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レイがライバル
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<学校>

今日も放課後になった。シンジは終礼中のミサト先生の話などそっちのけで、早くも帰
る用意を済ませた鞄に手を掛け、学校が終わるその瞬間を今か今かと待っている。

今日こそは負けるもんかっ。
ぼくが。ぼくが一緒に帰るんだっ。

決意の篭ったその視線の先には、綺麗に長く伸びた赤みがかった金髪の髪がフサフサと
揺れている。

その髪の持ち主、惣流・アスカ・ラングレーとは幼馴染で、幼稚園,小学校,そして去
年の中学1年迄は一緒に登下校した仲だった。それを当たり前のように思っていたシン
ジは、彼女のことを特別に意識したこともなかった。

そして・・・中学2年。

おくてのシンジも異性を意識し始める年頃になり、彼女のことを隣に住む幼馴染ではな
く、女の子としてようやく意識し始めた頃、その事件は起こった。そう、強力なライバ
ルが現れたのだ。

キーンコーンカーンコーン。

チャイムが鳴り委員長が終わりの挨拶をする。決まりきった挨拶、みんなに合わせ礼を
する。

行くぞっ!

ガシッと鞄を掴む。

机の茂る教室をジグザグに駆け抜け。

アスカの元に走る。

「アス・・・」

終礼の間ずっと見ていた後ろ髪。

その髪の持ち主に手を伸ばし、声を掛けようとした・・・その時。

「ねぇねぇ、アスカぁ? 美味しいアイスのお店みつけたのっ。一緒に帰ろ。」
「えーー!? また新しい情報仕入れたのぉ? やるぅ。行こ。行こ。」

「・・・・・・。」

アスカの真後ろで、口をだらしなく開けて固まるシンジ。

またやられた。

2年になって転校してきた、ショートカットの青い髪の少女、綾波レイが今日もアスカ
に先に声を掛けたのだ。

「あの・・・アスカ。」

「あら? シンジ。どうしたの?」

「今日も、綾波と帰るの?」

「この子ったら、ほんと情報早いんだからぁ。新しいお店、またみつけたんだってっ。
  じゃねっ。」

軽くシンジに手の平を見せ、バイバイ。

「・・・・・・。」

毎日、毎日、レイより先にアスカを捕まえて一緒に帰ろうとトライしているのだが、シ
ンジとアスカの席がかなり離れているのに対し、レイとアスカの席は隣同士。どうして
も勝てない。

そうこうしているうちに、今日もアスカの姿はレイと共に消えてしまい、シンジは1人
教室の中に佇む。

なんでだよっ!
なんで綾波の奴、いっつも邪魔するんだよっ!

恋敵とばかりに心の中で恨み辛みを言いながら、シンジは今日も独り寂しく帰って行く。

去年までアスカと毎日一緒に登下校していた頃は、なんと素晴らしい日々であっただろ
うか。今になって羨ましく思えてくる。あの価値がわからなかった自分が恨めしい。

明日こそは頑張って早起きするんだっ!
アスカと一緒に学校に行くぞっ。

今日はレイに敗退したが、明日こそは勝つ! シンジは闘志を燃やして、明日の朝に掛
けるのだった。

<シンジの家>

お日様が眩しい暖かい日差しが差し込むまどろみの中、シンジの耳に不快な声が聞こえ
て来る。

「シンジ。いい加減に起きなさいっ。」

「うーん・・・。」

「シンジっ。遅刻するわよっ。」

「ん? はっ!!」

ガバッと起きて時計を見ると8時前。明るい朝日とは裏腹に、目の前が真っ暗になるよ
うな錯覚を覚える。

「アスカはっ!?」

「何言ってるの。とっくに、お友達と学校へ行ったみたいよ?」

ガーーーーーーーン!!!

