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サンデーハプニング
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<リビングルーム>

ある日曜日の朝、葛城家ではいつもと変わらぬ平穏な朝食の時間が流れていた。ただ普
段と少しだけ違うことは、妙に朝からミサトがおめかししているのである。

「ミサト? 今日は朝からどっか行くの?」

こちらはいつものごとく、寝起きのぼさっとした頭のまま紅茶片手にパンにかぶりつい
ているアスカ。最近、蜂蜜をパンに塗って食べることに凝っているらしい。

「ん? 何処にも行かないわよ。どうして?」

「そうですか? なんだか、朝から気合いが入っている様ですけど?」

シンジも今朝のミサトには違和感を感じているらしく、不信な目でちらちらと様子を伺
っている。

「やーねーシンちゃんまで。いつだってこんなもんでしょ?」

「よく言うよ。」

「なんか言ったかしらぁ?」

「いえ・・・べつに・・・ははは。」

とりあえずごまかしながら愛想笑いを返してミサトに目を向けると、服装の他にも違和
感を感じた。

あっ、エビチュが出てないや。

その違和感とは、毎朝日課となっているエビチュをミサトが飲んでいないことだった。
シンジはエビチュを取りに行こうと、テーブルを立ち冷蔵庫を開ける。

「あれ? ミサトさん? エビチュが無いですよ?」

「あー。いいのいいの。」

「いいのって・・・昨日はいっぱいあったじゃないですか。」

「昨日、加持に全部あげちゃったのよ。」

葛城家に旋律が走る。

「「えっ!!!?????????」」

思わず顔を見合わせるシンジとアスカ。このミサトにして命の次に大切とも思えるエビ
チュを人にあげるなどということは、とても想像できない。

「全部あげたの?」

「そうよん。」

「ど、どうしたんですか? ミサトさんがエビチュをあげるなんてっ!!?」

「やーねー、どうもしないわよん。さーてっと今日は天気もいいから、お布団を干そう
  かしらん?」

葛城家に旋律が走る。

「「なっ!!!?????????」」

思わず顔を見合わせるシンジとアスカ。このミサトにして布団を干そうなどとするとは、
とても想像できない。

「ミ、ミサト・・・まさか・・・。」

「なーに?」

「まさか・・・おねしょしたんじゃないでしょうねぇ。」

「ぶっ! 馬鹿なこと言わないでよ。そんなことするわけないでしょ。」

そう言いながらミサトが開けた部屋の襖の向こうには、普段からはとても想像すること
ができない程、小奇麗に片付けられた空間が広がっていた。

「「うわっ!!!?????????」」

思わず顔を見合わせるシンジとアスカ。このミサトにしてあのN2爆雷が投下された様
な部屋を掃除するとは、とても想像できない。

「ミサトが狂った・・・。」

「ミサトさん・・・最近仕事が忙しかったから・・・。とうとう・・・。」

2人は何か悪いことが起こるのではないかと危惧しながら、布団をベランダへ運び出す
ミサトを唖然を眺め続けた。

ピンポーーーン。

「ん? 誰だろう? こんなに朝早くから。」

チャイムの音を聞いたシンジが玄関に出て行こうとするが、それより早くミサトが玄関
へ走り出て行ったので再び椅子に座る。

「お客さんが来るから、おめかししてたのかしら?」

「昔の友達かな?」

呑気なことを言いながら朝食を食べるアスカとシンジだったが、突然その2人をスポッ
トライトが照らし付ける。

「わっ!」

「なっなに!?」

その眩い光に驚いた2人が廊下の方に目を向けると、そこにはリポーターと数名のスタ
