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鈍感アスカ
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<ミサトのマンション>

夕暮れ時。電灯を灯さなければ天井が見えないわけではないが、部屋の角がはっきりと
わからないそういう暗さ。

「まいったな。」

誰に聞かせるでもない独り言。胸を締め付けられる想いで、ぼくは日差しの恩恵を忘れ
た天井を見上げる。

「はぁ。」

溜息をついて腕で目を覆う。今日の出来事は、衝撃が強かった。生まれて初めての女の
子からの告白。

「はぁ。」

また溜息。告白されたというのに素直に喜べないのは、他に好きな娘がいるから。

あの娘の告白を受け入れれば、その時点でカップル成立。後は同居人で片思いの相手で
あるアスカのことを忘れ、その娘のことを好きになる様に努力すればいい。

でも。
そんなことできるわけない・・・。

その時、部屋の襖が開く。電灯の灯ったリビングから射し込む眩い光と共に、眩しいく
らいの笑顔を持つ少女が現れる。

「ねぇねぇ、アンタっ! 告白されたんだってぇっ!?」

「もぉー。急に開けないでよ。びっくりするじゃないかぁ。」

「なによぉ。なによぉ。照れちゃってぇ。やるわねぇ、シンジも。」

「・・・・・・はぁ。」

アスカの言葉を聞き、溜息しか出て来ない。

「ねぇ、アスカ?」

「ん?」

「もしさ、好きな人がいるのにさ、そうでない人から好きだって言われたらどうする?」

「ちょっとっ! アンタっ! 他に誰か好きな娘がいるのっ!?」

「例えばの話だよ。例えばの。」

「ふーん。まぁいいわ。アタシなら、自分の好きな人を想い続けるでしょうねぇ。」

「でも、好きな人は、自分のことなんか何とも想ってないんだ。」

「それでもよ。アタシ達14じゃない。まだ恋に妥協なんてするこっちゃないわ。」

「でも相手が一緒に住んでる女の娘で、下手に好きとか言ったら今迄の関係が壊れちゃ
  うかもしれなかったら。」

気付いてくれるかな?

「そんなの、言ってみないとわかんないでしょ。」

「・・・・・・。」

「まーねぇ。女の子は好きな人より好かれる人と一緒になった方が幸せって言うけどね
  ぇ。アタシはヤだな。」

「アスカらしいや。」

「で、どうすんのよっ!? 付き合っちゃうのぉ??」

「OKしようと思う。」

「えっ・・・。」

「って言ったらどうする?」

「ちょっとちょっと。なんでアタシに聞くのよぉ? シンジの彼女なら、ちゃーんと同
  居人として仲良くしてあげるわよっ!」

「・・・・・・。」

一瞬、ちょっとくらい嫉妬でもしてくれるのではないかと期待したんだけど、その回答
にがっかりだ。

「あーぁ。アタシより先にシンジに彼女ができちゃうなんて、くやしーーーーっ!!!」

「でも、別にその娘のことが好きってわけじゃないんだ。」

「そっか。そういうことなら、アタシなら断るわね。上手く行くはずないもん。」

「そうだね。」

「ま、こういうことは自分で考えなさい。」

「うん。じゃ、ご飯作るから待ってて。」

アスカがぼくの部屋の電気をつけて出て行く。明るくなった部屋で再び天井を見上げて
いると、考えるのは告白してくれた娘のことではなくアスカのことばかり。

「ちょっとは、ヤキモチくらい妬いてくれてもいいのに・・・。」

                        :
                        :
                        :

翌日、学校から帰って来ると、既にアスカは帰っており、いつもの様に寝転がってテレ
ビを見ていた。

「ただいま。」

「おかえりーっ! ね、ね、どうだったの?」

「初めて、女の子泣かせちゃった・・・。」

「アンタも罪ねぇ。酷い奴だわっ!」

「えーっ! だって、アスカもその方がいいってっ!」

「ウソウソ。だってお情けで付き合って貰ったって、その娘も嬉しくないはずよ。」

「・・・うん。」

「ほらぁ。そんな顔しないの。別に悪いことしたってわけじゃないでしょ。」

「ねぇ、アスカは好きな人とかいないの?」

「うーーーん・・・ねぇねぇ、今日のご飯何?」

「え? ご飯? あぁ、ご飯か。冷蔵庫と相談してみるよ。」

「うん。」

ご飯を作り始めるが、泣いてしまった娘のことを考えると、罪の意識に苛まれる。でも、
アスカの言う様に好きでもないのに付き合う方が失礼だと、気持ちの整理をする。

そうだよな。
終わったことより、ぼくはぼくのことを頑張らなくちゃいけないんだっ!
そうだっ! あの娘に負けない様に、ぼくも頑張ってみようっ!

