いにしえより人々は闇夜に紛れ舞い降りた悪霊に憑依され悩まされ続けた。だが、そん
な悪霊は全て高名な巫女の手によって取り除かれたという。

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憑依
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<学校>

教室の端に固まる男子生徒の影3つ。中央の机に並べた写真を取り囲み、なにやら数字
を鋭利に削られた鉛筆で書き込みながら、怪し気な笑みを浮かべていた。

「ひっひっひっ。こっちが、12枚で、こっちなんか34枚だぜ。」

「よっしゃ、よっしゃ、大儲けやでぇ。」

「このケンスケ様の腕がいいからな。」

そこに並べられた写真は、言わずと知れたアスカ、レイ達、女の子の隠し撮り。鉛筆で
書かれた数値は売れた枚数と売上金額だ。

「景気がええのぉ。みんなで美味いもん食いに行くでぇっ!」

「トウジの美味いもんって、吉○家じゃないのか?」

「ほやっ! わははははっ!」

「はぁ〜。」

盛り上がるトウジとケンスケの横で、1人シンジだけはうかない顔をして、左手に拳を
つくり右肩をポンポンと叩いている。あまり乗り気ではないようだ。

「どないしたんや、辛気臭い顔しよってからに。」

「うん・・・なんだか最近体調が悪くて・・・。」

「なんやぁ? 食欲ないんかぁ?」

「そうじゃないんだけど。体が妙に痛むんだ。」

「エヴァの訓練、厳しいのか?」

「そういうわけでもないんだけどさ。原因がわからないんだ。」

「そらあかんなぁ。病院行った方がえんちゃうか?」

「うん・・・今日、行ってみようと思ってるんだけどさ。」

原因もわからず体調が悪い為、シンジ本人も自分の体が心配なのだろう。シンジはそ
の後もどことなく不安そうな顔をして、授業中ずっと肩をポンポンと叩いていた。

放課後。

「シンジっ。帰るわよっ!」

「うん・・・今日は1人で帰ってくれるかな。」

「えーー。なんでよっ!!」

「病院に行きたいんだ。」

「なんでっ? どっか具合悪いの?」

いつものようにシンジを迎えに来たアスカだったが、様子のおかしいシンジを見て、さ
すがに心配そうに覗き込んでくる。

「うん・・・なんかさ、体があちこち痛いんだ。」

「え・・・。」

「ここ数日ずっとでさ。やっぱりおかしいよ。」

「そ、そ、そう・・・。」

「だから、病院に行ってみようかと思って。」

「それじゃぁ、仕方ないわね。じゃ、アタシ、先に帰るから。」

珍しく素直に言うことを聞いてくれたようだ。

「うん。ご飯ちょっと遅くなるかもしれないけど。」

「いいって。いいって。じゃね。」

今日は一緒に帰れないことがわかったアスカは、ヒカリと下校して行く。それを見届け
た後、シンジは家とは別方向の病院へと足を向け歩き出したのだった。

<病院>

病院へ辿り付くと、形整外科にまわされた。診察室に入ると、医師を前に最近の体の調
子について、問診に答える形で喋り出す。

「いつくらいからですか?」

いつ頃かなぁ・・・アスカがこしてきて、使徒と2回戦って・・・。
そうだ、マグマだ、マグマに入った後くらいからかな。

「2週間程前からです。」

「急に体の節々が痛くなったんですか?」

「いえ・・・だんだんおかしいなと思いだして、最近特に酷くて。」

「夜中、何度も目が覚めますか?」

「いえ・・・。ぼく、1度寝ちゃうと朝まで目が覚めない方で・・・。」

「そうですか。」

医師はシンジから聞いたことを、問診票にいろいろとメモをとりながら、次々と質問を
してくるが、どこに原因があるのかはっきりわからないようだ。

「寝相とかは、悪い方ですか?」

「いえ、そんなことはないと思うんですけど。」

