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だけどね・・・。
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<弐号機エントリープラグ>

かつて無い窮地。ネルフ全体が緊張する状態の中、待機命令が出されたアスカは、エン
トリープラグ内で1人シートに凭れ掛かる。

モニタに第3新東京市の全景が映し出される中、端に開かれている小さなポップアップ
のモニタに映る初号機。

いよいよ作戦開始の命令が出ようとしている。

そんな緊張の中、アスカはまるで母に抱かれる子の様な穏やか顔で、今日の午前中の出
来事を思い出していた。

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<デパート>

今朝は朝早くから、観光目的で来日したドイツの旧友と、久しぶりに会いにお出掛け。
今日が最後の滞在日ということで、今はデパートに日本のお土産を見に来ている。

「ほんっと、日本って熱いわねぇ。」

ようやくクーラーの効いたデパートに入り、手をぱたぱたとさせて仰ぎながら一息つい
ているのは、長い黒髪に白人の中でも色白のお喋りアンナ。常夏の日本にかなりまいっ
ている様である。

「日本に来てかき氷っての始めて食べたけどさ。あれって美味しいね。」

こちらは甘い物に目が無いセラ。赤っぽいアスカの金髪とは違い、癖っ毛だがゴージャ
スな金髪をポニーテルで束ねている。

「アンタ達も変わってないわねぇ。ドイツはどう?」

「別にどうってことないわ。そうねぇ。セラがちょっと太ったかしら?」

「なんでよぉ。そんなことないもん。」

「アンタも甘いもんばっか食べてたら、歳とったら跳ね返りが来るわよ?」

「むぅぅぅぅ。」

アンナに続きアスカにまでからかわれ、セラはぶーっと膨れてみせる。

「でもさ。アスカってやっぱり綺麗よねぇ。」

「そんなこと無いわよ。アンナだって。」

「何言ってんのよぉ。羨ましいいわぁ。」

羨望の眼差しでアンナが視線を送って来る。それに続いてセラも、両手を胸の前で組ん
で話し始めた。

「なんたって、エヴァのエースパイロットだもんねぇ。」

「まだ今んとこは、そうだけどねぇ。」

「アスカは、わたし達の自慢なんだからね。頑張ってよぉ。」

「はは。そんなにからかわないでよ。」

プライドの高いアスカと言えども、古くからの親友に面と向かってそこまで褒められる
と、やはり何処か気恥ずかしいらしく、少し照れた笑みを浮かべてしまう。

「ほんとよ。ほんと。いっつもアンナと、アスカみたいな友達がいるのってわたし達く
  らいよねって、言ってんだから。」

「もういいわよ。」

「そうそう、セラなんかいっつも自慢してるのよ?」

「はは・・・。」

ここまで褒め倒されると、なんと答えていいのか困ってしまい、愛想笑いを浮かべるこ
としかできない。

ドンガラガッシャーーーン。

「わーーーーっ!」

ズッテーーーン。

久し振りに会った親友と話をするアスカの後ろで、叫び声と共に大きな物音がした。友
達と会うなら行くのは嫌だと断ったにも関わらず、無理矢理連れて来られたシンジだ。

どうやら洋服が掛かっていたハンガーに、躓いて転んでしまったらしい。

「もうっ! 何してんのよっ!」

「ご、ごめん・・・。よそ見してたら・・・。」

「友達がいるんだから、あんまり恥ずかしいとこ見せないでよねっ!」

「だから、来たくないって・・・。」

「何か言ったぁぁぁっ!?」

「ご、ごめん。」

何か言いたいことがあった様だが、蛇に睨まれた蛙ごとく、ぺこぺこと謝りながら床に
散らばった洋服をハンガーに戻す。

「ったく。さっさと付いて来なさいよねっ。」

「わかってるよ・・・。」

一緒に手伝って洋服を元のハンガーに掛け終わったアスカは、また少し前を歩く友人の
元へと戻って行く。