炒め終わったもやしを、テーブルに並んでいる皿に入れ様と振り向くと、寝転がってテ
レビを見ている心をかき乱す張本人が見える。

「ねぇ、アスカ?」

「なに?」

「明日休みだろ?」

「うん。そうだけど?」

「気晴らしにさ。どっか遊びに行きたいんだけど、付き合ってくれないかな?」

ドキドキドキ。

何気なさを装って口にしたセリフだが、断られたらどうしようかと、つい手を握ったり
開いたりしてソワソワしてしまう。これだけでもぼくにしてみたら良く言えた方だ。

「うーん。何処行くの?」

「えっと・・・遊園地とかどうかな? 付き合って貰うんだから、奢るからさ。」

「奢ってくれるの? サンキュー。」

「じゃ、いいんだね。」

「奢って貰えるんだもん。あったり前じゃん。」

やったっ!と飛び上がりたくなるが、そこは押さえて意識的に声のトーンを落とし、静
かに口を開く。

「ごめんね。無理言って。」

「いいって。いいって。」

ユニゾンの訓練以来、一緒に暮らし出してからしばらくになるが、アスカと2人っきり
で遊びに行くなんて初めてのこと。気持ちが既に明日へと早ってしまう。

「ご飯、できたよ。」

「うん。」

「あると思ってたんだけど、肉無かったんだ。もやし炒めと野菜炒めになっちゃった。」

「まぁいいわ。あんまりお肉ばかり食べてると、余計なとこがねぇ。」

そう言いながら、タンクトップを少したくし上げ横っ腹をつねるアスカ。十分なプロポ
ーションだと思うが、本人は微妙に気になるらしい。

「うっ・・・。」

いきなり、タンクトップなんか捲っておへそを見せないで欲しい。視線のやり場に困っ
てしまい、見てない振りをしつつも、ついつい視線が行ってしまう。

「で、明日。何時に出るの?」

「え?」

「遊園地よ。行くんでしょ?」

「あ、あぁ。」

アスカの言葉にようやく自分を取り戻し、頭が冷えてくる。慌ててご飯を口に掻き込み、
「食べることに一生懸命でした」という素振り。

せっかく、アスカと出かけるんだもんなぁ。
ちょっとでも早く行きたいけど。
あんまり早いと、嫌がるだろうなぁ。

そんなこんなを色々と考え、遊園地が開く時間を理由に、10時に間に合う時間に合わ
せて出掛けることに決めた。

「ジェットコースター待ってる間に帰らないでよ。」

「アンタがつまんなくなかったらねぇ。」

「うっ・・・。」

「ウソウソ。ちゃんと最後迄付き合ってあげるって。」

「良かった・・・。」

「あはははは。だーいじょうぶ。だーいじょうぶ。同居人を信じなさいって。」

ドンと胸を叩いて、コロコロと笑っている。さすがに先に帰ることはないだろうが、そ
の言葉がチクリと胸に刺さる。

同居人か・・・。

ご飯も食べ終わり食器を片付け終わると、2人でお茶をしばらく楽しみそれぞれの部屋
へ入って行く。

明日、どういう順番で回ろうかなぁ。
あそこの遊園地行ったことないもんなぁ。
そうだっ!

ぼくは思うが早いか、部屋着から外出着に着替え、急いで遊園地などの案内が載ってい
る雑誌を、コンビニに買いに走った。

コンビニから帰ってきて玄関を開けると、リビングにはアスカの姿は見えない。

よしっ!
今のうちだっ!

こんな本を買って計画を練ろうとしているなんて気付かれると恥ずかしい。服の中に本
を隠して急ぎ足で部屋へ戻る。

バタン。

無事帰還成功。

上手く行った。
よしっ!
明日の予定を立てなくちゃ。

それから夜遅く迄、買って来た本をしらみつぶしに見ながら、いくつかのスケジュール
案を紙に書きつつ、アスカを退屈させない様な遊園地を回るコース,ご飯を食べる所,
お土産を買う所などをチェックした。

<郊外>

翌日アスカと一緒に9時過ぎに家を出た。出て行く時ミサトさんはまだ寝てたけど、2
人で出掛けることを知られたく無いのでそのままにしてしまった。おそらく今日は遅刻
するだろう。ごめんなさいミサトさん。でも、たまにはいい薬かも。