「うーむ・・・。最近、特にキツイ運動もしてない。寝相も悪くない。むむむ。」

顎に手を当て唸り声を上げる医師。いろいろとメモをとった問診票を見ながら、考え込
んでいる。

「ベッドが体にあってないのかもしれないですね。とにかく、肩こりを治す薬を出して
  おきます。」

結局、原因がよくわからなかったようだ。

「じゃぁ、引き続き様子をみておいてください。なにかあったら、また来て下さい。」

「・・・・・・。」

なんだよ。今、体が痛いから来てるのに。
酷いなぁ。

正面きって文句をいうことのできないシンジだったが、口の中でモゴモゴ文句を言いな
がら、薬を受け取った後、お金を払い病院を後にしたのだった。

<ミサトのマンション>

シンジが帰り着くと、テーブルの上には既に晩ご飯の準備が整っていた。どうしたんだ
ろうかと、台所に目を向けると珍しいことにアスカがご飯の支度をしているではないか。

「あれ? どうしたの?」

「あ、おかえり。早いかったのね。」

「うん・・・だって・・・。」

碌に診察もして貰えなかったから・・・と喉まで言葉が出てくるが、ここで愚痴を言っ
ても仕方ないのでそのセリフを飲み込む。

「体調悪いみたいだから、今日はアタシが当番かわってあげたわよ。感謝なさい。」

「そうなんだ。嬉しいな。」

得意気に目の前に人差し指を突き立ててくるアスカに向かって、ニコリと心から嬉しそ
うに答えるシンジの笑み。

「い、いいから、座ってなさいっ。」

もうそれ以上アスカは何も言わず、顔を背けクルリと背中を向けると、料理の残りを作
ることに専念。

「わぁ。美味しそうだね。」

「当然よ。アタシが作ったんだもん。」

「さすがアスカだ。凄いや。」

「で、どうだったの? 病院。」

「原因がわからないって。ベッドがあってないんじゃないかってさ。」

「アハハハハハ。そ、そうなんだぁ。アハハハハ。」

「笑い事じゃないよ。」

「だって・・・。アハハハハ。」

「ぼく、まだ肩こりなんてする歳じゃないのに・・・おかしいなぁ。」

「アハハハハ。アンタバカぁ? アハハハハ。」

「な、なんでだよぉ。」

意味もわからず笑われ、なんだかムスっとしてしまうシンジの後から、聞き慣れた別の
女性の声が聞こえてきた。

「あらぁ、どうしたのぉ? 楽しそうねん。」

「おかえりなさーい。早かったんですね。」

「ちょっちねぇ。」

帰ってくるやいなや、いきなりエビチュの缶をプシュっと鳴かせているのは、言わずと
知れたこの家の主、葛城ミサト。

「最近、体があちこち痛くて・・・病院行ったんですけど。」

「体が痛いの? どうかしたの?」

「得に朝起きると、なんだか・・・唇もパサパサするんですよ。」

「シ、シンちゃんっ! そ、それってっ!!!」

するとミサトが、突然真剣な顔で目の前に近寄って来たかと思うと、覗き込んでくる。
予想外のその反応に、逆にシンジの方が目をまんまるにして、慌てふためいてしまう。

「え、え、え?」

「それって・・・もしかして。」

「な、なんなんですかっ! どういうことですかっ!」

「わたしの友達にもあったわぁ、丑三つ時になると、亡霊に毎晩とりつかれて・・・。」

「えーーーーーーーっ!!!」

真っ青になるシンジ。

「なーーんてねん。うっそよーーん。わははははは。ただの肩こりなんじゃないのぉ?」

「アハハハハハハハハハハ。シンジったらぁ。」

真面目に聞いていたのに、ミサトとアスカの大笑いの渦中で、からかわれていたことに
ようやく気付き、頬を大きく膨らます。

「もっ! ほんとに体が痛くて困ってるんですからねっ!」

「若いんだから、すぐ治るわよん。さ、ごはん、ごはんー。エビチュはどこかいな?」

