<ミサトのマンション>

今日は、二学期の始業式。アスカは、必ずシンジが起きる前に起床し、朝食の準備をす
ることにしている。

「そろそろ、シンジ様を起こさないといけないわね。」

2人分の朝食を準備したアスカは、シンジを起こしに行く。

トントン。

「失礼しまーす。」

少し前までは、6:30に起きていたシンジだが、最近はアスカが朝食の準備をするよ
うになったので、7:00まで寝ていられる。

カチャ。

部屋にアイロンを当てた制服を抱かえながら入り、とびきりの笑顔でアスカはシンジに
微笑みかける。

「おはようございます! シンジ様!」

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続ああ、無敵のシンジ様ぁ
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作者注:この小説は、”ああ、無敵のシンジ様ぁ”の続編です。そちらからお読み下さ
        い。
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「あぁ、おはよう。もう、そんな時間か・・・。」

「はい。今日から学校ですよ。」

シンジが、もそもそと起きだしパジャマ代わりにしているTシャツを脱ぐと、アスカが
それを受け取り、学校に着ていくTシャツを差し出す。
後ろから、シンジにカッターシャツを掛け、シンジの着替えを手伝い終えたアスカは、
シンジが脱いだ服を抱かえて部屋を出て行った。

「お食事の用意ができていますから・・・。」

「わかったよ。」

洗濯籠にシンジの脱いだ服を入れたアスカが、食卓へ戻ると、既にシンジは椅子に座っ
ていた。

あら、大変! シンジ様をお待たせしてしまったわ。

あわてて、食卓へ駆け戻りシンジのお茶碗にご飯を入れる。

「どうぞ。」

シンジの為に奉仕している時が、アスカにとって最高の喜びだ。笑顔で茶碗を差し出す。

「うん。」

2人っきりで食べる朝食。

「アスカのご飯はいつもおいしいね。」

「ありがとうございます。」

誉められた時は、うれしくてうれしくて仕方が無い。今日も1日良いことがありそうだ。

「さぁ、そろそろ行こうか。」

「あ、鞄をお持ちします。」

アスカが、シンジの鞄を持とうとするが、シンジに断られる。

「いや、いいよ。アスカに鞄を持たせたら格好悪いから。」

怒られた、怒られた、怒られた、怒られた・・・。

「ごめんなさい・・・。」

涙目になってしょぼくれるアスカ。

「いや、いいよ。アスカの気持ちだけで嬉しいから。それより早く行こうよ。」

「はい!」

優しい言葉を掛けてもらって、元気を取り戻したアスカは、シンジの横にぴったりと付
いて学校へ向った。

マンションには、残された人間が1人・・・。アスカが家事をするようになってから、
朝食も作ってもらえず、朝も起こしてもらえず、遅刻の常習犯と化したミサトは、幸せ
な夢の中にいた。

<通学路>

アスカはシンジと腕を組み、ぺたーーーーーーっとくっついて歩く。

「シンジ様。久しぶりの学校ですね。」

「そうだね。荷物をいっぱい持たされた終業式の時以来だね。」

「あ、あの時は・・・許して下さい!!」

目に涙を溜めて、腰を90度折り曲げ平謝りするアスカ。

「あーーー、あの時はひどい目にあったよ。まったく。」

ニヤニヤしながら意地悪を言うシンジの前で、アスカは、目からポロポロと涙をこぼし
て謝る。

「どうか、お許し下さい。お願いします!!!」

「あはははは、冗談だよ。アスカは、からかうとかわいいね。」

「じょ、冗談ですか?」

ほっとしたアスカは、涙を拭うと、再びシンジの腕にまとわりついた。

「あの時のお詫びは、これからちゃんとしますから。」

「もう、いいよ。それより早く行かないと遅刻しちゃうよ。」

学校が近くなってくると、登校してくる生徒の数も増えてくる。ぺたーーーーっとくっ
ついて登校するシンジとアスカが、周りの生徒達の目を引く。

『おい、あれ惣流と碇じゃないか?』
『なんで、あんなに仲がいいんだ?』
『前から、あの2人怪しいと思ってたのよねーー。』
『なんでも、同棲してるってうわさだぜ。』
『2人ともエヴァのパイロットって噂、聞いたことあるわ。』

