから、好きな服と靴、選んで欲しいんだけど?」

「ありがとう・・・。」

生まれてから今迄、アスカは訓練の成績でしか評価されたことがなかった。しかし、シ
ンジ達はそんなことは関係無く自分に好意を示してくれる。その度に、心の中にわけの
わからない感情が込み上げて来て、戸惑ってしまう。

「迷惑・・・かな?」

「ううん。そんなことないっ! じゃ、じゃぁ、アタシっ! 選んでくるっ。」

これ以上シンジに不信がられない為にもと、アスカはいそいそと数多くの洋服が吊られ
ているレディースのコーナーに入っていったが、軍服しか来たことのなかったアスカに
とって、どれを買えば良いのかわからない。

「えっと・・・。」

「どうしたの?」

「服を選べばいいのよね。服を選べば・・・。」

「好きなの選んでよ。この封筒・・・結構入ってるみたいだよ?」

「あのさ。」

「なに?」

「どんな服。似合うと思う?」

「えっ!?」

今度戸惑ったのは、シンジだった。女の子の服なんか、碌に見たこともないので、そん
なことを聞かれてもさっぱりわからない。

「そ、そういうのは・・・自分で・・・。」

「ねぇ、選んでよ。」

「うっ。」

近くにある服をちらちら見ながら困り果てた顔をするシンジを見て、アスカは思わず吹
き出してしまった。

「プッ!」

「どうして笑うんだよ。」

「だって、アンタの顔ったら。」

「だって・・・。わかんないんだもん。」

「いいわ。じゃ。一緒に選びましょ。」

お互い女性の服などわからない者同士で、店員のアドバイスも聞きながら、2着の服と
1足の少し踵の高い靴を選んだ時には既に夕方になっていた。

<郊外>

夕方になり、2人はユイが夕食の支度をして待つ家へと向かって歩いて帰っていた。

「今日は楽しかったわ。」

「そう・・・。君が喜んでくれて良かったよ。」

「どうでもいいけど・・・アンタ。アタシの名前覚えてないの?」

「そんなことないよ。惣流・アスカ・ラングレーさんだろ?」

「なら、君、君って言わないでよね。なんか、ヤだわ。その響き。」

「だって・・・そんな3つもある名前・・・。惣流さんって言ったらいいのか、ラング
  レーさんって言ったらいいのか、わかんないよ。」

「じゃ、アスカでいいじゃない。」

「えっ? そうなの?」

「ええ。何か問題ある? キャッ!」

横に並んで話をしながら歩いていたアスカが、急に悲鳴を上げたのでシンジが振り向く
と、自分の足元に崩れ落ちて足首を押さえてへたり込んでいる。

「どっ、どうしたのさっ!」

「なんか・・・急に・・・。」

かなり痛そうにしながら、足首を摩るアスカ。ふと見ると、先程買って直ぐに履いた靴
の踵がポキリと折れていた。

「だ、大丈夫っ!?」

「ええ。」

「ひどいなぁっ! 不良品じゃないかっ! どう? 立てる?」

そう言いながら、シンジはアスカを抱き起こそうとするが、足首が赤くなっており立つ
のが辛そうだ。

「これくらい、明日には治るわ。」

今までの訓練の成果で、どれくらいの怪我がいつ頃回復するのか大凡の見当がつくアス
カは、軽くそう言い返したものの、今痛いことに変わりはない。

「でも、かなり痛そうだけど?」

「大丈夫よ。」

頑張って立ち上がろうとするアスカだったが、余程痛いのだろう。苦痛に顔を歪めて、
痛めた足を地についてしまう。

「やっぱり、駄目じゃないか。はい。」

立つのも難しいと思ったシンジは、その場に座って背を向けると半ば強引にアスカを背
負う体勢になる。

「えっ?」

「家に帰ったら、シップとかあるからさ。そこまで・・・。」

「でも、アタシ重いわよ? それに家まで、まだ結構あるじゃない。」

「いいから。」

それでも、シンジが背負ってきたので、アスカもそれ以上抵抗しようとはせず、その背
中に体を預けることにした。

「ふぅ。ふぅ。」

いくら女の子とは言え、自分とほぼ同じ背丈の人間を背負うのだ。数分歩くと、シンジ
の息が上がってきた。