ッフがカメラを回しながら入って来ていた。

「はーーいっ! 第3新東京TVの者です。今日は葛城三佐の許可を頂いて、地球を救
  うチルドレンの密着取材に来ましたぁっ!!」

サラダを口に運ぼうとしたままきょとんとTV局のスタッフを見つめるシンジと、パン
を口いっぱいに頬張ったまま、たらーーりと冷や汗を垂らすアスカ。

「むがむがむがっ・・・ごくん・・・。」

今ここで何が行われ始めたのか咄嗟に理解できなかったアスカは、口に頬張っていたパ
ンを喉の奥へと押し込んで、カメラの前に立つリポーターをただ目を丸くして見つめる。

「おぉっ! これは、チルドレンのお二方は、朝食の途中だったのですねぇ。」

リポーターとカメラマンは興味深々といった感じでシンジとアスカに迫り、朝食の様子
をアップで映し出す。

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

ようやく状況が飲み込めたアスカは、ぼさぼさの頭を両手で隠すように押さえながら、
どたどたどたと洗面所へ走って行った。

「おやおや、どうされたんでしょうか? えー、あなたはサードチルドレン、碇シンジ
  君ですね。」

「あっ。は、はい。」

「美味しそうな朝食ですねぇ。美人なことで有名な作戦部長の葛城三佐が作る朝食を、
  いつも食べることができるなんて羨ましいですねぇ。」

「へ?」

「大変なお仕事をされながら、家事まで完璧にこなされているそうで、本当に頭が下が
  ります。」

「まぁねん。この子達の保護者でもあるんだから、当然ですけどねぇ。」

リポーターの後ろから澄まし顔のミサトが出てきたかと思うと、ある事ない事を得意気
に話し始める。

ミ、ミサトさん・・・よく言うよ・・・。
ぼくがいつも作ってるんじゃないか・・・。

「碇君、葛城三佐の料理の味はいかがでしょうか?」

ミサトさんの料理なんて、食べれたもんじゃないよっ。

と心の中で思いっきり叫ぶシンジだったが、口から出た言葉は『美味しいです』という
当たり障りの無い言葉。

「そうでしょうねぇ。葛城三佐は家庭的なことでも有名ですからねぇ。」

「え・・・・・・。」

よくもそこまで自分を美化できるものだとジト目でミサトを睨み付けるが、ミサトは悪
びれる様子も無くウインク一つ返しただけだった。

<ユーティリティールーム>

その頃アスカは、大慌てで寝癖を直していた。できればシャワーを浴びたいところだが、
それが叶わぬ上は櫛とドライヤーだけでなんとかしなくてはならない。

ミサトの奴ぅぅーーーーっ!!
朝からなーーんかおかしいと思ってたのよっ!!
TV局の人間が帰ったら、覚えてらっしゃいっ!! 

寝癖のついたぼさぼさの頭で、パンを口いっぱいに頬張っている姿が全国に放送されて
しまったので、アスカの怒りは爆発寸前だった。ある意味、自業自得でもあるが・・・。

「惣流さん? そちらへ取材に入っても宜しいでしょうか?」

「なっ! ちょっとまちなさ・・・ちょっと待ってくださるかしら? ほほほほほ。」

相手がTV局のリポーターとなると、さすがのアスカもいつもの調子が出せず、猫かぶ
りモードに突入していた。この辺りミサトと大して思考が変わらない。

まったくっ!! 寝起きの女の子の顔撮るなんて、あのリポーター変態じゃないのっ!?

内心ムカムカしているアスカはブチブチ言いながら必死で寝癖を直そうとするが、なか
なか跳ねた後ろ髪がおさまってくれない。

あーーーんっ! 直らないよぅ!!

ゴシゴシゴシ。

水をつけて必死でなだめるものの、ピンと跳ね上がった髪はご主人様であるアスカの言
うことをきく様子はない。

もうっ! どうしてアンタはアタシの言うことがきけないのよっ!

