<ドイツの空港>

シンジを乗せて飛び立って行く日本行きの飛行機を、アスカは空港で名残惜しそうに見
送っていた。

はぁーぁ、行っちゃったぁぁ・・・。
半年も経たないうちにそっちに行くから、待ってなさいよ。

空の彼方に飛び去った飛行機が、青いキャンバスに描いた細く長い雲をしばらく見つめ
ていたアスカだったが、空の向こうに想いを残して空港を出る。

さって、シンジの部屋を書斎に戻さなくちゃね。

寂しい気持ちを振り払うかの様に、両手を組んで天高く伸びをし元気を奮い立たせると
我が家へ向かって歩き出す。

・・・・・・・・・・・。

その足取りは重く、家に帰ると今日からは1人なんだと改めて実感する。

書斎・・・・。もうしばらく、あのままにしとこっかなっ。

<ネルフドイツ支部>

ドイツ時間の翌日。アスカは、定例のハーモニクステストの為にドイツ支部へ来たが、
テストの準備などは全くできておらず、職員が慌しく走り回っていた。

何かあったのかしら?

いつもなら、自分を見ればやさしい声を掛けてくれる加持でさえも、部下に激を飛ばす
ばかりでアスカには気付く様子すら伺えない。

スパイでも進入したのかしら?

ネルフへやってきたものの、自分はどうしたらいいのかわからないアスカは、とりあえ
ず気心の知れた加持に帰っていいのかどうかだけでも聞こうと思った。

「ねぇ、加持さん。今日は・・・。」

「あっ、アスカ!」

ビクッ!

何気無く普通に話し掛けただけなのに、加持からただならぬ怒声が返ってきたのでビク
ッとして驚いてしまう。

「使徒が現れた! シンジくんがやられたらしい!」

「!!!!!!!!!」

「今は情報収集をするだけで精一杯だ。控え室に行っていてくれ。」

それだけ言うと加持は再び職務に戻った。控え室で待っていろと言われたアスカだが、
一歩も動くことができずにその場に立ち尽くす。

やられた・・・?
誰が・・・?

シンジ・・・昨日元気に飛行機に乗ったのよ・・・?
笑って・・・乗ったのよ・・・?

昨日・・・笑ってたのよ・・・?

そんなのって・・・!

そんなのって・・・!

そんなのって・・・!

シンジっっっ!!!!

「イヤァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

シンジが死んだと勘違いしたアスカはパニックを起こしてしまい、陥り金切り声を上げ
て絶叫する。

「イヤァッ! イヤァッ! イヤァァァァァァーーーーーーーーーーーーーー!!!」

頭を両手で押さえて座り込むと、髪を振り乱しながらバタッと倒れて気を失ってしまっ
た。その周りには、キラキラと光るアスカの悲しみの涙が輝いていた。

                        :
                        :
                        :

「うーー、シンジ・・・シンジ・・・。いやぁぁぁぁぁ、シンジぃぃぃぃぃっ!!」

ずっとシンジの名前を呼び続けてうなされていたアスカは、自分の声で正気に戻る。頭
がはっきりとしてくると、ベッドに寝かされており隣に加持の姿があることがわかった。

「シンジはっ!? 加持さんっ! シンジはっ!?」

目の前にある加持のやさしい微笑みを見ると、もしかしたら夢だったのかもしれないと
思える。アスカは、シンジの名前を叫んで食らいつく様に問いつめた。

「大丈夫さ。無事だそうだ。」

「えっ!?」

加持の言った言葉の意味をすぐに理解することができず、目を大きくあけて唖然と加持
を見返す。

「やられたことはやられたが、使徒も殲滅したし命に別状はないそうだ。」

「シンジ・・・。」

ようやく状況を理解できたアスカは、大きく見開いていた目をすっと細くする。その瞳
からは、アスカの安心した気持ちを表す一雫の涙が布団の上に落ちた。

「そう、無事なのね・・・。そう・・・。」

もうそれ以外何も考えることができず、涙を流しながらシンジの無事を喜び微笑む。涙
にもいろいろな意味がある。今流した涙は、先程の涙とは全く逆の意味を持っていた。

「俺の説明も悪かったが、まさかいきなりあんな声を上げて気絶されるとはね。まいっ
  ちゃったよ。」

「えっ・・・!」

よくよく考えてみると、みんなの前で1人勘違いして絶叫しながら気絶したのだ。アス
カは急に恥ずかしくなり、顔を朱に染める。

「シンジくんが無事でよかったな。気を失っている間、ずっとうわ言でシンジくんの名
  前を呼び続けていたぞ。」

ボッボッ!

恥ずかしそうに朱に染まっていたアスカの顔が、急沸騰しゆでだこになる。しかし、こ
んな醜態をシンジにだけは見られなくてよかったと、少しほっとしていた。

「じゃ、シンジは元気なのね?」

「いや・・命には別状は無いが、まだ意識は回復しないそうだ。」

「えっ!」

「今は、ネルフ本部の病院で寝ているらしい。」

そ、そんな・・・・それじゃ無事だったとは言えないじゃないっ!

