<ネルフ王国の田舎町>

時に2015年。セカンドインパクトにより人類の文明は完膚なきまでに滅び去り、人
々の生活は10世紀もの後退を余儀なくされ、再び絶対王政が復活していた。

ここに、1人の少女が歩いている。彼女の名を惣流・アスカ・ラングレー。本来であれ
ば、この国の女王である惣流・キョウコ・ツェッペリンの姫として裕福な暮らしを営ん
でいるはずだったが、今は放浪の旅を続けている。

また、復活したのは絶対王政だけではなく、奴隷制度なども復活。更に、石油などの燃
料の消滅が原因で、科学的な文明の80%が滅んでしまっていた。

化石燃料を使う自動車などは王族しか持っておらず、電子機器も水力発電で発生可能な
電力しか利用できない為、電気もあまり利用できない状態だった。

「いらはい。いらはい。」

商人の声が聞こえて来る。周りに裕福な身分を示す身形をした人々の人だかりができて
いる。

こんな所で?
何!?

行商とは無関係そうな身分の高そうな人が集まっているので、興味が沸いた少女は人混
みを掻き分けその中へ入って行く。

「いらはい。いらはい。うちは、正規の奴隷商だぜっ! 質がいいぜっ! さぁっ! 次の
  奴隷はこいつだっ! 見てくれぃ!」

始めて見たわ。
あれが奴隷商人なのね。

奴隷商も国から認可を受け、奴隷を法律に乗っ取って調教し13歳以上になってから売
る正規の奴隷商と、モグリの奴隷商がいる。

正規の奴隷商は、身分の高い人をターゲットとしているので、高価な商品として傷をつ
けず奴隷を調教するが、モグリの奴隷商の奴隷は悲惨で、性的屈辱を受けるくらいなら
まだしも、酷い時には臓器売買をされ腎臓や肺の1つが無い者までいる。

「どーでーい。こいつはっ! 従順な奴隷だぜっ!」

アスカが顔を上げると、首に鎖を付けられた短い黒い髪の少年が、ぐいぐいと野良犬の
様に台上に引っぱり上げられている。

その少年の姿を見た瞬間、アスカは考えるより先に叫びながら飛び出した。

「アタシのよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

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逆・星の煌き
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作者注:この作品は星の煌きを元に、シンジとアスカの立場を逆転させたパロディーで
        す。先に星の煌きからお読み下さい。
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競りにかけられたその少年に、金持ち達は多額の金を積み身を乗り出して我が物にしよ
うとやっきになっている。その人込みの中、アスカもがっちり黄金を手に掴み分け入っ
て行く。

「アンタらっ! どかないと殺すわよっ!」

もっともアスカが手にしていたのは、どでかい黄金の剣。突然現れたこの乱暴な娘に、
金持ち達は悲鳴を上げて波が引くようにザッと道を開ける。

「お客さん! そういうことされちゃ困るんだがねぇ!」

奴隷商のおやじは、裏に待機させておいた筋肉質の大男をくいくいと指で呼び、競売用
に設置した木の台の上から見下す。

「なんですってーっ! アンタっ! 誰に口きいてんのか、わかってんのっ!」

「なんだとっ!」

「アタシを誰だと思ってるわけぇっ!? この国の姫っ! アスカ様よっ!」

ビシッと、どでかい黄金の剣に刻まれている王家の紋章を示しながら、おやじの立つ台
の上に飛び乗ると、ニヤリと笑ってその剣を突き上げる。

「げげげげげげげっ!!!」

真っ青になって平伏す奴隷商のおやじと大男達。ここに奴隷を買いに来ていた金持ち達
も、ガタガタ震えながら我先にと地面に頭を擦りつけ土下座する。

彼女が偉大なる王族の姫だからか・・・いや違う、そのとても姫とは思えないアスカの
乱暴な性格を知らない者はいないからだ。

「アタシっ! コイツ気に入ったわっ!」

剣の切っ先でビシっと指したその先には、ガタガタと怯える黒髪の少年の姿があった。
彼の名を碇シンジ。いずれは必ず平民になってみせると、密かにチルドレンの訓練を
してきた奴隷である。

ま、まさか・・・ぼく。
この人に買われるんじゃ・・・。

だんだん顔が青くなっていくシンジ。夢見ていた楽しい奴隷生活が、水泡のように消え
ていくようだ。

いやだーーーっ!
恐いよーっ!

自分の人生の行く末が風前の灯火になったような気がして、心の中で泣き叫ぶが、所詮
彼は奴隷の身。そんなことを口にできようはずもない。

「ど、どうぞ、お持ち帰り下さい。姫様。どうぞ、どうぞ」

ここまでシンジを育て調教するのに、多くの金と時間と労力を費やしたが、自らの命に
はかえられない。奴隷商は手を揉みながらシンジを差し出す。

「もちろん、タダよねっ!」

「それはもう。姫様からお金など・・・。」

「よろしい。」

うんうん。と満足気に頷くアスカの横で、シンジは凍てついたムーミンのように顔を強
張らせていた。

ぼ、ぼく。一生懸命奴隷の勉強しますっ!
だから、売らないでっ!

必死で懇願して奴隷商の顔を見上げるが、そんなものは蚊がティラノサウルスを刺した
程の効果もなく、即座に引き渡されてしまう。

神様。もう平民になりたいなんてお願いしません。
だ、だから。
この、この恐い人から助けてっ!

ウルウルと涙目で天を仰ぎ見ているシンジの腕が、ムンズと掴まれアスカにグイと引か
れる。もう駄目である。運命の時が来たのだ。

「さっさと来なさいっ!!」

「は、はい。ご主人様・・・。」

アスカに引っ張られ、泣く泣く連れられて行くシンジを見た金持ち達は、皆一様に同じ
ことを考えていた。

アイツの人生、終わったな。
くわばら。くわばら。

<荷馬車>

アスカに連れられたシンジは、真紅の豪華な荷馬車に乗せられた。何をされるのかと、
ホロの中の隅に座り恐る恐る顔をひょこりと上げると、アスカもこっちを見ている。

「アンタ、名前はっ?」

「あっ、はい。ご主人様。ぼく、碇シンジと言います。」

「はぁー? ご主人様ぁぁっ? 気に入らないわねっ!」

「ご、ごめんなさいっ!」

「いーいーっ! アタシは姫よっ! ご主人なんて、ちっぽけなもんじゃないのっ! 姫
  なのよっ!」

「は、はひーっ!」

「いいことーっ! これからは、アスカ姫と呼びなさいっ! わかったぁぁっ!!?」

「はひっ! アスカ姫様!」

「宜しい。で、シンジぃ? お腹減ったわっ!」

「う・・・。」

シンジは真っ青になって、荷馬車のホロから見える空の向こうの天を仰ぎ見た。

ぼ、ぼくはここで食べられてしまうんですね。
神様、せめて生まれ変わったら、温かいシチューを食べさせて下さい。

両手を合わせそれだけお願いすると、覚悟を決めたかのようにアスカの前にゴロリと仰
向けに寝転がる。

「何寝てんのよ? お腹減ったっつってんのにっ!」

「ぼく、あんまり美味しくないかもしれませんけど・・・。」

「はぁ?」

「痛くないように食べて下さい。」

「ア、ア、アッ!」

アスカの手がわなわなと震える。

「アンタばかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!????」

                        :
                        :
                        :

