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ドイツにて
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<ドイツの空港>

「父さんも、いきなりドイツへ行けだなんて、ひどいよ。ドイツ語なんて全然わからな
  いのに。」

シンジは昨日まで、孤児院の先生の所で世話になっていた。そんな平和で平凡な毎日に
終わりを告げる一通の手紙が、届いたのだ。

『ドイツへ行け』

父親からの初めての手紙。たった一言の手紙。

「おかしいなぁ。迎えが来ているはずなんだけど。」

空港に着いたのは良いが、右も左もわからない。迎えの人が誰なのか見当すらつかない。

「やっぱり来るんじゃなかったよ。」

ブツブツ言いながら、1人たたずむシンジ。

「アンタがサードチルドレン?」

突然後ろから声を掛けられる。振り返ってみると赤毛の女の子が立っていた。

「サードチルドレン?? ぼくは碇シンジだけど?」

「だから、サードチルドレンかって聞いているんでしょ! ま、間違いなさそうね。さ
  っさと来なさい。」

誰だろう? かわいい娘だなぁ・・・。

「君、名前は何て言うの?」

「アンタバカぁ? 人に名前を聞く時には、自分から名乗りなさいよね!」

「さっき、言ったけど・・・。」

「うっ、それもそうね。アタシはセカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーよ!
  同じチルドレンでもアンタとは全然出来が違うんだからね! よく覚えておきなさい。」

サードチルドレンとか、セカンドチルドレンとか、シンジには何のことかわからない。

「ふーーーーん。」

ムカッ!

「アンタねぇ、人に名前聞いておいて『ふーーーーん』とはどういうことよ!」

「ごめん・・・。」

「もう、このアタシが、わざわざ迎えに来てあげたんだから、お礼くらい言いなさいよ
  ね! ほら、さっさと行くわよ!」

スタスタと歩いていくアスカの後を、遅れないように付いて行く。迷子になっても、探
してもらえそうに無い。

<ネルフドイツ支部>

アスカは、加持に言われた通りに、シンジをネルフドイツ支部の司令室まで連れてきた。

「加持さん。連れて来たわよ。」

「君が碇シンジ君か。俺は加持リョウジ。よろしくな。」

「はい。」

加持さんって言うんだ。なんだか、いい人みたいだな。

「今日から、一緒に暮らすことになるから仲良くしてくれ。」

「はい。」

「じゃアスカ、今日はもういいから、家に案内してやってくれないか?」

「え? アタシが? 加持さんの家が、どこにあるか知らないわよ。」

「おいおい、今日から一緒に暮らすのは、アスカとだろ? あれ? 聞いてないのか?」

「「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」

シンジとアスカが、同時に絶叫する。

「嫌よ! 絶対嫌! なんでそーなるのよ! 男女7歳にして同衾せずってね!」

「これは、仕事の一環だから仕方ないんだ。同じチルドレン同士ユニゾンしなければな
  らない。今後の作戦の為だ。」

「そんなぁぁぁぁぁーーーー。」

この娘と一緒に暮らすのか・・・。

<アスカの家>

「まったく・・・どういうつもりなのよ! 女の子の家に、こんな何処の馬の骨とも知
  れない男を住まわせるだなんて!」

ブチブチ言いながらも、エヴァ絡みだということでしぶしぶ了承したアスカは、シンジ
を自分の家に案内する。

「おじゃまします。」

おずおずと、アスカの家に入るシンジ。

「勝手にそこらにある物を、触るんじゃないわよ! 今から1つ部屋を空けてあげるか
  ら、待ってなさいよね。」

「うん。」

アスカの家は2LDK。とは言っても、各部屋が12畳前後、リビングは25畳くらい
ある。現在2つある部屋の1つが寝室。もう1つが勉強部屋になっていた。寝室を空け
渡すわけにはいかないので、勉強部屋を提供ことにする。

「だいたい、一緒に暮らさないといけないんなら、もっと早く言っておいてよね。当日
  に来られても、何の準備もしてないじゃない。」

先程から文句を言いながら、勉強部屋にある見られたく無い荷物を寝室に運び込む。

「あ、あの・・・手伝おうか?」

「いいから、アンタは座ってなさいよ!」

見られたく無いから、運んでるのに、手伝ってどうするのよ!

