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いつも最後は
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<ミサトのマンション>

戦いが終わって半年が経とうとする今も、シンジとアスカはミサトのマンションで同居
していた。

ずっとこんな暮らしが、続くと思ってたのに・・・。

アスカは1人、自分の部屋の机に座って思い悩んでいた。昨日かかってきた1本の電話、
それはドイツに住む新しい母親からだった。

咄嗟にあんなこと言っちゃったけど・・・。
どうしよう・・・。

『アスカちゃん? もうそちらでのお仕事も終わったんでしょ? パパとも話し合って、
  そろそろドイツで一緒に暮らそうかと思うんだけど。戻って来てくれないかしら?』

今の母親や家族は苦手ではあるものの特に嫌いというわけではなかった。しかし、ドイ
ツに帰りたくないアスカは、咄嗟に言ってしまった。

『日本に結婚したい人がいるの・・・。』

その言葉を聞いたアスカの両親は、心臓が飛び出るほど驚き電話の向こうで大騒ぎとな
ってしまった。その結果、明日早速その相手を見に来ると言い出したのだ。

どうしよう・・・。
人生最大のピンチだわ、これは・・・。

机にべたーっと倒れ込んで、これからどうしようかと考える。タイムリミットは、本日
1日限り。

『片思いでしたぁ』なんて言ったら、絶対にドイツへ来なさいって言われるわよねぇ。
なんとかして、シンジに告白しなきゃ・・・。
それで、ダメなら諦めがつくってもんだわっ!

そう決意したアスカは、とにかく行動に出ようとリビングへ出て行き、部屋に篭ってい
るシンジを早速呼びつける。

「シンジーーっ!」

「ん?」

「シンジったらっ! ちょっと出て来なさいよっ! シンジっ!」

「なんだよ、いきなり大声出して。」

突然大声で呼ばれたシンジが、のそのそと自分の部屋から出て来る。しかし、いざシン
ジが出てくると顔を赤くしてもじもじしてしまうアスカ。

「その・・・。えっと・・・。なに?」

「何って・・・アスカが呼んだんだろ?」

「そ、そうだったわね・・・。えーっと・・・。」

「なんだよ! もう! 用が無いんなら宿題するよ?」

シンジは訳のわからないアスカの態度に、怪訝な顔をしながら自分の部屋へ戻って行こ
うとする。

「あっ! ちょっと待ちなさいよっ!」

「だから、なに?」

「その・・・。」

「え?」

「あははははっ。はははぁ〜・・・。」

「・・・・・・・・・・。」

「はははっ・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・。」

「宿題してもいいかな?」

「だ、だめよ!」

もう何がなんだかわからないシンジは、ほとほと困り果てる。

「どうしたの? 何か用事でもあるの?」

「えっと・・・。」

「また、買い物にでも付き合えとか、そんなんじゃないの?」

「そうっ! それよっ! それっ! アンタよくわかったわねっ!」

「・・・・・・・・・・。」

この取って付けた様な用事は何なのだろうかと、シンジはだんだんとアスカのことが怪
しく思えてくる。

「じゃ、アタシ着替えて来るから、アンタも着替えて来なさいよねっ!」

「わかったよ。でも宿題があるから、早めに帰るよ。」

「なんでもいいから、急いで着替えてくりゃいいのよっ!」

とにもかくにも、ひとまずシンジをデートに誘い出すことに成功したアスカは、一歩前
進と上機嫌で部屋へ着替えに入って行った。

今日は運命的なデートになるのよねっ!
後で思い返しても恥ずかしく無い格好をしなくちゃねっ!

アスカは洋服ダンスから、何着ものワンピを取り出して試着する。なぜか下着まで、何
着も取り出し試着を繰り返している。

うん。こんなもんでいいかな。
あっ! そうだ。少しルージュを引こうかしら。

赤いワンピを身に纏ったアスカは、とっておきの薄いピンクのルージュでラインを引き、
ティッシュを咥えながら鏡を見つめる。

おおおおぉっ!
ちょっとルージュを引いただけで、アタシったら見違える様ねっ!
これなら、シンジから告白してくれたりしてぇ。むふふふふ。

しばらく鏡の前で妄想にふけってニマァとしていたアスカだったが、我に返りキリリと
顔を引き締めなおすと最後のチェックをする。

よしっ! 行くわよっ! アスカ!

