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お弁当の価値は?
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作者注:この小説は、ベファナさんから頂いた”お弁当×1”の改定前の小説を元にし
        て書かせていただきました。
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<学校>

今は昼休み、いつもの様にアスカは、シンジの席まで自分の赤い弁当箱を受け取りに行
った。

「何ですってぇー! お弁当忘れたー!?」

「昨日は宿題で、お弁当作る暇なかったんだよ。」

「アンタはこのアタシに、お昼抜きで過ごせってぇの!?」

「そういうわけじゃ・・・。」

いつものアスカの怒声が響き渡る教室で、シンジは情けなくボソボソと言い分けをして
いる。

「なんや、また夫婦喧嘩かいな。」

トウジの冷やかしに必死で反論するシンジとアスカを見ていたヒカリが、頃合いを見計
らってアスカの側へ寄って来た。

「アスカ・・よかったら私のお弁当食べない? 間違えて2つ作ってきちゃったの。」

「さっすが、ヒカリ。サンキュー。」

ヒカリに感謝しつつ弁当を受け取ったアスカは、シンジにあっかんべーをして自分の席
へと戻って行った。そんな様子を見ていたトウジは、わざとアスカに聞こえる様に愚痴
をこぼす。

「なんや、あの女は・・・。委員長に弁当貰ったんやったら、シンジにも分けてやった
  らええやないか。」

トウジの言葉にピクッとアスカの耳が反応した。

「なんですって!! せっかくヒカリがくれたお弁当なのに、どうしてアタシの弁当を
  忘れてきたシンジなんかにあげなくちゃいけないのよ!」

「なんやて! いっつもシンジの世話になっとるくせに、なにぬかしとんねん!」

「だ・れ・が、シンジなんかの世話になってるってのよ!」

「いっつもシンジに弁当作って貰ってるやないかい! お礼に委員長のお弁当も分けて
  やらんかい!」

睨み合うアスカとトウジの果てしなく続きそうな口喧嘩を、普段なら仲裁するヒカリだ
が、今日はいつになくおろおろしながら眺めているだけだ。

「トウジ、もういいよ。ぼくが忘れたのがいけないんだ。購買に行ってくるから。」

2人の言い争いに終止符を打ったのは、シンジだった。

「ほやけど今から買いに行っても、間にあわんで。」

「そう・・・だ・・・ね。でも、もういいよ。」

トウジとアスカが言い争っていた間に思いの他時間が経過してしまったので、この学校
ではあまり利用する生徒が少ない購買は、販売を終了してしまっていたのだ。

「ワイの分、ちょっと分けたろか?」

「あ、いいよいいよ。他のクラスに、パンを余分に持って来ている友達がいるから。」

「ほうか? そやけど、シンジ。ようもまぁ、あんな女の為に弁当なんか作る気になる
  なぁ。ワイには信じられへんわ。」

「家族だから、当たり前えだよ。」

「ほやけどなぁ、今日のはひどいで・・・。惣流はシンジのことを家族やねんて、思て
  へんと思うけどなぁ。」

「それにぼくがお弁当を作ってこなかったのが、いけないんだし・・・。」

「シンジなぁ、あんまりあまやかしとったらつけあがる一方やで。」

「うん・・・じゃ、じゃぁそろそろ他のクラスの友達の所へ行ってくるよ。」

「ほやな、急がな食われてまうからな。」

その後シンジは1人で屋上へ上り、長い長い昼休みをぼーーっと校庭を眺めながら時間
を潰した。

キーンコーンカーンコーン。

「アスカ、ごめん!」

午後の授業の予鈴が鳴り教室の生徒が席に戻って行く時、アスカの席の横を通り過ぎた
