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奇蹟の1時間
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<ネルフ本部>

人類の存亡を掛けた戦いを綴った2015年が、歴史の中にその身を委ね始めた201
6年の折り返し地点。6月に入った早々、シンジはゲンドウに呼ばれ司令室に来ていた。

「お前もこの6日で15だな。」

「はい。」

「その日、話がある。わたしの家へ来い。」

「父さんのっ? ほんとっ?」

「あぁ、その日でなければならぬ。わかったな。」

「うんっ! ぼくの誕生日だねっ! きっと行くよっ!」

「なら今日はいい。」

近頃この司令室に呼ばれることが多くなっている。話の内容は使徒戦の頃とは違い、ネ
ルフ関係のことではなく父と子としての内容が多い気がする。ゲンドウが何かしようと
考えていそうだと、さすがに鈍感なシンジもこう何度も続くと最近気付き出した。

父さんと一緒に暮らせる日も近いのかな?

それより・・・なんだか緊張するな。
父さんの家なんて初めてだよ。

司令とパイロットの関係でなく、父と子としてようやく接することができる。その日の
ことを考えると、少し顔が綻んでしまう。

<ミサトのマンション>

部屋の扉をしっかり閉め、生まれて初めて挑戦する編物。白く細い毛糸で、夏でもおか
しくないようなニットの帽子を編む。

もうすぐシンジのバースデーよねぇ。
初めて2人でお祝い。
嬉しいなぁ。へへへ。

夏でもかぶれる薄手の帽子を編もうとする為、毛糸が細くなかなか進まない。6月6日
は後3日。それまでにはなんとかしたい。

アイツびっくりするかなぁ?
なんたって、このアスカ様が編物してんだからねっ!
プクク。
か、顔がにやけてるかも・・・。

帽子を渡す時のことを考えただけで、嬉しくなってくる。シンジのことだ、自分の誕生
日なんか忘れててびっくりするかもしれない。もしかしたら誰も祝ってくれないなんて
思い、しょんぼりしてたとこに帽子を渡して・・・。

あー、ダメダメ。
か、顔が・・・。

そうだっ!
早く作んなくちゃ。

ようやく自らの使命を思い出し打ち込み出した時、ガタガタガタと玄関の開く音。シン
ジが帰って来たのだろう。

急がなくちゃ。
もうちょっとで区切りだし。
そこまで。

「アスカ。ただいまぁ。」

「おかえりー。ちょっと待ってなさいよ。部屋開けんじゃないわよっ。」

焦る。ここで見られたら全てがおしまい。両手をせかせかと動かしあと少し、区切りの
いいところまで。

「あっ!」

もうちょっとというところで、がっくりと肩を落とす。目が1つ飛んでいるではないか。
また2段程、解いてやりなおさなければいけない。

あーぁ。
やっぱ、焦っちゃダメね。
いいわ。後でしよっと。

作り掛けの帽子をクッションの上にポンと置き、リビングへ出て行く。そろそろ晩ご飯
の時間だろう。

シンジは学校から直接ネルフへ行った為、制服姿だった。部屋に鞄を置き普段着に着替
えてリビングへ出て行く。その途中、部屋の中のアスカに声を掛ける。

「もうお風呂入った?」

丁度同じタイミングで扉が開き、アスカが部屋から顔を出す。既にいつものタンクトッ
プとホットパンツ姿になっているので、どうやらもう入ったようだ。

「入っちゃったわよ。」

「そうなんだ。じゃ、ぼくも入ろうかな。」

「あー、お腹減ったぁ。」

ん?
あれは・・・。

アスカが出て来た時、僅かに開いた扉の隙間の向こうに見えるクッション。その上に置
かれている編み掛けの帽子を、シンジは見てしまった。

あれ・・・。
手編みの帽子?
まさか、ぼくの誕生日に?
違うかな。
でも、お祝いしてくれるつもりだったらどうしよう。
父さんとこ行かなくちゃいけないし・・・。

まさか自分から、『あれは誕生日プレゼントか?』なんて聞けるはずもない。まだ誕生
日まで3日あるので、しばらく様子を見ることにする。

「四季が少しづつ戻って来てるのかなぁ。最近、雨ばっかね。」

「ミサトさんもそんなこと言ってたけど・・・雨ばっかりでやだなぁ。」

「夏は去年より暑くなるって言ってたしねぇ。」

「えーー。あれ以上暑くなるの?」

「だからさ、日射病とかならないように、帽子いるわよ?」

「・・・・・・。」

やっぱり、あれはぼくの為に?
うーん・・・。
どうしよう。
それとなく、切り出してみようかな?