「いい天気だね。」

「ちょっとは、雲があった方がいいわねぇ。あっつーーいっ!」

「雨よりいいよ。」

「まぁねぇ。」

雲1つ無い良い天気。ぼくはいつもの様にTシャツとジーパン。アスカはノースリーブ
の黄色い服と、膝迄の長さのジーパン。前回、ヒカリから頼まれた時と違い、お洒落よ
り乗りまくって楽しむぞっ!という気合いが伺える。

「あっ、荷物持とうか?」

肩から掛けているハンドバッグより少し大き目の鞄に気付き、持ってあげようと手を差
し出してみるが、アスカはもう一方の手を振ってぼくの手を止める。

「軽いからいいわ。」

「そう・・・。」

まぁ女の子のことなので、見られたくない物でも入っているのかもしれない。さして重
そうな物でもないので、引き下がることにする。

「でも、少し大き目のバッグだね。何入れてきたの?」

「デジカメとか、のど飴とかタオル入れてきたから、かさばっちゃって。」

「のど飴? タオル?」

デジカメはまぁわからないでもないが、のど飴とかタオルがなぜ必要なのか理解できな
い。普通そんな物を遊園地に持って行くのだろうか。

「だって、ジェットコースターとかで叫んだら喉痛くなるじゃん。走り回ったら、汗掻
  くしね。」

「そういうことか・・・。」

やはりかなり頑張る気でいるらしく、気合い十分だ。そうこうしているうちに、駅に到
着する。

「じゃ、切符買って来るから、ちょっと待ってて。」

「あっ、いいわ。電車代くらい出すから。」

「でも・・・。」

「パスポートとご飯は、しっかり奢って貰うんだからねっ!」

「わかった。」

割り勘で切符を買い、電車に乗る。休日なので椅子も疎らに空いており、2人並んで座
ることができた。アスカは端に座らせ、その横に自分が腰掛ける。真ん中に座って、ア
スカの隣に変なおやじでも座ったら嫌だ。

ガサゴソ。

椅子に座ると、アスカが鞄の中を漁り始めた。つい中が気になるが、覗き込むわけにも
いかないので、視線を対面の窓に固定させる。

「ねぇ、飴食べる?」

「え?」

振り向くと2つのど飴を持ち、片方を差し出している。

「ありがとう。でも、今食べちゃっていいの?」

「いっぱいあるから大丈夫よ。2袋持って来たから。」

「2袋も?」

いったいいくつ飴を食べるつもりなのだろう。そんなことより、なんだか2人並んで座
り、アスカに貰った飴を食べるこういう構図が嬉しくて仕方無い。

コロコロコロ。

横でアスカがほっぺたを丸く膨らませて、飴を食べている音が聞こえてくる。その膨ら
んだほっぺたを指で突付いてみたくなるが、間違いなく怒られそうなのでやめておく。

そうこうしているうちに、目的の駅に辿り着いた。いよいよ今日という1日の始まり。

<遊園地>

家族連れやカップルが、同じ方向へ歩いている。皆、遊園地に向かっているのだろう。
そんな中を、アスカと肩を並べて歩く。

「アンタってさぁ、遊園地でダメな物とかないの?」

「特には・・・。」

「本当かしら?」

「・・・・・・。」

回る乗り物に乗ると気持ち悪くなるのだが、見栄を張ってしまう。

「案外ジェットコースターとかダメだったりしてぇ。」

「真っ直ぐなら、いくら速くても大丈夫だよ。」

「ってこは、回るのがダメなのねっ。」

「あっ。」

「バーカ。」

舌をぺろっと出してぼくをバカにしている。引っ掛かってしまったが、そんなアスカの
仕草が可愛い。

「じゃ、回るのは勘弁してくれる?」

「ダメよっ! 今日は全部乗るのっ!」

「あ、やっぱり・・・。」

返ってくる答えがだいたいわかっていたので、半ば諦め気味に愛想笑いを浮かべる。こ
ういうアスカに抵抗すると、余計に挑発する様な物だ。

「アスカは苦手な物とかってないの?」

「あっ、そうそう。お化け屋敷だけは入らないから安心して。」

「お化け屋敷が苦手なの?」

「だって、怖いじゃない。」

「人形じゃないか。」

「だってねぇ〜。急にドバッって出てくるじゃない。」

「そりゃ、そうだけど・・・。」

自分の未来の可能性を2つ想像する。一緒にお化け屋敷に入り、怖がるアスカが抱きつ
いてくれるハッピーな未来と、恐怖に暴れ狂ったアスカのとばっちりを食らい、お化け
屋敷の中で沈黙する自分の姿。

うーん・・・。
一応聞いておこう。

「お化け屋敷に入ったらどうなるの?」

「アハハハ。アタシが入ったら煩いってもんじゃないわねっ!」

「それじゃ、いつもと一緒じゃないか・・・。」

「な、なんですってーーーっ!」

「あっ、いや・・・。」

失言を撤回する。

「前さぁ、友達と入ったら、アタシの声の方がびっくりするって言ってたわ。」

友達と入ったことがあるらしい。ということは、前後見境無く暴れるなんてことはなさ
そうだ。

「暴れたりはしないの?」

「そこまではしないけど、絶対しがみついて離さないわよっ。あははははっ!」

決定。
お化け屋敷は絶対入るぞっ!

