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思い残すことなく
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<ミサトのマンション>

アスカが来日してから数日経ったある朝のことである。いつも朝に弱いアスカであった
が、その日は体に異変を感じて早くに目を覚ました。

「うーーーー。」

全身に不快感を感じつつ、体を掻き毟りながら起きあがったアスカは、自分の体に目を
向ける。

「な、なに・・・これ・・・。」

体を見回すといくつもの赤い斑点が浮かび上がっている。慌ててベッドから飛び起き、
姿見の前に立って全身を見渡す。

「嘘っ! 嘘よ、こんなのっ!」

鏡に映る自分の姿を見たアスカは、顔を真っ青にして呆然自失する。ドイツにいた頃、
大学にあった医学書で読んだ病気の症状そのままである。

まさか、これって・・・。
どうして!? 何も覚えが無いのに・・・こんなことって・・・。

窓から強い風が吹き込み、アスカの髪をバサバサと揺らす。

「イヤーーーーーーーーーーーっ!」

アスカは、恐怖に身を振るわせながら自分のベッドに潜り込み、頭から毛布を被って震
え出した。

そんなのって・・・。
まだやりたいこといっぱいあったのに・・・。
こんなところでアタシ死んじゃうの?

体の震えが止まらない。いつの間にか涙が止めど無く溢れ出し、ぐっしょりとシーツを
濡らす。

「ひっく・・・ひっく・・・。」

死にたくない・・・死にたくない・・・死にたくない・・・。

「死にたくないよーーーっ!!!」

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                        :
                        :

それから、2時間近く経った頃。

「アスカぁぁ。そろそろ起きてよ。ご飯できたよ。」

シンジの自分を起こす声が聞こえてくる。毎朝聞いている声だが、今日はその声がアス
カの心を落ちつけてくれる。

「ひっくひっく。」

シンジぃ・・・アタシ死んじゃうよぉぉぉ。

「ひっくひっく。」

今までの短い人生で起こったことが、走馬燈の様にアスカの脳裏を駆け巡る。ママの思
い出,エヴァの思い出,そしてシンジとの出会い。

アタシ、ここで死んじゃうよぉ・・・。
夢も、恋も、もう終わりだよぉーーっ!

「ひっくひっく。」

アスカが布団の中で丸まって泣いていることなど知らずに、シンジが再び穏やかリビン
グからアスカを呼ぶ声がする。

シンジ・・・。

その声を聞いたアスカは、のそのそと起きあがると頬を伝う涙の跡をウエットティッシ
ュで綺麗に拭いて、リビングへと出て行った。

「あっ、アスカ。ご飯できてるよ。」

「ええ・・・。」

いつもなら先に洗面所へ向かうアスカであったが、今日はそのまま着替えもせずにダイ
ニングテーブルの前に腰をおろした。

もう・・・シンジが作ってくれるご飯も食べれなくなるのね・・・。

フォークを手に取り、自分の前に置かれているスクランブルエッグを口へと運び食べ始
める。

美味しい・・・。

この料理も後わずかで食べれなくなると思うと、それが宝石の様に貴重な物に思えてく
る。

もっと、シンジの料理食べてたかったよぉ。
シンジの料理好きだったよぉ。

ふと顔をあげると、ミサトの分の朝食を準備しながらキッチンとダイニングテーブルの
間を行ったり来たりするシンジの様子が見える。

シンジのこと好きだったよぉ。
ぐすっ・・・。

溢れ出しそうになる涙を必死でこらえながら、いざ死というものを目の前にして、もっ
と早くに素直になっておけば良かったという後悔ばかりが浮かんでくる。

「ねぇ、シンジ?」

「なに?」

「今日1日、アタシに付き合ってくれない?」

「え? でも、学校が・・・。」

「大事な用があるの。」

「そう。うん、わかった。」

せめて、最後にアタシの気持ちを打ち明けて・・・。
シンジの思い出の中だけでも生きて行ければ・・・。

夢は果たせなかったが、自分の想いくらいは伝えてから死にたい。アスカはそう思い、
今日の最後になるかもしれないデートの準備を始めた。

<繁華街>

とっておきの赤いワンピースに、白い大きな帽子。アスカはおもいっきりお洒落をして、
シンジの横に付き繁華街を歩いていた。

こうやって2人でこんな所を歩くのって初めてよねぇ。
もっと、早くからこうしてれば・・・。

思い残すことは山程有るが、今からの短い時間でそれを取り戻そう、後悔の無い人生を
まっとうしようと心に決める。

「どうしたの? なんだか、元気ないみたいだけど?」

「え?」

ついつい暗い顔をしてしまっていた様だ。アスカは、慌てて顔をあげると無理に笑顔を
作ってシンジの方へ振り向く。

「そんなことないわよ。」

そうよ・・・。
今日は・・・今日は、アタシの最高の記念日にするんだからっ!
もっと、楽しくしてなくちゃっ!

