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男の証
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<ボクシング会場>

また俺の勝利だ。今日はボクシングの試合のスケット。俺、碇シンジにかかれば、あん
なヤツどってことなんかない。

ボクシング部の部員が、俺に喝采を浴びせ掛ける。だけど、俺にとってはこれくらい、
あたりまえなんだ。

だって・・・。

この街に来てから、男らしくなるためにどれだけ血の滲むような努力したか。まず格闘技
関係の運動部に入って、スポーツジムに通って・・・そう、言葉遣いも男らしく直した。

試合の会場を出ると、女の子達がぼくに黄色い声を浴びせ掛ける。

フン。
女の子なんか・・・あんなのに関わると碌な事がない。

俺は彼女達全てを無視して、部員のみんなと一緒に会場を後に、電車の駅へ向かう。俺
は男同士でしか話はしたくないんだ。

「キャーーー! 碇くんかっこいーっ!」
「こっち向いてーーーっ!」

煩い・・・これだから女の子は嫌なんだ。

「素敵ーーー!」
「ねぇ。一緒に写真撮らせてーーーっ!」

1人の女の子とも視線を合わすまいと、ひたすら前だけを向いて歩く。幾人かの女の子
達が近付いてくるけど、無視を決め込み俺は電車へと乗り込んだ。

<電車>

試合帰りの電車の中で、中3のボクシング部の先輩が、吊革を持って立つ俺に話し掛け
てきた。

「碇、お前、もてていいなぁ。」

「なにがですか?」

「女の子から、いつも大人気じゃないか。」

「興味ないですよ。」

「ほんとに、ほんとか?」

「あたりまえじゃないですか。」

「だよなぁ。お前、すっげー硬派だもんな。だから、もてるのかなぁ。羨ましいぜ。」

なにが羨ましいのかわからない。女の子なんかと関わると碌な事がないことを、俺は身
をもって知ってるんだ。

「お前、ラブレターとかよく貰ってるらしいじゃないか。」

「あんなの、読まずに捨ててますよ。」

「俺も、1度はそんなこと言ってみてーっ!」

あんなの読んでたまるもんか。苦労して、苦労して築きあげた。男としての碇シンジを
大事に守らなくちゃならない。

こうして俺は、何事も無くボクシング部の部員達と電車で帰った。そして、翌日もいつ
ものように学校へ行き、いつものように授業を受けて、いつものように女の子達とはか
かわらずに、男らしい碇シンジは家へ帰る・・・・・・はずだった。

<学校>

次の日、俺が学校へ行くと、ミサト先生が転校生が来ていることをクラスのみんなに告
げた。先生は忘れていたらしく、発表が当日になるあたりが、この先生らしい・・・が、
問題はそんなことじゃない。

問題は・・・。

問題は・・・。

大問題は・・・。

ぼ、ぼくは・・・いや、俺は、目が点になった。

転校生の姿を見て、俺は、頭が真っ白になった。

そう・・・思い出しただけでゾッとする、あの過去の記憶。

その記憶が、俺の脳裏にまざまざと蘇ってきたんだ。

                        ●

1年生の頃。

「シンジぃぃ、あっそびーましょー!」

「やだよぉー。」

「シンジぃぃっ!」

「やだったらぁ。」

「あーーーーーんっ! おばちゃーーん、シンジが遊んでくれないのぉっ!」

「シンジっ。アスカちゃんが、せっかく来てくれてるんだから、一緒に遊びなさい。」

「だってっ!」

「シンジっ!!」

「はい・・・。」

はぁ、やだなぁ。
学校のみんなに会わないとこで遊ぼ。

「シンジは、赤ちゃんの役ねっ!」

「ねぇ。おままごとはやめようよぉ。」

「ダメよっ! アタシはおままごとがしたいのっ! はやく、おしゃぶり咥えてっ!」

「やだよぉ。」

「なんですってーーー! アタシの言うことが聞けないってーのっ!」

「ご、ごめん・・・。わかったよ。」

おままごとはやだよぉ。
誰も、友達に見られなけりゃいいけど。

「はーい。おしめをかえてあげましょーねぇ。」

「ばぶー。」

「はいはい。ダメでしゅねぇ。ミルクがほちいんでしゅかぁ。」

「ばぶー。」

「はいはい。すぐにミルクをあげましゅからねぇ。」



「あっ! 碇のヤツだぜっ!!」

ギク!

