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ハッピーエンジェル
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<天界>

眩いばかりの光溢れるこの天界には、人々に幸せをもたらす天使がたくさん働いている。

天使・・・それは、天界に住む者の憧れの職業。

だが天使になるためには厳しい試験が待っている。そしてまさに今、3日間にも及ぶそ
の試験を、天使見習いの18名が受験すべく、天使長ミカエルの試験開始に当たっての
話を聞いているところだった。

優等生の天使見習い出席番号1番のアダムは、自信満々に顔を上げ、憧れの天使長ミカ
エルを仰ぐ。

出席番号2番のリリス・レイも、自分こそが特待生で天使になるんだと意気込んでいる様
子。ちなみに最高得点で合格した者を特待生とし、願い事が1つ叶えられる特権がある。

出席番号3番のサキエル、4番のシャムシェルと、横一列に並ぶ天使見習いの子供達。

18名の天使が同じ試験・・・地上の人にどれだけ幸せを与えられるかという試験を行
い、最後にその人の幸せ度が100点満点中70点以上で合格だ。

「フッ。僕もいよいよ天使になるのかい? 天使になったら、天界に温泉を作りたいね。」

出席番号17番のタブリス・カヲルも、前髪を掻き上げ自信がある様子。だが、その横
にいる出席番号18番の天使見習いはというと・・・。

「むにゃ。むにゃ・・・。」

赤く長い髪で顔を覆い、鼻風船を膨らまし舟を漕いでいる・・・まさか立ったまま寝て
いるのだろうか?

「むにゃ。むにゃ・・・。」

「リリン。」

「むにゃ。むにゃ・・・。」

「リリン・アスカっ!!」

パチン。

鼻風船が割れた。目はしょぼしょぼ。

「むぅ!!?」

寝ぼけ眼で顔を上げると、そこには呆れた顔の天使長。

「あわわわわ。」

慌てて自慢の長い髪を手串で直すと、ピッと背筋を伸ばし寝てなかった振り。今更、手
遅れとばかりに、周りの天使見習いは呆れ顔。

「寝てませんっ!!!」

「もう、よい。先が思い遣られますね。」

「アタシっ! 寝てませんっ!!!」

「わかった。わかった。」

このリリン・アスカこそ、天使見習いの中でもズバ抜けた落ちこぼれ。出席番号1番の
天使見習い〜17番の天使見習い達は、めきめきと天使としての力をつけていくにもか
かわらず、アスカだけは・・・いやはや天使長の頭痛の種の娘である。

「リリン・アスカよ。宿題となっていた、幸せにしたい人は見つけてあるのでしょうね?」

「あのね。あのね。ほんとに、アタシ寝てなかったのよ?」
「そう・・・。」
「信じてっ。ほんとなの。ほんとに・・・。」

天使長の話などそっちのけで、迷惑そうにしているレイにコソコソと言い訳じみたこと
を、口元に手を翳してヒソヒソ話している。さすがに天使長も、目が怒ってきた。

「リリン・アスカッ!!!」

「ひっ! は、はひっ! 聞いてますっ!」

こめかみに指をつき、とうとう大きな声を出す天使長にびっくりしたアスカは、慌てて
向き直る。

「はぁ〜。幸せにしたい人は見つけてあるのか? と聞いているのですが?」

「は、はひっ! とっても優しい心を持った男の子ですっ!」

「そうですか。よろしい。」

「とっても、笑顔が素敵なのぉぉ。」

いつしかアスカは、にやぁぁぁ〜とだらしなく笑みを浮かべている。試験を前にしまり
がないことこの上ない。

「それでぇ。黒い澄んだ瞳が、とっても綺麗な男の子なんですぅ。」

「そんなことは聞いてません。」

「はひ・・・。」

「それでは、人の幸せ度を70点以上にできた者を、新しい天使として昇格させます。
  皆、頑張るように!」

「「「はいっ!」」」

天使長ミカエルの声が掛かる。

いよいよ、試験開始。

天使長の号令と共に、18名の天使見習い達は、それぞれがそれぞれに決めた幸せにす
る人の元へ飛んで行くのだった。

<シンジの家>

コンフォート17マンションに住む、平和そうな顔をした少年。彼の名を碇シンジと言
い、ベランダに長い2本の棒を持って出て来ていた。

「いい? じっとしてるんだよ?」

物干し竿の少し上の壁に作られた、足長蜂の巣にそろりそろりと近付きながら一生懸命
喋り掛けている。

「このままじゃ、父さんが駆除するって言ってるんだよ。違うとこに巣を移そうね。」

音をたてないようにゆっくりと近付きながら、シンジは箸を使うようにし2本の棒で、
蜂の巣の根元をぎゅっと掴む。

ブーーーーーン!!!

だが蜂にしてみれば、我が家を脅かす敵発見である。巣の近くを飛んでいた足長蜂が、
一斉にシンジ目掛けて飛んで来る。

「わーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

手を刺されたシンジは、びっくりしてぶっ倒れる。その拍子で、棒の先で掴みかけてい
た蜂の巣が、ベランダから外へ投げ出されてしまった。

ブーーーーーン!!!

大事な自分達の巣を壊した敵とばかりに、襲い掛かってくる足長蜂達。シンジはどうし
ていいのかわからず、頭を抱えて蜂に刺されながらその場に蹲る。

「いたいよーっ! いたいよーっ!」

その時だった。あたりが真っ赤に輝いたかと思うと、なにやら暖かいものに体が包まれ
る感じがした。

「ん? なんだろう?」

これまで体験したことのないような眩い光に包まれたシンジが、不思議そうに顔を上げ
ると、その光の中からズズズズズと赤い髪の女の子が姿を現し・・・。

「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

凄い勢いで突進してきた。

空中から突然現れた少女が、自分目掛けて突撃してきた。これで、びっくりしないわけ
がない。

「わっ! なんだ、なんだ、なんだっ!!!?」

「そこ、のいてーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

ドンガラガッシャーーーーーーーーーーーーーーーーーンっ!!!☆

思いっきり正面衝突。ベランダへ繋がる窓ガラスに頭をぶつけたシンジは、目をパチパ
チさせながら、痛む頭を押さえて起き上がろうとするが、なにかに覆い被さられ体が動
かない。

「んっ!? わっ!!!!!」

目を開けると、そこには青く綺麗な瞳が超ドアップ。そして、唇にはなにやら柔らかい
感触が。まさに唇と唇が重なっている。これってキス?

