幸せと不幸は互い違いにやってくる。幸せなこともあれば、不幸なこともあるのが人生。
どこかの誰かが言っていた。人が一生に持つ幸せと不幸は、同じ量になるんだと。

そんな幸せと不幸の均衡を操る魔法の石。

それが・・・。

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Happy Stone
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<通学路>

ったく、ろくなことがないよ。

学校帰りの道をだらだらと歩きながら、シンジは小石を蹴飛ばしブチブチ文句を言って
いた。

なんだよ。別にわざとじゃないのに。
あーぁ、ぼくって生まれてからいいことなんて1つもないんじゃないかなぁ。

体育の授業前のことだった。美術の授業が終わると、なぜか先生が授業の後片付け当番
をぼくに当てたんだ。もう最悪だと思いながら後片付けをしてさ、急いで着替えに教室
に戻ったら。

『キャーーーーーー!!! えっちっ! ちかん! ヘンタイ!しんじらんなーいっ!』

女子が着替え中だった。もうほとんどの女子は着替え終ってたし、ぼくだってわざとじ
ゃなかったのに。それなのに・・・。

『くぉの、バカシンジっ!!!』

さらには、幼馴染のアスカに殴る蹴るの制裁を加えられ。最悪だったよ。あーぁ、せめ
てそれでも、アスカの着替えだけでも見れてたらなぁ。

昔はよく一緒にお風呂に入ったりしてたのに。
こんなことなら、あの頃のうちに、しっかり目に焼き付けとくんだった。

小学校の頃はアスカのことなんて、ただの幼馴染としか思ってなかったんだけど。いつ
からか、中学校に入った頃からか、アスカのことが好きになってる自分に気が付いた。

だけどアスカは、どんどん女の子らしく、かわいらしくなっていって。ぼくのことなん
て、最近全然相手にしてくれないんだ。

チェッ!

石ころを蹴飛ばし、蹴飛ばし、帰り道を歩く。すると、その石の転がっていった先に、
すっごく綺麗な女の人が立っていて、ぼくの蹴った石を拾い上げた。

「あなた。」

「は、はい。」

そのグラマーで綺麗な人に声をかけられてしまい、緊張しながら応える。

「あなたの蹴った石は、このただの石ころですか? こちらの綺麗な石ですか?」

なんだぁぁぁ????

その女の人は右手にキラキラ光る綺麗な石を、左手にさっきぼくが蹴飛ばした石ころを
持っていた。

そんなの、今拾ったんだろ?
わかるじゃないか。

なんか変な人だなあ。
からかってるのか?
そうだ。きっとからかってるんだ。そして、ぼくを笑う気だ。

そんな手にのるもんか。
逆にからかってやる。

「そっちの綺麗な石です。」

「そうですか。では、こちらをあなたにあげましょう。」

「はぁ?」

「これは、幸せを呼ぶ石です。なんでも、願い事をして下さい。」

「は、はい・・・。???」

なんなんだ、この人は。わけのわかんないことを言ってるけど、大丈夫なんだろうか?
よくわからないまま、その石を手にしてマジマジと見ていると、突然女の人の背中から
真っ黒なコウモリのような翼が生え、黒い矢印のようなしっぽまで生え、夕日に向かっ
て飛び去って行ってしまった。

????