「ほら。無理よ。」

「大丈夫さ。それより、無理して酷くなったらどうするのさ。」

額に汗を滲ませながら、澄んだ笑顔を浮かべて振り返るシンジに、アスカは何も言い返
せない。

コイツ・・・どうしてここまで・・・。
自分に何の利益もないじゃない。
まぁアタシも、作戦遂行の為には、あまり足を痛めるわけにはいかないけど・・・。

シンジが息を上げながら、自分を背負って歩いている。じっと凭れていると、だんだん
と足の痛みも取れてくる。その背中からは、暖かい温もりが伝わって来た。

                        :
                        :
                        :

ようやく家の前まで到着したシンジは、ゆっくりとアスカを降ろした。

「はっ。はっ。少しは痛み取れたかな? はっ。はっ。」

「うん。重かった?」

「そんなことないよ。はぁはぁ。」

シンジの額の汗から、どれだけの体力を消費したのか安易に想像がつく。

「早く足が良くなるといいねっ。」

そう言いながら、目の前で息を切らしている少年がこちらを見ている。

一生懸命自分のことを心配してくれる少年。

澄んだ笑顔でニコリと微笑み掛けている。

透き通る様な笑顔で。

アスカの瞳に、その少年の姿が映し出される。

アスカの心に、その少年の心が映し出される。

心の中に、得体の知れない何かが沸き上がってくる。

それが何かはわからない。

それが何という感情なのか理解できない。

「アタシ・・・」

ただアスカは、その感情に・・・。

「アタシ・・・」

その得体の知れない感情に・・・。

「アタシ・・・」

恐怖した。

「ア、アタシっ!」

「どうしたの?」

「アタシっ! 帰るっ!」

「あっ! ちょっとっ!」

引き止め様とするシンジの手を振り切って、アスカは痛む足を少し引き摺りながら、逃
げる様にマンションを去って行った。

<アスカの家>

家に帰り着いたアスカは、生の野菜を噛りながら、小型の無線機のアンテナを窓の外へ
伸ばし通信をする。

「こちら、惣流・アスカ・ラングレー。」

アスカの声は、暗号化され電波に乗って第2東京市に面する東京湾沖へと飛んで行く。

「明日。ネルフへ進入するわ。失敗した場合は予定の手筈で・・・」

真っ暗な部屋の中、アスカは何度も使った通信機を握りしめて、作戦報告を行う。

「・・・以上。」

しかし、その持ち慣れた通信機を持つ手は、いくらもう片方の手で押さえつけても、な
ぜか震えが止まらなかった。

<ネルフ本部>

翌日の朝方、アスカは銃を1つ握り締めて、ネルフ本部へ強行手段で進入していた。今
迄、慎重に行動してきたアスカだったが、何かに脅えて突き動かされる様な行動だった。

「進入者です。」

青葉がゲンドウに、外敵の進入を報告する。

「モニタに映し出せ。」

「はい。」

「むっ!」

モニタに映し出される外敵の映像。その映像にゲンドウが見た物は、最近毎日自分の家
に食事をしに来ている少女の姿だった。

「どう対応しますか?」

「・・・・・・。」

しばらく無言でその映像を睨み付けるゲンドウ。

「司令。」

「捕らえろ。」

その頃、アスカは真っ直ぐジオフロントへ向かって狭い通路を下降していた。とても成
功するとは思えない無謀な作戦。

初号機と接触さえできれば、形成逆転よっ!
必ず任務は成功させるわっ!

じりじりと注意深く暗い通路を降りて行く。かなり降りて行っても抵抗らしき抵抗にも
合わず、スムーズに進入は進んで行く。

おかしい・・・。

物心付いた頃から今迄ずっと訓練を受けてきたのだ。ズブの素人というわけではない。
なんとなく様子がおかしいことに気付く。

ここまで進入してるのに、動きが無さすぎる。
まずいっ! 

アスカが慌てて引き返そうとした時、壁の遠く向こうからネルフの兵士が走っている足
音が聞こえた。

ちっ!
そんなに甘くないってことねっ!