「ほんとだーー。また、ままごとしてやんのっ!」

「ち、ちがうんだっ!」

学校のみんなに、またみつかってしまった。
必死でぼくは否定しようとするんだけど・・・。

「ダメでしょ! 『ばぶー』でしょっ! おままごとの途中なのよっ!」

「で、でも・・・。」

「はい。おしゃぶり咥えなさい。」

学校のみんなが、ぼくのことをバカにしたような目で見ている。
だけど、ぼくはいつもアスカの言いなり。
もう・・・やだよぉ。

「やーーーい。男女ーーっ!」
「男女のシンちゃーーーーん。」
「スカート履いて、明日から学校来いよーっ!!」



そうしてぼくは、何度泣きながら、家に帰っただろうか。

だけど、神様はぼくを見捨てなかった。



小学校3年の時。

「第3新東京に行っても、アタシのこと忘れないでねぇぇっ!」

「さよーならー、アスカぁぁぁっ!」

「きっと、きっと、アタシもシンジのとこに、いつか行くからねぇぇっ!!」

「さよーならー、アスカぁぁぁっ!」

そう、ぼくの家が第3新東京市に引越したんだ。

それからぼくは、誰も知らないこの新しい街で、新しく男らしいぼく・・・いや、俺を
つくる為に努力に努力を重ね、今の俺がある。

なのに・・・。

なのに・・・。

なのにーーーーーーーっ!!!!

                        ●

今、俺の目の前に立っている転校生は・・・。

「惣流・アスカ・ラングレーですっ!!!」

ガビーーーーーーーーーーーーーーン!!!

ぼくの・・・ぼくの過去があばかれるっ!

ぼ、ぼ、ぼくじゃない・・・『俺』だ。

また『男女のシンちゃん』ってバカにされるっ!!
みんなに苛められるっ!

いやだっ! いやだっ! いやだっ!

誰か助けてーーーーっ!!!

俺は机に顔を埋め、必死でアスカに見つからないように、顔を隠していたんだけど、そ
んなもので済んでくれるはずもなかった。

「すっげー、美人っ!」
「おいおい、どうするよっ!」

「しつもーーんっ! 彼氏とかいるんですかぁぁっ!」

「あったりまえでしょ。」

「あーぁ、なんだぁ。」
「そりゃ、あんなにかわいいんだから、彼氏くらいいるだろうなぁ。」

「そこにいる碇シンジくんでーーーーーーっすっ!!!」

ズガガガガーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!
な、なんてことをっ!!!!!

「あわわわわわわわわ。」

ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは開いた口が塞がらないどころか、『あわわわわわわわわ』としか言
えない。

クラス中が大騒ぎになっている。ぼくの心臓も大騒ぎになっている。

また、『男女』ってバカにされる・・・。
また、『男女のシンちゃん』ってバカにされる・・・。

いやだ、いやだ、それだけはいやだーーーっ!

そんなぼくの心の内など関係なく、クラスのみんな・・・特に女子達がぼくを質問攻め
にしてきた。

「碇くんって、彼女がいたのっ!?」
「だから、女の子に見向きもしなかったのねっ!!」

そのセリフを聞いたアスカが、教団で胸の前に両手を組んで目を潤ませ始める。

「えっ! ほ、ほんとっ!? 素敵・・・。小学校の頃転校してから、5年間。
  シンジもアタシのことを一途に考えてくれてたのね!」

ちがう、ちがう、ちがうっ!
ぼくは、女の子と関わりたくないだけでっ!

「なんか、妬けちゃうー。」
「でも、5年間も・・・素敵じゃない?」

みんなで勝手に想像を膨らませないでくれーーーーーっ!!