「うん。」

シンジは、リビングのソファーに座り、荷物を運ぶアスカの様子を眺めるだけだった。

「さっ、終わったわよ。でも、全部荷物を運んだわけじゃないから、よけいな物は触る
  んじゃないわよ!」

「うん。」

シンジが入ると、そこは、女の子らしくかわいらしい部屋だった。本棚にはなにやら分
厚いドイツ語の本が、たくさん並べられている。

「あの・・・どこで寝たらいいの?」

「そーいえばベッドが無いわね。しばらくは、リビングのソファーで寝なさい。」

「うん。」

「じゃ、ご飯を食べに行きましょうか。」

「うん。」

「うん、うんって、アンタ人の話を聞いてるの?」

「うん。」

「アンタねぇ!!!!」

「え?」

「もういいわよ! さっさと行くわよ!」

「うん。」

<レストラン>

レストランに入ると、ウェイトレスがメニューを持ってきた。シンジは、手に取って開
いてみるが、全てドイツ語。

「・・・・・・・・・・・。」

「アンタどれにするのよ!」

「ドイツ語ばっかりで、わからないよ。」

「もう! しょうがないわね。アタシと同じのでいいわね。」

「うん。」

アスカの注文したステーキとワインが、2セット運ばれてくる。

「アンタ、エヴァに乗ったことあるの?」

「エヴァ?」

「シンクロ率ってどれくらいなの?」

「シンクロ?」

シンジには、アスカの話していることがさっぱりわからない。

「シンクロ率よ。」

「何? それ?」

2人はワインを飲みながら、ステーキを食べる。

「もしかして、アンタ何も知らないの?」

「へ?」

シンジの顔がだんだん、赤くなってくる。

「このジュース、もう一杯。」

シンジがグラスを差し出すと、ウェイトレスがワインを注ぐ。

「それで、よくチルドレンに選ばれたわねぇ。」

「チルドレン?」

「このジュース、もう一杯。」

シンジがグラスを差し出すと、ウェイトレスがワインを注ぐ。

「まぁ、いいわ。そのうちわかると思うから、それよりアンタ、強いわねぇ。アタシも
  負けてられないわ。」

アスカもワインを注文する。

                        :
                        :
                        :

1時間後。

「さーーーーーかえりまひょーーーーかぁ。」

「そーーーーらねーーーーー。」

「あたひのいへ、どっちらっけぇぇぇぇ。」

「そんらの、ぼくにきひても、わかんらいよーーー。」

何も考えずにワインを飲みまくった2人は、完全に酔っ払ってしまった。まともに歩く
こともできないので、何処かの酒飲みのおやじの様に、お互いに肩を組んで、千鳥足で
アスカの家に帰って行った。

<アスカの家>

「ふーーーーーー。さーー、もうきょうはねまひょーか。」

「そーーーらねーーー。」

ソファーに横になるシンジ。

「なに、そんらとこで寝てるのよぉーーー。ドイツは寒いんらから、いっしょにねまひ
  ょーよぉーーー。」

「そーーーらねーーー。」

「そんら格好でーー寝れるわけらいれひょーーーーー!!!」

「わーーーー、やめてひょーーーーーーーー!!!」

                        :
                        :
                        :

そして翌朝。

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」

パーーーン。パーーーン。パーーーン。パーーーン。パーーーン。

シンジは、突然頬に感じた強烈な痛みに、驚いて目を覚ました。

「いったぁーーーーーーーー。」

頬を押さえるシンジ。何が自分の身に起こったのか、よくわからない。
顔を真っ赤にして目を吊り上げているアスカが、こちらを見ているのだけはわかる。

「どーーーいうつもりよ!!!」

「へ?」

自分の置かれた状況を観察する。

1.この娘の隣にいる。
2.この娘のベッドの上に寝ている。
3.1つの布団に入っている。
4.ぼくは、裸。
5.この娘も裸。

ん・・・・・・・・・・・・・??????

「わーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

「アンタ! いきなりどういうつもりよ! 何考えてんのよ! 信じらんない!!」

シンジは、自分の服をきょろきょろと探すが、どこにも無い。

「ちょっと、まってよ! 何がなんだか!」

とにかく服を着なくちゃ・・・。

裸なので、布団から出るわけにもいかず、きょろきょろ見渡すが、探せど探せど見当た
らない。

「服・・・服が無い・・・。」

寝起きであることと、突然自分の置かれた状況に錯乱していたアスカの頭も、だんだん
と冷静になる。それにつれて、なんとなく記憶が蘇ってきていた。

そういえば、昨日酔っ払って、シンジの服を剥ぎ取って連れ込んだんだわ・・・。
シンジの服は、確かキッチンの生ごみ袋に叩き込んで・・・。まずい!!

「アンタ! 着替えはどこにあるのよ!」

「え!? 無いよ。こっちで買えばいいと思ってたから。」

どうして、着替えくらい持って来ないのよ! このバカっ!

「アタシが、探してくるから、目閉じておくのよ! 見るんじゃないわよ!」

「うん。」

シンジは目を隠すように布団に潜った。

アスカが立ち上がり、部屋を出て行こうとする。

わ!!

姿見に映ったアスカの姿を見てしまうシンジ。アスカは、気付かず部屋を出て行ったが、
布団の中のシンジは顔を真っ赤にしながらも、その様子をじーーーっと見ていた。

確か、この中に・・・・。あ!!!

生ごみの袋を開けると、シンジの服が発酵している。

まずいわねぇ・・・。こんなの、着れないじゃない。仕方無いわね。

シンジとアスカは、ほとんど背丈は同じ。自分の服でも着れるはずなので、タンスから
適当に服を探す。

GパンとTシャツならおかしくないわよね・・・・・ん?・・そうだわ!!!

アスカは、自分の服を着込み、シンジに貸す服を手に持って寝室へ戻った。

「アンタの服無いわよ。どこかに忘れてきたんじゃないの?」

「えーーーーーーーーーーー!!!」

「仕方が無いから、アタシの服を貸してあげるわ。感謝しなさいよね!」

「ごめん。」

しかし、渡された服は、かわいらしい女物の下着とミニスカートに、ピンクの花柄の服、
そして黒いストッキングだった。

「えーーーーーーーーー!!! なんだよこれーーーーー!!」

「嫌なら、裸でネルフへ行く?」

「そんなぁ・・・。」

「もう、時間が無いんだから、さっさと着なさいよ!」

「えーーーーーーーーーー他の服無いのーーーー?」

「男の癖に細かいこと言ってないで、さっさと着なさいよ!!! うだうだ言ったら、
  いきなり襲われたってみんなに言うわよ!」

「えーーーーーーーーー!! わ、わかったよ・・・。」

アスカがリビングに出て行くと、しぶしぶアスカに渡された服を着るシンジ。

フフフフフフフフ、楽しみねぇ。

リビングでトーストを焼きながら、シンジの格好を想像して、笑い転げるアスカ。

カチャ。

「ほぉぉぉぉぉーーーーー。」

部屋から出てきたシンジを見たアスカは、思わず感嘆の声を上げた。
恥ずかしそうにモジモジするシンジ。

「なかなか似合ってるじゃない!」

「やっぱり、恥ずかしいよ・・・。お願いだから、他の服貸してよ。」

「ちょっと、こっち来なさいよ!」

アスカは、シンジの手を取り、再び寝室に引きずり込む。

「そこに座りなさい。」

ベッドにシンジを座らせると、ピンク色のルージュを手にして、シンジに迫る。

「い、い、嫌だよ! 口紅なんて、したくないよ! かんべんしてよ!」

「やかましい!!」

「嫌だーーー!! 助けてーーーー!!」

あたふたと、逃げ出そうとするシンジに襲い掛かるアスカ。馬乗りになり、シンジを押
え込むと、ルージュで薄くラインを引く。

「ほらーーー、似合うじゃない!! わかってると思うけど、そのラインを消したら、
  襲われたってみんなに言うわよ!」

「そんなぁ・・・・・。」

その後アスカは、女装させたシンジを、得意気に引っ張ってネルフへ向った。もちろん、
ネルフへ行く途中、シンジは人目が気になって気になって仕方が無かったのだが、道行
く人々は、女の子同士で歩いていると思っていたであろう。それほど、シンジの女装は
似合っていた。