同時に目を開けたその少女も、目をパチクリさせて、驚いた表情で瞳を大きく見開いて
いる。これってキス?

「キャーーーーーーっ!!! えっち! ちかん! へんたい! しんじらんなーい!」

ドゲシっ! グシゃっ! ドッカーーーーーーーンっ!!!

殴り倒されるシンジ。蜂に刺され、窓ガラスに頭をぶつけ、挙句の果てに往復ビンタに、
グーパンチ、蹴り、アッパーカット。泣きっ面に蜂とは、こういうことを言うのだろう。

「アタシのファーストキス返せーーーーーーーーっ!!!」

更に暴れる突然現れた女の子。

「いや、あの・・・ちょっとっ!!」

ゲシっ! ゲシっ! ゲシっ! ばっちーーーーーーーーんっ!

わけもわからずビンタを食らいまくり、今度は壁に激突。その前で少女は、唇に指を当
てブツブツなにやら言っている。

「あーーーーん。アタシのファーストキスがぁぁぁぁ。」

「ぼ、ぼくだって、初めてだったのに・・・。」

「なんですってっ!!!」

そのシンジの言葉に敏感に反応した少女は、腰に手を当てビシっと指差して来たかと思
うと、お得意のポーズで睨みつけてくる。

「男の子と、女の子では、重みが違うのよっ!!!」

「ごめん・・・。」

「ま、わかりゃ、いいわ。」

いいの?
なら、あんなに殴らなくても・・・。

「あのさ?」

「なによっ!」

「君って、誰?」

「フッ。聞いて驚くんじゃないわよっ!」

「うん。驚かない。」

「わかってどーすんのよっ! 驚くのよっ!!!」

「へ? じゃ、驚くよ。」

「よろしい。アタシは、天使見習いのアスカよっ!!!」

「へぇ。驚いた。」

「よろしい!! ま、驚くのも無理ないわね。でも、アタシが来たからには大丈夫っ!」

「何が?」

「なんでもよ。」

「・・・・・・うーん。そうなんだ。」

なんだかよくわからないが、とりあえず納得しておくことにする。それはそうと、先程
の蜂は何処へ行ったのだろう?

「わっ!!!」

気になったシンジがベランダから下を覗いて見ると、道路の真ん中に蜂の巣が落ちてし
まっているではないか。

「大変だっ! 車にひかれちゃうよっ!!」

「なにがよ?」

「蜂さんの巣だよ。ぼくが落としちゃったんだっ。」

「フハハハ! そういう時のためにアタシがここへ来たのよっ! まっかせなさいっ!」

「えっ? 助けてあげられるのっ!」

「アタシは天使見習いのアスカ様よっ! できないことなんてないわっ!!!」

「そうだったんだ。さすが、天使だね。」

感動したシンジは、彼女に言われるがまま家の中へ入って行く。するとアスカは、家の
中にあった布団でシンジをぐるぐると”巻き寿司”のように巻き始めた。

「これで安全だわっ! 蜂に刺されないのよっ!」

「わぁー。凄いや。」

さっきみたいに痛い思いをせずに、蜂の巣を安全な場所に運ぶことができそうだ。喜ん
だシンジは早速、巻き寿司状態でマンションを出て行く。

「あのさ。歩きにくいんだけど?」

ぴょんこ。ぴょんこ。ぴょんこ。

「それもそうね。背中、押してあげるわ。」

「ごめん。」

このままでは、いつになったら道路に落ちた蜂の巣に到着できるかわかったものではな
い。そこでシンジはアスカに押して貰いつつ、ぴょんぴょん飛びながら進むことにした
のだが。

「前に階段があるよ?」

「え? なに?」

「わっ! 押さないでってば!」

「押さなきゃ進まないでしょ。」

「駄目だったらっ! わーーーーーーーーーーっ!!!」

マンションの玄関先にある、3段くらいの階段に足を取られてしまう。無論、後から押
していたアスカも体勢が崩れ・・・。

ゴロゴロゴロ。

「わわわわわーーーーーーっ!!!」
「きゃーーーーーーーーーっ!!!」

ドシャっ!!!

くんずほぐれず、2人はぐちゃぐちゃになって地面に転んでしまった。体は布団に守ら
れているが、思いっきり頭をぶつけてしまう。

「いたたたたたたたた・・・ん?」

目を開けると目の前には青い瞳のドアップ・・・そして唇にはなにやら、やわらかい感
触が。これってキス?

「キャーーーーーーっ!!! えっち! ちかん! へんたい! しんじらんなーい!」

ドゲシっ! グシゃっ! ドッカーーーーーーーンっ!!!

おもいっきりビンタをくらい、今度は地面とキスをする。頭をぶつけ、顔をぶつけ、あ
ちこちが痛い。そんなシンジの横で、ブツブツなにやらアスカが呟いている。

「アタシのセカンドキスが・・・セカンドキスが・・・。」

「ごめん・・・。」

体を巻かれた布団の隙間から手の先を少し出し、打ち付けた鼻の頭を擦りながら、なん
だか悪いことをしてしまったようなので、謝っておく。

「もういいわっ。蜂さんを助けに行くのよっ!」

「そうだねっ。誰かに踏まれたら大変だっ。」

またアスカに背中を押されつつ、ぴょんぴょん飛びながら蜂の巣の落下地点に向う。い
よいよターゲットが見えてきた。

「さ、これを被るのよ。」

「ん? 父さんのヘルメットじゃないか。」

「玄関にあったのよ。頭も守らなきゃ、危ないでしょっ。」

「そうか。さすがアスカだね。」

ゴボっと大きなヘルメットを被り、布団の隙間から少し出した手で、先程の長い棒を割
り箸のように持って、蜂の巣に近付く。

「じっとしてるんだよ。このままじゃ、危ないからね。」

そっと蜂の巣を棒で掴み、安全な草むらへ投げようとした時、蜂の目が一斉にシンジに
向いた。蜂にしてみれば、敵再来襲である。

ブーーーーーーーーンっ!!!