ほとんど真面目に聞いて貰えない。これでもほんとに、保護者であり上司なんだろうか。

「もういいよっ。」

シンジはちょっとスネた振りをして見せながら、アスカが作ってくれたご飯を食べた後、
肩こりの薬を飲んで今日も眠りについたのだった。

翌日。

「うーーーー。やっぱり駄目だ。かなり体が痛くなってきてる。」

朝起きてみると、昨日にも増してだんだん体の痛みが酷くなっているような気がする。
いつものように唇もカサついている。

ベッドから飛び起きて、ストレッチをしながらあちこちの筋肉を伸ばしほぐしてみると、
少しマシになった気がする。

病院に行っても、原因不明ってことは・・・。
ま、まさか・・・。本当に。

昨日ミサトがからかって言っていた言葉が気になって仕方がない。頭の中ではありえな
いと思いつつも、このわけのわからない体調不良は・・・やはり。

お寺だ!
今日は、お寺に行こう。

だんだんと恐くなってきたシンジは、とうとうミサトの言っていた言葉をまにうけてし
まい、学校を休んでお寺に行くことにした。

<お寺>

お寺に辿り付くと、その寺の住職が困った顔でシンジのことを見返して来た。シンジが
どんなに一生懸命語っても、唸り声を上げるばかり。

「ですから、絶対ぼくには悪霊が取り付いてるんです!」

「すまんが、君。うちはただの寺で、除霊などはやっておらんのだ。」

「だって、お守りを売ってるじゃないですかっ。」

「うーむ。あれは、あくまでお守りであってだな。」

「じゃぁ、なんのためのお寺ですかっ。」

「葬儀や厄除けは行なうが、除霊などというものはな・・・。それより君、病院に一度
  行った方がいいんじゃないか? 精神科医を紹介するが?」

ムカ!!

真剣に話をしているのに、相手にしてもらえないばかりか、この言いようにはさすがの
シンジも腹をたてる。

もっとも、突拍子も無いことをいきなり言っているので、これが普通の対応なのだろう
が・・・シンジ本人は真剣なのだ。

「もういいですっ! ぼく、帰ります! 失礼しますっ!」

医者に引き続き、お寺の住職にすら相手にして貰えなかったシンジは、またブツブツ言
いながら墓の間を通り、家に帰って行った。

<ミサトのマンション>

今日も夕食を食べながら、うかない顔をするシンジ。その顔を前にアスカはカレーを口
に頬張る。

「なによ。ムスっとした顔して。」

「だって、お寺でも相手にして貰えなくてさ。」

「お、お寺ぁぁ? なにそれ?」

「昨日、ミサトさんが言ってたじゃないか。悪霊に取り付かれてるんじゃないかって。」

「し、失礼ねっ!」

「は?」

「で、まさか、アンタお寺に行ったわけ? マジ?」

「うん。」

「ブッ!!!」

おもいっきりカレーを噴出してしまうアスカ。まさか、ほんとに寺に駆け込んでいると
は、思いもしなかったらしい。

「アンタバカぁぁぁぁっ!!!?」

「でさ。ぼく調べたんだけど、除霊専門にしている巫女さんがいるんだ。」

インターネットで調べた除霊専門の巫女の広告。それをプリントアウトしたものを、得
意気な顔でアスカに見せる。

「ま、まさか。ここに行くつもり?」

「うん。」

「やめときなさいってば。」

「だって、絶対になにかが取り付いてるんだって。最近、ぼくおかしいもん。」

「だからって・・・。」

「他になにか原因考えられる? だったら、教えてよ。」

「そ、それは・・・。」

「だろ? ここに行けば、きっとぼくの体よくなるんだ。」

「・・・・・・。」

得意気に広告を見せるシンジを前に、アスカは人差し指をこめかみについて、困った顔
をするだけだった。

その夜・・・。

草木も眠る丑三つ時。

シンジはスヤスヤ、幸せな夢の中。

カチカチカチと、時計の音だけが聞こえる。静かな深夜。

スー!

