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まくら
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シンジとアスカは、TVの前に座りニュースを見ていた。

『台風9号は・・・・』

第3新東京市設立以来、初めての台風直撃であり、戦後最大の大型台風が現在猛威を振
るっていた。ミサトのマンションは風に揺れ、豪雨が窓ガラスに打ち付ける。

「すごいわねーーー。」

「そうだね。ぼくもこんな台風初めてだよ。」

窓をしてめいていても、ゴーゴーという風の音が聞こえてくる。おそらく明日になれば、
かなりの被害が出ていることだろう。

プルルルルルルルルル。

電話が鳴る。シンジは、TVの前から立ち上がると受話器を取った。

「もしもし、葛城ですが。」

『あ、シンちゃん? ちょーーーっち帰れそうにないわね。』

「でしょうねぇ、道路なんか川みたいですから。」

『ジオフロントは台風くらいじゃどーってこと無いから、こっちは心配しなくていいわ。
  そっちのマンションもしっかりした建物だから大丈夫よ。』

「はい、わかりました。」

『じゃねん。』

シンジは電話を切ると、TVを食い入るように見ているアスカの横に座る。

「ミサトさん、今日は帰れないって。」

「これじゃ、帰れないでしょうねぇーーー。無理もないわ。」

アスカは、台風の映像に興味しんしんという感じだ。

「このマンションは、しっかりしてるから大丈夫だって言ってたよ。」

ガッチャーーーーーーーーーーーン。ゴーーーーーーーーーー。

アスカの部屋から、ガラスの割れるもの凄い音が聞こえた。

「な、なに?」

シンジとアスカは、あわてて立ち上がると、アスカの部屋を開ける。そこには、割れた
窓ガラスと、豪雨が吹き込んでびしょびしょになったアスカの部屋があった。

「何よこれぇぇぇ〜!! どこが、このマンションはしっかりしてるってぇのよ!?」

「いや・・・それは、ミサトさんが・・・。」

「とにかく、何かで窓を塞がないといけないわ! 手伝って!!」

アスカの部屋に入った2人は、ベッドを窓の前に立てて、豪雨が吹き込むのを防ぐこと
にした。

「あーーーーん、もう!!」

豪雨の進入は、ある程度阻止できたものの、アスカの部屋は水浸し。ベッドを立てる作
業をした、シンジとアスカも水浸しだった。唯一被害をまぬがれたまくらを持って、ア
スカは部屋の外に出る。

「シャワー浴びて来るわ。」

「うん。ぼくもあとで浴びるよ。」

アスカは、熊のまくらを持ったまま風呂場へと消えていった。

                        ●

ふぅ、ようやく落ち着いた・・・。

シンジは、シャワーから上がると、わしゃわしゃとバスタオルで髪の毛を拭きながら、
Tシャツとランニングパンツという格好でリビングへ戻る。

「アスカ、まだ見てるの?」

相変わらず、アスカは熊のまくらを抱いて、台風の中継を食い入るように見ていた。

「うん・・・。そろそろ寝ようかしら?」

「そうだね。アスカのベッドは使えないから、ミサトさんの布団を使う?」

「嫌よ! ミサトの布団なんて。」

「じゃーどうするんだよ。」

「アンタんとこで寝るに決まってるでしょ!!」

「えーー!? ぼくはどうするんだよ!」

「いいからっ! アンタもっ! 来るのよっ!」

アスカは、さっさとシンジを引っ張ってシンジの部屋へ入って行く。

「さっ、寝るわよ!」

有無を言わさぬ強引さで、シンジをベッドに寝かせ、自分も熊のまくらを置くとシンジ
の横に寝る。

「ちょ、ちょっと・・・一緒に寝るのはまずいよ。」

「もう! 疲れてるんだから、静かに寝てよね! こっち向くんじゃないわよ!」

「だって・・・やっぱり・・・」

「ウルサイ! 子供はさっさと寝る!」

「はい・・・。」

シンジとアスカは背中合わせになり、少しの距離を置いてシンジのベッドに横になった。

                        :
                        :
                        :

体はくっついていなくとも、1つの布団の中でお互いの温もりが伝わってくる。

ドキドキドキ。

どうしよう・・・心臓が破裂しそうだわ・・・。

ドキドキドキ。

こ、こんな状態で寝れるわけないじゃないか・・・。

強引に一緒に寝ちゃったけど、シンジ変に思ってないかしら???
やっぱり無理があったかなぁ・・・。

どうしよう・・・どうしても意識しちゃうよ。

あーーー、顔が熱い。きっと顔が真っ赤だわ、暗くてよかった・・・。
体温が上がっているの、シンジにばれてないわよね。

シンジとアスカは、緊張の為、身動き一つせず体をガチガチにこわばらせてじっとして
いる。

アスカに触れてみたいな・・・。

シンジ・・・何もしてこないのかしら?