ヒカリが目立たない様に両手を合わせて謝った。

「いいのいいの。気にしないで。お弁当、おいしかったわよ。」

その頃シンジの席では、予鈴が鳴っても席に戻ろうとしないトウジがシンジの机の上に
座っていた。

「なぁシンジ、やっぱり腹の虫がおさまらんわ。」

「いいんだよ。」

「でもなぁ、せっかく委員長が・・・。」

「委員長は、アスカにお弁当をあげたんだから・・・ぼくにくれたわけじゃないよ。」

「そんなことあらへん、委員長がそないなことするわけないがな。口ではああ言っとた
  けど、あれは2人で分けてほしいっちゅうことやったんや。それやのにやなぁ。」

「もういいよ。アスカもお腹が減ってたんだろうから・・・。」

トウジが席に座っているアスカを睨み付けるが、アスカは5時間目の授業の用意をして
おり、そんなことにはお構いなしという感じだ。

「あぁ、もうむちゃくちゃムカつくわぁ。委員長の行為を無にしよってからにぃ!」

「トウジ、そろそろ授業が始まるよ?」

「そ、そやな。ほんじゃ、そろそろ席に戻るわ。」

トウジはシンジの机から飛び降りると、アスカの方を睨み付けながら自分の席に戻って
行った。

5時間目。

結局ぼくが一生懸命お弁当を作っても、便利に思われてるだけなのかな・・・。
なんだか寂しいなぁ・・・。

トウジには気にしてない様なことを言っていたシンジだが、昼のアスカの行為が寂しく
て仕方がなかった。

家族だと言っても所詮は他人なんだな。
一緒に暮らしてるだけだもんな。

ちらっと横を見ると、シンジのことなど気にもしてないかのように、授業を聞くアスカ
が目に入る。

ぼくがアスカの為にがんばっても、アスカは何とも思ってくれてないのかな・・・。

ぐぅ・・・。

空腹に耐え兼ねて、シンジのお腹の虫が催促する。

お腹減ったなぁ・・・。

再び、アスカの方を見ると空腹で教師の言うことが碌に耳に入らない自分とは対象的に、
にこやかに授業を聞くアスカが見える。

アスカなんか・・・アスカなんか・・・。

シンジは、悲しさと腹立たしさにいつの間にかアスカを睨み付けていた。

「碇、次を読んで見ろ。」

!!

英語の教師に当てられ、驚いて席を立つシンジ。

「次から読んでくれ。」

「・・・・・・・・。」

「どうした?」

「・・・・・・・・。」

「そんなに難しくないだろう?」

「聞いてませんでした・・・・。」

「聞いてなかった? おいおい、何をしてたんだ?」

「すみません。」

「もういい、そのまま立ってろ。じゃ相田、代わりに読んでみてくれ。」

アスカが悪いんだ! アスカが悪いんだ!

5時間目の授業が終わるまで、シンジはずっと立たされていた。昼食を抜いた状態で、
立たされ続けるのは体力的にもこたえたが、それ以上にアスカへの逆恨みが増していっ
た。

アスカがあんなことをしなかったら、こんなことにはならなかったんだ!!
ひどいよ! せっかく委員長がくれたのに、一人締めするなんて・・・。
ひどいよ!!!!!

6時間目は体育だった。アスカは、女の子特有の事情により体調が悪いということで体
育には出席せず早退していた。

お腹減ったなぁ・・・。

ぼーっとグランドに立っていると、バスケットボールがシンジめがけて飛んで来る。

ドカーーーン!!

「い、痛ーーーー。」

顔の側面に激突するバスケットボール。

「シンジ! 大丈夫か?」

「あ・・・う、うん。大丈夫。」

ボールをパスしたケンスケが、倒れこむシンジに向かって心配そうに走り寄ってくる。

「ぼーーーっとしてたら危ないぞ!」

「うん、ごめん・・・。」

シンジは、空腹の体を必死で動かしてバスケットボールをしたが、普段でもあまりうま
くないのに、空腹の上アスカに対する怒りが体の動きを鈍くさせていた。

ドカーーーン!!