「加持さん。アタシ日本へ行くわっ!」

「おいおい。まだ弐号機の整備や受け渡しの手続きが完了していないぞ。」

「弐号機は後で送って貰えばいいでしょ? 先に日本で待ってるわ。」

あれだけエヴァに固執していたアスカが、弐号機を置いてでもシンジの元へ行くと言う
のだ。

「わかった。後は任せろ。」

「ありがとう、加持さんっ!」

待ってなさいよ、シンジ! アタシが看病しに行ってあげるからねっ!

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日本にて
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作者注:この小説は、"ドイツにて"の続編です。そちらからお読み下さい。
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<ネルフ本部>

「アンタバカぁ!?」

翌日すぐに来日したアスカは、プリプリ怒って大声を張り上げていた。

「どうしたんだよ。」

「なんでアンタはぁぁぁぁ、アタシが来る前に意識を取り戻してるのよっ!」

来日するやいなや果物や花を買い込んで病院へ行ってみると、既にシンジは退院してい
たのだ。

せっかく、あまーい看病生活を期待してきたのにーーーーっ!!

退院したと聞きネルフ本部に来たアスカは、のほほんとお茶をすすっているシンジを発
見し腹が立って仕方が無い。

「なんでって・・・、気がついちゃったんだから仕方無いだろ。」

「大怪我したって言うから、慌てて飛んで来てやったのに、それがフィアンセに対して
  言う言葉ぁ?」

大怪我だなどと誰もアスカに言っていないが、まぁアスカはそう思ったのかもしれない。

「そんなこと言われても・・・。えっ? フィ、フィアンセーー??? 誰が?」

「アタシよっ! こないだ、浮気しないって約束したでしょっ! 同じことよっ!」

「同じことって・・・・・・これじゃ、押し掛け女房・・・。」

ギロッ。

「うっ! はは・・・はははははーーーぁ。はぁ〜〜あ・・・。」

「でも、大した怪我じゃなくてよかったぁ。」

怪我一つ無かったことに安心すると共に、思いの他早く再会できたシンジにがばっと抱
き付くアスカ。

「そ、そうだっ! 怪我っていえば、あの娘はっ!」

シンジは、突然声を発して何処かへ向かって歩き出す。

「ちょっと、どこ行くのよっ!」

使徒の来襲に対して出撃を命じられたシンジは、いきなりのことで抵抗した。その時、
代わりにエヴァに乗せられそうになった大怪我をした少女・・・レイの元へ急ぐ。

「大怪我してる娘がいるんだ。」

「大怪我?」

「それなのに、無理矢理エヴァに乗せられそうになって・・・。ぼくの代わりに・・・。」

その時の状況を説明しながら走るシンジの後を、付いて走るアスカが辿り着いた所はネ
ルフ本部の医務室だった。

<医務室>

「ファーストチルドレン。綾波・・・レイ。」

アスカには、写真程度でだがその少女に見覚えがあった。その少女は、血に染まった包
帯を体に巻き付け目の前でベッドで横になっている。

「この娘が、ぼくの代わりにエヴァに乗せられそうになって・・・。」

「こんな、体で? 」

その時アスカはネルフという組織が怖くなると共に、その思い遣りの欠片も無い対応に
憎悪を抱く。

もし、アタシがこんな状態になっても・・・。

シンジの前に出たアスカがベッドの横に近づくと、人の気配を感じた為かレイはそっと
目を開けた。

「誰?」

アスカはその凍り付くような目と、感情を感じさせないレイの表情に背筋が凍りつく様
な思いを感じた。

「アタシは、セカンドチルドレン。惣流・アスカ・ラングレーよ。仲良くしましょ。」

「命令があればそうするわ。」

「命令って・・・。」

ここって、どういう所なの?