「そうなんだ。じゃ、ぼくに帽子くれる?」

「えっ!!!!!? な、な、なんで、アタシがアンタに帽子なんか、なんか、あげな
  くちゃ、ちゃ、ちゃっ、いけないのよっ!!!!」

あれ?
やっぱり思い過ごしなのかな?

「わっけわっかんないこと言ってないで、さっさとご飯作んなさいよねっ!!! まっ
  たくっ!」

いきなりプンスカ怒って、リビングへズカズカ歩いて行ってしまう。シンジはなんで怒
られたのかわからず、あまりこれ以上刺激しないように静かに後を付いて行くのだった。

あのバカ。
いきなり何言い出すのよ。
焦ったわねぇ。もぉっ!
まだ、秘密なんだからねっ!

ダメね。
あんまりヒントになるようなこと言っちゃ、バレちゃうわ。

冷や汗を掻きながら、シンジと目を合わさないようにして絨毯に寝転がりテレビを見て
いると、シャワーの音が聞こえて来た。どうやら、夕食の前に風呂に入ったらしい。

今だっ!
続き編まなくちゃっ!
急げっ!

僅かの時間も惜しいアスカは、テレビを消し部屋へ飛んで入ると先程失敗していた所か
ら帽子を編み直す。

あーん。
なかなか進まないよぉ。
今迄なにもしてこなかったもんねぇ。
エヴァばっかでさ。
ちょっとづつ今までの時間取り戻さなくちゃ。

「ん? ん? ん????」

編み物の本を見ながらやっているが、またわからないところがでてきた。悩んでいる時
間が勿体無いので、即座に携帯電話を掴みプッシュプッシュ。

「あ、ヒカリー。」

『どう? できたぁ?』

「それがさぁ、ちょーっとわかんないとこあんのよ。あのね、編み目でね・・・」

                        :
                        :
                     話し込み
                        :
                        :

「後さ、ここの段が変わるとこなんだけど・・・」

「アスカぁ? ご飯できたんだけどー?」

突然のシンジの呼び声。

「ひゃっ!? あ、あとで電話する。」

『アハハハ。一緒に暮らしてたら大変ね。』

「じゃ、じゃぁね。」

編み物のことなど電話で話しているのを聞かれるわけにはいかない。急ぎ電話を切り編
み物を中断すると、部屋を出て行きお食事タイム。

「ん? なにこれ?」

唐揚げがメインの晩御飯がいろいろと出ており、その中に見慣れぬ不気味な物が1つ小
鉢に入り並ぶ。

「ヒジキだよ。」

「美味しいの?」

「特別美味しいってわけでもないけど・・・食べてみて。」

「うん。」

試しに1つ箸で摘んで食べてみる。確かに特別美味しいというわけではないが、不味い
わけでもない。

「ん? 何見てんのよ。」

「アスカもお箸の使い方、上手くなったと思って。」

「1年もお箸使ってたらさ。」

「そりゃそうだけど。」

「他のこともいろいろ覚えてんのよ。」

「ふーん。」

「そうよぉー。えへへ。」

エヴァばっかりで、無くしちゃった時間、取り戻すんだもん。
バースデープレゼント、びっくりするわよ。
初めての手編みだもんねー。

お料理もばっちり教えて貰ったし。
早く来ないかなぁ。6月6日。

翌日、学校へ行ったシンジは、姉となったレイと6月6日のことについて話をしていた。
戸籍登録の際、レイの方がしっかりしているので姉となっている。

「じゃぁ、姉さんも行くんだ。」

「私。碇司令と一緒に暮らすみたい。」

「そうなの? 良かったじゃないか。」

「碇君は?」

「ぼくはそんな話聞いてないなぁ。」

ゲンドウに言われ、もう綾波とは言わず無理にでも姉さんと呼んでいるが、まだまだレ
イの方は、そういうことに馴染めず昔のまま。最初はシンジも注意を促していたが、リ
ツコに自然に慣れるまで無理をささない方が良いと言われ、今では受け流している。