「わっ!!!」

「大丈夫よっ! アンタは、お布団とヘルメットで守られてるのよっ!!」

「そうだ。そうだったんだっ! ぼくは安全なんだっ!」

安心して蜂の巣を草むらへ移動しようとするが、ゲンドウのヘルメットはシンジの頭に
は大き過ぎたようで、首のまわりに隙間がいっぱいあった。

ブーーーーーーーーンっ!!!

ヘルメットの中に入って来た蜂が、次々とシンジの顔を刺してくる。

プスっ! プスっ! プスっ!

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

ブーーーーーーーーンっ!!!

プスっ! プスっ! プスっ!

「いたい。いたいよーーーーーっ!!!」

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

アスカに助けを求めて、ぴょんこぴょんこと逃げようとするが、当のアスカもお尻を刺
され逃げ惑っている。

「いや〜ん。お尻、お尻がぁぁ。たすけてーーーーーーーーっ!!!」

ヘルメットを脱ぎ捨て逃げ出すシンジと、お尻を押さえながら涙目で走り回るアスカ。
ようやく蜂の追撃を振り切った時には、アスカのお尻は大きくなり、シンジの顔はあち
こちが腫れていた。

「いたたたたたたた。痛かったよぉ。」

「もーーっ! お尻がいたーーーーいっ!」

「いたたたた。でも、蜂の巣は草むらに移動できて良かったね。もう車にひかれないや。」

腫れた顔を押さえながらも、ニコリと澄んだ微笑を浮かべるシンジ。アスカはその笑顔
を見て幸せいっぱいな気分になり、自分もお尻を押さえながらニカっと笑みを浮かべた。

これよっ!
これが、アタシが選んだコイツの笑顔なのよっ!!!

天使見習いアスカは、天界から毎日覗き見していたこの大好きな笑顔を持つ少年を、必
ず幸せにしてやるんだと、ガッツポーズを取るのだった。

その夜。

「なんだ。お前は。」

「今日から、ここで暮らすことになった天使見習いのアスカよっ。」

仕事から帰宅したゲンドウを前に、得意のポーズで腰に片手を当て、片手でビシっと鼻
っ柱を指差すアスカ。

「フッ。」

「あなた。フッじゃないでしょ。どうするんですか?」

ゲンドウは何を考えているのかわからないが、さすがにユイはこの状況を前に心配
そうにしている。

「シンジも年頃だし、アスカちゃんも年頃の女の子なんですよ。」

「フッ。」

「フッじゃありません。ちゃんと、食べ盛りの子2人分の食費は稼いで下さいよっ。」

「ぬっ!!」

「しばらく、あなたの小遣いは半分にしますからねっ。」

「ぬぉっ!!」

どうやら食費を心配しているようだ。自分は関係無いとあぐらをかいていたゲンドウだ
ったが、さすがに小遣い半分の刑に顔色が変わる。

「でさぁ。アスカはどこで寝るの?」

「大丈夫。天使は修行してるから、寝なくても平気よっ!」

「へぇ。そうなんだ。便利だねっ!」

「寝てる間に、アンタに不幸が起きないよう見張っててあげるわっ!」

なんとも心強い天使見習いだろう。その夜シンジはアスカの横で、安心して眠りについ
たのだが・・・。

「うーーーーーん。うーーーーーん。」

夜も11時を回った頃だろうか。なにやら苦しくて目覚めたシンジの視界に入ったもの
は、自分を抱き枕代わりにガッチリと抱き締め、よだれを垂らして寝ているアスカの姿
だった。

そうか・・・天使も疲れたら寝るんだね。
で、でも・・・苦しい。

とはいえ、気持ち良さそうに寝ているアスカを起こすのも可愛そうなので、シンジはそ
の圧迫感を我慢しながら再び眠りにつくのだった。

そして、翌朝。

シンジが目を覚ますと、夜中に見た時よりも更にアスカの顔がアップになっており、な
にやら唇にやわらかい感触が。これってキス?

ヤバイっ!

慌てて体を離そうとするが、がっちり抱きかかえられていて身動きがとれない。これは
かなりマズイ状況だ。

しかも、シンジがモゾモゾと動いてしまったせいで、アスカが目を覚ましてしまったで
はないか。

「むぅ?」

「ひっ!」

引き攣るシンジ。

一直線に交わる視線と視線。

無論、唇は接触続行中。

「むっ!!!」

アスカの目が怖く吊り上がり、もうシンジは泣きそう。

「キャーーーーーーっ!!! えっち! ちかん! へんたい! しんじらんなーい!」

ドゲシっ! グシゃっ! ドッカーーーーーーーンっ!!!

ゲンコツを顔に減り込まされ、部屋の壁に激突してしまう。背中をぶつけてとても痛い。
そんなシンジの横で、ブツブツなにやらアスカが呟いている。

「アタシのサードキスが・・・サードキスが・・・。」

「ごめん・・・。」

なにやらとても悪いことをしてしまったような気がしたシンジは、ここは素直に謝って
おくことにする。

「ま、いいわ。今日から頑張るわよっ!」

うーん。
あれだけ騒ぐのに、いつも立ち直りが早いコなんだなぁ。

ふとそんなことを思いつつも、元気いっぱいのアスカを見ると、自分にも元気が沸いて
来るように感じたシンジは、ガッツポーズを取るのだった。

<通学路>

天使見習いに与えられた試験期間は3日間。今日がその2日目。中学校の女子用制服を
着たアスカは、今日こそシンジを世界一の幸せ者にするべく意気込んで一緒に登校。

「あっ! アスカ、大変だっ!」

「なーに? どうかした?」

「あんなとこに、子猫がっ!!」

シンジが指差した方に目を向けると、川辺に立つ高い木に登った子猫が、枝の上で震え
ている。どうやら、登ったはいいが降りれなくなったらしい。

「助けに行かなくちゃっ!」

「たいへんっ! アタシが下で受け取るわっ!!」

2人してその木に駆け寄り、シンジは一目散に木に登り始め、アスカは子猫を受け取る
べく下から手を伸ばし待つ。

「よいしょ。よいしょ。」

ようやく子猫のいた枝まで登ったシンジは、ゆっくり手を伸ばし子猫を抱きかかえよう
とするが、突然現れた人間に子猫はびっくり。

バリバリバリっ!!