アスカはここネルフ本部に恐怖を抱いた。同年代の女の子をこんな人形の様な人間にし
てしまったネルフという組織が恐くなってきたのだ。

父さんは、何を考えてるんだ・・・。

またシンジは、この痛々しいレイの姿を見ていると、こんな体でエヴァに乗せようとし
た自分の父親に怒りを感じていた。

「アスカ?」

「なに?」

「ぼくは外で待っているから、包帯を取り替えてあげなよ。」

「そうね。こんな血のついた包帯なんかしてたら、余計に悪くなるわ。」

シンジが外に出ると、アスカは薬などが入った棚から包帯を取り出して、レイの寝てい
るベッドに腰掛けた。

「それじゃ、包帯を替えるわよ。」

「いいわ。自分でできるもの。」

「自分でって、まさか自分で包帯を替えてたの?」

「ええ。」

「お医者さんは?」

「治療は終わってるわ。」

「終わってるって・・・。どこが・・・。」

包帯をして血が滲み出している体のどこをどう見たら、完治したと言えるのだろうか?
同じチルドレンでも、自分はこんな酷い扱いを受けたことは無い。

「治療が終わって無いから、ここで寝てるんじゃないの?」

「使徒に備えての待機。」

「なっ!」

これだけの怪我をしているにもかかわらず、禄に治療もされずただ使い捨てのボロ雑巾
の様に扱われているレイに、同情を越えた何かが込み上げてくる。

「うだうだ言ってないで、大人しくしてなさいよ。包帯替えるんだから。」

「どうして?」

「いいから、じっとしてて。」

もうレイの言うことは聞かずに、無理矢理包帯を替え始めるアスカ。包帯の下を見ると、
確かに怪我は治りかけているが、まだ痛々しい。

『アスカ? もう終わった?』

待ちくたびれたのか、ドアの外からシンジが声を掛ける。

「まだよっ! 今開けたら死刑よっ!」

『わかってるよ。』

先ほど断ったレイだが、アスカが包帯をてきぱきと巻いている間、黙ってされるがまま
に大人しくしていた。

「ほら、終わったわよ。見てご覧なさい。自分でするよりずっと綺麗にできるでしょ?」

「そうね。」

「・・・・・・。」

その感情の無い応答に、どう答えていいのか対応に困る。

「アンタ今日はここに泊まるんでしょ? アタシが帰る前に、また包帯を替えに来るわ。」

「帰るわ。」

「え・・・? その体で?」

「歩けるもの。」

「歩けるって・・・そ、そう・・・。わかったわ。じゃ、一緒に帰りましょ。」

「どうして?」

「まったく・・・アンタはっ! いちいち理由が必要なわけぇ? 一緒に帰るって言った
  ら帰るのよっ!」

「そう。」

それだけ言い残してアスカが医務室を出ると、壁にもたれ掛かってシンジが待っていた。

「シンジ・・・。」

「包帯は替え終わった?」

「うん・・・。」

「どうしたの? 元気ないじゃない。」

「アタシ・・・エヴァのパイロットが、何だか嫌になってきたわ。」

「あの娘・・・綾波だったかな。綾波を見てると、ぼくもそう思うよ。」

「どうして、あんな目をしてるのかしら?」

「人間らしくない目だね。可哀想だよ。」

「人間らしく・・・・そうよ! レイもせめて、人間らしく生きなくちゃっ!」

「ぼく達で、助けてあげられないかな。」

「大丈夫っ! きっとできるわ。 アンタは過去に一度、それを成し得た実績があるじゃ
  ないっ!」

シンジにぽてっともたれ掛かるアスカとシンジは、レイに人間らしさを取り戻させるん
だと決意するのだった。

<休憩室>

今朝、来日してからというもの、無駄になった看病の準備に始まり、シンジとの再開、
そしてレイとの出会いと、慌しかったアスカはジュース片手にベンチに座り休憩する。

「はぁー。疲れたぁ。」

「ぼくも。」

アスカの横で長いベンチに体を横たえて、シンジも病み上がりの体を休める。

「そんな所で寝てたら、頭痛いでしょ?」

「え?」

アスカは返事を待たずに、シンジの頭を持ち上げると体1つ分横に移動して、自分の膝
の上に乗せた。

「あっ! 別にいいよっ。」

「いいから、いいからぁ。」

照れて起き上がろうとするシンジの頭を、アスカはそっとなでながら自分の膝に押しつ
ける。

「飲む?」

半分ほど飲んだジュースの缶を、シンジの頭の上で振って見せる。

「いいの?」

「うん。」

ジュースがこぼれない様に、膝の上で横になるシンジの口に当てて丁寧にゆっくりと傾
けていく。

「あっらーっ!! アスカひっさしぶりねーっ!!」

びくっ!