ゴシゴシゴシ。

ピーーーーン。

「シンジっ!・・・くん・・・。シンジくーーーん! ちょと来なさ・・・来てくれない
  かしらぁ!?」

心の準備がまだできていない上に焦りまくっているアスカは、地が出そうになる自分を
必死で押さえながらシンジを呼びつける。

「なんだよ。アスカ。」

アスカに呼ばれてのそのそとシンジが近寄ってくると、アスカは小声でシンジに怒鳴り
散らした。

「アンタねぇ! 何ぼけぼけっとしてんのよっ! そんな所につっ立ってないで、アタシ
  の寝癖をさっさと直しなさいよねっ!」

「えーーーっ。」

「うだうだ言ってないで、早くしてよっ!」

「わかったよ・・・。」

問答無用で命令されたシンジは、お湯をつけながら怒られない様にできる限り丁寧にな
だめていく。

「こんな感じでいいかな。」

「急ぐのよっ!」

「うん。」

もう、アスカはいつも強引なんだから・・・。
なんでぼくが、怒られなきゃいけないんだよ。

シンジは内心ぶつぶつ文句を言いながら、ふと後ろを向いているアスカの顔を見ると、
なぜかなんとなく嬉しそうにも見えた。

<リビングルーム>

チルドレンが2人共いなくなってしまったので、手持ちぶさたのリポーターは何を撮影
しようかときょろきょろしていた。

「ちょっと、いいかしらん?」

「はい、何でしょうか?」

「いいカットがあるわよん。」

ミサトが指さす先には、セカンドチルドレンの髪に櫛を当てるやさしいサードチルドレ
ンという、仲むつまじいシーンが繰り広げられていた。

「こ、これはっ!!」

目を輝かせたリポーターは、2人に気付かれない様に照明はそのままにしてカメラだけ
呼び寄せ撮影を開始した。

<ユーティリティールーム>

シンジの努力の甲斐があってか、ようやくアスカの寝癖もおさまりがついてきた。

「もういいんじゃないかな?」

「そう?」

自分の髪を手で確認しながら立ち上がったアスカが、鏡を見ようとふと後ろに振り返る
と、そこにはじっと2人を撮影するTVカメラの姿があった。

「キャーーーーっ!」

突然のことに驚いたアスカは、思わずシンジに抱き着いてしまう。そんな様子を、リポ
ーターは良い絵が撮れたと満足気に見つめている。

「はっ! なにっ・・・。」

我に返ったアスカは『なにすんのよっこの変態』とシンジに言い掛けるが、カメラがあ
ることを思いだしてセリフを選んだ。

「ごめんね。カメラがあったから、ちょっとびっくりしちゃったの。」

しおらしい表情を作ってそう言いながら、シンジから離れるアスカ。それを見たリポー
ターの頭の中では、「チルドレンの生活密着取材」という番組タイトルから「チルドレ
ン早くも婚約かっ!?」に変更された。

<リビングルーム>

その後、2人にはいくつかの質問が繰り返され、その質問にアスカは猫をかぶりながら
答え、シンジはずっともじもじしながら答えていた。

「ところで、みなさんは日頃どういった生活をされているんですか?」

「中学生らしい生活をできるだけ送って貰おうとしてます。やっぱりチルドレンとはい
  っても、中学生ですからねぇ。」

そんなミサトを、ジト目で睨み付けるシンジとアスカ。既にミサトの信頼度は地の底ま
で落ちており、それに伴ってシンジとアスカの間にはある種の連帯感が沸いていた。

「ネルフを離れたら、普通の中学生ということですかぁ。さすが葛城三佐、作戦部長と
  してもすばらしい活躍ですが、保護者としても立派でいらっしゃる!」

「あっらぁ、そんなことあるわよん。ほほほほほ。」

「保護者の立場として、チルドレンに期待されることなどありますか?」

「そうねん、アスカにはもうちょっと掃除とか洗濯とか、女の子らしさを持った生活を
  して欲しいわねぇ。」

その言葉を聞いて呆れ返るシンジと、カメラの前だから抑えているものの完全にトサカ
にくるアスカ。

なによっ! 珍しく自分の部屋を掃除したからってっ! 人のことが言えるような生活し
てない癖にっ!

