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ああ、無敵のシンジ様ぁ
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「この! バカシンジ! さっさと来なさいよ!」

手ぶらでツカツカと歩くアスカ。その後、自分のカバンとアスカのカバンを持って、
ひーひー言いながら歩くシンジ。

「自分のカバンくらい、自分で持ってよぅ。」

「今日は、夏休み前だから荷物が多いのよ! そんな重いカバンをアタシに持たせるつ
  もり?」

「じゃー、ぼくはどーなのさ。」

「それくらい持ちなさいよね! 男のくせにいちいち細かいことグチグチ言うわねぇ。
  まったくー。」

今日は終業式、ミサトのマンションに下校する途中のらくちんアスカと、下僕と化した
シンジであった。

<ミサトのマンション>

「はぁ、つかれたーーーー。」

ようやく帰り着いたシンジは、カバンを2つ玄関に置いて腰を降ろす。

「ごくろう。もういいわよ。」

シンジが玄関に置いたカバンを、サッと取ると自分の部屋に帰っていくアスカ。

「もういいって、もう家じゃないか。それに、ありがとうも無しだなんてひどいよ。」

カバンを持って部屋に入ろうとしていたアスカが、クルっと振り返る。

「何か言った?」

「い、いえ・・・何も・・・。」

愚痴を聞かれてしまったシンジは、恐れおののき、そそくさと自分の部屋へ逃げ入る。

部屋のカーペットの上で大の字になって寝転ぶシンジ。

あーー、もう嫌になっちゃうよなー。これじゃーまるでアスカの下僕だよ。まったく。
一度、男としてビシっと言ってやらないと、わからないのかなぁ。

                        :
                        :

・・・やっぱり・・・・恐いよなぁ・・・。

夕食時。

夕食の支度が終わったシンジは、アスカを呼びに行く。

「アスカ。 ご飯の用意できたよ。」

部屋の中にいるアスカに呼びかけるが、返事が無い。

トントン。

「アスカ? さめちゃうよ。アスカ?」

返事が無い。

「アスカ? 開けるよ。」

ガラッ。

アスカは、ベッドで寝ていた。

なんだ、寝てるのか。

夕食が冷めると怒られるので、アスカを起こしに行くシンジ。その時、アスカが寝返り
をうった。赤く長い髪の毛がフサッっと揺れる。

ん! こ、これは!

                        :
                        :
                        :

ゲンドウ顔負けの笑顔で、ニヤッっとするシンジ。

「アスカーーーーー!!!!」

「もう、何よ、ウルサイわね。」

眠い目をこすりながら、ムクッと起き上がるアスカ。

「ご飯ができてるよ。」

それだけ言うと、シンジはアスカの部屋から出ていった。

「はいはい・・・。」

アスカも髪の毛を整えると、シンジに付いて出て行く。食卓にはアスカが注文したから
揚げが並んでいた。
シンジは食卓の椅子に座っている。アスカもいつも自分が座る位置に座る。

ふと、自分の茶碗を見るアスカ。

「ご飯がお茶碗に入ってないじゃない!」

いつも、シンジが入れてくれるのだが、今日は入ってない。ぶーたれるアスカ。しかし、
シンジは、ニヤッっと笑う。

「アスカさぁ、10円ハゲって知ってる?」

ビックッ!!!!!!