「突然来日したかた思ったら、もうシンジ君とラブラブー? なんちって。」

シンジにジュースを飲ませることに集中していた為、ミサトが近づいていることに気付
かなかったアスカは、突然の来襲に心臓が飛び出るほど驚いた。

ビシャッ。

「うわっ!」

びっくりしたアスカが自分の顔にジュースをこぼしてしまったので、シンジはびっくり
して起き上がる。

「あっ、ごめん・・・。ごめん・・・ごめんね。」

ポケットからかわいい柄のハンカチを取り出すと、シンジの顔を覗き込んで丁寧に拭い
ていく。

「ふ〜ん。噂には聞いてたけど、あのアスカがねぇ。ほーー。へーー。ふーーん。」

「なによっ!」

ミサトはチシャ猫の様な笑みを浮かべて、2人をニヤニヤと見つめる。

「シンジ君、もう大丈夫?」

「はい。」

昨日ミサトは病院に行っているが、その時は気を失っていたのでシンジにとっては、こ
れがミサトとの2度目の顔会わせということになる。

「もう、アスカも急に来るんだからぁ。1日シンジ君と離れたら、もう我慢できなくな
  ったのかなぁー?」

「ち、違うわよっ! アタシは、ただシンジが大怪我したって聞いたからっ!」

「あっれー? シンジ君怪我なんかしてたっけ?」

「いえ・・・。」

ぎゅぅぅぅぅっ。

「い、いった・・・痛いなぁー! 何するんだよ、アスカ。」

「それよりあなた達、今晩泊まる所無いんでしょ?」

「ぼくは・・・そういえば何処に住むんだろう?」

「あっ! いっけなーい。ホテル予約しなくっちゃ。」

「あっ、いいのいいの。あなた達はわたしと一緒に暮らすことにしたから。」

ミサトは元々そう決まっていたかの様に言っているが、今現在2人の様子を見て良い酒
の肴になると閃いたので、この場で決めたのだ。

「え? 一緒にですか?」
「一緒にぃ?」

顔を見合わすシンジとアスカ。

「嫌なら、別に”嫌”って言ってくれてもいいんだけどねぇ。どうするぅ?」

再びチシャ猫の様な笑みを浮かべて、2人の顔を覗きこむ。

「いえ・・・それでいいです。」
「アタシも・・・。」

「その代わり、家賃代わりに家事当番はあなた達2人でやってねん。」

それくらいはいいけど。家賃の代わりなんて言わなくてもいいのに・・・。

ミサトの奴ぅ。ガサツな上にセコイわねぇ。この行かず後家!

しかし、今のところ2人が同居するもっとも簡単な方法なので、ミサトの言い分に文句
無くシンジもアスカもうなずいた。

「そういえばアタシ、一緒に帰る約束しちゃったけど、レイって何処に住んでるの?」

「え? レイ?」

「そうよ。」

「郊外の団地に住んでるわ。」

「どうして、アタシ達には一緒に住もうって言ってくれたのに、レイは誘ってあげなか
  ったの?」

「それは・・・ちょっち、訳有りで・・・。」

「どんな訳よ。」

「レイの事は、碇指令が直接決めてるから・・・。わたしじゃ何とも・・・たはは。」

なーんか、訳有りみたいねぇ。

父さん・・・何を考えてるんだ・・・。

「そうなの・・・。」

「それはそうと2人共、うちの職員みんなに紹介するから、後で司令室に上がってきて
  ね。」

「はい。」

「ええ、わかったわ。」

それだけ言うと、ミサトは司令室へと上がって行った。

<司令室>

シンジとアスカが司令室に上がってくると、ミサトはオペレーター達やリツコに2人の
ことを紹介した。

「碇シンジです。」

「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく。」

簡単に挨拶をした2人をオペレーター達は笑顔で迎え入れてくれ、副司令である冬月か
らもがんばるようにと優しい言葉を掛けて貰う。

ドイツ支部と対してかわらない・・・。
ネルフ本部が特別なんじゃないんだ・・・レイが特別なんだ・・・。

その和やかな雰囲気に、アスカは逆に戸惑っていた。

<電車>

自分のIDカードで入れる範囲で、2人はネルフ本部の中を見て回って残りの時間を過
ごした後、約束通りレイと一緒に家へと帰ることにした。

「あのさ、綾波っていつからエヴァに乗ってるの?」

「生まれた時から。」

「生まれた時って、そんなはずないだろ?」

「嘘じゃないわ。」

「でも・・・。」

「もうっ、シンジぃ!? ネルフを出たんだから、エヴァの話は止めましょうよ。」

「そうだね。それじゃぁさ、うーん・・・。」

レイが全く口をきかないので、なんとか会話をはずまさせようとするシンジだが、なか
なか良い話題が出てこない。

「ねぇねぇ、シンジぃ。これから、レイを送って行くのよね?」

「うん、そうだけど?」

困り果てたシンジに、アスカが助け舟を出してくる。

「オフィシャルな口実で、女の子の家にお邪魔するご感想は?」

「ご感想って・・・そ、そんなんじゃないよ。」

「あらぁ? どうしたのかなぁ? 照れちゃってるのかなぁ?」

「もぅ、アスカっ! 綾波、そんなんじゃ無いからね。」

アスカが突然変なことを言い出したので、シンジはうろたえながら言い訳するが、レイ
は全く興味を示した様子を見せない。

「レイ、ちゃんと家片付けてる? シンジが家に入っても大丈夫?」

「ええ。何も無いから。」

「ふーん、そうなの。アタシの家なんか、物だらけで整理に困ったくらいよ。」

「そう。」

アスカもそれなりに話題を振っているのだが、どうしても会話が続かない。そうこうし
ているうちに電車は目的の駅に止まり、3人はレイの家へと歩いて行った。

<レイの団地>

「何?・・・ここ・・・。」

アスカはレイの団地の階段を上りながら、こんな取り壊しかけた団地に本当に住んでい
るのかと少し恐い物を感じる。

「ここよ。」

1つの扉の前でレイが止まる。確かに、その扉の横には「綾波」と書いた表札があるが、
ポストにはダイレクトメールなどを突っ込んだままになっており、人が住んでいる様に
は見えない。

