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奇蹟の1時間の秘密
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作者注:この小説は、”奇蹟の1時間”のラストシーンの謎を解く、あの時アスカが何
        をしてたかです。なぜ1時間が生まれたかの謎解きを知りたい方は、よければ
        お読み下さい。(大した謎じゃないのですが、本編でははっきり書いてないも
        ので。)
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<ミサトのマンション>

今日はアイツのバースデー。

碇司令のとこ行かなくちゃいけなくなって、今はいないんだけどね。たぶん、9時頃に
は帰って来ると思う。

9時かぁ。
時間がないから、頑張らなくちゃ。

お料理は冷めちゃいけないでしょ? だから、先にケーキから作ってるの。

シャカシャカシャカ。

生クリームは空気のつぶつぶと混ぜるようにって、ヒカリが言ってたわ。こんな感じで
いいかしら?

シャカシャカシャカ。

ボールにクリームいっぱい。上手くできてるかなぁ。
ちょっと、指で掬って舐めてみる。

おいしい。

どれどれ、こっちは?

ぺろり。

おいしい。

こっちはどうかなぁ?

ぺろり。

おいしい。

じゃ、こっちはどうかなぁ?

ぺろり。

おいしい。

あ、こんなことしてる場合じゃなかった。急がなくちゃ。

シャカシャカシャカ。

今頃アイツ、司令の家に着いた頃かなぁ? バスで15分くらいって言ってたもんね。

喜んでるだろうな・・・うーん・・・やっぱり、緊張してるわねきっと。
あのバカ、嬉しいんだったら素直に嬉しいって顔すりゃぁいいのに。

生クリームもできたし、次はスポンジよね。これもまた混ぜなくちゃいけないのよ?
知ってる?

シャカシャカシャカ。

アタシが一生懸命頑張って味見したおかげで・・・じゃなくて・・・とにかく、ケーキ
ができあがったわけよ。

メッセージなんて書こうかなぁ。

チョコのペンを持って、白いケーキと睨めっこ。白い無愛想な奴が、早く何か書いてっ
て睨んでる。

”I Love You.”

書きたい・・・書けない・・・。

”シンジ好き”

書きたい・・・書けない・・・。

どーすんのよっ!
メッセージなんか書いたら、恥かしいじゃないっ!

どうしよう・・・。
ヒカリ、いつもどうしてるんだろう?
聞いてみよう。

プルルルルル。

「あっ! ヒカリぃ?」

『どう? 進んでる?』

「それがねぇ。ケーキの上にメッセージ書きたいんだけど、困っちゃって。」

『なにが? 困るの?』

「なんて書けばいいと思う?」

『なんてって、”おたんじょうびおめでとう”ってので、いいんじゃないの?』

「あっ! そうかっ! ありがとーーっ!」

『????』

「じゃねぇ。頑張るっ。」

『うん。頑張ってっ!』

プチッ。

そっか。その手があったんだ。

カキカキ。

”おたんじょうびおめでとう! シンジすき”

よしよし。間違ってないわよね。

「おたんじょうびおめでとう! シンジすき」

ん?

「シンジすき」

なによこの”すき”ってのはーーーーーーっ!!!

どうしよーどうしよーっ。

えっとえっとえっと・・・。

ハートマークにしちゃおう。

”すき”をハートマークで塗り潰してオッケー! これで恥かしくないわっ!

あっ! そうだ。
料理料理っ!

アタシはできあがったケーキを冷蔵庫にしまって、次はヒカリのとこでメモったレシピ
のノートを見ながら料理を作り出したの。

これがまた難しいのよねぇ。隣にヒカリがいてくれるのと、1人でみんな作るんじゃほ
んと大違い。

えっと・・・えっと・・・。
ん?

強火だっけ? 弱火だっけ?
あーん、どこにも書いてなーい。

ヒカリん家でメモって来たノートをバラバラと捲ってみるけど、書き忘れてたみたい。
悩む時間はないのよっ! 携帯掴んでプッシュプッシュ。

「ヒカリーーっ! 鳥焼くのって、強火ぃ? 弱火ぃっ?」

『あんまり強くしたら漕げちゃうわよ。』

「そっか。そうよね。サンキュー。」

『頑張ってね。』

よしよし鳥は火にかけて、しばらくおいといて・・・。ん? 梅シソごはん・・・の
”しらす”ってなんだっけ?

プッシュプッシュ。

「ヒカリー。”しらす”ってなんだっけ?」

『小さなお魚買って来なかったの?』

「あっ! あるある。これ?」

『そうそう。ねぇ。わたし、そっち行こうか?』

「あ、いい。いい。大丈夫っ。ばっちりよっ。」

『ばっちり・・・ね。』

「じゃね。ありがとー。」

次はお肉と野菜を炒めて・・・。
あーーーっ! と、鳥がぁぁぁっ!

