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ごちそうさま
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<シンジの家>

1ヶ月くらい前だったかな。ぼくの家の隣に惣流って言う家族が引越してきたんだ。

『アタシ、アスカ。よろしく。』

新しいお隣さんが引越しの挨拶に来た時はびっくりしたよ。1人娘がいるって母さんに
聞いてたけど、まさかあんなにかわいい娘だとは思ってなかったんだ。

『ぼくは・・・その・・・。シンジ。碇シンジ。その・・・よろしく。』

同じ歳の娘で、ぼくの通っている中学に来ることになるみたいだったから、その時いろ
いろと話をしたんだけど、もう緊張しちゃって何を話したか覚えてないや。

『今日、転校して来ました。惣流アスカです。』

次の日、アスカはぼくのクラスに転校して来たんだ。同じクラスになれたらいいなって
思ってたけど、本当に同じクラスになった時はちょっとびっくりしたよ。

『アンタっ! 人の写真、勝手に撮ってんじゃないわよっ!』

学校もアスカの転校で大騒ぎになって、ケンスケが写真を撮り始めた。その頃からかな、
アスカがアスカらしさを見せ始めたのは。

『シンジっ! 帰るわよっ!』

家が隣同士だったし、ぼくとアスカは一緒に登下校することもあったんだ。アスカと一
緒に話をしてると楽しかったし、断ったりする理由も無かったしね。

『シンジ・・・、その・・・。ちょっと、公園寄って行かない?』

そして。
昨日アスカが帰り道でそんなことを言ってきたんだ。なんだろうと思って一緒に公園に
行ったんだけど・・・。

『あのさ・・・。』

『ん?』

『アンタ、好きな娘とかいるの?』

『え? す、好きな娘?』

『そうよっ。いるの? いないの!?』

ぼくは、アスカがかわいいなぁとは思ってたけど、本人の前でそんなこと言えるはずも
ないし、咄嗟に当たり障りの無い返事をしてみた。

『いないけど?』

『そっ。』

『なに?』

『じゃぁ、彼女とかいないんだ。』

『同じクラスで、お隣さんなんだから、そんなこと知ってるじゃないか。』

『う、うん・・・。』

『どうしたのさ?』

『ア、アタシがさ。その・・・彼女になったげよっか?』

『へ?』

ぼくは、アスカが突然何を言い出したのかすぐにわからなくて・・・。たぶん、あの時
の顔をビデオに撮られてたら、物凄く間抜けな顔をしてたんじゃないかな。

『アタシが彼女になったげようって言ってるのよっ! 文句あるわけ!?』

『・・・文句なんて。』

『よろしい。じゃ、アンタはアタシの彼氏よっ! いいわねっ!』

『うん。』

そしてアスカはくるりと振り返ると、もうぼくの顔は見ないでスタスタとぼく達の家が
あるマンションまで帰っちゃった。ぼくもいったい何が起こったのかよくわからないま
ま、アスカの後を付いて一緒に帰って行ったんだ。

                        ●

ジリリリリリリリリ。

昨日の夜は、アスカのことを考えて遅くまで眠れなかったからまだ眠いよ。

ガチャッ。

ん? 部屋の扉の音が・・・。
母さんが起こしに来たのかな?
まだ眠いよ・・・。

「ふぅ。まだ寝てるのね。」

うるさいなぁ。
日曜なんだから、まだ寝かせてよ。

「起きろーーーーーーーーーーっ! バカシンジっ!!!!」

バカシンジ?
え? 何?
誰? 母さんじゃないの?

いつもと様子が違うので、ぼくは眠い目を擦りながら少し薄目を開けると、そこにはア
スカの姿があった。

なんだ・・・アスカか・・・ん?

