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KOKORO 〜サキエル編〜
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<オーバー・ザ・レインボー>

2015年。ネルフ上層部は使徒の侵攻目標を第3新東京市に集約させると共に、その
都市で全てを迎撃するという方針を固めた。

それに伴い世界に分散管理されていた、対使徒迎撃兵器が第3新東京市に輸送される中、
エヴァンゲリオン弐号機およびそのパイロットたる惣流・アスカ・ラングレーもまた、
太平洋艦隊の護衛の中、日本への海路を急いでいた。

あとちょっとよね。
日本にはアイツがいるはず。

既に現れた第1使徒アダム,第2使徒リリスが、何処に現れどう処理されたのかは、情
報操作が施され一介のパイロットたるアスカには、正確なことは知らされていない。

本当に第3使徒は現れるのだろうか。どのような形をしてどのような能力があるのだろ
うか・・・わからない。

ただ、アスカは知っていた。セカンドインパクトは隕石の落下などによるものではなく、
使徒が関係していることを。そして、エヴァンゲリオン弐号機は遠からず使徒に似てい
るはずだという情報も掴んでいた。

何も見えない、夜の海。
この闇の向こうに、日本が・・・アイツが。

「おーい。そろそろ寝るんだぞ。」

「うん。わかってる。」

「夜更かしは、レディーの敵だからな。ははは。」

甲板に出ていたアスカに声を掛けたのは、無精髭を生やした男臭い笑みを浮かべる男性。
ドイツではボディーガードを勤めていた加持リョウジである。

加持は優秀な諜報部員で、情報収集能力,格闘術,銃の腕のどれを取っても彼の右に出
るものを探すことは難しい。もっともそれ故、セカンドチルドレンの護衛という大役を
受け持っているわけだが、そんな彼にも過去に1度だけ大きなミスがある。

セカンドチルドレン誘拐,拉致。

半年前。ネルフの総司令たる碇ゲンドウとファーストチルドレンがドイツに赴いた時に
発生した事件。

反抗組織は第3新東京市から離れたゲンドウを当初狙っていたが、目的は達成できず代
わりに護衛が手薄になってしまったセカンドチルドレンを拉致した。

シンジ・・・。

アスカの脳裏にあの時助けてくれた少年の顔が思い浮かぶ。ネルフが総力を上げてもな
お救うことのできなかった自分を助けてくれた、同じ歳の少年。

あれ以来、その少年に彼女は会っていない。いや、会うことができなかった。連絡する
こともメールを出すことも。

MAGIにアクセスし毎日のように調べたが、碇シンジという人物はネルフのどの組織
にも存在しなかった。誰に聞いても、知っている人物はいなかった。

ただ、”碇”というネルフ総司令と同じ姓。そして、彼が話していた日本語。それだけ
がわずかな手掛かり。きっと、日本に行けば・・・。

きっとアイツは機密任務かなんかに関わってるのよ。
だから情報にプロテクトが掛かって、簡単にわからないに違いない。
日本に行けば・・・手掛かりが。

加持リョウジの名前も、そう簡単に外部に漏れないようにプロテクトが掛けられている。
もし碇シンジが諜報部の重要な位置にいれば考えられることだ。

シンジ・・・。
もう1度会いたい。

最初はただお礼を一言言う為に、彼の連絡先を調べたつもりだった。すぐに連絡がとれ
ると思っていた。だが結果は・・・。

毎日、毎日シンジのことを調べる日々。そのうち、彼女の脳裏からは別れ際に見せた彼
の透き通るような笑顔が離れなくなり・・・憧れ、そして恋と、心が惹かれていくのが
自分でもわかった。