ぎぃぃーー。

開く扉。

「!!!!!!!!」

「!!!!!!!!」

扉を開け靴を脱ぎ家に入るレイの後ろで、シンジとアスカは声を出すことすら出来なか
った。眼前に広がる無機質な空間が、2人の中で現実の物となるのに少しの時間を必要
とした。

「お・・、お邪魔します。」

先に家に入ったのはシンジだった。その行動を切っ掛けとして、アスカも我を取り戻し
レイの家へ入ろうとする。入る瞬間、靴を脱ぐのを忘れかける程そこは無機質な空間だ
った。

「レイって・・・。」

「なに?」

「いえ・・・なんでもないわ。」

「ねぇ綾波? この血がついた包帯捨ててもいいよね。」

「ええ。」

「じゃ、帰りに捨てておくね。」

シンジはゴミ袋を手にすると、床に散らばったゴミと包帯を詰め込み始める。

「どうして、ここに住んでるの?」

「ここに住む様に言われたわ。」

「他の人と一緒に住んだり、近くに住んだりしないの?」

「私は人と違うから。」

「なにそれ? こんな扱いされるんなら、チルドレンなんかやめちゃえばいいのよっ!
  そこまでして、どうしてエヴァに乗るの?」

「絆だから?」

「絆?」

「そう、絆。」

そう言いながらレイは、ベッドの横に並ぶテーブルの上に無造作に置かれたメガネケー
スにそっと視線を移した。それが唯一の自分とこの世を繋ぐ絆であると言わんばかりに。

<ミサトのマンション>

レイの家を出てから、シンジとアスカはあまり口をきかずに教えられたミサトのマンシ
ョンへと帰った。

ピンポーン。

「・・・・・・・・。」

ピンポーン。

「ミサトさん、まだ帰ってないのかなぁ?」

「いいじゃん、入っちゃえば。」

「でも、勝手に入ったら悪いよ。」

「何言ってるのよ。今日から、ここはアタシ達の家でしょ?」

「そうだけど。いきなり、無断で入るってのはまずいよ。」

「いいからいいからぁ。」

シンジは無断で入るのに気が引けていた様だが、鍵を預かっていたのでアスカは何も気
にせず玄関を開けた。

「!!!!!!!!」

「!!!!!!!!」

開いた扉の前に立った、シンジとアスカは声を出すことすら出来なかった。眼前に広が
る超有機質な空間が、2人の中で現実の物となるのに少しの時間を必要とした。

「お・・、お邪魔します。」

先に家に入ったのはシンジだった。その行動を切っ掛けとして、アスカも我を取り戻し
ミサトの家へ入ろうとする。入る瞬間、靴を脱ぐのを忘れかける程そこは超有機質な汚
い空間だった。