必死の心の叫び・・・だが、ぼくはもうパニックに陥ってしまっていて、口からは相変
わらず『あわわわわわわわわ』としか声が出なかった。

                        :
                        :
                        :

授業が始まる。もうぼくは・・・ん? 『ぼく』じゃないだろ、『俺』だよ。俺は、こ
れからの学校生活をどう過そうか真剣に悩んでいた。

俺がままごとなんかしてたのが知れたら・・・どうしよう。
なんとかして、アスカを口止めしなくちゃ。

でも、どうやったら。

いろいろ考えてみる。

『お願いだから、言わないで。』

そうしたら、きっと、なにかおもちゃを見つけたような顔で。

『みーんなに言っちゃおーーっと。』

ダメだ。ダメだ。

『言ったら、殴るぞっ!!』

『このアタシにさからおうってーーのっ!!! バカシンジっ!!!』

こ、恐い・・・ダメだ。

『ぐす。ぐす・・・お願いですから、言わないでくださいっ!』

ダメだよ。根本的に、女の子みたいじゃないか。

はぁ・・・どうしようー。

なにも良い案が浮かばず、どんどん授業は進み、昼休みになった。お弁当でも食べなが
ら考えるか・・・。

「シンジーーーーーっ!」

ギクっ!

「シンジってばーーっ!!」

ギクギクっ!!

来たよ。
近付いて来ちゃったよ・・・。
アスカが。

「な、なに?」

「お昼ご飯、何処に売ってるの?」

「購買だけど?」

「ふーん。」

な、なんだ?
パンは購買で売ってるってば。
早く、ぼくから離れてよ。

教えてあげたのに、アスカはずっとぼくの横に立ったまま動こうとしない。お願いだか
ら近くにいないでよ。

「とーぜん、一緒に買いに行ってくれるわよねっ!」

「えっ! えーーーっ!!?」

女の子と一緒に歩く → みんなに見られる → 『男女のシンちゃん』とバカにされる。

い、いやだーーーーーーーーーーーーーーっ!!!
この街じゃ・・・この学校じゃ、男らしい碇シンジで頑張ってきたのにっ!

「一緒に行くわよねっ!!!!」

「ひっ!」

アスカが睨んでる・・・恐い。

「は、はい・・・。」

どうしてもアスカには逆らえない。昔からずっとそうだった。
素直に言うことをきくしかないじゃないか・・・ん?

ザワザワザワ。

なんだか、クラスが騒がしいぞ?

「あの碇くんが、女の子の言うこと聞いてるわよ?」
「女の子と一緒に、購買に行くんだって。」

ガーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

こ、これまで、築き上げたぼく・・・違うってば、『俺』のイメージがっ!
イメージがっ! どんどん、崩れていくぅぅっ!!!

くそっ!

こんなことで、これまでの血の滲むような努力を台無しにされてたまるもんかっ! 勉
強しろ勉強しろっていう母さんの納得の行く成績をとりつつ、どれだけ頑張って格闘技
をやってきたか。どんなに努力して、男らしく振舞ってきたか。

よしっ!

「購買の場所教えてやるよ。俺についてこいよ。」

「ブッ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

「な、な、なんで笑うんだよ。」

「なーにが、『俺』よ。『ぼく』『ぼくぅ』って言ってたくせにっ!」

わ、わ、わ、わ、わ、な、なんてことをっ!!!

「だーいたい、ずーっとアタシと一緒に、おままご・・・」

ヤバイっ!!!!!

