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浜辺で、ドキ、ドキ
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<浜辺>

どうしてこんなことになったんだろう?

早鐘のように高鳴る鼓動が聞こえてしまうんじゃないかと気にしつつも、身を切るよう
な冷たい冬の海風を顔に受ける。

今朝。

「くぉの、バカシンジ!!!」

幼馴染のアスカが、いつものように気持ちよく夢を見ていたぼくを起こしに来た。日曜
日なんだから、こんなに早く起きなくてもいいじゃないか。

昼前。

海が見たいと突然の言葉。彼女の気まぐれに振り回されるのは、小さな頃から毎度のこ
とだし、逆らうと煩いし。

昼過ぎ。

お小遣いを全部詰め込んだ「根性」印のお気に入りの財布を、ジャンパーのうちポケッ
トに押し込んで、いざ海へ。

アスカと2人で出かけるようになったのは、小学校の2年生くらいからだったかな。そ
れまでは、母さんかアスカのおばさんといつも一緒だったんだけど。

最初に駅前まで買い物に行きたいと言い出したのは、あの時もアスカからだった。まだ
小学校2年生のぼくにとっては、子供だけで駅まで行くのって、なんだか大冒険をする
ような緊張だった。

それから、アスカとのお出かけは買い物の付き合いがほとんど。ぼくは荷物持ち。荷物
は男が持つものらしい。

たまにはアニメの映画なんかに行ったりもした。

中学校に入ってからは、遊園地なんかに行ったりもして。学校の友達のトウジやケンス
ケと遊びに行くより、アスカと遊びに行くことの方が多かったかもしれない。

だけど・・・それだけだったのに。

夕方。

冬の海。夏に見る海とは違って、なんだか冷たい感じのする海。いや、本当に冷たいん
だろうけど、見た感じもってこと。

そんな海の浜辺を散歩。

ぼく達の歩いた足跡が、砂浜に軌跡を残す。

「なにしてるんだよ?」

俯き加減にアスカが歩いてる。なんだろうと思って声をかけてみた。

「綺麗な貝殻ないかなぁって思って。」

「貝か・・・あるんじゃないかな。」

「綺麗なのよ。小さくて。」

「わかってるよ。」

ぼくも俯いて歩く。海なんだから、貝くらいいくらでも落ちてると思ったんだけど、結
構難しいものだ。割れてるのや、あまり綺麗じゃないのはいっぱいあるのに。

2人でウロウロと浜辺を歩いて貝を探す。

20分程そんなことを繰り返していると、やっとそれらしい貝が見つかった。

「これなんか、綺麗じゃない?」

「あっ、それいい。」

白い小さな貝で、裏は虹色に光を跳ね返している。

「これ、今日の記念にする。洗ってくるわ。」

早速その貝を手にしたアスカは、海で洗って砂を落としている。波がくる度に、少し腰
を引いて結構丁寧に。

「あそこまで、石届く?」

綺麗な貝を見つけて満足したのか、今度は海の中から少し頭を出している岩に興味が移
ったようだ。100メートルほど先にあるその岩の先端を指差してこっちを向いている。

「無理だよ。」

「届くって。」

手ごろな大きさの石を持って、大きく振り被りアスカ投手の第一投。ぜんぜん駄目。届
くどころか、ほんの目の前の波打ち際にポチャン。

「だから、無理だってば。」

って言いつつも、ぼくもなんだか石を投げてみたくなって、岩の先端目掛け思いっきり
投げる。やっぱり駄目。アスカよりはマシだけど、とても届きそうにない。

「えいっ!」

今度はアスカ。何度も石を投げる。何回か2人で投げたけど、話にならないからまた歩
き出す。

夕暮れの海辺の町。

サザエの壷焼きを売っていた。

「食べたい。」

「美味しそうだね。」

2人でおこずかいを出し合って、サザエの壷焼きを買う。近くの石に座って、爪楊枝で
つつくと湯気が立ち上がり。

「あったかーい。」

「ほんと、美味しいや。」

家で母さんが作ったサザエの壷焼きは何度も食べてるけど、こんなに美味しいと思った
のは初めて。

お店にサザエの乗っていたお皿を返した頃、時計は6時近くになっていた。

「そろそろ帰ろうか。」

あたりも暗くなりだした。あまり遅くなると、怒られるから駅に向かって歩き出す。