「な、な、なによーーーこれーーーっ!!!! 廊下までビールの缶が転がってるじゃ
  ないのっ!」

「ねぇアスカ? この口紅がついたビールの缶捨ててもいいよね。」

「いいにきまってるでしょっ! 足の踏み場も無いわよ、これじゃ。」

シンジはゴミ袋を手にすると、床に散らばったゴミとビールの缶を詰め込み始める。

「もっ! これじゃ、2人がかりでやっても明日までかかるわよっ! まさか、ここまで
  ガサツだったとは思わなかったわ。」

「家事を引き受けてしまったんだから、仕方無いよ。」

「はぁ〜、はめられたわね・・・これは。」

シンジとアスカが、手分けしてせめて自分の寝る場所を確保しようと掃除を始めた時、
この家のご主人様が帰宅した。

「おーっ! 2人ともご苦労っ! 早速やってくれてるわねっ!」

「お帰りなさい。お邪魔してます。」

「あーーーっ、ミサトっ! アンタ、よくこんなきったなーい所で暮してられたわねぇ。
  信じらんない。」

「失礼ねぇ。ちょっち、散らかってたかもしんないけどねん。それより、その『お邪魔
  してます』ってのは何?」

「え?」

「シンジ君。君の家なのよ。」

「あっ、そ、そうですね。」

その言葉を聞いたシンジは、ミサトに何か暖かい物を感じた。

「そうよん。だから、お掃除よろしくねん。」

そう言うとミサトは、冷蔵庫からエビチュを1本取り出して部屋へと入って行く。シン
ジは、やはりはめられたのかなと思い直した。

「まったくっ。」

「早く掃除しちゃおうよ。」

「へいへい。生活してたらいっぱいゴミが出るんだから、掃除くらいすりゃーいいのに・・・。
  ぶつぶつ。」

文句たらたらで掃除をしていたアスカは、ふと血のついた包帯くらいしか見ることがで
きなかったレイの部屋を思い出した。

あの娘・・・どんな生活してるんだろう・・・。

そして、掃除も終わり簡単な夕食を食べた後、2人はそれぞれの部屋に入って寝たのだ
った。

夜中。

トントン。

「シンジ? 寝た?」

「ううん。」

「入っていいかな?」

「うん。」

アスカがシンジの部屋に入ると、まだ新しいベッドに寝転び真っ暗な天井を見上げてい
るシンジがいた。

「なにしてるの?」

「綾波・・・今頃どうしてるのかなって思って・・・。あんな部屋に独りで・・。」

「ねぇ、レイってどうしてあんな所で暮してるの?」

「わからない。」

「どうして、レイって無表情なんだと思う?」

「わからない。ぼくには・・・。」

「明日、レイの昔のことを調べてみようか。」

「どうやって?」

「ネルフのコンピューターにそれくらい入ってるでしょ? アタシ達のことも登録され
  てるんだから。」

「そうだね。まずは、綾波のことを知らないと人間らしくするなんてできないね。」

「うん。」

                        :
                        :
                        :

<ネルフ本部>

翌日、コンピュータールームに入ったアスカとシンジは、ネルフ職員の履歴情報を表示
していた。

「なにこれ・・・。」

ファーストチルドレン,綾波レイ,14歳,ID番号:0001−225−09。そ
の他不明・・・。

「ぼく達の情報は細かく登録されてるのに・・・。」

「なんか、怪しいわね。」

「綾波のことは、ちゃんと調べてないのかな?」

「そんなわけないでしょ。意図的に隠したとしか思えないわ。」

「綾波の最近の行動履歴なら、わかるんじゃない?」

「アンタ、いいこと言うわね。」

諜報部員の報告情報を検索すると、学校へ行ったりネルフでの行動履歴など最近の情報
は取り出すことができた。

「ん? なんかおかしいわね。」

「何が?」

「これだけ詳しく記録されてるのに、ほら、こことぉ、ここ・・・あっ、ここも。」

「本当だ。時間が飛んでる所がある。」

その記録から欠落している所の前後を調べていくと、全てがセントラルドグマへと結び
ついていることがわかってきた。

ピーーー。エラー。

「ダメね。」

セントラルドグマからターミナルドグマにかけての情報を引き出そうとすると、プロテ
クトがかかっておりエラーが表示される。

「直接行ってみようか。」

「そうね。そうするしか無いわね。」

2人は、コンピュータールームを出るとエレベーターを下ってセントラルドグマへと降
りて行った。

<セントラルドグマ>

ピーーー。エラー。

シンジがIDカードを通すと、エラーとなってしまった。

「駄目だよ。」

「ちょっと、代わってみなさいよ。」

IDカードを通すアスカ。

ピーーー。エラー。

「やっぱりダメねぇ。」

セントラルドグマへ通じる廊下へ抜けるドアにIDカード認証のドアがあり、シンジや
アスカのカードでは通れない。

「なんとかならないかなぁ?」

「なんとかって?」

「他に抜け道があるとか・・・。」

「こんな地下奥深くにそんなのがあるわけないでしょ。」

「うーん。」

ドンドンドン。

シンジが分厚い鉄で出来た扉を、握りこぶしで叩く。

「誰かいませんかーーーー。」

「アンタバカぁ?」

「だって・・・ドアの向こうに誰かいるかもしれないじゃないか。」

「いたって、こんな分厚いドア叩いたくらいじゃ聞こえないわよ。」

カシャー。

その時、扉が開いた。

「ほら、開いたじゃないか。」

扉から出てきたリツコは、シンジとアスカを目の前にみつけて目を丸くする。

「あなた達、こんなところで何してるの?」

「あっ、リツコ。この中に入りたいんだけどぉ? 通してくれない?」

「駄目よ。ここはあなた達が来る所じゃないわ。」

「どうしてよっ。いいじゃんちょっとくらい。」

「駄目です。さっさと帰りなさい。」

リツコは2度とここには来ない様に叱りつけると、さっさと扉を閉めて不満たらたらの
2人を連れエレベーターを上がって行った。

<食堂>

セントラルドグマに入ることができなかった2人は、食堂の椅子に向かい合って座って
いた。せっかく日本に来たんだからというアスカの希望もあり、そば屋に入っていた。

「ますます怪しいわね。」

「あそこに入れないのって、綾波に関係あるのかな?」

「何があそこにあるのかわからないけど、少なくともレイのことも関係してるでしょうね。」

「綾波に直接聞いてみようか?」

「あの娘が、ぺらぺらと喋るとは思えないわ。」

「うーーん。」

その時、注文したそばとご飯が出てくる。

「わぁぁ、これがおそばなのねぇ、始めてなのぉーー。ん? あれ? フォークは?」

「フォーク? そんなのあるわけ無いよ。」

「まさか、この箸とかいうので食べないといけないの?」

「そりゃそうだよ。」

「むぅぅぅぅ。」

しばらく箸とにらめっこしていたアスカは、仕方なく握り箸でそばを口に運ぶが上手く
食べれない。ご飯に至っては、幼児の様にぽろぽろとこぼしてしまう。

「あーあーあー。なにやってんだよ。こうやって、使うんだよ。」

シンジが箸を開いたり閉じたりして使い方を見せて教えるものの、なかなか上手く使え
ない。まだ握り箸の方がこぼさずに食べれる。

「シンジぃ、スプーンもナイフも無いの?」

「そんなこと言われたって、そば屋さんにそんなの置いてないよ。」

「むぅぅぅぅ。」

ポロポロポロ。

「あーーーーん、食べれないよぉ。」

猫なで声を出しながら、すがる様な目つきでシンジを見上げてみる。

「しょうがないなぁ。」

シンジはアスカの後ろに移動すると、アスカの手を持って箸の使い方を丁寧に教えてあ
げるのだった。

                        :
                        :
                        :