シンジはその後を、どうして自分はここにいるんだろうと思いながらも、反抗すると怖
いので、大人しく付いて行くのだった。

「ねぇ、アスカ? もう1度聞いていい?」

「なに?」

後ろから、すごすごと付いて来るシンジを、チラチラと横目で見ながら、アンナが不思
議そうな顔をして耳元で囁いた。

「彼って、アスカの何だっけ?」

「だから、恋人って言ったじゃん。」

「・・・・・・・うーん。」

「どうしてよ?」

「ううん。いいけどね。」

アンナもセラも、どうも納得できないという顔を浮かべながら、土産物を売っているコ
ーナーまで歩いて行く。

それからしばらく土産物を見て回ったアスカ達一行は、昼時の混雑を避ける為、少し早
目の昼食をすることに決め、デパートの最上階にある喫茶店へと入っていた。

4人掛けのテーブルに、アスカとシンジが並び、その前にアンナとセラが並んで座る。

「・・・・・・。」

女の子が3人に、男が自分1人という状況に、シンジは困った顔でただただ俯いたまま
無言。

「ほら。アンタ何食べんのよっ!」

「なんでもいいよ・・・。」

「そんなんじゃわかんないでしょっ!」

「アスカと一緒のでいいや。」

「もっ! じゃ、ナポリタンでいいわねっ。」

「うん。」

2人の様子を少し呆れた顔で眺めながらも、アンナとセラはメニューを見ながら、自分
達が注文する料理を決める。アンナはエビグラタン。セラは、ハンバーグのレディース
セットに決めた様だ。

「ねぇ、どうしてまた中学校行ってるの?」

またお喋りアンナが話の火蓋を切る。

「別に大学行く必要も無いしさ。」

「どう? 初めて中学校へ行った感想は?」

「減点式のテストってのがねぇ。どうも馴染めないわ。」

「さっすがアスカねぇ。言うことが違うわぁ。」

アンナもセラも同じ歳の14歳で、普通に中学校へ通っている。アスカとは学校の友達
と言うわけではなく、家が近所だということでいつしか仲良くなった間柄。

「ねぇねぇ、こないだうちの学校の自販にミルクセーキが入ったの。」

「ほんと、セラは甘い物のことしか話題が無いわねぇ。」

「だって・・・。アスカんとこはどんなジュース置いてるの?」

「そんなの無いわ。日本の学校って、お金持って来ちゃダメとか、ジュース持って来ち
  ゃダメとか、わけわかんないのよ。」

「なにそれーー。わたしそんな学校耐えらんない。」

「アンタの場合、ちょっとは日本の学校で、ダイエットした方がいいかもねぇ。」

「ぶーー。そんなに太ってないもんっ!」

まぁ、冗談でからかえるくらいなので、確かに太っているわけではないが、丸顔の為ぽ
っちゃりした感じがどうしてもあるセラ。

「・・・・・・。」

楽しく盛り上がる女の子達。そんな中に、シンジが話題に入っていけるはずもなく、居
心地が悪そうにその場でナプキンを弄び暇を潰す。

「ねぇ、シンジくんもエヴァのパイロットなんだって?」

「えっ!?」

それまでナプキンをいじっていたシンジは、いきなりアンナに話を振られ、びっくりし
て顔を上げた。

「アスカから、サードチルドレンって聞いたけど?」

「え・・・うん。まぁ。」

「ねぇねぇ、アスカの何処好きんなったの?」

「えっ?」

今度はセラである。いきなりそんなことを言われても、恥ずかしくてすぐに言葉が出て
こない。

「う、うん・・・その・・・。」

「美人なとこ? 頭がいいとこ?」

「そ、そんなんじゃ・・・。」

「ねぇ。ねぇ。」

「・・・・・その・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

全然会話が続かない。シンジは困った顔で、俯いてしまい何も答えなくなってしまった。

「はぁ・・・まったくアンタは・・・。」

そんなシンジを呆れ顔でアスカが見ているところへ、注文していた料理が運ばれてくる。
シンジは、まるでそれが助け船だと言わんばかりに、ただ黙ってナポリタンスパゲッテ
ィーを食べ始めた。