「ねぇ、シンジ? どこ連れてってくれるの?」

「何処って・・・用があったんじゃないの?」

「いいからぁ。どっか連れてってよ。シンジがぁ。」

「なんだよそれぇ。ただのさぼりじゃないかぁ。」

「えへへへへぇ。いいじゃん、たまには。」

「はぁ・・・。」

アタシが死んじゃうってことは、今日が終わるまで秘密にしてよう・・・。

シンジにぎこちなく接して欲しくなかったアスカは、何も言わずに今日1日楽しく遊ぶ
ことに決める。

「ねぇ、決まった?」

「え? 本当にぼくが決めるの?」

「当然でしょっ!」

「そんなのわかんないよ。」

「アタシの喜びそうな所だったら、どこでもいいからぁ。」

「えーーー。うーーん、遊園地とか・・・。」

「それ、いいわねっ! 行きましょ。」

行き先も決まったことなので、2人は早速電車に乗ると、遊園地へと向かって移動して
行った。

<遊園地>

人気のある遊園地だが、平日の午前中ということもあって中はガラガラ。ちらほらと、
家族連れやカップルを見かける程度である。

「フリーパスで乗り放題じゃないっ! ねぇ、どれから乗ろうか?」

「ぼくは何でもいいよ。」

「じゃ、じゃぁさぁ。空中ブランコっ!」

「へ? 空中ブランコ? あれって、乗り物じゃないよ?」

「乗り物よっ!」

「だって、人力じゃないか。」

「いいからいいからぁ。」

空中ブランコとは吊り下げた檻の様な所に乗り、全身を使って2人で漕ぐブランコであ
る。がんばって漕ぐと、ぐるぐると回転して面白いが、かなり疲れる。

「さぁ〜。がんばるわよっ!」

「ねぇ、どうして、横に並ぶのさ?」

「こっちの方がいいのよっ。」

効率を考えるとお互いに背を向けて漕ぐ方が良いのだが、とにかくそういうことで2人
は並んで空中ブランコを漕ぎ始めた。

「ほらぁっ。アンタ、男でしょうっ? もっとがんばんなさいよっ!」

「がんばってるよっ。」

ハッハッと息を吐きながら、前へ後ろへとブランコを揺らす。しばらくすると、ぐるん
ぐるんと回転し始める。

「わぁぁぁ。おもしろーーーい。」

「はぁ。疲れたよぉ。」

髪の毛をパサパサと風になびかせて大はしゃぎで喜ぶアスカと、疲れ切った顔でその場
にへたり込むシンジ。

「ちょっと、アンタっ! 何してんのよ。止まっちゃうじゃないっ!」

「はいはい・・・。」

シンジは休む暇もなく、回転が止まらない様に空中ブランコを漕いでいると、ブザーが
鳴り係の人が空中ブランコに近寄ってきた。

「時間ですよ。」

「はい、今止めます。」

漕いでいた方向と反対側に体重をかけて、ブランコを止めていく。そして、ようやくブ
ランコが停止した頃、アスカは早速次の乗り物に目を付けていた。

「ねぇ、次あれぇ。」

「げっ!」

アスカが指差したのは、150メートル上空から垂直落下する絶叫マシンであった。ま
さかの事態に、シンジは苦虫を噛み潰した様な顔になる。

「あれは・・・ちょっとぉ・・・。」

「どうしてもあれに乗りたいのよっ! 行くわよっ。」

「そんなぁ・・・。」

アスカに引っ張られてしぶしぶながらも乗ることになったシンジは、まだ動き出す前か
ら顔が青ざめている。

「わぁ。たかーーい。綺麗ねぇ。」

上昇していくに従って、だんだんと地上の景色が小さくなり、第3新東京市の全貌が見
えてくる。

「景色見てる余裕なんて無いよ・・・。」

上へ上がるに連れて目を輝かせるアスカと、恐々下を覗き込んで見てはキュッと目を閉
じるシンジ。

「ねぇ、シンジ?」

「な、な、なに? 声掛けないでよ・・・。」

「もし、このまま落ちて死んじゃったらどうする?」

「そんなの嫌だよっ・・・。」

「そうよね・・・。」

ピーーーー。

笛の音に似たブザー音が聞こえた瞬間、一気落下が始まる。

「キャーーーーーーーーーーーーー。」

黄色い声を思いっきり張り上げて楽しむアスカ。

「ぎゃあああああああああああ。」

ダミ声を上げて、おしっこを漏らさない様にがんばるシンジ。

カシューーーーーガッガッガッガッガッガッ。

ようやく停止した時には、シンジは足腰が立たなくなっていた。

「もう、情けないわねぇ。」

「ごめん・・・。」

遊園地の係のおじさん達にまで笑われながら、アスカの肩を借りてふらふらと出口へ向
かって行った。

「アンタ、アタシがいなくなっても、生きていけるの?」

「なにそれ?」