「ア、アスカっ!!!!!!!!!!????」

「ようやくお目覚めね。バカシンジ。」

「ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、どうして?」

「いつまで寝てるのよっ?」

「どうして、アスカがここに?」

「かわいい彼女が、起こしに来てあげてるのに、その言い草は何よっ!?」

「か、彼女ぉ? え?」

「もう、叔父様も叔母様も出掛けちゃったわよっ! さっさと起きる!」

「う、うん・・・。」

「じゃ、アタシはリビングで待ってるから着替えてらっしゃい。」

「うん・・・。」

アスカが部屋を出て行った後、ぼくは手の平でパンパンと頬っぺたを叩いて、頭を目覚
めさせた。

そうかぁ・・・夢じゃなかったんだ。
アスカが彼女かぁ。

自然と綻んでしまう顔を引き締めながら、急いでパジャマから洋服に着替えた。着替の
最中にアスカが入ってきたら困るから、いつもより急いでたかもしれない。

「おはよう。ちょっと待ってね。朝ご飯食べちゃうから。」

「ええ。さっさと食べちゃいなさいよ。」

「うん。」

ぼくは、あまりアスカを待たせたらいけないと思って、母さんが作っておいてくれた朝
ご飯が並ぶダイニングテーブルに腰掛ける。

「お茶、入れてあげるわ。」

「え?」

アスカはそう言うと、逆さにして置いてあったコップに冷蔵庫から出した麦茶を注いで
くれた。

「ありがとう。」

入れてもらった麦茶を一口飲みむと、なんだか照れくさいような嬉しいような気持ちに
なった。本当に、アスカはぼくの彼女なんだなぁって。

「そんなに急いで食べなくてもいいわよ。」

「うん、でもいつもこんなもんだよ。」

「ふーん。」

頬杖をついてアスカが朝ご飯を食べるぼくを見ている。なんだか、照れくさいなぁ。

「シンジって、いつも朝はご飯なの?」

「そうだけど?」

「アタシは、パンが多いわねぇ。」

「そうなんだ。」

「そっかぁ。シンジはご飯なのね。ん? ちょっとっ! アンタ何してんのよっ。」

「お味噌汁掛けご飯だけど?」

「せっかくのご飯がべちゃべちゃじゃない。」

「でも、これが美味しいんだ。」

「もぅ・・・。いいから、早く食べちゃってよ。」

「うん。」

そんなことを話しながら朝ご飯を食べ終わると、アスカがぼくの食べた食器を流しに運
び始めた。

「そんなの、ほっといたらいいよ。」

「このままほっとくってわけにもいかないでしょ。」

「母さんが帰ってきたら、片付けるよ。」

「そういうのアタシは嫌なのっ。」

アスカは、ぼくの言うことなんか無視して食器を洗い始めちゃった。そんな後姿を見て
るとなぜか嬉しくなってきちゃう。

「はい、おしまい。」

「ありがとう。」

「これからどうするの?」

「へ? これから?」

「せっかくの日曜なんだから、なんか予定とか無いの?」

「予定って・・・アスカ、何しに来たのさ?」

何か用事があって来たのだとばっかり思っていたぼくは、アスカが何を言っているのか
わからずきょとんとした顔をしてしまう。

「アンタバカぁ? 休みの日、彼氏に会いに来るのに理由がいるわけ?」

「あ・・・いや・・・そういうわけじゃ。」

そっかぁ。ぼくに会いに来てくれたんだ。アスカはぼくの彼女なんだ。まだ、信じられ
ないなぁ。

「特に用事も無いんなら、テレビでも見ましょうか。」

「うん、そうだね。」

アスカはぼくからテレビのリモコンを借りると、毎週日曜にやっているらしいドラマの
再放送にチャンネルを合わせた。

「ねぇシンジ、これ見てる?」

「ううん、あんまりドラマとか見ないから。」

「アタシも、夜にやってた時は見てなかったんだけどね。これ、泣けてくるのよねぇ。」

