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心の秘密
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<ミサトのマンション>

あーーーあ、明日からせっかく夏休みだってのに、雨が降ってきたわ。やだなー。
明日晴れないかなぁ。

アスカは天気予報を見に、リビングへと出て行く。TVをつけて天気予報専用のチャン
ネルに合わせると、明日は、雨後晴れということだった。

晴れるんだ! シンジとどこかに遊びに行きたいなぁ。

「へー、明日は雨だと思ってたのに、晴れるんだね。」

ビクッ。

知らない間に後ろに立っていたシンジに、突然声を掛けられたので、自分の考えていた
ことを、見透かされたんじゃないかと焦るアスカ。

「じゃー、明日買い物に行こうか。」

そろそろ、シャンプーなどの生活用品の調達をしなければならない。アスカの好みもあ
るだろうと、シンジはアスカを誘うが、焦っているアスカは過激に反応してしまう。

「なんで、アタシがアンタと一緒に行かなきゃいけないのよ!!!」

「ご、ごめん・・・。」

「もう、遅いんだから、子供は早く寝なさいよね! フン!!」

バン。

アスカは、おもいっきり襖を閉めて、部屋に戻った。

あぁーーーーー、またやっちゃったよぉーーー。今度こそ嫌われたかもしれないよー。

大きな枕を抱いて、自己嫌悪に陥るアスカ。

せっかく誘ってくれたのに・・・。怒ってないかなぁ。いくらシンジでも、あんなこと
言ったら怒ってるんじゃないかなぁ。謝ったら許してくれるかなぁ・・・・でも・・・
今更、謝れないよねぇ・・・・はぁ・・・。

アスカはベッドから立ち上がると、襖に耳を当ててリビングの様子を伺ってみた。
ガサゴソと音がしている。

シンジ、まだ起きてるんだ。

少しだけそーーーっと襖を開けると、キッチンで明日の朝食の準備をしている様子が見
える。

シンジの作るご飯美味しいんだよね。今度、アタシも何かシンジに作ってあげたいな。

襖の隙間から、ぼーーーーっとシンジを見ていると、不意にシンジが振り返った。

わっ!!!

あわてて襖を閉めるアスカ。シンジの所から、そんなわずかな隙間の向こうにいるアス
カの姿など見えるわけは無いのだが、アスカの心臓はドキドキバクバク。

みつかっちゃったかな・・・。あーーー恥ずかしいなぁ。

バフッっとベッドに飛び込むアスカ。

あんな狭い隙間だもん。見えてないわよね・・・見えてたかな・・・。

気になって仕方が無い。再び、のろのろと立ち上がると、ゆっくりと音を立てない様に
襖に近寄り、さっきと同じくらいの隙間で襖を開けて、スススと数歩後ろに下がる。

うーーーーん。

じーーーーっと、その隙間を見つめるアスカ。外の様子はよく見えない。

大丈夫ね。見えないわ。よかったぁ・・・。

アスカは、胸を撫で下ろすと、安心して布団に潜り込んだ。

あーーーーーぁ、明日一緒に買い物行きたいなぁ。
シンジ怒っちゃったかなぁ。

こうして、アスカの夏休みが始まろうとしていた。

翌日。

「アスカーーーー、そろそろ起きないと、ご飯冷めちゃうよーーー、アスカーーー。」

朝食の準備が整ったので、シンジが大きな声でアスカを呼ぶ。

「ウッサイわね!!! わかってるわよ!!」

どうして、そーなるのよ。どうして、『起こしてくれてありがとう』って言えないのよ。
はぁ、一度くらいは、『おはよう』って笑顔で言ってみたいなぁ。

夏休みの初日、朝から最悪の気分だ。落ち込みながら、もそもそと着替える。

「アスカーーーーー、まだ寝てるの? そろそろ起きてよ。」

「わかってるわよ! 着替えてんだから、ちょっと待ちなさいよ!!」

だから、違うでしょーーーーー!!! そんなことが言いたいんじゃないのに・・・。

着替え終わったアスカは、朝食を食べているシンジの横に座り、無言で食べ出す。

今日はお豆腐のお味噌汁なのね。さすがはシンジ、おいしいわ。

今まで、シンジのご飯を「おいしい」なんて、一度も言ったことは無い。

                        :
                        :
                        :

朝食も終わり、アスカがリビングでのんびりしていると、部屋からシンジが出てきた。

「じゃぁ、買い物に行ってくるけど、何か買ってくる物ある?」

アタシも一緒に行くぅ!!