「そう言えば、みなさんの部屋をまだ拝見させて貰ってませんが、見せて頂いて宜しい
  でしょうか?」

「いいわよん。いくらでも見て頂戴っ!」

いつ見られてもいいように自分の部屋を片付けたミサトは、あっさりと許可を出してし
まう。

「なっ! えっ? えーーーーっ! ちょ、ちょっとっ!」

まさかの展開におもいっきりうろたえるアスカ。アスカの部屋は特に散らかっていると
いうわけではなかったが、やはり年頃の女の子である。

「おや? 惣流さん? どうされたんですか? ますます興味が沸きますね。」

「あっ、いえ・・・その。ちょっと散らかってるから・・・。」

「少しくらいなら、いいじゃないですか。どうですか? 葛城三佐?」

「いいわよん。保護者のわたしが許すわ。」

「な、な、ちょっとまってよっ! 片付けて来るからっ!」

「あーーら、アスカ。こういうのは、生活感溢れてる方がいいのよ。さぁリポーターさ
  ん、 気にせず入っていいわよん。」

ミサトに背中を押されて、アスカの部屋へ入って行くリポーターとカメラマン。もちろ
んアスカは慌てて止めに入ろうとしたが、時既に遅く部屋が開けられた後だった。

<アスカの部屋>

リポーター達が踏み入れたアスカの部屋は、少し女の子向けの雑誌が床に落ちているく
らいで、散らかっているという程ではなかった。

「へぇーー。あんなに驚かれていたので、どんな部屋なんだろうと思いましたけど、綺
  麗でお洒落なお部屋じゃないですか。」

「はは・・・ははは・・・そ、そうかしら? ははは。」

アスカは苦笑いを浮かべながらリポーターの横を擦り抜けると、じりじりと机の方へ寄
って行く。そんなアスカの後ろで、シンジはきょろきょろと周り見渡していた。

ふーーーん。アスカの部屋ってこんなんだったんだ。

今始めて見たアスカの部屋は、赤を基調として奇麗にまとめられており、いかにも女の
子らしい部屋だった。

これだけ綺麗にしてるんなら、別に撮影されてもいいじゃないか・・・。

シンジはそんなことを考えながらアスカの方に目を向けると、不自然にじりじりと移動
している様子が目に入る。

ん? どうしたんだろう?

その奇妙な行動に疑問を持ったシンジが、部屋の中に一歩足を踏み入れアスカの目指す
勉強机のビニールマットに視線を移動する。

「うっっわっ!!!!!!!」

咄嗟にシンジはアスカの部屋に飛びこむと、机をリポーターから隠す様に立つアスカと
並んで立ち塞がった。

「なんだよっ!! これはっ!!」

肘でアスカをコツコツとこつきながら、小声で文句を言うシンジ。

「これは・・・その・・・。だって、TVが撮影に来るなんて思わなかったんだもんっ!」

歯切れの悪い返答をしながらビニールマットの下に並べてあった物を、後ろ手で引っ張
り出していくアスカ。そこには、何枚ものシンジの写真が敷かれていたのだ。

「どうして、ぼくの写真なんかが・・・しかもこんなに沢山あるんだよっ!」

「そんなこと言ったって・・・。とにかく隠すから手伝ってよ。」

「わかってるよっ。もぅ・・・。」

シンジとアスカはリポーターの視線を伺いながら、作り笑いを浮かべて後ろ手にごそご
そと写真をシートから引っ張り出していく。

「あれ? そんな所に仲良く並んで、どうしたんですか?」

2人の行動があまりにも不自然であったのだろう。疑問に思ったリポーターが、怪し気
な行動をするシンジとアスカに、興味深々と言った感じで近寄って来る。

「ははは・・・何でもないわよ?」

「ははははは・・・そうですよ。何でもないですよ。って、ちょっとアスカっ! 引っ
  張らないでよっ!」

「えっ!?」

「わっ!!」

バサバサバサッ!

リポーターに気付かれまいと焦ったアスカが、シンジの持っていた写真まで引っ張って
しまったので、バランスを崩してばらまかれる写真。

「ん? これは碇君の写真じゃないですか。どうしてこんな所にあるんですか?」

「え・・・いや・・・これは。その。」

万事休すといった感じで、何の言い訳も思い付かず顔を真っ赤にしてうろたえまくるア
スカ。

「あっ、こ、これはぼくが写真の整理を頼んでたんですよ。」

「ほぉ、なーるほど。」

珍しく機転を効かしたシンジの言い訳に、リポーターはぽんと手を打って納得した。ア
スカもなんとかこの難局を乗り切ったと、ほっと胸を撫で下ろす。

「みなさん、お聞きでしょうか? 今から惣流さんは、碇君の身の回りの世話をされて
  おられるそうですっ! 微笑ましい光景ですねっ!」

「ぶっ!」

ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、あろうことかリポーターはとんでもないことを
カメラに向かって喋り出した。