夕暮れ時、先程の一件で往復ビンタ10連発を食らい頬を赤くしたシンジは、川辺に荷
馬車を止めた後、夕食の準備に取り掛かっていた。

ぼくを食べるつもりだって思ったんだもん・・・。
なんだ、晩ご飯を作れってことだったのか。
神様、ぼくはまだ生きててもいいんですね。

にこりと笑みを浮かべるシンジ。食べられることに比べれば、ちょっと怒られビンタさ
れるくらい安いもの。シンジは神様に、お礼を言いながら料理を作る。

「どー? できたのっ!?」

「もうすぐです。」

「早くしてよねぇ。お腹減ったんだからっ。」

夕食ができ上がっていくのを、アスカはかたわらでお腹をぐぅぐぅ言わせながらじっと
見ている。よっぽどお腹が減っているのだろう。

「アンタって、生まれた時から奴隷なわけ?」

「5歳の時、貴族だった父さんと母さんが死んじゃって・・・。親戚の家に引き取られ
  たんですけど。」

「売られたわけ?」

「はい。」

「パパや、ママは戦争で死んだの?」

「いえ・・・。」

「じゃ、病気?」

「いえ・・・たくさんの風船で作った気球で、世界一周しようとして行方不明に・・・。」

「じゃ、死んだかどーかわかんないじゃん。」

「でも、帰って来ませんでしたから。」

「ふーん。」

<ガダルカナル島>

その頃ゲンドウとユイは、ここ無人島と化したガダルカナル島で10年近い年月を、原
始人のような生活をしながら生き長らえていた。

「いったい、あれから何年が経ったんでしょうね。」

「問題無い。」

「シンジは元気でしょうか?」

「問題無い。」

「今日も船は通りませんでしたねぇ。」

「問題無い。」

今日もこの無人島の岬から救出の船を待っているが、一向に通り掛る気配はない。空を
見上げるとそろそろ南十字星が輝き始める時刻。ラバウルの空はどっちだろうか?

さて、この夫婦2人の生活はあまりストーリーには関係ないので、話を元に戻そう。

<ネルフ王国>

夕食も終わり、おねむの時間。アスカは荷馬車に布団を敷きごろりと横になる。シンジ
は荷馬車の外で地面の上に寝転がった。

「アンタっ! 何してんのよっ!」

「ぼくもそろそろ寝ようかと・・・。」

そう言いながら地面に寝転がっていたシンジは、荷馬車からぴょこりと覗いているアス
カに答える。

「どこに寝転がってんのよっ!」

「今日は暑いから、草の上より土の方がいいかなと思って。」

「ばっかねぇ。さっさと中入って来なさいよっ。」

「で、でも・・・。」

「いいから、さっさと来る。」

「いいんですか?」

「来なさいっ!」

「はいっ。」

呼びつけられたシンジが荷馬車の中に入って行くと、アスカは少し隅に避けシンジのス
ペースをあけてくれた。

ま、まさか、ここで寝ろって?
でも、ぼく奴隷なのに。
アスカ姫様って、実は優しい人なのかな?

「いいことっ! アタシが寝てる間、しっかりあおぐのよっ!」

「へ?」

しかし、アスカはそう言いつつ、うちわを手渡し再びごろりと横になる。どうやら一晩
中あおげと言っているようだ。

しくしくしく・・・。
ぼくは寝ることもできないんだ。

滂沱の涙を流しながら、気持ち良さそうに眠るアスカを、朝方涼しくなるまで延々とあ
おぎ続けるのであった。

翌朝・・・いや、もう昼近い時間になり、あまりの暑さにアスカが目を覚ますと、その
かたわらでうちわを手にしたシンジが、座ったままコックリコックリ眠っていた。

「アンタっ! いつまで寝てんのよっ!」

「えっ! あ、はいっ! おはようございます。アスカ姫様っ!」

「ったくっ。夜更かししてるから、朝起きれないのよっ!」

夜更かしを命じたのは誰だったか・・・もっとも、一晩寝るとそんなことを覚えている
アスカではない。今日も元気に新たな日が昇る。

「奴隷の登録しなくちゃいけないんでしょ。さっさと行くわよっ。」

「はい。あの・・・そのことなんですが。」

「なによ。」

「できれば、ぼく、チルドレンが。」

「チルドレン? なにそれ?」

「チルドレンショーに出る為の奴隷で、もし最後まで勝ったら平民になれるんです。」

「ふーん。わかったわ。とにかく行きましょ。」

「本当ですかっ!?」

「わかったから、行くわよ。モタモタしないっ!」

「はいっ!」

まさか希望が聞き入れられるとは思っていなかった。物は言ってみるものである。シン
ジは、大喜びで出発の準備をし、役所へ向って行った。

<役所>

役所に付いたアスカは、シンジを伴い中へ入ろうとするが、警備員が慌てて止めに入っ
て来る。

「申し訳ありませんが、奴隷を中に入れるわけには。」

ギロリと睨みつけるアスカ。

「なんですってっ! このアタシに口答えしよーってのっ!」

ジャキーーーーン!

取り出したるは、黄金のどでかいソード。そこにはアスカの決め手、王家の紋章がしっ
かり刻まれている。

「アタシはアスカ姫よっ! 王族に歯向かうわけぇぇっ!?」

いきなり目の前に現れた、あの悪名高いアスカ姫を前に、警備員は腰を抜かしてしまっ
ている。

「あ、あ、あ、あ、あの・・・。」

「なにぃっ!? 文句あるわけぇぇっ!?」

「い、いえ・・・どうぞ、お入り下さい。」

アスカ姫の来襲と聞き、役員一同総出で出て来たかと思うと、皆、平に土下座をする。
決して尊敬しているからではなく、命がおしいからだ。

「アンタもさっさと来なさいっ!」

「あの・・・ぼく外で待ってますけど・・・。あまり、酷いことは・・・。」

「いいのよっ! 王族ってだけで尻尾を振るバカなんか・・・フンっ!
  アンタだってこの剣持ってたら、きっとみんな土下座してくれるわよっ!?」

シンジはこの時、アスカが何を言いたいのかわからなかった。ただ、世界の全てを照ら
す太陽のようなアスカにも、影があるようなそんな気がしたのだった。

「奴隷登録したいんだけど。どーすんのっ!」

「は、はい・・・この書類にサインして頂きます。」

「サインね。」

”アスカ姫”

「あ、あの・・・姫は付けずにフルネームで・・・。」

と言いかけた女性職員を慌てて肩で押し退け、上司に当たりそうな40歳前後の男性が
前に出て来る。

「余計なことを言うんじゃないっ!」

女性職員を小声で一喝し、揉み手で前に出て来る。極力機嫌を損なわないように媚びて
いるその姿を見ると、虫唾が走りそうになる。

「さすがは姫様。お美しい字でございます。後は奴隷種別を選択して頂きましたら、こ
  ちらで手続き致しておきます。」

「種別? 何それ?」

「えー、肉体労働用に、性奴、メイド、そしてチルドレンがありまして、肉体労働用と
  申しますのは、農作業などに従事し・・・」

「あーーーっ! めんどくさいっ! これでいいわっ!」

バンっ!

うだうだ言われるのが嫌いなアスカは、その肉体労働のところにハンコをバシっ!と押
してしまった。

目を剥いたのはシンジである。チルドレンと約束したのに、よりにもよって肉体労働用
にされてしまったのだ。

そ、そんあぁぁぁっ!
か、神様ぁ。
ぼくは、チルドレンにもなれないんですかぁっ?