アスカ、もう寝ちゃったのかな?

シンジ、もう寝ちゃったのかな?

シンジとアスカは、耳を澄まして相手の様子を伺うが、寝息は聞こえてこない。一言声
を掛ければわかることだが、それができない。

なんだか、腕がしびれてきたよ・・・。どうしよう。

シンジ、まだ起きてるのかなぁ。

ダメだ・・・腕が痛い・・・。

シンジは、アスカに悟られないように、体に下敷きになっている右腕をそうっとそうっ
と動かしていく。

ん? シンジ、起きてるの? 何してるの?

そうっとと動かしても、わずか数センチメートルしか離れずに、1枚の布団に入ってい
るのだ。その振動がアスカに伝わる。

シンジ、何してるの?

もう少しだ・・・。

右手をゆっくりと、慎重に自分の体の下から引き出すシンジ。

ドサッ。

もう少しというところで、バランスを崩しアスカの背中にもたれ掛かってしまう。
背中と背中がくっつくシンジとアスカ。

シ、シンジ・・・。

しまった・・・。どうしよう・・・早く離れなくちゃ。

ゆっくりと、なにげなく体を元の位置に戻そうとするが、なかなか背中が離れない。
今度は、アスカがシンジの背中に寄り掛かってきているのだ。

ア、アスカ・・・。

離れちゃ嫌・・・。

シンジは、体勢を戻すのを止め、そのままじっとしていることにした。
アスカの温もりがTシャツごしに、シンジの背中に伝わる。
シンジの温もりがタンクトップごしに、アスカの背中に伝わる。

シンジの背中、あったかい・・・。

アスカ・・・。

再び、微動だにせずじっとしているシンジとアスカ。少しでも動けば、背中と背中が離
れてしまいそうで・・・。
しばらく、このままお互いの温もりを感じていたくて・・・。

外では、暴風雨の音が激しくしている。しかし、シンジの耳にはアスカの鼓動と息遣い
しか、アスカの耳にはシンジの鼓動と息遣いしか聞こえていない。

もっと、近くに寄りたいな・・・。

体の位置を変えずに、精一杯体を伸ばしてシンジの背中との接触面積を増やそうとする
アスカ。

アスカ・・・何やってるんだろう???

アスカのわずかな体の動きを、背中に感じ取るシンジ。

アスカは、気付かれない様にちょっとづつ、ちょっとづつシンジにくっついて行く。

パサッ。

シンジとアスカが被っている布団が、かすかな音を鳴らす。ピタっと動きを止めるアスカ。

気付かれちゃったかな。

ドキドキドキ。

再び鼓動が早くなる。体の動きを止めて、じーーっとシンジの様子を伺う。

気付いちゃったかな? それとももう寝ちゃったの?

神経をシンジに集中しても、物音一つ聞こえてこない。

アスカ・・・もう寝たのかな?
アスカの顔を見てみたいな・・・。

動けば何かが変りそうで、シンジもアスカもその体勢のままじっとしている。
じっとしていると、お互いの背中のぬくもりだけが、伝わってくる。

シンジ・・・。

アスカ・・・。

沈黙が流れる。

夜が更けていく。

長い緊張の時間・・・・・。

心が休まる時間・・・・・。

どうしよう・・・トイレに行きたくなってきたよ。

今の状態を壊したくない。今、布団から出ると、2度とアスカの温もりを感じることが、
できないように思える。

どうしよう・・・。

必死で我慢するシンジ。

シンジ? どうしたの?

体を強ばらせるシンジの動きが、アスカに伝わる。

シンジ?

シンジの筋肉が硬直していく。

どうしたの? 悪い夢でも見ているの?

もっと、シンジを感じたくて、また、アスカはゆっくりとゆっくりとシンジに背中を、
くっつけて行く。

だ、だめだ・・・もう限界だ・・・。

その時、ガバッっとシンジが立ち上がった。

ビクッ!!!

静止した空間の中で、ゆっくりとゆっくりと背中をくっつけていったアスカは、突然の
シンジの動きに、心臓が飛び出そうなほど驚く。

ドキドキドキ。

な、な、何なの? アタシが背中をくっつけようとしたから、怒ったの???