「ち、違うわよっ!」

「は? 何が違うんですか?」

「だから・・・この写真は・・・。」

咄嗟に反論はしたものの、正直に隠し撮りした写真を飾ってましたとはとても言えない
ので、そこから先が続かない。

「だから・・・。」

「は? どうされましたか?」

「そ、その通りよ。」

「は? やっぱりそれでいいんですか?」

「うーーーーーーー。そ、そうよ・・・。アンタの言う通りよ・・・。」

八方塞がりのアスカは、唸り声を上げながらばらまいてしまったシンジの写真を拾い集
める。既に猫被りなどは宇宙の彼方へ飛び去りつつあった。

「じゃぁ、チルドレンの女の子が着る服を拝見させて宜しいでしょうか? これからの
  流行になるかもしれませんね。」

「ダメーーーーっ!!」

今度はリポーターがアスカの洋服ダンスに近付こうとしたので、慌てて洋服ダンスの前
に両手を広げて立ち塞がるアスカ。

「そうですか・・・やっぱり、だめですかぁ。じゃ、机の中はどうでしょう?」

そう言いながら、アスカの机の引き出しに手を掛けて開けようとするリポーター。何で
もいいから番組のネタになるものを探し回っている様だ。

「あーーーーっ! もっとダメーーーーっ!」

アスカが血相を変えて飛び込んで来るが、リポーターの手の方が少し早く机の引き出し
が少し開いた。

ん? なんだこれ?

机の横に立っていたシンジが、引き出しの中に見えた幾つものかわいらしい便箋に目を
向ける。

「ブッ!」

ガタンっ!

リポーターが開けた引き出しを、慌てて体で閉めるシンジ。

アスカ・・・・1人の時は、いったい何してんだよ・・・。

そのシンジが見た文書とは、大量の便箋に綴られたシンジに対するラブレターの固まり
だったのだ。

「どうしたんですか?」

「ははは・・・ネルフの機密事項が書かれた文書だったので、見たらまずいですよ。」

「それにしては、可愛らしい便箋に書かれていた様ですが?」

「え? あっ、か、紙が無かったんだと思いますよ。ははは。」

「そうですか・・・。」

ネルフの機密文書だと言われては、それ以上詮索することができないので、やむをえず
アスカの部屋の撮影は終わることにした。

<リビングルーム>

リビングに戻ってひとまず安心したアスカとシンジは、ダイニングテーブルの椅子に並
んで腰を降ろしていた。

「なんなんだよ。あの写真やら手紙はぁ。」

「だって・・・。」

小声でシンジに問い詰められたアスカは、いつに無く恥ずかしそうに下を向きながら、
ぷぅと膨れてみせる。

「部屋でいつも何してんだよ。」

「いいじゃないのよ。1人でいる時くらい、何したってっ!! アンタに迷惑かけてな
  いでしょっ!!」

「それは・・・そうだけど・・・。」

少しアスカが拗ねモードに入ってしまったので、シンジはそれ以上問い詰めるのをやめ
ることにした。

「では、今度は我らが美しき作戦部長! 葛城三佐に、お願いがあるのですが?」

リポーターが、今度はミサトに向かって何やら言い始めた。

「いいわよん。部屋ならいくらでも見せてあげるわよ。」

「いえいえそうではなくて、すばらしい料理の腕をご披露願いたいのですが?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