余程びっくりしたのか、シンジの手に飛び掛ってくるや、両手で子猫が引っかき始めた。

うにゃにゃにゃにゃっ。

「いたたたたたたたたたた。」

それでも、引っかかれながら子猫を掴み、下で待つアスカに渡そうと枝に抱き付き腕を
伸ばして痛みに耐えて頑張る。

「もう少しよっ!」

やっと手が届きそうなところまで子猫が下がってきた。アスカは手を伸ばして、子猫を
受け取ろうとするが、もう自力で飛べるくらいの高さになったのだろう。子猫はぴょん
とアスカの顔を踏み台にして飛び降りると、何処へともなく走り去って行ってしまった。

「いたーーーーい。」

足蹴にされた顔を押さえながらアスカが顔を上げると、今度はシンジが枝にしがみ付い
て泣きそうな顔をしている。

「ど、ど、どうしよう。ぼく、木登りできなかったんだ。」

「えーーーーーーーーーーーっ!!! じゃ、なんで登ったのよっ!」

「子猫が大変だって思ったら、つい・・・どうしよう。」

「もーっ! 今から助けに行くからじっとしてんのよっ!」

今度はよっこらよっこらアスカが木に登って行く。なんとしてもシンジを助けなければ
ならない。

「アスカっ! ちょっと待って!」

「なによっ!」

「アスカの体重まで、枝が耐えれないよ。」

「ぬわんですってーーーーーっ! アタシは重くないわよっ!!!」

目を吊り上げて怒りながら四つん這いになると、枝にしがみ付いているシンジの元に迫
って行く。それと同時に、枝がミシミシと割れ始めた。

「2人は無理だってばぁぁぁぁぁっ!!!」

ミシミシミシ!

「キャーーーーーーっ! 落ちるのよーーーーーっ!!!」

「だから、無理だって、言ったじゃないかーーーっ!!!」

助けるどころか、あまりの恐怖にアスカはシンジにがっちり抱きついてくる。2人を支
えきれなくなった枝は、メキメキ音をたてると、とうとうボキリと折れてしまった。

落下する2人。

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

丁度その枝の下は川の流れが急な所。2人は抱き合ったまま、濁流の中へじゃぼーーー
ーん。ぐるぐるぐるぐる、川の中を流されて行く。

げほげほげほ。
ぼく、泳げないよぉぉぉ。

あーーーん。いやーーーん。
アタシ、泳げないのにぃぃぃ。

どれくらい流されただろう。いつしか2人とも意識を失ってしまい、気付いた時には見
知らぬ川辺に打ち上げられていた。

「う。うーーーーん・・・むっ!!!」

ようやく目を覚ましたシンジの前には、意識を失っているアスカのアップ。そしてなに
やら唇にやわらかい感触が。これってキス?

まずいっ!

さすがに学習してきたようだ。このままでは、またビンタはまぬがれないだろう。慌て
てシンジが唇を離そうとした瞬間、アスカも目を覚ましてしまった。

げっ!

一直線に交わる視線と視線。

無論、今回も唇は接触続行中。

「キャーーーーーーっ!!! えっち! ちかん! へんたい! しんじらんなーい!」

ドゲシっ! グシゃっ! ドッカーーーーーーーンっ!!!

再び川の中へ叩き込まれる。泳げないシンジは、川の中であっぷあっぷしているが、そ
の横でアスカは唇に人差し指を当て、ブツブツなにやら呟いている。

「アタシの・・・うーん何回目のキスだったっけ。」

「ごめん・・・。」

なんとか今回は自力で這い上がってきたシンジは、とりあえず悪いことをしてしまった
気がするので謝っておく。

「何回目かわかんなくなったから、もういいわ。それより、ここ何処?」

「何処だろう?」

辺りを見渡すが見たこともない田舎の谷間。ここからどうやったら帰れるのか、検討も
つかない。

「川の上流へ向えば、帰れるかも。」

「アンタ、頭いいわね。」

「よし、行こうっ・・・いたっ!!」

いざ学校へ行くべくシンジが歩き出そうとした時、足に激痛が走り蹲ってしまった。ど
うやら足首をぐねってしまったようだ。

「ちょっとぉ。怪我したんじゃないでしょうね?」

「ごめん・・・なんか痛いよ。」

「見せてみなさいよ。」

ズボンを捲り上げてみると、足首のところが赤く腫れ上がっている。これでは歩けるは
ずもない。

「うーん。病院に行かなくちゃ。」

「どうやって、行くの?」

「まっかせなさいっ! 天使をなめちゃいけないわっ!」

「そうなんだ。で、どうするの?」

「おんぶしてあげるわっ!」

「・・・・・・。」

天使だというくらいだから、なにかもっと凄いことなのかと思っていたが、おんぶして
くれるだけのようだ。

「ほら、早くっ!」

「うん・・・でも、大丈夫?」

「だーいじょうぶ。ほら、乗りなさいっ!」

自分の前で腰を屈めたアスカが、背中を向け両手を後手にしてシンジのことを待ってい
る。

「乗るよ? ほんとにいい?」

「さっさとなさいってばっ!」

「うん・・・。」

言われるがまま、アスカの背中に乗り体重を預ける。

グシャ。

それと同時に潰れるアスカ。

「いやーーーーーーん。おもーーーーーいっ!!!」

シンジもアスカの上に乗ったまま、べしゃりと倒れこんでしまう。そしてその手の平に
は、なにやらすっぽりおさまる柔らかい感触が2つ。

むにゅむにゅ。
やわからい・・・なんだこれ?

