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借りを返す時
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<浅間山>

マグマの中で行われたアスカとサンダルフォンの戦いは熾烈を極めた。これだけの高温
高圧に耐えうる使徒に対して、プログナイフごときでは歯が立たない。

アスカ!!

使徒と交戦する弐号機の姿が、火口からマグマの中を覗き込んでいたシンジの目にも、見
えるくらいにまで引き上げられてきた。

アスカなら、大丈夫・・・きっと。

何もすることができないシンジは、手の平を開いたり閉じたりしながら自分に言い聞か
せて、戦いの成り行きを見守るしかなかった。

数十秒の激闘の末、熱膨張を利用したアスカの攻撃の前にサンダルフォンが崩れ去る瞬
間、アスカの搭乗する弐号機を引き上げていた循環パイプが切断されてしまう。

「アスカぁぁ!!」

次の瞬間、シンジはB型装備のままマグマの中へ飛び込んでいた。

「シンジくん!! な、なんてことを!!」

シンジのまさかの行動に、ミサトが通信システムに向って叫び声を上げる。

「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

エヴァの装甲を通してシンジに伝わる実際の高熱がシンジの体に、エヴァ自信が感じる
熱がシンジの精神に襲い掛かる。

ガクン。

マグマの中を沈下していくアスカの乗る弐号機が、初号機に掴まれる。

「シンジ!! アンタ何バカなことやってんのよ!!」

「グググググググ・・・。」

しかし、シンジからは苦痛にもがくうめき声しか返ってこない。弐号機のモニタに映し
出される初号機の拘束具は、みるみるうちに溶け出していた。

ビシビシ。

エヴァ2体の重みに耐え切れず、循環パイプに亀裂が入る。

「早く引き上げて!!」

「駄目です。これ以上負担をかけるとパイプが持ちません。」

「なんですって!!」

その時、ミサトとマヤの会話を聞いていたリツコから信じられない言葉が発せられた。

「初号機を失うわけにはいかないわ。弐号機を破棄します。」

「な、なに言ってるのよ!!」

司令室での会話は、通信を通してエヴァにも伝わっていた。

「嫌だ! アスカを見殺しにするくらいなら、ぼくが死ぬ!」

「アンタ! いいかげんにしなさいよ!!」

アスカは、初号機の手を振りほどこうとしたが、どろどろになった初号機の手は弐号機
を循環パイプまで引き上げた。

「グググググ・・・先に・・・行って。」

「ちょっと! アンタはどうすんのよ!」

「同時に登ると・・・グググ・・・パイプに負担が・・・。早く・・・。」

このままぐずぐずしていると、初号機が完全に溶けてしまう。しかし、シンジは全てが
溶けて落ちたとしてもアスカより先に上がるつもりはないことぐらいはわかる。アスカ
は1秒でも早く脱出して、シンジを救出する道を選んだ。

「ぐあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「もう、初号機がもちません!!」

通信から聞こえるシンジの叫びとマヤの声にぎょっとして、循環パイプを登っていたア
スカが下を見ると、拘束具のほとんどが溶け落ちむき出しになったエヴァがもがき苦し
んでいる。

「シンジっっっーー!!!!」

「ぐぐぐ・・・アスカ・・・無事で・・・ぐぐ・・さよう・・なら・・・。」

アスカは、咄嗟にシンジを救援に向おうとしたが、ミサトの声がそれを制する。

「アスカ!! 早く上がって!! あなたが地上に出れば循環パイプを引き上げられるわ!!
  まだシンジくんが助かる見込みがあるのよ!!」

まだ間に合う!!