目をゴシゴシと擦るぼく。いったい、今目の前でなにがおこったんだ? 夢でも見てい
たのかな? 錯覚だ。きっと、錯覚だ。

だけど、それが夢ではなかった証拠に、ぼくの手にはキラキラと不思議な色に輝く、綺
麗な石が残っていた。

<シンジの家>

家に帰り部屋に入ったぼくは、不思議な石をマジマジと見詰めていた。なんだか、願い
事が叶うとかなんとか。そんなわけないよな。

そんなこと簡単に信じる程馬鹿じゃない。と、思いつつも、ちょっと試しになにか願い
事をしてみたくなってくる。

うーん。そうだなぁ。
じゃぁ・・・。

「お腹減ったから、お寿司が食べたいな。」

なーんてね。
まだ、母さんも帰って来てないし、ご飯なんて食べられるわけないよ。

だけど、そう願った瞬間、石がキラリと光ったかと思うと同時に、玄関の扉が開く音が
した。

「シンジー、お寿司買ってきたから、ちょっと早いけど食べちゃいなさい。」

「えーーーーっ!!?」

母さんの声だ。ぼくは信じられないといった面持ちで玄関へ出て行くと、そこには紛れ
も無く大好きな寿司が。

うそ? うそだろぉ?
お寿司だよ。

「ちょっと、夜のお仕事が入っちゃってね。明日まで帰れないから、今日の晩ご飯よ。」

「やったぁっ!」

しかもいつもよりたくさん入ってるじゃないか。大喜びしながらダイニングへ向かうと、
早速お醤油につけて、次から次へパクパク食べる。その間、母さんはなにか徹夜の準備
をしているみたいだ。

あぁ、おいしいなぁ。
やっぱり、お寿司はいいよ。

どんどん喉に入って行く。母さんは徹夜の用意をして、玄関へと出て行ったみたいだ。
そして丁度全部食べ終った頃、母さんが玄関で靴を履き終り声を掛けてきた。

「あぁ、それ、明日の昼までの分買ってあるから、分けて食べなさいよ。じゃ、行って
  きます。」

「げっ!! ちょ、ちょっと、待ってよ。」

慌てて呼び止めたけど、母さんは急いで走り出て行った後だった。どうりで、いつもよ
り量が多いと思ったんだ。

そんなぁ。
明日の夜まで、もうなにもないの?
全部食べちゃったよ。

とにかく、ガリだけでも明日の昼ご飯用に残しておくことにしよう。

お寿司を食べれた嬉しさと、もうなにも食べる物の無い悲しさを、半分づ噛み締めなが
ら部屋へと戻る。

でも・・・この石。
ほんとに願い事が叶うのかな?

そんなはずないよな。
偶然だよ。きっと、さっきのは偶然だ。

絶対に叶いそうにない、すっごい願い事をしてみたらいいんだ。
そうしたら、本物かどうかわかるな。

なににしようかなぁ。
凄いこと、凄いこと、うーん。

そうだっ!!!

「アスカのパンツが見たい!!!」

どうだ!
こんな凄い願い事叶えられないだろうっ!

この上無く凄そうな願い事をしてみて、絶対叶えられないだろうと、石に向かって勝ち
誇った顔で見下す。

すると、その石がまたキラリと光った。

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

ベランダから、アスカの悲鳴が聞こえてきた。アスカはお隣さんだから、たまに声が聞
こえることはあるけど、これはただ事じゃない。

急いでベランダに出ると、隣のベランダでなにやらジタバタしている音がしてくる。な
んだろうと、手摺ごしに覗き込んでみると・・・。

「ブッ!」

スカートを物干し竿に引っ掛けて、取れなくなっているアスカの姿が。もちろん、パン
ツまでスカートが捲くり上がってて。

「し、白・・・。」

「ぬわに、見てんのよっ!!!!」

「えっ!!!?」

スカートが物干し竿から取れたようだ。ノシノシとぼくに近付いて来る。ヤバイ、目が
怒ってる。

「えっちっ! ちかんっ! へんたいっ!!!!!」

バッチーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!

おもいっきり、平手が頬に減り込んで、ベランダにぶったおれてしまった。
でも、し、幸せ・・・。白かったぁ。

ほ、ほんものだ。
あの石は本物だ!

鼻血を出しながら、急いで部屋に戻るとあのキラキラ輝く石を手にしてマジマジと見詰
める。

なんでも願い事が叶うのかな?
どんな贅沢な願い事でも叶うのかな?

なにをお願いしよう・・・。
なんでもいいんだよな。

よしっ!!!
おもいっきり贅沢だっ!!!

