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猫に噛まれて痛かったんです
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<コンフォート17の近所>

小雨がしとしと降る町、アスカは独り濡れながら花壇の脇に通る砂利道を歩く。絶対に
負けることのできない戦いだった。

なのに。

あの戦いでも、ゼルエルを倒したのはアイツ。

その後、1ヶ月も取り込まれてたくせに。
ナニサっ!

この1ヶ月、何も手につかなかい日々を過ごしたアスカだったが、シンジがサルベージ
されたことを聞きようやく心の中で安堵の溜息をほっとついた。

だが、1ヶ月振りの再開に行った彼女が見たものは、JRの駅でレイと楽しそうに話を
しているシンジの姿。

べつにあんなヤツ。
アタシは1人で生きるんだから。

たいした雨じゃないと思っていたが、少しきつくなってきたようだ。いつしかアスカの
顔から水の玉が流れ落ちる。幾粒も幾粒も。

「クシュン。」

くしゃみが出た。体が冷えてきたのだろうか。どうせ風邪をひいても、誰も心配などし
てくれないだろう。誰に迷惑をかけるわけでもない。誰にも。シンジにも。

このままどっかへ行っちゃいたいな。
誰もアタシのことを知らない遠いところへ。

ここにいても何処へ行ってもどうせ1人。それなら、人のいないところに行ければどれ
だけ気が楽になるだろう。

でも自分はセカンドチルドレン、エヴァンゲリオン弐号機のパイロット。そんなこと許
されるはずもない。

1人。

      独り。

            ひとり。

このままエレベータに乗りミサトの家へ帰ることに抵抗を感じた彼女は、小雨に濡れな
がらも綺麗に咲く花壇の花に目を向け、濡れたスカートを折り腰を屈める。

「ん?」

花壇に咲く花の葉がカサカサと揺れている。雨に打たれて揺れているわけでもないよう
だ。なんだろうと覗き込んでみると、1匹の白と青のブチ猫が雨に濡れ丸くなっていた。

「アンタもひとりぼっちなの?」

にゃー。

喋り掛けるとその猫は、くるりと丸い目をこっちに向けて可愛らしく泣き声を上げた。

「そんなとこにいちゃ雨に濡れちゃうわよ?」

にゃー。

ゆっくり手を差し出してみる。じっとしたままこっちを向いてもう1度可愛らしく鳴く。

「仲良くしましょ。」

にゃー。

「お互いひとりぼっちなんだから。」

一匹で丸くなり雨に打たれるその猫に親近感を覚えたアスカは、頭を撫でてあげようと
そっと手を近付け濡れた毛に触れようとした・・・・・・その時。

にゃっ!!!

バリバリバリ! がぶぅぅぅぅぅっ!

「ぎゃーーーーーーーーーーーーっ!!!」

にゃにゃにゃにゃにゃっ!!!

がぶぅぅぅぅぅーーーーーーっ!!!!

「痛いっ! 痛いっ! 痛いっ!!!」

思いっきり指を噛まれたアスカは、猫を振り払うべくブンブンと手を振る。猫はブンと
空中に投げ出されたが、余裕の2回転で着地し勝ち誇ったような顔で花壇から走り去っ
て行った。

「な、な、な、なんなのよっ!!! あの猫はぁぁぁぁっ!!!!」

ジンジンする手を見ると、見た目にもわかるくらい猫の牙の痕がついており、ぼっこり
とえぐれている。血も後から後から沸いてきて、痛いなんてもんじゃない。

「あんのっ! 白青ブチ猫っ!! 今度見つけたらタダじゃ済まさないわよっ!!」

こんな所で雨に打たれ、悲劇のヒロイン入っている場合ではなくなった。アスカはそそ
くさとエレベータに乗り、痛い指に薬を塗るべくミサトのマンションへ帰って行くのだ
った。

<ミサトのマンション>

手を洗い傷薬を塗っても痛みは全然とれず、ズキズキする指にフーフー息を掛けている
とシンジが帰って来た。

「駄目だよっ。アスカっ!」

「なんでアンタに、そんなこと言われなきゃいけないのよっ!」

「黴菌入ってたらどーするんだよっ。」

猫に噛まれて怪我したことを知り心配するシンジに対し、どうしてもアスカは素直にな
れそうにない。

ファーストと話してた癖に。
何よっ! 今更っ!