生徒達が注目する中、2人は学校へと入って行った。

<学校>

下駄箱で靴を履き替えるシンジを、トウジとケンスケが見つける。

「よぉーシンジ、久しぶりやな。」

「夏休みはどうだった?」

「うん、別に何もなかったよ。」

靴を履き替えた3人は、並んで教室へ向って行った。

女子の下駄箱では、靴を履き替えていたアスカに、ヒカリが声をかけて呼び止めていた。

「アスカーー、ちょっと待ってーー。」

走ってくるヒカリ。

「あ、ヒカリーー。」

「久しぶりーー。」

ヒカリは、アスカの隣で靴を履き替える。

もう、ヒカリ早くしてよ、シンジ様が行ってしまうじゃないの!!!

のろのろと、持ってきた上履きに履き替えるヒカリをイライラしながら見つめるアスカ。

「わたしね、夏休みは実家の方へ行ってたのよーー。アスカは、どうだった?」

「うん、ネルフへ行かないといけないからドイツには帰れなかったわ。」

なんでもいいから、早く履き替えなさいよ!

ようやく、ヒカリが靴を履き替え終わった時には、既にシンジの姿は下駄箱の近くには
見えなくなってしまっていた。

あぁぁぁ・・・・シンジ様ぁ・・・・。

ヒカリの手を取って走り出すアスカ。

「ちょっと、アスカ、どうしたのよ!」

「急ぐのよ!」

「まだ、充分間に合うわよ!」

「いいから!!」

下駄箱を通り抜け、廊下に差し掛かった時、トウジ,ケンスケと歩くシンジの姿を見つ
けた。

あ! シンジ様!

ダダダダダダダダダ。

ヒカリを引きずり走り出すアスカ。

「きゃーーーーーー、アスカ、どうしたのよ!!!」

シンジの横に御到着。

「おお、惣流やないか。」

トウジが振り返る。

「あ、アスカ。遅かったじゃないか。」

シンジも振り返る。

ああ、怒られてしまったわ・・・・。

「ごめんなさい、シンジ様。遅くなりました。」

ズザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ。

頭を下げて謝るアスカの回りから、トウジ,ケンスケ,ヒカリが、一気に後ずさる。

「ア・・・・アスカ・・・・、ど、どうしたの?」

ヒカリが、心配そうに、アスカの顔を見つめる。ここまできたら、不潔どころの騒ぎで
はない。熱でもあるのでは無いかと、真剣に心配してしまう。

「シンジ様って・・・惣流・・・おい、大丈夫か?」

ケンスケの顔から、冷や汗が流れ出る。自分の前にいるのが、アスカであること自体を
疑いたくなる。

「おい! シンジ、どないなっとんのや!? 新しい遊びか?」

シンジの襟首を掴み詰め寄るトウジ。

「ちょっと!!! アタシのシンジ様に何するのよ!!!」

襟首を掴んでいたトウジを払いのけると、シンジの腕にぺたーーーっとくっつくアスカ。

「さぁ、シンジ様、行きましょう。」

残された3人のクラスメートは、世にも恐ろしい何かを見たような顔で、身動き一つで
きずに、唖然と2人を見送った。

教室は、騒然としていた。

「シンジ様どうぞ。」

シンジが椅子に座ろうとすると、椅子を引くアスカ。鞄を机の上に置くと、アスカが横
のフックに掛ける。

ある1人の人物を覗いて、誰も2人に近寄れる者は居なかった。

「碇くん、始業式が始まるわ。行きましょう。」

そのある1人の人物、綾波レイがシンジに声を掛ける。

「そうだね。」

ムムムムム〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!