なまじ1度チルドレンにすると約束して貰った上でのことなので、このショックはかな
り大きい。

「さぁ、こんなかたっ苦しいとこ、さっさと出ましょ。」

「しくしくしく。」

密かにチルドレンを夢見て剣術などを稽古してきた全てがパーになってしまったシンジ
は、大粒の涙を流しながらアスカに連れられ役所を後にしたのだった。

                        :
                        :
                        :

こうして肉体労働用の奴隷になってしまったシンジだったが、実際にやらされることと
言えば、メイドがやるような仕事ばかりだった。

「シンジっ! ご飯まだーーっ!?」

「ごめんなさい。もうすぐできます。」

「シンジっ、お風呂沸いたぁっ!?」

「ごめんなさい。後少しで沸きます。」

「あっつーーいっ! こんなお風呂に入れってーのっ!」

「ごめんなさい。」

「そうやってすぐに謝ってっ! 本当に悪いと思ってんのっ!」

「ごめんなさい。」

「シンジってなんだか、条件反射的に謝ってるように見えんのよねっ!」

「ごめんなさい。」

そんなこんなで怒られ続ける日々だったが、旅が数週間経過した頃になると、それなり
に環境に適応し、楽しく過ごしているシンジであった。

<静岡の小さな村>

ここ数日険しい山を旅していた為ずっと馬車で寝てばかりだったが、ようやく小さな村
に辿り着き宿屋を見つけることができた。

「ここに泊まるのよっ!」

「はい。じゃぁ、ぼくは荷馬車で寝てますから。」

「なーに、わっけわかんないこと言ってんのよっ! アンタもっ! くんのよっ!」

「ぼく宿屋には泊まれないから・・・。」

今の世の中、奴隷のシンジが泊まることのできる宿屋など、ほとんど存在しない。

「いーから、さっさと来なさいっ!」

「でも・・・。」

「このアタシに不可能はないのよっ!」

思い立ったら即行動。アスカは、シンジの手をぐいと引っ張るとドンドンドンと宿屋の
扉を思いっきり叩き始める。

あぁ、またそんな無茶を・・・。
でもなんだか、こういう太陽みたいに元気なアスカ姫様って、いいな・・・。

「泊まりに来てあげたわよっ! さっさとあけなさいっ!」

ドンドンドンっ!

元気なアスカは好きだが、さすがに今は夜中である。近所迷惑も甚だしいので、ここは
諌めに入ることにする。

「あの。やっぱりもう遅いから・・・、今日は宿屋に泊まるのは・・・。」

「うっさいわねぇっ! 泊まるっつったら泊まるのよっ!」

「はい・・・。」

1度言い出したら人の言うことに耳を傾けるようなアスカではない。力任せに容赦無く
宿屋の扉を叩きまくる。するとしばらくして、ガラリと扉が開いた。

「ちょっと、ちょっと、お客さん。今日のチェックインは終了したんですけどねぇ。」

かなり迷惑そうな顔をした宿屋の主らしきおやじが、しかめっ面を覗かせている。

「やかましいっ! さっさと、1番いい部屋に案内すんのよっ!」

「お客さん、いい加減に・・・」

「なんですってぇっ! このアスカ姫に口答えしよーってのっ!」

言うが早いか、いつもの切り札である王家の紋章の入ったどでかいソードをビシっと目
の前に突き出す。

「ひぃぃーーーっ! は、はいっ! ただいまっ!!」

「わかりゃいいのよっ! わかりゃ。いーいっ? いっちばんいい部屋よっ!」

ふんぞりかえって宿屋の主の後に続き、シンジの手を引っぱって乗り込んで行く。

「あ、あの。奴隷はうちには・・・。」

「口答えするっての?」

不敵な笑みをニヤリと浮かべるアスカに、もう主は何も言い返すことなどできず、触ら
ぬ神に祟り無しとばかりに、2人をこの宿で1番いい部屋へ案内した。

「ふーーー。やっと畳の上で寝れるわっ!」

「あの・・・この部屋を使ってたお客さん、追い出したみたいなんですけど・・・。」

「嫌なら嫌って言やーいいのよっ! この国の姫って知ったら何も言い返せない、くだ
  んない連中よっ! ハンっ!」

「なんだか、アスカ姫様・・・寂しそうですね?」

「なぁーっ!?」

驚いた顔で目を見開くアスカ。

「んなわけないでしょっ!」

「ぼく・・・そんなアスカ姫様より、いつもの元気な姫様が好きだな。」

「・・・・・・。」

くったくのない笑顔を浮かべるシンジを前にしたアスカは、なぜか次の言葉を出すこと
ができなかった。

その夜。

宿屋などに泊まった記憶のないシンジは、ドキドキしながら眠りについた。

それからどれくらい時間が経った頃だろうか。何やら騒がしい人の声に目を覚ます。

なんだろう?
外が明るいな。

まだ深夜だというのに、外が赤く光っている。不思議に思いカーテンを開けたシンジは、
自分の目を疑った。村全体が燃えているではないか。

「大変だっ! 姫様っ! アスカ姫様ーっ!!!」

騒ぎ声などおかまいなしに、ぐーぐー眠るアスカ。普段なら、1度寝たアスカを起こす
とただでは済まないのだが、さすがにそんなことは言ってはいられない。

「アスカ姫様っ! 起きて下さいっ! アスカ姫様ーっ!」

「もーーーっ! ウッサイわねぇーッ! ぐーっ!」

「火事ですっ! 起きて下さいっ!!!」

形振り構わず、アスカを力任せに揺さ振り目を覚まさせようとする。

「姫様っ! アスカ姫様っ!」

「もーーっ! 何すんのよっ! 寝てるでしょっ!!!」

「火事ですっ! 村がっ! 早く逃げないとっ!」

只事でないその声に、しょぼしょぼと開けた目を窓の外へ向けると、バチバチと音を立
ててあちこちの建物が燃えている。

「キャーーーーっ! シンジッ! 火事よーーーっ! 火事なのよーーーっ!」

「だから言ってるじゃないですかっ! 早く逃げましょうっ!!!」

「なにぐずぐずしてんのよっ! さっさと来なさいっ! ったく、トロイんだからっ!」

「あ・・・は、はい。」

その言われ様に少しばかり納得できないが、とにかくなにはさておき避難が先決。シン
ジはアスカと共に部屋から駆け出る。

「いたぞーーーっ! 」
「殺せっ!!!」
「アイツがアスカだっ!」

だが事はそう簡単にはいかなかった。部屋を出ると、武器を持った奴隷らしき男達が、
アスカの名前を叫びながら階段を駆け上がって来ているではないか。

「火事なのよっ! そこどきなさいっ!」

「やかましいっ!」
「殺せっ!!!」

「アンタらっ! アタシを誰だと思ってんのっ! この国の姫よっ!」

剣を構え、いつもの王家の紋章をちらつかせるが、その男達はまったく怯む様子もなく
突撃してくる。

「もう王族なんかねーんだよっ!」
「革命だっ! 王族は滅びたっ!」
「殺せっ!」

「なっ!」

その言葉を聞いたアスカは、それまでの勢いは失せ愕然として後ずさる。

「ウソ・・・そんなのウソよ・・・。」

怯んだアスカに容赦無く武器を持った奴隷達が襲い掛かってくるが、それと同時にシン
ジが盾になるように、アスカの剣を握り踊り出た。

「させるかっ!!」

「貴様っ! 邪魔するなっ!」
「お前も俺達と同じ奴隷だろうがっ!」
「そいつを俺らに渡せっ!」

「ダメだっ! 姫様はぼくが守るっ!」

カキンっ! カキンっ! カンっ!

宿屋の廊下で激しい戦いが始まる。長年、平民になることを夢見てチルドレンの訓練し
てきた剣術が、皮肉にも王族の姫の為に振るわれている。

「貴様っ! 奴隷だろうがっ!」
「王族の人間を庇うつもりかっ!」

ぼく、どうして・・・。
どうして戦ってるんだろう。

特にアスカに恩義があるわけでもなく、出会って長い年月が経ったというわけでもない。
だが、やはりアスカの死ぬ姿だけは見たくはなかった。

くっ!
このままじゃ・・・。

それでも所詮は多勢に無勢。せめてもの救いは、廊下が狭く相手が多くとも1対1の状
態で戦えたことだが、背後に犇いている敵を全て倒し突破することは不可能に等しい。

「姫様っ!」

「・・・・・・。」

「アスカ姫様っ!」

呆然とシンジの戦いを後から見ているアスカに、大声で激を飛ばす。

「窓からっ! 急いでっ!」

「ま、窓・・・?」

「飛び降りるんですっ!」

「・・・う、うん。」

言われた通り、部屋に戻り窓を開けるが、1番良い部屋となると当然見晴らしの良い最
上階の3階。地面が遥か下に見える。

「高いっ! 無理だわっ!」

「姫様っ! 早くっ!」

「無理なのよっ!」

応戦しながら声を張り上げるが、アスカは尻込みしてしまいその場で足を竦ませている。

「おいっ! 逃げるぞっ!」
「お前ら、外へ行けっ!」

廊下の後方にいた奴隷達の何人かが、飛び降りて来るアスカを迎え撃とうと階段を駆け
下りて行く。

「まずいっ!」

もう時間がない。シンジは大きく敵の剣を振り払いわずかな時間を稼ぐと、一気に部屋
へ飛び込みアスカに抱き付き、窓から外へ飛び降りた。

「きゃーーーーーーーーーーっ!!!」

悲鳴をあげるアスカの頭を抱き自らの体で守り、宿からの外へ落ちて行く。その途中、
樋や看板などにぶつかり体を痛めるが、おかげで落下速度が緩和された。

ドサッ!