「ふーん。」

ぼくも、アスカと一緒にそのドラマを見てたけど、ストーリーがよくわからないから、
あまり意味がわからなかった。

「あっ! シンジ、ストリートファイター5があるじゃない。やろうよ。」

「いいけど・・・ぼく、これは強いよ。」

「アタシだって、親戚の家でやってるわよ。負け知らずなんだから。」

「そうなんだ。じゃ、やろうか。」

でも、ぼくはいつもトウジやケンスケとゲームセンターで対戦してるから、かなり強く
なってる。大丈夫かなぁ。

「くやしぃぃぃっ!! もう1回よっ!」

「うん。」

何度やっても、アスカのレベルじゃぼくにはかないそうにない。仕方ないなぁ、わざと
負けるか・・・。

「あーーーっ! アンタっ! わざと負けたでしょーーーーっ!」

「えっ。だって・・・。」

「アタシをバカにしたわねぇぇっ!!」

「いや・・・そういうつもりじゃ。」

「このーーーーっ!」

「わははははははははははははは。」

アスカはそういうと、ぼくに飛び掛かって脇腹をこそばしてきた。ゲームに勝てないか
らって、まさか実際に攻撃してくるとは・・・。

「わはははははははは、ゆ、許してっ!」

「世の中には許せることと、許せないことがあるのよっ!」

「わははははははははははははは。」

もうぼくは腹筋が痛くなるくらいまでこそばされ続けた。苦しくて苦しくて仕方がなか
ったけど、アスカとふざけてると楽しいなぁ。

「ねぇ、そろそろお腹減らない?」

その後も、しばらく家でいろいろゲームをしていたんだけど、そろそろ昼時みたいだ。
ぼくは母さんからお昼ご飯代を貰っているけど、アスカはどうするんだろう?

「うん、そうだね。アスカはどうするの?」

「シンジは、ご飯の用意してあるの?」

「ううん、母さんにお昼ご飯代を貰ってるんだ。」

「じゃぁさ、それで何か買ってきてアタシがお昼ご飯作ってあげましょうか?」

「いいの?」

「うちにも材料あるしさ、持ってくるわ。」

そして、お昼ご飯を家で作って食べることになって、ぼくとアスカはスーパーまで材料
を買いに行くことにしたんだ。

<スーパー>

まだ昼前だからだろうけど、スーパーにお客さんは少なかった。その方がゆっくり買い
物できるし、アスカと歩いてても人目を気にしなくていいけどね。

「ねぇ、何が食べたい?」

「何でもいいけど。アスカの作れる物でいいよ。」

「なによそれぇ。失礼ねぇ、これでもレパートリーは多いのよっ。」

「そうなの? すごいなぁ。でも、よくわかんないからアスカに任せるよ。」

「そういうのが、1番困るのよねぇ。」

「だって・・・。」

「じゃ、ピラフとサラダでいいかしら?」

「うん。ぼく、ピラフ好きだし。」

「そう、なら決まりね。」

今日のお昼ご飯はピラフを作ってくれるみたいだ。アスカがピラフを作ってくれるなん
て、まだ信じられないよ。

「シンジ、篭持って。」

「うん。」

ぼくは、設置してあるプラスティックの篭を持って、スーパーの中を歩くアスカの後に
付いて行った。

「ねぇ、野菜はうちにあるから、ミックスベジタブルだけ買えばいいでしょ?」

「そうなの? よくわかんないや。」

「これだけじゃ、寂しいからデザート作りましょうか?」

「デザート? 何を?」

「そうねぇ、餡蜜なんてどう?」

「餡蜜って、家で作れるの?」

「あったりまえでしょ。どう?」

「食べる食べる。」

デザートまで作ってくれることになって、ぼくはアスカが選ぶ餡蜜の材料を篭に入れな
がら、スーパーの中を歩き回った。いつも母さんと一緒に買い物に来ると、面倒臭いだ
けなんだけど、こんな楽しい買い物は初めてだな。