変ね。
1度しか会ったことないのに。
でも・・・。会いたい。

潮風を顔に受けながら、半円になった月明かりの下、アスカはまだ見ぬ日本に胸を膨ら
ませ、その日は船の中で眠りについた。

<ネルフ本部>

次の日、かつてドイツにいた知り合いの女性、葛城ミサトと再開したアスカの発した言
葉は、再開を喜ぶものでも思い出を語るものでもなく、怒鳴り声だった。

「なわけないでしょうがーっ!!!!」

「そんなこと言ったってねーん。碇シンジなんて名前、ネルフのどの組織にもないわ。」

「じゃ、じゃぁっ! アタシは誰にあの時助けられたってのよっ!」

「だから、あれはあなたの記憶が恐怖に混乱したって、医師も結論付け・・・」

「あのクソヤブの言うこと間に受けてるわけぇっ!?」

「そこまで言うなら、ネルフ本部の職員リスト全部調べてみなさいよ。」

「それで見つかるようなら、ドイツでみつけてるわよっ! なにか隠し事あるんじゃな
  いのっ!?」

「だから無いってばっ! ねぇ、リツコ?」

「え、えぇ。い、今、弐号機の調整してるから、話し掛けないで。」

「へいへい。それはすみませんでした。とにかく、碇シンジなんて子いないわ。」

「碇司令の親戚とかはっ?」

「司令には兄弟も子供もいないの。奥さんも亡くなられてるし。」

「アタシは公開情報じゃなくて、真実を聞きたいのよっ!」

「真実だっつってるでしょっ! しつこいわよっ。」

「・・・・・・そんな。」

日本にくればなんらかの手掛かりがあるものだと思い込んでいたアスカだったが、ミサ
トへの詰問を始め、自分にできる範囲で調査したところで全く効果は上がらない。

アタシは会ったのよ。
アタシを助けてくれたのよ。

碇シンジ。

なんで・・・。

<学校>

ネルフ本部で弐号機の調整なども終わり、アスカは中学校へ通うことになった。一緒に
暮らすことになったミサトから、大学へ行くか中学へ行くか問われた彼女は、迷わず中
学を選ぶ。

スキップを重ねこの歳で大学を出た彼女が得たものの小ささに比べ、失ったものは計り
知れない・・・その失ったものを、ここ日本で補う為に。

「久し振り。仲良くしましょ。」

「どうして?」

「その方が都合がいいからよ。」

「命令があればそうするわ。」

ファーストチルドレン、綾波レイとの再開。以前、彼女がドイツに来た時は、自分が反
ネルフ組織に拉致され碌に話をすることもできなかった。

かわった子ね。

綾波レイに対するアスカのファーストインプレッションは、そんな感じだった。ネルフ
という組織にいると、人はこうなってしまうものなのだろうか。

アタシは一人で生きる。
アタシはエリート中のエリート。

突っ走っていたアスカの自意識を、半年前のあの事件が完膚無きまでに打ち砕いた。い
ざとなっては、なんと自分は無力なのだろうか。

独房に入れられ、加持に、ネルフの諜報部員に、心は裸にし無様に助けを求めた自分。
体力しかないと馬鹿にしていた警備の大人達にすら、助けて欲しいと心の中で縋ってい
た自分。