「そうなんだ。なんか大事な話があるみたいだね。」

「ええ。碇ユイさんのサルベージのこと。」

「えっ!!!? ほ、ほんとなのっ!?」

「ネルフの技術部の人も来るわ。」

「そうなんだ・・・。」

話がそこまで大きくなっていては、とても行かないわけにはいかない。もしアスカが誕
生日のこと考えててくれたらどうしようと、悩みが増してくる。

「わかったよ。うん。姉さんも聞いてるのかなって思っただけなんだ。じゃ。」

「ええ。」

自分の席に戻るシンジに軽く手を振るレイ。そんな2人の様子も、今では安心してアス
カも見ていることができる。

どうしよう。
ファ・・・レイもシンジのバースデーパーティー呼ばなくちゃいけないかしら。
2人っきりがいいんだけどなぁ。
でも、アタシのお姉ちゃんになるんだもんねぇ。
どうしよう・・・。

2人っきりのラブラブ誕生日パーティーの誘惑がかなり強い・・・が、レイが姉という
立場になった以上、なんとしてでも仲良くしておきたい。

うーーん。
うーーん。

更に悩みが増えてしまい、アスカは机にうっぷして考え込んでしまうのだった。

<ネルフ本部>

同じ頃、ゲンドウはネルフ本部で冬月と最重要会議を開いていた。来年に迫るユイのサ
ルベージを控えた、最も重要な前準備の作戦である。

「レイは6月7日に、引越しをさせる。」

「あぁ。いいんじゃないか?」

「シンジは、葛城君になついているんでな。急がさなくていいだろう。」

「あぁ、それでいい。」

「家の改装についてだが、シンジは弐号機パイロットと仲が良いようだ。彼女の部屋も
  いるか?」

「そこまで考える必要はなかろう。まだ15だ。」

「ふむ・・・。」

髭を右手でさすりながら考え込むゲンドウの姿を、冬月はやれやれという顔で眺める。
そんな冬月にゲンドウは恐る恐る尋ねた。

「これで、ユイに怒られずに済むか?」

「それはわからん。」

「ふ、冬月!」

「できる限りのことをしろ。残された道はそれだけだ。」

「う、うむ。」

使徒戦の時以上に、ゲンドウは必死だった。なにより苦手とする家族の再構築を、自ら
の手で行わなければならない。その負担は計り知れない。それでも、どれ程の苦労をし
てでも、愛妻に会える喜びには変えられない。

今回のことも6月6日に設定したのは、使徒戦が終ったのにシンジの誕生日を祝いもし
なかった事実だけは作りたくなかった為であるが・・・そんな考えではユイに怒られる
日も近いだろう。

<学校>

再びここは学校。放課後になり、アスカは意を決してレイの元へ駈け寄っていた。

「レイ?」

「何?」

「明後日さ、シンジのバースデーじゃない?」

「そうね。」

「一緒にバースデーパーティしましょ?」

「駄目。」

なっ!
な、な、な、なによっ! コイツっ!
アタシが誘ってあげてんのに断るってーのっ!?

ムッとしたが、ここで短気を起こすわけないはいかない。なんといっても、相手は姉に
なる人間だ。

「そんなこと言わないでさぁ。アタシもレイと一緒がいいなぁ。」

「・・・・・・なにを言うのよ。」

こういう優しい言葉にまだ慣れていないレイは、どう反応していいかわからず、頬を少
し赤らめ目を泳がせている。

「でも・・・碇司令のとこ。行くから。」

「え? そうなの?」

「だから駄目。」

なんだぁ。用事があったんだ。
それじゃ、仕方ないわ。
シンジと2人のラブラブバースデーね。

内心万歳して喜ぶアスカだったが、そこはそれ悲し気な顔をするのが礼儀であろう。

「なんだぁ。シンジと2人っきりかぁ。残念ねぇ。」

「碇君も駄目。」

「・・・・・・え?」

「碇君も碇司令のとこ、行くから。」

「えっ!? う、ウソっ!?」

「6月6日。碇司令から碇ユイさんのことで話があるもの。」

「!!!」

アスカはショックで崩れ落ちそうになった。ヒカリにケーキの作り方やパーティー用の
料理の作り方まで習い、帽子を編み、明後日の為に準備してきたのだ。それが一気に崩
れ去って行く。