「ねぇ。あれが光ってるとこ見たい。」

「なにが?」

指差している先に目を向けると、あたりが暗くなり、うっすらと光が見えるようになっ
てきた灯台が見えた。

「へぇ。灯台か。」

「もうちょっと、いようよ。」

「そうだね。また、浜辺に行ってみようか。」

あと数十分も待たずに、あたりも暗くなって光をくるくると回す灯台が見れるだろう。
ぼく達はまた浜辺に戻ることにする。

浜辺を歩くぼく達。

ちょっと灯台から遠かったから、砂浜を歩いて灯台に近付いて行く。

しばらく続いた砂浜が、いつの間にか岩がゴツゴツしたところに代わってきて歩きにく
い。

「キャッ!」

両手を広げてバランスをとって歩いていたアスカが、足を滑らせよろけたかと思うと、
横で歩いていたぼくに倒れこみ、ジャンパーの裾にしがみ付く。慌てて手を差し伸べ、
右手の脇を持って支えてあげる。

「もう。危ないなぁ。」

「アンタが、ちゃんと引っ張ってくれないからでしょっ! 男でしょっ!」

まるでバランスを崩したのがぼくのせいだと言わんばかりに、口を尖らせて手を差し出
してくる。

手を引けってこと?
なんか・・・それって。

左手をパタパタとズボンに擦りつけて綺麗にしたぼくは、ゆっくりと手を差し出す。小
さい頃はなんでもなかったんだけど、最近は手なんか握ったことがない。

中学校に行ったくらいからか、アスカが女の子なんだって気付き出して。

手を差し出したまでは良かったけど、なんだか握っちゃっていいのかな、なんて考えて
しまいためらっていると、アスカから手を握ってきた。

「ほら、岩が出てるよ。気をつけなよ。」

「わかってるわよ。」

握った手のことから話をわざと逸らして、なにごともない顔でアスカを引っ張り歩き出
す。ぼくが前を歩いて引っ張る感じで。

「キャッ!」

「なにしてんだよ。」

ぐん!と手を引っ張るショックがあった。後を向くと、またアスカが足を滑らしている。

「よく転ぶなぁ。」

「転んでないでしょっ!」

「ぼくが引っ張ってるからだろ。」

「それでも、転んでないからいいのっ!」

相変わらず負けず嫌いだなぁ。確かに転んではいないけど。危なっかしいから握る手に
力を込めて灯台に向かって歩き出す。

あたりも完全に暗くなった。

満月の光と、星の光が照る海辺の岩場。定期的に灯台の明かりが、ぼく達を照らす以外
はほとんど真っ暗。

海の向こうには、大きな船の影がいくつかあって、ポツポツと光を出している。タンカ
かなんかだろう。

さすがに夜になると、冬の冷たい海風がより一層刃を尖らせピューピューと身を切って
くる。

「ここでいいわ。」

前に立ってアスカが灯台を見上げる。

まださっきの手は握られたまま。

ぼくも灯台を見上げる。

近くで見ると大きいもんなんだなぁ。

何に思いふけるのか、何も言わずに灯台を見上げるアスカの後に立っていると、強い風
に靡く長い髪が、ぼくの頬をくすぐる。

繋いでいたぼくの左手とアスカの右手。

そっとアスカがその手を離した。

なんだろう?と顔を上げると、ぼくの前に背中を向けて立つアスカが、今度は左手と左
手、右手と右手を繋いできて、同じ方向を向いたまま丁度重なり合うように立つ格好に
なる。

ぼくの視界はアスカの後ろ髪でいっぱいになり。

アスカが少しだけ、体重をぼくに預けてきた。彼女の背中がぼくの胸に凭れかかる。

どうしよう・・・。

こんなにくっついたのは、彼女のことを女の子と意識し始めてから初めて。
目の前にいるのは、毎日会っている幼馴染のアスカなのに、心臓が高鳴ると同時に、緊
張も高まる。

今まで繋いでいた右手は温かいけど、アスカの左手は冬の海風にさらされていた為か、
凍えるように冷たい。

「手、冷たいよ。」

アスカのことを意識してしまってることを悟られるのが恥かしく、手に注意を逸らせる
ようなことを口にする。

「シンジの手、あったかい。」

まるで包み込むかのように、アスカの左手を握り暖めてあげる。

重なり合うぼく達の体。

こんな状況になるとは思ってもいなかった。

鼓動が荒れ、緊張が隠し切れない。

どうしてこんなことになったんだろう?