地面に叩き付けられ全身が悲鳴を上げるが、モタモタしていると宿から敵が出て来る。

「姫様っ、急いでっ。」

「足がっ。」

「背中にっ! 早くっ!!」

強引に背中を押し付けアスカをおんぶすると、即座に路地裏の細い道に入り込みジグザ
グに逃げ始める。

だが、シンジもあちこちを打撲しており、アスカをおんぶして長距離逃げられる状態で
はない。まずは隠れられる場所を探す。

「ここに隠れますよ。静かにして下さい。」

丁度土手を越えた所に、小さな川へ突き出している土管があった。シンジはその中に入
ると、背負っていたアスカをゆっくり端に下ろし怪我などの様子を伺う。

「大丈夫ですかっ? 姫様っ?」

だがアスカは何も答えず、痛めた足をひきずりながら立ち上がり空を見上げる。

「第3新東京市が燃えてる・・・。」

アスカの視界に広がるは、箱根の山の向こうに見える真っ赤に染まった空。帝都第3新
東京市の空。

「王国が・・・ママが・・・。」

生きる希望を失ったように曇った目をしたアスカは、その場にがくりと腰を落とすのだ
った。

<第3新東京市>

王宮の地下牢。

昨年王を亡くし女王となったキョウコは、革命が起こりここに監禁されていた。

牢屋も静かでいいものね。
でも・・・ビールが欲しいわねぇ。

そこへ捕らえた王妃の様子を見に来た、革命の首謀者である葛城ミサトが姿を現した。
キョウコは渡りに舟とばかりに、ニコニコと手招きをして呼ぶ。

「葛城さん? 葛城さん? お願いがあるんですけど?」

「なにかしら?」

「ビール飲みたいわぁ。持って来てくれない?」

「ビールですって?」

「やっぱりビールはえびちゅよねぇ。えびちゅあるかしら?」

「おーーーっ! そーそー、わたしもあれ大好きなのよねんっ! あれが1番だわっ!」

「でしょー。わたしもビールといったら、あれしか飲めないの。」

「当然。当然。あれこそ、キング オブ ビールよん。」

「ちょーっと、持って来てくれないかしら?」

「うっしゃーーーーっ!!!」

その後、革命のさなかだということも忘れ、地下牢では酒宴が延々と繰り広げられたと
かなんとか・・・。

<静岡の小さな村>

翌日、日が高い間、『姫を探せ』『アスカを殺せ』などという声があちこちから聞こえ
てきたが、夜になり革命に参加した奴隷達もアスカの捜索を諦めたのか静けさを取り戻
してきた。

ただ、生まれて初めて命を狙われるような経験をしたアスカは、雨に打たれた子猫のよ
うに怯えきっていた。

「アスカ姫様。行きましょう。」

少しでも目立たなくするように、昼の間に剣の金箔やアスカの服についていた装飾品の
全てを外し削り落としたシンジは、夜になるのを待って逃げる準備を整えていた。

「・・・・・・。」

「姫様? さ、早く。」

「・・・・・・。」

だが、アスカは一向に動こうとはせず、じっと黙りこくっている。

「どうしたんです?」

「・・・・・・。」

「見付かる前に。早く。」

この場にずっといてはいずれ見つかってしまうだろう。シンジは、やや強引にアスカの
手を引き立たせようとしたが、それは強い拒絶と共に払いのけられてしまう。

「いやっ!」

「いつまでもここにいたら、見付かってしまいます。」

「いやっ! いやいやいやっ!」

「アスカ姫様・・・。」

「イヤッ!」

何を言っても聞く耳を持たず丸くなって蹲るばかり。こうなっては、どう対応していい
ものかわからず、困ってしまう。

「あの・・・姫様? ここにいては、すぐに見付かってしまいます。」

「・・・・・・。」

「安全な場所まで行きましょう。」

説得を繰り返すが、アスカは何言わず、俯きながらフルフルと首振るばかり。

「心配ないです。ぼくが守りますから。」

「・・・・・・。」

「チルドレンになりたくて、ちょっとは剣の訓練もしました。必ず守りますから・・・。」

「ウソ・・・。」

「嘘なんかじゃありません。」

「アタシを奴隷達に引き渡すんでしょ。」

「そんなことするわけないじゃないですかっ!!」

「アンタも奴隷だわ。アタシはアンタの敵・・・。」

「そうかもしれません・・・。」

苦笑しながら答えるシンジ。

アスカは、それみたことかとキッと睨み付ける。

「でも、ぼくはそんなことしませんっ!」

「じゃーなに? アタシに恩でも売ろうってのっ!? 心の中じゃ、落ち目になったアタ
  シを笑ってるんでしょっ!!」

「違いますっ!」

「そうに決まってるじゃないっ!」

「違いますっ!」

「チクショーっ!」

また顔を背け自分の殻に閉じ篭ろうとするアスカに対し、聞いていようが聞いていまい
がシンジは喋り続ける。

「会った時からアスカ姫には圧倒されてきました。さすが姫様は凄いなぁって。」

「・・・・・・。」

「でもそれは姫様だからじゃなかったんです。ぼくは、太陽みたいなあなたを見るのが
  嬉しくて・・・。」

「・・・・・・。」

「だから・・・今みたいな姫様は駄目なんですっ! もっと太陽のように明るく笑って
  いて欲しいんですっ。」

「・・・・・・シンジ。」

いつしかアスカは顔を上げ、これまでの視線ではなく、どことなく感情の篭った視線を
シンジに向けていた。

「アタシを連れてたら、アンタも狙われるわよ。」

「そんなこと言うなんて、姫様らしくないですよ。もっと、どうどうとしていて下さい。
  さぁ、行きましょう。」

狙われることなど気にしていないかのように、手を差し出してくるシンジの手を取り、
アスカは立ち上がりつつ、カエルの鳴声に掻き消されるくらいの声でそっと呟いた。

「アタシだって、人の心配することくらいあるんだから・・・。」

<愛知>

革命の状況は最悪だった。関東〜東海地方へ掛けての一部的な暴動ではなく、全国規模
の革命であり、何処へ逃げてもアスカは狙われることになった。

そんな中、関西方面の王族が根強く抵抗しているという情報だけを唯一の頼みの綱とし、
シンジはアスカをボロ布で作ったマントで隠して、闇から闇へ旅を続けていた。

そして今。アスカは1人、人里離れた森の茂みの中で息を潜めて蹲っている。

「・・・・・・。」

奴隷達や革命軍に見付かれば殺される。自分をこれまで身を呈して守ってくれていたシ
ンジは、食料調達に出掛けこの場にはおらず不安ばかりが募ってくる。

早く帰って来て。
ご飯なんかいいから早く・・・。

小鳥が飛び立つ木の揺れる音にもビクリと体を振るわせる自分。かつては、姫だからと
いうだけで媚びへつらってくる人間をバカにしていた。自分自身を見てくれず、姫とい
う地位だけを見る人間を嫌悪していた。

だが、情けなくも姫という地位から追い出されると、何もできない自分がここにいるこ
とに気付く。今ではシンジだけが唯一信じられる存在であり心の拠り所。

どこ行ったのよぉ。
シンジぃ・・・。

その時少し離れた所の木々がガサガサと揺れる音がした。

「!!」

はっとして目を見開き、息を殺して音のする方に目を向ける。どれだけ氷のように体を
強張らせ音を立てないようにしても、恐怖に手足が震え周りの草が揺れてしまう。

助けてっ!
シンジ!!