「何かあったら買ってくるけど?」

アタシも一緒に行くぅ!!

「どうしたの? 何もないの?」

「アタシ・・・」

つい、口に出てしまうアスカ。顔を真っ赤にしながら、咄嗟に両手で口を押さえる。

「え?」

「ア、ア、アタシの使ってるシャンプーとリンスくらいわかってるでしょ! それを買
  ってきたらいいのよ! さっさと行ってきなさいよ! ウッサイわね!」

「ご、ごめん・・・じゃぁ行ってくるよ。」

シンジはしょんぼりして、買い物に行ってしまった。

あぁーーーーーーーーシンジぃぃーーーーー。アタシも行きたかったのにーーーーー。

玄関を寂しげに見つめるが、シンジは既にいない。とぼとぼとリビングへ帰るアスカ。
仕方なく、TVをつけてみると、バラエティー番組をやっていた。

シンジのいない家。
シンジのいない家。
シンジのいない家。

退屈だなぁ・・・。つまんないなぁ・・・。

シンジのいない家。
シンジのいない家。
シンジのいない家。

ごろごろと転がりTVを見るが、全然面白くない。昼を過ぎると、天気予報で言ってた
ように、外は晴れてきた。

『シンジぃーー、この服かわいくない?』
『そうだね。』
『それだけーーー? もっと、ちゃんと見てよ!』
『だって、アスカならどの服を着ても似合うじゃないか。』
『本当? うれしい! ねぇねぇ、買ってほしいなぁ。』
『しょうがないなぁ、これだけだよ。』
『うん。ありがとう、大事にするからね。』

食卓の椅子に座って、顔を赤くしながら、ニマーーーーっと1人で妄想にふけるアスカ。

は! バッカじゃないの・・・。

我に返ったアスカは、辺りに誰もいないかきょろきょろと見回す。当然、誰もいるわけ
はないのだが・・・。

さっさと昼ご飯食べてしまいましょ。

なんだか恥ずかしくなって、意識をご飯に集中する。食卓には、シンジが用意していっ
た昼食が並べられていた。

はぁ、暇だなぁ。そうだ、ヒカリいるかなぁ?

昼食を食べ終わったアスカは、ヒカリの家に電話してみる。

プルルルルルルルルルル。
プルルルルルルルルルル。
プルルルルルルルルルル。
プルルルルルルルルルル。

ガチャ。

誰も出ない。

どーーして、こんな時にいないのよ! ちゃんと、アタシが電話する時くらい、家にい
なさいよね!

また、リビングに寝転ぶ。

暇だなぁ。ショッピングに行きたかったなぁ。シンジとお出かけしてみたいなぁ。

ぼーーーーっとして、退屈な1日を過ごしたアスカ。
夕方になるとシンジが帰ってきた。

「ただいまーーー。」

あ! シンジだーーーー。シンジだーーーー。

出迎えに行きたくて仕方が無いアスカだが、意地を張ってリビングで待つ。
しかし、ゴソゴソと玄関で物音がするだけで、なかなか入ってこない。

何してるのよ! 早く、入って来なさいよ!

「しまった!! 納豆忘れた!! もう一度行ってくるよ。」

ちょ、ちょっと!! 納豆くらい、いいじゃないの!!

あわてて玄関に走り出た時には、閉まった扉しか見えなかった。

もぅ!!!

ブスーーーーっとして、またリビングに戻るアスカ。

なによ! 納豆とアタシとどっちが大事なのよ!!!

それから1時間も経たないうちにシンジは帰ってきたが、アスカは部屋でブスーーーっ
としていた。

「ただいまーーーー。」

フン! 今更帰ってきたって遅いわよ!!!