ぼくは、咄嗟にアスカの口を片手で抑え、片手で彼女の体を抱き上げ、教室の外へ飛び
出した。

「むがががががっ!!」

アスカは軽かった。まさか、ずっとやってきた格闘技が、こんなとこで役立つなんて。

廊下に出るとアスカを離してあげる。

「い、いきなり、なにすんのよっ!」

「だ、だ、だって。変なこと言うから。」

「なーにが、変なことよ。アタシはただ、昔アンタが・・・。」

そこまで言って、アスカがニヤリと笑みを浮かべた。こういう笑みを浮かべる時は、正
直言って碌な事がない。

「ははーーーん。アンタ、おままごとしてたの隠してるのねぇ。」

「げっ!!!」

「昔、みんなにおままごとしてるとこ見られるの、すっごく嫌がってたもんねぇ。」

「あ、あの・・・あの、あの。」

「なーんか、態度がおかしいと思ってたのよねぇ。ズボシのようねっ!」

「あわわわわわ。」

絶望だ。全てが終わった。
ぼくは、また、『男女のシンちゃん』に逆戻りなんだーーーーーーーーっ!
毎日、みんなにバカにされるんだーーーーーーーっ!!!

この世の終わりがきたような顔をしてぼくが俯いてしまっていたら、意外にもアスカが
優しい笑顔を向けてきた。

「だーいじょうぶだって。誰にも言わなから。」

「ほ、ほんとっ!?」

「まっ、アタシの言うこと、ちゃんと聞いてたらねっ!}

「げっ!!」

「わかったぁっ!?」

「はい・・・。」

どうやっても、ぼくはアスカにだけは勝てないんだ。いくら格闘技とかやっても、いく
ら男らしく振舞ってみても、なんだかそんな気がしてたんだ。

「じゃ、まず1つ目っ! 自分のことは『ぼく』! 『俺』なんて言ったら、笑っちゃう
  もん。」

「えーーーっ! だってっ!」

「ふーん。アタシの言うことが聞けないわけ。あっそ。」

「わ、わかったよ・・・。」

とりあえず、その瞬間から、碇シンジの一人称は、5年間使ってきた『俺』から、昔の
ように『ぼく』に戻ったのだった。

<剣道部>

放課後。今日は、もうすぐある剣道部の試合に向けての練習。ここでイメージを挽回し
なくちゃ、本当に『男女のシンちゃん』になってしまう。

俺は・・・じゃなかった、『ぼく』って言わないと、アスカに怒られるんだ。ぼくはこ
こぞとばかりに、男らしさをアピールしようと、剣道の練習に打ち込んだ。

「めーーんっ!!」

練習だとは思えないくらいの気迫で、剣道部の先輩達を次々と倒していく。

「シンジーーーーっ! がんばれーーーーっ!」

ん?
げっ!

どこかから女の子の声が聞こえた。いつものまわりを取り囲んでくる女の子達かと思っ
て、ふと視線を向けるとそこにいたのはアスカじゃないか。

な、なんで、アスカがこんなとこに来てるんだよ。
ど、ど、ど、どうしよう。

おもむろにうろたえてしまう。もちろん、今まで一方的にやられていた先輩が、その隙
を見逃すはずもなく、この時とばかりに攻めて来た。

くそっ。
ここで、負けるわけには。

「シンジーーーーっ! 勝ったら、ご褒美あげるわよっ!」

チュッ!

げーーーーっ!
みんなの前で、投げキッスなんかしちゃ駄目だぁっ!