アスカがリビングへ出て行くと、シンジは先程の格好のままでダイニングテーブルに持
って来た宿題をせっせとしていた。

ムカッ!

「アンタねっ! 何してんのよっ!」

「え? 宿題。」

「宿題ってねぇーーっ! この大事な日に、何のんびりしてんのよっ!」

「大事って・・・、荷物持ちに行くだけだろ?」

「それが大事なのよっ!」

「はぁ?」

「どうでもいいから、もうちょっとマシな服を着て来なさいよねっ!」

「え? 買い物に行く時って、いつもこんな格好だけど?」

「アンタバカぁ? いつもと今日は違うのよっ! さっさと着替えて来るっ!」

「もう・・・。わかったよ・・・。」

何がなんだかわからないシンジだったが、これ以上アスカを怒らせると何をされるかわ
からないので、他所行き用の服に着替えて来る。

「これでいいかな?」

「まぁ、そんなもんでいいわっ! じゃ行くわよっ!」

「ちょっと待って。この問題が解けそうだから、これだけやっちゃうよ。」

ムカッ!

再びシンジが宿題を広げたダイニングテーブルの前に腰を降ろそうとしたので、頭にき
たアスカはシンジの耳をむぎゅうと引っ張った。

「痛たたたたっ。何するんだよ!」

「そんなもんいつだってできるでしょっ! 時間が無いんだからさっさと来なさいっ!」

「いつだってって・・・、明日提出の宿題なんだよぉ。」

「やかましっ!!!」

シンジの無駄な抵抗はやはり無駄に終わり、アスカに引きずられながら買い物へと連れ
て行かれるのだった。

<繁華街>

なんとか告白する雰囲気に持って行こうと試行錯誤するアスカと、とっておきのルージ
ュどころか、お気に入りのワンピにすら目もくれずツカツカと歩いて行くシンジ。

もうっ! これだけ気合い入れて来たのにぃっ!

「ねぇねぇシンジぃ。」

そんなシンジが気に入らないアスカは、シンジの前に躍り出るとクルリとスカートを翻
しながらターンして顔を覗き込む。

「何?」

「今日のアタシ、いつもと違うでしょ?」

「うん。」

ぱぁーーあっと、顔が明るくなるアスカ。

「なんか、いつもより怖いよ。」

どよーーんっと、顔が暗くなるアスカ。

はぁあ、所詮この鈍感男の前で着飾っても猫に小判なのね・・・。
まぁいいわっ! 勝負はこれからよっ!!

「ところでアスカ? 何処に行くの?」

「何処でもいいわよ?」

「はぁ!??」

「えっ?」

「買い物があるんじゃなかったの?」

「あっ! そ、そうねっ! えっとねぇ。えっと・・・・。」

買い物に行く振りをしながらも、上手く告白できる場所を思い浮かべるアスカだが、な
かなかそんな都合の良い場所など無い。

「うーーーん。」

腕を組んで考え込むアスカ。

「なんだよ。何か買う物があったんじゃなかったの?」

「うーーーん。」

「・・・・・・・・。なんなんだよぉ、いったい・・・。」

「そうだわっ! 空中公園に行きましょっ!」

空中公園とは、高層ビルの最上階に作られた人工の公園である。近頃カップルのデート
スポットとして脚光を浴びているのだ。

「空中公園? あんな所で何買うの?」

「アンタも細かいこと言う男ねぇ。とにかく行けばいいのよっ!」

シンジはますますアスカのことを怪しく思いながらも、ここまで来た以上付き合うしか
無いので空中公園へと向かった。

<空中公園>

空中公園に上がってくると、噂に違わぬデートスポットといった雰囲気だった。あるカ
ップルは仲良く散歩しており、またあるカップルはベンチに座っていちゃついている。

うわぁぁぁ、綺麗な所ねぇ。ここを選んで正解だったわっ!