握っているものを覗いてみる。こ、これは!

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

慌てて手を離すシンジと、怒った顔で両手で胸を押さえて立ち上がるアスカ。もうシン
ジは、しどろもどろになって上手く言葉が出ない。

「あわわわわわわわわ。」

「キャーーーーーーっ!!! えっち! ちかん! へんたい! しんじらんなーい!」

ドゲシっ! グシゃっ! ドッカーーーーーーーンっ!!!

川原に殴りつけられるシンジを、顔を真っ赤にしながらアスカが見下ろしている。さす
がにこれはまずかったと、もぞもぞと起きだしたシンジはとにかくまたしても謝る。

「ごめん・・・。」

「もっ! まぁいいわ。おんぶは無理だから、肩を貸してあげるわっ!」

「ごめんね。」

シンジをおんぶすることが無理だとわかり、アスカは肩を貸してシンジと一緒に川の横
に伸びる道を上流向って歩き始めた。

よっこらよっこら、寄り添う歩く2人。

どれくらい歩いただろう。ようやく田舎の町が見えてきた頃、どこからか子犬の鳴き声
が聞こえてきた。

「ん? なんだろう?」

アスカに凭れ掛かりながら歩いていたシンジが耳を澄ますと、田んぼの横にある枯れた
井戸の中から聞こえるようだ。

「あっ!!!」

どうしたのかと覗き込んでみると、おそらくあやまって落ちてしまったのだろう。中で
子犬が上を向き悲しそうな泣き声を上げている。

「大変だ。」

一目散に井戸の中にシンジが飛び込む。

「アンタっ! 足っ!」

「えっ!? わっ!! いたーーーーーっ!!!」

腫れた足で上手く着地できるはずもなく、おもいっきり井戸の中で転んでしまう。びっ
くりしたアスカも、慌てて井戸に飛び込んだ。

「ちょ、ちょっと。大丈夫?」

「いたたたたたたたたた。」

「無茶しちゃダメじゃない。」

「うーーん。痛かったよぉ。」

「見せてみなさいよ。」

ズボンを捲って足を見てみると、先程に輪をかけて更に赤く腫れ上がっている。これは
早く病院へ行かなければならないだろう。

「とにかくこの子犬を助けてあげようよ。」

「そうね。」

と言いつつアスカが子犬を抱き上げ手を伸ばしたまでは良かったが、井戸が深くとても
地上に届きそうでない。

「届かないわねぇ。」

「そうだ。ぼくが肩車するよ。」

「駄目よ。そんな足じゃ。」

「あまり体重かけないようにするから大丈夫さ。それより、早くこの子犬を助けてあげ
  なくちゃ。」

「そう・・・? わかった。」

今度はシンジがアスカを肩車し、さらにアスカが手を伸ばすが、まだ井戸の口には遠い。

「まだ駄目ね。」

「ぼくの肩に立てる?」

「ちょっと待ってね。」

アスカが靴の脱ぎ、シンジの肩の上にバランスを取りながら立つと、なんとか後少しで
届きそうになった。

「もうちょっとなのに。」

「どうしよう。困ったなぁ。」

「そうだわっ! ジャンプしたら、届くわよっ!!」

「えっ! ちょっと待ってっ! それはっ!!」

「行くわよっ! とりゃーーーーーーーーーーーっ!!!」

「待ってってばっ!」

シンジが止めるのもきかず、肩の上で思いっきりアスカがジャンプ。指の先が井戸の口
近くまで届いた。

「さっ! 出るのよっ!」

アスカは子犬を井戸の外へほおり投げる。すると、子犬はぴょーんとジャンプして井戸
の外へ飛び出し、嬉しそうに自分の家へと帰って行く。

「むっ?」

宙に浮くアスカの体。

無論アスカの体は、再び重力に引き戻され井戸の中へ落ちて行く。

「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

「わーーーーーーーーーーーーっ!」

当然のことながら、下にいたシンジの上にドンガラガッシャーーーーーーーーーーンっ!

「いたたたたたたたたた。」

パチパチ星を撒き散らしながらアスカが目を開けると、なにやら自分の下で倒れている
ものが・・・。しかも、その顔がスカートの中に潜り込んでいるではないか。

「キャーーーーーーっ!!! えっち! ちかん! へんたい! しんじらんなーい!」

ドゲシっ! グシゃっ! ドッカーーーーーーーンっ!!!

おもいっきり井戸の壁にシンジを叩きつける。もうシンジは、アスカに地面に押し潰さ
れ、更に壁に叩きつけられへろへろだ。

「ううーーーーーん。痛いよぉ。」

「アンタが変なとこにいるからよっ!!」

「ごめん・・・。」

さて、頭上を見上げると丸く開いた井戸の口。かなり高いところにあり、とても手が届
きそうにない。

「どうしよう。」

「出れなくなっちゃったわね。」

「そのうち、誰か通り掛かるよ。きっと。」

「そうね。それまで待ちましょ。」

                        :
                        :
                        :

「夕焼けが見えるわね。」

「赤くて綺麗だね。」

                        :
                        :
                        :

「お星様が見えてきたわ。」

「キラキラして綺麗だね。」

                        :
                        :
                        :