目を閉じてじっとしたまま、体を小さくしてシンジの様子を伺うアスカ。

立ち上がったシンジは、急ぎ足で部屋を出て行く。

シンジ!? え? どうして? どこに行くの?
もう、背中をくっつけたりしないから、帰ってきてよ!!

部屋の外でドアの開く音がする。

え? まさか、ミサトの部屋で寝るの?
シンジ怒ったの?
お願いだから帰ってきてよ。お願いだから。

ジャーーーー。

トイレを流す水の音。

トイレなの? トイレだけ? 帰ってきてくれるの?

部屋の外の音に耳を澄ませ、状況を必死で観察するアスカ。
シンジの足音がゆっくりと近づいてくる。

あーあ、せっかくアスカと寄り添ってたのに・・・、どうしてトイレなんか行きたくな
ったんだよ・・・。

風呂上がりにジュースを1本飲んだことを、シンジは後悔してもしきれなかった。

寝る前にジュースを飲んだのがいけなかったんだ・・・。

とぼとぼと、自分の部屋に入るシンジ。

シンジ・・・帰ってきてくれたのね・・・怒ったんじゃないのね・・・。

シンジが布団に入る様子を、目を閉じながら残りの4感全てを使って観察するアスカ。

ドサッ。

アスカの横に、最初に寝た時の距離を開けて寝るシンジ。
シンジとアスカの間は、ちょうどシンジのまくらとアスカのまくらの間くらい開いてい
る。

どうして、そんなに離れて寝るの? やっぱり、背中をくっつけたのが嫌だったの?

あーあ、せっかくくっついて寝れてたのに・・・。

お互いの間に広がるまくらとまくらの間の隙間が、シンジとアスカにとって何よりも広
い間隔に思える。

どうしてあの時、アタシのまくらだけ濡れなかったの?
このまくらが無ければ、シンジとくっついて寝れたのに・・・。

また、アスカの側へ行きたいな。でも、くっついたらアスカ怒るだろうな。

アタシのお気に入りの熊のまくら・・・でも、今はこのまくらが嫌い・・・。

アスカは、ゆっくりとまくらをシンジの方へ押そうとするが、自分の頭の重みでなかな
か動かない。

ん!

頭をゆっくりと持ち上げ、まくらを押すアスカ。

カシャ。

押した瞬間、まくらの中に入っている物の音が鳴る。

あ!

ピタっと動きを止めるアスカ。

どうしよう・・・。

今度は、まくらをシンジが寝ている方向から引っ張ろうとするが、気付かれないように
そこまで手を伸ばすことができない。

こんなまくらが無ければ・・・。

シンジは、アスカのかすかな動きを感じていた。

アスカ、起きてるのかな? それとも、また寝ぼけてるのかな?

アスカの様子を伺いながら、じりじりとアスカににじりよるシンジ。しかし、気分だけ
一生懸命近寄っていて、ほんのわずかな距離が一向に縮まらない。

アスカは、頭の位置を少しづつ、まくらの端に移動していた。
ちょっとでもシンジの近くに行きたい。まくらの端まで移動すれば、また背中がくっつ
くかもしれないという思いから、音を立てないように、ちょっとづつ寄っていく。

既に、深夜3:00をまわっている。

2人の努力もむなしく、まくらの距離をあけたまま、シンジとアスカはいつの間にか、
睡魔に襲われ始めた。

シンジ・・・。

アスカ・・・。

1つの布団の中で、感じるお互いの温もりが、お互いを夢の世界へと誘っていく。
2人は、今日どんな夢を見るのだろうか?

                        ●

朝、5:00。

シンジのことが気になって、アスカは目を覚ましてしまった。

シ、シンジ!!!

アスカの目の前には、シンジの顔があった。

・・・・。

アスカの顔を笑顔が支配する。
寝ている間に、何があったのかはわからない。
ただ、今、アスカはお気に入りのまくらに頭を乗せて寝ていなかった。
アスカの頭は、シンジの腕にのっかりシンジの胸の中で寝ていた。

シンジぃ。

まだ、2人を現実に引き戻す目覚しが、けたたましく鳴り響くまでには、1時間と30
分の猶予がある。
アスカは、この世で一番お気に入りのまくらをして、シンジの胸に顔を埋めると再び夢
の世界へと戻って行った。

外は、台風一過、晴れ渡っていた。

fin.
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