「めーーーーーーんっ!」

「わーーーーーーーっ!」

そして、剣道部内の練習試合。今まで中学校に入ってから、負けたことのないぼくは、
思いっきり脳天から面を食らって、負けてしまった。

ザワザワザワと、周りがどよめいている。
しかも、幾人もの生徒が、ぼくとアスカのことを、交互に見たりして。

最悪だ。

これまで培ったイメージが・・・。
ぼくのイメージが・・・音を立てて崩れていく。

ぼくはどっかりと体育館の床に両手をつき、がっくりと頭を垂らして、何も言えず項垂
れていることしかできなかった。

<通学路>

帰り道。またもや、なぜか横にアスカが並んで歩いてる。そう・・・今ぼくは、女の子
と並んで歩いてるんだ。

同じように下校している同じ学校の生徒が、ぼくのことをチラチラ見ているのがわかる。
その視線が・・・。

女の子と一緒にいるぜ。
やっぱり、『男女のシンちゃん』だ。

と、ぼくのことをバカにして投げかけられているようにしか見えない。もうおしまいだ。
明日からぼくは、みんなに『男女のシンちゃん』ってあだ名で呼ばれるんだ。

「シンジぃぃ、まだこっち来たとこで、よくわかんないのよ。案内してよ。」

「えーーーーーーーーっ!! ど、どこを?」

「商店街とかさ。」

「しょ、しょ、商店街っ!!?」

腰を抜かさんばかりに、ぼくはびっくりしてしまった。そんな人通りの多い所に女の子
と行ったら、街中の人から『男女のシンちゃん』って呼ばれてしまうじゃないか。

「ご、ごめん・・・今日は用事あるんだ。」

「なんの?」

「えっと・・・あの・・・。」

なにか言い訳になる用事を、その場で必死に考えたけど。

「ウソねっ!!」

「な、なんでだよ。」

「だって、右手。」

「はっ!!」

知らず知らずのうちに、右手を握ったり開いたりしていたみたいだ。だ、駄目だ。昔か
らアスカの誘いを断ろうとしても、この癖のせいですぐに見破られてしまう。アスカに
はどうしても嘘をつけない。

「さ、行きましょ。」

「う、うん・・・。」

有無を言わさず、アスカはむんずとぼくの手を引っ張って、商店街へと連れ去って行っ
てしまった。

「あ、あの。手、離してよ。」

「いいじゃん。昔、よくこうして歩いたでしょ。」

だから、こうやって手を繋いで歩いてるとこを見られる度に、『男女のシンちゃん』っ
て、バカにされたんじゃないかっ!

「で、でも・・・。」

「いいでしょっ?」

ニコリとぼくに笑いかけてくる。駄目だ。昔からぼくは、アスカだけは逆らえない。も
う諦めるしかなかった。

「は、はい。」

「よろしい。あっ! あそこの雑貨屋さん、入ってみたいぃっ!」

「えーーーーーーーっ!!!」

どこから見ても、女の子しか入りそうにない、妙にかわいい作りの店だった。こ、こん
なとこに入ったりしたら・・・。

「ぼく。外で待ってるから。」

「ダメよっ! アンタも一緒に入るのっ!」

「えーーーーーーーっ!!!」

「は・い・る・のーーーっ!!」

「う、うん・・・。」

はぁぁ。やっぱり、アスカにだけは逆らえないよぉぉ。

神様。お願いします。
学校の友達に会いませんように。

「あーーーっ! これ見てぇぇ。かわいぃ。こっちも。こっちもーっ!」

「うん・・・。」

人に見られる見られないは別としても、こんな店で小物を見ても、なにが楽しいんだか
さっぱりわからない。昔、ままごとのどこが楽しいんだか、わからなかったように。

「このウサギさんのブローチと、お猿さんのブローチ。どっちがいいと思う?」

「そんなこと、ぼくに聞かないでよっ!」

「アンタの好みは、アンタに聞かなきゃ、わかんないでしょっ!」

「そんなぁ。」

「答えてっ!」

「じゃ、じゃぁ。アスカは。猿のぬいぐるみが好きだったし、猿の方かな。」

「やっぱり!? アタシもそう思ってたのよ。シンジも、そう思ってくれてよかったぁ。」

だったら、最初から聞かずにそれ買えばいいのに。
早く、この店出たいなぁ。

窓の外ばかりが気になる。知り合いが通って、こんな店にぼくがいるのを見つけたらど
うしよう。

「買うもの、決まったんだろ? そろそろ行こ?」

「まだぁ。他にも見たいのあるもん。」

しくしくしく。
早く、出ようよぉ。

それからしばらく、この妙にかわいい小物店にいたんだけど、幸い学校の知り合いは店
には入って来なかった。ほっ。

「もういいわよ。行きましょうか。」

「そうだね。」

やっと、この店から開放される。

安堵の溜息を零しながら店を出ようとした時、またアスカがなぜか意味もなくぼくの手
を握ってきた。

「な、なんで、手、繋ぐんだよ。」

「いいじゃん。べつに。」

「だって・・・。」

その時だった。店を出ようとしたぼく達と入れ替わりに、クラスメートの女子がこの店
に入ってきちゃったんだ。

「あ、碇くん。」

げっ!!!