「アスカのブラジャーを見たいっ!!!」

「キャ−−−−−−−−−−−−−−ッ!!!」

またベランダから、悲鳴が聞こえた。そらきたと、ダッシュでベランダへ出て行き、隣
のベランダを覗く。

「なんなのよーーーー。今日は、いったいぃぃ。」

そこには、引き続き洗濯物の取込をしていたアスカのTシャツが物干し竿にひっかかっ
て、胸まで捲くれ上がっている姿が。

「おおおおっ!!! こっちも白!!!」

「ぬわんで、アンタが毎回出てくんのよっ!!!」

強引にTシャツをはずし胸を隠したアスカが、覗き込んでいたぼくの顔目掛け突進。間
髪入れず再び平手炸裂。

バッチーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!

またベランダに鼻血を出して倒れてしまったけど・・・。
あぁ、今日は幸せだぁ。Wホワイトだぁ。

ほんとに、どんなことでも願いが叶うんだ。
これは凄いや。

こんな石が本当にあるんだな。
今度はもっと、もっと、凄いお願いをしてみよう。

うーん・・・うーん・・・。
なんでもいいんだよな。

よしっ!!

「アスカの手料理が食べてみたいっ!!!」

ぼくは思いつく一番贅沢なお願いをしてみると、いつものようにまたキラリと石が光っ
た。胸がドキドキ高鳴ってくる。

ピンポーーーン!

来た! チャイムの音が鳴ると、脱兎のように部屋を飛び出し玄関へ出て行く。そこに
は予想通りアスカの姿が。

「今日、パパもママも帰って来れないって。アンタんとこもでしょ?」

「そうみたいだね。」

「しゃーないから、なんかご飯作ってあげるわ。」

さっき、お寿司食べたとこだけど、そんなこと言うはずもない。アスカの手料理だった
ら、いくらでも食べられるよ。

「そのかわり、えっちなことしないようにっ!」

「違うよ。悲鳴がしたから、心配して見に行く度に、あんな格好してるんだもん。」

「・・・・・・そう。心配してくれたんだ。そうよね。ごめんね。」

うぉーーーーーーーっ!
いい感じだ。いい感じだぞっ!!

2人並んでキッチンへ向かう。ぼくはダイニングテーブルに座り、アスカは家から持っ
てきた薄いピンク色のエプロンをしてキッチンに立つ。

「ねぇ。なんか、冷蔵庫にある?」

「なんかあるかな?」

冷蔵庫の中を覗き込んでみると、前にすき焼きをした時の肉と、野菜がいくつか。うん、
食材は十分だろう。

「いろいろあるみたいだよ?」

「なにが食べたい?」

「肉。」

「お肉かぁ。肉だけじゃ、あれだから・・・野菜炒めにしましょうか。」

「うん。うん。」

アスカが作ってくれるんなら、なんだっていいよ。
あぁ、楽しみだなぁ。

ダイニングテーブルに座りながら、料理を作るアスカの後姿をぼーっと眺める。新婚さ
んって、こんな感じなのかなぁ。

仕事から帰ってきたぼくがこうやってここに座って、お嫁さんのアスカが料理を作って
くれるんだ。

いいっ!
それって、すごーーーくイイッ!!

テキパキと料理を作っていくアスカの後姿がとっても可愛い。いつも、キョウコおばさ
んのお手伝いしてるのかな? いや、お手伝いさせられてるのかも、キョウコおばさん
にだけはアスカ弱いからなぁ。うちも、母さんには誰も逆らえないけど。

「もうちょっとよ。」

そう言いながら、おたまでフライパンをココンと叩いて、塩コショウを入れている。そ
んなアスカの横から見た姿は・・・おおおおっ!