「とにかくお医者さんに行こうよっ。」

「なんでアンタと、お出掛けしなきゃいけないのよっ!」

「お医者さんに行こうって言ってるだけだろ?」

「ウッサイわねっ! こんなのすぐ直るわよっ!」

「黴菌が入ってたらどーするんだよっ。」

「なら、ファーストと話でもしてくればっ! フンっ!」

「はぁぁ?」

取り付く島も無い。言っていることも意味がわからない。なんとかして医者へ連れて行
こうと頑張ったが、アスカはさっさと自分の部屋に入って行く。

「着替えるんだから、覗かないでよねっ!!」

バンっ!!!

思いっきり力を入れ襖を閉めたアスカは、部屋に入りクッションを抱き絨毯の上で丸く
なる。

イタイよぉ・・。
やっぱり、お医者さん行った方がいいかなぁ。

「痛い。痛い。痛い。イターーーーいっ!」

シンジの言った”黴菌”という言葉が気になって仕方がない。でも、今迄だって怪我を
何度もしたが最初が痛いだけだった。

大丈夫よね。
黴菌なんて。
ちゃんと手も洗ったもん。

あれだけ偉そうに啖呵を切った手前、今更やっぱり医者に行くなんてとても言えない。
アスカは、まるでもう1つの心臓ができたようにズキズキ痛む指に、フーフー息をかけ
て冷やしながら一生懸命耐えるのだった。

その夜。

ズキズキズキ。ズキズキズキ。
ジンジンジン。ジンジンジン。

時間が経つにつれてどんどん痛みが酷くなってくる。これはただ事ではないようだ。こ
んなにいつまでも痛む怪我などこれ迄経験したことがない。

ズキズキズキ。ズキズキズキ。
ジンジンジン。ジンジンジン。

「痛いっ! 痛いっ! 痛いっ! イタイじゃないのよっ!!!!」

ベットに横になり、なんとかして眠ろうと頑張っていたアスカだったが、あまりのその
痛さに眠るどころかじっとしていることもままならない状況になってきた。

「もーーっ! いったいこの指どーなってるわけぇぇっ!!!」

さすがにもうたまらないとばかりに、布団から抜け出す。水で冷せば少しはマシになる
かもしれないと、部屋を出て行こうと電気をつけると。

「ぎゃーーーーーーーーーーっ!!!!!」

いつの間にか指が2本分くらいにまで腫れ上がっているではないか。これで痛くなけれ
ばバカである。

病院だわっ!
救急病院よっ!!!

このまま指が5本分くらいにまで腫れ上がったら、残りの指の居場所がなくなってしま
う。そんな5人分も自己主張する指なんていらない。

アスカはすぐさま病院に走ろうと、大慌てでパジャマから普段着に着替え始めた。

ガラッ!

「どうしたのっ!? 大丈夫っ!? アスカっ!!! ・・・あれ?」

「ぎゃーーーーーーーーーーっ!!!!!」

パジャマを脱いだ瞬間、シンジが飛び込んで来た。寝ようとしていた時だったので、ブ
ラもつけておらずパンツ1枚。両手で胸を隠し悲鳴を上げる。

「あっ、いや、悲鳴が聞こえたからっ! ぼ、ぼくっ!」

「アンタが入って来たから悲鳴上げてんでしょうがっ!!!」

バッシーーーーーンっ!!

「いたーーーーーーーーーーーいっ!!!」

思いっきりのビンタ。だが悲鳴を上げたのは、ビンタをしたアスカ自身だった。叩かれ
るシンジの頬とは比べ物にならないくらい、叩いた手の腫れている指が痛い。

「イタイッ! イタイッ! イターーーーイッ!」

「アスカ、大丈夫っ!? うわッ! その指ッ! 大変だッ!」

「シンジぃぃぃっ! 指がこんなにぃぃ・・・って、いつまで部屋にいるのよっ!!!」

ドゲシッ!!!!!!