<ネルフ本部>

「シ・・・シンジ君・・・そういう趣味が、あったのか・・・。な、なかなか、似合う
  じゃないか・・・ハハ・・ハハハ。」

目を丸くして、おののく加持。何と声を掛けていいのかわからず、苦笑いでごまかす。

「プッ、ククククク。そーなのよ。プクク・・・アタシも驚いたわーーーー。アハハハ
  ハハ。」

「違いますよ! この娘が無理矢理・・・。ぼ、ぼくは、嫌だって言ったのに・・・。」

「アハハハハハハハハハハハハ。」

ブチブチ言うシンジに、大笑いするアスカ。

「そういうことか、なかなか似合ってるから、そのままの方がいいんじゃないか?」

「そんなぁ・・・。加持さんまで、ひどいですよ・・・。」

「アハハハハハハハハハハハハ。」

お腹をかかえて、アスカは笑い続ける。そんな様子を見た加持は、表には出さないもの
の驚いていた。

1日で、このアスカに心を開かせるとは、君はすごいよ。シンジ君。

そして、シンクロテストが始まる。教えられた通りプラグスーツに着替えたシンジは、
エントリープラグに入った。

「わっ! 水が・・・水が・・・!」

「大丈夫よ! LCLを肺に取り込めば呼吸ができるようになるわ!」

シンジの初実験なので、アスカは実験には参加せず、シンジのサポートとして司令室か
ら指導する。

「うぇぇ、気持ち悪い。」

「男でしょ、それくらい我慢しなさい。」

いよいよ、初シンクロ開始。オペレータ達は、事故が起こらないようにあわただしく動
き回る。

「マニュアル通りに思考しなさいよ。」

「シンクロ開始します。」

オペレータの声と共に、シンジのシンクロ率がインジケータで示される。

「うっそぉ!」

目を丸くするアスカ。司令室でインジケータを見ていたオペレータ達もざわめく。

「こりゃ、すごい。」

加持も、自分の目を疑いたくなる。

シンジが、初シンクロ実験で叩き出した数値は、理論値の限界に近いシンクロ率96%
だった。
先程まで、機嫌の良かったアスカだが、一気に落ち込んでしまう。今までトップを走り
続けていたプライドが、今、初めてシンクロしたばかりのシンジにあっさりと抜かれた
のだ。それも、到底追いつくことのできない大差をあけられて。

その日、アスカのシンクロテストは、加持の配慮により中止となった。

                        :
                        :
                        :

加持が用意した服に着替えたシンジとアスカは、2人で家に帰ろうとしていた。

「アンタ、いきなり96%とは、すごいわね。」

「その・・・何が何だか、まだよくわかってなくて・・・、ごめん。」

シンジにしてみれば、何がどうすごいのか、なぜ自分が誉められているのかわからない。
それよりも、嫌味のこもったアスカの言い回しの方が気になって仕方が無い。

「アンタはねぇ、アタシよりも才能があるの! 今までずっとトップだった、このアタ
  シの倍くらいの才能があるの! わかる!?」

「え・・・?」

「フン! 先に帰るわ!」

シンジを置いて走り去るアスカ。シンジは、ただその悲しげな後ろ姿を見つめていた。

<ドイツの市街>

立ち並ぶ商店街には、ネオンが光っている。シンジは、見知らぬ街を1人で歩いていた。

ぼくに才能がある? なんの才能?
今まであの娘がトップだったのを、ぼくが抜いてしまった?