体に密着したエプロンが、胸のラインを際立たせ。アスカも成長してるなぁ。うんうん。
ぼくは歓喜の涙を流してしまう。

「はーい、おまたせ。」

テーブルに並んだのは、ご飯とお味噌汁、卵焼きに野菜炒め。リクエスト通りにお肉は
普通よりたくさん入ってるみたいだ。

「いっただっきまーーすっ!」

「召し上がれ。」

パクパクパク。

あぁぁぁぁ、アスカの手料理だぁぁ。
美味しい。美味しいなぁ。
毎日、こんなの食べたいよぉ。

パクパクパク。

さっきお寿司を食べたばかりなのに、アスカが作ってくれたんだと思うだけで、次から
次へと口に入って行くよ。

そんなぼくをアスカは、両肘を机につき吼え杖をついて眺めている。

「どうしたの? 食べないの?」

「あ、ううん。食べる。なんか美味しそうに食べてくれるから嬉しくて。」

「そりゃぁ、美味しいよ。」

パクパクパク。

アスカもお箸を持って、自分で作った野菜炒めを口に運ぶ。

「む?」

アスカはなんか変な顔をして、お肉をちょっと摘みまた口に運ぶ。

「むむっ!? ちょ、ちょっとっ!!!」

「なに?」

パクパク。

「ちょっとまって。この肉なにっ?」

「なにが?」

パクパク。

「いつの肉よっ!?」

「先月、すきやきしたんだ。」

「ア、ア、アンタバカーーーーーーーーーーッ!?」

慌てて食べたものを流しに吐き出しに行くアスカ。なんだろうと、きょとんとした顔を
してまだ、野菜炒めを食べつづけるぼく。

パクパクパク。

「食べるなーーーーっ!!!!!!」

「な、な、なんだ? なんだぁ?」

目の前から野菜炒めを取り上げたアスカは、ぼくを流しに引き摺って行くと、いきなり
口に指を突っ込んできた。

な、なにするんだ。

「吐き出しなさいよっ!」

「えっ? げほっ。えーーー? げほげほ。」

「腐ってるじゃないの。あの肉っ!!」

「う、うそーーっ!」

「うそもなにも、1ヶ月も前の肉って、知ってたんでしょっ!!」

「うん。でも・・・。」

「デモもストもあるかッ! アンタバカーーーッ!?」

もう、指をおもいっきり口につっこまれ、ぼくは涙を流しながら、ゲホゲホとせっかく
アスカが作ってくれたものを吐き出してしまった。

もったいない。
かっこ悪い。
苦しい。

最悪だ・・・。

折角、アスカの手料理を食べれる願い事が叶ったのに、どうしてこうなるんだよ。よー
し今度こそ、最高の願い事をしてやるぞっ。

ぼくは口をゆすぎながら、ポケットに入れていたあの石を取り出し、お願い事をする。

今度のは凄いぞ。

「アスカの裸が見たい。」

キラーーン☆

やった!

「ったく。折角作った料理が無駄になるしぃ、掃除までしなくちゃいけないじゃない。」

流しでぼくの吐き出したものを、ブツブツ言いながら掃除してくれている。昔からこう
いうところは結構世話焼きなんだよな。

「手、汚れちゃったから、お風呂借りるわね。」

「おぉぉぉぉぉっ!!!」

「なに、吼えてんのよ。」

「あ、いや、べつに。」

「じゃ、ちょっと借りるわね。」

パタパタパタとアスカがお風呂に駆け込んで行くと、シャワーの音がし始めた。こ、こ
れは、扉の向こうにはアスカの一糸纏わぬ姿がぁっ!

うーん、この石の力は偉大だ!
なんだって叶っちゃうよ。

で、でも・・・。
どうやって、見たらいいんだ?
覗いたりしたら。

ぼくは、そーっとバスルームの扉を開けて、湯煙の向こうにぼんやりと浮かぶアスカの
体の曲線を見ている自分を思い浮かべる。

『ぬ、ぬわにしてんのよっ!』

『え、あ、あの・・・。』

『えっちっ! ちかんっ! へんたいっ! しんじらんないっ!!!』

ドカッ! ゲシッ! ガスッ! グシャッ! ドッカーーーーーーーーーーーン!!!!