さすがはドイツのエリート。1度やった過ちは2度としない。今度は痛くない足で力任
せに回し蹴り。シンジは部屋の外へ蹴り出されたのだった。

<ネルフ本部>

昨晩、結局アスカはシンジに付いて来て貰い病院へ行っていくつか薬を貰ったが、そう
そうすぐに腫れが引くものではなく、指に大きな包帯を巻いている。

そして、今日はハーモニクステスト。ミサトやリツコの前のモニタに、シンクログラフ
が表示されている。

「アスカ。かなりシンクロ率が落ちてるわね。」

「だーいじょうぶだってば。ちょっと調子が悪いだけよ。」

「シンクロ率は、表層的な心理状態は影響されないわ。こんなんじゃ、アスカはもう・・・。」

「まさかリツコ、パイロットの資格を・・・。」

「やむをえないわね。」

リツコとミサトの会話を通信で聞いていたアスカは、そんなことになってたまるものか
と慌てて声を出す。

『だから、猫に噛まれてレバーが握れないだけだってばっ!』

「そのどんくさいところが、パイロットの資格が無いっていうのよっ!」

『ぬぬぬぬぬ・・・・。』

「そもそも、猫は可愛いものよ。良心的な人間は噛んだりしないのっ!」

『だって、あの猫は凶暴だったのよっ!』

「あなた。自分の失敗を、猫のせいにするつもりなのっ!」

『だってっ。』

「猫は人を選ぶわっ。あなたは、猫にすら認められない無様な人間なのよっ!」

『ぐっ!』

リツコに叱り飛ばされ、ぐぅの音も出ずアスカのはその日のハーモニクステストを最悪
の結果で終わることになった。

テストを終えたアスカはプラグスーツから服に着替え、トイレで痛めた指を冷たい水で
冷やしていた。

「なんで猫に噛まれたからって、こんなに苦労しなきゃなんないのよっ!」

手を見ると、まだまだ赤くぷっくりと腫れており、痛いなんてものではない。

ちくしょうっ!
あのリツコの態度、ムカつくわねぇっ!
なんか、もうどーでもよくなってきたわっ!

半ばヤケ気味にトイレを出たアスカが、医者から貰ったシップ薬と包帯をカバンから取
り出していると、シンジが自分を見つけ駆け寄って来た。

「アスカ? 大丈夫?」

「大丈夫なわけないでしょっ!」

「指は?」

「まだこんなよっ!」

「やっぱり、痛そうじゃないか。そうだ。」

包帯を取り出そうとしていたアスカの手をそっと握り、シンジがニコリと微笑む。その
笑顔をアスカは目の前に見てしまった。

な、なんなのよ。
コイツ・・・手なんか握ってっ。
恥ずかしいじゃない。

「ほら、こうして暖めてたら、ちょっとはマシになるよ。」

腫れた手を両手で優しく包み込み、一生懸命温めてあげるシンジのその顔は、まるで傷
を癒す天使のよう。

シンジと・・・。
シンジとこんな雰囲気になれるなんて。
なんかとってもいい・・・け、けど。

ズキズキズキ。ズキズキズキ。
ドクドクドク。ドクドクドク。

痛い。痛い。痛い。痛い。
せっかく、いい雰囲気なのにぃぃぃ。
痛いよーーーーっ!

「早く良くなるといいね。」

優しい言葉を掛けて一生懸命腫れた指をシンジは温め続ける。その手の温もりがアスカ
の手に伝わり、とっても気持ちいい・・・わけがなかった。

「いったーーーーーーーーーーーいっ!!!!!!!]

ドゲシッ!!!!

とうとう我慢できなくなったアスカは、シンジを思いっきり蹴り上げる。不意を突かれ
たシンジは廊下をぶっとび壁に激突。

「な、なにするんだよぉ。」

「温めるバカが何処にいんのよっ! 痛いじゃないっ!」

「え? そうなの?」

「あったりまえでしょうがっ! 人がトイレで冷してきたとこだってのにっ!」

「ごめん・・・ぼく知らなくて。」

「もういいわよ。」

「でもそれなら、なんで手を握った時にそう言ってくれなかったのさ?」

「うっ・・・。」

それは乙女の秘密である。とても口に出せないアスカは、ちょっと恥ずかしそうにそっ
ぽを向いて話を誤魔化す。

「ねぇ。なんでさ。」

「・・・・・・。」

「なんで? なんで? なんで?」

「・・・・・・。」

「なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?」

「しつこーーーーーーいっ!!!!!!」

ドゲシッ!!!! ベキベキッ!!!! ドッカーーーーーーーンッ!!!!