全力で今来た道を駆け戻る。ネルフの兵士も、アスカに気付かれたことを知り追撃を始
めたが、予想以上に早く気付かれた為追い付くことができない。

問題は、ゲートねっ!
だけどっ! 地上なら、こっちが有利よっ!

アスカは、全力疾走で駆け上がりながら、地上の光が見えた所で通信機を取り出し、ス
イッチを入れて大声で叫んだ。

「進入不能っ! 弐号機射出っ!」

<地上>

ジオフロントへ向かう通路を駆け上がるアスカの体を、地上の光が照らし出す。眼前に
は、大勢の武装した兵士が、こちらに銃を向けて待ち構えている。

「止まれっ! 止まらないと発砲するぞっ!」

「できるもんならっ! やってみなさいよっ!」

ガンガン。

アスカは手にしていた拳銃を乱射しながら、ひるまず駆け上がって行く。兵士達もこれ
以上の警告は無駄だと判断し、発砲を開始しようとした。

ズガガガガガガガガガガ。

その瞬間、空から雨の様な銃弾が兵士達を襲う。

「なんだっ!?」

思わず身を伏せた兵士達の目に、突如飛来したゼーレの戦闘機と輸送機が飛んでいるの
が見えた。

「わーーーーっ! 敵だーーーーっ! 待避しろーーーーっ!」

その輸送機から落下されてくる、真っ赤なエヴァンゲリオン。時を同じくして地上に躍
り出たアスカが、エントリープラグに乗り込む。

「フッ! 形成逆転ねっ! シンクロスタートっ!」

弐号機の4つの緑色の目が光輝いた。

「初号機と一緒に、叩き潰してくれるわっ!」

弐号機がネルフ本部を攻撃し始める。その時、第3新東京市に聳え立った兵装ビルから
紫色のエヴァンゲリオン初号機がリフトオフされ姿を現した。

「おいでなすったわねっ!」

アスカはネルフ本部に対する攻撃を止め、アクティブソードを握り締めると、初号機目
掛けて突撃して行く。

「お手並み拝見といきましょうかぁっ! うりゃ−−−−−−−−っ!」

しかし、なんとかかんとか応戦はしてくるものの、全く初号機には戦う気迫が感じられ
ず、ほとんど一方的に弐号機が押す展開となった。

「ネルフのエヴァって、こんなものなのっ!? やる気あんのっ!?」

圧倒的アスカ優勢の戦局で、どんどん追い詰められていく初号機。アスカも、この時と
ばかりに徹底的に攻撃を繰り返す。

「ATフィールド全開っ! とどめよっ!」

初号機を蹴り上げ体勢が崩れた所に、肩から斜め下に向かってアクティブソードを切り
つける。

「もらったーーーーーっ! うりゃーーーーーっ!」

ズシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

肩からざっくりと切り裂かれ、その場に崩れ落ちる初号機。アスカのアクティブソード
は、初号機の肩からエントリープラグまでも切り裂き、腹部まで切り込まれた。

「!!!!!!」

胸から血とLCLを流して沈黙する初号機。その切り口から、エントリープラグの中ま
でが露になる。

「そ、そんな・・・。」

だが、後一撃で完全勝利というところで、弐号機はそれ以上攻撃しようとせずその場に
停止してしまった。

「うそ・・・うそよ・・・。そんなのって・・・。」

アスカの目に映るのは、昨日自分を背負ってくれた少年の姿。

傷めた足を心配してくれた少年の姿。

優しい透き通る様な笑顔を見せてくれた少年の姿。

全く攻撃してこようとしなかったエヴァンゲリオン初号機。

そのエヴァンゲリオンのパイロットだった少年の姿。

その少年は今、エントリープラグの中で意識無くぐったりとしている。

「・・・・・・。」

任務遂行。それがアスカの人生の全て。だが、後一歩で任務完了というところまできて、
身動き一つできなくなる。

「・・・・・・。」

青いアスカの瞳から涙が溢れ出る。なぜ、涙が出るのかわからない。わからないが、た
だただ涙が次から次へと溢れ出る。

『よくやった。初号機をパイロットと共に捕獲し、帰還せよ。』