「い、痛ーーーー。」

「おい! 碇! やる気が無いんなら授業を受けなくていいぞ!」

とうとう、体育の教師から叱られる。

「すみません。」

結局、体育で行われたグループ別の試合でシンジはいいとこなしだった。

<通学路>

帰ったら何か作って食べようかな・・・でも、なんだか作る気もしないなぁ。
なにか作ってて、アスカも欲しいなんて言いだしたら嫌だしなぁ。

シンジは空腹に耐え兼ねて、帰り道にあるコンビニへと寄り弁当を買うと公園に向かっ
た。

外で食べる弁当も、たまにはおいしいなぁ。

弁当をコンビニでチンしなかったので、冷めたごはんとおかずをベンチに座って食べる。

なんだか、寂しいなぁ・・・。

こんな時間に、公園で弁当など食べているのはシンジくらいしかいない。

もう、アスカの為に夜ごはん作りたくないなぁ。
帰ったら、寝てしまおうかなぁ。
でも、ミサトさんのごはんも作らないといけないしなぁ。

コンビニで買った弁当を食べ終わる。そろそろ帰らないと夕食の準備が間に合わない。

まぁいいや・・・帰ろう・・・。

シンジは弁当のパックをごみ箱に捨てると、帰路についた。

<ミサトのマンション>

「ただいま・・・・。」

ボソっと挨拶をして、リビングへと入って行くシンジ。

「遅かったじゃない! アンタ、昼ご飯食べてないでしょ。ちょっと待ってね、暖め
  なおすから。」

「え?」

しばらくして、アスカが作ってくれたらしいスパゲッティーが食卓に置かれる。

「ほら、このアタシがわざわざ早退して作っておいてあげたんだから、ありがたく食べ
  なさいよね!」

「ど、どうして?」

「どうしてって? 昼食を抜いたら体に悪いでしょ?」

「だって・・・。」

「いいから食べなさいよ。」

どうしよう・・・さっきお弁当食べちゃったから、お腹いっぱいだよ・・・。

「わざわざ、作ってくれたの?」

「何よ! まずいなんていったら死刑よ!」

「それなら、委員長にもらったお弁当を、分けてくれても・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

突然、黙り込むアスカ。

「どうしたの?」

「アンタ・・・。」

「何?」

「たとえばよ?」

「え?」

「あくまでも、たとえ話だけどね。」

「うん。」

「女の子が一生懸命、好きな人の為に作ったお弁当を、違う男の子が食べて平気
  でいられると思う?」

「は?」

「どうなのよ!」

「それは・・・平気じゃないと思うけど・・・。」

「それに・・・・・好きな人が、他の女の子が作ったお弁当を食べて許せると思う?」

「どういうこと?」

「いいから! 許せると思うかって聞いてるのよ!」

「・・・・・・思わないけど・・・・・・・・・・・それって・・・・・・」

シンジが何か言おうとしたが、アスカの大きな声がそれをさえぎった。

「もう! せっかく作ったんだからぁ! さっさと食べなさいよね!!!」

「あ・・・うん・・・そ、そうだね。いただきます!」

アスカの作ったスパゲッティーは、分量を間違えたのか2人前くらいはあった。

ゲップ。

必死で黙々と食べるシンジ。そんな様子をテーブルに両肘をつき、嬉しそうにまじまじ
と見つめるアスカ。

ごめん・・・アスカ・・・。
ぼくはやっぱりバカシンジだ・・・。

シンジは、ゲップをこらえながら必死でスパゲッティーを食べる。

う・・・。

お腹がはちきれそうに痛いが、必死で味わい一生懸命胃に入れていくシンジ。

「まずい?」

なんだか、苦しそうな顔をして食べているシンジを見て、アスカは心配そうにシンジの
顔を覗き込む。

「そんなこと無いよ。とってもおいしいよ。」

「そう・・・よかった・・・。」

せっかく、アスカが作ってくれたんだ。ちゃんと食べなくちゃ・・・。

シンジは、アスカに誤解されないように美味しそうにスパゲッティーを少しづつ、少し
づつ喉を通していく。

「水、入れてこようか?」

「あ、ごめん・・・。」

いつもに比べて、水を飲む量が少し多いのだろう。コップに入れられた水が無くなって
いた。

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                        :
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そして、とうとうスパゲッティーの最後の1本まで食べ終わる。

「ごちそうさま。おいしかったよ。」

「どういたしまして。」

食べ終わった皿を、笑顔で受け取るとキッチンへ運ぶアスカ。

「なんだか、お腹がいっぱいになったら眠くなっちゃった・・・ちょっと寝るね。」

「そう・・・ちょっと多めに作っちゃったから、ミサトのにもこのスパゲッティーを出
  しとくわ。」

「助かるよ。じゃ、おやすみ。」

それだけ言うと、Yシャツを洗濯籠につっこんだ後、自分の部屋へ戻って着がえたシン
ジは、胃を休めようとベッドに横になった。

                        :
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                        :

さってと、ミサトのごはんもできたし・・・あっそうだ、今日はアタシの洗濯当番だわ。

アスカは洗濯籠を腕に引っ掛け、洗濯機の前まで歩いて行く。そして、1つづつ洗濯物
を洗濯機に入れて行った。

カシャ。

ん?

シンジのYシャツを洗濯機に入れようとした時、なにか紙の音がした。

なにかしら?

気になったアスカが胸ポケットをあさると、そこからはコンビニのレシートが出てきた。
その日付けは今日の16:00過ぎ・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・。

まじまじと、レシートを見つめるアスカ。

フフッ。無理しちゃってぇ・・・。





翌朝。

どうやら、昨晩シンジはそのまま寝てしまった様で、気がつくと既に朝だった。

ふぁ〜、あのまま寝ちゃったんだ。

リビングからは、まだ朝も早いのに何やら物音が聞こえる。シンジは気になって起き上
がろうとすると、枕元に見なれない物が置いてあった。

ん?

それを見たシンジは、一瞬驚いたがうっすらと笑顔を浮かべた。

アスカ・・・ごめん・・・ありがとう。

そこには胃腸薬が1つと、まだ温かいシンジの弁当箱が並んでいるのだった。

fin.
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