だ・・・だめだ。命にかかわる。まだぼくは生きていたい。人生終わるには、まだ早す
ぎるんだっ!!

だけど、この石の力というものは、ぼくの想像をはるかに超えるものだった。バスルー
ムから、アスカがぼくを呼ぶ声が。

「シンジっ、来て。」

う、うそ・・・。
いくらなんでも、そんなことが。

紛れも無くそれはアスカが呼ぶ声だった。いくら石の力をもってしても、こんなことが
ありえるんだろうか。

「シンジっ! 早くっ! 早く来てっ!!!」

「え、え、え? 開けていいの?」

「早くっ!!! 助けてーーーーーーーーっ!!!」

「な、なんだっ!?」

ただごとじゃない。アスカに何かが起こっている。それまで、たっぷり溜まっていた煩
悩なんか弾けとび、顔を青くしてバスルームに飛び込むと・・・。

「いっ、いったーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

なぜか足に走る激痛。ふと見ると足元に這っていたのは、大きな毛虫。そ、そうか。こ
れにびっくりしてアスカは・・・それならそうと、扉を開ける前に説明してよ。

ふとアスカの方を見ると、両手で胸を隠し、腰には体を洗うタオルを巻いていたけど、
あぁ・・・なんて綺麗なんだ。(はーと)

「は、はやく、それ、どっか、連れてってっ!!」

「う、うん。」

ぼーーーっと、アスカに見とれてしまう。

「さっさと行けーーーっ!!!」

ドゲシッ!!!!

蹴り出されるように毛虫と一緒に追い出されてしまった。足が腫れてきちゃったよ。あ
ぁ、でも幸せなぁ、ぼくって。

風呂から上がったアスカが、長い髪を乾かし終ってリビングへ出てきた頃には、夜も遅
くなっていた。

今日は、父さんも母さんも帰って来ないんだよな。
うちも・・・アスカのとこも。
そ、それって・・・。

キラリとシンジの瞳が妖しく光った。とっても、とっても、いけないことを思いついて
しまった。

アスカがトイレに行った隙に、リビングのソファーに座っていたぼくは、ポケットから
石を取り出し真剣な顔でマジマジと見詰める。

「ほんとにこの石、なんでも願い事が叶うんだよな。だったら・・・。」

生唾をゴクリと飲み込む。

「ア、アスカと・・・。」

こんなこと、お願いしていいんだろうか。
だめだ、だめだ、だめだ。やめるんだ・・・。
やめなくちゃ・・・。

やめられるわけないじゃないかーーーっ!!!

「アスカと、えっちをするチャンスをっ!」

キラーーン☆

石が妖しく光った。

「なにしてんの?」

突然の声に、ビクっとして振り返ると、そこにはアスカが腕組みをしてぼくのことを見
下ろしている。

「もしかして・・・今の、聞いてた?」

「なにが? ねぇ、何してんの?」

ほっ。
聞かれてないや。

「ねぇ、その石、何?」

「あ、なんでもないよ。」

「ちょっと、貸してみなさいよ。」

「なんでさ。アスカには関係ないよ。」

「いいから、貸しなさいってば。」

「駄目だってッ!」

「貸しなさいっつってるでしょっ!!」

強引にアスカはぼくに覆い被さり、この不思議ななんでも願い事が叶う石を、力ずくで
取り上げようとしてくるけど、これだけは渡すわけにいかない。

「やめてよっ! 触らないでよっ!」

「減るもんじゃないでしょっ!」

「もうっ! 駄目だってばっ!」

ソファーの上で、ドタバタドタバタと縺れ合って取っ組み合いをするぼく達。そんなこ
とをしているうちに、どちらからともなくバランスを崩し、ソファーとテーブルの間に
ドサリと2人して落ちてしまった。

「いたたたた。」

頭を打ったぼくは、手で後頭部を摩りながら立ち上がろうとしたんだけど、アスカと体
が縺れ合ってしまい、うまく動けず・・・目の前にはアスカの顔のアップが。

もしかして、これが石の効果かっ!?