顔から血の気が引いていくのが、自分でもわかる。よりにもよって、女の子と一緒にい
たところを見られたばかりか、こんな女の子しか入らないような店にいたところをを見
られてしまった。

も、も、もう駄目だぁぁぁぁ。
明日からぼくは、『男女のシンちゃん』になっちゃうんだぁぁっ!

「惣流さんと、一緒? 良かったわね。」

その女子は、ニコニコとぼくの方を見て笑っている。きっと、『男女のシンちゃん』だ
って、バカにして笑ってるんだ!

「俺はべつにこんな店に入りたかったわけじゃ・・・」

「シンジっ! 『ぼく』って言いなさいって言ったでしょっ!」

「・・・ぼく。」

アスカに怒られて、咄嗟にそう言ってしまった。

「あははははは。碇くん、おもしろーいっ!!!」

クラスの女子が笑ってる。うわーーーーー、『ぼく』なんて言ったから、女っぽいって
笑われてしまったんだーーっ!

もうおしまいだ。
おしまいだ。
おしまいだ。
おしまいだ。

その後、ぼくはどこをどう帰ったのか覚えていない。ただ、がっくりと肩を落として、
アスカと一緒にマンションへと帰った・・・んだけど。

<コンフォート17マンション>

「なんで、隣にアスカがっ!?」

「シンジの隣がいいって、パパにおねだりしたの。」

「そ、そう言えば、お隣さんが引っ越してくるって・・・母さんが言ってたような。」

「じゃ、明日。迎えに来るから、また前みたいに一緒に学校行きましょ。」

ガーーーーーーーーーーーーーーン!!

これじゃ、小学校の頃と一緒じゃないかっ! 隣にアスカが住んでいる。学校もアスカ
と同じ。

そして。そして。そしてっ!

毎日、毎日、毎日、ぼくは、ままごとをさせられるんだっ!

そして。そして。そしてっ!

みんなから、『男女のシンちゃん』って、笑われながら生活するんだーーーーっ!

もうぼくは、何も喋る元気がなかった。

だって、世界の終わりが訪れたんだから。

その日ぼくは、枕を濡らしながら寝ることになった。




次の日。

朝、恐々ぼくは目を覚ました。昨日、アスカが迎えに来るって言ってから。また女の子
と一緒に登校してたら、みんなに笑われちゃう。

でもその日は、忘れちゃったのかアスカは迎えに来なかった。

ぼくはほっとして、1人で学校へ行く。今日は剣道の試合の本番だ。昨日は酷い目にあ
ったけど、今日の試合で男らしいところを見せてイメージ挽回しなくちゃ。

<学校>

学校に着くと、アスカが休みだってことがわかった。ミサト先生が朝礼の時、風邪をひ
いたって連絡があったと言ってた。

そうか・・・風邪だったんだ。
だから、今日迎えにこなかったんだな。

ってことは、風邪が治ったら本当に毎日迎えに来るのかなぁ。
やだなぁ。

なんとなく、朝はそんなことしか考えていなかった。別に、昨日転校してきた幼馴染が
風邪をひいて今日休んだだけ。それだけのはずだった。

だけど・・・。

1時間目の授業中。ぼくはいつのまにか、アスカのことを考えていた。

アスカ、大丈夫かな。
風邪って言ってたけど、熱どれくらいあるんだろう?