「そう・・・そうだったんだ・・・。」

「それだけ?」

「ええ。ごめんね。引き止めて。」

「いい。大した事ないから。」

淡々と喋りレイが去って行った後、滝のような涙を流してその場にアスカがうっぷして
いる。

家族でのバースデーパーティーかぁ。
あーぁ。
シンジのことだから、碇司令に呼ばれたら嬉しいわよねぇ。
アタシなんかよりずっと・・・。

楽しみにしていた6月6日が駄目になってしまい、アスカはがっくりして家へと帰って
行くのだった。

<ミサトのマンション>

部屋に篭ったアスカは、それでも編み物を続けてはいたが、思ったように指が動かない。
プレゼントは渡すことはできるだろうが、パーティーはなくなってしまった。

あーぁぁ。
楽しみにしてたのになぁ。

机の下を見ると、ビニール袋に入った蝋燭やクラッカーなどのパーティーグッズが寝転
がっている。もうこれを使うこともないだろう。

ゴソゴソゴソとパーティーグッズを引き出し、1つ1つ眺めては袋にしまう。これを買
う時、1つ1つにいろんな楽しい未来を想像して買っていたのが今では嘘のよう。

アタシがパーティー準備してたなんて知ったら。
アイツ、行かないとか言い出しそうよね。
見つかる前に捨てよ・・・。

自分の部屋のごみ箱にはとても入りきらないので、それらを見られてもわからないよう
に、ビニール袋の口を硬く結んで台所にある大きなごみ箱の奥底へと押し込むのだった。

翌日。6月5日の朝。

今日もアスカは起きて来るのが遅い。いつも遅いのは遅いのだが、最近になって特に寝
起きがよくない。

やっぱり、ぼくの為に夜遅くまで帽子編んでくれてるのかなぁ。
だとしたら、誕生日プレゼントしか考えられないし・・・。
聞こうかな。

『誕生日プレゼント作ってくれてるの?』

・・・・・・聞けないよなぁ。そんなの。やっぱり。
はぁ。どうしよう。

そろそろアスカを起こさなければいけない。誕生日までタイムリミットぎりぎり。どう
していいものか困り果てる。

そうだ。
『明日父さんとこ行くから、晩ご飯は出前でもとって。』って言おうかな?
そしたら、なにか反応が・・・。
そうしようっ!

そこまで思い至り、朝食に使った卵の殻をゴミ箱に捨てようとした時、なんだかおかし
いことに気付く。昨日に比べて異様にゴミがせり上がっている。

あれ?
こんなにゴミあったっけ?

流し台の下から新しいゴミ袋を取り出し、いっぱいになったゴミ袋をゴミ箱から引っ張
り出す。すると、その底の方に何やら大きなビニール袋が捨てられていた。

なんだこれ?
こんなの捨てたっけ?

