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チョコのないバレンタインデー
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<ミサトのマンション>

2月12日の夜シンジの部屋では、他人が聞けばなんともつまらない理由で喧嘩が勃発
していた。

「どれだけ、アタシが待ったと思ってんのよっ!」

「だからっ! ぼくはちゃんと行ったって言ってるじゃないかっ!」

「ウソつきなさいっ! ずっとデパートの入り口で待ってたんだからっ!」

「デパートっ!? なに言ってんだよっ! 待ち合わせ場所、噴水の前に変えたのはアス
  カじゃないかっ!」

「えっ!? あっ!!」

「みてみろよっ。アスカが間違えてたんじゃないかっ!」

「噴水にいなかったら、デパートに来てくれてもいいでしょっ! アンタが悪いったら
  悪いっ!」

「そんなの無茶苦茶だよっ!」

「なにが無茶よっ! アンタには思い遣りが足りないのよっ!」

「約束通り噴水の前でずっと待ってたのにっ! なんてこと言うんだよっ!」

「ウルサーーーイッ! アンタが悪いっ!!!」

「そんな我が侭言うんなら、もうアスカと待ち合わせなんかしないっ!」

「うっ!」

一瞬涙目になりかけたアスカだったが、キっと眉を吊り上げシンジを睨み付けて部屋か
ら走り去って行く。

「シンジのバカっ!!!」

バンっ!

勢い良く閉められた襖を、1人部屋に取り残されたシンジは、少しばかり罪悪感にから
れてじっと見詰める。

あーぁ、また喧嘩しちゃったよ。
でもさ・・・。
せっかく今日、告白しようと思ってたのに、待ち合わせ場所間違えるから。

こういった喧嘩はちょくちょくあるものの、戦いが終わってからのアスカとの関係は非
常に良かった。だが、はっきり告白したわけではなく、また告白されたわけでもない。

とうとうバレンタインデーか。
仕方ないよなぁ。こうなったら・・・。

最近の自分とアスカの関係を見ていると、友達以上恋人未満という感じがする。恋人に
なれないその理由。それは、告白をはっきりしていないからに違いない。

そのあいまいな関係はともかく、おそらくバレンタインデーは、アスカはチョコをくれ
るだろう。今の関係から想像するに、そんな気がする。だがシンジとしては、チョコを
貰うより前に男である自分から先に告白したかった。

そこで昨日から寝ずに告白の言葉を考え、今日の買い物の後の時間にかけていたのだが
・・・結果はこれだ。

バレンタインデーにチョコ貰ったら・・・。
それをきっかけに告白しよう。

1度喧嘩してしまうと、結構アスカはしつこい。いつも1週間ほど険悪なムードになっ
てしまうのだが、今回は明後日にバレンタインデーを控えている。シンジは、それを切
っ掛けに仲直りして告白しようと、その夜計画を立てるのだった。

<学校>

翌日、案の定アスカはシンジと一言も口をきかず、ムスっとして学校へやってきていた。
無論登校も今日は別々である。

「どないや、ケンスケ? 明日のバレンタインデーは?」

「フッ。俺の恋人はカメラだけさ。」

「それでこそ男やでっ! 見直したでっ!」

チョコを貰える予定のない男子2名、トウジとケンスケの会話が途切れ途切れにアスカ
の耳に入って来る。

バレン・・・?
そーいえば、昨日のデパートにもそんなことあっちこっちにあったわね。

ドイツに育ち、女の子としての青春前半期を大学受験とエヴァのみに投入したアスカの
知識はやや偏っているところがあり、昨日シンジをデパートで待っている間よく目にし
た”バレンタインデー”という見慣れない言葉を不思議に思っていたところだった。

「ちょっとっ! そこの2バカっ!? バレンなんとかって何?」

「2バカやとっ!?」

ちょっとムっとしながら、トウジとケンスケがアスカの方を見返す。

「だから、バレンなんとかって何なのよ?」

「はぁ?」

どうやらバレンタインデーのことを聞いているようだ。それは、男である自分達よりも
女の子にとっての一大イベント。そんなことを聞いてくるアスカが信じられない。

「何が聞きたいねん。」

「だから、そのバレンなんとかって何かって聞いてんのよっ! 昨日、シンジ待ってる時、
  デパートにも書いてあったんだけど。」

「・・・・マジかいな?」

顔を見合わせるトウジとケンスケ。だが、どうも本当に知らないようである。これは、
いつもバカにされているアスカに仕返しするチャンスかもしれない。ケンスケはヒソヒ
ソとトウジに耳打した。