「まだ、赤いプラグスーツ着てるの?」

「あったりまえじゃん。」

「アスカって赤似合うもんねぇ。」
「昔っから赤好きだったしね。」

アンナに続いてセラも、ハンバーグを食べながら口を挟んでくる。とうとう2人とも、
シンジと話をすることを諦めてしまったらしい。

そんな中、シンジは相変わらず居心地が悪そうに、ただ黙ってナポリタンスパゲッティ
ーを食べ続ける。

食事も終わり、土産物も買い終わったアスカ一行は、場所を移動しようとデパートのエ
スカレーターを1階に向かって降りていた。

「あっ、アスカ。あれ水着売場でしょ?」

「そうよ。」

「ねぇねぇ。日本ってこんなに熱いんだからさ。可愛い水着とかいっぱいあるんじゃな
  い?」

「まぁね。見てみる?」

「もちっ!」

ドイツは極寒の地である為、水泳があまり盛んではなく、せいぜい温水プールがある程
度。そんな事情から、水着もあまり売っていないので、アンナ達には珍しい。

「アスカ。外で待ってるよ。」

「わかったわ。」

女性物の水着売場に入るのが恥ずかしいらしく、シンジは外で待っていることにした様
だ。

「わぁ、すごーい。いっぱいあるぅ。」

目を輝かせて水着を選ぶアンナ。その横でセラも一緒になって水着を選んでいる。

「アスカってどんな水着持ってるの?」

「うーん。こないだ買ったんだけどなぁ。えっと・・・あれっ! あの水着よっ!」

視線を水着の林の中でさまよわせていると、この間買った赤を白のストライプの水着が、
まだ残っていることに気付く。

「わぁっ! ビキニじゃなーい。 わたしもそうしよっかなぁ。」

「じゃ、わたしも。」

「セラは、先にダイエットでしょ。」

「ぶーーー。だから、そんなに太ってないもんっ!」

キャイキャイ騒ぐ友達の横で、アスカは以前に買った赤と白のストライプの水着を1人
見詰めて物思いにふける。あの水着を買った後に起こった出来事を・・・。

「ところでさぁ、アスカ?」

「なに?」

「ほんとに、彼、恋人なの?」

「何度も言ってるでしょ。ちゃんと紹介したじゃないっ。」

「だって・・・。」
「ねぇ。」

アンナとセラが顔を見合わせて不思議そうな顔をする。

「もしかしてさ。親が決めた彼とか? チルドレン同士ってことで。」

「違うわよ。ちゃんと恋愛よ。」

「だって、なんかこんなこと言っちゃ悪いかもしんないけどさぁ。アスカに似合わない
  よ。」

気を使いながらも、おずおずと口を開くアンナ。それに続いて、セラも近くにシンジが
いないことを確認して喋り出す。

「どんくさいしさ。覇気無いしさぁ。アスカと釣り合い取れてないって感じ。」

「どうしてよっ。」

アスカは、ちょっとムッとする。

「だって・・・ねぇ。」
「うん・・・。」

どうしてと言われても、今日1日のことを思い返すと、そうとしか答えられないアンナ
とセラ。

「まぁね。確かにアイツってどんくさいとこあるわ。」

そう言いながら、赤と白のストライプの水着に視線を移し、アスカはしばらく眺めて再
び口を開く。

「だけどね・・・。」

ウーーーーーーーーー!!!

その瞬間、デパートに非常事態宣言の警報が鳴り響いた。同時に鳴り始めるアスカの携
帯電話。

「もしもしっ! アスカよっ! 使徒っ!? わかったわっ!」

手短に会話を終わらすと、携帯を切りポケットに押し込む。

「し、使徒なのっ?」

それまで、和やかな雰囲気だったアンナとセラの顔色が変わる。

「アンタ達は、店の人の言うこと聞いてシェルターに逃げんのよっ! いいわねっ!」

「うんっ! わかった。」

「じゃ、アタシ行くからっ!」

「頑張ってねっ! アスカっ!」
「シェルターで応援してるからねっ!」

アスカは親友2人に、手を振って水着コーナーを走り出す。

「シンジっ! 行くわよっ!」

「うんっ!」

アスカは、シンジと共にネルフへと向かって走って行った。

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<弐号機エントリープラグ>

『みんな。いよいよ来るわ。』

エントリープラグの通信回線に、ミサトの声が聞こえてくる。衛生軌道上から迫り来る
サハクィエルを手で受け止めるという無謀な作戦。

「ふぅ・・・。」

それ迄、目を閉じ今日の午前中のことを思い返していたアスカは、ゆっくりとその瞳を
開けた。

”アスカに似合わないよ。”か・・・。




だけどね・・・。




次の瞬間、モニタにシンジの顔が映し出された。

『アスカっ! 綾波っ! 行くよっ!』

「ええ。いいわよ。」

シンジの声が聞こえてくる。アスカは軽く返事をし、エヴァをクラウチングスタートさ
せる体勢で合図を待つ。

『スタートっ!』

シンジの声と共に、全力で走り出す弐号機。

空を見上げると、肉眼でも確認できる位置にサハクィエルが落下して来ている。

接触予測地点は、二子山付近の高台。

アタシが一番近いっ!