間違えてアスカの物を捨てたら殺されるかもしれない。シンジはゴミの山に手を突っ込
み、硬く縛られたビニール袋を引き摺り出し開いた。

「!!!」

これって・・・。

それを見たシンジは、明日ゲンドウの所へ行かなければならないことを言い出せず、学
校へ行くことになった。

<学校>

その日シンジは授業中ずっと悩んでいた。今まで誕生日なんか祝ってくれる人はいなか
った。それをおそらくアスカが祝ってくれようとしているのだろう。

たぶんアスカ、明日父さんとこへ行かなくちゃいけないこと知って・・・。
でも、母さんのサルベージの話だよな・・・。
どうしよう。

1時間目が終り、2時間目が終り、授業は進み、そして昼休み。まだシンジの結論は出
ていなかった。

「せんせー、飯や飯ぃ。なにしんきくさい顔しとんやぁ。」

「ご、ごめん・・・。ちょっと・・・。」

「なんやぁ?」

いつも一緒にお昼ご飯を食べている3バカトリオだったが、シンジはなにやら思い悩ん
だ顔で弁当も食べず屋上へ1人上がって行く。

屋上から空を見ると、梅雨を思わせるような薄暗い雲が広がっている。

やめよう。
父さんにはまた今度にして貰おう。
母さんの話なら、明日でなくても聞けるし。
せっかくアスカが準備してくれてたんだ。
そうしよう。

はっきりと自分の中で答えを出したシンジは、その日家へ帰ってあのパーティーグッズ
を前に、明日の予定をアスカと話すことに決めた。

<ミサトのマンション>

今日は2人並んで帰ったシンジとアスカは、それぞれの部屋へ入り着替えた後リビング
へ出て来る。

ふとアスカがゴミ箱の中に目を向けると、新しいゴミ袋に変わっており昨日のゴミは無
くなっていた。

これでいいのよ。
シンジが前から望んでたことだもん。

そうは思うものの、どうしても寂しい想いで綺麗になっているゴミ箱の中を覗きこんで
しまう。

「アスカ?」

「えっ? な、なにっ?」

不意に後から声を掛けられ、取り繕うように慌てて振り返る。

「探してるの。これ・・・かな?」

「え? あ、あーーーっ!!」

シンジが手にしていたのは、昨日捨てたはずのパーティーグッズが詰まっているビニー
ル袋。アスカはびっくりして取り返そうと手を伸ばす。

「なんでアンタが持ってんのよっ!」

「今日ゴミ捨てる時、なんだろうと思って見ちゃったんだ。」

「勝手に人のゴミみないでよっ!」

シンジからひったくり後ろ手に持って背中で隠す。

「明日、ぼくの誕生日なんだ。」

「ふーん。知らなかったわっ。」

「それ・・・。」

「こ、これはっ! アンタのバースデーとは関係ないのよっ!」

「せっかくだしさ、明日それ使わしてくれない?」

「明日って、アンタ家族でバースデーパーティーするんでしょうがっ!」

「誕生日ってこと・・・・知ってるじゃないか。」

「うっ。し、知らないわよっ!」

あちらの方向を向いて、無理矢理にでも知らぬ存ぜぬを突き通すそうとするアスカ。

「やめるよ。父さんとこ行くの。」

「はぁー!? ア、アンタばかーーーーっ!!!?」

「また、父さんとこはいつでも行けるからさ。」

「いつでもじゃないでしょっ! 大事な話があるんでしょーがっ!」

「いいんだ。」

だがアスカはガンとして譲らない態度でシンジに迫る。

「ダメよっ! ちゃんと行くのよっ! いいわねっ!」

「だって、折角アスカが・・・。」

「だからこれはっ! これは・・・。」

「違うの?」

「・・・・・・そうよっ! アンタを祝ってやろうとしたのよっ! どーせ誰も祝ってく
  れないだろうと思ったしねっ! でも、お父さんが祝ってくれるんでしょーがっ!」

「母さんの話聞きに行くだけだよ。」

「大事なことじゃないのっ! 行きなさいよねっ!」

「駄目だよ。折角アスカが用意してくれたのにさ。」

「じゃ、じゃぁさ。帰って来てから祝ってあげるわ。最終のバスに乗っても、6月6日
  に帰ってこれるじゃん。」

「そうだけど。」

「準備して待っててあげるからさ。やっとお父さんと話できるんでしょ。行ってらっし
  ゃいって。」

「でも・・・。」

「だーーーーっ!!! ウダウダ言わないっ! イ・キ・ナ・サ・イ!」

「うん・・・わかった。ありがとう。」

ようやくニコリと笑うシンジ。

「たかだか、バースデーパーティーくらいで、喜んでんじゃないわよっ。」

「ありがとう。アスカ。」

「べ、べつに・・・。」

あらぬ方向を向きながら、ビニール袋を後ろ手に持ってアスカがダイニングから出て行
く。

そんなやり取り。

それは、今まで誕生日など祝って貰った記憶の無いシンジにとって、一生思い出に残る
6月5日の出来事だった。




翌日、学校から帰って来たアスカは、1度は捨てたパーティーグッズなどを飾り付け、
ヒカリに習った料理やケーキを一生懸命作っていた。

シンジも15歳なのねぇ。
バースデーパーティーかぁ。嬉しいなぁー。
邪魔なのはいないしねぇ。

今日ミサトは、加持に頼んで連れ出して貰った。あれがいると、下品にお酒をガバ飲み
するわ、ガーガーいびきをかいて寝るわでムードぶち壊し。

先、ケーキからねっ。
料理は9時くらい目処に作っときゃいいかな。
さぁ、忙しいぞぉっ!

気合を入れて早速生クリームを作り出す。ヒカリの家で何度も何度も練習したケーキと
料理の数々。いよいよ本番。

すっごいの作るわよっ!
シンジ帰って来たらびっくりするんだからっ!