<シンジの家>

家に帰ったら、アスカが自分の家から野菜とかいくつか材料を取ってきて、料理を作り
始めたんだ。

女の子にご飯作って貰うなんて初めてだなぁ。
あっ、そうだ。テーブルを拭かなくちゃ。

料理ができるのを待っているだけじゃ手持ちぶたさだったし、なんだか落着かなかった
から、ぼくはテーブルを拭いて待つことにした。

「ねぇ、シンジって薄味がいいの? 辛めがいいの?」

「うーん・・・少し辛めがいいかな。」

「わかった。」

そう聞いて、塩とコショウを追加してくれたみたいだ。ぼくの好みに合わせてくれてる
なんて嬉しいなぁ。

「はい、できたわよ。お皿は、これでいいのかしら。」

「なんだっていいよ。好きに使って。」

アスカが食器棚から取り出したお皿に盛り付けられたピラフとサラダが、テーブルに並
んだ。こんなに美味しそうなピラフは初めてだよ。

「いただきまーす。」

「どうぞ。」

一口ピラフを口に入れると、アスカが作ってくれたからっていうだけじゃなくて、本当
に美味しかった。

「どう?」

「美味しいよ。こんなピラフだったら、また食べてみたいよ。」

お世辞じゃなくて本当に美味しかったから、ぼくはピラフをガツガツと頬張りながら、
笑顔で答える。

「ピラフくらい、いつでも作ってあげるわよ。」

「本当?」

「もぅ。ピラフくらいで、そんなに喜ばないでよねっ。」

そんなことを言うアスカだったけど、やっぱり美味しいって言われて悪い気はしないん
だろうな。嬉しそうな顔で、自分もピラフを食べ始めた。

「おかわりとかある?」

「え? もう食べたの?」

「だって、美味しかったから。」

ぼくは、あまりご飯を食べるのが早い方じゃないけど、もうアスカがぼくの為に作って
くれたことが嬉しくて、すぐに食べ終わっちゃったんだ。

「おかわりまで用意してないわよ。」

「そっか。そうだよね。ははは。」

「仕方無いわねぇ。アタシのを半分あげるわ。」

「えっ!? いいの?」

「ちょっと、いつもより多く作っちゃったから、いいわよ。」

アスカはそう言って、自分のお皿のピラフをぼくのお皿にスプーンで入れてくれた。ア
スカが食べてたピラフを食べちゃっていいのかなって思ったけど、ぼくは何も言わずに
食べることにした。