ベッドの横に立つユイが呆れたような顔で見下ろしている。シンジはがっくりとして、
モソモソと布団から起き出す。

そんな亀のように起きた息子の姿を確認したユイは、早く朝ご飯を食べるように言って、
部屋から出て行った。

どうして、ぼくは朝が弱いんだろう。
母さんじゃなくて、またアスカに起こして欲しいなぁ。

去年までは毎朝アスカが起こしに来てくれた。朝早くにやってくるアスカが、鬱陶しく
て仕方がなかった。だがアスカが毎日レイと一緒に登校するようになってしまった今と
なっては寂しくて仕方がない。

綾波の奴っ!
毎朝アスカを迎えに来るなんてっ!
何考えてんだよっ。

女の子の友達同士、一緒に登校することなど別に何も変わったことではなく、ごく普通
の光景なのだが、自分が寝坊なのを棚に上げついつい八つ当たりをしてしまう。

あっ。もうこんな時間だ。
急がなきゃっ。

大慌てで制服に着替えダイニングに出て行くと、今日も飽きることなく父が顔を覆い隠
すような格好で、何が面白いのかもわからない新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。

「シンジ。」

「ん? なに?」

急ぎパンを頬張りユイ特製のコーンスープを飲んでいると、ゲンドウの必要以上にドス
の効いた声が耳に飛び込んで来る。あまり朝一番から好んで聞きたくなるものではない。

「なぜ、最近アスカくんは来ない。」

「こないだ転校してきた綾波って子と一緒に行ってるんだよ・・・。」

不機嫌そうにブスっとして答える。何も今1番気にしていることを言わなくてもいいで
はないか。

「お前には失望した。」

なんでアスカが来ないと失望するんだよっ!

更にブスっとしてゲンドウの方を睨みつけると、その横に新聞から取り出したらしき広
告の山がテーブルに積んであるのが目に止まる。その広告には新作のロールプレイング
ゲーム、ドラゴンファンタジーIII 特価¥7800と載っているではないか。

あっ。
アスカの好きなゲームだ。
そうだっ!

「ねぇ、母さん? これ欲しいんだけどっ!」

「この間、お小遣いあげたとこでしょ?」

「高くて買えないんだよ。お願いだよっ! お風呂洗い毎日するからさ。」

「しょうのない子ねぇ。今回だけよ?」

「うんっ! ありがとーっ!」

どうやら買って貰えそうな雰囲気だ。このゲームさえあれば、また以前のように毎日ア
スカが遊びに来てくれるに違いない。

・・・などと、物で釣ろうという姑息な手段に出るシンジであった。

<学校>

昼休みになり、今日もアスカはレイと楽しそうにお喋りしながら弁当を食べている。い
つもなら、女の子同士の話題に花を咲かせる2人の間に、どうしても割って入ることの
できないシンジなのだが、今日は一味違う。

ドラゴンファンタジーIIIという強力な武器があるのだ。

みてろよっ。綾波!
この勝負はぼくのもんだっ!

いつ誰が何の勝負をしたのだろう。よくわからないが、とにかくやけに勝ち気なシンジ
は、風を肩で切るように妙に自信満々な態度で近付いて行く。

「アスカ? 凄いことがあるんだっ。」

「あら? なに?」

「綾波よりもっと凄いんだっ。」

わけがわからないことを、自信に満ち溢れた態度で胸を張り言い放つ。

「・・・・・? は? なに?」

「フッ。」

もったいぶるかのように、ちょっとじらしつつ言葉を止めたりしてみせる。このあたり、
だんだん父の仕草に似て来ているのだと自覚しているのだろうか。

「でさぁ、アスカもきっと似合うと思うのよぉ。」
「へぇっ! アタシも見てみたーいっ!」

格好つけている間に、2人はまた自分を無視して話を再開してしまっているではないか。
シンジは大慌てで話を続ける。

「アスカっ! だからっ! 凄いんだってっ!」

「だから。なんなのよっ。早く言ってよ。」

「ドラゴンファンタジーIII、買って貰うんだっ!」

「ふーん。でさ、でさぁ、レイ? どこに売ってたのぉ?」
「こないだ行ったでしょ? 駅前の洋服屋さん。」
「えーーーっ! あそこぉ? あーん、この間行ったのに気付かなかったぁっ。」

「・・・・・・。あ、あの・・・。」

「だからね。今日の帰りアスカも寄ってみない?」
「行く。行くっ! 一緒に行きましょっ!」
「そうこなくちゃっ。てへへへ。」

・・・・・・。
しくしく。

全然相手にして貰えなかったシンジは、それ以上2人の間に入って行ける武器もなくな
り、とぼとぼと自分の席に戻って弁当を広げる。

朝はあんなに胸ときめかせたドラゴンファンタジーIIIも、今となってはまったく興味
がなくなり、買うのをやめることにしたのだった。

<シンジの家>

そんな日々が更に何日か続いたある日、シンジにとって思い掛けない出来事が突然起こ
った。

「くぉらっ! バカシンジっ! いつまで寝てんのよっ!」

「えっ!!!」

相変わらずいつまでも惰眠を貪っていると、ユイとは比べ物にならないような大音量が、
寝ぼけた耳をツーンと貫く。

「えっ!!!」

その聞き覚えのある声に目をバチリと開けガバと起き上がる。するとそこには、あの日
あの時この場所で見た光景。手を腰に当て踏ん反り返って立っているアスカが見えるで
はないか。