ビービービービー。

2人が昼ご飯を食べ終わり食後の紅茶を飲んでいる時警報が鳴り響いた。

「なんだろう?」

「とにかく、司令室に行ってみましょ。」

<司令室>

シンジとアスカが司令室に辿り着くと、職員は慌しく動いておりモニターには使徒が映
し出されていた。

「使徒ですか?」

「ええ、そうよ。シンジくん出撃の準備をしてっ! それから、レイがまだ出れないか
  ら、アスカは零号機で出てくれない?」

「ええ、いいわ。よーーしっ! アタシのデビュー戦ねっ!」

2人は、走って更衣室へ向かう。

「ねぇ、シンジ・・・。」

走りながら、シンジに話し掛けるアスカ。

「何?」

シンジも走りながら答える。

「い・い・こ・と・思いついちゃったぁ。あのね・・・。」

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<地上>

シャムシェル接近。

シンジとアスカは、初号機と零号機で出撃する。弐号機の無いアスカは、零号機とでは
通常のシンクロ率を出せないのでバックアップとして後ろに配置される。

『いくわよっ!』

アスカの乗る零号機から通信が入る。

「わかってる。」

初めてのエヴァ2体による戦闘に、ミサトを始めとする司令室の一同は、期待の眼差し
で見守っている。

ビシューーー。

シャムシェルが、光の鞭のようなもので初号機に襲いかかってきた。

「うわーーーーーーーーーーーっ!! 恐いよーーーーーーーーーーーっ!!!」

その途端、一気に逃げ始めるシンジ。

「きゃーーーーーーーっ!! こっちにこないでよーーーーーーーーーっ!!!」

アスカも一緒に逃げる。

ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。

追い掛けてくるシャムシェル。

「わーーーーーっ!! 追い掛けてきたよーーーーーっ!! 助けてぇぇぇぇ!!」

ドドドドドドドドドド。

ネルフ本部に向かって、ひたすら逃げて行く初号機。

「こっちに来ないでっていってるでしょーーーーーーっ!!」

シンジに追いつかれまいと、零号機も一生懸命走る。

<司令室>

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

開けた口も塞がらないといった表情で、その様子をただただ見つめるだけのミサト。

「葛城一尉!! 何をしているんだねっ!!」

ハッ!

冬月の言葉にミサトが我に返ると、ゲンドウ,冬月,リツコが作戦部長である自分に冷
たい視線を浴びせ掛けていた。

「シンジくんっ! アスカっ! 逃げてどうするのっ!! 戦いなさいっ!!」

慌てて通信回線に向かって激を飛ばす。

『だって、恐いんだよぉぉぉぉ!!』

『シンジが、こっちに来るのよーーーっ!! なんとかしてーーーっ!! キャーーー!』

「あなた達っ!! いいかげんにしなさいっ!」

そうこうしているうちに、シンジとアスカはセントラルドグマに向かって逃げ込んでし
まった。シャムシェルもそれに続いて、セントラルドグマへ追撃する。

「赤木博士。」

ゲンドウがリツコに目配せする。

「はい。」

リツコは一言返事をすると、エレベーターでセントラルドグマへ降りて行った。

<セントラルドグマ>

2体のエヴァは、セントラルドグマの前まで来るとくるりと振り返る。

「さぁ、来なさいっ!」

プログナイフを持って、シャムシェルと向き合うアスカ。

「来るよ・・・アスカ。」

「ええ。」

「そろそろ、やるよ。」

「まかせなさい。」

シャムシェルが突進してきた瞬間、いままで逃げ腰だったのが嘘の様に2体のエヴァは
ひらりと身をかわした。

ドガーーーーーーーーーーンっ!!!

シャムシェルがセントラルドグマの壁ぶつかる。

「今だっ!」

「うりゃーーーーーーーーーっ!!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

初号機と零号機は、同時にプログナイフをシャムシェルのコアに突き立てる。その絶妙
なユニゾンによる攻撃に、勝負は一瞬で決した。

ズガーーーーーーーーーーーーーーーーーンっ!!