「ゲホゲホ。」

「そんなに急いで食べるから、喉を詰まらせるのよ。」

知らず知らずのうちに、がっつく様に食べてたみたいで、ぼくがピラフを喉に詰まらせ
てむせると、アスカが両手でお茶を差し出してくれた。

「はい、お茶。」

喉を詰まらせて苦しかったけど、お茶を手渡してくれるアスカがかわいくて、ぼくのこ
とを心配してくれるのが嬉しくて仕方なかった。

「ごちそうさま。アスカって、料理が上手いね。」

「お世辞なんか言っても何も出ないわよ。」

「お世辞なんかじゃないんだけど・・・。」

「はいはい。じゃ、デザートを出してあげましょうっ。」

アスカは、下準備をしていたデザートを冷蔵庫から出すと、なにやら台所でごそごそと
して美味しそうな餡蜜を出してきてくれた。

「すごいや。本当に餡蜜って家で作れるんだ。」

「出す物、出す物、驚かないでよ。」

「だって、美味しそうだし。」

「じゃさ、明日からお弁当作ってあげましょうか?」

「え? 本当?」

「アタシの分1つ作るのも、アンタのも作るのも一緒だもん。」

「作ってくれたら嬉しいな。あっ、そうだ。」

ぼくは、嬉しくて飛び上がりたい気持ちで椅子を立ち上がると、台所に置いてあるぼく
の弁当箱をバタバタと慌てて取りに行って、早速アスカに手渡した。

「これ、ぼくの弁当箱なんだ。」

「アンタねぇ・・・。そんなに急いで持ってこなくてもいいわよ。でも、わかったわ。
  明日楽しみにしてなさいよね。」

「うん。」

ぼくは、明日もアスカの作ってくれたお昼ご飯が食べれるのかと思うと、嬉しくて仕方
がなかった。

「この餡蜜美味しいかったよ。」

「それはどうも。デザートだったらよく作るから、また作ったら持ってきてあげるわ。」

「へぇ、楽しみだな。」

「じゃ、アタシは洗い物するから、アンタはテレビでも見てなさい。」

「手伝うよ。」

「洗い物とかしたこと無いんでしょ? アタシ1人でやった方が早いから、いいわ。」

「うん・・・。」

アスカはそう言うと洗い物を始めた。ぼくは結局テレビを見ないで、そんな様子を見て、
いると、彼女がいるってこんな感じなのかなぁと自然と顔が綻んできてしまってた。

「あっ!」

「どうしたの?」

「うん、ちょっと引っかけちゃって、時計のベルト潰しちゃった。」

台所まで近寄って行って覗き込んでみると、アスカのしていた小さな時計のチェーンの
ベルトの1つの輪が千切れていた。

「あーあ。」

「明日、時計屋さんに持って行ったら大丈夫よね。」

「え? こんなのすぐ直せるよ。」

「本当?」

「ちょっと貸して。」

本当って驚かれても、チェーンの輪が1つ切れただけだから、少し短くなるけどペンチ
で繋いだらすぐに直る。

「どう?」

「ちょっと待ってね。すぐ直すから。」

心配そうに覗き込むアスカを意識しながら、ぼくは道具箱から出してきたペンチで、ア
スカの時計を直してあげたんだ。

「あっ! 本当だっ! 直った。」

「ちょっと短くなったけど、余裕がかなりあるから大丈夫だと思うよ。」

「うん、完璧っ! アンタもなかなかやるわねぇ。」

「そうかな。」

これくらい直せても自慢できるものじゃないけど、アスカの前で少し良い所が見せられ
たかな。

プルルルルルルルルルル。

その時、電話の鳴る音がした。ぼくは、ペンチを道具箱にとりあえず突っ込むと、急い
でテレビの横に置いてる電話を取った。

「もしもし、碇です。
  あぁ、綾波?
  うん、そう。わかった。
  うん、うん。それじゃ。」

学校の連絡だった。ぼくは、明日持って行かなくちゃいけない物を、電話の横に置いて
あるメモ用紙に書いて電話を切った。

「レイから電話だったの?」

「うん、そうだけど。」

「よく電話あるの?」

「へ?」

「レイから・・・。」

「よくって・・・学校の連絡だよ。」

「むぅ〜。」

さっきまで機嫌が良かったのに、なんだか恐い顔でぼくのことを睨んでる。何かまずい
ことをしたかなと思って、考えてみるけど思い付かない。

「なんか、ショックよねぇ。」

「なにが?」

「アタシがいるのに、他の女の子と電話してるなんてさ。」

「ちょ、ちょっとっ!」

ぼくは、ようやくアスカがどうして恐い顔をしてるのかわかって、慌ててしまった。そ
んなこと言われても、学校の連絡なんだから仕方無いじゃないか。

「学校の連絡だよ。そんなんじゃないよ。」

「そのわりに、やけに親しそうだったじゃない。」

「クラスメートなんだから、あんなもんじゃないか。」

「そうかしら?」

困った。完全に機嫌を損ねてしまってる。ぼくは何もしてないのに、どうしたらいいん
だ。

「明日、美術が無くなって習字になるって言われただけだよ。アスカの所にも、連絡が
  あると思うよ。」

「他に何も話さなかった?」

「してないよ。すぐに切っただろ?」

「むぅ・・・今日の所は信じてあげるわ。」

「信じてって・・・。」

別に嘘なんかついてないのに、どうしてそうなるんだよ・・・。もしかして、アスカっ
て嫉妬深いのかな。ん? ということは、本当にぼくのことが好きってことかな。

「アンタっ! 何、ニヤニヤしてるのよっ!」

「だって・・・。やきもちだろ?」

パーーーーーーーン。

「いったーーーーーーーーーーーっ!」

「知らないっ!」

なぜか、アスカは本当に怒った顔でぼくに軽い平手を叩き付けると、そっぽを向いて洗
い物を始めちゃった。なにかまずいことしちゃったかなぁ。

ジャーーー。

アスカが後ろを向いたまま洗い物をしてる。いきなり気まずい雰囲気になって、ぼくは
おろおろするばかりで、何も言えずその後ろ姿をただじっと見ていた。

ジャーーー。

どうしよう・・・。謝らないといけないのかな。でも、何を謝ったらいいんだろう。困
ったなぁ。

ジャーーー。

洗い物が終わったみたいだ。このままアスカが、何も言わずに家に帰っちゃったらどう
しよう。

「はい、終わり終わり。ねぇ、シンジ。Tシャツ貸してくれない?」

「えっ? Tシャツ???」

いきなりの話の展開に付いて行けなくて、ぼくは素っ頓狂な声を出してしまった。

「エプロンしてなかったから、ちょっと濡れちゃったのよ。」

「あの・・・怒って無いの?」

ぼくは、さっき平手を叩き付けられたので、おずおずと話し掛けてみる。

「あはははははは、気にしてたの? さっきのはアンタが無神経なこと言うからよ。」

「無神経? 何か言ったかな?」

「アンタねぇ・・・。他の女の子と喋ってていい気するわけないじゃないっ! それを、
  やきもちって何よっ!」

「あっ・・・ごめん・・・。その・・・ごめん。」

「もういいわよ。それより、Tシャツ貸してよ。取りに帰るの面倒だし。」

「うん、いいよ。」

どうやら許してくれたみたいだ。ぼくは一安心して、部屋に入ると新しそうなTシャツ
を1枚持ってきた。

「ありがと。ちょっと、そっち向いてて。」

アスカはTシャツを手にすると、ぼくの後ろで着替え始めた。ぼくが振り返ったらどう
するんだろう? 信用されてるのかな?