「ねぇ、こんな所で何を買うの?」

「アンタもひつこいわねぇ。ちょっと休憩するのよっ!」

「休憩って・・・。宿題が・・・。」

「いいから、こっち来なさいよねっ!」

問答無用でアスカが公園の中に入って行ったので、シンジもぶつぶつ文句を言いながら
付いて行く。

きょろきょろ!

公園の散歩道で辺りを見渡すと、例外無く皆腕を組みながら体を寄せ合って歩いている。
そんな中、アスカとシンジだけが唯一手を離して歩いていた。

アタシも、腕組んでみたいなぁ。
シンジ、怒こるかなぁ。

じーーっとシンジの腕を見つめるアスカだが、その腕に飛び付く切っ掛けが掴めない。
せめてポケットに手を突っ込んでいれば腕を絡め易いのだが、手を振って歩いているの
で余計に難しい。

はぁ・・・まぁいいわ。
ちゃんと告白した後なら、いくらでも腕組めるもんねっ!

今のところは大人しく腕を組むことを諦めたアスカは、ゆっくりと落ち着ける場所を探
しながら散歩道を歩いて行った。

いい場所はみんな取られてるわねぇ。
空いてる所、無いかなぁ。

さすがにたくさんのカップルが集う有名なデートスポット。綺麗な場所にあるベンチや
芝生の上は、既に全て占拠されていた。

あまり人が来ない静かな場所がいいわよねぇ。

しばらくそんな場所を探してきょろきょろしながら歩いていると、丁度良い具合に少し
向こうの木陰の下で、休憩していたカップルが場所を離れた。

あっ! あそこはアタシの物よっ!

「シンジっ! 休憩するわっ!」

「え?」

「疲れたでしょっ! 急いでっ!」

「はぁ? わーーーーーっ!!!」

突然腕を引っぱられたシンジは、今アスカが見つけた木陰の下に向かってダッシュで連
れて行かれる。

「はぁはぁはぁ。」

「はぁはぁはぁ。」

「これで、休憩できるわね。」

「はぁはぁ。休憩って・・・ここに来るのが一番疲れたよ。はぁはぁ。」

「良かったじゃない。丁度休憩できるんだから。」

「・・・・・・・・・。」

時々シンジは、『アスカって、本当に頭が良いのだろうか?』という疑問が沸き起こる
時がある。

「ねぇ、シンジぃ。」

「ん?」

腰を下ろしてようやく息も落ちついてきた頃、しんみりとアスカが話始めた。

「初めて会ってから、もう1年近くになるわよねえ。」

「そうだね。」

「それでね・・・。」

「なに?」

「それで・・・。」

いざとなると、何度も心の中で練習した告白の言葉が口から出てこない。勇気を総動員
して喉の奥から絞り出そうとするが、声になる寸前で止まってしまう。

「シ、シンジは・・・アタシの事どう思ってるのかなぁ?」

違うでしょっ!
アタシの気持ちを言うのよっ!
聞いてどうすんのよっ!

「どうしたんだよ、突然。」

「え? あっ! だ、だから・・・。人はアタシの事、どう見てるのかなぁって思って。」

ちっがーーーーーう。
そんなこと言いたいんじゃないーーーーー。

口を開く度に、どんどん話が違う方向へずれていくので、そんな自分にだんだんと苛立
ち始める。

「どうって、急にそんなこと言われてもわかんないよ。」

「そ、そうよね・・・。ははははは。」

もうっ! さっさと言っちゃうのよアスカっ!
今日しかチャンスは無いんだからっ!