「なぁなぁ。シンジだけチョコ貰ったら腹立つよな?」

「おうっ! あいつは裏切りもんやっ!」

「そこでだ・・・。」

「うっしゃっ! どうせ、ワイらは貰えへんさかいのっ!」

「そうだそうだっ!」

そんなことをヒソヒソ話をした2人は、アスカに向き直りこの上なく真面目な顔で神妙
に話を始めた。

「これは、日本の伝統行事でな。バレタライカンデーっちゅー大事な日のこっちゃ。」

「は? バレタラ? バレンなんとかじゃなかったっけ?」

「ちゃうちゃう。それは省略形や。」

「ふーん。で、なんなのよ?」

「明日の2月14日。好きな奴に自分の気持ちがバレタラ一生不幸になんねやっ!」

「えっ!!!! ウ、ウソ・・・。」

「ほんまやっ。ほんまやでっ。」

バレタライカンデーの真実を聞き、真顔で冷や汗を流すアスカを見て心の中で大笑いし
ながらも、トウジとケンスケは更に真剣な顔で話を進める。

「ほんでや、好きやない奴にチョコを配ってやな。ほんまに好きな奴をのけものにして
  しまおうっちゅー日や。それで、2人は幸せになんねやっ!」

「そ、そんな風習が日本に・・・し、知らなかった・・・。」

「ほやほや。女にとったら、ごっつ大事な日なんや。」

「それで、いっぱいチョコ売ってたのね。そうだったんだ・・・。」

「ほやっ!」

拳を握り締めてなにかを決意するアスカを目の前に見ながら、今にも笑い出しそうな顔
を必死で引き締め、親切丁寧に日本の伝統をレクチャーする2バカ。

「アンタ達もたまには役に立つわねっ! ありがとっ!」

手を振って何処かへ去って行くアスカを見送った2人は、その後姿が見えなくなると一
気に噴出して笑い出した。

「マ、マジかいなっ!」

「ワハハハハハハハ。明日が楽しみだぜっ!」

「ワ、ワイもやっ! ヒーーーー。」

お腹を抱えて2人が笑い転げているとも露知らず、アスカはトイレに篭って生徒手帳に
チョコ作りの計画を書き記していた。

そういうことなら、シンジ以外の男子全員にチョコ渡さなきゃ・・・。
やっぱ全部買ってたら小遣いなくなるわよねぇ。
まとめて溶かして、小さいのみんなに配ろうかしら?
うん。それが経済的ってもんだわっ!
えーっと予算は・・・と。

クラスの男子全員に配るとなるとかなりの量になる為、どうやって予算をけちろうか考
えながら、チョコのレシピを生徒手帳に書き込んで行くのだった。

その夜。

シンジは部屋で憂鬱な時間を過ごしていた。思った通り険悪なムードは昨日から続行し
ており、今日1日アスカと口をきくことはなかったのだが、それに輪を掛けて晩御飯ま
でいらないと宣言されてしまったのだ。

今までだったら、ご飯だけはちゃんと食べてくれたのに。
ご飯食べてる間、ずっと嫌な雰囲気だけど・・・。
それでも、アスカって美味しそうに食べてくれるんだよなぁ。
アスカの嬉しそうな顔って、可愛いもんなぁ。

でも・・・。ご飯もいらないって・・・。
そんなに怒ってるのかなぁ。
待ち合わせ場所間違えたのはアスカじゃないか。
なんでそんなに怒るんだよ・・・。

部屋でヘッドホンステレオを聞きながら、憂鬱な気持ちでそんなことを考えていたシン
ジの耳にキッチンから物音が聞こえてくる。

自分でご飯作る気かな。
なんだよ。ぼくのはそんなに食べたくないのかよ。

と思いつつもアスカの様子が気になり、そっと部屋を出てキッチンの様子をチラリと覗
きに行く。するとそこには、板チョコをあちこちにばらまいて悪戦苦闘しているアスカ
の姿が。

あっ!
なんだ・・・そういうことか。

さすがにこの時期この状況を見れば、ピンとこない男の子はまずいないだろう。無論シ
ンジとて例外ではなく、嬉しそうに部屋へ物音を立てないように戻って行く。

キッチンを使うからだったんだ・・・。
手作りかぁ。
明日が楽しみだな。

そっと気付かれないように襖を閉め部屋に戻ったシンジは、レポート用紙を取り出しシ
ャープペンシルを持ってまた頭を捻り出す。

「よーしっ! ぼくも恥かしくない告白を考えなくちゃっ!」

明日になれば、恋人未満友達以上というあいまいな関係ともおさらばだ。シンジは一生
懸命告白の言葉を、夜遅くまで何度も何度も考えるのだった。

翌日。

まだ2月14日の朝も険悪なムードは続いており、アスカは先に学校へ行ってしまった
が、その手に持っていた紙袋をしっかりシンジはチェックしていた。

なんか、大きかったな。
あんな大きなの渡されたら食べきれないよ。
駄目だ。駄目だ。
折角アスカが作ってくれたんだ。全部食べなくちゃっ!