詳しいことはまだよくわからないが、アスカのプライドを傷つけたことだけはわかる。

ぼくは、どうすればいいんだ・・・。
手を抜いたら、余計にあの娘が傷つくんだろうな。手の抜き方もわからないけど・・・。

聞き馴れないドイツ語を話す人達が、シンジの横を幾人も歩いている。知らない街に独
りほうり出された孤独感がある。

あの娘の家に、帰りたくないな・・・。
日本に戻りたいな・・・。

シンジは、夜のドイツの街を一晩中歩き回った。

<アスカの家>

翌朝。

朝の光にアスカは目覚める。昨日の夜は1人で泣きながら寝た。

アイツ帰ってきたのかしら?

のろのろと立ち上がり、リビングに出るが、帰ってきた様子は無い。念の為、シンジの
部屋を覗くが、結果は同じ。

まぁ、いいわ。顔を見たくなかったし。

朝食のトーストを食べる。

あいつ・・・アタシのことを気にして・・・。

なぜか、シンジのことが気になる。

ハン! 同情されるようじゃ、アタシもおしまいね。

ピンポーーーン。

帰ってきたの?

チャイムの音に反応し、あわてて玄関に飛び出るアスカ。

ガチャ。

ドアを開けると、予想通りシンジが立っていた。

「ただいま。」

「今までどこ行ってたのよ!」

「ちょっと、ドイツ市街を見学してたんだ。」

アスカに微笑みかけるシンジ。

「まったく、何考えてるのよ! 夜中に1人で観光!? いい気なものね。」

「そーなんだ。それでさ、いい所をみつけたんだ!」

「いい所?」

「今から行かない?」

「アンタバカぁ? 今日はハーモニクステストがあるのよ!」

「さぼっちゃおうよ!」

「アンタバカぁ? そんなことできるわけないでしょ!」

「いいから、ほら!」

「キャーーーーー!」

シンジは、アスカを抱きかかえると、走り出した。

「ちょっと! 降ろしなさいよ! 何考えてるのよ!」

「本当に、奇麗な所なんだ!」

「何言ってるのよ! ハーモニクステストどーするのよ!」

「いいからいいから。そんなのさぼっちゃえばいいんだよ!」

いつの間にかアスカは、電車に乗っていた。今までハーモニクステストと言えば、自分
の存在を世に示す大事な大事な実験だった。昨日までなら、絶対にさぼるようなことは
無かったであろう。しかし、今は自分を傷つけるだけの物。アスカも本心では、あまり
ハーモニクステストには出たくなかったのだ。

「知らないわよ! 後でどーなっても!」

「その時は、ぼくが怒られるよ。あ、確かこの駅だよ。」

シンジと一緒にアスカも電車を降りる。

「こんな田舎の駅、来たこと無いわ。」

「こっちこっち。」

アスカの手を引いて、走り出すシンジ。行き着いた所は、辺り一面に花が咲き乱れる室
内の公園だった。

「わーーーーーー、こんな所があったのね。」

「奇麗だろ?」

「そうねーーーー。」

寒いドイツでは、お花畑というものは、めったに見られない。アスカは、その花の絨毯
に見とれていた。

「よく、こんな所を見つけたわね。」

「あのさ、ここって、ドイツのどの観光ガイドにも載ってる有名な観光地なんだ。だか
  ら、ドイツに来たばかりのぼくでも、来ることができたんだ。」

「へーーーーそうなの。」

「あのさ、君って今まで花を見たことある?」

「そりゃーあるわよ。」

「花を見て一番感動した時の花の色って、何色だった?」

「え?」

アスカは、花を見て感動した思い出を一生懸命思い起こすが、大学受験の思い出や、エ
ヴァのパイロットとしての思い出しか、脳裏に浮かんでこない。

「・・・・・・・・・・。」

「ぼくは、孤児院で育ったし、君の様なエリートじゃないけど、花を見て奇麗だなぁと
  感じたこととか、楽しいなぁと思ったことならいくつかあるんだ。」

「・・・・・・・・・・。」

「さっき、このお花畑を見て、うれしそうな顔をした君が、今まで見た君の笑顔の中で、
  一番人間らしかったよ。」

「・・・・・・・・・・。」

「エリートである前に、せめて、人間らしくあろうよ。」

「・・・・・・せめて、人間らしく・・・。」

じっと、自分のことを考えるアスカ。人に見てもらいたくて、努力し続けた人生。
近くにある有名な観光地すら知らずに、ひたすら努力し続けた人生。

今まで、アタシは何をやってたんだろう・・・? 誰の為に努力してたんだろう・・・?