キールからの司令が通信回線に入ってくる。

「・・・・・・。」

『何をしている。帰還せよ。』

プチッ。

ゆっくりと手を伸ばすと、通信回線を切断する。

「さよなら・・・。」

アスカは目を伏せたまま一言だけ発すると、弐号機をゼーレの艦隊が待つ海岸へと向け
て独り帰還して行くのだった。

<ゼーレ本部>

ゼーレに帰還したアスカは、あと一歩で初号機を確保できるというところで敵前逃亡し
た為、有無を言わさず独房に入れられた。

そして、今。軍法会議に掛けられている。

「なぜ、撤退したのだ。」

「・・・・・・。」

巨大なモノリスが、アスカの周りに立ち並び、きつい言葉でアスカを責め立てる。

『命令違反は死刑だ。わかっているだろうな。』

「・・・・・・。」

『答えないかっ! 惣流・アスカ・ラングレー。』

「・・・・・・。」

ゼーレの首脳部がいくら詰問しても、アスカは一言も答え様とはせず、その日の軍法会
議は謎の撤退の原因がわからないまま終了となった。

シンジ・・・。

独房に戻されたアスカは、第3新東京市での一週間を思い出していた。

初めて経験した暖かい家族。

手作りの夕食。

奇麗だった水族館。

少年の暖かい背中。

それらが何を意味していたのか、その時はわからず戸惑っていた。

今にして思えば、あの時なぜ自分が戸惑っていたのかわかる気がする。

それらは、様々な形で自分に向けられた愛情であり、自分の心の中にもそれが芽生え始
めていたのだと。

だが・・・。

今自分は、再び無機質な鉄の檻の中へと戻って来てしまっていた。

気付いた時には、無機質な鉄の檻の中へと戻って来てしまっていた。

もしまた・・・アタシが弐号機に乗ったら・・・。

ゼーレのことだ。自分を洗脳してまでも、弐号機に乗せネルフを攻撃させるだろう。

あの第3新東京市を・・・。
あの暖かい場所を・・・。

暗い独房の隅で、膝の間に頭を埋めてじっとしていたアスカは、そっと立ち上がり部屋
の入り口へ歩き出す。

コンコン。

拳を軽く握って独房の扉を叩く。

「なんだ。」

見張りの兵士が、鉄格子の入った小さな窓から独房の中を覗き見る。

「全て話すわ。そう伝えて。」

「そうか。わかった。」

しばらくして扉が開いた。廊下の明るい光が、暗闇に覆われた独房の中に差し込んでく
る。

「出ろっ。」

「ええ。」

アスカは兵士に連れられ、独房の設置されている棟を出て、再び詰問室へと向って歩く。
そして、ゼーレの基地の棟から棟へ移動する渡り廊下に差掛った時。

「うりゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

アスカは兵士を思いっきり蹴り上げたかと思うと、廊下の窓を突き破って2階から1階
に転がり落ちた。

「逃げたぞっ!」

兵士達がばらばらと追い掛けてくる。アスカは指令塔のある棟まで一気に駆け込み、全
力で廊下を走った。

どうせ、逃げられやしない・・・。
でも、アタシが死ねば・・・。

アスカはそのまま普段あまり使われていない通信室へ転がり込み、通信回線をネルフ本
部へ向けて開く。

「こちらっ! 惣流・アスカ・ラングレーっ!」

通信が繋がった途端、相手も確認せずとにかく大声でマイクに向かって叫ぶ。

「エヴァのチルドレン、反逆っ! ゼーレのエヴァ起動不能っ!」
  繰り返すっ! ゼーレのエヴァ起動不能ーーっ!!!!!!!!」

そこまで叫んだアスカは通信室の窓を蹴破り、2階から1回の地上へ向かって転がり落
ちた。そんなアスカの周りに銃弾が飛んでくる。

「早くアタシを殺しなさいよっ! そしたら、アンタ達も終わりよっ!」

しかし、威嚇射撃ばかりでその銃弾はアスカには当たらない。

ズガガガガガガガガガガ。

銃弾がアスカをかすめて地面に打ち込まれてくる。どうやら、足を狙っている様だ。

生け捕りにする気なのっ?
捕まるくらいならっ!