「ちょっと!!! 気安くシンジ様に声かけないでよ!!!」

「どうして? 始業式が始まるって、言っただけだわ。」

「そういうことは、アタシが言うからいいのよ!!」

「誰が言ってもいいと思うわ。」

「2人とも、喧嘩しないでよ。早く行こうよ。」

「はい・・・シンジ様、行きましょう。」

シンジの手を引っ張って、レイから引き離すように、アスカはすたすたと体育館へ向っ
て行った。

「アスカ、さっきのは良くないよ、綾波はただ声を掛けてきただけなのに。」

「すみません・・・でも、我慢できなくて。」

「まぁ、これから注意したらいいよ。」

「はい。ごめんなさい。」

アスカは、しょぼくれたまま、体育館へ入った。

始業式が始まり、校長先生が話を始めるが、生徒達の多くはシンジとアスカの噂をひそ
ひそとしていた。

『碇が惚れ薬を飲ましたらしいぜ。』
『惣流さん、なんでも高熱がでて、ああなったらしいの。』
『碇が、惣流の弱みを握ってるって噂だよ。』
『惣流さん、階段から落ちて頭打ったらしいのよ。』

などなど。

そして、始業式も終わり、後は教室に帰って連絡事項を聞くだけとなった。

「あ、シンジ様のペンケースを間違えてアタシの鞄に入れてしまってるわ。急いで持っ
  ていかないと。」

アスカがペンケースを持って立ち上がったとき、シンジとレイの様子が目に入る。

「綾波、筆記用具忘れたみたいなんだ、貸してくれないかな?」

「ええ。」

「ありがとう。」

「いいわ。大した事じゃないから。」

シンジにしてみれば、離れた席に座るアスカより、ほぼ隣に位置するレイに頼んだだけ
のことだったが、アスカには衝撃的な出来事だった。

アタシに用事をいいつけてくれない・・・。
アタシが、ペンケースを入れて無かったから・・・きっと怒っておられるんだわ・・・。
どうしよう、このまま捨てられたら、アタシは、生きていけない。

シンジのペンケースを手にして、へなへなと自分の椅子に崩れ落ちるアスカ。レイのシ
ャープペンシルを使うシンジの姿が見える。

シンジ様の手が、あんな女のシャープペンシルで汚されていく。
だいたい、あの女がアタシのシンジ様にシャープペンシルを渡すのがいけないのよ!
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる!
殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる 殺してやる!