爆発するシャムシェル。それと同時に、あらわになるセントラルドグマの内部。

「な、なにこれ・・・。」

「そんな・・・。」

そこには、幾人ものレイ達が漂う水槽があった。

カツカツカツ。

2人がその光景を信じられないといった様子で見ていると、リツコがセントラルドグマ
の奥から歩いてきた。

「リツコ・・・。」

「リツコさん・・・。」

「あなた達、やってくれるじゃない?」

「これは・・・。」

アスカが何か言いかけようとしたが、その言葉をリツコが制する。

「今ここで見たことを他言した場合には、命は無いと思いなさい。わかったら、さっさ
  とケージに戻りなさい。」

シンジとアスカは、もうそれ以上何も言う気力を失ってしまい。それからは一言も喋ら
ずにケージへと戻って行った。

<廊下>

映像の入らないセントラルドグマの様子を知らないミサトに、今日の戦闘のことで思い
っきり絞られた後、シンジとアスカは廊下をふらふらと歩いていた。

カシュッ。

どれくらいか当ても無く歩いた時、少し前方の扉が開きそこからレイが出てきた。

「レイ・・・。」

レイとすれ違う。

「見たのね。」

「ええ。で、でも・・。」

「さよなら。」

レイは、アスカの言葉には耳をかさずに司令室へと向かって歩いて行った。

「アスカ。」

アスカの肩に手をぽんと置くシンジ。

「うん。」

そんなシンジにアスカは、にこりと微笑んだ。

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<レイの団地>

その夜。

レイは自分の家に独りで帰宅し、部屋の電気をつけた。

パーーーーンパーーーーンパーーーーン。

その瞬間、クラッカーが鳴り響き、リボンがいくつも飛んでくる。

「な、なに?」

目をぱちくりとさせて驚くレイの目に、あの無機質な部屋とは思えない綺麗に飾りつけ
された部屋の光景が飛び込んでくる。

「今日は、パーティーよ! パーティーパーティー! パーーーティーーー!!!!」

カシュカシュカシュ。

パーティーパーティーと大騒ぎするアスカの横で、ジュースの缶のプルトップを3つ開
けるシンジ。

「なんなの?」

「新たな絆の誕生パーティーーーーよーーーーっ!!」

無表情のレイだが、そんなことは気にせずアスカとシンジは、どんちゃんどんちゃん大
騒ぎ。

「・・・・・なにしてるの?」

シンジとアスカが大騒ぎする中、その場に無言でたたずむレイ。

「もぅっ! せっかくのパーティーなんだからっ、もうちょっと楽しそうな顔しなさい
  よっ!」

うりゃっとアスカはレイに襲いかかると、手や肩は怪我をしているのでわき腹をこちょ
こちょとこそばした。

「きゃっ!」

その突然のアスカの攻撃に、思わず身悶えるレイ。

パシャッ。

その瞬間を、シンジはポラロイドカメラで激写する。

「なにをするのよ。」

いきなりこそばされたので、はぁはぁと息をしながらレイがアスカを見ると、今度のタ
ーゲットはシンジの様だ。アスカのこそばし攻撃に、ゲラゲラ笑いながら必死で抵抗し
ている。

ハラリ。

そんなシンジの手から、さっき写した写真がレイの足元に落ちる。

「私・・・。」

じっと、写真を見つめるレイ。

「私・・・笑ってるのね。」

その写真を手にしてレイが見つめていると、シンジがカメラのセルフタイマーをセット
して肩を組んでくる。

「なに?」

レイが怪訝な顔でシンジを見た時、逆の肩をアスカが組んできてピースをする。

パチリ。

撮影を完了したカメラは、写真を吐き出す。

「どうして、写真なんか撮るの。」

「友達としての記念だよ。はい、これがその記念写真。」

「そうよ。アタシ達の新しい絆の始まりよっ!!」

シンジはやさしく微笑みながら、今写した写真をレイに手渡す。

記念・・・友達・・・新しい絆。

笑う自分の顔の写真と、3人で肩を組んで写した写真をじっと見つめるレイ。

「でも、私は・・・。」

「アンタバカぁ? アタシ達の絆は”友情”よっ! エヴァなんてなくたって、かたーい
  絆があるんだからっ!」

エヴァなんていらない・・・。固い絆・・・。

ぽとっ。

写真に涙が落ちる。

はっ! 涙・・・。

「私、泣いてるの?」

「そうよ、人間なんだから涙くらいでるわよっ! ニ・ン・ゲ・ン・なんだからっ!」

「悲しくないのに・・・私・・・。」

「嬉しい時でも涙くらいでるわよ。嬉し涙ってのがねっ。」

嬉し涙・・・。

涙をぽとぽと落としながら、シンジとアスカを交互に見つめるレイ。

「ごめんなさい。こういう時、どんな顔すればいいのか、わからないの。」

「笑えばいいとおもうよ。」

レイの涙で濡れた顔が、ゆっくりとゆっくりと微笑みに変わっていき、新たな絆となっ
た2人の顔が瞳に映る。

その目から、ぽたぽたと落ちる涙。

涙。

涙。

レイが始めて流した涙。

それは、嬉びの涙だった。

fin.
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