「キャーキャーキャーっ。」

うーん、ちょっと焦げてるかも・・・。
こ、これくらいなら、許容範囲よね。大丈夫大丈夫。
鳥さんはおいといて、お肉お肉・・・。

ん? カチカチに凍ってる・・・切れない。
プッシュプッシュ。

「ヒカリーっ! お肉切れないぃぃっ!」

『切れない?? なんで?』

「カチンコチンなのよ。」

『解凍しなくちゃ駄目でしょっ。』

「あっ、そうか。フライパンで暖めたらいいのね。」

『ちがーーうっ! 電子レンジーっ!』

「そ、そうだったわ。うん。大丈夫。大丈夫。」

『ほんとぉ? やっぱり行こうか? なんか、物凄く心配なんだけど。』

「大丈夫だってば。アタシ1人で作りたいからね。」

『そっか。そうよね。応援してるから、なにかあったらいつでも電話してきて。』

「ありがとー。」

よしっ! 完璧。アタシに不可能なんてないのよっ!
ん? 

ギャーーーーっ! もう8時じゃないのよっ! 急がなくちゃっ!

もうキッチンはひっちゃかめっちゃか。 エプロンも顔もひっちゃかめっちゃか。

いっそげっ! いっそげっ!

トントントントン。

サラダは欠かせないわよねっ。お肉ばっかじゃ、太っちゃうし健康に悪いもん。

トントントントン。

キャベツがリズミカルに切られてる。アタシのリズム感をバカにしちゃいけないわよ。

トントントントン。

「いっ、いったーーーーーいっ!!!!」

なんか、急に指が痛くなったっ! なにがどーなってんのよっ!

「いたいっ! いたいっ! いたいっ!
  いたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!」

よく見たら、ちょこっと切れてるじゃないのよっ!

「この包丁壊れてんじゃないのーーーっ!!!
  いったーーーーーいっ!」

バンソウコウは・・・えっとえっと。

「はっ!」

そんなの貼ってたら、アイツまた泣きそうな顔になるわね・・・。
どうしよう・・・。
まぁいいや。アイツが帰って来る前に取ればいいわ。

トン・トン・トン。

ちょっと包丁を動かすテンポダウン。安物の包丁だってのがわかったから、これ以上お
肌に傷つけられたらたまんないもんね。

トン・トン・トン

よっしっ! できあがりーーー。
ん?

ぎゃーーーーっ! 9時回ってるじゃないのーーーっ!

でもね。一通りは完成したわ。後は、テーブルに並べて飾ってっと。

それから・・・。

このキッチン、使徒が暴れた後みたい・・・よね・・・これじゃ。
片付けなくちゃ。

そんなこんなで、10時には全てができあがったの。自慢の料理を前に、ダイニングに
座っていつでも準備オッケー。

えっとね。
ここにシンジが座るの。
その向かいがアタシ・・・隣がいいかな?

いそいそと、食器の配置を変えてシンジの隣にアタシのも並べてみる。

うーん。とってもいい感じ。
アイツも15かぁ。
バースデーっていったら、1番の記念日よねぇ。
おめでとーっ! おめでとーっ! よね。

「あっ!」

そうだそうだ。帽子持って来とこ。

こういうのは渡すタイミングが大事。肝心な時に、部屋に取りに行ってちゃダメダメ。

アタシは部屋からしっかりラッピングした帽子を持って来て、すぐに見つからないよう
にテーブルの下に隠して準備オッケー。

ハッピーバースデーッ! ハッピーバースデーっ!
むぅ・・・。
シンジの奴おそーいっ!

時計を見たらもう10時半。いい加減帰って来てよぉ。
まさか、今日は司令の家で泊まることになったとか・・・。
それなら、電話くらいしてくるわよねぇ。

「はぁ〜。」

なんか、他にすることないかなぁ。
料理も作ったしぃ。ケーキも完璧。飾り付けもオッケー。プレゼントも大丈夫。
あとはぁ。

ガタガタガタ。玄関で物音。

「シンジーーーっ! おかえりーーーーっ!」

飛び出して行ったんだけどさ。

「ペンペンかぁ・・・。もっ! 紛らわしいことしないでっ! 冷蔵庫に入っててっ!」

「クワッ?」

「さっさと入るっ!」

「クワーーーーーっ!????」

ペンペンを冷蔵庫に押し込んでまた1人。
シンジぃぃ。早く帰って来てよぉ。

とうとう11時を回っちゃった。おかしい。最終バスに乗ってもそろそろ着くはず・・・。
どーなってんのよっ!
まさか、司令の家で寝ちゃったとかってことないでしょうねっ!
電話・・・11時過ぎかぁ。
どうしよう・・・。
3回だけコールしてみようかな。