だがその視線の先の草木を掻き分け現れたのは、ずっと待ち続けていたシンジの姿であ
った。

「姫様。少しおにぎりを分けて貰えました。」

「シンジぃーっ!」

足元の草を掻き分け、ようやく姿を現したシンジの元へ走って行く。夜中暗い部屋で目
が覚め、ひとりぼっちになっていることに気付いた幼子が、ようやく母親の姿を見つけ
た時のような安堵した顔で走って行く。

「どうしたんですか?」

「遅いっ! 遅いのよっ! アンタはっ!」

「ごめんなさい・・・。」

「恐かったんだからっ!」

「街に一緒に行くと危ないですから・・・。」

「わかってるわよっ! でも、1人は恐いのっ!」

シンジが現れた途端いつもの強気な声が出てくるものの、襟元を絶対離すもんかと両手
でぐいと掴んで、顔を胸に埋める。

「もう大丈夫です。あっ、おにぎり。食べて下さい。」

「うん・・・。」

体を寄せてその場に腰を下ろしたアスカは、2つの少し大き目のおにぎりを両手に1つ
づつ受け取り、パクパクと頬張り始める。昨日の朝以来の食事。空腹が満たされて行く。

「美味しい・・・。」

「姫様の口に合うような物が手に入らなくて。」

「ううん。おいしい。おいしいよ。」

「良かった。」

にこりと笑顔を浮べるシンジ。その笑顔を見てアスカは思う。これまで自分に媚び諂い
作り笑顔を向ける人間を五万と見て来たが、こんなに澄んだ笑顔を向けてくれたのは、
母親を除きシンジだけではないだろうかと。

「ねぇ。シンジ?」」

「はい?」

「アンタ、ご飯は?」

「ぼく、村で食べてきちゃって・・・。」

昨日の朝もそんなことを言っていた。その時は、素直にそうかなのかと納得したが、わ
ずか1日でシンジのやつれ方が手に取るようにわかる。

「これ・・・いい。」

右手に持っていたおにぎりにかぶりつきながら、左手に持っていたおにぎりをシンジに
差し出す。

「お腹いっぱいですか? じゃぁ、おいときましょうか。」

「ううん。アンタが食べなさい。」

「ぼくは、もう食べたから・・・。」

「食べるのよっ。」

言い訳しようとするシンジだったが、有無を言わさぬ態度でおにぎりを持つ左手を、ぐ
いぐいとシンジの口元に突き付ける。

「でも・・・。」

「食べなさいっつってるでしょっ! 」

少し怒りながら、アスカは無理矢理シンジの口元におにぎりを持っていく。

「無理すんじゃないわよっ! 食べんのよっ! わかったぁっ!?」

「姫様。すみません・・・。」

「あっ、ごめん・・・。ダメね。アンタがいなかったらご飯も食べれない癖に、まだ姫
  の頃の癖が抜けなくて・・・でも、お願い。食べて。」

「そんなことないですっ! 姫様は姫様ですっ! 日本中の人が違うって言っても、ぼく
  には姫様ですっ!」

「ううん・・。もう、姫じゃないのよ。」

「そんなこと言わないで下さいっ!」

「違うの。」

「姫様っ!」

「日本中の人が姫だって言っても、アンタにはもう姫だなんて思って欲しくない。」

「え・・・?」

おにぎりを食べ終わり口のまわりにお弁当をいくつか付けたアスカは、そう言いながら
恥かしそうに微笑む。その顔を見てシンジも笑顔を浮べた。

「あっ! わかったぁっ! 国を建て直したら女王様になるからですねっ! そっかぁ。
  そうなんだぁ。」

ようやく謎が解けて嬉しそうにするシンジだったが、一気に不機嫌なものに変わってい
き、とうとう手が出た。

ドゲシっ!

アスカは思った。コイツはかなり鈍感な奴かもしれない・・・。頬を赤らめて言った自
分がバカバカしくなってくる。

それはともかく、その日からアスカは、自分のことを『姫』とは呼ばせず『アスカ』と
シンジに呼んで貰うようにし、敬語も禁止したのだった。

<紀伊山脈>

更に数日が経ち、2人は一路大阪へ向け旅を続けていた。だがここに来て、大事件が勃
発していた。

「しっかりしてっ! 山の下に家が見えるわっ。あとちょっと。頑張ってっ。」

「家? 駄目だ。」

「薬があるかもしれないじゃないっ!」

「駄目だっ。家なんか行っちゃ。アスカが・・・。」

この山へ入る前。松坂のあたりで、2人は賞金目当ての農民達に襲われた。その時に負
った刀傷が元で、シンジが発熱してしまったのだ。

「アンタバカぁっ!? ンなこと言ってる場合じゃないでしょーがっ!」

「また狙われたら、今のぼくじゃ・・・。」

「他に方法ないでしょっ。」

「ぼくがいたら、足手まといになっちゃう。ここから先はアスカ1人で・・・。」

「くぉのっ! バカシンジっ!」

真剣に怒ってシンジの顔を睨みつける。

「最後まで守るって約束したんなら、約束守んなさいよっ!」

「でも・・・。」

「ざけんじゃないわよっ! 約束守んなかったら、許さないんだからっ!」

半ば涙声になってシンジに肩を貸しながら、山の麓に見える村へ向かって降りて行くア
スカ。

そうか。そうだよな。
やっぱり、約束は守らないといけないよな。
死んだおばあちゃんも、そう言ってた。

言葉通りに理解したシンジは、約束をなんとか守ろうとアスカに肩を借りながらなんと
か村に到着するのだった。

だが、その村は既に廃墟となっており家も荒れ放題。アスカは最も程度のマシな家に入
り、畳は湿気ていて不衛生なので板間にシンジを寝かせる。

「薬探してくるから、じっとしてんのよ。」

「ごめん・・・。」

「アンタはちょっと寝てなさい。疲れ取らなきゃ、治るもんも治らないわ。」

布団などもなく床にゴロ寝状態になるが、ともかくそこへシンジを寝かせ薬を探しに飛
び出して行く。

解熱剤かなんか残ってたらいいんだけど。
こんなとこで死んだら許さないんだからっ。

いくつかある廃屋の1件1件を家捜ししながら、シンジが熱を出す原因となった松坂で
のことを思い返す。

あのバカっ。
無理するからっ!

アイツ・・・。
アタシのことどう想ってんだろ?
どうしてこんなにまで・・・。

シンジは自分のことを太陽だと・・・生きる希望のように言っていた。それは自分が姫
だからでなく、追われる身となった今でも変わらずそう思ってくれている。

アイツ、アタシのことどう想ってんだろ?

そればかりが気になる。どうしも、答えが出てこない。だが、1つだけわかっているこ
とがある。

アタシはアイツのことが好き。
だからっ!