遊園地の入場口の前まで来ると開園直前。アスカに人混みから出た所で待っていて貰い、
急いでチケットを買いに行く。

「はい。これがアスカの。」

「サンキュー。ってまぁ、アタシがアンタの気晴らしに付き合ってあげてんだから、当
  然よねっ!」

「はは・・・。」

当然とまで言わなくてもいいのに・・・とも思うが、素直にお礼を言うのが恥ずかしい
のだろう。なんとなくその表情からわかる。

ピリリリリ。

開園のベルが鳴り音楽が流れ始める。ゾロゾロと待っていた人達が入って行くので、ぼ
くもアスカと一緒に園内にゆっくり入って行ったのだが・・・。

「なにボサっとしてんのよっ! 早くっ!」

「わっ!!!!」

チケットを見せゲートを潜った途端、アスカがぼくの腕をむんずと掴み猛烈な勢いでダ
ッシュ。

「わっ! ちょっとっ! な、なにっ!?」

転びそうになりながら、なんとか体制を整え直しアスカについて行く。

走りながらも少し落ち着き周りの状況が見えてくると、アスカと手を握って走っている
自分に気付く。どうやらアスカは走ることに必死の様で意識していない。

どうしよう・・・。
まぁ、いいや。
このまま走ろっと。

ぼくはアスカの手をしっかりと握ったまま、何処へ行くのかは知らないがその後に付い
て行った。

「もぉ〜。ほら見てみなさいよ。アンタがボサボサっとしてるからよっ!」

「え? 何が?」

「先に2組も来てるじゃないっ!」

辿り着いた所は、この遊園地の名物の1つであるジェットコースター。高さと長さそし
て速さで世界1を誇る。

「大丈夫だよ。まだ3組目だから乗れるよ。」

「アンタバカぁっ!? 1番前に乗るのがいいんじゃないっ!」

「そ、そういうことか・・・。」

前に並んでいる2組のカップルも、息を切らせているので先頭に乗りたくて走って来た
のだろう。

そういうことは先に言っといてよ。
知らなかったよ。

せっかく遊園地の開園と同時に入ったのに、改めてそう言われると少し勿体無いことを
した気分になってくる。後ろに振り向くと既に長い行列。かなり人気がある様だ。

前から順に入って行く。アスカは鞄を籠に入れ、ぼくの隣に座った。周りを見渡すとカ
ップルばっかりだが、アスカが1番可愛いや。

「あっ、動いた。ドキドキするわね。」

「そうだね。」

コースターが動き出しワクワクしている様だ。こういうのはあまりどうということはな
いが、一応相槌を打って話を合わせる。

ゴーーーーーー。

走っている間、アスカは両手を上げてキャーキャー悲鳴を上げていた。もっともアスカ
だけでなく、乗っている女の子は皆同じ様なことをしていた。

「うぅぅ。」

コースターから降りると、アスカは籠から鞄を取りぼくの服を掴んでよろよろと歩き出
した。

「どうしたの?」

「気持ち悪い。」

あんなに嬉しそうにはしゃいでたのに。
かなり気持ち悪そうだ。

「なんだかクラクラするわ。」

「大丈夫?」

「凄かったわねぇ。もうイヤって感じ。」

階段を降りる間、ずっとぼくの服を掴んだままヨロヨロと降りている。もしかして本当
はジェットコースターが苦手だったのだろうか?