今度は容赦の無い蹴りを後頭部に叩き込まれたシンジは、とうとうネルフの廊下で意識
を失ってしまった。

ったく。
あのバカ。

屍となったシンジをおいて、アスカはもう今日は帰ろうとネルフの廊下を歩いていた。
ハーモニクステストの結果もボロボロだったので、あまり長くここにいたくない。

『・・・・・・アスカ・・・・・・』

帰りを急ぎゲートへ向かって歩いていたアスカだったが、ある部屋の前を通り掛かった
時、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

なんだろうと、そっと扉を開けて気付かれないように部屋の中を覗くと、リツコとゲン
ドウが話をしている。

「やはりアスカはパイロットに適任ではないと思います。」

「猫に噛まれただけだろう?」

「猫こそ人類の至宝です。猫にアスカは嫌われたのです。猫に噛まれるような人間は、
  パイロットには向きません。」

「うむ・・・。」

「そもそも、猫に嫌われるような人間など、パイロットどころかネルフにすら必要はあ
  りませんっ。」

「わかった。好きにしたまえ。話は変わるが。例の件だが。」

「そちらは、極秘で進めております。」

どうやら自分のことから話が変わったようだ。そこまで聞き終えたアスカは、奥歯を噛
み締め悔し涙を溜めてネルフを後にしたのだった。

<ミサトのマンション>

家に帰ったアスカは、生活する為の必需品と機能的な衣服をボストンバッグに詰め込ん
でいた。

なによっ! 猫に噛まれたくらいでっ!
出て行ってやるわよっ!
こっちからっ!
こんなとこ、アタシから願い下げだわっ!

グイグイと袖で溢れ出る涙を擦り、消沈しそうになる自分の気持ちを奮い立たせて家出
の準備を整える。

どうせアタシは独りなのよっ!
ここにいたって独り。ここを出たって独り。
こんなとこ出て行ったってどってことないわよっ!

悔しくて悔しくて仕方ないが、向こうから解雇通知を叩き付けられるのを甘んじて受け
られる程、人間できてなどいるつもりはない。

フンっ!
出て行ってやるっ!

ようやく荷造りも終わり大きなボストンバッグを持って玄関を出ようとした時、その扉
がひとりでに開いた。

「ただいまぁ。あれ? 」

「あっ。」

いきなりシンジと鉢合わせ。涙で目が潤んでいるところを見られてしまい、誤魔化すよ
うにグイグイと袖で拭く。

「ど、どうしたの? アスカ? 指が痛いのっ?」

「ウッサイッ! アンタに、アンタなんかに関係ないでしょっ!」

言い捨てるようにそう叫ぶと、シンジの脇を縫ってアスカはミサトのマンションを飛び
出して行く。

「待ってよっ! どうしたんだよっ!」

「こんな家出て行くのよっ!」

「ちょっと待ってってばっ!」

「どうせアタシは猫に噛まれて、チルドレン失格よっ!!!」

「失格って・・・まさかっ。アスカっ!!」

どうやらただごとではないようだ。このままアスカを見失ったら2度と会えなくなるよ
うな気がしたシンジは、力の限り追い掛ける。

「待ってよっ! アスカっ!」

「付いて来ないでっ!」

「待ってって言ってるだろっ!」

階段を駆け降りるアスカの手をようやく捕らえることができた。だがその手を振り解こ
うとアスカがもがく。

「離してっ!」

「なんで出て行くんだよっ!」

「アタシは独りで生きるのっ! 独りで生きられるのっ!」

「そんなことできるわけないだろっ!」

「できるわよっ!!!」

ギンと振り返ったアスカの顔は、もう涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。いつも気の強い彼女の
そんな弱い一面を見たシンジは、とっさにどう対応していいのかわからず一瞬引いてし
まう。