「あ! あのさっ!」

「なに?」

「アタシっ! シンジのことが・・・。」

「え?」

「その・・・。あの・・・。もう、使徒来ないのかなぁ?」

「はぁ??????????」

うーーーーーーーーーーーーーーーー。
アタシは何言ってるのよぉぉぉぉぉ。

どんどん自己嫌悪の塊になっていくアスカと、さっぱり会話の内容がわからず困惑する
シンジ。

「それよりさぁ、買い物はどうするんだよ。」

「え? なに?」

「何か買いたい物が、あったんじゃないの?」

「あっ、そうだったわね。」

「早く買う物買って帰ろうよ。」

「もうそんなのいいのよ。しばらくここで休憩しましょ。」

「もういいって・・・。何しに来たのさ?」

「だから・・・。ちょっと、その・・・だから・・・暇潰しに・・・。」

「暇潰しぃーー?? 宿題があるって言ってるのに、暇潰しに付き合わさないでよ。」

宿題のことが気になっていたものの、アスカが重い荷物を持って帰るのは可哀想だと思
って出て来たシンジは、暇潰しに付き合わされたと聞かされてムッとする。

「なによっ! その言い方っ! 宿題とどっちが大事なのよっ!」

「買い物ならともかく、暇潰しなんかと比べたら、宿題の方が大事だよっ!!」

「なんですってーーーっ!! もう一度言ってみなさいよっ!!」

「あぁ、何度でも言ってやるよっ! アスカに付き合うくらいなら、宿題してた方がマ
  シだよっ!」

パーーーーーーーン!!!

少し目尻に涙を浮かべながら目を吊り上げて睨み付けたアスカは、おもいっきりシンジ
の頬に平手を叩き付けた。

「そんなに宿題がしたいんなら、さっさと帰ってしてきなさいよっ!」

「そうするよっ! 宿題しに帰るよっ!」

「もう2度とアンタと買い物になんか行かないわよっ!」

「ぼくも行くもんかっ!」

シンジは余程怒ってしまったのか、残されたアスカに1度も振り向くことなく、空中公
園を降りて行く。

もう2度と・・・シンジと・・・。

アスカは頬を叩いてしまった手の平を押さえながら、そんなシンジの後ろ姿をじっと眺
め続けていた。その手の平は痛くて、痛くて、泣き出したい程に痛かった。

<ミサトのマンション>

翌日、アスカの両親が来日することを聞かされたシンジは、学校へ行くこともできず朝
からあたふたと家の掃除をしていた。しかし、肝心のアスカは部屋から出てこようとは
しない。

あの時・・・、シンジへの想いが口から出てたら・・・あんなことには、ならなかった
のに・・・。

あれからアスカはシンジと顔を合わすこともできず、ただただ喧嘩してしまったことを
後悔し続けていた。

だいたい、シンジが大事な時に宿題だの買い物だの言うから・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
悪いのはアタシね・・・・・・・・。

もし自分がシンジの立場だったら、買い物に付き合わされたあげく暇潰しだったなんて
言われた時には、平手の一発もお見舞いしたくなるだろう。

最初から変なこと考えずに、ちゃんと言っとけば良かったなぁ・・・。
パパとママ、急用で来れなくなるといいのに・・・。

しかしそんな思いとは裏腹に、ミサトが迎えに行っていたアスカの両親が到着する。さ
すがのアスカも、部屋に篭っているわけにはいかないので、シンジと顔を合わせない様
にしながらリビングへと出て来た。