早鐘のように高鳴る鼓動が聞こえてしまうんじゃないかと気にしつつも、身を切るよう
な冷たい冬の海風を顔に受ける。

これまで、今程アスカのことを意識したことはない。
こんなにアスカのことをいとおしく思ったことはない。
心が苦しい。

「寒いわね。」

「う、うん。」

風が灯台の方から吹いてくる。ぼくは後ろにいるからマシだけど、アスカは体全体でそ
れを受けている。

守ってあげたい。
抱き締めたい。

そう思った。繋いでいる両手をそのままアスカの前に回して、このまま抱き締めたい。
冷たい風からアスカを守ってあげたい。

だけど・・・ぼくにはその勇気がなかなか出ず。

体と体が重なったままの状態で棒立ちになってしまう。

少し手を前に出すだけ。それが、こんなに勇気がいることなんて・・・。

握り合った手を少し前に動かしてみる。ほんの少し。

アスカは灯台を見上げたまま、なにも言わない。

もう少し・・・。

ゆっくりと、ゆっくりと、手を前へ、前へと出し、アスカの体を包み込むような軌跡を
描いて動かしてみる。

アスカが嫌がったらやめよう。
わずか1cmくらい動かす度に、緊張で心臓がドキドキする。

だけど、アスカはなにも反応することなく、まるで自然の流れでもあるかのように、ぼ
くの動きに身を任せている。

いつしか、ぼくの両手はアスカの手を握ったまま、彼女の体を包み込むように抱き締め
る格好になっていた。

アスカって、こんなに細かったんだ。

ほとんど背が同じアスカを見ていると、なんだか体系もぼくと一緒のように思えてたん
だけど、腕の中にある彼女は想像よりはるかに細く感じられる。

アスカがぼくの腕の中にいる。

そう思うだけで心臓が張り裂けそうになると同時に、アスカと一つになりたい。アスカ
を離したくない。もっと、もっと・・・という思いが込み上げてくる。

ぼくに抱き締められたまま、アスカはさっきよりもう少し体重を預けてきた。

海風に靡く長い髪がぼくの鼻を撫でてこそばゆい。

少し顔をよけて左にずらすと、今までアスカの後ろ髪しか見えなかった視界が開け、灯
台がまた姿を現した。
それは、ぼくの顔がアスカの肩に乗る形になり。意図したわけじゃないんだけど、ぼく
の頬とアスカの頬が触れ合った。

ドキリとまた心臓のテンションが跳ね上がる。

アスカは何も言わない。

触れ合うか合わないかの、頬と頬。

ど、どうしよう。

だけどその頬を離すこともできないぼく。

それどころか、逆にアスカの方から、少し頬を寄せてきて。

ぼく達の頬はぴったりと重なり合う。

「アスカの頬、冷たいね。」

「だって、寒いんだもん。シンジのほっぺはあったかい。」

「そうかな・・・。」

アスカが好きだ。

これまであやふやだったぼくの気持ちだったけど、確実に今それを意識した。
そう・・・ぼくはアスカのことが好きだったんだ。
幼馴染の女の子じゃなく、アスカはぼくの好きな女の子だったんだ。

冷たくなったアスカの体を抱き締め、頬を寄せ合う。

アスカは何も言わず、ぼくに全てを委ねている。

アスカの気持ちが知りたい。
ぼくのこと、どう思ってるんだろう?