「あっらぁ、シンちゃん。今日もアスカ、先に行っちゃったのぉ? 喧嘩続行中?」

「おはようございます。そうみたいです。」

「でも、アスカったら、ちゃーんとチョコ作ってたみたいよん。」

「はい・・・。」

「なーに、にやけた顔してんのよっ? コノコノ。」

「はは・・・からかわないでよ・・・。あっ、そろそろいかなくちゃ。」

「じゃ、頑張んのよっ。バレンタインデー。」

「はいっ。いってきますっ!」

「いってらっさいっ!」

朝ご飯も食べ終わり、チョコを持ち帰る為の紙袋を折り畳んでカバンに入れたシンジは、
意気揚揚と学校へ登校して行った。

<学校>

校舎に入ると、まず少し緊張気味に下駄箱を開けてみる。が、そこには自分の上履きが
入っているだけ。

はは。
あんな大きなチョコ、こんなとこに入らないよな。
教室に入ったら渡してくれるのかな?

靴を履き替え廊下を歩きながら、昨日の夜中までかかって考えた、バレンタインデース
ペシャルバージョンの告白を何度も暗唱する。

よし。完璧だ。
後は一生懸命、心を込めれば・・・。

告白の練習をしながら教室へ入ったシンジの目には、見慣れたアスカの姿。机に座る彼
女の長く綺麗な髪が左右にふさふさと揺れている。

今ならまだ朝礼まで時間あるし。
その間に廊下で・・・。

その時教室に入って来た自分とアスカの視線が一直線に交わった。シンジは期待に胸を
膨らませ、ニコリと微笑み掛けてみるが。

ツンっ!

あからさまにそっぽを向いてしまうアスカの態度に、少し心の中が曇り空になってくる。

なんだよ。あの態度。
まだ怒ってるのかな?
でも・・・チョコ作ってくれてたし。
周りにみんながいるから、照れてるのかなぁ?

それまでは割と楽観的に考えていたシンジだったが、少し不安になってくる。それでも
チョコを昨日作ってくれていたのは事実なので、焦る心を静めて静かに自分の席につく。

英語の授業中。

運悪くも、わからない単語のある短文の訳を当てられたシンジは、助けを求めるような
視線をそっとアスカに送ってみた。

ツンっ!

え?

普段なら先生にばれないように、手紙を回すなどして助けてくれるのだが、取りつく島
もなくそっぽを向かれてしまう。

やっぱり、まだ怒ってるよ・・・。
アスカ怒り出すと長いからなぁ。
でも・・・今日はバレンタインだし・・・。
ぼくから声を掛けてくるの待ってるのかな。

結局シンジは英語を訳すことができず、先生に予習しておくように注意されて座ること
になったが、そんなことよりどうやって仲直りを切り出すかばかりが頭の中で渦巻いて
いた。

だって、場所間違えたのアスカなのに・・・。
仕方ないなぁ。折角のバレンタインだし。
アスカ、一生懸命チョコ作ってくれたもんな。
お弁当渡す時、ぼくが折れよう。

喧嘩をすると7割以上はシンジが折れている。だが、どう見てもアスカが悪い時など、
折れずに頑張ることもある。そういう時は、根負けしたアスカから折れてくれるのだが、
今回ばかりはそうもいっていられない。今日こそ告白の大きなチャンス。

昼休み。

赤い大きなハンカチに包まれたお弁当箱を持って、昼休みになると同時にアスカに近づ
いて行く。

『ぼくもデパートに様子見に行くくらいしたら良かったね。』

これでいいよな。

自分が悪いことをしたわけでもないので、こんな感じでいいだろうと頭の中でシュミレ
ートし、弁当箱を差し出しながらアスカの前に立つ。

「あ、あのさ・・・。」

ツンっ!