「いいわよ。」

「うん。」

振り返ると、Tシャツを着たアスカの姿があった。なんだか、ぼくのTシャツを着てる
って思うと嬉しくなってくる。

「どうかしら?」

「ぼくが着るより似合ってるんじゃないかな。」

「でも、やっぱりメンズよねぇ。背丈はいいけど、肩幅が広いわ。」

言われてみれば、肩が落ちている。でも、そんな姿もかわいいなぁ。

「それくらい大丈夫だと思うよ?」

「そうかな・・・。そうだっ! 貰った服であまり着ないポロシャツとかあるのよ。着
  てくれる?」

「いいけど。」

「じゃ、今度持ってくるわね。もう、洋服ダンスいっぱいなのよ。」

「いいの?」

「着ないと勿体無いじゃない。」

「そうだけど。」

「その代わり、このTシャツ頂戴よ。」

「いいよ。」

「トレード成立ねっ!」

Tシャツをあげるのも嫌じゃなかったし、アスカが服をくれるってのも楽しみだな。ア
スカとはあまり背丈も変わらないから、共同で服を着れるってのいいなぁ。

ピンポーン。

その時、チャイムの鳴る音がした。郵便屋さんかな?

「よう。迎えにきたで。」

玄関に出て行くと、トウジとケンスケが家の前に立っていた。

しまったっ! そうだっ! トウジ達と映画に行く約束をしてたんだっ!
今日封切りで、好きな俳優さんの舞台挨拶があるから、ぼくから誘ったんだった。

「なんや? まだ準備でけてへんのか? 早よ行こうや。」

「え・・・。その・・・。」

「どないしたんや?」

「ちょ、ちょっと待ってて。」

舞台挨拶なんて見たことないから行ってみたかったけど、今日はアスカが来てるんだよ
なぁ。ぼくは、ひとまずリビングへと戻って行った。

「トウジとケンスケが来たんだ。映画に行く約束してたから。」

「えーー。そうだったの?」

「どうしようかなぁ。」

「じゃ、行ってくれば?」

「アスカも来る?」

「鈴原達と一緒なんでしょ? うーん。」

どうやら、アスカはあまり行きたく無いみたい。トウジ達と約束をしてしまってたんだ
けど、せっかくアスカが来てくれてるのに・・・どうしよう。

「行ってきなさいよ。約束してたんでしょ。」

「うん・・・そうだけど。」

「アタシのことは気にしなくていいわよ。その代わり、今度一緒に映画連れてってよ。」

「うん・・・でも・・・。」

「約束は約束でしょ。じゃ、アタシ帰るわ。」

そう言ってアスカはさっさと玄関に出て行っちゃったから、ぼくもその後を慌てて追い
掛ける。

「鈴原に相田。シンジを宜しくね。」

「な、なんや? なんで惣流が?」

「じゃね。」

アスカはそう言いうとトウジ達をすれ違って、自分の家へと帰って行った。後に残され
たぼくには、トウジとケンスケの鋭い視線が刺さってる。

「シンジ、なんで惣流がおるんや。」

「碇っ! 『シンジをよろしくね。』ってなんだよ。」

「え・・・いや・・・。」

「どういうこっちゃ、説明せいやっ。」

「その・・・昨日・・・アスカと・・・その・・・付き合うことになったんだ。」

「なんやてーーーっ!」

「いやーんな感じぃっ!」

「この裏切りもんっ!」

次の瞬間ぼくは、トウジにヘッドロックをかけられケンスケに腕を逆手に取られて苦し
むことになっていた。

「ギブアップっ! ギブアップっ!」

「やかましわい。この裏切りもんっ!」

その攻撃はしばらく続いて、ぼくが息絶え絶えになった頃、ようやく開放された。

「それじゃ、トウジ行くぞ。」

「ほやな。」

「ちょっと待ってよ。ぼくも用意するから。」

「やかまし。裏切りもんとは一緒に行きたないわい。」

「何言ってんだよ。ちょっと待ってよ。」

「碇は、惣流と2人で見に行けよ。」

「ケンスケまで何言うんだよ。ぼくも行くよ。」

ぼくは、こんなことでトウジやケンスケと喧嘩をしたくなかったから、必死で言い訳ま
がいのことを言い続けた。

「碇。映画なんかより、惣流をほったらかしちゃまずいんじゃないのか?」

「え?」

「ほんまやほんまや、裏切りもんはほっといて早よ行こうや。舞台挨拶に間に合わんよ
  うなるわ。」

「じゃぁな。碇。」