完全に八つ当たりである。リビングでは、夕食の準備を始める音が聞こえ出した。

晩御飯の準備なんかしてないで、アタシの所に来なさいよ!!!

部屋でシンジが来るのを待っているのに、いつまで経っても相手をしてくれない。
どんどん機嫌が悪くなっていくアスカ。

何してるのよ! さっさと呼びに来なさいよ!!

1時間程、アスカは部屋で膨れていた。

「アスカーーー、晩御飯の準備ができたよーーー。」

「いらない!!」

「えーーーーー、この間納豆を出した時、アスカが気に入ったみたいだから、せっかく
  買ってきたのにーーー。」

え!? アタシの為に、わざわざ買いに行ってくれたの?

少し、機嫌が良くなるアスカ。しかし、口から出た言葉は・・・。

「いらないって言ってるでしょ! 同じことを何度も言わせないでよね!! 毎日アンタ
  の作るご飯ばかり食べてるから、飽きちゃったのよ!!」

「わかったよ!! もういいよ!! もう、アスカには作らない!!」

ビクッ!

シンジが怒ってる。シンジが怒ってる。シンジが怒ってる。シンジが怒ってる。
どうしよう・・・どうしたらいいの・・・。
ごめんなさい。
そうよ、謝れば・・・、今すぐ謝ればいいのよ。
簡単なことじゃない。今ならまだ間に合うわ!

立ち上がり、襖に手をかけるが、そのまま固まってしまう。

どうしたのよ、謝りにいかないといけないじゃない!

動かない手。いつまでも開かない襖。
結局アスカは、ベッドに横になって、泣きながら寝てしまった。

『シンジ、さっきはごめんね。』
『いいんだよ、そんなこと気にしてないから。』
『でも、ちゃんと謝りたいの。ごめんなさい。』
『いいって、ああいう所がアスカらしいんじゃないか。』
『ありがとうシンジ。』

は!

目が覚めると、泣きながら夢を見ていたことに気付く。

夢だったの・・・。あのくらい素直になれたらいいのに・・・。

時計を見ると午前2:00。

きれいな夜空ね。明日も晴れるのかな?

そっと襖を開けて、トイレに行くアスカ。

お腹減ったなぁ。

トイレから出てきたアスカは、何か食べ物が無いか探そうと、リビングの電気をつけた。

!!

食卓に並ぶアスカの晩御飯。きちんとラップされて、その上には手紙が置いてあった。

『アスカへ
  あまり美味しくないかもしれないけど、夜中、お腹が減ったら食べて下さい。
                                                                      シンジ』

アスカは、シンジが買ってきた納豆を、ご飯にかけて食べた。
涙でよく前が見えなかった。

                        :
                        :
                        :

スーーーー。

そっと、シンジの部屋の襖を開けるアスカ。部屋ではシンジが寝息をたてて寝ていた。
音を立てないように近寄り、シンジの手を握る。

「いつも、わがままばかり言ってごめんなさい。」
「本当は、素直になりたいんだけど、シンジの前じゃ、どうしても・・・。」
「どうしてかな?」
「シンジのことが、好きだから、反発しちゃうのかな?」
「いつか、ちゃんと言える日が来ると思うけど・・・それまで待っててね。」
「好きよ。シンジ。」

その後、アスカはしばらくシンジの寝顔を、いとおしげに見つめていた。

翌日。

「アスカ、そろそろ起きてよ。昼ご飯が冷めちゃうよ。」

ん? もうそんな時間?

のろのろと起き出すアスカ。リビングに用意されていた焼きそばを食べる。

「あのさ、アスカ。映画の予約チケットが2枚あるんだけどさ。よかったら一緒に行か
  ない?」

えーーー!! 映画に誘ってくれるの??

驚きを隠せないアスカ。うれしくてうれしくて仕方が無い。

行くぅ。行くぅ。行くぅ。

「どうかな?」

「何の映画よ!」

何でもいいから行くぅ! 行くぅ! 行くぅ!

「うーーん。”ねばんげろりん”って映画なんだけど。」

「えーーーーーー、そんなのアンタ1人で行きなさいよ!」

違うでしょ!! 行くって言わないと、昨日と同じことになっちゃうわよ!