「はぁ。ちょっと落ち着いてきたわ。よしっ! 次はあっちよっ!」

階段を降り切ったアスカは、スタスタと次の乗り物を見つけ歩き出してしまう。どうや
ら本当に気持ちが悪かったと言うより、ただ余韻を楽しんでいただけらしい。

昨日遅く迄コースを考えてたのに。
やっぱり、アスカのペースで動くとになるのか・・・。

「さぁ、シンジ。次はこれよっ!」

「げっ! こ、これは勘弁してよっ!」

「だーめ。乗るのっ! 今空いてるからチャーンスっ!」

次に来たのはUFO型の上下左右にぐるぐると回る乗り物。見ているだけで吐き気をも
よおしそうだ。

「これは・・・ちょっと・・・。」

「今日は全部回るって言ったでしょっ!」

「うーん・・・。」

「ウダウダ言わないのっ!」

「じゃ、じゃぁさ。アスカがお化け屋敷入るってんなら乗るよっ!」

「えっ!!!!?」

「全部乗るんだろ?」

「うっ・・・。」

一瞬アスカがたじろぐ。かなり困っている様だが、なかなか良い引き替え条件かもしれ
ない。

「わ、わかったわよっ! そのかわり、これ乗るのよっ!」

「うん。でも、倒れたら見捨てないでね。」

「ははは。アンタも大袈裟ねぇ。」

いや・・・大袈裟でもない。
今迄何度か、降りた瞬間に蹲って吐いたことが・・・。

とにかく今日はいくらなんでも吐くことだけは我慢しなければならない。気合いを入れ
て乗り込んで行く。

                        :
                        :
                        :

                   グルングルン

                        :
                        :
                        :

                    ピーーー!

「うぅぅぅ。」

「だ、大丈夫なの?」」

案の定、乗り物を降りた途端蹲ってしまった。少しでも動いたら吐いてしまいそうだ。
やっぱり回る乗り物はきつい。

「もう、情けないわねぇ。」

「だって・・・。」

「ちょっと、休憩しときなさいよ?」

ぼくが花壇の脇に座り蹲っている間に、アスカが清涼飲料水を買って来てくれた。こう
いうアスカの優しさに触れるとなんだか嬉しい。

「ぷはっ。ありがとう。ちょっとすっきりしたよ。」

「まだまだ先は長いんだから、頑張んなさいよねっ!」

しばしそこでジュース片手に休憩。吐きそうだったぼくもかなり良くなり、そろそろ行
動開始。

「さ、次は垂直落下よっ!」

「アスカ?」

「何よっ!?」

「お化け屋敷だろ?」

少し意地悪な目でアスカに約束を切り出した。あれだけ気分の悪い目に合ったのだ。約
束は守って貰わなくては。

「ちぇっ。覚えてたのね。」

「当たり前じゃないか。」

「しゃーないわねぇ。そのかわり、アタシが悲鳴上げたの・・・みんなには内緒よっ!
  いいわねっ!」

「そんなこと言わないよ。あ、そうだデジカメ持っといてあげるよ。」

「何取るつもりよっ!」

「いや・・・なんとなく。」

「絶対ダメっ!」

もっと早くに預かっておくべきだった。
今言ったら、バレバレだよなぁ。
残念。

いよいよお化け屋敷の前迄来た。ここのお化け屋敷は、ホラー映画を題材にした最新の
アトラクションで、その怖さは有名らしい。昨日買った雑誌に書いてあった。

「うぅ・・・。」

入り口に立ちアスカの足が止まる。

「どうしたの?」

「ねぇ、シンジ? お昼ご飯さ、割り勘でいいから・・・。」

「約束だろ?」

「うぅ・・・。」

少し進む。

またアスカの足が止まる。

「ねぇ、シンジ? もう回るの乗らないからさ。」

「約束だろ?」

「うぅっ・・・。わかったわよっ! この鬼っ!」

「行くよ。」

ずっとこうしていてもきりがないので、アスカの背中を押して中へと押し込む。少し汗
ばんだその背中が柔らかくて、女の子なんだなぁという感じがする。

お化け屋敷突入。

最初のステージは墓場。薄気味悪いセットの中へ足を踏み入れると、アスカがぼくの腕
を両手で掴んで来る。なんだか、お化け屋敷が大好きになりそうだ。

ドバッ! ドバッ! ドバッ!

「キャ−−−−−−−−−−−−−−っ!!!!」

入っていきなりスプラッターの化け物が、目の前に3方向からスモークと一緒に飛び出
して来る。ぼくですらドキリとしたくらいだ。アスカは悲鳴を喚き散らしながら、ぎゅ
っと抱きついてくる。

やわらかい。
遊園地がみんなお化け屋敷だったらいいのに・・・。

アスカは目を閉じたまま、ぼくにしがみついてよっこらよっこら歩いている。音がする
度に悲鳴を上げているが、目を伏せ何も見ない様にしている様だ。

もしここで、ぼくがダッシュしたら・・・。
後で、ぼくがスプラッタになっちゃうだろうな。

お化けよりずっとそっちの方が怖いので、余計なことは考えないことにする。それに折
角こんなにおいしい状況だ。もっとゆっくり歩きたいくらい。

しばらく進むと少し静かな場所に出た。少し向こうに赤外線らしき物が見える。あそこ
に仕掛けがあるのだろう・・・そうだ、いいことを思いついた。

「ねぇ、アスカ? もう大丈夫だよ?」

赤外線の直前で声を掛けてみる。

「ほんと?」

目を開けて、暗闇の中きょろきょろするアスカ。

アスカを引っ張り、1歩踏み出す。

赤外線通過。

ドバーーーーーーンっ!