アスカは、脇目も振らず循環パイプを登った。そして、アスカが循環パイプを支えるク
レーンにたどり着いた瞬間、一気に引き上げられる循環パイプ。途中、亀裂が入り2本
のパイプが切れた。

「パイプがもちません!」

「いいから引き上げて! 最大出力よ!」

マヤの報告を無視しミサトは、リスクを承知の上で全速力でパイプを引き上げる。

「!!!!」

亀裂の入ったパイプで初号機はなんとか救出されたが、そこにぶら下っていたのは、全
ての拘束具が溶け落ちあちこちが炭の様に黒くなった初号機だった。

「シ、シンジっっ!! シンジっっ!! シンジっっ!!」

アスカが通信で呼びかけても、全く反応が無い。エントリープラグが排出され、救護班
がシンジをタンカに乗せヘリコプターへと運ぶ。

「シンジは!?」

弐号機から降りたアスカが、ヘリコプターの近くまで駆け寄ると、溶けたプラグスーツ
に身を包み、あちこちに火傷を負った意識不明のシンジがタンカに乗せられていた。

「シ、シンジーーー!!」

シンジに抱き着こうとするアスカを、邪魔物だと言わんばかりに救護班が制する。

「シンジは、助かるんでしょうね!!」

「わかりませんが、今は一刻も早くネルフ本部のICUに運ぶ必要があります、下がっ
  ていて下さい。」

「そんな・・・アタシも、一緒に行くわ!!」

ヘイコプターは、シンジとアスカを乗せてネルフ本部へと飛び立って行った。

<病室>

あれから1ヶ月が経過したが、シンジの意識は回復しなかった。火傷は軽症ではなかっ
たが、致命傷というわけでもなかった。ただ、高熱の下に長時間いた為、精神にかなり
の負担がかかったことが原因らしい。

「今日はねぇ、お花を持ってきたのよ。いい臭いがするでしょう。」

この1ヶ月、毎日かかさずアスカはお見舞いに来ている。そして、面会時間ぎりぎりま
でシンジの世話をしたり、話し掛けたりして帰っていく日々を送っていた。

「ここに飾っておくわね。どう? お花があると雰囲気も良くなるでしょ。シンジも退
  院したら、アンタの部屋にも花くらい飾りなさいよね。」

ベッドの横で椅子に座り、意識の無いシンジの顔を覗き込みながらアスカは話し掛け続
ける。

「今日、家庭科の授業でクッキーを作ったのよ。やっぱりヒカリは上手いのよねぇ、教
  科書なんか見なくっても次々と作っていくんだから。でも、ヒカリほどじゃなくても
  アタシも結構いい物ができたのよ。」

アスカは、鞄から授業で作ったお手製のクッキーを取り出し、薄いピンク色のティッシ
ュペーパーで包まれたクッキーを、シンジの前で広げてみせた。

「どう? 上手くできてるでしょ。アンタも元気になったら、クッキー食べさせてあげ
  るから、さっさと元気になるのよ。」

しばらくの間、意識の無いシンジに話し掛けていたアスカだが、面会時間も残りわずか
となってきたので、いつもの様にシンジの世話をして帰ることにした。

「日本は暑いものねぇ。アンタもお風呂に早く入りたいでしょ。」

汗のついたシンジの体を、濡れたタオルで丁寧に拭いていく。今では気軽にできること
だが、シンジが入院した当時は火傷がひどく大変な作業だった。

「はい、おしまい。どう? 気持ち良くなったでしょ。」

シンジの世話役を買って出たのは、他でもないアスカ本人だ。意識の無い異性の世話を
するということは、それなりの覚悟が必要だった。それでも、アスカが懇親的な看病を
続けた結果、今では慣れた手つきでシンジの世話をしている。

もう、面会終了の時間だ。部屋の掃除を済ませ、医療器具の数値をチェックし、体が痛
くならないように、シンジの寝ている角度を変えたアスカは、病室を後にした。

<ミサトのマンション>

最近、料理担当はアスカの役目となっていた。シンジが入院した時、葛城家は家事の面
で機能しなくなってしまった。しかし、生活をしていかなくてはならないので役割分担
をしたのだが、料理当番だけは絶対にミサトには譲らなかったのだ。死にたくなければ
当然の選択ではあるが・・・。