アスカが転校してきたせいで、ぼくのイメージは粉々に砕かれそうになっている。昔は、
アスカのせいで、散々『男女のシンちゃん』って、みんなに苛められた。

なのに・・・。

2時間目の授業中。ほとんぼ授業なんて頭に入らなかった。

アスカ、いつも無理するからな。
自分がしんどい時とか隠したりしてさ。

3時間目の授業中。昔、アスカが風邪をひいちゃった時のことを思い出していた。

アスカとおままごとをするのが、ぼくは嫌で仕方なかった。
あの時、ぼくは・・・。
仮病をつかって、アスカと遊ばなかった。

ぼくが行かなかったら、アスカも遊びに行かないだろうって思ってたのに。
アスカは、寒い冬の公園で1人で寂しくおままごとしてて。

風邪をひいちゃった。

4時間目の授業中。いつのまにか、ぼくは顔が青くなってきていた。

まさか、昨日から熱があったんじゃっ!!
なのに、商店街なんかに行ったんじゃ。

昔からアスカはそういうところがあった。
ぼくと遊べるとなったら、ちょっとくらい風邪をひいてても出てこようとした。

そんな・・・そんな・・・そんな・・・。

4時間目の授業が終わった。

アスカのことが心配で仕方がない。
帰りたい。

だけど、今日は剣道の試合がある。

昨日、練習であんなみっともない負け方したけど。
今日はアスカがいない。

普通なら、絶対に剣道でぼくが負けるはずがない。
男らしさを挽回するチャンスじゃないか!

アスカがいない、今日がチャンスだっ!

ぼくは試合に向けて、体力をつけようとお弁当を食べ始める。

絶対に試合に勝つ!
ぼくが『男女のシンちゃん』じゃないことを、みんなに教えてやるっ!

ところが、ぼくが考えていたことといえば・・・。

風邪が酷かったらどうしよう。
ま、まさか、肺炎とかじゃ・・・。

考えれば考える程、悪い方へ悪い方へ考えてしまって。

「よぉ。碇っ! 今日は試合頼むぜ。」

昼休みも半ば、剣道部の部長が、ぼくの教室にまでやってきて、肩をポンポンと叩いて
くる。

「はい・・・。」

「お前が出てくれたら、勝利間違い無しだな。」

アスカ・・・アスカ・・・。
なんで、こんなに気になるんだ。

アスカ・・・アスカ・・・。
ダメだ。試合なんてできそうにない。

帰りたい。帰りたい。帰りたい。

だけど、試合を休んで女の子の家なんかに行ったりしたら、それこそみんなに・・・。

『また、女の子と遊んでるのかぁぁ。』
『男女のシンちゃんだぁぁぁぁ。』

わーーーーっ! 『男女のシンちゃん』じゃないっ!!!
ぼくは、男だーーーーっ!!!

試合だっ!
男は体力だ。
男は格闘技だぅt!!!

ぼくは・・・ぼくは・・・ぼくは・・・!