だからアスカは必死だった。こんな所で死なせてなるものかと、必死で薬や元気の出そ
うな食べ物を探して回る。

その頃シンジは、緊張の連続だった旅の疲れが一気に出たのか、床の上でゴロリと寝転
がり夢を見ていた。

『あっつーーーいっ! アンタっ! お風呂のお湯加減、いつになったら覚えんのよっ!」
『ご、ごめん・・・。』
『入れなおしなさいよねっ!』
『うん・・・でも、よかったな。アスカがまた元気になって。』
『わけわかんないこと言ってないでっ! さっさとするっ!』
『あははははは。やっぱりアスカだ。』

そんな、シンジにとって幸せな夢をどれくらい見た頃だろうか。なにやら美味しそうな
香りが空腹のお腹を刺激して、意識を現実の世界に引き戻す。

「ん? あれ? なにしてるの?」

「あ、目覚めた? どう? 美味しそうでしょ?」

板間から視線を家の外へ向けると、焚き火の上に鍋を置き、ぐつぐつと煮ているアスカ
の姿が見える。

「薬なかったんだけどさ、野菜がいっぱい生えてたの。」

「あ、ぼくが作るよ。」

「アンタ病人でしょっ! いいから、寝てなさい。もうできるし。」

「ごめん・・・。」

「調味料とかなんもないけど、お腹いっぱいになるわよ。」

「美味しそうだね。」

その夜シンジとアスカは、久し振りにお腹いっぱいになるまで、野菜の水炊きを食べて
寝たのだった。

だが、その夜中。

「シンジっ! しっかりしてっ! シンジっ!!!」

「ふーふー。」

「シンジっ! ちょ、ちょっと待ってなさいっ!」

夕食の時はわりと元気そうにしていたシンジだったが、高熱を出し苦しみ始めていた。
アスカは自分の着ていた服を脱ぐと、冷たい井戸水に浸しておでこの上に乗せてみるが、
あまりにも高熱で効果がない。

「どうしようっ!? どうしようっ!? シンジっ!? シンジっ!?」

おろおろするアスカ。

「ふーふー。」

「水っ! そうだっ! 水飲むのよっ!」

もう何をどうしていいのかわからない。薬もなければ、医者もいない。とにかく思いつ
くことはおでこを冷やすことと、水と飲ませて脱水症状を防ぐことだけ。

「水よっ! 水飲んでっ!」

大慌てで廃屋にあったコップに水を汲んでくる。

「ゴフッ! ゴフッ!」

口に水を流し込んでみるが、器官に入り咳き込んで吐き出してしまった。

「ごめんっ! 大丈夫っ!?」

「ふーふー。」

「み、水。水、水、水・・・そうだっ!」

汗が凄い。このままでは脱水症状を起こしてしまう。アスカは再びコップに水を汲んで
くると、今度は自分の口に含み、ゆっくりゆっくり口移しで飲ませていく。

コクコクコク。

少しづつ少しづつ口から口へ水を移し、ゆっくり飲ませながら喉を確認する。なんとか
飲んでくれているようだ。

「もう1度よ。ゆっくり・・・ゆっくりねっ。」

急いで水を飲ませると、また気管に詰まらせかねないので、根気よく時間をかけて口に
水を含ませていく。

「大丈夫だったっ? 次、次よっ!」

また口に水を含み三度目を飲ませようとした時、シンジの顔に近付いて行く自分の頭が
ぐいと押し戻された。

「・・・もういいよ。」

「ん? もう水いらない?」

「ちがうよ・・・ぼくもう駄目かもしれない。 だから・・・約束守れなくてごめん。」

「アンタばかーーーっ! ざけたこと言ってんじゃないわよっ!」

「だって・・・もう意識が・・・。」

「最後までアタシを守るっつったでしょーがっ!」

「ごめん・・・約束破っちゃって、地獄に行っちゃうかな。」

「ダメーっ! 天国でもダメよっ! 死ぬんじゃないわよっ!」

「約束・・・守りたかったな・・・。」

「そんなもんどーでもいいっ! だから、死なないでっ! 好きなのっ! 好きなのよーーっ!!!」

「アスカ・・・。」

「お願いっ! またアタシを1人にしないでっ! アンタじゃなきゃダメなのっ! アン
  タが好きなのーーっ!」

「・・・・し、知らなかったな・・・ご、ごめん。」

そして、シンジはがっくりと力を落とし瞳を閉じた。

「ウソッ! シンジっ!? シンジっ!? ウソでしょっ!? シンジっ!!!?」

必死で揺するが、もう反応しないシンジの体。

「シンジーーーーーーーーーっ! わーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

飲まそうと持って来たコップの水をぶちまけ、動かなくなったシンジの胸に顔を埋める。

アスカの絶叫が廃墟となった村に轟いた。

チチチチ・・・。

また夜は開ける。

「ふぁぁぁぁーーーーー。よく寝たぁ。」

気持ちの良い朝だ。シンジは、しょぼしょぼした目を擦りながら目を覚ますと、とても
体調が良い。

あれ?
熱下がったみたいだ。
やっぱり、元気なのが1番だねっ。

「よっこらしょ・・・ん?」

元気になったのが嬉しくて、ニコニコしながら起き上がろうとすると、熱が下がったは
ずなのになんだか体が重い。

なんだ?

ふと見ると自分の胸に抱き付くように、顔に涙の跡をいっぱいつけたアスカが、胸に抱
き付いて眠っている。

「アスカ? どうしたんだろう?」

揺すって起こそうとすると、なんと上半身は服を着ておらず下着姿になっているではな
いか。これは困った。

「あの・・・アスカ?」

「シンジぃぃぃ・・・。」

寝言でシンジの名前を呼んでいる。涙声だ。

「アスカ?」

ポンポンと頭を軽く叩いて起こしてみる。

「んーーー? むっ!!!!」

ガバッと起き上がるアスカ。

「シンジっ!? 生きてるのっ!!? シンジっ! シンジっ!!!?」

「うん・・・・熱下がったみたい。ははは。」

「シンジーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

有無を言わさず、がばっと抱きついてくるが、下着姿のアスカに抱きつかれてしまった
シンジは、また熱が出そうになる。

「良かった・・・生きてたんだ・・・。死んだら許さないんだからーーーっ!」

「ごめん心配かけて・・・あの・・・。」

言いよどむシンジの顔を見ると、なんだか赤くなっている。よくよく考えると、昨晩と
んでもないことを次から次へと口走った自分を思い出した。

「あ・・・。も、もしかして、昨日言ったこと覚えてる?」

抱きつきながら、ちらりと上目遣いで見上げる。

「うん・・・あのさ・・・。」

「う・・・。」

少し口篭もったアスカだったが、照れ隠しか大声で叫び始めた。

「い、いいじゃないっ!! アタシが好きになっちゃったんだからっ! アタシが・・・。
  ア、アンタはっ? アンタは、どうなのよ・・・。」

「その・・・。」

「本心で答えて・・・。」

「その・・・ふ、ふ・・・。」

「嫌なら嫌でもいい。アンタの本当の気持ちが聞きたいの。」

「ふ、ふ、服・・・着て欲しい。」

「えっ?」

なんのことかと自分の体に目を落とすと、昨日シンジのおでこを冷やす為に、タオルの
かわりに服を使ってしまい下着姿で抱きついているではないか。

「きゃーーーっ! えっちっ! ちかんっ! へんたいっ! しんじらんなーーーいっ!」

バッチーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!