マジマジとアスカの顔を覗き込む。アスカは何も言わず、抵抗するわけでもなく、興味
の無いものからそっぽ向いているように、横を向いているだけ。

「アスカ・・・。」

ソファーを押しやり、空間を広げ、ゆっくりとアスカを抱き締める。

「・・・・・・。」

なにも言わないアスカ。
アスカの上に覆い被さったまま、さらに強く抱き締め。

「アスカ?」

「いいよ。」

え? い、いま、なんて?
いま、『いいよ』って?
す、凄い、凄いぞ、この石の威力はっ!!!

「アスカーーーーーっ!!!」

もうぼくは自分が止められなくなり、両手をアスカの背中に大きく回した時。

ひょい。

「もーーーらいっ!」

「へっ!?」

ふと気付くと、ぼくの手にあったあの石をアスカが取っていた。

「もう、『どっか行って”いいよ”』っつってるでしょうがっ!!!!」

「え、えーーーーっ!?」

「えっち、ちかん、へんたい、どっかいけーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

ドッカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

おもいっきりぼくは下に寝ていたアスカの足に、大事な場所を蹴り上げられ、宙を舞っ
てぶっ倒れる。

「ひーーーーーーーーーーー、ひーーーーーーーーーーー!」

ぴょんぴょん飛び跳ね、死にそうな声を出すぼく。さっきの毛虫など比べ物にならない
くらい、酷い目にあったよ。

なんで? なんでだよ。
なんで、願い事が叶わないんだ?
『えっちをするチャンスをっ!』ってお願いしたのに・・・ん?
も、もしかして、『チャンス』だけくれたのか?

ガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

ぼ、ぼくはバカだーーーーーーーーっ!!!
どうして、『チャンス』なんて言っちゃったんだ!!!

最悪だ。
石はアスカに取られるし。
最悪だよぉ。

でも、今日は良かった。
アスカのパンツやブラジャーが見られたし。殴られたけど。
手料理も食べれたし・・・吐いちゃったけど。
裸も見られたしな・・・毛虫に刺されたけど・・・ん?

なんだ? 願い事が叶った後、いつも酷いことが起きてないか?
そうだ。今だって、えっちをするチャンスがあった後、おもいっきり急所を蹴られて。

もしかして、願い事が大きくなればなるほど、同じくらい酷い目にあってるのか?

思い返してみると、間違いなくそうなっている。

そうか。そういう石だったんだ。

よかった・・・。
まだ、これくらいのお願いしかしてなくて。
もうちょっとで、人類史上最大のお願いをしそうになってたよ。

ぼくはそっと胸を撫で下ろす。もし『アスカと結婚したい』なんて、お願いしてたらど
んなことになっていたか。考えただけでも恐ろしい。

「ねぇ、シンジ? 綺麗ね、この石。」

「あっ、だめだ。その石は。」

そうだった!
アスカがあの危ない石をまだ持ってたんだ。
取り返さなくちゃ!

「なんでよ。ねぇ、お願い事がほんとに叶うの?」

「違うんだ・・・って、なんで知ってるの?」

「だって、さっきシンジが、えっちなお願いしてるの聞いてたもん。」

げ・・・。

「アタシのお願いはっ!」

「駄目だっ! アスカっ!」

「オレンジジュースが飲みたいっ!!」

「あーーー、言っちゃった。」

ピンポーーーン。

チャイムが鳴る。

石はすぐに願いを叶えてくれた。マンションの同じ階のおばさんがやってきたかと思う
と、スーパーのくじ引きでたくさんオレンジジュースを貰ったからということで、お裾
分けを持ってきたんだ。

「すごーーーーいっ! この石すごーーーーいっ!」

もう、ニコニコ顔でジュースをシャカシャカと振って、カンのプルトップを空けた瞬間
だった。

プッシューーーーーーーーーーーーー!!!