「とにかくっ! もっとシャキっとしなさいよっ!」

「だって、あれはいくらなんでも怖いよ。」

「もうっ。じゃぁ、次はメリーゴーランドにしましょうか?」

「それなら、大丈夫だよ。」

「あったりまえでしょうが。」

絶叫系マシンに乗ると、シンジが情けない醜態をさらしてしまうことがわかったので、
その後メリーゴーランゴやコーヒーカップなど、お子様向けの物ばかりを選んで乗る。

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お昼時。

「お腹減らない?」

「お弁当食べようか。」

「向こうの芝生で食べましょ」。」

「そうだね。」

2人は揃って芝生の上に腰を下ろすと、学校で食べるはずだった弁当箱を広げて昼食を
食べる準備をした。

シンジのお弁当・・・これを食べれるのも後わずかなのね・・・。

いつもと変わらない、ごく有り触れたおかずを1つ1つ口に運んでは、丁寧に味わって
喉の奥へ通していく。

「あっ! ごめん、そのエビフライ1つ返してっ!」

「え?」

「2つともアスカの所に入れちゃったみたいなんだ。」

確かにシンジの弁当箱の中にはエビフライが入っておらず、自分の弁当箱の中に2つ入
っている。

「イヤ・・・。」

先程、箸で突き刺してしまったエビフライを睨みながら、さっと自分の弁当箱を引っ込
める。

感染しちゃうかもしれないから・・・。

「なんでだよぉ。」

「これは、もうアタシのもんよっ!」

「そんなぁ。」

「アタシ、エビフライ好きなのよねぇ。サンキュー。」

「ひどいよ・・・。」

ごめんね。
どうしてもあげることは、できないの。
もう、アタシには・・・。

好きな人と同じ物を分け合って食べることもできないのかと考えると、涙が浮かびあが
ってきそうになる。

「ねぇ、お弁当食べ終わったらさぁ、デパート行かない?」

「もう出るの?」

「そうよ。」

「いいけど・・・なんか、今日のアスカ変だよ?」

「何バカなこと言ってるのよっ。変なこと言わないでよねっ!」

少し遅い弁当も食べ終わり、シンジとアスカは再び繁華街へと向かった。

<デパート>

デパートも平日である為、人は少ない。そんな中、シンジはどんどんエスカレーターを
上って行くアスカの後を追い掛ける。

「待ってよ。何処へ行くのさ?」

「まずは、ゲームコーナーよ。」

「ゲーム?」

「ちょっと、やりたいことがあるの。」

わざわざデパートに来てまで、どうしてゲームをするのかわからなかったが、後を付い
てエスカレーターを上って行く。

「早くいらっしゃいよ。」

「えーーっ! プリクラ?」

「そうよ。」

「あんまり、写真って好きじゃないんだけど・・・。」

「もぅ! いいから、早く来なさいよね。」

「2人で撮るの?」

「当然でしょ。」

ぶつぶつ言いながらもアスカの横に立つ。モニターには背景や色を選択するメニューが
並んでいる。

「どれにするの?」

「えっとねぇ、これ。」

アスカが選んだのは、周りに花やハートマークが申し訳程度にある簡素な模様の背景で
あった。

「キャラクターとかじゃなくていいの?」

「いいのいいの。それより、もっと近くに寄んなさいよ。」

「え・・う、うん。」

「もっとっっ!!」

「でも・・。」

「早くっ! 撮られちゃうわよっ!」

「うん・・・。」

パシャッ。

撮影が終わり、現像される写真。アスカはそれを手に取り、今度はエスカレーターを降
りて行く。

「今度は、何処行くんだよ。」

「アクセサリーショップよ。」

「ふーーん。」

あまりアクセサリーに興味の無いシンジは、適当に返事をしてアスカの後を遅れない様
に付いて行った。

「うーーん、これも可愛いけどねぇ。どうしよっかなぁ。」

アクセサリーショップに着くと、銀色のペンダントを必死で選び始める。その間、シン
ジは少し離れた所でぼーーっと待っていた。

あまり小さいと、入らないしねぇ。
でも、大き過ぎたら邪魔になっちゃうし・・・。

悪銭苦闘30分の末、ようやくアスカが買うペンダントを決めた頃、シンジは柱に凭れ
掛かって座り込んでいた。

「なに、だれーとしてんのよ。」

「だって、遅いんだもん。」

「買い物終わったから、二子山の公園に行くわよ。」

「えーーーーーっ! また移動するの?」

「時間が無いから、さっさと行くわよ。」