「アスカも、だいぶ料理が上手くなったじゃない。」

「最初っからミサトよりは上手いわよ!」

「たははははは・・・そんなに、馬鹿にしたもんじゃないわよぉ。」

「よく言うわねー。」

「今日は、シンちゃんどうだった?」

「・・・・・・今日は、ちょっと機嫌が良さそうだったかな。」

「そう・・・、せめて意識だけでも回復してくれたらいいのにね。」

「うん。」

それまで元気一杯だったアスカだが、今のシンジのことを考えると少し視線を落として
しまう。

「ほらぁ、そんな顔しないの。大丈夫よ、もうすぐ元気になるって。」

「べ、べつに・・・。ただ・・・。」

「ん?」

「アイツには言わなくちゃいけないことが、たくさんあるから・・・。」

「そうね・・・。」

2人だけの夕食が終わり、アスカは自分の部屋へと入って行った。ベッドの上で横にな
りながら、シンジのことを考える。

回復には問題無し。もうすぐ意識は戻ると言われてる。

でも・・・そう言われてからもう2週間以上も経ってるのに、意識の戻る気配は無い。

もし、このままシンジの意識が戻らなかったら・・・。
その時は、アタシがシンジの面倒を見続けよう。
アタシの命は、シンジに貰った物なんだから・・・ううん・・・シンジはアタシの・・・。

<学校>

翌日、アスカはヒカリと弁当を食べていた。

「最近どうなの?」

「何が?」

「碇くんよ。」

「まだ、意識が回復しないのよ。」

「そう・・・。早く良くなるといいわね。」

「うん。」

「でも、ちょっとアスカが羨ましいな。」

「どうして?」

「碇くんの為に一生懸命やってるアスカを見てるとね、時々そう思うことがあるの。」

「ア、アタシは・・・借りは作らない主義だから。」

「はいはい。」

「む〜。」

「あははははは。」

「あ! 鈴原! ヒカリがねぇ、今度の日曜日ご馳走してあげるって!」

「ちょ、ちょっと!! アスカ!!」

「えーーほんまかいな委員長!」

「わ、私は、何も・・・。」

「あら? 嫌なの?」

「嫌ってわけじゃ・・・。」

「真っ赤になっちゃって、かわいい。」

「こんな仕返しの仕方って、ひどいんじゃない!!」

むくれてアスカに詰め寄るヒカリだが、その表情からは嬉しさしか感じられないのは気
のせいだろうか?

「あら? ひどいの?」

「そ、それは・・・。」

「委員長、楽しみにしとるで。」

「え・・・うん・・・わかった。」

「なんだ、結局ご馳走してあげるんじゃない。」

「アスカぁぁ・・・。」

既に、ヒカリの視線はアスカに懇願しているかの様だった。

「はいはい、がんばってね。」

弁当を食べ終わったアスカは弁当箱を片付けると、ゆでだこの様なヒカリにウインクし
て自分の席へと戻った。

はぁ、いつになったらアイツは回復するんだろう・・・。
意識が回復するのも遅いなんて、ほんとグズなんだから。

<病室>

その日もアスカは、学校が終わると真っ直ぐにシンジの病室へと向った。

「ヒカリがねぇ今度の日曜日、鈴原にご馳走するんだって。今日は、アタシがお膳立て
  してあげたの。ヒカリったら怒るんだけど、真っ赤になって嬉しそうな顔して怒って
  も説得力ないわよねぇ。」

いつもの様に、意識の無いシンジに今日の報告をする。アスカは、いつも楽しい出来事
しかシンジには話さなかった。それは、こっちの世界はこんなに楽しいんだから、早く
帰ってきなさいね。というアスカの願いの表れでもある。

「ねぇ、シンジぃ。アンタ、もう回復してるんだから、いいかげんに帰ってきなさいよ。
  いつまでも寝てたら、アタシが世話してくれると思ってるんじゃないでしょーね!!
  調子に乗るんじゃないわよっ!! いつまで経っても起きないんなら、アンタなんか
  知らないんだからね!!」