「まったく。いつまでも寝てんだからっ。さっさと起きなさいよっ!」

「アスカぁぁぁっ!」

ガバッ!

飛び起きて抱き付こうとするシンジ。

ドゲシっ!

だが瞬時に拳を顔面に入れられ、叩き落とされる。

「ゲフッ!」

床に転がるシンジ。

「寝ぼけてないで、さっさと起きるっ!」

「う、うん。でもどうして? もう綾波と登校するの、やめたの?」

「あの子、熱出たらしいのよ。休みだしさ、1人で行くのもつまんないじゃない?」

「そうなんだ・・・。」

モゾモゾと起き出し嬉しそうな顔で着替え出す。それを確認したアスカは、以前のよう
にダイニングへ出て行きユイとお喋りを始めた。

よしっ!
今日はあの綾波がいないんだっ!
これはチャンスだっ!

いそいそと着替えながら、このチャンスを最大限に活用しようと、寝起きの頭を一生懸
命煩悩の為に働かせるシンジであった。

<通学路>

最近いつも1人で通っていたこの道も、アスカと一緒に肩を並べて歩くと、それだけで
なんだか気分もウキウキとしてくる。以前は毎日のようにしていたことだが、何もかも
がとても新鮮だ。

先にぼくがアスカを誘えばいいんだ。
予定を入れてしまえば、綾波にだって負けるもんかっ。

レイに対して対抗意識をバリバリと燃やしながら、なにかアスカの喜びそうな誘う口実
を考える。

「あのさ。今度の日曜ってどうするの?」

「いきなり、なによ。うーん、特に予定ないけど?」

「じゃさ、見たい映画あるから、一緒に行かない?」

「アンタの見たいのって、怪獣物とかでしょ?」

「ち、ちがうよっ!」

えっと。
えっとなんだっけ。
確かアスカの好きそうなのやってたよな。

うーん・・・。
早く思い出すんだっ!
・・・あっ! そうだっ!

「『君への・・・』えっと、あの、そうっ! 『君への想い』だよっ。あれ見に行かない?」

「えっ、うそ? あれなら見たかったのよっ、行く行く。」

よっしっ!!!
ぼくの勝ちだっ!
どうだっ! 綾波っ!

唯一覚えていた今やっている恋愛映画のタイトルだったが、上手く釣れたようだ。心の
中で大きくガッツポーズを取ると共に、レイに向かって1人で勝利宣言をする。

「じゃ、日曜、用意できたらぼくの家に来てよ。」

「オッケー。寝坊すんじゃないわよっ!」

「大丈夫だよ。ちゃんと目覚まし合わして寝るから。」

「アンタ、目覚ましで起きた試しないでしょ。」

「じゃぁ、母さんに起こして貰うように頼んどくから。うん。」

「もうアンタも中2なんだから、しっかりなさいよぉ?」

そんなたわいのない会話もとっても楽しいが、いつしか学校に着いてしまいアスカは自
分の下駄箱へ、自分は男子用の下駄箱へと別れて行く。

だが、今度の日曜はアスカと2人で久し振りのお出掛けだ。それを考えると嬉しくて仕
方がなくなるのだった。

<シンジの家>

日曜日、ユイに起こして貰ったシンジは、歯磨きをし、お風呂に入り、お気に入りの服
を着て、映画に行く準備をしていた。アスカと出掛けるのに、おめかしなどするのは初
めてのことかもしれない。

よしっ! 完璧だっ!
今日は頑張んなくちゃっ!
綾波といるより、ぼくと遊んだ方が楽しいこと教えてやるんだっ!

約束の9時になりシンジはいつでも出掛けられる状態で、ソワソワしながらアスカを待
っている。だが、アスカにしては珍しく約束の時間になってもやって来ない。

アスカもお洒落してるのかな?
久し振りだもんなぁ、アスカと遊びに行くの。

何度も何度も部屋から顔を覗かせて玄関を見る。早くアスカに会いたくて、気持ちばか
りが先走る。

ピンポーン。

来たーっ!!!