だがアスカはシンジの言うことなど聞こうともせず、奪い取るように弁当箱をひったく
るとスタスタと教室から出て行ってしまったではないか。

「あっ! アスカっ!」

後姿に手を伸ばし呼び止めようとするが、あっという間に教室からアスカの姿は消えて
しまう。1人残されたシンジはその場に呆然と立ち尽くした。

な、なんなんだ? あの態度は?
そんなに怒ってるの?
でも・・・じゃ、あのチョコは?
わかんないよっ!
なに考えてんだよっ!!?

困惑しながら頭を掻き毟るシンジ。その姿を教室の少し離れた所から、ニヤニヤ声を殺
して笑いながら横目で見ている2つの影があった。

「わはははは。ワ、ワイ、もう腹痛いわっ。」

「惣流の奴。マジで信じてるぜ。」

「あ、あかん。おもろすぎるわっ! わははははは。」

鬼である。

昼休みも終わり午後の授業となった頃になると、シンジの心にはどんよりと雷雲が覆い
初めていた。

そりゃ、アスカと喧嘩したらいつも仲直りに何日かかかるけど・・・。
でも、じゃぁ、なんでチョコ作ってたんだよ?

やっぱり、お弁当渡す時、素直に謝った方が良かったのかな。
でも、一言もぼくの言うこと聞いてくれなかったし・・・。
そうだっ。放課後だっ。
教室にはみんながいるもんな。アスカも喧嘩したから引っ込みがつかないんだ。
うん。アスカの性格ならありえるよ。
きっとそうだ。放課後2人になれば・・・。

そうは思うが推測の域から脱していない希望交じりの結論である為、午後の授業は不安
にかられながら受けることになった。

そして、いよいよ放課後になり担任の先生が教室から出た時に事件は起こった。

「はい。チョコよ。昨日一生懸命作ったんだから。」

「え? 俺に?」

「はい。アンタもね。」

「惣流、ありがとうっ。」

そうである。昨日一生懸命作っていたチョコをシンジ以外の男子全員にアスカが配って
歩いたのだ。

そ、そんな・・・。

その光景を見たシンジは、もう頭が真っ白になってしまい瞳孔を見開いたまま唖然とそ
の場に立ち尽くす。

「ひ・・・・酷い。」

右を見ても左を見ても、自分以外の男子は全てアスカからチョコを貰っており、更にト
ドメを刺すかのように、空になった紙袋をカバンにしまうアスカ。もうシンジに渡すチ
ョコなど残ってと言わんばかりの態度をとっている。

「ア、アスカ・・・。」

藁にも縋るような気持ちでアスカに声を掛けたが、この期に及んでもなおツンとそっぽ
を向かれてしまう。

「うっ・・・。」

もうここまでされてはどうすることもできず、言葉を詰まらせてしまったシンジは、と
うとう涙目になって教室を走り出してしまった。

「酷いよっ! アスカっ!!!!」

そんなシンジの後姿を見ながら、アスカはほっと胸を撫で下ろす。そうである。これで
今日のバレタライカンデーに自分の気持ちがシンジにばれない作戦は成功したのだ。

シンジぃ、これでアタシ達の未来はハッピーよっ!
さってと、帰ってシンジとゲームしよっかな。

ニコリと満足気に微笑むアスカの顔を、またまた教室の隅で声を殺しながら大笑いして
いる悪人2人の姿があった。

「うわっ! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「ト、トウジっ、お、俺。もう腹痛くて死にそう。」