シンジの部屋の襖が開く。

ひたひたひたと、静かな足音がシンジに迫る。

「フフフフフ。」

かすかな笑い声。

「今日も可愛い寝顔しちゃって。」

タオルケットをそっとめくり、その体をシンジの隣に沿わせ忍ばす。

「おかしいなぁ。肩が凝らないように、気を使ってるんだけどなぁ。」

夜な夜な忍び込んだアスカは、そっとシンジの手を伸ばし腕枕にして、寄り添い眠り始め
る。

だいたい、アンタがいけないのよ。
ユニゾンの時添い寝なんかするから・・・癖になっちゃったんじゃない。

発端はユニゾンの訓練の時だった。あの時シンジの隣で寝た時の安心感が、アスカの心
から離れなくなったのだ。

だがそれからしばらくは、アスカも1人で我慢して寝ていたのだが・・・。
マグマで助けて貰ったことが、アスカをシンジの元へ突き動かしてしまった。
それからというもの・・・。

「シンジぃ。」

シンジの横に潜り込んだアスカは、両腕を背中に回し。

「好きぃ。好きなのぉ。」

全身でシンジを抱き締め。

「ねぇ。シンジぃぃ。」

頬と頬を摺り寄せ。

「シンジぃぃ。好きぃぃ。」

長い長いキスをした。

そりゃぁ、朝になれば、唇も乾くだろうし、これだけやりたい放題抱き締められたら、
体も痛くなるだろう・・・。というか、これって夜這いではないか?

「あーん。シンジぃぃ。好きぃぃ。」

思う存分寝ているシンジに甘えたアスカは、いつしか安心した顔で眠りにつく。そして、
朝、シンジの目覚ましが鳴る前に、ばれないように起き出し部屋へ戻り、2度寝をする。
そりゃぁ、朝なかなか起きれないはずである。

翌朝。

シンジお目覚め。

「うーーーん・・・。まただ、また体が痛い・・・。唇もカサカサしてる・・・。」

シンジは困った顔で、自分の体を見詰めるのだった。

<除霊館>

インターネットで調べた、除霊を専門にしている巫女のところへシンジは、除霊をして
貰いにやってきていた。

なんだか、小さなとこだなぁ。
まぁいいや。

そこは、第2東京市の繁華街の中央にあるマンションの一室を借りて、”除霊館”とい
う名前で店を開いていた。

「アンタ・・・やめときなさいってば。」

心配で一緒について来たアスカは、そのあまりにも眉唾な店構えを前に、必死で止めて
くるが、なにかに憑依されていると信じて疑わないシンジは、その恐怖に押され人の声
が耳に入らないようだ。

「だって、他に原因がわからないじゃないか?」

「そ、それは・・・。」

まさか原因となっている自分の行動を暴露することもできず、さすがのアスカもそれ以
上なにも言えなるはずもない。

中に足を踏み入れると、部屋の中央に火が灯っており、数珠をもったおばさんが、水晶
玉と仏像と十字架とピラミッドの前に座っている。いったいどこの宗派だろう?

「あのぉ。」

「おやおや、どうされたかのぉ?」

「実は・・・。」

シンジは最近、原因不明で体が痛むことを、そのおばさん熱心に説明し始める。と、お
ばさんは、医師やミサト達や住職と違い真剣に話しをきいてくれるではないか。

このおばさん、いい人だなぁ。
ぼくの話、ちゃんと聞いてくれるよ。
さすが巫女さんだ。

「よろしい。よくわかりました。では、目を閉じなされ。」

「はい。」

目を閉じると、目の前でジャラジャラと数珠を鳴らしながら、なにやら意味のわからな
いことを叫び始める。バックグラウンドからは、ジャジャジャジャーンという音楽まで
流れてきて、なんだか凄く効果がありそうだ。