「ぐはぁっ!」

次の瞬間、シンジは再び深い眠りへと落ちて行ったのだった。

夜。

シンジは、月明かりの元大阪に向けて出発の準備をしていた。

「やっぱり、もうちょっと休んだ方がいいわ。」

「でも、大阪にはまだアスカの仲間がいるんだろ? 急いだ方が・・・。」

「無理してまたアンタが倒れたら元も子もないじゃない。」

「もう大丈夫だよ。」

「あんな熱出しといて、何が大丈夫よっ! いーい? 完全に回復するまで、ここにいん
  のよっ!」

それから数日。

「見て見てーっ! 鶏の卵よっ!」

「卵? そんなの何処にあったの?」

「きっと、昔この村で飼われていた鶏が野生化したのよ。 ねぇ、昼から鶏探しに行か
  ない??」

「うん・・・。」

シンジは力無く相槌を打つ。この村に来てから、食べる物にも困らず完全に熱も下がり
体力もとっくに回復していた。

だが、また熱が出てはいけないと、アスカがこの村から出るのを拒み、出発が1日伸び
2日伸び、とうとう1週間が経過してしまっていたのだ。

「あの・・・そろそろ大阪に。」

「え? なんか言った? ね、ね、鶏探しに行こ?」

「・・・・・アスカ?」

「きっと、子供も生まれていっぱい鶏がいるわよぉ。」

「アスカ、あのさ? そろそろ。」

「じゃ、アタシ。表で待ってるからっ。」

そう言いながら、そそくさと家から出て行こうとするアスカだったが、その手をぐいと
掴んで呼び止める。

「そろそろ、大阪に行こう?」

「・・・・・・。」

「大阪に行かなきゃ。」

「・・・・・・イヤ。」

手を掴まれたアスカは、視線を逸らしてまた出発を拒む。

「ぼくの熱も、もう絶対大丈夫だよ。だから。」

「・・・・・・イヤ。」

「いつ迄も、こんな暮らししてるわけにいかないし。」

「どうしてっ!? 食べていけるじゃないっ! 住む家だって、ほら。ここにあるわっ!」

「ぼくはそれでもいいよ。でも、アスカはお姫様じゃないかっ。」

「もう、そんなの忘れた。」

「駄目だよ。」

「忘れたっ! 忘れたのよっ! ここでシンジとずっと2人で暮らしてたいのっ!」

頭を振って必死で抵抗するアスカだったが、シンジはゆっくり諭すように一言一言丁寧
に喋り出す。

「ぼく、難しいことよくわかんないけど・・・逃げちゃ駄目だと思う。」

「もう惣流王朝はないのよっ。」

「でも、ここにいちゃ駄目な気がする。」

「アタシと一緒にここで暮らすのがイヤなのねっ!! イヤなんでしょっ!!」

「違うよっ!」

「だって、そうじゃないっ!」

「違うよ・・・ただ、アスカはもっと光り輝ける気がするんだ。」

「そんなのアンタの妄想よっ。アタシはそんなんじゃない。」

「妄想かもしれないけど。アスカは、もっと・・・もっと、眩しくて。太陽みたいに。
  そんなアスカが好きなんだっ。」

「シンジ・・・?」

「ごめん。奴隷の癖に偉そうなこと・・・。」

「アタシのこと好きって言った?」

「ごめん・・・。」

しばらく無言で考えていたアスカだったが、再びゆっくりと口を開く。

「もし、大阪の王朝軍も負けてて・・・日本中からアタシが追われることになったら?」

「その時は、ぼくが守る。」

「守ってくれる?」

「うん。」

「なにがあっても、ずっと離れずに?」

「うん。」

「わかった・・・。姫なんて肩書きより、ずっと嬉しい。いざとなったらシンジがいる
  んだって思ったら、なんだか頑張れる気がするっ!」

アスカの顔に、あの時初めて出会った頃のような自信に満ちた笑顔が浮かぶ。

「そうよっ! こんなとこで、止まるなんてアタシには似合わないわねっ!」

「さすが、アスカだっ。」

そんなアスカの輝いた顔を見たシンジは、にこりと笑顔を送る。

「行くわよっ! アタシは、惣流・アスカ・ラングレーなんだからっ!!!」

<大阪>

紀伊山脈の村から出て数日後。

アスカとシンジは大阪で、革命軍と根強く対峙している王朝軍と合流することができた。

「これはこれは姫様。よくご無事で。」

出迎えたのは、この地方に拠点を置く大貴族である霧島公。その宮殿は彼の力を誇示す
るかのような豪華な建物であり、こんな所に初めて入るシンジは圧倒されて声も出せな
くなっていた。

「とにかくお風呂に入りたいわっ。」

「それはもう。すぐ用意致します。」

「シンジにもお風呂の準備すんのよっ。」

「奴隷は、馬小屋の向こうに専用の水浴び場が・・・」

「アンタっ! このアタシに逆らおうってのっ! アタシは姫よっ!」

「しかし、このわたくしの宮殿にも、それなりの決まりというものがございまして。」

相手は王族の姫であるが、第3新東京市が落ちた今となっては、実質的な勢力は王族よ
り未だ革命軍と戦っている霧島公の方が強い。その為、自らの意向を強く主張しようと
いう姿勢のようだ。

「アンタバカぁぁぁぁっ!? ここへ来る迄に、中部,東海の王朝軍はアタシの元に集
  結してんのよっ!」

「なんですとっ!?」

無論アスカの勝手なでっちあげ、うそっぱちであるが、もし本当ならとても太刀打ちで
きない霧島公は、二の句が告げない。

「アタシの言うことがきけないなら、全軍をもって攻め込ませるわよっ!」

「め、めっそうもございません。すぐ用意させます。」

「それから。明日の朝、陣頭にアタシが出るわっ。」

「そ、そんな無茶な。」

「命令よっ! 準備なさいっ! わかったぁぁぁーーーっ!!!?」

「はっ。わかりました。」

自分の情報網では伝わってこなかった、中部と東海の王朝軍復活のことといい、いきな
り陣頭に立つ姫といい、いったい何がなんだからわからなくなってしまった霧島公は、
情報収集をしたり作戦を練ることもできないまま、次々とアスカのペースに巻き込まれて
ていくのであった。