<アスカの家>

ぼくは全てが終わったと思った。だって、今まで気付き上げたイメージの全てがなくな
ってしまったんだ。

それでも・・・。
喩え、『男女のシンちゃん』に戻ってしまったとしても。

ぼくは・・・。

「シンジ・・・ありがと。」

「大丈夫?」

「うん。たいしたことないってば。だって、シンジが来てくれたんだもん。」

布団に入ったまま、赤い顔をしてニコリと微笑みかけてくる。この笑顔を見ると、ぼく
は昔からアスカの言うことを聞いてあげたくなる。

「あの時も来てくれたね。」

「あの時?」

「昔、アタシが風邪ひいた時よ。」

「・・・そんなこともあったね。」

                        ●

アスカが1人でままごとをして風邪を引いちゃった次の日。ぼくは男の子達と遊んでた。

「碇、お前と遊んでたら、結構面白いな。」

「ほんとっ!? ぼく、ほんとはアスカなんかとじゃなくて、みんなと遊びたかったんだ。」

「これからは、『男女』なんて言うのやめるよ。だから、明日から一緒に遊ぼうぜっ。」

「うんっ! ぼくも、これからはアスカと遊ばないっ!」

だけど、そんなことを言ってたのは、ほんの最初の方だけだった。



ぼくのせいで、アスカが風邪ひいちゃったんだ。
アスカ、お熱があるんだ。

だけど、せっかく男の子の友達の輪に入れて貰えたのに、今帰ったらまた『男女のシン
ちゃん』になっちゃう・・・。。

なのに・・・なのに・・・。

あの時もぼくは結局・・・。

                        ●

「今日、試合だったんでしょ?」

「うん・・・。」

「どうしたの?」

「やめちゃったんだ。」

「バカねぇ。アタシ、たいしたことないのに。」

「いいんだ。」

「ウ・ソ。シンジが来てくれたから、元気になったの。」

またぼくにニコリと微笑みかけてくる。その笑顔を見ていると、『男女のシンちゃん』
って呼ばれても、どうでもいいような気持ちになってくる。

アスカの笑顔を見ているだけで、幸せな気持ちになってくる。

アスカの笑顔を見ているだけで、なにをしてでも守ってあげたい気持ちになってくる。

そうか・・・。

そうだったんだ。

あんなに、みんなから『男女のシンちゃん』って呼ばれてバカにされても、アスカと遊
んでたのは、アスカが恐いからじゃなかったんだ。

アスカが・・・。
アスカが悲しむのが恐かったんだ。

だからみんなになんて言われても、ぼくはアスカと一緒に、アスカがしたい遊びをして
たんだ。

この笑顔を見れるなら・・・『男女のシンちゃん』なんて・・・。

なんて・・・。

なんて・・・。

やっぱり、それはそれで嫌だなぁ・・・。

はーぁ、明日、学校に行くのが恐いよ。




次の日、元気になったアスカは、宣言通りぼくを叩き起こしに来た。

「バカシンジっ! 起きろーーーっ!!」

「ふぁぁぁ。」

「こーんなにかーいい幼馴染が起こしにきてあげてんだから、さっさと起きなさいっ!」

アスカ、昔のまんまだ・・・。
はーぁ。これから毎日、こんな目覚ましが鳴るのか。

しょぼしょぼする眠い目を擦りながら、目を覚ましたぼくは、朝ご飯を食べて学校へ出発
する。きっと、これが今日からぼくの日課になるんだろう。

<学校>

学校の校門を潜ったところで、剣道部の部長と顔を合わせてしまった。よりによって、
剣道部の部長と会わなくてもいいのに。

はぁーぁ。
試合に行かずに女の子の家に行ったんだもんなぁ。
きっと、『男女のシンちゃん』って笑われるよ。

「部長。昨日は、すみませんでした。」

「仕方ないじゃないか。彼女が病気じゃ。気にすんなよ。」

「へ?」

「へぇ。君が、碇の彼女かぁ。」
「さすが、碇の彼女だ。かわいいなぁ。」

部長の側にいた、まだアスカを見たことのない先輩が、関心したような顔でアスカとぼ
くのことを見ている。

「碇先輩。成績もいいし。運動は完璧。そして彼女がこれだもんなぁ。」
「先輩。かっこう良すぎですよ。」

今度は剣道部の後輩が、ぼくのことを笑ってる・・・わらって・・・かっこういい?
なんで?
女の子と一緒にいるのに、笑わないの?

みんなが何を言ってるのか、よくわからず、ぼくはただ横に並ぶアスカの顔を見るばか
り。

するとアスカは、またあの微笑をニコリとぼくに返してくる。

なんだかよくわかんないけど。

その時、ぼくは思った。



いつもアスカがこうして笑ってられるように、これからはアスカの為に頑張ろう。

アスカを守って行こう。



男の子だからって、男の子としか一緒にいちゃいけないなんてことないじゃないか。



ぼくは。

ずっとアスカと一緒にいたい。

ぼく、どうしちゃったんだ?

どうして、こんなにアスカと一緒にいたいんだ?

ぼく、いったい。

ぼくは・・・。

ぼくは・・・。




これが、ぼくの思春期の始まりだった。

これが、ぼくの恋の始まりだった。



好きな女の子を守ること・・・それが本当の男の証だと知った瞬間だった。



fin.
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