その間アスカはずっと、そのおばさんのことを、バカじゃないの?という目で睨み続け
ている。

「こ、これはっ! おぬし、大変じゃぞ。」

「えっ!!!」

おばさんが突然大きな声を出したので、びっくりして目を開けると、しわくちゃの顔が
ドアップで覗き込んできているではないか。

「わーーーーーーっ!!!」

あまりのアップにびっくりして、後にひっくりかえってしまうシンジだったが、そんな
ことおかまいなしに熱く語リ始めるおばさん。

「おぬしには、大変な霊がとりついておる。」

「えーーっ! ほんとうですかっ!!」

「あぁ。とにかくタチが悪い悪霊にとりつかれておるんじゃ!」

ビシ!

アスカの額に#マークが1つ。

「この悪霊は、自己中心的でタチが悪い。」

ビシ!

アスカの額に#マークが1つ追加。

「さらにこの霊はのぉ。やかましい。煩い。騒がしい。」

ビシ! ビシ!

アスカの額に#マークがまた1つ追加。

「そ、そんなに、酷い悪霊なんですかっ!?」

「そうとも。まだ、そんなもんじゃないぞ。」

「な、なんですか?」

「粗暴、暴力的、凶暴な、破壊魔じゃぁぁぁぁぁ。」

ビシ! ビシ!

アスカの額に巨大な#マークがドッカリ浮かび上がる。

「しかもっ! もっとも最悪なことにっ!」

「な、なんですかっ!」

「理知的な顔をしている癖に、実は単純バカじゃっ!」

ボカーーーーーーーーーン!!!

アスカの頭がとうとう噴火した。

目がおもいっきり吊り上る。

だが、そんな雰囲気をつかむことのできない、えせ巫女は、とうとう言ってはならない
ことを言ってしまった。

「その上、ズンドウなのじゃぁぁぁっ!!!!」

ドッカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!




フォンフォンフォン!

非常事態宣言発令! 繰り返します、非常事態宣言発令!

フォンフォンフォン!

住民のみなさんは、即座に非難願います! 繰り返します、至急非難を!




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作者注:危ない行為の描写は、青少年の読者様に悪影響を与える為、ここから先は省略
        します。
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<ネルフ>