あー、もうダメ。
想像しただけで顔が・・・。

「あはははははっ!」

昨日、誕生日パーティーができることになり、朝方までかかって作り上げたニットの帽
子も今は綺麗にラッピングされている。

時計の針が、1秒,1秒回って行く。目標は9時っ! 時間との勝負っ! アスカは右に
左に体を動かし、次から次へと準備を進めて行く。

<ゲンドウの家>

ユイのサルベージの話も終り、今はアスカが言っていたように自分を中心とした豪華な
立食パーティーが開かれている。

ゲンドウが用意した一流のコックによる豪華な料理に舌鼓をうちながら、祝いに来てく
れたネルフの関係者と話をする。

「おっ。碇君。素晴らしい牛肉が出てきたよ。取ってあげよう。」

「は、はい・・・。」

政府関係者だろうか。見も知らぬ男性が、気さくに声を掛けてきて高級牛肉を取ってく
れた。皿に入れられた肉をフォークで食べる。

あんまり食べちゃ・・・。
せっかくアスカが準備してくれてるのに。

もう9時過ぎてるよ・・・。
どうしよう。

そろそろ帰りたいのだが、自分の誕生日祝いの為にまだいろいろな出し物などが用意さ
れている。ボードに書かれた今日のプログラムを見ると、終了はなんと10時30分。
全てがシンジの誕生日を祝う催し物。こんなことになってるとは予想してなかった。

はぁ・・。
どうしよう。

とてもではないが、帰るなどと言い出せる雰囲気ではない。突然何を思いたったのか、
全てゲンドウがシンジの為に企画したらしい。

10時半か。
最終バスは11時。なんとか間に合うか・・・。

そんな胃の痛くなるような時間が過ぎ、やっと閉会となった。これで帰れるとばかりに、
シンジは帰宅しようとしたのだが、ゲンドウが呼び止めて来る。

「シンジ。来い。」

「え? なに? ぼ、ぼく・・・あの今日は・・・。」

「誕生日プレゼントがある。」

「・・・・・・うん。」

予想すらしていなかったゲンドウからのプレゼント。こんなに嬉しい物はないのだが、
時計の針が回り続けている。

父さん。早く。
時間が無いんだよ。

応接室でイライラして待つシンジだったが、なかなかゲンドウが現れない。最終のバス
の時間が刻一刻と迫る。

父さん!
何してんだよっ。

10時45分。もう限界だ。ゲンドウには後で電話することにして、今日のところは帰
ろうと部屋を出ようと時。

「待たせたな。」

かなり大きな包みを両手で抱えて、ゲンドウが現れた。

「なにそれ?」

「開けてみろ。」

「い、今?」

「そうだ。お前の喜ぶ物が入っている。」

「わかったよ。」

開けないわけにはいかない。シンジは時間を気にしながら、両手を一生懸命使って包み
を開けて行く。しっかり梱包されていて、開封に手間取りイライラする。

「あっ!」

「どうだ。」

包みを開けると、その中の箱から出てきたのは、かなり高級なチェロ。ゲンドウをふと
見ると自分が喜ぶのを期待しているのか、どことなく嬉しそうな髭面をしている。

「ありがとう! 父さんっ!」

「いや。」

はにかんで、どこかあっちの方向を向くゲンドウ。

「大事にするよ。持って帰れないから、置いててくれるかな? また取りに来るから。」

「問題無い。」

「じゃ、そろそろ帰るから。」

「うむ。」

帰れる!

シンジは貰ったチェロを元のケースに戻すところまですると、後は一目散に飛び出して
行った。

時計を見る。

10時48分。

ぎりぎりだ。

全力で走る。バス亭まで後少し。

59分。

門を曲がればすぐそこ、10メートルばかり先にバス亭がある。間に合いそうだ。

「よしっ!」

バス亭へ到着。まだバスは来ていない。汗を拭きながら、ベンチに座りバスを待つ。

1分経過。
2分経過。
3分経過。

バスが来るであろう方向をじっと見ながら座っていたシンジだったが、だんだんとイラ
イラしてくる。半歩道へ足を出し、背伸びをして通りの向こうに目を向ける。

7分経過。
8分経過。

ま、まさか・・・。
行った後だったんじゃ・・・。

ここまで遅れるというのはあまりにもおかしい。自分の時計が1分たがわず正しかった
などということはないだろう。

そして、10分が経過した時、シンジはミサトのマンションへ向かい全力で走り出して
いた。

あと50分っ!