「寒くなってきたじゃないのっ!!!」

結局誰も通りかからず、いつしか日はとっぷりと暮れてしまい、肌寒くなってきた。こ
のままでは、風邪をひいてしまう。

「もぉっ! 後先考えず、井戸なんかに飛び込むからよっ!」

「出れなくなっちゃうなんて、思わなかったから・・・。」

「まったくぅ。」

「でも、今日は子猫と子犬が助けられて、いい日だったな。」

嬉しそうにするシンジの純粋な黒い瞳と澄んだ微笑みが、アスカの月明かりに輝く青い
瞳に映し出される。

キュン。

その瞳を見た途端、アスカの心は締め付けられそうに苦しくなった。

あぁ、この笑顔だわ。
天界でずっと見てたこの素敵な笑顔・・・。

「ごめんね。アスカまで巻き込んじゃって。」

「べつに、いいのよ。」

「ぼくって、駄目なんだ・・・。なにもできないのに、こんなことばっかりしてさ。い
  っつも周りに迷惑かけてるんだ。」

「アンタバカっ!?」

「うん・・・馬鹿なんだ。きっと。」

「違う! アンタはわかってないのよっ! それがっ、アンタのいいとこだってっ!」

「ぼくの?」

「そうよっ! 誰も認めなくたって、アタシはそんなアンタが好きなのっ・・・。
  むっ?」

「えっ?」

「むむ? 今、アタシなんか言った?」

「好きって・・・。」

「わーーーーーーーーーーっ! なんで、アンタがそのこと知ってんのよっ!」

天使見習いでもこういう時は顔が赤くなるようだ。風が吹き込む井戸の寒い中でも、体
がぽかぽかほてって、熱くなってくる。

「なんでって・・・アスカが言ったんじゃないか。」

「み、見破られてしまったわ・・・。」

「見破られたって・・・。あの・・・。」

「アタシの秘密を知ってしまったからには、アンタの秘密も教えて貰うわよっ!」

「そ、そんなぁぁ。」

「ほら、さっさと言いなさいっ!」

「ぼく・・・秘密なんてないよぉ。」

「あるくせに。」

「ある? うーん、なんだろう?」

「ほらほら、さっさと言っちゃいなさいよ。」

なぜかアスカはニヤニヤしている。いったい、どんな秘密が自分にはあるというのだろ
うか?

「だって、ほんとにわからないんだよ。」

「仕方ないわねぇ。アタシが教えてあげるわっ!」

「なになに?」

「アンタの秘密は、アタシのことが好きなことなのよーーっ!!」

「えーーーーーーーーっ!」

「どうっ!? わかったぁっ!?」

「う、うん・・・。そ、そうだったんだ・・・。」

「そうなのよっ! ・・・うーん、でも、どうしようかしら。」

井戸の口から空を見上げると、星空が広がっている。にっちもさっちもここから出るこ
とができない。

「折角、好き同士だってわかったのに、もうここから出れないの?」

さっきまでほてっていた体だったが、また吹き込んでくる冷たい風に体が冷え、寒くな
ってくる。

「シンジぃぃ、寒い・・・。」

「そうだ。これでどう?」

井戸の壁にアスカを押し付けると、シンジはその体を両手で抱きかかえ、背中で吹き込
んでくる風をせき止める。

「あったかい・・・けど、これじゃシンジが寒いわよ?」

「大丈夫だよ。」

またあの天界からいつも見ていた大好きな澄んだ微笑みを浮かべながら、自分のことを
風が当たらないように抱き締めてくれる。

キュン。

アスカの小さな胸がときめく音色を奏でる。

「じゃ、じゃぁ。場所を30分ごとに代わりましょ。」

「うーん、ぼくが寒くなったら言うよ。」

「ダメよ。絶対アンタはそんなこと口に出さないもん。」

「ちゃんと言うから。心配しないで。ね。」

もう駄目である。この大好きな笑顔を前に、こんな優しい言葉を掛けられては、さすが
の天使見習いもクラクラしてしまう。

「ほんと?」

「ほんとだって。」

「好き・・・。」

アスカもちょっとでも自分の温もりをシンジに伝えようと、背中の羽を広げしっかり抱
き付く。すると、シンジの体の温かさ、心の温かさが伝わってくる。

「シンジぃぃ、好きよ。ずっと、ずっと好きだったの。」

「あのさ。」

「ずっとここで2人っきりでいたい・・・。」

「いや、あのさ。」

「ん?」

「さっきから思ってたんだけど、この羽ってなんの為にあるの?」

「飛ぶためよ。」

「・・・飛んだら出れるような気がするんだけど?」

「!!!!!!!」

さっき以上に顔を真っ赤にするアスカ。よくよく考えたら、自分は飛ぶことができたの
だ。すっかり忘れていた。

「わ、わ、忘れてたわけじゃないわよ。ただ、飛ぶのが苦手だから。」

「やっぱり、飛べるんだ。」

「苦手だけど、どうしても飛んで欲しいなら飛んであげるわっ!!!」

「うん、その方が出やすそうだもんね。」

ったく、もっと早く言いなさいよっ!
そうだ・・・アタシには羽があったんだった・・・。

アスカはブチブチ言いながらも、真っ白な天使の羽を広げる。さすがにこの姿を見ると、
落ちこぼれでも天使らしい姿に見える。

「さ、しっかり掴まってるのよっ!」

「うん。」

ぴったりくっついてシンジの腰に手を回し抱き締めたアスカは、翼を羽ばたかせ井戸の
中から飛び上がる。

バサ。バサ。

ビューーーーーーーーーーーー。

一気に上昇。

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

ドグシャっ!!!

一気に墜落。

2人仲良く地面に激突。

「うぎゃーーーーーーーーーっ!!!!」

轟くシンジの悲鳴。

飛ぶのが苦手だと言っていたのは、本当だったようだ。

そして。

ピーポーピーポー。

シンジは両手を骨折し、アスカに付き添われて救急車で運ばれて行ったのだった。

<シンジの家>

翌日シンジは両手にギブスをして、部屋の中でアスカの介抱を受けていた。

「はい、りんご剥けたわよ。」

「うーーん。」

実が半分程なくなるまで、でこぼこになったりんごが出てくる。そのりんごを、両手が
使えないシンジはアスカに食べさせて貰う。

「どう?」

「美味しいや。」

「よかった・・・。」

だが、喜ぶシンジの顔を見ても、アスカはうかない顔をしながら更にりんごを剥き続け
るばかり。

「どうしたの?」

「今日で試験期間の3日が終了したの。」

「試験?」

「そう。自分が選んだ人を幸せにできたら、合格して天使になれるの。」

「ちょっとまってよ。じゃ、もう帰っちゃうの?」

「ええ・・・。帰らなくちゃいけないわ。」

「そ、そんな・・・。」

いろいろなことがあったが、まさかこんなに早くアスカがいなくなってしまうなどとは
思ってもいなかった。シンジの胸が急に締め付けられる。

「そんな・・・いやだよ。そんなのいやだっ。」

「ごめんね。これは決まりなの。」

「じゃ、アスカは天使になっちゃうのっ?」

「・・・・・・。」

顔は蜂に刺され腫れ上がり、足は捻挫で動かない。両手は骨折しギブス状態。その他、
シンジの体はあちこち、打身、擦り傷がいっぱい。どこからどう見ても、これで試験
に合格するとは思えない。