プルルルル
プルルルル。
プルルル・・・ガチャ。

『碇だ。』

「あ、あの。司令ですか? 惣流・アスカ・ラングレーですけど・・・。」

『うむ。』

「シンジは・・・まだそっちにいますか?」

『帰ったが。』

「そうですか。すみませんでした。」

『うむ。』

ガチャ。

帰ったぁ?
ってことは・・・あのバカっ! バスに乗り遅れたんだ。
もーーなにしてんのよーっ!

たぶん、アイツ走ってるわね。
ってことはぁ。えっと・・・あそこから走ると・・・0時ちょっと過ぎってとこかな。
どうしよう。誕生日終わっちゃうじゃない。
うーん・・・。

よしっ!
大切な記念日だもん。ちょっとくらいズルしてもいいわよねっ!

アタシは、家にある時計という時計をかたっぱしからいじくって、みんな1時間遅らせ
たの。

シンジの腕時計だけ正しいけど・・・。ま、シンジのことだから、1時間進めたとでも
言っときゃバレないわ。

よし。まだ10時を回ったところ。時間が戻ったわっ。
今日の遅刻は、バースデーってことで許してあげよう。
そうだ。汗掻いてるはずだから、タオル用意しとかなくちゃねっ。

時計の針は回り11時を過ぎた。ほんとは0時過ぎだけどね。

アタシはクラッカーとタオルを持って玄関で待ち伏せ。
そろそろ、息を切らしながら戻って来るはず。

1分経過。

遅いなぁ。

2分経過。

まだかなぁ。

3分経過。

ガチャガチャ。

きたっ!

玄関の扉を開ける音。

ガチャ。

扉が開いた。

シンジだーーーーーーーーーっ!

パーーーーンっ! パーーーーンっ!

「シンジーっ! ハッピーバースデーーっ! おめでとーーーーっ!」

こうしてアタシ達だけの、6月6日25時間目のバースデーパーティーが始まったんだけど・・・。

                        :
                        :
                        :

翌日。

朝ご飯食べて、シャワー浴びて。
いつもの通りシンジと2人で学校に出掛けたまでは良かったのよ。

でもね、なんかおかしいの。
他の生徒が通学路に誰もいないの。

はっ!
し、しまったーーーーーっ!
時計を元に戻すの忘れてたーーーっ!

シンジはまだぜんぜん気付いてないみたい。
って言っても、学校に到着したら・・・ばれちゃうけどね。

「な、なんで、門が閉まってるんだ?」

シンジ、びっくりしてる。そりゃそうよ。シンジはちゃんといつもの時間に出たと思っ
てるもんね。

「だって、もう9時20分よ?」

「えーーーっ? なんで? 8時には家出たのにっ!」

「あの・・・昨日シンジが帰って来た時さ。11時過ぎだったのは・・・。」

「あっ!!!」

ようやくシンジも気付いたみたい。だいたい、アンタの時計が1時間も本当に進んでた
ら、司令の家とかバス乗る時とかどっかで気付くはずじゃない。

「そっか。」

シンジがニコリと笑った。

「昨日、神様が1時間たくさんくれたんで取って行っちゃったんだね。」

「へ?」

「奇蹟は長く続かないってことだよ。きっと。」

「クス・・・。そうねっ!」

アタシとシンジは2人して校門を開けて中に入ったんだけど、その時コイツったら。

「ありがと。アスカ。嬉しかった。」

うぅぅぅ。
そんなこと言われたら・・・。
なんだか、とっても嬉しいよぉ。
だって、どうしてもお祝いしてあげたかったんだもん。

どさくさに紛れて、ちょっとシンジに抱き付いてみたりしちゃったり・・・。

「アスカ・・・。あ、あの・・・。」

「いいじゃん。」

「い、いや・・・あの。」

シンジがあたふたして変な方を見てる。なんだろうと、その視線の方へ振り返ると。

「ぎゃーーーーーーーーっ!!!」

校舎からみんな顔出してるーーーっ!

アタシはもう恥かしくて、シンジから飛びのくと、ズカズカと校舎に向かって歩き出した。

「なーに見てんのよっ! 弐号機で踏み潰すわよっ!!!!」

6月7日。アタシの大声で、シンジ15歳の1日目は始まっちゃった。

あーぁ、せっかくいい雰囲気だったのに・・・。ね。でも、ま、いっか。

fin.
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