アスカの目は、既にイッてしまっており、かなり恐い。

「アスカ、アスカ・・・どうしたの? ぼーーっとして。」

後ろに座っていたヒカリが、様子のおかしなアスカに声を掛ける。

「何よ!!」

ギロ。

「ヒーーーーー。」こわいよーーー。

今度、エヴァに乗ったら、ポジトロンライフルでぶち抜いてやるわ!! フフフフフ。

アスカの周りには、怒りのオーラが立ち込めていた。

そして放課後。今日は昼で終わりなので、弁当も無い。

「ちょっと、ファースト!! どーして、シンジ様にペンなんかを貸すのよ!!」

「碇くんが、貸してほしいって言ったから。」

「そういうことは、今後、このアタシがやるから、手出ししないで頂戴!!」

いきなり、喧嘩をふっかけるアスカ。

「おい、惣流。シャーペン貸しただけで、焼き餅かいな。」

「そうよ! 悪い!!?」

トウジの冷やかしにまともに答えるアスカ。こうなると、トウジも何も言えない。

「おい・・・シンジ。ほんまに惣流どうないしてもうたんや。調子狂うがな。」

「はは・・・。」

シンジは笑ってごまかす。

「ねぇ、アスカ。席の近い綾波さんに、シャーペンを借りただけよ。そんなに気にする
  ことじゃないと思うわよ。」

ヒカリがフォローを入れるが、聞く耳を持たない。

「ダメよ! 今度からは、アタシがちゃんとするから、もう余計なことをしないでほし
  いのよ!」

「余計なことをした覚えは無いわ。」

睨み合うアスカとレイ。一触即発の険悪な空気が立ち込める。

「ねぇ、碇くん。何とかしてよ。このままじゃ埒が開かないわ。」

「うん。アスカ・・・、わかったよ。ぼくが綾波に借りたのが、悪かったんだ。今度か
  らは、アスカを呼ぶから。もう許してあげてよ。」

「え! そ、そんなことありません・・・シンジ様は悪くありません。」

「じゃーもういいね。」

「はい。」

シンジが一言言っただけで、借りてきた猫の子のように、おとなしくなるアスカを見て、
周りの人間が、目を丸くする。

「碇くん・・・すごい・・・。」

ヒカリが、尊敬の眼差しでシンジを見つめる。

「ほんま、惣流どないしたんや? シンジの言うことやったら、何でも聞きそうやで。」

「当然よ。アタシはシンジ様に一生お仕えさせていただく下僕なんだから。」

一瞬で、辺りが凍り付いた。

「シンジ!!! てめーーーちょっと来い!!!」

トウジとケンスケに引っ張られていくシンジ。

「ねぇ、アスカ・・・あの、下僕って・・・。」

「そうよ。アタシは、シンジ様の下僕になったのよ! 悪い?」

「悪くは無いけど・・・ちょっと、表現がどうかなって・・・。」

「そのままだからいいのよ。」

「でもね・・・。」

一方シンジは。

「シンジ! お前惣流に何したんや!!!」

「何もしてないよ。」

「何もしてないで、あの惣流があーなるわけないやろーが!!!」

「だって、知らない間にあーなったんだよ。」

「嘘ーつけ!!!」

「本当だよ。そりゃ、最初はちょっといじめたんだけど、どーもそれがよかったみたい
  で・・・。癖になったのかな?」

「「!!!!!!!!!」」

「どうしたの?」

「お前ら・・・家で何しとんねん。」

「いやーーーーんな感じ。」

「は?」

「お前とは、所詮ワイらとは住む世界が違ったんや・・・。」

「俺は、お前がそんなアブノーマルな奴だとは知らなかったよ。」

「ちょっと、どーしたんだよ!」

「そうか・・・惣流を目覚めさせてしまったか・・・。」

「お前も罪なやっちゃで・・・ちゃんと一生惣流の面倒みたれや。」

トウジとケンスケは、シンジの肩をポンポンと叩くと、帰って行った。

その頃アスカは・・・。

「碇くんのことが好きなのは、いいけど、何も下僕にまでならなくてもいいんじゃない?」

「何言ってるのよ。シンジ様にご奉仕するのがアタシの喜びなんだから。」

ヒカリの懸命な説得が続く。

「前まで、そんなこと無かったじゃない。どーして急にそーなっちゃったのよ。」

「うん。夏休みの始めにね。シンジ様に新しい快感を教えてもらったの。」

「快感って・・・ちょっと・・・。」

ヒカリの顔から、冷や汗が流れる。

「ご奉仕することが、こんなにすばらしいことだとは、今まで知らなかったわ。ヒカリ
  も鈴原にしばられて見たら?」

アスカの言う”しばる”とは、生活に対する束縛という意味であるが、どう聞いてもそ
うは聞こえない。

ズサッ。

ヒカリが、咄嗟に身引く。

「も、もういいわ・・・ははははは・・・アスカとは住む世界が違ってしまったようね
  ・・・ハハハ。人それぞれの生き方だもんね。くれぐれも怪我だけはしないようにね。」

「へ?」

「そ、それじゃ、わたしは帰るから・・・。ハハハハハ。」

「ちょっと。」

ヒカリは顔を引きつらせて教室を走り去る。シンジの横を通り過ぎる瞬間。

「碇くん! あなた、自分のやったことなんだから、最後まで責任持ってあげなさいよ!」

「へ?」

この事件が切っ掛けで、次の日から、シンジとアスカに近寄る者は誰もいなくなった。

「さっ、シンジ様、帰りましょうか。」

「なんか、みんなおかしなこと言ってたよ。」

「人のことはいいじゃないですか。帰りましょう。」

「そうだね。今日は暑いから、そう麺が食べたいよ。」

「はい! わかりました!」

「アスカが作るそう麺は美味しいからね。期待してるよ。」

「ありがとうございます!!!」

シンジに誉められて、満面の笑みをうかべながら、登校して来た時と同じように、ぺた
ーーーーーーーっとシンジにくっついて帰るアスカ。

なにはともあれ、2人は幸せ街道まっしぐら。

そして、幾度もの電話のコール音にもめげず、幸せな惰眠をむさぼる女性の住む家へと
2人は帰って行った。




この先、幾多の困難がチルドレンを襲うが、シンジがアスカをリードし、また、アスカ
がシンジをしっかりとサポートしたことによって、無事乗り越えることとなる。
この幸せな結末をもたらしたのが、小さな小さな10円ハゲであったことを知るものは、
4年後に結婚した2人のチルドレン以外、誰も知るものはいなかった。

fin.
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