「君に、このお花畑を見せたかったんだ。」

”せめて、人間らしく”か・・・。そう・・・そうね!

「アンタねぇ! アタシにはアスカって名前があるんだから、その”君”っていうのや
  めなさいよね!」

「え?」

「これからは、”アスカ”って呼びなさい!」

「うん、いいけど・・・。」

「今日は、思いっきり遊びましょうよ! シンジ!」

「そうだね、アスカ!」

アスカは、エヴァを忘れて、全てを忘れてその日を過ごした。
生まれて初めて、心から笑ってその日を過ごした。




ネルフで準備されていたハーモニクステストは、加持の配慮により中止となった。
また、諜報部にも手出し無用との指示が出されていた。

<アスカの家>

アスカは、ソファーに座って、今日という日を思い返す。

「はーーーーー、こんなの初めて。」

「アスカは、今まで、どんな暮らしをしてたの?」

「毎日、ネルフで実験をして、帰ってきたら大学の勉強してただけ。」

「すごいなぁ。」

「”せめて、人間らしく”か・・・。アタシには、痛い言葉だったけど、いい言葉ね。」

「そうかな?」

「アタシを人間として見てくれたのは、シンジが初めてなの。みんなアタシのことを誉
  めてくれるけど、冷たい目で見ていたわ。」

「加持さんもそうなの?」

「加持さんは、特別だけどね。でも、1人の人間としてじゃなく、子供としてしか見て
  くれないの。」

「明日、怒られるかな?」

「たぶんね。いいじゃない、怒られたって。」

「そうだね。」

                        ●

それから、家事は当番制にして交代でやることにした。
お互いに協力して、エヴァのパイロットとしての資質を高めた。
休みの日には、2人でドイツの観光地を見てまわった。

そして、シンジが帰国する日がやってきた。

<ドイツ空港>

今日は、1ヶ月程のドイツ滞在が終わり、シンジが日本へ帰る日。
空港にたたずむシンジとアスカ。

「すぐに、アタシも日本へ行くことになるから。」

「待ってるよ。」

「それから、日本には、ミサトっていうガサツな女がいるんだけど、その人が迎えに来
  ることになってるらしいわ。」

「うん、聞いてる。」

「それから、もう1人、チルドレンの女の子が日本にはいるけど、負けるんじゃないわ
  よ!」

「うん、がんばるよ。」

「それから・・・・・・。」

「まだ、何かあるの?」

「その・・・。それから・・・。」

「何?」

「・・・・・浮気するんじゃ・・・・ないわよ。」

「へ?」

「そ、その・・・・好きになっちゃったみたいなのよね・・・。アンタのことが。」

そっぽを向き、真っ赤になるアスカ。シンジは、そんなアスカを見てしばし固まってい
たが・・・

「わかった。」

笑顔で答えた。

「そろそろ時間です。」

見詰め合う2人の間に、諜報部の人間が割って入る。

「まったく、諜報部の人間ってデリカシーが無いんだから!」

「仕事ですから。」

諜報部の人間に護衛されながらゲートを潜るシンジに、アスカが手を大きく振る。

「じゃ、またねーーーーー!! 待っててねーーーーー!!」

「うん、今度は日本で!!」

シンジを乗せた飛行機が飛び立って行く。シンジが消えた空を、アスカはいつまでも眺
め続けていた。







翌日、シンジは日本に到着する。そして、その日が世界を震撼させる15年振りの使徒
来襲の日であり、運命の歯車が急速に回り始めるシンジ初陣の日であった。

fin.
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