「お願いだから、一緒に行ってよ! ねぇ、この通り!!」

両手を合わせてお願いするシンジ。

「しょうがないわね。付き合ってあげるわ!」

やった! やったぁ! 念願の初デートだわ!! 夢じゃないわよね!! うれしいよぉ!

「じゃ、着替えてくるから、アンタも恥ずかしく無い格好で来てよね!」

「うん。わかった。」

アスカは、急いで部屋に戻り、洋服をひっちゃかめっちゃかひっくり返す。

どれにしようかな。初デートよね。一番良い服を選ばないと・・・。えーーーーっと。

姿見と洋服の山の間を駆けずり回るアスカ。何度も何度も、洋服を体にあててチェック
する。

こんなもんでどうかな?

30分の激闘の末、緑のワンピースとハンドバックに決めた。ふと、ルージュに目に入
ったので、手に取ってみる。
じーーーっとルージュを見つめるが、リップクリームに持ち変えると、ラインを薄く引
いた。

シンジ、誉めてくれるかな! かわいいって言ってくれるかな?

わずかな期待を胸に、リビングに出ると、TシャツにGパンのシンジが立っていた。T
シャツとGパンの姿から、違うTシャツとGパンに着替えたようだ。

「じゃ、行こうか。」

そっけない言葉。

はぁ・・・・・、ま、シンジじゃこんなもんね。

<映画館>

「へぇ、けっこう人気あるんだ。」

行列とまでは行かないが、映画館の待ち合いには、人だかりができている。

「中学生2人。」

シンジがチケットを差し出す。

ん? 変な予約チケットね。

しばしの待ち時間の後、客の入れ替えが始まる。一応映画を見るのだから、ポップコー
ンとコーラを買って中へ入る。

椅子に座った2人は、手をポップコーンに同時に突っ込んだ。手と手が当たる。

「ごめん・・・。」

わっ! なんだか、恋人同士みたい!!

シンジは、咄嗟に手を引っ込めたが、アスカは1つのポップコーンを2人で食べている
というだけでも満足。

映画は、なさけない男を、気の強い女と無口な女が取り合うという、単純なラブコメデ
ィーだった。

そして、映画が終了し、2人は映画館を出る。

「あの映画に出ていた男の人って、ちょっと情けなかったね。」

「アンタも似たようなもんでしょ!」

「どーしてだよ!!」

「そのまんまじゃない!」

思い当たるふしのあるシンジは、それ以上反論せず、話題を変える。

「あのさ、喉乾いたからジュース飲みに行かない?」

え! 連れてってくれるの!? 行くぅ! 行くぅ! 行くぅ!

「つまんないとこだったら嫌よ!」

「うーーーん。大丈夫だと思うんだけどさ。ちょっと、見るだけでも見てみてよ。お願
  いだからさ。」

両手を合わせて、懇願するシンジ。

「わかったわよ。しょーがないわね。」

<喫茶店>

そこは、100%の果汁ジュースを売りにしている、かなりお洒落な喫茶店だった。

「ま、ここなら入ってあげてもいいわ。」

「そう、よかった。」

シンジはグレープフルーツジュース。アスカはオレンジジュースを注文する。小さなテ
ーブルを挟んで、向かい合って座る2人。

うれしいよぉ。ちゃんとしたデートみたいだよぉ。

アスカは天にも登る気持ちだった。

「さすが、100%果汁だけあって、おいしいね。」

「そうね。まぁまぁいけるんじゃない?」

狭いテーブルに頭を突き合わせて、ジュースに刺さっているストローに口を付ける。

シンジの顔がこんなに近くに・・・。

一度、意識してしまうと、簡単には頭から離れない。どんどん顔が赤くなるアスカ。

「アスカ? どうしたの? 顔が赤いよ?」

「な、なんでもないわよ!」

パタパタと手で仰ぐアスカ。

あっつーーーーーい。どうしよう、やっぱり顔が赤いんだ。

ハンドバックを持ち、席を立つ。

「どこ行くの?」

ギロ!