その夜は、姫が来たということで歓迎会となった。

そこにシンジも出席させると言い出したアスカに、またしても霧島公を始めとする貴族
から反対の声が上がったが・・・そこに鶴の一声。

「逆らうものは、死刑よっ!」

にわかに信じがたいが、中部,東海地方が惣流王朝の配下になっているというアスカの
言葉が恐ろしく、皆なにもかもアスカの言う通りにするしかなかった。

「あの・・・アスカ? なんだか視線が痛いんだけど・・・。」

「気にすることないわよ。」

「でも・・・。」

だが、豪華な料理を食べることができたはずのシンジ本人は、緊張に次ぐ緊張であまり
嬉しそうではなかった。しかも、料理の食べ方がよくわからない。

「これって、どうやって食べるの?」

目の前に出された大きな蟹。5歳の頃奴隷となったシンジは、蟹のような高価な物を食
べた記憶がなく、どうしたものかと困ってしまう。

「ちょっと待ちなさい。アタシのが終わったら、やってあげるからっ。」

「うん・・・。」

アスカはアスカで、無口に自分の蟹の身を一生懸命出している。

「あら? シンジなの?」

その時、あらぬ方向から女の子の声が聞こえた。

「え? あなたは?」

「やだぁ? 忘れたのぉ? マナよ。霧島マナ。ちっちゃい時、よく遊んだでしょ?」

「えっと・・・あぁぁっ!」

まだ貴族だった頃のことだ。近所にそんな名前の茶色い髪の女の子がいたことを思い出
す。確かよくままごと遊びをした気がする。

「久し振りねぇ。で、どうしたの? さっきから蟹ばっかりじっと見てたけど?」

「身の出し方、わかんなくて・・・。ははは。」

「なーんだ。じゃ、わたしがやってあげるね。」

マナはシンジの蟹を手にすると、起用にその中の身を出し始めた。

これでようやく食べれると、ニコニコして身を全て出してくれるのを待つシンジ・・・
と、鬼のように目を吊り上げた1人の少女の姿。

<シンジの部屋>

貴族が寝泊りするような豪華な部屋を割り当てられたシンジは、なんだか落ち着かずそ
わそわしながら部屋の中を歩き回っていた。

こんな綺麗な部屋だと寝れないよ。
アスカに頼んで、もう少し小さな部屋にして貰おうかな・・・。

部屋に置いてある高価な置物などを壊したらどうしよう、布団を汚したらどうしような
ど、そんなことばかり考えてしまい、どうにもこうにもリラックスできない。

その時。ドカンと部屋の扉が開き、アスカがノシノシと入って来た。

「あっ。アスカ? やっぱり、この部屋・・・。」

「くぉのっ! バカシンジっ!!!!!」

殴りかからんばかりの勢いで突進して来たアスカに、いきなり胸座を掴まれてしまいベ
ッドに叩きつけられる。しかも、なんだかめちゃくちゃ怖い顔をしている。

「アンタはぁぁっ! デレデレデレデレデレデレデレデレしてぇぇぇっ!!!!」

声まで怖い。もの凄く怖い。怒っているに違いない。

「ど、ど、ど、どうしたのっ????」

なにがなんだかわからないまま、ベッドの上であたふたしていると、大きなまくらを両
手で持ったアスカが殴り掛かって来て、バフバフと叩いてくる。

「このっ! うわきもんっ! うわきもんっ! うわきもんっ! うわきもんっ!」

「わーーーーーっ! なんなんだよーーっ!?」

「キーーーーーーーっ!」

「わっ! ちょ、ちょっと待ってっ! ど、どうしたんだよっ!」

「アタシとマナって子っ! どっちがいいわけぇぇぇっ!!!」

「マ、マナぁぁっ???」

「なによっ! さっきのはーーーーっ!!!」

「さっきのって、蟹の身を取って貰っただけ・・・。」

「それが浮気だってのよーーーっ! アンタを殺して、アタシも死ぬぅぅぅぅっ!!!」

「わーーーっ! 助けてっ! もう取って貰わない。蟹は自分でするからっ!」

どうやら蟹の身を取って貰うと、無理心中することになるようだ。状況が飲み込めたシ
ンジは、大慌てでアスカを宥める。

「ダメよっ!」

「だ、だめって・・・そんなぁぁ。蟹のせいで、死にたくないよぉっ。」

「2度とあの女と・・・いいえ、アタシ以外の女と口きかないことっ! わかったぁぁっ!」

「そ、そんな無茶な・・・。」

人類の半数は女性であるというのに、アスカ以外の女性と口をきいてはいけないなど、
無理難題もいいところである。

「わかったぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!?」

「は、はい・・・。」

だが、このアスカを目の前にして、嫌だと言える者がいようはずもない。シンジは頭で
考えるより先に、脊髄で判断し即座に「はい」と答えていた。

翌日。

アスカは、最前線へと乗り出して行った。

王朝軍にしてみれば、姫が最前線に出るなど、とんでもなく迷惑なことであるが、命令
とあれば仕方なく全力を持って防衛に努めている。

「姫様。敵が来ましたっ。お引き下さいっ!」

「このまま突っ込むのよっ!」

「し、しかしっ! 姫様っ! 危険ですっ!」

いくら諌めても聞く耳を持たず、アスカはメガホンを片手に迫り来る革命軍に言い放つ。

「中部っ! 東海の革命軍は既に王朝軍と手を組んだわっ! アタシは、身分制度のない
  世の中ににすることを約束するわっ! アタシに力を貸すのよっ!」

身分制度撤廃を公約とするアスカの演説に、革命軍の1軍、また1軍と矛を収め停戦状
態になっていく。

「姫っ! 身分制度をなくすとはどういうことですかっ!?」

「やかましいっ! うだうだ言ってたら、トイレ掃除に格下げするわよっ!」

反対意見など聞く耳持つアスカではない。

誰がなんと言おうと、アスカ突撃隊の勢いは留まるところを知らず、関西に始まり中国,
中部,東海,北陸と身分制度撤廃公約を武器に、革命軍をまるめこんで行った。

その途中、中部,東海が落ちていたというのは、アスカのでっちあげだったことに霧島
公が気付いたのだが、その時は既に本当に西日本から東海にかけて、王朝軍と革命軍が
アスカにまるめこまれた後であった。

相手に考える隙を与えない、はったりアスカの電撃戦作戦の成功であった。

<第3新東京市>

時をおかずして、関東制圧。

アスカは、王宮へと乗り込みキョウコを救出したのだが・・・。

革命の首謀者である葛城ミサトと、この国の女王であった惣流・キョウコ・ツェッペリ
ンは、牢屋の中でえびちゅ宴会の真っ只中。なんとも、感動しない対面であった。

「ここに、新憲法を発布するわっ!」

「「「わーーーーーーーーーっ!!!!」」」

王宮の前に集った第3新東京市の多くの市民が、新たに女王となったアスカの声に歓声
を上げる。

「約束通り、身分制度を廃止することを、憲法第1条に記したのよっ!」

「「「わーーーーーーーーーっ!!!!」」」

公約通り身分制度を廃止する新憲法を発布することに対し、更に大きな歓声が沸き上が
る。

「憲法第1条っ! 国民は皆平等であり、全て惣流・アスカ・ラングレーの下僕とするっ!」

「「「・・・・・・・・・・。」」」

静まり返る国民達。

公約通り、国民は皆平等になったが・・・貴族も平民も奴隷も全国民がアスカの下僕と
なってしまった。

とは言え、ここに身分制度が撤廃されたことにかわりはなく、更にアスカを始めとする
王族が政治の舞台から退いた為、一気に民主化の波は推し進められることとなった。

さて・・・どうしてアスカが政治の舞台から撤退したかというと・・・。

<紀伊山脈>

今アスカは、紀伊山脈の山中にある小さな村にいた。

「シンジぃぃ、見て見て。卵がたくさん取れたわよぉぉっ!」

「ぼくも、魚たくさん釣って来たんだ。」

シンジとアスカは、ここにあった廃屋を修繕し、畑を耕しながら自然に囲まれて暮らし
ている。

「わぁ、大漁じゃない。じゃ、卵は明日ねっ! 今日はお魚入れて水炊きにしましょ。」

「水炊き、好きだね。」

「だって、思い出の料理なんだもーん。ん? 手紙が来てるわ。」

「さっき、郵便屋さんが来てたからね。」

「ふーん。」

パラパラと見てみると、未だにキョウコとミサトは毎日えびちゅを飲んでいるとか、
その他にも何やらつまらない報告が第3新東京市から届いていた。

が・・・その中に1通。

「シンジーーーーーーーっ!!!!!」

「どうしたの?」

「こっ、こっ、こっ、これはなによっ! これはーーーーーっ!!!」

アスカの声が恐い。ふと、手に握り締めて突き出して来た手紙を見ると、差出し人は霧
島マナ。

”暑中見舞い申し上げます。

                    霧島マナ”

内容はどうということはない。ただの暑中見舞いなのだが・・・。

「い、いや・・・これはただの暑中見舞いで・・・。」

「アタシ以外の女の子から、暑中見舞い貰ったわねぇーーーっ! アンタを殺して、ア
  タシも死ぬぅぅぅぅぅっ!!」

「わーーーーっ! ちょっとまってっ! そ、そんな無茶なっ!」

暑中見舞いが来る度に無理心中していては、命がいくつあっても足りない。頭に角を生
やして発狂するアスカを、もうシンジは必死で宥める。

「べ、べつに喋ったわけじゃないだろ? ね。」

「暑中見舞いが来たわっ!!!!!」

非情にやばい雰囲気である。シンジは、大慌てでその手紙をごみ箱に捨てる。

「ほ、ほら。捨てたよ。捨てた。捨てただろ?」

「浮気したわねーーーっ!!!!!」

「う、浮気って・・・暑中見舞いが来ただけじゃないか・・・。」

「ダメなのよーーーーーーーーーーっ!!!」

「わ、わかったよ。ご、ごめん。ぼくが悪かった。ごめん・・・。」

なんで謝っているのかわからないが、とにかく謝るしかない。

「あっ。そうだ。」

話題を変えることが良作である。

「散歩でもしよ? ね。」

「むーーー。」

まだちょっとご機嫌斜めなれど、興味を示すアスカ。

「お星様が綺麗だよ? アスカと一緒に見に行きたいな。」

「ア、アタシとっ? アタシと行きたいのねっ!? 行く、行くぅっ!」

ようやく機嫌がなおったようだ。ニコニコ笑みを浮べたアスカは、シンジと腕を組み星
を見に散歩に出掛ける。

「街の明かりがないと、星が綺麗だね。」

「太陽も明るくていいけど、静かに光る星の煌きも素敵ね。」

「星は、みんなで一緒に煌くからかな?」

「アタシはみんなとじゃなくていい。シンジと2人だけで・・・。」

「アスカ・・・。」

「シンジぃ。好きぃ。」

手を組んで星の煌きを見上げる2人。

身分制度もなくなり、日本の国民の生活も良い方向へと変わっていく。

そんな平和になった日本の片隅で、シンジとアスカはのんびり幸せに暮らし続けたのだ
った。

めでたし。めでたし。

<ガダルカナル島>

「今日も船は通りませんでしたねぇ。」

「問題無い。」

一部、まったく変わらぬ生活を送っている日本の民が、遠い南の島にいるかもしれない
が、誰もこの2人の存在を知るものはいない。

fin.
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