このままいけば、アスカが最初に接触するとMAGIの計算結果がモニタに表示される。

アスカはサハクィエルの衝撃を体に受け、柱となる覚悟をし、全力でエヴァ弐号機を走
らせる。




だけどね・・・。




しかし、アスカの表情には全く恐怖の色は見えなかった。

アタシがね。
こんなことをしようとするとね。

『シンジくんのシンクロ率が、急に上がりましたっ!』

通信回線からマヤの声。

ふとモニタに視線を送ると、サハクィエルから距離のあった初号機が、とても考えられ
ない速度で疾走していた。




ほらね・・・。




このまま行くと、初号機が最初にサハクィエルと接触する計算になる。エヴァ1体で支
えるには質量が膨大過ぎることは明白。

普通なら、残り2体のエヴァが到着するタイミングを見計らうべきが当然。




だけどね・・・。




それでも、初号機は速度を落とすことなく、サハクィエルに接触する。

いざって時はね。

その衝撃を、シンジは足を地にめり込ませながらも、強烈なATフィールドを展開し、
1人で支える。




ほらね・・・。




遅れること数秒。零号機と弐号機が接触。

零号機が、使徒のATフィールドを切り裂き、その隙間からアスカがプログナイフをコ
アに向かって突き立てる。

次の瞬間、シンジとレイは、ATフィールドを中和状態から、防御の為に展開するが、
攻撃していたアスカだけは、直ぐに切り替えができなかった。

このままでは、使徒の爆発に弐号機も巻き込まれることになるが・・・。




だけどね・・・。




サハクィエルのコアから、閃光が放たれる。

アタシが危なくなるとね。

しかし、それと同時にアスカの周りを真っ赤な光が満たしていく。
シンジが、弐号機も自分のATフィールドで包み込んでいた。




ほらね・・・。




ズドーーーーーーーーーーーーーーンっ!

爆発炎上するサハクィエル。

その後には、最初に接触した時、小破した初号機以外、無傷のエヴァが残されていた。

今回もアスカは幾度か危険な状況になりそうになりながらも、全く無傷で戦闘を終える
ことができた。




だけどね・・・。




誰が見ても、アスカが怪我などしたとは思わないだろう。それでも・・・。

アイツはね。

シンジはね。

『アスカっ!? 大丈夫っ!?』

通信回線から、いつも戦闘が終わったら聞こえてくるシンジの声が流れてくる。




ほらね・・・。




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<空港>

第3新東京市の観光はできなかったが、ドイツにいては経験できないシェルターへの避
難という体験をした友人2人は、満足気に帰国の飛行機のチケットを取り、空港へ来て
いた。

そんな2人と別れの挨拶をしようと、ぎりぎり時間を間に合わせたアスカが、シンジと
共に空港に駆け込んで来る。

「良かったぁ。間に合ったわね。」

「あっ! アスカぁっ! お疲れ様ぁっ!」

使徒との戦い行ってしまった為、今回はもう会えないままに帰国することになると思っ
ていた友人は、喜んで手を振る。

「聞いたわよぉ。アスカが使徒のコアを攻撃して倒したんですってねぇ。」

「ま、そうなるけどねぇ。」

「さっすがアスカねぇ。レイさんって人との連携プレイだったらしいじゃない。」

「ま、そうなるわねぇ。」

「でもさぁ、なんか、アスカの彼って横で支えてただけって聞いたけど・・・。」

「ま、そうなるわねぇ。」

「ねぇ、アスカならもっとさぁ、頼れる恋人をね・・・そのぉ、もうちょっと真剣に考
  えてみたら?」

「どうしてっ?」

「だってさぁ、なんかさぁ。」

アンナは、少し離れた所でおどおどした様子で立っているシンジに少し視線を向ける。

「だってさぁ。こう言っちゃ悪いけど、アスカには似合わないよ。」

「そうかしら? アタシはシンジが好きよ?」

「ま、恋は盲目って言うからねぇ。でも、親友からの忠告には、ちゃんと耳と傾けるも
  んだぞ。」

そろそろ時間である。アンナもセラもにこやかにアスカに手を振って、コンコースへと
入って行く。

「わかったわねーっ! よっく考えるのよーーっ!」

最後にアンナが手を振って、大きな声で呼び掛けてきた。そんな親友に、笑みを浮かべ
て手を振るアスカ。

そして、飛び立って行く飛行機。

アスカは自分の姿はもう見えないだろうと思いつつも、またしばらく会えなくなるアン
ナとセラを乗せた飛行機に、大きく手を振って別れを惜しむ。

「アスカ。行こうか。」

飛行機が雲の間に消えると、後ろで待っていたシンジが声を掛けてきた。

アスカは、友人に散々似合わない似合わないと言われたシンジの腕に、自分の腕を絡め
て歩き出す。

少し凭れ掛かると、ひ弱そうに見えるシンジがしっかりと支えてくれる。

『よっく考えるのよ』・・・っか。
確かに、コイツって情けない様に見えるのよねぇ。
どんくさいしさぁ。

親友の言葉を思い返しつつ、空港を歩いて出いて行く。

そして、凭れ掛かる自分を支えてくれるシンジの力を感じながら、アスカは心の中でそ
っとつぶやいた。




だけどね・・・。

fin.
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