「アタシが来て、アンタを不幸にしちゃったわ。落第ね。間違いなく。」

「そんな・・・ごめん、ぼくがドジばっかりするから・・・。」

「あはははは。いいのいいの。アタシ、ずっと落ちこぼれ天使見習いだったしさ。慣れ
  てるから。」

「そんなことないよっ! アスカが来て、ぼく凄く楽しかったよっ!」

「ありがと・・・。ありがとね。」

青い瞳に涙を溜めたアスカは、布団の上に座るシンジにぎゅっと抱きつき。

「好き・・・。」

ずっと天界から見ていて好きで好きで仕方がなかったシンジと、その唇を重ねる・・・
ありったけの想いを込めて、唇を重ねる。

「アスカ・・・。」

「シンジ・・・。」

2人は抱き合ったまま、どれくらいキスをしていただろう。そんな2人の間を裂くかの
ように、アスカの体が光り出した。

「時間だわ・・・あのね、最後にお願いがあるの。」

「なに? なんでもするよっ。」

「天使長様に試験結果を報告しなくちゃいけないんだけど、天界まで来てくれないかし
  ら?」

「そうなんだ。うん、行くよ。」

「アリガト・・・。少しの間、目を閉じてくれる?」

「わかった。」

だんだんと光が増すアスカの体の後に、彼女が来た時と同じような赤い光が輝いたかと
思うと、2人はその光に飲み込まれていった。

<天界>

シンジが天界に到着すると、アスカを含めて18名の天使見習いが、大きな翼を広げた
神々しい天使長ミカエルの前に並んでいた。

「あっ、トウジ。委員長。」

ふと見ると、クラスメートの鈴原トウジと洞気ヒカリが、赤い瞳の少女と少年の前に立
ち幸せそうに腕を組んでいる。

「ワイらは、レイさんとカヲルくんのおかげで幸せになれましたわ。ほんま、感謝しと
  ります。」

「えーーーーーーっ! トウジと委員長って、そうだったのっ!!?」

ぎょっとしてこっちを振り向く、トウジとヒカリ。

「わっ、なんでシンジがここにおるんやっ!!!」
「キャッ。い、碇くん。こ、こ、こ、こ、このことは、学校では内緒にしといて・・・。
  って、どうしたの?  その痛々しい体・・・。」