「だから離してっ!」

その隙をついて手を振り解こうとするアスカ。

「駄目だっ!」

だが、なんとしても掴んだ手を離すまいとシンジはありったけの力で引っ張った・・・
が、2人が互いに引っ張り合った為、階段でバランスを崩してしまう。

「わーーーーーーっ!」
「きゃーーーーーっ!」

ゴロゴロゴロ。

こんがらがって階段を転がり落ちて行く。ようやく止まったのは、一階下の廊下の壁ま
で転がり落ちた時だった。

「もーーーーっ! イタイじゃないのよっ! ん?」

頭を打って文句を言おうとしたが、目の前にはシンジの姿がない。ふと足と足の間に違
和感を感じ視線を下ろすと、シンジがスカートの中に顔を突っ込んで倒れている。

「きゃーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

ゲシゲシゲシッ!!!

思いっきりシンジの顔を蹴飛ばす。

「いきなり蹴らないでよ。」

「アンタが変なとこにいるからでしょうがっ!」

「と、とにかく、1人でなんて無理だよっ!」

アスカのスカートの中に顔を突っ込んだことに、やはり後ろめたさがあるのか、シンジ
が無理やり話を元に戻す。

「アタシは独りで生きるんだから、アンタに関係ないでしょっ!」

「そんなことないよっ! アスカは独りなんかじゃないだろっ?」

「無責任なこと言わないでよっ! アタシはここ出て独りで生きるのっ!」

「ぼくがっ! アスカが出て行くんなら、ぼくも一緒に行くっ!」

「えっ・・・。」

大声を張り上げ必死で掴まれた手を振り解こうとしていたアスカだったが、その動きを
止め借りて来た猫のように大人しくなりシンジを見上げる。

「ほんとに?」

「独りぼっちは寂しいけど、2人なら寂しくないだろ?」

「でも、シンジはまだエヴァに・・・。」

「ネルフにはぼくの代わりはたくさんいるだろうけど、アスカにぼくの代わりはいてほ
  しくないんだ。」

「シンジぃぃっ!」

ここ数日、孤独感を日増しに強めてきていたアスカだったが、その寒空のような心がい
っぱいに満たされたような気がし、両手でしっかとシンジに抱き付く。

「ほんとにずっと傍にいてくれるのね。」

「そう言ったじゃないか。」

「シンジ・・・アタシ、アタシね。本当は・・・」

「とにかく急ごうよ。ミサトさんた達に見つかる前に。」

「あっ、そうねっ! うんっ!」

2人は手に手を取って、マンションの階段を駆け下りると、駆け落ちの旅に出たのだっ
た。

<二子山>

交通機関を使うと、ネルフに自分達の所在がばれるので、2人は二子山を徒歩で越えよ
うとしていた。

「大丈夫? 休もうか?」

「いいの。シンジが手ひっぱってくれるから。」

「指、痛まない?」

「今は平気。」

諜報部員の目をくらませる意味で、道なき道を歩いて行く。足場が悪く、何度もアスカ
が転びそうになるが、前を行き手を引くシンジがその体を支える。

「きゃっ!」

だがやはり疲れが出て来たのだろう。胸くらい迄の高さの岩場を上ろうとした時、アス
カは足を踏み外し背中から転びそうになる。

「あっ、アスカっ。」

引っ張っていた手に力を込め、なんとかアスカを引き上げられたが、やはりそろそろ限
界のようだ。

「やっぱり、ちょっと休もう。」

「大丈夫だってば。」

「怪我したら、元も子もないだろ? 少しくらい休んだって・・・」

「うん・・・。」

ガサッ。

岩場の上で何処かに休めそうな場所が無いか探そうとした時、近くの草がいくつもガサ
ガサと揺れ始めた。

ガサガサガサ。

「なに? 何かいるの? なんだか怖いわ・・・。」

「なんだろう? 猪でもいるのかな。」

ガサガサガサ。

「シンジ・・・行きましょ。なんかここ変よ。」

「そうだね。」

「早く行こ。」

様子がおかしいので早くこの場所を立ち去るべく2人が歩き出そうとした時、今度は前
方の草が行く手を遮るかのようにガサガサと揺れ始めた。

「シンジっ。前っ!」

「・・・・なんか囲まれてるみたいだ。」

「いったいなんなの・・・怖いよぉ。」

「走ろうっ!!」

このままでは何が起こるかわからない。シンジはアスカの手を取って、その場から全力
で逃げ出す。

その瞬間だった。

うにゃーーーーーーっ!!!