その時、突風のような冷たい風がピュゥとぼく達の前から駆け抜けた。
ぼくの腕の中で、プルプルと震えるアスカの体。

「そうだ。」

ぼくは今まで握っていた両手を離す。

「ん?」

頬と頬はくっつけたまま、視線を少しこちらに向け、なんだろう?と少し首を傾げるア
スカ。

「これで寒くないよ。」

ぼくはジャンパーの前のファスナーを開けて、アスカを包み込みまた手を握る。

流石にアスカも入れてファスナーは閉まらなかったけど、半分くらいは体を包むことが
できた。

ぼくとアスカを包むジャンパーの中で、互いの温もりが伝わり合う。

「うん。暖かい。」

「だろ?」

このままずっとアスカを抱き締めていたい。
帰りが遅くなって、怒られたっていい。
朝までだって、ずっと。

「ねぇ。1番星ってどれかしら?」

「どれだろう?」

見上げると、空一面の星空。どれが1番星かなんて、わからない。

「1番明るいやつじゃないかな。」

「どれが1番明るいかしら?」

「あれじゃない?」

両手は握られていて、頬をくっつけたまま目だけで星を追う。

「どれ?」

「あれ、あれ。」

「どれよ。」

どの星かわからないんだろう。アスカがぼくの方に少し顔を向ける。

「あの・・・。」

アスカの顔が目の前にある。

頬をくっつけたまま、ほんのすぐ前に。

心臓が今日1番の早鐘を打つ。

少し動くだけで、唇と唇が触れ合いそうな距離。

アスカはそのまま動かず、ぼくの目を見ている。

ぼくもアスカの瞳をじっと見詰める。

凍りついたかのように、ぼくもアスカも動かない。

どうしよう。
どうすればいいんだ。

アスカを抱き締める手に力が入る。

ぼくが力を込めると、アスカの手は張り詰めた糸を弾いたかのように、ピクリと反応し
た。

どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。

2人とも動かないまま、お互いの瞳を見詰め合う。

どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。

動けない。緊張のあまりぼくの体はカチコチになってしまっている。

キスしたい。
アスカとキスしたい。

心の中でぼくはめいいっぱい両手を広げ、なけなしの勇気をかき集める。必死でかき集
める。

アスカはじっとぼくの瞳を見詰めている。

ぼくは、一生懸命集めた勇気を一気に使った。

全部の勇気を集めても、ほんの少し顔を動かしてみるのが精一杯だった。

もしアスカが嫌がったらやめよう。
その様子を見る為に・・・ほんの少し唇を近づける。

アスカは・・・。

いままでぼくのことを見詰めていた綺麗な青い瞳をゆっくりと閉じた。

もう止められなくなった。

それまで背中から抱き締めていた両手を離し、今度はアスカの体を前から抱き締め。

ぼくも目を閉じ。

ぼく達は生まれて初めての唇と唇が触れ合うだけのキスをした。
ずっとずっと唇と唇と重ね続ける。

アスカの体を抱き締め、いつまでもいつまでもキスをする。

アスカは動かない。

ぼくも唇を重ねたまま動かない。

アスカのことが好きだ。好きで、好きで、どうしようもないくらい好きだ。

どれくらいそうしてただろう。
冬の海風の冷たさも、心臓の高鳴りも、頭が真っ白になってしまってわからない。
そんな時間が長く長く続く。

そして、どちらからともなく唇を離す。

目を開けると、まだアスカはその瞳を閉じたまま、ぼくに凭れかかっている。

頭がパニックを起こしていて気付かなかったけど、いつの間にかアスカの両手がぼくの
腰を抱き締めている。

抱き合ったまま、ゆっくりとアスカが目を開けると、その瞳は少し潤んでいるように見
えた。

またお互いに見詰めあう。

言葉もなく、見詰め合う。

いつまでもいつまでも、アスカにまっすぐ見詰められ、だんだんと恥かしくなってくる。

そして、ようやくアスカが口を開いた。

「・・・・。」

小声でよく聞こえない。

「え?」

「なにか言って。」

なにかって・・・。

アスカが訴え掛けるような目でぼくのことを見ている。

なにかって言われても。

あ!

そこまできて、ようやくさっきからぼくのことを見詰めていた、アスカの瞳の意味に気
付く。

ぼくは心の中でまた両手をいっぱいに広げ、今度は勇気ではなく、ありったけの想いを
掻き集めて、それをこの言葉に込めた。

「好きだ。」

ただその一言だった。

ぼくが口にしたのは、その3つの文字だけ。

だけどその言葉の意味は、なによりも重く、大きいものだった。

ブワッとアスカの瞳から涙が毀れ出る。

小さい頃から負けず嫌いのアスカは泣かない女の子だった。

そのアスカの瞳から、大粒の涙が関を切ったように、次から次へ溢れ出ている。

ぼくは動揺した。

もうアスカの可愛い顔は涙でぐちゃぐちゃだったけど、その口元は幸せそうに微笑んで
いた。

「アタシも・・・。」

その後になにか言葉を続けたいみたいだったけど、そこまで言うのが涙声で精一杯のよ
うだ

「うん。わかったよ。」

「アタシも・・・アタシも・・・好き。」

お互いの気持ちを打ち明けあったぼく達は、じっと見詰め合う。きっとアスカの瞳に映
るぼくは涙でぼやけているだろう。

「アスカ。」

いとおしいアスカ・・・。

また、互いの距離が縮まる。

好きだ。好きだ。

ぼくの心の中はアスカでいっぱいになり。

灯台の明かりに照らされる中、再びぼく達は唇と唇を重ね合う。

幼馴染ではなくなったぼく達の・・・恋人同士になって初めてのキス。

それは・・・。

さっきのキスと違って涙の味がする、セカンドキスだった。

fin.
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