自ら銃弾に当たろうと、自分を狙っている機関銃の前に飛び出すアスカ。それと同時に、
足に強烈な痛みが走る。

しまったっ!
これは・・・麻酔・・・ちくしょーーー。

麻酔銃を打ち込まれ薄れて行く意識の中で、アスカは歯軋りをしながら無念の涙を飲ん
でその場に倒れた。

1時間後。キールの耳にある報告が入ってきた。

「惣流・アスカ・ラングレーが、ネルフに通信を送った形跡があります。」

「なんだとっ?」

「いかがいたしますか。」

「薬物を使っても構わん。すぐに意識を回復させ、洗脳せよっ!」

「はっ!」

キールの命令を受けた医師団は、意識が回復しないアスカの体をタンカに乗せ、処置室
へと入って行く。

「気付け剤を。」

「はい。」

アスカが目覚ますと、体は椅子に固定され座らされており、目の前には医師団の姿があ
った。

「はっ!」

きょろきょろとあたりを見回そうとするが、頭に何か被らされており身動きができない。

「なっ! なにする気よっ!」

「心配ない。病気を治すだけだっ!」

「そんなの治さなくていいわよっ! 殺してよっ! 殺しなさいよっ!」

「では、始める。」

様々な機器や薬物そして注射器が並ぶトレイが、アスカの目の前に運ばれて来る。

「い、いや・・・。」

「やれ。」

1本の注射器が、固定されたアスカの腕にブスリと刺さり、何かの薬が血管の中に投入
される。

「やめてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

「精神安定剤で、そんなに騒ぐな。本番はこれからだ。」

「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

ズーーーーーーーーーーーーーーン。

アスカの絶叫が処置室に響き渡った時、それとは別に地響きの様な音が響き、部屋全体
を揺さぶった。

「なんだっ? 様子を見て来い。」

ズーーーーーーーーーーーーーーン。
ズーーーーーーーーーーーーーーン。

その音は間断無く聞こえてくる。それと共に、地響きが強くなる。

「ネルフですっ! ネルフの総攻撃ですっ!」

「な、なんだとっ! 待避だっ!」

ズズーーーーーーーーーーーーーン。

アスカを重い鉄の椅子に縛り付けたまま、医師達が退室して行く。

「通信届いたんだ・・・。」

ズズーーーーーーーーーーーーーン。
ガラガラガラ。

処置室の一角が崩れ落ち、瓦礫がアスカの頭上からバラバラと落ちてくる。

「そう。これでいいわ。」

自分に向って落ちてくる瓦礫を見ながら、アスカはうっすらと微笑む。

ガラガラガラ。

ズドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンっ!!!

次の瞬間、天井が崩れ落ちたかと思うと、アスカは椅子と一緒に跳ね飛ばされ、空を舞
っている感覚を感じた。

眩いばかりの視界が開ける。

ゼーレの基地を攻撃する初号機が、アスカの視界に入る。

シンジ・・・。
最後に楽しい生活が送れたわ。
ありがとう・・・シンジ。

                        :
                        :
                        :



















チッチッチ。

チュンチュンチュン。

明るい日差しが、閉じている瞼を刺激する。

ここは?

ぼやけた意識の中で開けた瞳には、見知らぬ天井が映し出された。

「目が覚めた? 良かったね。」

声がした方にゆっくり顔を向けると、透き通る様な少年の笑顔。

「だから・・・無理しちゃ駄目だって、言ったのに。」

その少年は、以前と同じ笑顔を浮かべている。
まだ、自分に微笑み掛けてくれている。

「アタシ・・・アタシ、アンタをっ!」

その言葉は人差し指に遮られる。

「母さんがさ、退院したらまた一緒にご飯食べようって。」

「えっ?」

「あのさ、これからさ、一緒にさ・・・」

2人の間に交わされる言葉。
愛情に満ちた言葉。

「うん。」

それら全ての言葉に、相槌を打つことしかできない。

ぼやける視界。

まばゆい輝きに照らされ、ぼやけた視界に広がる少年の顔。

再び感じる、少年の温もり。
両手一杯に、体全体に感じる、少年の温もり。

戻って来たんだ・・・。

アスカは思った。

また、ここに・・・。

様々な人の想いが宿る街、第3新東京市。

今ここに、アスカの新たなる生活が始まろうとしていた。

fin.
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