2人の前に白と青のブチの猫が飛び出し襲い掛かってきた。

「あーーーーーーっ! この猫はぁぁぁっ!!!!」

まさにこの猫には見覚えがあった。自分の指を噛み腫れ上がらせたあげく、とうとう自
分をパイロット失格にまで追い込んだあの猫だ。

うにゃーーーーっ! うにゃーーーっ!
うにゃにゃにゃにゃーーーーーーっ!!!!

しかもその白と青のブチの猫は1匹ではなかった。次から次へと同じ模様の猫が、茂っ
た草から飛び出して来て2人に襲い掛かって来る。

「なんだっ。この猫はぁぁっ! アスカっ! こっちっ!」

「うんっ!」

アスカの手を引っぱって全力で逃げるが、猫の足が異様に速くすぐに追い付かれてしま
い、また取り囲まれてしまう。

「これ以上アスカを傷つけさせるもんかっ!」

「あっ、シンジっ!!!」

逃げ場を失ったシンジは、アスカをなんとか逃がす為の突破口を開こうと、猫の軍団に
立ち向かって行く。

にゃにゃにゃんにゃーーーーーっ!!!

「このーーーーっ!!」

にゃんにゃにゃにゃーーーーっ!

だがその猫は想像以上に強かった。立ち向かって行ったシンジに、次から次へ猫パンチ
と猫キックを浴びせ掛けてくる。ぷにぷにするにくきゅうがとってもラブリーだが、や
っぱり痛い。

「シンジーーーーーーっ!!!!」

「アスカっ! 来ちゃ駄目だっ!」

「シンジっ! シンジーーーっ!!!」

とうとうシンジは力尽き倒れてしまう。それを見計らっていたかのように、猫軍団はト
ドメを刺すべく一斉にシンジに襲い掛かった。

「シンジーーーーっ!!!」

だが猫軍団の次の一撃がシンジに浴びせかけられることはなかった。代わりに猫軍団の
向こうに現れたのは金髪の女性。

「おかしいわねぇ。シンジくんには攻撃しないようになってたはずなのに・・・。」

「リ、リツコっ!」

「プログラムを見直さなくちゃ。」

「まさか、アンタがこの猫をっ!」

「そうよ。これぞ、私が開発した究極の戦自対抗決戦兵器。
  人造猫型ロボットっ! エニャンゲリオンよっ!」

「名前なんかどーでもいいのよっ! なんでシンジをっ!」

「どーでもよくないわっ! エニャンゲリオンよっ!」

「わかったから、なんでシンジを攻撃すんのよっ!」

「ちゃんと聞きなさいっ! エニャンゲリオンよっ!」

「わーーー、なんてかっこいーーネーミングなのかーしーらー。」

「わかればいいわ。」

「それで、なんでシンジを狙うか聞いてんのよっ!」

「うーん。アスカをやっつけて、シンジくんを取り戻すはずだったんだけど・・・。プ
  ログラムの何処を間違ったのかしら。」

「よくもよくもっ! アンタのバグのせいでシンジをっ! もう許せないわっ!」

「ふっ。猫に嫌われて噛まれるような子は、猫にやられればいいのよ。
  このエニャンゲリオンにねっ!」

「リツコっ! アンタは、とうとうアタシを本気で怒らせたのよっ! 」

アスカの背後に闘志が湧き上がる。

「覚悟ーーーッ! エニャンゲリオン軍団っ!! とーーーりゃーーーーっ!」

「行けっ! エニャンゲリオン零号機っ! 初号機っ! 弐号機っ! 参号機っ! 四号・
  ・・・・って、ちょっとっ! 号令を掛ける前に攻撃しては駄目でしょっ!」

「でーーーーりゃーーーーーーーーーーっ!」

ガスガスガスっ!!!