炭酸が一気に噴出し、アスカの顔がジュース塗れになってしまった。

「な、なによーーーーっ!!! これーーーーっ!!!」

「だから、言ったのに。」

「炭酸だったわけぇぇぇっ!? そんなのどこにも書いてないじゃないっ!!」

「だから、この石は願い事は叶えてくれるけど、それと同じだけの不幸が訪れちゃうん
  だ。危険な石なんだよ。」

「ぬわんですってーーーーっ! それなら、そうと早く言いなさいよっ!」

「だから、駄目だって言ったじゃないか。」

「こんな石いらなーーーい。恐いもん。」

ぼくの胸ポケットに石を返してくれたアスカは、べとべとになった顔を洗面所に洗いに
行った。

プルルルルル。

電話?
誰だろ?

「はい、碇です。」

『フッ。』

電話に出ると、聞き慣れた声がその向こうからしてきた、まぁ、いわゆる実の父という
やつだけど、いきなり『フッ』って・・・。

「父さんか。」

『お前には失望した。待ちくたびれた。』

「なんでだよっ。」

『フッ。』

「もう。いいから、要件を言ってよ。」

『早く来い。出なければ、帰れ!!!』

「意味わかんないってばっ!!!」

『表通りで待っている。荷物を取りに来い。』

「連絡してこないで待ってたの? わかるわけないだろっ。行けばいいんだね。」

『問題無い。』

ったく。荷物くらい自分で持ってきて欲しいよ。
いったい、なんなんだろう?

「アスカぁ! 父さんが荷物取りに来いって言ってるから、行ってくるよ。」

「アタシも行くぅ。」

「いいよ。待っててよ。」

「じゃ、シンジの部屋、探検ごっこして待ってる。」

「や、やっぱり、一緒に来て。」

「えっちな本隠してるんでしょ。」

「違うってば。」

「あやしーー。」

「ほんとだって。早く行くよ。」

洗面所からタオルで顔を拭きながら出てきたアスカを連れて、家を出て行く。部屋なん
か探検されたら、アスカの写真が机の引出しにいっぱいあることがバレちゃうじゃない
か。

一階に下りて、駐車場を抜け狭い路地の角を曲がり、国道まで出て行くと、そこにはド
ラッグレースで優勝したこともある父さんの愛車、ミニクーパー 赤木チューンが止まっ
ていた。

「よく来たな。シンジ。」

「父さんが呼んだんじゃないか。」

「これを持って帰れっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

そんなに大声で言わなくてもいいじゃないか・・・。
恥かしいなぁ。

なんだか、小さなダンボールいっぱいに詰められた書類が、ミニクーパーの助手席に置
かれていた。それを両手で持ち、アスカと一緒に来た道を帰って行く。

「手伝ってあげようか?」

「いいよ。これくらい。」

「ふーん。でも、重そうよ?」

「大丈夫だってば。」

やっぱりちょっと重かったけど、意味もなくアスカの前で格好をつけたくて、その荷物
を肩に担ぐと無理して走り出したりしてみる。

「ほら、大丈夫だろ。」

「ちょっと待ってよ。」

マンションに向かい夜の裏路地を走るぼく。追い掛けてくるアスカ。べつに下着とか見
れなくても、なんだかその瞬間ぼくは幸せだった。

後ろ向きに走る。

アスカを見ながら。

路地を抜ける。

その瞬間だった。

ぼくの目の前が真っ白になった。

キキキキキキーーーーー!!!!!!

目をくらますようなヘッドライト。

耳を劈くようなブレーキ音。

ドン!!