助けて・・・。
アタシを助けて。
死にたくない。

あの事件は、自分一人でなんでもできると思い上がっていたアスカの、大きな心の転換
期となった。

人は一人では生きていけない。

彼女が中学へ行くことを選んだのも、自分が失ってしまった絆・・・ありたいていに言
えば友達を求めてのことだった。

「同じパイロットでしょ? 仲良くして欲しいんだけど?」

「・・・・・・。」

「お昼、一緒にご飯食べましょ。いいわね。」

種は違えども、綾波レイもかつての自分と同じく、心を氷で閉ざしてしまっているのだ
と思ったアスカは、やや強引に昼ご飯の約束を取り付け自分の席に戻った。

「わたし、洞木ヒカリ。委員長してるから、困ったことがあったら何でも言ってね。」

「ありがと。よろしくね。」

転校して来たところの自分に優しい言葉を掛けてくれたのは、耳の後ろで2つ髪を束ね
ているおさげの少女。

「ね、ね、この学校に碇シンジって男の子いる?」

「碇・・・シンジ? さぁ、聞いたことないけど。」

「そう・・・そうよね。」

「なに? 好きな子?」

「なっ! バ、バカなこと言ってんじゃないわよっ!」

「ごめん。ごめん。でも、顔赤いわよ?」

「うっ・・・。変なこと言うからよ。」

大慌てで顔を隠し目を泳がせる。ダメだ。いつの間にか、ここまで狼狽する程、彼のこ
とを思い詰めている自分がいる。顔が熱い。

ほんと、アイツってなんなのよ。
どこにいんのよ。

ネルフ特殊部隊が簡単に手を出せなかった武装組織。そこに突然風のように現れ、いと
も簡単に自分を救い出し、気付くとまた風のように消えていた少年。

そんな芸当ができる民間人がいるわけがない。だが、ネルフのどの情報からも浮かび上
がってこない。

「すーずーはーらーっ!」

「わっ! 委員長っ。どないしたんやっ!」

「昨日、週番サボって帰ったでしょっ!」

「わ、忘れとったんやっ。堪忍やっ。」

「忘れないように、しっかり耳に叩き込んどいてあげるわっ。」

黒いジャージ姿で現れた鈴原という少年の耳を引っつかみ、大声で叱り飛ばすヒカリの
姿をクスクスと笑いながら眺める。

これが、中学校かぁ。
楽しいな。

大学へ行っても、あまりにも年齢が低い為、恋人どころか友達もできなかった。それで
も加持を対象に恋愛気分を装ってみたりもした。・・・が、所詮自分は子供扱い。

ここへ来て良かった。
背伸びしなくても、もういいんだ。

昼休みになり、早速アスカは購買でパンを買いレイの元へ走った。同じパイロット同士、
なんとしても彼女とだけは仲良くしておきたい。

「どうして一緒に食べるの?」

「食べちゃいけない理由があるわけ?」

「ないわ。」

「なら、いいじゃん。」

レイは赤い瞳をこちらに向け、なにを考えているのか心の内を探るような目で見てきた
が、それ以上は何も言わず黙ってパンを食べ始めた。

「ねぇねぇ。レイ? 碇シンジって聞いたことある?」

「ないわ。」

「そうよね。ははは、そりゃそうか。」

「どうしてその子のことを聞いて回ってるの?」

「どうしても会いたいのよ。」

「会いたいのね。」

「そう・・・どうしても。」

それから、アスカにとって何の変哲もない学校生活が続いた。レイとも簡単な日常会話
くらいはするようになり、ヒカリとは1番の仲良しとなった。

そして、転校から2週間程が経過した時のこと。朝、アスカが登校すると、下駄箱に1
通の白い封筒が上履きの上に置かれていた。

「なぁにぃ? ラブレター?」

「違うわよっ。」

ヒカリの冷やかしの声に狼狽したアスカは、碌に見ないで慌てて鞄に隠す。声も大に否
定してみせたが、おそらくラブレターだろう。生まれて初めて貰ったラブレター。

どうしよう。

その日の1時間目は、鞄に隠したあの封書のことが気になってずっと上の空の時間が続
いた。

休み時間になり、封書をポケットに押し込んだアスカは、トイレに駆け込むと急ぎ中を
開けてみる。

やっぱり・・・。

それは案の定ラブレターだった。誰から貰っても悪い気がするものではないが、困って
しまう。

アタシ。
シンジのことが好きなのに。

自分の中で大きく大きくなってしまった彼の名前を心の中で呟く。だが、その彼はいっ
たい何処にいるのかもわからない。

”放課後、OX公園で待っています。”

どうやら返事をそこで聞きたいらしい。OKするつもりはないが、断るにしろひとまず
その場へ行くのが礼儀だろう。アスカは放課後になるのを待つことにした。

<公園>

1人で行くのが少し怖かったアスカは、丁度今日はネルフへ行く日ということもあり、
レイに付き添って貰い公園に足を運んだ。

「私、先行くから。」

「ちょ、ちょっと待ってよっ! そりゃ、ないでしょうがっ!」

「私には関係ないもの。」

「わーーーっ! お願いだから、もうちょっと付き合ってよっ!」

「どうして?」

「ア、アンタ。ラーメン好きだったわよね。奢るからさ。」

「いいわ。」

交渉も成立し、レイを伴って公園に入って行く。指定された場所は、林が覆い茂り外界
とは少し隔離されたような印象を受ける暗い場所だった。

なによ、ここ。
変なこと考えてんじゃないでしょうねっ。

ま、諜報部がアタシを護衛してるはずだし、大丈夫だけどさ。

林を抜けると、1つのベンチと滑り台にシーソーが見え、砂場の横にブランコがゆらゆ
らと揺れていた。その真中に立つ、手紙の差出人らしき同じ学校の制服を来た男子。

なにげなくヒカリに話を聞いたところによると、うちの学校では1,2を争う学力の持
ち主の3年の先輩らしい。

『えーーー、もしかして、あの先輩からだったのぉ?』
『ち、ちがうわよ。』
『でも、なんかあの先輩暗いわよ?』
『そうなの?』

ヒカリの言ってたように、色白の顔でどことなく暗い印象を受けるその男子は、アスカ
の姿を確認すると、うっすらと微笑んでこちらを見て来た。

コイツは・・・。
シンジのことがなくてもパスだわ。

「来てくれたんだね。嬉しいなぁ。」

「一応ね。」

「ぼく・・・こないだの模試に失敗してさ、もし惣流さんにも振られたら死のうかと思
  ってたんだ。」

「ぐっ・・・。」

な、なんなのよっ!
コイツはっ!!!!