アスカの体が、見ててもわかるくらい震える。

「ねぇ、知ってる?」

ニヤニヤしながら続けるシンジ。

「そ、そ、それくらい・・・し、知ってるけど、そ、それが、何か?」

歯が震えて、うまく喋れない。

「あれって、恥ずかしいよねぇ。」

「え、えぇ、そうね。」

アスカの顔は真っ青である。

「さっきさぁ、見ちゃったんだ、ぼく・・・。」

「!!!」

箸を持つ手が震える。冷や汗が頬をつたう。歯はガチガチ震えて止まらない。

「ご飯入れてくれない?」

「かしなさいよ。入れてあげるから!」

「ん? 違うだろ?」

「何が?」

「『貸してくださいシンジ様。』じゃないのかなぁ〜。」

ニヤニヤと笑うシンジ。顔を真っ赤にして怒るが、何も言えないアスカ。

「か、かして・・・くだ・・・さ・・・い。シン・・・ジさ・・・ま。」

「仕方がないなぁ。貸してあげよう。」

茶碗をさしだす。アスカは、それを右手で受け取ろうとするが、シンジが茶碗を引っ込
める。

「ダメじゃないか。『ありがとうございます。』が無いだろぉ? それに両手で受け取
  らないと。」

「グッ・・・。」

奥歯を噛んで耐えるアスカ。

「ありがとうございます。」

笑顔を作って、両手で茶碗を受け取る。

「ど、どのくらいが、よろしいでしょうか?」

茶碗としゃもじを持つ手が怒りに震えるが、丁寧な言葉使いで話すアスカ。

「大盛りでいいよ。」

「はい、わかりました。」

シンジにとって至福の、アスカにとって地獄の夕食が終わる。

「じゃ、後よろしく。」

食器の後片付けをアスカがする。シンジは、部屋へと帰る。

はーーーーーーーー!! 気持ちいいーーーーーーーーー!!
こんなに気持ちよかったのは、生まれて初めてだ!!

シンジは新しい快感を覚えたようだった。
先程の様子を思い浮かべるシンジ。自然と顔がほころぶ。あのアスカにして、何も言い
返せないのだ。シンジはまるで、天下を取ったような気分だった。

んー、これだけじゃ、つまらないなぁ。
今度は、何をしてもらおうかなぁ。

「アスカーーー。」

返事が無い。

「アスカーーー!」

返事が無い。

シンジがリビングに出て行くと、食器の後片付けは終わっており、アスカの姿は無かっ
た。

ドカッドカッドカッ!!!

「こんちくしょーーーーーーーーーーーーーー!!」

アスカの部屋から、何やら物音がする。

ドカッドカッドカッ!!! ゲシッゲシッゲシッ!!!

部屋をガラッっと開けると、ベッドを叩いているアスカがいた。

「何してるの?」

突然、シンジが入ってきたので、驚いて振り返るアスカ。

「い、いえ、何も・・・。」

今まで、ベッドを叩き付けていた拳を握り締めながら、笑顔を繕う。

「呼んでたんだけど、どうして返事しないの?」

「へ? 聞こえなかったから。」

「ダメじゃないか。いつもぼくの声が聞こえるようにしておかないと。」

拳を握り締める手に力が入る。ブルブルと怒りに手が震える。

「は、はい、わかりました。」

「今回だけは許してあげるよ。それよりさぁ、ちょっと、肩もんでくれないかなぁ。」

「な!」

「何?」

「は、はい、わかりました。」

アスカは額に青筋を浮かべながら、シンジの肩を揉む。

「このくらいの力で、よろしいでございましょうか?」

嫌味を込めて、極端に丁寧な言葉で喋る。が、

「もっと力を入れないと、効かないよ。」

ブチッ。

アスカの中で何かが切れる音がする。怒りを込めて、懇親の力で肩を揉む。

「い、痛い!」

「あーら、ごめんあそばせ! ほほほほほ。」

「今度、そんなことしたら、みんなに言うからな!」

ギリギリギリ。

アスカの奥歯から、嫌な音が響く。

アスカの血管は切れそうだったが、耐えに耐えて適度な力で肩を揉む。
しばらく、揉むとシンジが立ち上がり、首をぐるりと回した。

「もういいよ。まっ、アスカにしては上出来だね。」

「グググググググ。」

うめき声を上げて、必死に耐えるアスカ。

「じゃ、ぼくは寝るから寝付いたら、ぼくの部屋の電気を消しておいてね。」

「!!!!!!」

怒りに髪の毛を逆立たせるアスカを置いて、シンジは自分の部屋へ帰っていった。

こ、これも、あと少しの辛抱よ!
我慢するのよ! アスカ!
この病気は精神的な物だから、数日経てば元に戻るんだから!
ここ数日だけは、徹底的にいい思いをさせてあげるわシンジ!
でも、覚えておきなさい!
治った時には、アタシがやったことを10倍にして返してもらうからね!!!!