そのリポーターの言葉を聞いた瞬間、今まで猫を完璧に被り通していたミサトの顔が、
いたずらを見つかった子供の様な表情に変わる。

「それはグッドアイデアねっ! ミサトの料理をTV局の人達に食べて貰いましょうよ。」

「ミサトさーん、いつもの様にてきぱきと作ってみて下さいよぉ。」

積年の恨みをここではらさいでか! とばかりにうなだれるミサトに追い打ちを掛ける
アスカとシンジ。

「おぉっ! これは楽しみですね。ぜひ、宜しくお願いします。」

「わ、わかったわよ・・・・。」

窮地に立たされたミサトであったが、引くに引けないのでお得意のカレーを作ることに
した。

「いい香りですねぇ。できあがりが楽しみです。では、カレーができる前に今度は碇君
  のお部屋を拝見させて貰って宜しいでしょうか?」

「はい。いいですよ。」

アスカと違って何もまずい物など隠していないシンジは、すぐに撮影を許可した。もち
ろん、撮影は何の問題も無くさっさと終わる。

「碇君は、チェロを弾かれるんですね。凄いですねぇ。」

感嘆の声を上げながらリポーター達が部屋から出てきた頃、丁度ミサトのカレーの準備
が整った。

「ぼ、ぼくは、いいですよ・・・さっき朝御飯食べたから・・・。」

「ア、アタシも・・・お腹いっぱい・・・ははは・・・。」

「そう? じゃ、TV局の人達にだけご馳走しようかしらん。」

即座にシンジとアスカが遠慮したので、ミサトはTV局のスタッフの数だけテーブルに
カレーを並べる。

「では、私達だけで頂かせてい貰うことにします。」

待ってましたとばかりにカレーを口に運ぶTV局のスタッフと、それを不安気に眺め続
けるミサト。

「うっ!!!」

みるみるうちに青ざめていくTV局のスタッフ一同。そんな様子を見ていたシンジとア
スカは、吹き上げてくる笑いを堪えるのが必死だった。

「す、すばらしい腕前です・・・ね。さすがは葛城三佐・・・。うっぷ。」

水を飲みつつなんとか食べ終わったスタッフ一同は、お礼を言いながら顔を真っ青にし
てさっさと席を立って行く。

あっちゃーーー。やっぱり何か失敗してたかしらぁ。

スタッフの半数くらいは我慢して全て胃に流し込んだが、残りの半数くらはかなりの量
を残してしまった。おかわりまで用意しておいたカレーが、たっぷり残っている。

「かなり残っちゃったわね。残りは、後でシンちゃん達が食べておいてね。」

「え・・・・。」

「う・・・・。」

今まで笑いを堪えていた2人だったが、一転して窮地に立たされ何とか脱出方法を試行
錯誤するのだった。

「で、では・・・げっぷ・・・。最後に葛城三佐のお部屋を拝見致しましょうか。」

「ええ、そっちは問題ないわよ。」

カレーの汚名挽回と、昨日一生懸命片付けた自信たっぷりの部屋を披露するミサト。ま
ぁ普通は、部屋を片付けたくらいで自慢にはならないのだが・・・。

<ミサトの部屋>

「ほぉ、綺麗に片付けられていますね。」

「ええ、こう見えても几帳面な方なのよ。」

自信満々にそう答えるミサトを、シンジとアスカは見事にユニゾンして呆れ顔で睨み付
ける。

「葛城三佐の部屋はさすがに機密事項の物が多いと思いますので、あまりじっくり見る
  わけにはいかないでしょうから、あのキャビネットの中だけでも宜しいでしょうか?」

机の中や洋服タンスはまずいだろうと考えたリポーターは、あまり大事な物が入ってい
そうにない大きなキャビネットを指差す。

「え・・・あそこはちょっち・・・。ほ、他の所ならいいわよん。」

「そうですか・・・。じゃぁ・・・。」

そのキャビネットは、いつもガバーッと開け放されていることをシンジもアスカも知っ
ていた。

「あっれーーー? あそこって、いつも開けっぱなしじゃない。あんな所に書類なんて
  無いわよ?」

ミサトの裏の事情を見抜いたアスカは、ツカツカとミサトの部屋のキャビネットに近寄
って行く。

「あっ! アスカっ! 待ちなさいっ!」

ミサトの慌て振りを見たアスカは、自分の考えが的中したことを確信しニヤリと笑みを
浮かべる。シンジも、アスカの意図をその笑みから理解してミサトを後ろから捕まえた。

「ミサトさーーーーんっ! どこ行くんですかぁぁl?」

「シ、シンちゃん離しなさいっ! アスカっ! 開けたら駄目っ!!」

必死にシンジを振り切ろうとするミサトの前で、アスカがキャビネットの取っ手に手を
掛けて力を込める。

「そーーーーーーーーれっ!!!!」

アスカの掛け声と共に全開になるキャビネット。

ドドドドドドドドドドドーーーーーーーーーっ!!!