ここからミサトの家までは15キロくらいだったはず。1時間以内に走るのは至難の技
だ。

「はぁはぁはぁ。」

息が切れる。

無我夢中で足を動かす。

頭の中が白くなってくる。

「はぁはぁはぁ。」

5キロ程走った辺りで、かなりバテテきた。少し大きな道を渡る信号が青になるのを待
ちながら息を整える。

タクシー。
来ないかな。

道をきょろきょろしてみるが、ダンプがたまに通るだけで、そんな車は目に付かない。
後少し待てば・・・と思った時、信号が青にかわった。

それと同時に、いつ来るかわからないタクシーなど待っていられず、シンジも走り出し
ていた。

<ミサトのマンション>

息をぜーぜー吐きながらエレベーターを登り、玄関の扉の前に立った時、既に時計は6
月7日の0時5分を指していた。

ぼくの誕生日、終わっちゃった・・・。
ごめん、アスカ。

こんな時間になったのだ。きっともうアスカは寝ているだろうと自分で鍵を開け中へ。

パーーーーーーーーン!!!!

心臓が飛び出るかと思った。

「シンジーーっ! ハッピーーバースデーーーっ!!!」

「アスカっ!? び、びっくりした・・・。」

「おっそーいっ!」

「ごめん。バス間に合わなくて。」

「遅いっ! 遅いっ! おそーーいっ!」

「ごめん・・・。」

「いいから早く入って。」

シンジの手を引っ張るアスカ。

「なにこれーーーっ! 汗だらけじゃないのぉっ!?」

「え。あ、ちょっと。」

「風邪ひくわよ。」

アスカが投げてくれたタオルで体を拭きながらダイニングへと入って行く。

「わっ! す、すごいっ。」

そこには、たまに焦げたところや、形が崩れたとこなどがあるものの、アスカの苦労の
跡が滲み出ている料理がところ狭しと並んでいた。

「こ、これ? 全部アスカが作ったの?」

「そうよっ! スゴイでしょ。」

「ほんと、凄いや・・・。」

「ささ、座って。」

「うん。」

アスカに言われてシンジが椅子に腰掛けると、電気が消えケーキに立てられた15本の
蝋燭に火が灯った。

「今日で15歳ねっ! おめでとーーーっ! さっ、消して。」

「うん。」

ケーキの火を一気に消す。たった1人だったが、アスカが盛大な拍手をしてくれる。

暗闇に包まれる部屋。

そして、再び電灯に照らされる。

「あの・・・ほんとごめん。遅れれちゃって。」

「なにが?まだ、時間あるじゃん。」

「え?」

ふと時計を見ると、11時10分を回ったところ。

「えっ!??? な、なんで???」

自分の時計はもう0時10分になっている。

「あぁ、アンタの時計。1時間進めといたのよ。」

「えーーーーーーっ!!????」

「そーでもしないと遅刻するでしょ。アンタの場合。」

「そ、そんなぁ。一生懸命走ったのにぃ。」

「おかげで間にあったじゃん。はいっ! プレゼントよっ!」

アスカが差し出してくれたのは、綺麗にラッピングされたニットの帽子。シンジはそれ
を受け取り被ってみる。

「ありがとう。嬉しいよ。」

「うん。似合う似合う。」

「そうかな?」

鏡を見てみる。普段あまり帽子をかぶらないシンジだったが、嬉しくなってくる。

「さぁっ! 食べるわよーーっ!」

「ぼくも食べる。ちょっと食べたけど・・・あれだけ走ったらもうぺこぺこだよ。」

「シンジの為に、このアタシが作ったんだからねぇっ! 感謝して食べんのよっ!」

「うん。」

アスカが用意した料理を1つ1つ食べる。それは涙が出る程、どんな料理より美味しい
料理だった。

パーーーーンっ! パーーーーンっ!

「シンジーっ! ハッピーバースデーーっ! おめでとーーーーっ!」

この日最後の1時間が、この15年間でもっとも幸せな誕生日。

この日最後の1時間が、この15年間でもっとも愛に満たされた時間。



おめでとう、シンジ。

ありがとう、アスカ。



                        :
                        :
                        :

そして。翌日。

シンジとアスカは見事に1時間遅刻した。学校に付いた時、アスカは当然のような顔を
してたが、シンジはわけがわからずパニックになってしまった。そう、シンジは時間通
りに家を出たはずだったのだ。




それは昨日、神様が2人だけに与えた1時間を、朝の時間から返して貰った為だった。

シンジは思う。

あれは、アスカの優しさが神様に通じて生まれた、奇蹟の1時間だったのだと。

fin.
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