「ワ、ワイもやっ! わはははははははっ!!!」

お前らには良心というものが欠片もないのか・・・。この2人は置いておき、別の方向
からシンジと同じような愕然とした顔でアスカに近付くおさげの少女の姿があった。

「ア、アスカ・・・。」

「あ、ヒカリ。どうしたの?」

「ど、どうして・・・どうしてあんなことを・・・?」

「へ? なにが?」

「碇くんと何かあったの?」

「うーん。ちょっと喧嘩したかな? それが?」

「ちょっと喧嘩って・・・だからって・・・。こっち来てっ。」

教室の中だと他にもクラスメートがいっぱいいるので、ヒカリは人気のないところへア
スカを連れて行く。

「いくら喧嘩したって言っても、あれは酷過ぎるわよ?」

「は? なにが? あれって?」

「だって、好きでもない男の子にこれみよがしに。」

「なんのことよ?」

「義理チョコもいいし、喧嘩もいいけど、あそこまでしたら碇くんが可哀想じゃない。」

「だからよ。バレタライカンデーなんだから、仕方ないじゃん。」

「は????」

「え? もしかして、ヒカリも知らないの? おっくれてるぅっ! あのね今日はバレタ
  ライカンデーって言ってね・・・・。」

その後トウジとケンスケに教えて貰ったバレタライカンデーを実行していたことを聞い
たヒカリは、すぐにアスカに掛ける言葉が出てこなかった。

「あ、あのね。あの・・・。落ち着いて聞いて・・・ね。落ち着いて。」

「だから何よ?」

「あの・・・あのね。アスカ? 今日、2月14日ってのはね。」

「だから、バレタラ・・・」

「ち、違うのっ! 本当は・・・」

おずおずとアスカの表情を確認しながら、ヒカリは本当の2月14日の意味を告げる。
その説明を聞いているうちにどんどんアスカの顔が真っ青になっていった。

「だからアスカは・・・そ、その・・・ほとんど碇くんを振った形になっちゃったって
  いうか・・・その・・・。」

いい憎そうに俯いて話していたヒカリだが、なにやらアスカの様子がおかしいことに気
付く。

顔を上げアスカの様子を伺うと、悪魔か死神に魂を抜かれたような呆けた顔と、焦点の
定まらぬ瞳で、遥かなるイスカンダルをぼけーっと見ている。

「ア、アスカっ! しっかりっ!!! アスカっ!!!!」

必死で肩を揺する。

「アスカっ! アスカったらっ!」

ガクガクガク!

「はっ!!」

「アスカっ! 大丈夫っ!?」

「シ、シンジっ!!!!」

騙されたトウジやケンスケへの怒りなどが湧き出ている余裕もなかった。アスカはカバ
ンも何もかもかなぐり捨てて、全力で校舎を走り出して行く。

アスカっ!
頑張ってっ!

そして、それを見送ったヒカリは・・・。

「さて・・・あの2バカは何処かしら!?」

その頃、2バカは凝りもせず屋上でヒーヒー笑い声を上げていた。

「あー、おもろかったでぇ。」

「惣流のヤツ、気付いたらどんな顔するだろうな。」

「楽しみやでぇ。がははははははははは。」

などと、まだトウジが馬鹿笑いを上げていた時、屋上にヒカリがなにやら小さな包み紙
を持って上がって来た。

「おっ、なんや? 委員長。」

「あの・・・鈴原?」

頬を赤くしてヒカリが近づいて来る。

「あの・・・一生懸命作ったの・・・。」

「ワ、ワイにかっ?」

「う、裏切りもんっ!」

頬を染めるトウジと、シンジに続いてトウジにまで裏切られて顔をしかめるケンスケ。

「あの・・・受け取ってくれるかな?」

「お、おうっ! 当たり前やんけっ!」

トウジとケンスケの前に立ち、頬を赤くして俯いていたヒカリが顔を上げた。

「ひ、ひぃっ!」
「うわーーっ!」

だが、顔を赤くしていたのは、恥かしいからではなかった。まさにそれは・・・怒りに
満ちた赤い顔。

「の、予定だったけどっ! 今年はこのチョコはお預けっ!」

「ど、どないしたんや、い、委員長っ!」

「アスカに何したか、胸によっく手を当ててごらんなさいっ!」

「げげげ、あ、いや、あれはやな・・・。」
「じょ、じょ、じょ、冗談だよ。委員長・・・。」

震える2人。

ギロっ!

だが、ヒカリは容赦無く2人を睨み・・・そして。

「「ぎやーーーーーぁぁぁぁあああああああああああああああああっ!!!!!!」」

その後のことは、倫理上問題がある為ここには記することはできない。

<公園>

その頃、日本海溝よりも深く傷ついたシンジは、いつも喧嘩をしたらアスカが走って来
る公園のブランコに座りゆらゆらと揺られていた。

ぼくってバカだ・・・。
アスカの言うようにバカシンジなんだ。

半袖のワイシャツの短い袖でグイと涙を拭う。アスカとはきっと友達以上の関係になれ
たんだと思い込んでいた自分のバカさと、好きな子にあそこまで完膚なきまでに振られ
た悲しみで、拭いても拭いても涙が溢れてくる。