10分程遅れてチャイムが鳴った。大急ぎで玄関に飛び出し扉を開ける。するとそこに
は、これ以上ない程お洒落したアスカが立っていた。

あぁ、ぼくと出掛けるのに、こんなにお洒落してくれるなんて。
やっぱり、アスカも楽しみにしてたんだなぁ。

しかも、よくよく見ると薄くピンク色の口紅を引いているではないか。ここまでしてく
れるアスカに、シンジは涙が出る程感激してしまう。

「ごめんねぇ。もっと早く来ようと思ったんだけど、着替えに時間掛かっちゃって。」

「ううん。そんなの全然平気だよっ。うんっ!」

「普段着でいいって言ったのにさ。レイの奴が折角だからお洒落して行こうって言い出
  してさ。ルージュまで持ち出して来るし、面倒ったらありゃしないわ。」

綾波?
な、なんのこと????

それまでの感動は何処へやら、ものすごーく嫌な予感がしたシンジは、玄関から少し顔
を出し家の外を見てみると、こちらもかなりお洒落しているレイがニコッと笑って手を
上げている。

「やほっ!」

な、なんで、綾波がいるんだーーーーっ!!!!
しかもっ! 綾波に言われたからお洒落しただけぇっ!?
そ、そんなぁぁ・・・。

先制攻撃して、今日はレイからアスカを取り戻せたと思っていたのに・・・・・・シン
ジはがっくりとして俯いてしまう。

なんで、綾波まで誘うんだよぉ・・・。

くそっ! 負けるもんかっ。
今日こそは綾波に勝ってやるっ!

「シンジっ! さっさと来ないと置いてくわよっ!」

「あっ、待ってよーーーっ!」

ふと見ると、いつの間にかアスカはレイとお喋りしながら、エレベーターの所迄さきさ
き歩き出している。シンジは大慌てで靴を履くと、駆け足で2人を追い掛けた。

<映画館>

映画館に入ると3人はレイ,アスカ,シンジの順で座った。間にアスカを挟んでの、レ
イとの正面決戦・・・などと考えているのはおそらくシンジだけだろうが。

よしっ。
映画の定番、ポップコーンも買ったしっ。
アスカと一緒にこれを食べながら、楽しく映画を見るんだっ!

早速買ってきたポップコーンを自分とアスカの椅子の間に置き、食べ物を武器にアスカ
を釣ろうという姑息な手段に出るシンジ。

「あのさ。ポップコーン買ってきたから・・・」

「ねぇ、チョコ持って来たんだ。一緒に食べよ。」
「さっすがレイっ! このチョコ美味しいのよねぇ。」
「でしょ。でしょ。」

ポップコーンになど振り向きもせず、アスカはレイ持参のチョコを美味しそうに食べ出
している。空しく残る椅子の間に置かれたポップコーン。

なんでチョコなんか持って来てんだよっ!
映画って言ったら、ポップコーンじゃないかっ!!

心の中で叫びつつも見向きもされなくなったポップコーンを、映画を見ながら黙々と1
人で食べるシンジであった。

しかも、アスカが気に入りそうな映画を選んだのはいいが、シンジにとっては全然面白
くない。

女の子1人に2人の男の子が恋をするという三角関係の話で、主人公と女の子は好き合
っているのだが、もう1人の男の子が積極的にアプローチしてくる為、なかなか2人の
仲が進展しないといった感じの展開だ。

鉄砲も、ミサイルも、怪獣も、出て来ないので、見れば見る程眠くなってくる。

おぼろげな意識の中で、主人公の男の子が告白しハッピーエンドというありふれた結末
でエンディングを迎えたことは覚えているが、詳細は寝ていてわからないまま映画は終
わってしまった。

「アンタっ! 何寝てんのよっ!」

「えっ?」

「アンタねぇ。人誘っといて、自分が寝てどうすんのよっ!」

「ご、ごめん。」

「さ、行くわよ。」

「うん・・・。」

目を覚まされムクリと起き上がったシンジは、映画の内容についてぺちゃくちゃお喋り
するアスカとレイの後ろから、眠い目を擦りつつトボトボとついて行く。映画の内容を
半分程しか覚えていないので、2人の話の内容にも入って行くことすらできない。

その後もファンシーショップや洋服屋を巡ることになったが、楽しそうに目を輝かせて
盛り上がる女の子2人とは裏腹に、全く会話にも行動にもついて行けず、ただ金魚の糞
のようについて回るだけだった退屈な今日という日曜日は終わりを告げたのだった。

<シンジの家>

家に帰り着いたシンジは、机に顔をめり込ませ1人モンモンとしていた。

綾波さえ来なかったら、うまく行ったのに。
せっかく楽しみにしてたのにっ!