仮にも生きている猫相手だと躊躇するところがあるが、ロボットだとわかった今となっ
ては何のためらいもなく、アスカはリツコから号令が掛かり猫軍団が動き出す前に全て
を一掃してしまった。

「そ、そんな・・・私のエニャンゲリオンが、猫に噛まれた女に負けるなんて・・・。」

愕然とその場に手を突き、ガクリと腰を落とすリツコ。その背後から、髭をいじりなが
らゲンドウが現れる。

「使い物にならんな。弐号機パイロットの方がよほど有能だ。」

「碇司令っ。これは偶然です。もう1度チャンスを。」

「ましてや、目標を誤りシンジを攻撃するとは。」

「そ、それは。プログラムを見直せば、すぐ直りますっ。」

「信用できるのか。」

「はい。任せて下さいっ!」

「うむ。それから弐号機パイロット。」

それまでリツコを見ていたゲンドウがこっちに振り返った。

「君の有能性はよくわかった。シンジをよく守ってくれたな。」

「あ、はい。」

「これからも頼む。」

「はいっ!!!!」

どうやら、パイロットの資格剥奪はなくなったようだ。今回のことでシンジの気持ちも
わかったアスカは、これから先も今迄以上に頑張って使徒と戦えそうである。

それはともかく・・・。

「あの・・・アタシを噛んだ猫・・・その猫なんだけど、なんでミサトのマンションの
  近くにエニャンゲリオンがいたのよ?」

「なんだとっ! 赤木博士どういうことだっ!」

「ひっ! そ、それは・・・。」

「この計画は今日まで極秘事項だったはずだ。なぜ葛城くんのマンションの近くで目撃
  されている。」

「じ、じつは、1度逃がしたことが・・・。」

「な、なんだとっ!!!!」

ゲンドウの目が吊り上る。

「ぬわんですってーーーーっ!」

アスカの目も吊り上る。こともあろうか、リツコのミスで自分は噛まれて酷い目にあっ
たのだ。

「やはりお前は信用ならん。」

「そ、そんな。碇司令。」

「お前には失望した。クビだ。さもなくば帰れっ!」

「どっちも同じ意味ですっ! 碇司令っ!」

「う、うむ・・・ならば、クビが嫌なら、しばらくトイレ掃除をして貰おう。」

「ト、トイレっ!?」

「命令だ。」

ガーーーーーン!

「か、科学者の・・・わ、私が・・・トイレ・・・。」

金髪が白髪になりその場に倒れこむリツコ。それはともかくこれで無事今回の問題は解
決したのだった。

<ネルフ本部>

あれから何度か使徒が来たが、心の通じ合ったシンジとアスカの絶妙なコンビネーショ
ンにより難なく撃退。

そして、平和になった今、ネルフでエニャンゲリオン達は人気者になっていた。

「おいでぇ。弐号機ぃ。」

にゃにゃにゃーーー。

「やっぱ、弐号機が1番かーいいわねぇ。シンジ?」

「そんなことないよ。初号機だって、可愛いよ?」

シンジとアスカにじゃれつく2匹の猫型ロボット。もちろん好物はドラ焼きである。

「ほーら、こんなに可愛いのよ。弐号機ってば。」

大好きな弐号機猫をシンジの肩に乗せてあげると、首元をペロペロ舐めてじゃれている。

「うわっ! やめてっ。くすぐったいってば。」

こそばがりながらシンジが体をくねらせた時、思わず足が絡まりバランスが崩れてしま
った。

「わっ!」

アスカに向かって転ぶシンジの肩から、弐号機がひらりと飛び降りる。身軽な猫型ロボ
ットと違い、シンジはそのままアスカに覆い被さり倒れる。

「わーーーーーっ!」
「きゃーーーーっ!」

ドッターーーーーン。

2人絡まって倒れてしまう。押し倒されたアスカが、頭を摩りながらチカチカしている
目を開けるとシンジの顔が服の中・・・調度胸の当たりにずっぽり入っている。

「なっ! なにしてんのよっ!」

「ち、ちがうんだっ!」

バタバタバタ。

腕をバタバタさせながら、服の中の胸の所に顔をうずめてシンジがもがく。

「アンタってヤツはぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

がぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!

「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」

バタつかせていたシンジに思いっきり噛み付くアスカ。

それからシンジの手には、一生消えないアスカの歯形が残ったらしい。

fin.
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