そんなアスカの復讐の誓いなど、露とも知らず、シンジは幸せに眠っていた。

翌日。

「はーーー。」

気持ちのいい朝を迎えたシンジは、伸びをする。

「アスカ!」

早速、アスカを呼んでみる。

「はーーーい。」

昨日のことを覚えていたようだ。アスカがすぐさまやってくる。

「着替え出してくれるかな。」

「はい、はーーーーい。」

機嫌良くシンジの着替えを出すアスカ。

「着替えるから、外に出ててよ。脱いだ服は、後でたたんでおいてね。」

「はーーーーい。」

機嫌良くアスカは部屋から出ていった。が、部屋から出たアスカの口には、悪魔的な笑
みが浮かんでいた。

アスカは、シンジにやらされた事を、全て事細かくメモしていたのだ。そして、治った
時には、自分のやったことを10倍にして返してもらおうという執念だった。

部屋から出て行くシンジ。同時にミサトも部屋から出てくる。

「あ、ミサトさんおはようございます。」

「おはよう。」

「じゃ、アタシは、シンジ様の服たたんでくるわね。」

「え!」

驚くミサト。

「アスカ? 今、何って?」

「え? だからー、シンジ様のお脱ぎになった服をたたませていただくのよ。そんなこ
  ともわからないの?」

きょとんとするミサト。

「シ、シンジ様って・・・あの・・・。」

「シンジ様はシンジ様よ。アタシがこの世で最も尊敬するご主人様なんですから。」

そういうと、アスカはシンジの部屋に入って行った。

「シ、シンちゃん? アスカどうしちゃったの?」

わけがわからないミサトは、目をまるくして、シンジに振る。

「いいんですよ。アスカはぼくの為なら、何だってするんですから。」

「はぁ・・・・???」

アスカが準備した朝食の時も、2人はそんな調子だった。

「アスカ、お茶。」

「はーーーーい。」

「アスカ、塩。」

「はーーーーい。」

呆然と見つめるミサト。アスカがおかしくなったのかとさえ思う。

「アスカ? わたしにも塩取ってくれる?」

ミサトも言ってみる。

「そんなの、自分で取りなさいよ!」

「・・・・・・・。」

やはり、アスカである。

ミサトは気味悪く思いながらも、仕事があるので、ネルフへと向った。

                        :
                        :
                        :

それから、アスカがシンジの言いつけ通り動く夏休みが過ぎていった。
シンジの当番は、全てアスカがやった。
シンジの身の回りの世話も、全てアスカがやった。
シンジがほしい物は、アスカが買いに走った。

アスカの10円ハゲも、日が経つにつれ治っていった。

そして、夏休みも終わろうかという日。

アスカのノートには、ぎっしりとシンジにしたことが書いてあった。
アスカの10円ハゲは、人目にはわからないくらい治っている。
アスカが待ちに待った日の到来であった。






しかし、鏡を見つめるアスカの表情は、暗かった。

どうして、治ってしまったのよ?
もう、終わりなの?

マジマジと鏡にうつる自分の頭を見つめるアスカ。
ふと、机の上のノートに目が行く。
トタトタと歩いていき、そのノートを手に取った。

これは、アタシの愛の記録・・・。
終わりじゃないわ!
アタシとシンジ様の愛の絆に、10円ハゲなんて関係無いのよ!
そうよ、10円ハゲなんて関係無いわ、これから、アタシは一生シンジ様に奉仕してい
けばいいんだから!!

ノートを読み返すアスカ。目にうれし涙が浮かんでくる。

そう、アスカはこの一ヶ月余りの奉仕生活で、徹底的に下僕根性が身についてしまった
のだ。

あぁ、あの時は、こんな奉仕をさせていただいたのね。
あぁ、この時は、アタシが・・・
                        :
                        :

自分の奉仕生活を思い返し、夢見ごこちのアスカだった。

これは、愛の記録として、これからもつけて行きましょう。
あぁ、無敵のシンジ様ぁ、これからもアスカをどんどんこき使って下さい!

その時、リビングから、シンジの声がする。

「アスカーーー。」

あ! シンジ様がお呼びだわ。お待たせしたら、大変!

「はーーーい! シンジ様、ただいま参ります!」

抱きしめていたノートを、大事そうに引き出しにしまうと、シンジを少しでも待たせな
いように、部屋を飛び出て行くアスカ。
その顔は、心底嬉しそうだった。

fin.
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