「アスカちゃん、久しぶりね。」

「どうだ? アスカ。元気にしてたか?」

久々に娘に会ったアスカの両親は、笑顔でアスカに語りかける。そんな両親にアスカは、
愛想笑いを返す。

「あの・・・。紅茶です。」

キッチンから出てきたシンジは、4人分の紅茶をテーブルの上に置くと、親子の会話の
邪魔にならないように自分の部屋へと入って行った。

「どうも、狭い所で申し訳ありません。」

「いえいえ。こちらこそ、アスカがずっとお世話になりっぱなしで。」

ダイニングテーブルに腰掛けたアスカの父親とミサトが大人の挨拶を交わす中、母親が
正面に座るアスカに少し小声で話し掛けて来る。

「ところでアスカちゃん、電話で言ってた人って何処にいるの?」

「え・・・。」

結局、告白に失敗してしまったアスカは、シンジを紹介することができずに顔を曇らせ
て俯いてしまう。

「まったく、突然結婚したい相手がいるなんて言い出すから、パパはびっくりしたよ。」

そんな寝耳に水の話を聞かされたミサトは、驚いた表情でアスカを見つめるが、自分の
立場をわきまえて言いかけた言葉を押さえる。

「それは・・・。」

「もっとゆっくりして行きたかったが、仕事の都合で今日帰らないといけないんだ。な
  んとか、今日会わせて貰えないかな?」

「それは・・・。その・・・。」

「どうしたの? アスカちゃん?」

娘が照れているのだろうと勘違いした母親は、優しい言葉を掛けてアスカの顔を覗き込
む。

「あれ・・・は・・・その・・・。」

「どうしたんだ? アスカ?」

父親もいつになく歯切れの悪いアスカの態度を疑問に思いながら、俯いてしまった娘の
顔を覗き込んだ。

「あれは・・・嘘なの。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

その言葉に驚いて顔を見合わせるアスカの両親。まさかここまで来て嘘だったとは思い
もしなかったのだ。

「本当に嘘だったの? アスカちゃん?」

「うん・・・。」

「どうして、そんな嘘を・・・。」

「せっかく友達ができたから、もうしばらく日本にいたいなぁって思って・・・。」

「そうか。そういうことだったのか。でも、ドイツに戻ってもすぐに友達はできるさ。」

「それは、そうだけど・・・。」

「まぁそれならそれで、せっかく日本に来たんだ。パパも仕事が忙しくてこういう機会
  はあまり無いから、今日一緒にドイツに帰ろうじゃないか。」

「あなた、そんなに急がなくても。」

「いや、今まで仕事が忙しくてあまり父親らしいことができなかった分、これからは少
  しでも早く家族サービスがしたいんだ。」

その言葉を聞いたアスカは、蒼白になって青ざめた。まさか、今日ドイツへ帰るなどと
は、夢にも思っていなかったのだ。

「で、でもパパっ! まだ荷物の整理とかあるし、学校の手続きもっ!」

「ははは。そんなことを気にしているのか? 荷物なんか、後で部下に運ばせるよ。学
  校の手続きもドイツに行ってからで問題無かろう。」

「で、でも・・・。」

そこまで聞いたミサトは、何も言わずに席を立ち上がるとシンジの部屋へと向かう。

「シンちゃん。ちょっと入るわよ。」

「はい、いいですよ。」

ミサトが部屋へ入ると何も知らないシンジは、ヘッドホンステレオを耳に当てていつも
の様に音楽を聞いていた。

「どうしたんですか?」

「今日、アスカのご両親が来られたのは、どうやらアスカを連れて帰るつもりみたいな
  のよ。」

「えっ!!!!!!!!」

「どうするの? シンちゃん?」

「どうするって、言われても・・・。」

「今日帰られる様で、あまり時間が無いから。後悔しないようにしなさいね。」

「ぼくは・・・別に・・・。」

「わたしが言いたかったのはそれだけ。それじゃ、アスカのご両親と話があるから。」

ミサトはそれだけ言うと部屋から出て行った。シンジは、ヘッドホンステレオを再び耳
に当ててじっと考え込む。

そんなこと言われたって・・・。
ぼくには、どうしようも無いじゃないか・・・。

シンジはそのままベッドの前で三角座りをすると、膝の間に顔を埋めて身動き一つせず
に自分の世界へと入っていった。

                        :
                        :
                        :