鼻をつまみながら顔を近づけて、シンジの顔を覗き込んでいたアスカだが、苦笑いを浮
かべるとまた椅子へと座り直した。

「なーーんてね。ちょっと、今日はヒカリが羨ましかったのかもしれないわね・・。」

「ア・・・スカ・・・。」

「え!?」

今確かに、シンジの口から言葉が零れた。アスカは、椅子を立ち上がるとシンジの顔を
再び覗き込み、体を揺する。

「シンジっ! シンジっ! シンジっ!」

しかし、揺すれども揺すれども、シンジは再び何も言葉を発さなかった。

聞き間違い? 幻聴?
そうかもしれないわね・・・。

アスカの落胆は激しかった、下手に期待した分その反動は大きい。アスカは、シンジの
世話を終わらせると、がっかりして退室した。

<ミサトのマンション>

病室を出てからも、シンジが発したと思われる言葉のことをずっと考えていた。

やっぱり、幻聴?
アタシの想いが作り出した幻?
でも・・・幻聴じゃなかったら・・・もしかしたら意識が回復する兆しだったのかも。
そう思いたい・・・・いいえ、そうなのよ! きっとそうに違いないわ!

今まで落ち込んでいた気持ちが嘘の様に晴れ上がり、クッションを枕代りにして寝てい
たアスカは、勢い良く立ち上がった。

ということは、アイツが帰ってくるのも近いってことよね。

即断即決即行動。アスカは、シンジの部屋の掃除をしたり、勉強が遅れない様に学校の
プリントなどをまとめたりと、シンジがいつでも帰ってこれる様に準備をするのだった。

<病室>

昨日のこともあるので、今日は学校を休んで朝から病室に訪れている。その手には、病
院の許可を取って、チェロが握られていた。

「ねぇ、シンジ。チェロを弾くんだってね。アタシはまだ聴いたこと無いんだけど、こ
  んど聴かせてよね。」

シンジの横に座り、目を閉じたシンジの眼前に翳してチェロを見せるアスカ。

「まさか、アンタにチェロの趣味があるなんて思いもしなかったわ。人は見かけによら
  ないものねぇ。アタシも弾いてみようかしら?」

アスカは、見舞い用の椅子に座るとチェロを弾く体勢になった。

ギーコギーコ。

「難しいわね・・・。」

ギーコギーコ。

たとえアスカとはいえども、弦楽器を弾くなど初めての体験だ。まともに音が出ない。

ギーコギーコ。

「だめね・・・。チェロの音を聞けば目が覚めるかと思ったんだけど・・・。アタシじ
  ゃ無理なのね。」

チェロをベッドにもたれさせて立ち上がったアスカは、少しがっかりした様子でシンジ
の顔を覗き込んだ。

「アンタにできて、アタシにできないなんて腹が立つわねぇ。早くアタシに教えなさい
  よね!!」

シンジの鼻を摘まんで、ぶーーーっと膨れるアスカだが、その瞳には優しさの光が射し
ていた。

「ん・・・・。」

鼻をつまんで覗き込むアスカの目の前で、シンジの息が漏れる。

「シンジ?」

そっと、鼻から手を離してシンジの顔を覗き込むが、反応が無い。

「シンジ!? シンジ! シンジ!」

何度も呼びかけるが、やはり反応が無い。

「目を覚ましてよ!! ねぇ!! シンジ!!」

「ん・・・・。」

ゆっくりと開いていくシンジの瞼の下には、黒曜石の様な瞳がかすかに見えていた。

「シンジ!! シンジ!! 起きてよ!! 目を覚ましてよ!!」

涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、自分を揺さ振り続ける赤い髪の女の子の姿がぼんや
りとシンジの瞳に映し出される。