アスカへの独占欲剥き出しで、ブチブチとレイに八つ当たりっぽいことを一人ごちる。

どうしたら、あの綾波からアスカを取り返せるんだよ。
何かいい方法は・・・。

また以前のようにアスカとの楽しい時間を作りたくて必死で無い頭を絞っていると、ふ
と今日の映画のことが思い浮かんだ。

そうだっ!
告白だっ!

あの人も告白して、彼女を自分のものにしたんだっ!

こんなままじゃ耐え切れないよっ!
綾波に取られるくらいならっ!
駄目でモトモトじゃないかぁっ!

よしっ!
当たって砕けろだーーーーーっ!!!

とうとうキれてしまったのだろうか。よくわからないが、最後の手段に出ることにした
シンジは、その夜遅く迄告白のストーリ−を必死で考えるのだった。

<学校>

翌日、学校へ行くとやはり今日も自分より早くにアスカは登校して来ており、レイと楽
しそうに女の子同士の話題に花を咲かせている。

告白しなくちゃっ!
告白・・・・。

昨日一生懸命考え、今朝決意して出て来たシンジだったが、いざ本人を目の前にすると
怖くてなかなか言い出せない。

なにしてんだよ。
アスカを取り返すんだっ!

気合を入れようと、奥歯を噛み締め拳を握るが、1歩踏み出そうとすると足が震えてし
まう。

「・・・・・・。」

昼休みだ。
もうすぐ朝礼だし。昼休みにしよう。

恐怖とプレッシャーに負けてしまったシンジは、朝の休み時間は諦めそのまま自分の席
につくのだった。

昼休み。

4時間目の授業が終わる前から、告白のことを考えると心臓がドキドキ言っている。こ
こは男として決めなければいけないが、やはり振られた時のことを考えると怖くて仕方
がない。

言わなくちゃ。
よしっ。言うぞっ。

勢い込んで立ち上がりアスカの方に目を向けると、早くもレイと一緒に弁当を食べ出し
ている。まだ昼ご飯を食べていないのは、このクラスでは自分だけのようだ。

そうだよな。
アスカもお腹減ってるもんな。
食べ終わってからにしよう。

また、自分に言い訳のようなことをしつつ告白を後回しにして、シンジも弁当を開いて
食べ始める。その日の昼食は告白のことが気になって、ほとんど味などわからないもの
となった。

昼ご飯も食べ終わり弁当箱を片付けたシンジは、早鐘のように打ち付ける鼓動の痛みに
耐えながらアスカの元へノロノロと近付いて行く。

あっ! 綾波がいない。
今だっ! 今しかないっ!

勢い込んで席を立ち、1人で座っているアスカに、震える足で後ろから恐る恐る近付く。

まずは、屋上に誘おう。
後はなるようになれだっ!

「アス・・・」

「アスカぁぁっ、こっちこっち。」
「あっ、レイ。どうしたの?」
「トイレに変な落書きがあるのぉ。面白いわよぉっ! 来て、来てっ!」
「えーーーウソウソぉ。どこどこぉ?」

もうちょっとという所で、廊下からレイが声を掛けてきてしまい、そそくさとアスカは
廊下へ出て行ってしまった。

そ、そんな・・・。
何で邪魔するんだよっ!

やっとの思いで声を搾り出し呼び掛けようとしたというのに、また1人残されたシンジ
は、とぼとぼと自分の席へ戻って行くしかなかった。

いよいよ終礼の時間。

もう残りのチャンスは、この後しかない。今日だけはなんとしてもアスカを捕まえたい
シンジは、早くも鞄に手を掛け走り出せる体勢でミサト先生の話を聞いていた。

キーンコーンカーンコーン。

終礼が終わった。

勝負だ!