「はい・・・。」

アスカは化粧室へと飛び込み、鏡を覗き込む。

わーーー、耳まで真っ赤じゃない・・・はっずかしーーーー。

ほてりが引くまで、ハンカチを手に持ちパタパタと仰ぐ。

そろそろ大丈夫かしら?

アスカは、何度もおかしな所は無いか、鏡でチェックした後、席に戻った。

「そろそろ行こうか。」

「そうね。」

喫茶店を出た時には、もう辺りは暗くなり始めていた。

「あのさ、近くに夜景の奇麗なスカイビルがあるんだけど、寄って行こうか?」

な、な、な、な、なんで!? なんで、そんなとこまで誘ってくれるのよ!!??
うれしいよぉ。うれしいよぉ。うれしいよぉ。

「一度、どうしても見たいんだ。」

「ま、アンタが見たいってんなら、付き合ってあげてもいいわよ。」

「ありがとう。すぐそこだから。」

<スカイビル>

2人がスカイビルに登った時、丁度辺りが暗くなった頃で、第3新東京市の夜景が一望
できた。

わーーーーーーーー、奇麗ーーーー。
もう、最高だわ!!
シンジーーーありがとーーーーー。うれしいよぉーーーーー。

アスカは、満面の笑みを浮かべて夜景に見入っていた。

「アスカ、あそこのレストランで、晩御飯食べて行かない?」

「へ?」

「今から帰って、晩御飯の準備するの、しんどいんだ・・・。」

や、夜景を見ながらディナー!? うっそぉーーーー。

「ミサトさんには、手紙を置いてきてあるからさ。」

「アンタのおごりなら、いいわよ。」

「うん。ごめんね。」

レストランとはいえ、ファミリーレストラン風の店なので、高級な料理は扱ってないが、
星空と夜景を見ながら2人で食べる夕食は、最高だった。

月が奇麗ねぇ。
今日は、夢の様な1日だわぁ。
こんなに幸せでいいのかしら??

そんな、幸せいっぱいのアスカの1日は過ぎていった。

<ミサトのマンション>

はぁ、今日は人生最良の1日だったわね。

ベッドにもぐりんだアスカは、にこにこしながら今日の楽しい1日を思い返していた。

ん?

なにか心にひっかかる。

ん? ん?

考えてみると、疑問点が多すぎる。根本的に、いつものシンジらしくない。

じっくりと、シンジに起こされた昼からの事を、思い起こすアスカ。

・・・・・・!!!!!!!!!

聞かれてたんだ・・・。

顔が真っ赤になる。

どうしよう・・・。聞かれちゃったよ、昨日のこと・・・。

真っ赤になって、枕を抱きしめるアスカ。

どうしよう・・・。
でも、デートに誘ってくれたってことは・・・。
でもでも、シンジは誰にでも優しいから・・・。

同じことを何度も何度も考えながら、アスカの夜は悶々とふけていった。

夜中。

アスカはシンジの部屋の前に立っていた。

ガラ。

少しだけ、音を立てて襖を開ける。寝息を立てて寝ているシンジの横に座り、両手でシ
ンジの手を握り締める。

「今日はありがとう。」
「とっても楽しかった。とっても嬉しかった。とっても素敵だった。」
「アタシはシンジのことが好き。」
「でも、シンジはアタシのことどう思っているの?」

それだけ言うと、アスカはシンジの手を布団の中に納めて、ゆっくりと自分の部屋へ帰
っていった。

                        :
                        :
                        :

しばらくして、アスカの部屋の襖がそっと開く。

ベッドの横にシンジが腰をおろす。

「ぼくは・・・、ぼくは、アスカのことが好きだ。」
「意地っ張りな所、わがままな所、全部含めてアスカが好きだ。」

アスカの目から、一滴の涙が零れ落ちる。

「おやすみ。」

シンジは、そっと零れ落ちた涙を指で拭うと、アスカの部屋を出ていく。

目を閉じたままベッドで横になるアスカの目からは、シンジが拭った涙の跡をなぞるよ
うに、幾度も幾度も涙が流れ続けた。




2人が言ったことは、夜空に輝くお月様しか知らない独り言。決して言えない心の秘密。
それでも、2人の心は、きっと通じ合った事でしょう。

fin.
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