結局、両親に説得されたアスカは、自分の部屋でひとまずすぐ生活に必要となる荷物を
バッグに詰め込んでいた。

ドイツに帰るにしても、せめて・・・。

昨日シンジと喧嘩したまま別れることになってしまったので、今まで以上に後悔の念が
強まっていく。

アタシはいつもそう・・・。
最後の最後で、ダメなんだ・・・。
エヴァに乗ってる時も、いつも最後は・・・いつも最後は・・・。

荷物を詰め込みながらふと洋服ダンスに目を向けると、ここでシンジと一緒に暮らし始
める切っ掛けとなった、ユニゾンの訓練の時に着た音符マークのレオタードがあった。

シンジ・・・。

そのレオタードを洋服ダンスから取り出したアスカは、床に座り込んでぎゅっと抱きし
める。

これも、持って行こう・・・。

特に生活に必要というわけではなかったが、どうしても自分の手で持って行きたかった
のだ。

「アスカちゃん? 準備はできたかしら? もうタクシーが下に来てるわよ?」

「うん。」

名残惜しそうに、1年間暮らしてきた自分の部屋をぐるりと見渡すと、日本に来てから
の様々な思い出が蘇る。

ここって、元々はシンジの部屋だったのよね。
アタシが無理やり取っちゃって・・・。
あの時のアイツの顔ったら、なかったなぁ・・・ハハハ・・。

「アスカちゃん、帰りの飛行機の時間がもうギリギリなの。パパも下で待ってるから、
  早く行きましょ。」

「わかった、今行く。」

やり残したことはたくさんあったが、それもこれも全て自分が悪かったのだと言い聞か
せて、アスカはリビングへと出て行く。

「それじゃ、葛城さん。長い間アスカがお世話になりました。」

「いえいえ。こちらこそ、楽しかったです。」

「アスカちゃんからもお礼を言いなさい。」

「ミサト・・・また来るからね。」

「そうね。待ってるわ。」

「それじゃ、行きましょうか。」

「ええ。」

アスカはシンジの部屋へ視線を向けるが、いっこうに部屋から出て来そうに無いので、
寂しい思いを引きずりながらミサトの家を後にした。

コンコン。

「シンジ君!」

「はい。」

「アスカが帰るから、見送りに来なさい!」

アスカが出ていった後、シンジに声を掛けるミサト。

「でも・・・。」

「来なさいっ!!!」

「はい・・・。」

シンジがマンションの下へ降りると、そこには荷物をトランクに詰め終わり後部座席に
乗り込んだアスカの姿があった。

「それでは、どうもお世話になりました。」

シンジを連れて歩いてきたミサトに、父親は最後の挨拶をする。その横で母親もぺこり
とお辞儀をしていた。

シンジっ・・・。

窓の外に見えたシンジをじっと見つめるアスカ。シンジもそんなアスカをじっと見つめ
返す。

「シンジっ! 帰るわよっ!?」

「うん。元気で・・・。」

返ってきた何の感情も籠もってない様な言葉に、アスカはがっかりしてシンジの顔を見
つめる。そんな2人の間を、タクシーのウインドウが遮っていく。

「まさか、今日アスカちゃんと一緒に帰ることができるとは思ってなかったわ。」

「そうだな、一時は結婚したい人がいるなんて言うからびっくりしたぞ、アスカ。」

動き出したタクシーのわずかに開いている窓から、シンジの耳にアスカの父親と母親の
言葉が聞えてくる。

結婚したい人??
昨日ぼくを、あんな所へ連れ出したのは・・・。
アスカはぼくに何か言いたかったんじゃなかったのか? 大切な何かを・・・。

ミサトとシンジが見送るタクシーは、どんどん道の彼方へと小さくなって行く。そんな
シンジの目に、タクシーのリアウインドーから振り返ったアスカの顔が見えた。

その小さくなったアスカの瞳は、悲し気にシンジの目一点を見つめていた。

「ミ、ミサトさんっ!」

「何かしら?」

「お願いがありますっ!!!」

「まったくぅ、シンちゃんはぁ。いっつも最後の最後でなんだからぁ。」

ミサトはシンジの額を指でつつくと、既に準備していたルノーのキーをポケットから取
り出して、車を出しに走って行った。

                        :
                        :
                        :

<国道>

「ミサトさんっ! もっと急いで下さいっ!!」

「いくらわたしでも、これ以上は無理よっ!!」

まだ第3新東京市から空港へ向かう高速道路が無いので、国道をミサトのルノーは限界
の速度で暴走する。

「あっ! まっじーーー。」

「そ、そんなっ。」

しかし、空港に近づくに従ってその道は渋滞し始めた。

「ミサトさんっ! 抜け道とか無いんですか?」

「ここは無いわねぇ。」

「なんとかしてくださいよっ!」

「大丈夫よっ。ここが渋滞してるんだったら、アスカの乗ったタクシーも渋滞に捕まっ
  てるはずだから。」

「でも・・・。」

焦る心とは裏腹に、車はとろとろと空港へ向かって進んで行く。アスカの乗ったタクシ
ーも渋滞に巻き込まれているだろうが、距離を詰めることができない。

<空港>

ミサトの車が空港に着いた時、既にアスカが飛行機に乗るぎりぎりの時間だった。シン
ジは車から降りると、全力で空港の中へと走って行く。

アスカはっ!!!?