アスカの真ん前にモンスターが出現。

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
  いっ、いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

不意を突かれて相当怖かったのだろう。全身でぼくに抱き付いてくる。ちょっと意地悪
しちゃったけど・・・幸せ。もうこのまま死んでもいい。

そしてとうとう楽しかったお化け屋敷も終わってしまった。もう1度入りたいが・・・
もう絶対入ってくれないだろうなぁ。

「はぁはぁはぁ。怖かったぁ。こんなに怖いの、初めて・・・。」

「あそこ迄怖がるなんて、思ってなかったよ。」

「苦手なもんはしょーがないでしょうがっ!」

既にアスカはぼくから離れており、もって来たタオルで汗を何度も拭っている。あーぁ、
やっぱりもう少し中にいたかったなぁ。

「どーでもいいけど、アンタっ! 『もう大丈夫だよ』とか言って騙したわねっ!」

「あっ! あ、あれは本当にそう思ったんだ。ははは。」

「ウソねっ!」

「本当だよぉ。」

「ウソよっ! 罰として今から回転系3連発よっ!」

「げっ! そ、そんな・・・嘘だろ。」

「さっさと来るっ!」

美味しいことばかりは続かない様だ。その後は、地獄だった。

                        :
                        :
                        :

「うーーん・・・うーーん・・・。」

やはりアスカをからかうと、しっぺ返しが恐ろしい。今ぼくは、3連続で回転系の乗り
物を制覇した後遺症で、ベンチに横になって唸っている。起き上がると吐きそうだ。

「ほんと、情けないわねぇ。」

「だって、苦手なもんはしょーがないじゃないかぁ。」

「あはははは。これでアタシの気持ちがわかったでしょっ!」

「もうわかったから許して・・。・」

「飴でも食べる?」

「いい。今食べたら気持ち悪くなりそう。」

「じゃ、ジュースでも買って来てあげるわ。」

ジュースを飲み休憩した後、軽く昼食を取りハードなスケジュールで乗り物を回った。
そして、15時過ぎ。全ての乗り物を制覇しそろそろ帰ろうかということになる。

「わりと早く制覇しちゃったわね。もう乗るの無いわ。」

「そうだね。」

「しゃーないわねぇ。そろそろ出ようかしら。」

「じゃぁさ、最後にお化け屋敷に・・・。」

「アンタっ! 喧嘩売ってるわけぇっ!?」

「あ・・・そう言うわけじゃ・・・。」

あーぁ、もう1度お化け屋敷に入りたかったなぁ。

「最後はお土産屋さんよっ!」

「お土産って、地元じゃないか。」

「ここでしか売ってない物もあるのよっ!」

お土産はともかく、このまま帰ってしまうのも勿体無い。少しでもアスカと遊んでいた
いので一緒に行くことにする。何か2人の記念になる物でもプレゼントしてあげたいな。

「ねぇねぇ、このお猿さん。かーいくない?」

「お猿さん、好きだね。」

「いいじゃん。でも、ぬいぐるみって、高いのよねぇ。」

確かに高い。アスカの持っていたぬいぐるみは、6000円の値札が付いていた。ぼく
は財布の中身を考える。

「折角付き合って貰ったしさ。プレゼントしようか?」

「いいわよ。別に。」

「そ、そう・・・。」

買ってあげたかったのに・・・。
ぼくからのプレゼントなんていらないのかなぁ。

「代わりにさ、これ買わない?」

アスカが指差したのは、5色くらいレパートリーのある猿のキーホルダーだった。こち
らなら1つ400円。

「じゃ、これ買ってあげるよ。」

「いいわよ。自分で買うから。」

「付き合って貰ったお礼にさ。」

「そ。じゃ、貰っとくわ。」

どうやら貰ってくれる様だ。ぼくは、自分の分の青い猿のキーホルダーと、アスカの赤
いキーホルダーを手にして清算を済ませる。

「はい。こっちがアスカの。」