「あ・・・・アスカ? アスカなの??」

「シ・・・シンジぃぃぃぃ・・・・。」

必死でシンジを揺すっていたアスカだが、その言葉を聴いた瞬間に体の力は無くなり、
ばさっと上に覆い被さるとシンジに抱き付いていた。

「シンジ・・・シンジ・・・。」

「どうしたの? アスカ? 泣いてるの?」

「ぐすっ・・・な、泣いてるわけないでしょ!!」

「ぼくは・・・ぼくは・・・・・・・・・・・どうなったんだろう?」

記憶の糸を手繰り寄せるシンジ。

「ここは・・・・!?
  ぼくは・・・。
  アスカと使徒の捕獲に行って・・・。
  あ!! アスカ!! ぶ、無事だったんだね!!」

「ぐすっ・・・何、バカなこと言ってるのよ! 命令無視! 単独行動! 独断専行! ア
  ンタなんか・・・アンタなんか・・・ぐすっ・・・。」

「ごめん・・・心配かけたみたいだね・・・。」

「ぐすっ・・・フン! 誰がアンタのことなんか!!」

しかし、シンジを抱きしめるアスカの両手の力は、ぐっと力を込めていた。そう、まる
でもう2度と離さないと言っているかの様に・・・。

ビーーーービーーーー。

「な、何!?」

突然鳴り響いた警報に反応したアスカは、シンジから離れると辺りを見渡した。しかし、
その警報は一瞬のうちに鳴り止み、辺りは暗闇に包まれる。

「どうしたの!?」

シンジはずっと寝ていた為、思うように体に力が入らない。ゆっくりとベッドの上で体
を起こし、暗闇の中を見つめる。

「ネルフが停電するなんて・・・。」

アスカは嫌な予感がして、そっと病室の扉を開けて外の様子を伺うが、外もやはり真っ
暗で廊下の先が全く見えない。

カツカツカツカツカツ。

しばらくの間、聴覚に神経を集中して辺りの様子を伺っていると、複数の人間の足音が
近付いてくる。

「シンジ、誰か来るわ。隠れて。」

「でも・・・。」

「今のアンタに何ができるのよ! アタシに任せて! 早く隠れなさい!」

「でも・・・アスカ・・・。」

「うだうだ言ってんじゃないわよ! アタシは借りを作らない主義なのよ! この間の借
  りをここで返すだけよ! 隠れて!!」

「・・・わかった。」

アスカは、ドアを閉めると息を潜めて相手が入ってくるのを待つ。

カツカツカツカツカツ。

来たわね。

病室の前で止まる幾人かの人の足音。同時に男の話し声が聞こえる。

ズガーン。ズガーン。ズガーン。

ひっ!!

ドアの鍵の部分に3発の銃弾が炸裂したかと思うと、ドアを蹴破って2人の男が乱入し
てきた。

「このーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

バリーーーーーーン。

扉の横に隠れていたアスカが、花瓶を男の頭に叩き付ける。その男は、その場に崩れ落
ちた様だが、もう1人の男がアスカに向かって蹴りかかってきた。

「グフッ。」

吹き飛ぶアスカの体。

「セカンドチルドレンまでいるとはな、おまえは連れてこいとは言われていない。死ん
  でもらおう。」

その男が、再びアスカに襲い掛かろうとした時。別の方角からシンジが飛び込んできた。

「ちくしょーーーーー!!」

男の手にシンジが噛み付くが、筋肉が衰えており体中にほとんど力が入らない。シンジ
は、男に殴られその場に崩れ落ちる。

「シンジ!!」

体を起こしたアスカが、再び男に飛び掛かろうとしたがそれより早くシンジが再び男へ
と襲い掛かる。

「アスカに手を出すな!!」

爪で引っ掻き男に噛み付くシンジだが、抵抗らしき抵抗にはならず再び男に殴り倒され
る。

「このーーーーー!!」

アスカは手探りで果物ナイフを取ると男に突っ込んだが、相手はプロである。逆に殴り
飛ばされた。

「きゃーーーーー!!」

「アスカに触るな!!」

またしてもシンジが、男に飛び掛かるが軽くあしらわれ蹴りを何発かくらいその場にう
ずくまる。その時・・・。

「何者だ!!!」

「チッ!!」

暗闇の中で、シンジとアスカを蹴り飛ばしてしまったのが男の敗因だった。咄嗟に2人
の位置がわからなくなった為、人質にすることができなかったのだ。

ガンガン!