ドイツ行きの飛行機に乗る人達が、チケットを見せながら飛行機の中へと入って行って
いる。

まさか、アスカはもう乗ってしまったんじゃ。

シンジはまだ飛行機に乗っていない人達の顔をしらみ潰しに見ていくが、どこを見ても
アスカの姿は見当たらない。

いない・・・。
何処にもいない・・・。
もう・・・乗ったんだ・・・。

自分と乗客の間を遮る鉄製の手すりをギリギリと握りしめながら、下を向いて後悔に打
ちひしがれる。

ちくしょーー。まだ日本にいるのにっ!
ぼくは何もできないのか!!!?

シンジがドンっ!と手すりを握り拳で叩いた時、ふと聞き慣れた声がシンジの耳を刺激
した。

「ママ、酔い止めの薬貰って来たわよ。」

「悪いわねぇ。アスカちゃん。どうもこういう乗り物は苦手で・・・。」

アスカ?

ふとシンジが顔を上げると、そこには母親の元へ薬を貰って走り寄って来たアスカの姿
があった。

「アスカーーーーーっっ!!!!!!!!!!!!!」

思わず叫び声を張り上げたシンジに、空港にいた乗客全ての視線が集中する。

「シンジ・・・?」

そんな中、アスカは信じられないといった表情を浮かべながらシンジの方へ振り返る。

「行かないでくれっ!! アスカっっ!!!!」

「シンジっ!!!」

手にしていた薬の箱をぽとりと落としたアスカは、手すりの向こうにいるシンジの元へ
走り出す。

「アスカっ!! 好きだっ!! 行かないでくれっ!!!」

「シンジ! シンジ! シンジ! アタシも・・・アタシもっ!!!」

周りの物は何も見えない。ただ、シンジだけを見つめて駆け寄るアスカ。
次の瞬間、手すり越しに2人の体が重なり合う。

「アスカ・・・ごめん。ぼくはいつもいつも、最後に・・・。」

「最後に、いつもアタシを助けてくれるんでしょっ?」

「アスカ・・・?」

「今回も、また助けてくれたね・・・シンジ。」

アスカは他の物には目をくれずバッと手すりを乗り越えると、シンジの胸に飛び込んで
行く。

「パパ! ママ! 電話で言ってた人紹介するわっ! この人がアタシの好きな人よっ!!」

アスカはしっかりと抱き付きながら、父親と母親にシンジのことを紹介する。

「アスカ・・・おまえ・・・。」

突然のことにアスカの父親は2人を唖然と見つめていたが、アスカの母親は笑顔でゆっ
くりとシンジの元へ近寄って来た。

「碇シンジ君ね。」

「はい。」

「もうしばらくお世話になりますって、葛城さんに言っておいて貰えるかしら?」

「ママっ!」

アスカの顔がぱーーっと明るくなっていく。

「アスカを、お願いね。」

「はいっ!」

「それじゃあなた、行きましょうか。」

「いや・・・しかし・・・。」

「ほらほら、時間ですよ。」

シンジとアスカは、アスカの両親が飛行機の中へと消えて行くのを見届けた後、空港を
歩き出す。

「アスカ? 明日は日曜だから、空中公園に行こうか?」

「腕を組んで歩いてくれる?」

「え? うん。いいよ。」

「えへへへへへーーー。」

その言葉を聞いたアスカは、すぐさまシンジの腕に飛びついてくる。突然のことに、周
りの視線を気にするシンジ。

「ア、アスカ・・・?」

「腕・・・組んでれるって言ったじゃない。」

「それは・・・。」

「アタシは明日なんて、一言も言ってないわよ?」

「はは・・・そ、そうだね。」

腕を組みながら体を寄せ合い空港を出ていく2人の上を、ドイツ行きの飛行機が飛び去
って行く。

その後、再びアスカの両親が日本へ来ることになるのは、それから数年後の2人の結婚
式の時だった。

fin.
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tarm@mail1.big.or.jp
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