「あら。アンタも買ったの?」

「うん。ついでだから。」

「さては、アンタも実は可愛いって思ってたんでしょーっ?」

「はは・・・まぁね。」

アスカとお揃いの物が欲しかった・・・なんて言えないよなぁ。

「あっ! シンジっ! プリクラあるわよっ!」

「撮る?」

「撮ろうっ! 撮ろうっ!」

2人でプリクラの前に立つと、まず背景を選ぶモードになり、この遊園地のアトラクシ
ョンを選択する。

「これだ。」

ぼくはすかさずお化け屋敷をバックに設定。

「アンタバカっ!? 呪われたらどーすんのよっ!」

「だめ?」

「あったりまえでしょーがっ!!!」

やはり許可は降りず、最初に乗ったジェットコースターを背景にして、撮影を開始し始
める。

「ほら。顔切れるわよっ!」

「うん・・・。」

狭い台に2人で立ち、顔を寄せ合ってスクリーンを見る。頬が擦れ合わんばかりの所に
アスカがいるのでかなり意識してしまう。

「これでいいわねっ!」

「うん。」

アスカがポーズを決定する。ジェットコースターをバックに、ぴったりと寄り添った僕
達の顔がスクリーンに映し出されている。しばらくこのままでいたいなぁ。

そして、待つこと少し。2人で並んで取った写真の出来上がり。出て来た写真を、すか
さずアスカが手にしてチェック。

「あはははは。アンタ、目が泳いでるぅ。」

写真を見て笑うアスカ。

だって、あんなに接近したら緊張するじゃないか。
アスカは全然緊張してないみたいだなぁ。
ちょっと残念。

「じゃ、アンタはこっち半分ね。」

「あ、いいよ。1つで。」

「1つでいいの?」

「うん。携帯に貼っておくやつだけ欲しいな。」

「アンタって、携帯に貼るタイプなの?」

「うーん。プリクラなんて初めてなんだけどさ。みんな貼ってるから、ぼくも貼ってみ
  たくて。」

「そ。じゃ取り合えず1枚。またいったら言ってね。」

手にしたシールを携帯の裏に丁寧に貼っていると、残りの写真をアスカが鞄にしまう。
アスカは携帯に・・・貼ってくれるわけ無いよなぁ。やっぱり。

買い物も終わり、ゲートから遊園地を出て行く。まだ16時にもなっていないので、か
なり時間が早い。

「この近くにいろんな花が咲いてる公園あるんだけどさ・・・行ってみない?」

「そうなの? 結構アンタ詳しいわね。」

「ちょっと聞いたことがあって・・・。」

昨日、本でコースを調べている時に見つけたなんて、恥かしくて言えるはずもなく、軽
く話をはぐらかす。

「すぐそこだから。」

「じゃ、ちょっと寄ってみましょ。」

折角アスカと遊びに来たんだから、できるだけ長く今日と言う日を続けたい。ぼくは、
ゆっくりと公園へ向かって歩いて行った。

<公園>

公園の中も、遊園地と同じくカップルが多かった。ああいう雑誌に載っているだけあっ
て、デートスポットなのだろう。

「カップルだらけじゃない。」

「そ、そうだね・・・はは。」

「アンタも好きな娘と、こんな所来てみたいんでしょう?」

「えっ!?」

公園に咲き乱れる花の中で、アスカの言葉にショックを受け思わず立ち止まり見返して
しまう。

「ねぇねぇ、アンタの好きな娘ってダレよ。」

「・・・そ、それは・・・。」

「それはぁ? ふむふむ・・・どんな娘?」

興味深々でぼくの顔を覗き込んで来る。

「それは・・・その・・一緒に歩いて、遊園地に行ったりしたい娘。」

「へぇ、じゃ今日のは予行演習だったのかなぁ?」

ちがうっ!

「一緒にプリクラとか撮ったら、携帯に貼っておきたい娘。」

「えー。じゃ、その娘と上手く行ったら、アタシの写真剥がされちゃうんだっ!」

ちがうっ!

「一緒に公園とかで歩いて、話たりしたい娘。」

「そっかぁ。だから、こんな公園とか知ってたのね。」

ちがうっ!

「ねぇねぇ、ダレよ? ファースト? クラスの娘?」

なんで、ここで綾波の名前が出てくるんだよっ!
アスカだよっ!
君が好きなんだよっ!