ラブレターを出した相手に、いきなりなんてことを言うのだろうか。さらに嫌悪感が増
す。だが、ここで盛大に振って自殺でもされたら、夢見が悪いなんてものではない。

「模試に失敗したくらいでしょ? 何言ってんのよ。」

「毎日、毎日、勉強してきたんだよ? なのにさ。」

「たまにはそういう時もあるじゃん。」

とにかく、自殺だけはやめさせなきゃ。
死なれたら、たまったもんじゃないわ。

「気を落とさないでよ。」

「嬉しいな、惣流さんが励ましてくれるなんて。」

「うっ・・・。」

「パパも、ママも冷たく怒るだけでさ。あんなパパも、ママも嫌いだよ。」

「それは、アンタのことをきっと考えて・・・。」

「惣流さんは、優しくて好きだな。」

「げっ・・・。」

な、なんで、アタシがコイツを励まさなきゃなんないのよっ。
落ち込むなら、1人で勝手にやってよねっ。

はぁ〜。困ったなぁ。

「でも、ぼくまた元気出せそうだよ。」

「そ、そう? 良かったじゃん。」

「来てくれたってことは、付き合ってくれるんだよね。」

「うげげっ・・・。」

どうしようっ! どうしようっ! どうしようっ!!

それだけは、簡便して欲しい。だが、自殺されても困る。アスカは大学を卒業する程の
頭をフル回転させ、脱出路を模索する。

「ご、ごめんっ。アンタのこと嫌いじゃないんだけど、アタシ好きな人がいてね。」

「やっぱり、ぼくみたいな男、最低だと思ってるんだね。」

「違う、違うのよっ。」

「ぼくより、いい男がいるんだろ?」

なんとかやわらかく断ろうと努力はしてみたが、最悪の方向に話が進み出してしまった
のではないだろうか、これは・・・。

た、助けてよぉっ。
レイ〜。

ふと、助けを求める目でレイの方に視線を振ると、無機質な目であの男のことを見てい
るだけ。

ムッ!
アタシがこんなに困ってるのにっ!
よーしっ。

「アタシが好きなのは、このコなのっ。レイのことが好きなのよっ!」

「へ?」

びっくりする目の前の男子。

「?」

同じくびっくりするレイ。

「アタシ、男が好きになれない女なのよっ。だから、アンタが男として悪いんじゃなく
  てね。」

「そう・・・それで、私と仲良くしようとしたのね。ヘンタイさんだったのね。」

レイが自分のことを冷たい目で見て来る。

「あははははは。」

まずいと思ったが、とにかくこの男の前ではそういうことにしておいて、後でレイには
説明しよう。

「そうか・・・やっぱり、ぼくとは付き合ってくれないんだね。」

「ん?」

「ぼくは、女の子にも負ける男だったんだ。」

だが結果は逆効果だったのか、その男は目を血走らせアスカのことをギロリと睨み付け
てきた。

「ちょ、ちょっと。なによっ!」

「でもぼくは、君と1つになるしかないんだ。」

「い、いやっ!」

ジリジリと迫りくるその男子から、アスカも恐怖に顔を歪ませ一歩一歩引いて行く。

「アンタっ! アタシに変なことしたら、ただじゃ済まないんだからねっ!」

「ぼくと1つになるんだっ。」

悲鳴にも近いアスカの叫びも空しく、その男は突然身を突進させアスカに襲い掛かって
来た。

「キャーーーーーッ!」

カバンで男の顔を殴りつける。

「さぁ、1つになろう。」

だが正面からカバンが当たったにも関わらず、よろけもせずアスカの腕を掴む男。

助けてっ!
諜報部員は、どうなってんのよっ!