男は銃を2発撃つと、ネルフの諜報部員に突進して廊下を逃げ去っていく。追いかける
諜報部員。

「大丈夫か!」

懐中電灯で照らされた病室には、口や目尻を切り血を流すシンジと、シンジを胸に抱い
てじっとしているアスカの姿があった。

「大丈夫です。」

シンジが、諜報部員に答える。

「そうか。突然の停電で混乱し、遅くなって申し訳ない。すぐに医者を呼んでくる。」

諜報部員は、幾人かを廊下に残して医者を呼びに行った。

「シンジ・・・ありがとう・・・。」

諜報部員が残していった懐中電灯の明かりに照らされながら、シンジを抱きしめるアス
カ。

「ぼくは、何もできなかったよ・・・。でもアスカが無事でよかったよ。」

「ううん。アタシだけだったら、きっと殺されてた。何が借りを返すよ・・・ね。また
  借りを作ってしまったわ。」

「アスカ・・・。」

いとおしげにシンジを見つめるアスカの瞳を見たシンジは、何も言えなくなってしまっ
た。

「こうなったら、アンタにどんどん借りを作って、最後に借りを返させて貰うことにす
  るわね。」

「え?」

「アタシをアンタのフィアンセにしてあげるから、それで借りを返すわ。」

「ちょ、ちょっと・・・アスカ?」

「何? 文句でもあるの? ありがたく思いなさいよね!」

「そ・・・そんなつもりで・・・。だから・・・その・・・。」

「アタシじゃ嫌だとでも言うの!?」

「そ、そうじゃないけど・・・でも・・・。」

暗闇・・・沈黙・・・。

わずかな光の中でお互いを見詰め合う2人。

「ごめんなさい。」

不意にアスカが謝った。

「こんな言い方しかできないの・・・。」

「アスカ・・・。」

「嫌よね・・・迷惑よね・・・。」

懐中電灯の光の中で、シンジを見つめていたアスカが顔を背ける。

「アスカ・・・。」

自由にならない体をゆっくりと起こして、今度はシンジがアスカを抱きしめた。

「ちゃんと借りを返してね。」

「え!?」

「約束だからね。」

「・・・シ・・・シンジ・・・。」

パッ。

病室に光が灯る。

「明かりがついたみたいだね。」

「ええ。」

2人は、明るくなった病室のベッドに腰を降ろしてお互いを見詰め合う。その時、通信
モニタが開きゲンドウが映し出された。

「あ! 父さん!」

「何をしている。」

「何って・・・。」

「わたしが、手動でお前たちのエヴァの準備をしていたと言うのに、そこで何をしてい
  る。」

「え? エヴァ?」

画面が切り替わり、プラグスーツを身に纏ったレイが映し出された。どうやら、エント
リープラグ内にいるようだ。

「私が、1人で使徒と戦っていたというのに・・・あなた達は・・・。」

レイの赤い瞳には、怒りが込められていた。

「使徒!?」

再びシンジが素っ頓狂な声をあげた。どうやら、シンジとアスカがここにいる間に使徒
が攻めてきていた様である。

「だって・・・知らなかっ・・・。」

「さよなら!!」

ブチ!

レイは、シンジの言い訳も聞かずにブチっと回線を切断してしまった。

「使徒が来てたなんて・・・。」

「いいじゃない。次回この借りを返せばいいのよ。」

「そ、そうだね。」

「2人でね。」

「そうだね、2人でこれからもがんばって行けば・・・きっと。」

数日後、シンジは無事退院することができた。退院後、さっそくアスカはシンジにチェ
ロの弾き方を教えてもらった。そのレッスンは、アスカがシンジに借りを返すその日ま
で行われ続けたという・・・。

fin.
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