「あーぁー、アタシより先にバカシンジが上手く行ったら、妬けちゃうわねぇっ!」

「上手く行くなら、その時はアスカも上手く行ってるよ。」

「またまたぁ、そんなタイミング良く行かないわよ。」

な、なんで・・・。

「なんで、気づいてくれないんだっ! この鈍感っ!!!」

「な、なんでアタシが鈍感なのよっ!」

「ここまで言ってるのに、どうしてわかんないんだよっ!!! 鈍感アスカっ!!!」

人目を気にすることも忘れ、感情を高ぶらせて大声をあげてしまう。

「ぼくが好きなのはアスカだっ! 君だっ!」

「え・・・。」

「好きでもない娘と、遊園地なんか行ったりするもんかっ!
  好きでもない娘に、お揃いのキーホルダーなんか買うもんかっ!」

言ってしまった。
もうおしまいかもしれない・・・でも不思議と後悔は無い。

今迄はずっと流され続けて来たぼくだったけど、なんだか初めて自分の気持ちを包み隠
さずはっきりと言った気がする。

「・・・・・・。」

アスカは何も言わずただ黙ってぼくを見返している。

「あの・・・。」

「・・・・・・。」

そんなアスカを見ていると、ようやく頭が冷えてきた様だ。しかし、何と話を続けてい
いのかわからない。

「・・・・・・。」

終始無言でぼくを見詰めるアスカ。

「ごめん・・・。」

「・・・・・・。」

「帰ろうか。」

入って来たばかりの公園を、アスカの先を歩いて出て行く。すると、なんとタイミング
の良いことか、ぼくの心を象徴するかの様にパラパラと雨が降り出した。

雨だ・・・。

アスカが付いて来ていると思っていた後を振り返る。
しかし、その姿はいつしか消えていた。

はは・・・。
急にあんなこと言ったから、ぼくなんか嫌になったのかな。

急に降り出した雨は夕立だった様で、短時間のうちにどんどんと強くなってくる。

いいや、濡れて帰ろう。
ははは・・・。

とぼとぼと、来る時は2人だった道を独りで歩く。これからは、2人で住んでいた家か
らも、ぼくは出ていって暮らさなくちゃいけないのかな。

カチャ。

ポケットに手を突っ込むと、何かに触った。青い猿のキーホルダー。

何処に付けようかな・・・。
付けるとこなんて無いよな。

雨が更に強くなってくる。

朝はあんなに晴れてたのに・・・。
凄い雨だ。

「ん?」

雨が止んだ?
違う。

振り向くとビニール傘を持ち汗を掻いたアスカが、ぼくの後ろから傘を掛けてくれてい
る。

「アンタバカぁっ! 人が傘買ってる間に、先々行くんじゃないわよっ!」

「え? 傘買ってた?」

「買って来るってちゃんと言ってから、走って行ったでしょうがっ!」

「・・・・ごめん聞いてなかった。」

振られたと思って耳に入っていなかったんだろう・・・でも、アスカはまだぼくの側に
いてくれている。目の前にアスカがいる。

「ねぇ、シンジ?」

「さっきはごめん。あのこと、もう忘れて・・・。」

声を出し掛けたぼくの口唇を、アスカの白い人差し指が押さえた。

「ありがと。」

「え?」

「まさか、アタシのことを好きだったなんて・・・。」

「・・・・ごめん。」

「ううん。すっごく嬉しかった。」

「え?」

「アタシもね、シンジのこといいなぁって思ったこと、実はあったんだけどさ。」

「えーーっ!? アスカが、 ぼくを?」

「でも、シンジってそういうこと興味なさそうだしさ。気にしないようにしてたの・・・。」

ぼくは・・・思いっきり、毎日意識してたんだけど・・・。

「また、遊園地行こうね。」

「いいの?」

「あったり前じゃん。」

「じゃっ!?」

「もちろん、OKよっ!」

そして、ぼくとアスカは、駅迄1つのビニール傘に入って歩いた。
雨が強くなるにつれ、濡れない様に自然と互いに身を寄せ傘に入る。

この雨・・・好きになれそうだ。

「傘買ってたら、アンタの姿見えなくなったから、どうしようかと思ったわ。」

「ごめん。振られたと思って・・・アスカが買いに行ったの気付かなかったんだと思う。」

「そりゃ、いきなりあんなこと言われたら、アタシもびっくりしてすぐに返事できない
  わよ。」

「ごめん・・・そうだよね。」

「男の子から好きなんて言われたの初めてだしさ。アタシのことなんて、好きだと思っ
  た子なんて、シンジが初めてじゃないかしら。でも、シンジで良かったぁっ!」

「・・・・・・。」

な、なに言ってんだ?
あれだけ、学校で騒がれてるのに・・・。

今日はいろいろな発見と進展があった。なによりアスカと付き合い出すことになったの
が、最良の出来事に間違いは無いが・・・もう1つ大きな発見があった。

アスカは、超ドンカンだ・・・。

fin.
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