みんなが最後の挨拶に立ち始めると、早くもシンジは身を乗り出しアスカの元へ走る体
勢を整える。

「礼!」

委員長の声と同時にみんなは腰を軽く折り礼をするが、そんなことはおかまいなしにシ
ンジはアスカの元へ走っていた。

「ねぇ、アスカぁ? 今日さぁ・・・」

早くもレイが声を掛けてきている。

くそっ!
負けるもんかっ!

「アスカっ!」

レイの言葉を遮り、アスカの元へ駆け寄る。

「話があるんだっ。ちょっと屋上へ来てくれないかなっ!」

「なによ。いきなり・・・。」

「大事な話なんだっ!!!」

「な、なんなの? いいけど?」

「じゃ、屋上で待ってるから!!!」

あまりのシンジの剣幕にきょとんとしているアスカを残し、シンジは教室を駆け出すと
一気に屋上へ向かう。

勢いに任せてここまで言うことはできたが、この後のことを考えると、階段を上る足が
震えて来る。

振られたらどうしよう・・・。

だ、駄目で元々だよ。
当たって砕けろだっ。

でも・・・あぁ、心臓が破裂しそうだ。

放課後、屋上には誰もいなかった。白い雲が流れる空の下で1人心臓をドキドキさせな
がら待っていると、すぐにアスカも上がって来た。

ただでさえ早鐘のように打っていた鼓動が、3倍の速さに跳ね上がる。

ドキドキドキ。

い、いくぞっ!
言うんだっ!

「話ってなに?」

「あのさ・・・。」

震える足でアスカに近付き、勇気を振り絞ってその青い瞳を見詰める。普段は可愛いと
思うその瞳も、今では審判を下す前の裁判官のように思えてくる。

「ぼ、ぼく・・・・あの。」

「なによ?」

「ぼく、アスカのことが・・・その。」

そこまでは出たが、続きの言葉が喉の奥につっかかって出てこない。全身に熱い血が流
れているかのように、体がドクドク言っている。

「アタシ? どうしたのよ?」

「あのさ。」

きょとんとした顔でアスカが自分のことを見返している。

今言わなきゃっ!
逃げちゃ駄目だっ!

「ぼ、ぼく・・・ぼくっ!」

「ん?」

「ぼくっ! アスカのことが好きだっ! 付き合って欲しいっ!」

「いいわよ。」

「へ?」

「アタシもシンジのこと好きよ?」

「は?」

「おかしいなぁ。言ってなかったっけ?」

「ほ?」

こんなに簡単でいいのかと思うほど、あっさりOKの返事が返ってきてしまった。今度
はシンジが拍子抜けしてしまい、きょとんとした顔でアスカを見詰める。

「それだけ?」

「え・・・あ、うん。」

なんだかよくわからないうちに、恋人同士になってしまった。だが、だんだんと頭が冷
え冷静になってくると、やっと幼馴染でなくアスカと恋人になれた実感が沸いてくる。

やったっ!
これで、アスカは彼女になったんだっ!
アスカはぼくのものだっ!

飛び上がらんばかりの勢いで、心の中で飛び跳ねるシンジ。もう、今までみたいにやき
もきすることもないのだ!

「じゃ、レイが待ってるから。」

「へ?」

レ、レイ?
なんで????

だが、次の瞬間だった。アスカの口から出た言葉に、にやけていた顔が愕然としたもの
に変わっていく。

「アンタも早く帰えんなさいよっ。」

「ちょ、ちょっとっ。」

喜びもつかの間、またアスカは屋上から駆け下りると、レイの元へ駆け下りて行ってし
まった。1人残されたシンジに、寒い風がピューピューと吹いている。

そ、そんな・・・。
一緒に帰るんじゃ・・・。

よくよく考えると映画の主人公は、彼女に告白することで、ライバルの男の子に勝った
のだ。だが・・・シンジの場合は・・・。

いくら告白しても、女の子同士の友達相手には、なんの効果もなかったのだった。

そ、そんなぁぁ。
こんなに頑張ったのにぃぃ。

がっくりとうな垂れるシンジ。

「綾波ぃ。アスカをぼくに返してよぉっ! 誰かぼくにやさしくしてよーっ!!」

むなしい叫びを誰もいない屋上に響かせるシンジの頭の上を、1羽のカラスが「あほー
あほー」と飛んで行く夕暮れの出来事だった。

fin.
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tarm@mail1.big.or.jp
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