「きゃーーーーーーーーーーっ!!」

キャビネットが開いた瞬間大雪崩が発生し、アスカはその大量のごみだめの下敷きにな
ってしまった。

「か、葛城三佐・・・これは・・・。」

「いや・・・これは・・・そのぉ・・・。」

「うわぁぁぁっっ! ミサトさん。今日は部屋が綺麗だと思ったら、あんな所に隠して
  たんですかぁぁぁ。」

それみよがしに、わざとらしいセリフで恨みを晴らすシンジ。

「うーーーーー。いくらなんでも、ここまで詰め込むことないでしょっ!! 死ぬかと
  思ったわよっ!!!」

アスカは、ぶーぶー文句を言いながらごみだめの雪崩の下から這い出してくる。この瞬
間リポーターの頭では、「チルドレン早くも婚約かっ!?」から、「葛城家の隠された
7つの秘密」に番組のタイトルを変更していた。

<玄関>

「では、おじゃましましたぁ。」

撮影も終わり疲れ切った表情で帰っていくTV局のスタッフを、すべてが暴露されてし
まったミサトはどんよりとした顔で見送っていた。

「ミサトのせいで、せっかくの日曜日が朝から大騒ぎだったわよっ!」

「それより、アスカ? 昼ご飯までに逃げないと・・・。」

「あっ! そうだったわね・・・。」

「まだ日曜日も半分残ってるんだしさぁ、2人で写真撮りに行こうか?」

「え?」

「今日は天気もいいから、綺麗に撮れると思うんだけど?」

にこりと微笑み掛けるシンジの意図を理解したアスカは、ぱーーーっと表情を笑顔に変
える。

「ア、アタシっ! カメラ持ってくるっ!!!!」

パタパタと部屋へ駆け込んだアスカは、お気に入りの服に大急ぎで着替えて愛用のカメ
ラを引っ張り出す。

「アスカぁ? まだぁ?」

玄関からシンジの声が聞こえてくる。

「うん、今行くぅ!」

アスカは姿見で自分の格好を簡単にチェックすると、お気に入りのワンピの裾を翻して
シンジの待つ玄関へと飛び出して行った。

今日は晴れた日曜日。こんな写真日和の良い天気の日には、笑顔を浮かべた2人の良い
写真が撮れそうである。それはアスカにとって最高のハプニングであった。












後日談。

その後放映された葛城家とチルドレンの取材番組は、40%を越えるという高視聴率を
記録した。

無論その番組が放映された次の日、シンジとアスカは何だかんだと冷やかされることに
なるのだが、既に2人はそんなことを気にすることは無かった。

さて、その高視聴率に機嫌を良くした第3新東京TVのプロデューサーは、再度チルド
レンの取材番組を規格しリポータを送り込んだ。

<レイの団地>

「こ、ここが、綾波さんの家なんですか?」

「ええ。」

取材しようにも、冷蔵庫とベッド以外何も無い。仕方無いので、冷蔵庫の中を見ること
にする。

「冷蔵庫の中を拝見させて貰ってもよろしいでしょうか?」

「冷蔵庫・・・。」

「は?」

「物を冷やす物。」

「・・・・・。」

リポーターは話が続かないので、とにかく冷蔵庫の中を見てみるが、なぜそこに冷蔵庫
が置かれているのか存在価値その物を疑いたくなる程、中は何も無い。

「あ、あの・・・何も入ってませんが、どうして冷蔵庫を。」

「わからない。」

「は?」

「たぶん、わたしは3人目だから。」

「・・・・・。」

何か取材しなくてはと質問内容を考えるレポーターだが、何も取材するネタが浮かんで
こない上会話も続かない。しかし、このまま帰るとプロデューサーに何を言われるかわ
かったものではない。

「あの・・・取材させてもらっても、宜しいでしょうか?」

「・・・・・。」

「あの・・・。」

「ごめんなさい。」

「は?」

「こんな時、どんな顔をしたらいいのかわからないの。」

「・・・・・。」

「・・・・・。」

「・・・・・。」

「・・・・・。」

「・・・・・。」

「・・・・・。」

長い沈黙が続く中で、帰るに帰れず取材も碌にできないTV局のスタッフ達は、皆泣き
たい気持ちだった。

fin.
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