そうだよな。
アスカとは同居してるから仲がいいように思い込んでただけなんだ。
ぼくが勝手に錯覚してたんだ・・・。

「うっ。」

なんとか自分を納得させようと必死で努力するが、初めて好きになった女の子にあんな
振られ方をした衝撃は大きく、いくら頑張っても次から次へ止め処なく涙が溢れてくる。

キコキコと揺れるブランコに座るシンジを覆う空がだんだんと赤みを帯びてきて、夕日
がシンジの顔を赤く照らし始める。

はぁ〜。アスカと顔合わせたくないな。
でも、ご飯作らなくちゃいけないし。
せめて・・・今日はご飯だけでも食べてくれるかな・・・。

いつも自分の作ったご飯を食べるアスカ。嬉しそうに食べるアスカの顔を思い出す。大
好きなあの笑顔を。

ぼくのこと好きじゃなくても・・・。
ぼくの料理。アスカが喜んでくれたら、それでいいよな。

好きな子の笑顔に勝るものなどこの世にあろうはずもない。シンジは涙を腕でぐっと拭
い、ブランコからゆっくり降りるとミサトのマンションへ向かって歩き出す。

「シ、シンジっ!!!」

そして公園から出ようとした時、汗をぐっしょりと掻いたアスカが真っ赤な夕日を背に
涙でぼやける視界に飛び込んで来た。

「くっ!」

泣き顔など見られたくないシンジは、もう1度大きく腕で目をゴシゴシと擦り、精一杯
の作り笑顔をアスカに向ける。

「あ、あれ? どうしたの? アスカ?」

必死で平静を装おうとするが、どうしても声が上ずってしまう。それでも、いつもの自
分をなんとか演じよう努力する。

「違うのっ! あのチョコはっ!」

「もういいんだ・・・。ぼくって、やっぱりバカだよね。」

「だから、違うのっ! 勘違いなのっ!」

勘違いと言われても、どこに勘違いする余地があるというのだろうか。自分以外の男の
子にせっせとチョコを配っていたアスカ。自分にはチョコを渡すどころか、ツンとそっ
ぽを向いて話もしてくれなかったアスカ。それのどこに勘違いの余地があるというのだ。

「そうだよね。アスカは嫌々、義務でぼくと同居し始めたんだもんね・・・。それなの
  にぼく・・・はははは、ぼくってバカだ。」

「違うんだってばっ! どうでもいいのはチョコで、好きだからチョコじゃなかったのっ!」

わけがわからない。

「もういいんだっ! でもっ! ほんとはチョコを貰った時、言おうと思ってたんだけどっ!
  ぼく・・・ぼく、ぼくっ!
  アスカのことが好きだったっ!!!!!!!」

それだけ叫んで、シンジは走り出す。

だが、その腕にアスカは必死で飛びつき、全身の力を込めて両手で引っ張る。

「待ってっ! お願いだからっ!」

「どうしてっ! どうして引き止めるんだよっ! これ以上ぼくを惨めにしないでよっ!」

「だから、今日は、バレタライカンデーだったのよっ!」

「なにわけわかんないこと言ってんだよっ! 離してよっ!」

「お願い。お願いだから、アタシの話聞いてっ! お願いっ!!!」

「・・・・・・。」

「一言で言えないんだってばっ!! お願いだからっ!!! アタシの話も聞いてっ!!!」

「・・・・・・わかったよ。」

ようやく落ち着いて話ができるようになったので、アスカは事の顛末を最初から順序良
くシンジに説明した。

「だからっ! シンジのこと、嫌だからじゃないのっ!」

「じゃ、じゃぁ、ぼくだけにチョコくれなかったってことは・・・。」

「うん・・・。」

少し顔を背けてアスカはコクリと頷いた。

「ぼく、アスカに告白しようと思って、いろいろ考えてたんだけど。
  はははは、なんか全部忘れちゃった。」

「いい。さっき言って貰ったから・・・。」

「あっ!」

「うん・・・。」

「もっと、格好いい告白にしようと思ってたんだけど、なんだか恥かしい告白になっち
  ゃったな。」

「ううん・・・シンジの気持ち、なにより伝わったから・・・。」

「でも、チョコを貰う前に告白したかったから、ギリギリセーフかな。」

「あっ! チョコっ! 帰ったら、本命ってのすぐ作るからっ!」

「いいよ。」

「でもっ!」

「いいじゃないか。」

「なんでよ?」

「チョコの無い本命なんて、きっとアスカがぼくにしかくれてないだろ?」

はっ。と顔を上げるアスカ。

「うんっ。」

赤い夕日に照らされ、赤く染まった2人は腕を組んで公園を後にする。

そして、今日という日は、いつまでも思い出として残るだろう。

今日は、2人の心が1つになったバレンタインデー。

今日は、チョコの無いバレンタインデー。

fin.
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