嫌な鈍い音がした。

宙を舞うぼくの体。

目の前に父さんから預かった書類が散っている。

「シンジーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

アスカの絶叫。

アスカの方を向くと、視界が赤い。

そうか・・・。

車に跳ねられたんだ。

ドサリと地面に倒れこむ。

痛む頭に手を当てると、ドロっとした血が吹き出ているのがわかる。

はは・・・。

凄い出血だ。

ぼく、死んじゃうんだな。

アスカ・・・好きだったよ。

ぼくの分まで幸せになって欲しいな。

そうだ・・・最後にアスカの顔を見たい。

最後の力を振り絞って、アスカの方に目を向ける。

すると・・・。

アスカは。

アスカは。

涙を飛び散らせながら、地面に座り込み。

その手には・・・。

あの石を両手で握り締めていた。

「お願いっ! アタシはどうなってもかまわないっ!!」

まてっ!

何をする気だ。

そんなお願いをしたらっ!

あの石は自分が得たものと、同等のものを奪って行く・・・アスカの命を。

やめろっ。

やめろ、アスカ。

「やめろっ!!!!!!!!!!」

絶叫するぼく。

「お願いっ! シンジの命を助けてっ!!!!!」

キラリ。

石が輝いた。

絶望的な顔をするぼくを抱き起こし、膝に頭を乗せたアスカが、優しい笑顔で微笑みか
けてくれている。

「大丈夫。きっと、助かるから。助けてみせるからっ!!」

バタリ。

車のドアが開く音がした。

「君っ! 大丈夫かっ!!!」

ぼくを跳ねた車の持ち主のようだ。

「すまないっ。すぐに救急車を呼ぶが、出血が酷い。」

そう言いながら、なにやら鞄から包帯などを取り出している。

「わたしは医者だ。救急車が来るまで、応急手当をさせて貰うよ。」

ぼくを跳ねた車に乗っていたのが、医者だったなんて。

石の力か・・・。

でも、でも、ということは、アスカ・・・。

ぼくは包帯を巻かれながら、アスカの顔を見る。

「なんで、なんで、こんなバカな願い事をしたんだっ!!!
  こんなことしたら、アスカがっ!!!」

「いいの。自分よりアンタが死ぬ方が辛いもん。」

「なんでだよっ!!」

「だって・・・好きだから。」

「!!!」

こんな告白ってアリかよ。

こんな・・・。

ぼくは応急処置を受けながら、アスカを抱きしめ涙を流した。

                        :
                        :
                        :

あれから1ヶ月。

「くぉのバカシンジっ!!!!」

「そ、それは・・・。」

「なんか、パンツがなくなると思ったら! なんでアンタの部屋から出てくんのよっ!」

「いや、だから。風に飛ばされたから拾っておいただけで。」

「アンタの部屋まで飛ばされるわけないでしょうがっ!!!」

ドゲシっ!!!

事故の怪我も完治し、いつものようにアスカに怒られる日々をおくっている。もちろん
アスカは元気過ぎるくらい毎日が元気だ。

「ほら、さっさとなさいっ!」

「わかってるよ。」

「シャツはズボンから出すっ!」

「はいはい。」

「『はい』は1回っ!」

「はい・・・。」

変わったことと言えば、今日みたいな天気のいい休日は、2人でデートに行くようにな
ったことくらいだろうか。

「ったく。あの時『好き』って言ったアスカは、可愛いかったのに・・・。」

ズモモモモモモモ!

なにかが燃える音がした。

振り返ると。

「げっ!!!」

「人が必死だったのに、そんなこと言うわけぇぇっ!?」

「ご、ごめん・・・。」

あれからアスカには何も不幸なことはおきなかった。

ぼくは思う。

なにかを求めると、あの石はその代価を要求するんだろう。

だけどアスカは。

代価なんてなにもない。

あれは、無償の愛の願い事。

あれ以来、あの石になにをお願いしても、願い事は叶わなくなった。

「さ、行くわよ。」

「うん。」

「助かって良かったね。」

アスカは軽くぼくにキスをして、部屋を出て行く。

机の上にずっと飾ってある、あの石を見て思う。



たとえ悪魔が作った石だとしても・・・この石はぼくにとって。

なにものにも代え難い最高の幸せをくれた。

幸福の石だったと。

fin.
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