結局、除霊をして貰いに行っても体の痛みが解決しなかったシンジは、最も相談したく
なかった相手であり、同時に最も頼りになる相手でもある、リツコの元にやってきた。

「簡単なことだわ。」

「ほんとう? ほんとですか?」

「ええ、たいしたことじゃないわ。まず考えられるのは、単に寝相の問題ね。ビデオで
  一晩シンジくんがどういう姿で寝ているか、録画すればいいわ。」

「そっかぁ。さすがリツコさんだ。」

なんだ、簡単なことだったんだ。
最初からリツコさんに相談しておけばよかったよ。

「あらゆる電磁波、電波、磁場、ATフィールド、なんでも録画することができるビデ
  オカメラを貸すわ。これで、霊の仕業でも分析可能よ。」

「は、はい・・・。」

だんだん、妖しいことになってきたような。
大丈夫かなぁ。

「更に、このオプションを装着することにより、シンジくんの心理グラフ、アルファ派
  やベータ派、心拍も撮影可能だわ。これも貸すわ。」

「は、はい・・・。」

いや・・・そこまではいらないんだけど。
やっぱり、リツコさんに相談したのは、間違いだったかも。

「しかも! この新開発の装置をつけることで・・・。」

「も、もういいです。これだけで十分です。」

「あら、そう。残念ねぇ。じゃ、」

「じゃ失礼しますっ!」

これ以上ごてごてといろいろ付けると、碌なことになりそうにないので、今、目の前に
出された物だけを手にして、急ぎ研究室を後にした。

なにはともあれ、これで少なくとも体調が悪い原因はわかりそうなので、少し心が軽く
なったような気がした。何が録画されるかも知らずに。

<ミサトのマンション>

夜。

リツコスペシャルビデオカメラを部屋の隅に設置したシンジは、安心して眠りについた。

明日になれば・・・。
原因がわかって、体の痛みから開放されるはずだ。

この時点で、シンジはそう信じていた。すくなくともこの時点では・・・。そして、幸
せな眠りについた。




翌朝。

体が痛い。
肩がギシギシと痛み、唇が乾いている。

「やっぱり体が痛いや・・・よし、ビデオを見なくちゃ。」

録画した映像を見ようと、設置しておいたビデオカメラを取り出す。

ディスプレイに接続。

再生開始。

丁度自分が寝るところの映像が映し出される。

問題無い。

それからはなにごともなく1時間経過。早送りで見ていく。

寝相も悪く無い。

苦しそうにもしてない。

さらに時間を進める。

夜中。

シンジ熟睡モード。

「んっ!?」

シンジの部屋の襖が開く。

なんだ?
悪霊かっ!!!

恐くなるシンジ。

薄暗い。

よく見えない。

誰かが近付いてきている。

髪が長い。

足が細い。

腰がくびれていて。

胸が出ていて。

窓から差し込む月明かりが、悪霊の顔を・・・照らしつけ。

「!!!!!!!!!!!!!!!!」

そ、そんなっ!!!
そんなバカなっ!!!

そこから先の映像を見たシンジは、鼻血が止まらなくなり、貧血の為学校を休んでしま
った。




その日の夜。

シンジはいつまでたっても寝付けないでいた。

いつもなら良い子のシンジはとっくに寝ている時間なのだが、どうしても眠ることがで
きない。

なぜならば・・・。

寝れるわけないじゃないかっ!!!

シンジの心臓は痙攣したおじいさんが叩く早鐘のように、物凄い勢いで打ちつけていた。

今日もアスカが来たらどうしよう・・・。
今日もアスカが来たらどうしよう・・・。
今日もアスカが来たらどうしよう・・・。
今日もアスカが来たらどうしよう・・・。

困った顔をするシンジ。そのくせなにか期待しているのだろうか? 少し嬉しそうだ。

23時。

寝れない。

0時。

寝れるわけがない。
心臓が破れそうだ。

0時30分。

シンジの部屋の襖が開いた。

「えへへへ。今日もちゃんと寝てるわね。」

ドキドキドキ。

やっぱり、録画されてたのは、ほんとだったんだ・・・。
ど、どうしよう。

ドキドキドキ。

「シンジぃぃぃ。」

ゴソゴソゴソと布団の中に入って来て、おもむろにシンジの腕を枕代わりに体をよせて
くるアスカ。その密着した体から、温もりが伝わってくる。

わぁ、アスカってやわらかいんだぁ。

じゃ、じゃなくて・・・。

あぁ、なんかいい香りがする。

じゃ、じゃないだろ・・・。
あぁ、どうしよう。

「シンジぃぃぃ。」

耳元でそっと自分の名前を囁き、しっかと抱き締めてくる。

ドキドキドキドキ。

シンジのもう片方の腕を、抱き枕代わりに抱き締め、足と足の間に挟んでくる。

ドキンドキンドキンドキン!!!

いつ心臓が飛び出ても誰も不思議がらないだろう。

アスカに抱き締められ、ほとんど体の自由がきかない。
暑い第3新東京市の夜、2人の温もりからじっとり汗ばんでくる。

だが全然不快感はなく、むしろこのまま、アスカに抱き締められたまま、眠ることがで
きたらどんなに寝心地がいいだろう。

しかし!

ドキドキドキドキ。

寝れるわけもなく。

わぁぁぁぁぁぁっ! ぼくはどうしたらいいんだーーっ!

薄目をそっと開けてみると、タンクトップの胸元が目に飛び込んでくる。

グハッ。

鼻血がまた出そうになる。

駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。
逃げちゃ駄目だ!

なにから?
なにからだよぉぉっ!

わーーーーーーーー、わかんないよぉぉ。

その時、アスカが近づいてきている気配を感じた。

な、な、な、なんだっ?