あちこち包帯だらけのシンジを見て、ヒカリもトウジも目をまんまるにしている。

「え・・・これは、ははははは。」

「リリス・レイ。タブリス・カヲル。点数は、共に85点。合格だ。」

「私・・・合格なのね。」
「フッ。これで、ぼくも天使かい?」

ざっと見渡すと、今回試験を受けた者のほとんどが、合格ラインの70点以上を取って
おり、天使昇格を決めているようだ。

そして、最高得点の92点を取っているのは、とある少年が捜し求めていた行方不明の
母親を見つけ出したアダムである。

「さて、リリン・アスカ。採点をする。碇シンジと共に前へ。」

「なんなの? ねぇ、アスカ? なにするの?」

「アンタの幸せ度を計るのよ。」

「そうなんだ・・・。」

シンジが歩み出ると、天使長ミカエルはその心に手を翳して幸せ度を計り始める。

「うーむ・・・。どうかな? 今の気持ちは。」

「アスカが来て、とても楽しかったです。」

「だがのぉ。この幸せ度は低すぎますね。」

ハッピーボードという電光掲示板に、シンジの幸せ度が点数となって表示される。そこ
に現れた点数は、なんと3点。

「・・・・・・さ、3点。」

予想以上の悪さにアスカも絶句する。ダントツで最下位の得点だ。

「最近、まれに見る点の低さですね。どういうことですか? リリン・アスカ?」

「・・・・・・。」

まわりの天使見習い達も、いくらなんでも人をあそこまでボロボロにしてしまっては仕
方ないだろうという顔でアスカのことを見ている。

「落第だ。リリン・アスカ。」

「わかりました・・・。」

しょんぼりして、天使長の前から下がって行くアスカの顔を、シンジは泣きそうな顔で
見詰めることしかできない。

「ちょっと待ってください。アスカが悪いんじゃないんですっ! ぼくがいけないんだ。
  ぼくが、いっつもドジだから。だから、アスカは悪くないんだ。」

「ふむ。で、わたしにどうしろというのでしょう?」

必死で訴え掛けるシンジを、優しそうな微笑みを浮かべてミカエルが見下ろす。

「だから、アスカを天使にして下さい。」

「それはできません。規則ですから。君の幸せ度は低すぎます。」

「そんな・・・そんなぁ。ごめん、ごめんよ、アスカ。」

「いいのよ。アタシ、ずっと落ちこぼれだったもん。こうなると思ってたわ。」

「アスカは落ちこぼれなんかじゃないよっ。」

ぐっと、ミカエルの方へ再びシンジが向き直る。

「天使長様っ! アスカはどうなるんですかっ!」

「あと3日、碇シンジ、君の元で修行させようと思っておるのだが・・・。」

「「えっ!?」」

ミカエルの言った言葉の意味が咄嗟にわからず顔を見合わせたシンジとアスカだったが、
2人の顔にこの上ない笑みが毀れた。

「碇シンジくん・・・君には拒否権があるが、どうかな?」

「ありがとうございますっ! もちろん喜んでっ!」

「リリン・アスカはどうか?」

「はいっ!! ありがとうございますっ!!!」

「よろしい。では、最後に特待生を発表するっ!!」

ニコリと笑ったミカエルは、それぞれの天使見習い達が思い思いに選んだ人の幸せ度を
点数表示しているハッピーボードに目を向けた。

その時だった、天使見習いの誰もがその目を疑ったのは。

間違いなく自分が特待生だと思っていたアダムなどは、その目を何度も擦り信じられな
いといった顔で見直した程だ。

「今年の特待生は、リリン・アスカとするっ!」

天使見習い達が見上げていたハッピーボードには、先程まで3点だった碇シンジの幸せ
度が、大きく変わっていた。

碇シンジ:100

「僅か3日伸びただけで100とはな・・・。」

天使長は微笑みながら、シンジのことを眺める。

一方シンジとアスカは・・・。ハッピーボードのことなど露知らず、あと3日一緒にい
られると手に手を取って喜んでいたのだが。

突然、特待生として名前が呼ばれ、アスカは目を点にしていた。

「リリン・アスカの不合格は、この点を持って取り消すこととする。」

「ちょ、ちょっと待って下さいっ! そんなっ! 合格しちゃったら、アタシはシンジの
  とこには、もう・・・。」

そう。落第したからこそ、再び修行にシンジの元へ行けることになったのだが、合格し
てしまってはお別れである。

それまで、幸せ一杯の顔をしていたアスカの瞳から、一気に涙が溢れてくる。その横で、
シンジは唖然とすることしかできない。

「これは、決定事項です。」

「ア、アタシ。落ち毀れでいいっ!」

「よかったじゃないか。天使になれたんだから。」

涙をいっぱいに溜めたシンジが両手を握ってくる。が、アスカは納得できず、髪を振り
乱してミカエルに詰め寄る。

「アタシ、落ち毀れでいいっ! あと、3日、あと3日だけシンジのとこへっ!」

「駄目です。お前は特待生で天使となったのですよ?」

「イヤっ! イヤよっ!!」

「聞きなさい。リリン・アスカ。あなたは・・・特待生で天使となりました。」

「イヤっ! なんで、なんでアタシが特待生なんかにっ!」

「聞きなさい。」

「・・・・・・。」

「リリン・アスカよ。特待生の特権として1つ望みを叶えてあげます。何がいいですか?」

「えっ!??」

ニコリと微笑むミカエル。

「何が望みですか?」

「望み? 望み・・・望みっ! 望みは、人間になってシンジといたいっ!!!!」

「よろしいでしょう。」

ミカエルはコクリと頷くと、その手を大きく上げた。

次の瞬間、アスカとシンジの周りが真っ赤に光輝く。

そして、2人は偉大で暖かいものに包まれていったのだった。

アスカ・・・。ほんとにいいの?

だって、好きなんだもんっ!!

アスカ・・・。

シンジぃぃ・・・好き・・・。

                        :
                        :
                        :

<シンジの家>

                        :
                        :
                        :

なにか声がする。

遠くから・・・何かの声が。

「・・・ジ。」

ん?

「・・・ジ。」

ん?

「くぉのっ! バカシンジっ!!!!!!」

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

びっくりして目を覚ますと、そこには幼馴染の少女が、片手を腰に当て片手の指でビシ
っと指差すお得意のポーズで立っていた。

「わっ! アスカっ!」

「なによっ! 素っ頓狂な顔してっ!」

「うん・・・アスカが始めて来た頃の夢見てたんだ・・・。」

「ふーん。まだ羽があった頃ね。」

「飛べないけどさ。」

「むっ!!!!」

アスカが人間になって半年になる。天使長の計らいで、隣に住む幼馴染として人間にし
てもらったアスカは、こうして毎朝シンジを起こしに来ていた。

「ほら、早く起きないと遅刻しちゃうわよっ!」

「うん・・・。」

アスカに急かされ、立ち上がろうと布団を捲ったその瞬間。アスカの視線が、あるとこ
ろに集中し目が点になる。

「キャーーーーーーっ!!! えっち! ちかん! へんたい! しんじらんなーい!」

「わっ、ご、ごめん。」

慌てて布団を腰に巻きつけようとするが、足を絡めてしまいアスカの上にもんどりうっ
て倒れてしまう。

ドッターーーーーーン。

「いたたたたたたたた・・・ん?」

ふと、目を開けると目の前には青い瞳のドアップ・・・そして唇にはなにやら、やわら
かい感触が。これってキス?

「キャーーーーーーっ!!! えっち! ちかん! へんたい! しんじらんなーい!」

ドゲシっ! グシゃっ! ドッカーーーーーーーンっ!!!

おもいっきりビンタをくらい、壁にキスをするシンジの横で、アスカはスカートのポケ
ットからなにやら取り出してきた。

パーーーーーーーーーーーーーーン!!!

「わっ! なんだっ!?」

クラッカーである。突然、爆発音がし、壁に打ちつけた顔を押さえながら素っ頓狂な声
をシンジが上げる。

「パンパカパーンっ! これで1000回目のキスなのよーーーーっ!!!」

「え? そうなの?」

「そうなのよーっ! 1000回記念よっ!」

「ってことは、ぼくは今日で1000回殴り倒されたんだ・・・。」

「毎回、毎回、殴ってないでしょっ! この調子で10000回を目指すわよっ!」

「はははは・・・。10000回・・・ぼくの体もつかなぁ。」

「じゃ、こんなのはどう?」

アスカはがばっと布団の上でシンジに覆い被さると、今度は優しく唇を重ね抱き締めて
きた。

「これならいいや・・・。」

そしていつまでも、いつまでも、2人の影は重なり・・・今日も学校を遅刻したのだっ
た。また、勉強がわからなくなるだろう。




リリン・アスカ。

この世界に来て、惣流・アスカ・ラングレーとなった彼女は、人間の学校でも落ちこぼ
れ続行中。

fin.
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