トウジとケンスケはそう言うと、ぼくを置いてさっさと2人で映画に行ってしまった。
あぁ言ってるけど、2人共ぼくに気を使ってくれたみたいだ。

<アスカの家>

ピンポーン。

トウジとケンスケが行ってしまったから、ぼくはアスカの家のチャイムを押しに行った。

「何してんの? 鈴原達は?」

チャイムの音を聞いて出てきたアスカは、きょとんとした顔でぼくのことを見ている。

「うん、2人で行くって。」

「アンタ、断ったの?」

「うーん、似たようなものかもしれない。2人とも気を使ったみたいで・・・。」

「バッカねぇ。行ってきたら良かったのに。」

「もう、いいんだ。」

「ふーん。まぁいいわ。そんな所に立ってないで、上がりなさいよ。」

「いいの?」

「いいわよ。どうぞ。」

アスカはそう言って、ぼくを自分の部屋へと案内してくれた。家の作りが一緒だから、
ぼくの部屋と同じ部屋がアスカの部屋になっている。

「ベッドにでも座ってて。お茶入れてくるわ。」

「うん。」

女の子の部屋に入ったのなんて初めてだ。簡素なぼくの部屋と違って小物の飾り物も多
いし、奇麗に飾り付けられている。

「おまちどうさま。」

「ありがとう。」

少しして、アスカが紅茶を入れたカップを2つ盆に乗せて持って来た。ぼくとアスカは、
それを飲みながら肩を寄せ合ってベッドに座ってる。

「アンタが見たかった映画さ、来週までやってるんでしょ?」

「うん。」

「一緒に行きましょうか?」

「でも、ハードボイルドだよ?」

「いいわよ・・・ん?」

「どうしたの?」

アスカは何か見つけた様な顔をして、ぼくの頭を両手で掴むと、じっとぼくの横顔を見
つめている。

「アンタっ! 耳掃除してないでしょ。」

「耳掃除? うーん、2週間程前にしたかな。」

「2週間ーーっ!? もうっ!」

アスカは何か怒った様な声を出すと、鉛筆立てから耳掻きを取ってベッドの上にパフっ
と飛んで正座した。

「はい。横になって。」

「えっ?」

「そんな耳じゃ、アタシの声が聞こえないでしょっ!」

そのままアスカは、ぼくの頭を掴むとグイと自分の膝の上に押し付けて、耳掃除を始め
たんだ。

「ちょ、ちょっとっ!」

「じっとしてないと危ないわよ。」

もう、ぼくの顔は真っ赤だったと思う。ホットパンツを履いたアスカのやわらかい膝の
上で横になって、されるがままに耳掃除をして貰っていた。

「ふーーー。」

時々アスカが吹き付ける冷たい息が耳に当る。もうぼくは、体を固くしてしまって身動
き1つできない程緊張している。

「ほらぁ、こんなにいっぱい。」

そんなことを言いながら、耳掻きをぼくの目の前に持ってくる。確かに、結構たまって
たみたいだ。

「まったく。ずぼらなんだから。」

「ごめん・・・。」

緊張してしまって、それだけ言うのが精いっぱいだったぼくは、どうしていいのかわか
らず頭をポリポリと掻いて照れ隠しをしてみる。

「あぁーー。爪も伸びてるじゃない。」

「爪? あぁ・・・しばらく切ってないかも・・・。」

「後で、爪も切ってあげるわ。もう、アタシがいないと駄目なんだからぁ。」

「ごめん・・・。」

そう言いながらも、アスカの膝の上で耳掃除をして貰いながら、ぼくは嬉しくて嬉しく
て仕方が無かった。

<シンジの家>

その夜、ぼくはベッドに潜りながら今日という日曜日のことを思い返していた。

今日は、本当はトウジやケンスケと映画に行くはずだったんだ。でも、結局行けなかっ
たんだよなぁ。

好きな俳優さんが舞台挨拶に来るから、楽しみにしてたんだけどね。

これから先、他にもいろいろ困ったことがあるんだろうなぁ。

でもさ、仕方ないよね。
それくらい、我慢しなくっちゃね。

ぼくのことを想ってくれて・・・。
かわいくて・・・。
やきもちまでやいてくれたりして・・・。
耳掃除してくれたり、爪を切ってくれたりして・・・。
そして、やさしくしてくれる。

ぼくには、そんな彼女ができたんだから。ね。

fin.
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