なにごとかと、また薄目を開けると、目を閉じたアスカのアップが。
唇が近付いてきている。

わっ!!!!
ど、どうしよう。

どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。

キス?
キスだ。キスだ。

わぁぁぁぁ。

どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。

シンジのおもいっきり目を閉じ、その瞬間を覚悟する。

ドキドキドキドキ。
ドキドキドキドキ。
ドキドキドキドキ。
ドキドキドキドキ。

そして、いよいよ唇が重なり合う瞬間。

「やっぱりだめだーーーーーーーーーっ!!!」

とうとう耐え切れなくなったシンジは、アスカの体を突き飛ばしてしまった。

「キャーーーーーーーーーーーっ!!!」

くんずほぐれずシンジ絡み付いていたアスカが、狭いベッドの上で突き飛ばされる。

無論、シンジもそれに引っ張られ。

「わっ!!!」

アスカの上にシンジが被さり。

勢い余って。

チュッ。

唇と唇が重なり合う。

キッス。

「!!!」

「!!!」

目を見開くアスカ。

同じく目を見開くシンジ。

2人の視線が重なり合う。

唇を重ねたまま、一直線に視線が交錯する。

「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

今度はアスカがシンジを蹴り飛ばす。

宙に浮くシンジの体。

「わーーーーーっ!!!」

「ア、アンタ、いつから起きてたのよっ!!!」

「だ、だって。」

「アンタが寝てると思ってんのを、いいことにっ! アタシを好き放題しようとしたで
  しょっ!」

一見、正しい文句に聞こえるかもしれないが、なにかおかしなことを威風堂々とアスカ
が叫ぶ。

ただ、わかっていることは、怒っているためかなんのためか、アスカの顔がこの上なく
弐号機のような色になっていたということ。

「ご、ごめんっ。」

「酷いっ。酷い。ひどーーーい! よくも、乙女に恥をかかせたわねっ!」

「ごめんっ。ほんとに、ごめんっ!」

「しかも、キスまでするなんて、信じらんなーいっ!」

「あ、あれは、不可抗力で・・・。」

「でも、したでしょうがっ!!!」

「ご、ごめんっ。」

「いいことっ? バツとして、今日から毎日、アタシに腕枕することっ!」

「え・・・、」

「アンタ! イヤだって言える立場だって、思ってたりしないわよねっ!!!
  自分のしたことわかってんのっ!?」

「ごめんっ。」

「じゃ、そういうことだから、さっさとそこに寝なさいっ!」

「うん・・・。えーーーーっ!!!?」

「寝なさいっ!!!」

「ご、ごめん・・・。」

それからというもの、シンジは毎日、毎日、アスカに腕枕をして寝ることになった。勿
論、肩こりが治るはずもなく。さらに、不眠症まで加わったとか。




数日後の夜。

そろそろ不眠症が解消されてきた頃。

「どう?」

アスカは毎晩、寝る前に肩をマッサージしてくれている。

「うん。気持ちいいよ。」

「そ。じゃ、そろそろ寝ましょうか。」

もう、シンジが寝付くまで待つなんてまどろっこしいことはしていない。夜も9:00
になると、シンジもアスカも就寝時間。今日の寝室はシンジの部屋。

「シンジぃぃ。」

腕枕をしてもらい、アスカは気持ち良さそうに布団に潜り込む。

見かけよりキャシャなアスカの体を優しく抱き締めると、腰から折れてしまいそう。




どんな悪霊であろうと除霊できる巫女さんがいたとしても、今シンジに憑依している青
い瞳の娘を除霊できる巫女はいないだろう。

「シンジぃぃぃ。」

甘えた声を出し、しがみ付いてくるこの青い瞳の娘を。




だって、 ぼくが離さないから。




そして、2人は・・・。

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作者注:危ない行為の描写は、青少年の読者様に悪影響を与える為、ここから先は省略
        します。
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fin.
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tarm@mail1.big.or.jp
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