「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

不意に男の背後あたりからぼんやりと声が聞こえてくる。

『1つになるんだ。いいかい?
  君は、その少女と永遠に1つになれるのさ。』

「そうだっ。ぼくは、惣流さんと1つになるんだっ。」

「助けてーーーーーーーーーっ! シンジーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

その瞬間。

世界が真紅に光り。

「残念だけど君は完全に使徒に支配された。」

グンっという鈍い音がしたかと思うと、アスカに覆い被さって来ていた男は身を仰け反
らせ宙を舞っていた。

「えっ?」

何事かとアスカが見上げると、そこには男を蹴り飛ばし無表情で立っている少年の姿。

「シ、シ、・・・。」

「君、ぼくのことを探しているみたいだけど、やめてくれないか?」

冷ややかにアスカを見、静かにそれだけ呟き、蹴り飛ばした男の元へ歩み寄る少年。

あの日、あの時、自分を救ってくれた少年。

探しても、探しても、手掛かりすら掴めなかった少年の姿。

「ぼくは惣流さんと1つになるんだっ! ぼくの邪魔をしないでくれーーーっ!!」

口から血を吐きながら、人外とも思える速度で突進してくる男。

「君と適格者を1つにはさせないよ・・・。」

「ぼくは力を貰ったんだっ! ぼくと惣流さんの邪魔する奴は死ねーーーーーっ!」

「無駄さ。サキエル程度じゃ・・・ぼくは倒せない。」

男の手の平から白く光る筋が延びるが、シンジから発せられた真っ赤な光に全てが遮ら
れた。

「ぼくは、ぼくは、惣流さんと1つになれるんだ。ヒヒヒヒヒ。」

ズシュッ!

そして、シンジの赤い光はその男の心臓を貫く。

「もう君には心は無い・・・。」

男の心臓からゴロリと出てきたのは、不気味に光る玉。

その地面にドスリと落ちた玉を、シンジは足で踏み潰した。

「君の心は弱すぎた。」

彼の死を確認したかのように、暗闇からまたぼんやりと声が聞こえて来る。

『また次があるさ。そうは思わないかい? 碇シンジ君?』

「次は逃がさない。タブリス。」

『僕を求めているリリンの病んだ心は、いくらでもあるのさ。フフフ。』

「・・・・・・。」

だが、シンジはその遠ざかって行く声に何も答えず、腰を抜かして倒れていたアスカの
側に歩み寄り、手を指し伸ばした。

「まだぼくはここから出るわけにいかない。ぼくのことは忘れて欲しい。」

アスカはその手を取って立ち上がりながら、ようやく会えたシンジを見つめる。

「どうして? どうして、そんなこと言うのよっ。」

「ぼくにはするべきことがある。その為に君を守っているだけ。それ以外の感情はない。」

「するべきこと? そ、それじゃ、アタシも一緒にっ!」

「ぼくのことは人に知られちゃいけない。いいね。」

シンジの体が赤く透き通っていく。

「いやっ! 行かないでっ!!!」

必死に全身でシンジに飛びつくアスカ。

「好きっ! 好きなのーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

赤く光るその場に身を投げ放ち、あらん限りの力で抱き付く。

目も眩まんばかりの赤い光に包まれていたその身。

その光がふっと蝋燭の火を消すように消えた時、アスカは自分の腕の中にやわらかいも
のを感じた。

「えっ?」

目を見開くと、腕の中で自分のことを見つめていたのは赤い2つの瞳。

「そう・・・やっぱり、こういう趣味があったのね。」

「レ、レイっ!!!」

レイを必死で抱きしめていた自分に気付き、慌ててその手を離す。

「私・・・もう行くわ。危険だもの。」

「ち、違うのよっ! 話を聞いてよっ!」

駆け出すアスカがまわりを見ると、先程の男の姿どころか血一滴すらその場にはなく、
無論シンジの姿は何処にもなかった。

ただ、後から知ったのだが、あの日アスカとレイを護衛したいた諜報部員が突然倒れ記
憶を失う事件が発生したこと。また、ラブレターを出した先輩が行方不明になったこと。

更にやっかいなこととしては、自分は実は危ない趣味の女の子だと、まことしやかに影
で噂されていること・・・など。

それでも、アスカは1つの真実を掴んだ。

「レーイぃ? 一緒に帰りましょ。」

「近づかないで。」

「やーねぇ。女の子同士、仲良くしてもいいんじゃん。」

「仲良くしたくないわ。」

レイと腕を組んで歩き出す。変な噂がこれ以上流れないように注意しながらも、アスカ
はいつもレイと仲良くしている。

シンジは・・・きっとここにいる。

アタシは、自分の気持ちを伝え続ける。

なんか知らないけど、アイツのすべきことが終わるまで。

「私から離れて。」

迷惑そうにレイが睨み付けてくるが、気にしない。

「やーよ。同じパイロット同士、仲良くするんだもん。」

アタシがアイツを探していたことも知っていた。

だから、今もきっとアイツは聞いている。

アタシは、愛というメッセージを送り続ける。

レイの中にいるシンジに・・・。

アイツの心を乗っ取るまで。

fin.
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