「わかったよ・・・。」

かなり疲れてきていたシンジだったが、またしてもアスカに押し切られ、バスに乗って
二子山へと向かう。

<二子山>

2人が二子山に到着した頃、辺りは少し暗くなり始め夕焼けが、山々を赤く照らしつけ
ていた。

「夕日が綺麗ね・・・。」

「そうだね。」

「今日はありがとう・・・。」

「ありがとう? やっぱり今日のアスカ、なんか変だよ。」

「そうかもしんない・・・。」

「え?」

「あのさ、これ。プレゼント。大事にしてね。」

「ぼくに。」

「そうよ。」

アスカが手渡したのは、先程アクセサリーショップで買った銀のペンダントであった。

「ロケット?」

「開けてみて。」

アスカに言われてカプセル状になっているペンダントを開けると、プリクラで写した2
人の写真が入っていた。

「こ、これをぼくに?」

「うん・・・。」

「きゅ、急にどうしたのさ。」

その意味深なプレゼントに、動揺を隠しきれないシンジは、焦りながらアスカの方へ振
り返る。

「アタシね・・・シンジのことが好きなの。」

「え・・・そんな・・・急に・・・。」

「あっ、返事はいいわ。」

「えっ、でも・・・。」

「返事を期待してるわけじゃないから。ただ、アタシがシンジのこと好きだったって、
  覚えておいて貰いたくて・・・。」

「ど、どういうこと?」

「実は・・・アタシね・・・。」

プーーーン。

パチッ!

「あーーーあ・・・。」

蚊に刺されたシンジの腕が、赤くプゥと膨れあがる。

「あっ! その斑点っ!」

「蚊に噛まれちゃったよ・・・。」

「蚊?」

「そっか。アスカって、ドイツ育ちだから知らないんだ。蚊に噛まれたら、赤く腫れる
  んだよ。だから、窓とか開けて寝ないようにね。」

驚いて、自分の体の斑点をじっと見つめるアスカ。

シンジのと、同じ・・・だ。

「まぁ、1日,2日で治るけどね。」

ガーーーーーーーーーーーンっ!

そう。昨日はクーラーが壊れてしまったので、アスカは窓を開けっ放しで寝た。その結
果、体中蚊に刺されたのだ。

「シンジっ! い、今言ったのはっ!」

「まさか、アスカがぼくのこと好きだったなんて、気がつかなかったよ。ははは・・・。」

「だ、だから、だからね。よく聞きなさいよっ。」

「このペンダント、大事にするからね。」

「いや・・それは・・・。」

「今日のアスカっておかしいって思ってたんだけど、告白しようとしてたんだね。」

「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ。」

穴があったら入りたい程、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてうなだれるアスカ。本
当のことは、間抜けすぎて言えないし、かといって言い訳もできない。

しまったぁぁぁーーー。
こともあろうか、アタシから告白してしまったじゃないのよ・・・。

「アンタはどうなのよっ!」

「え?」

「アタシが告白したんだから、アンタも答えなさいよねっ!」

上目遣いで、ジロリとシンジを睨みつけて少し拗ねる。

「あれ? さっき、返事はいらないって・・・。」

「状況が変わったのよっ! どうなのよっ!」

「うーーん、せっかくアスカが好きだって言ってくれたんだから、ぼくもアスカのこと
  考えてみるよ。」

か、か、考えてみるですってーーーーーっ!!!????
キーーーーーっ! くやしーーーーっ!

でも・・・。

完全にシンジが有利な関係になってしまい、地団駄を踏んで悔しがるアスカ。

『アスカのこと好きなんだ。』
『しゃーないわねぇ。付き合ってあげるわよっ!』
『ありがとーーーっ! アスカ様ぁぁぁっ!』

これがアタシの理想だったのにーーーーっ!!

でも・・・。

それでもアスカの心は、先程までとは違って晴れ渡っていた。

でも・・・。

アタシは、この先まだまだずっと、シンジと一緒に生きていけるのよね。

いつ何が起ころうとも、後悔することのない様に生きよう。
自分の気持ちに素直に生きていこう。

アスカは強くそう思う。

それと同時に、蚊に刺されたくらいで『死ぬ』『死ぬ』と、大騒ぎしなくて良かったと、
心底ほっとするアスカだった。

fin.
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