------------------------------------------------------------------------------
新ああ、無敵のシンジ様ぁ
------------------------------------------------------------------------------

------------------------------------------------------------------------------
作者注:この小説は、”続ああ、無敵のシンジ様ぁ”の続編です。そちらからお読み下
        さい。
------------------------------------------------------------------------------

<学校>

文化発表会が後数日と迫っていた。

クラブに所属していない者は、クラスの仲の良い者同士でグループを作って発表するの
だが、シンジとアスカは急遽バスケットボール部に支援を頼まれていた。

「おいっ! 碇っ! テーブルクロスできたか?」

シンジとアスカに応援を頼んだ、背がひょろっと高い3年の男子部員と、少し小太り気
味の3年の男子部員が近寄って来る。

「はいっ! 今、作ってますっ!」

バスケットボール部は、男子部員,女子部員合同であんみつ屋をすることになっており、
シンジとアスカが依頼された仕事は、テーブルクロスなどの作成だった。

「シンジ様ぁ。縫い終わりましたぁ。」

「じゃ、こっちに置いといてくれるかな?」

「はーい。じゃ、次縫いますねぇ。」

「うん。お願いするよ。」

ミサトの家に来てからずっと裁縫をしてきたシンジは、得意でなくともそれなりにでき
るが、アスカは最近になってやり始めたばかりなので効率が非常に悪い。

「時間掛かるなぁ。間に合うかなぁ。」

「ヒカリにも手伝って貰える様に、アスカが頼んできましょうか?」

「駄目だよ。みんなも今は忙しいんだから。」

「そうですよねぇ。」

文化発表会まで残り日数が数日しかない。2人でやるにはオーバーワーク気味な作業を
毎日コツコツとやっていく。

「おいっ! 碇っ! 先生にこの予定表、持って行ってくれないか?」

「あっ。はいっ!」

「あっ! シンジ様っ。アスカが行って来ます。」

忙しくしているにもかかわらず、シンジへの割り込み作業が多い。少しでも手助けした
いアスカは、予定表を持って立ち上がろうとしたのだが、背の高い先輩がその予定表を
アスカの手から取り、再びシンジに手渡す。

「あぁ、惣流さんはいいよ。先生には、碇が行くって言っちゃったんだ。」

「でも・・・シンジ様ぁ。」

「いいよ。ぼくが行って来るから、アスカは、続きやっといて。」

「はーい。」

シンジにそう言われては仕方がない。アスカは言われた通り、続きの縫い物を始め様と
する。

「あっ、惣流さん。疲れただろ? 冷たいお茶持って来たよ。」

「ん?」

ふと顔を上げると、紙コップに次々と冷たいお茶が注がれているところだった。部室は
暑い為、冷たいお茶は何よりのご馳走だ。

「2つよこしなさいよっ。」

「あぁ、碇には後で渡すからいいよ。先に入れたら温くなるだろ?」

「そう。ならいいわ。」

確かに冷たいにこしたことはない。アスカは自分に渡された紙コップだけを手にしてそ
の場に座る。それから少しして、シンジが走って職員室から戻って来た。

「はぁはぁ。持って行ってきました。」

シンジが背の高い先輩に報告すると、その先輩は横柄な態度で振り返る。

「すまんな。あれ? 碇の分のお茶、もう無いな? 悪りぃ悪りぃ。」

「え?」

シンジが周りを見ると、みんな冷たいお茶を口にしている。丁度、自分がいない間に配
られた様だ。

「次は、ちゃんと碇の分も残しておくからな。」

「はい。」

無い物は仕方がないので、シンジがそのまま縫い物をしていた場所に戻ると、アスカが
紙コップを差し出して来る。

「シンジ様ぁ。どうぞぉ。」

「あれ? 飲まなかったの?」

「シンジ様が帰って来るまで待ってたんですぅ。無くなっちゃうなんて思ってなかった
  から・・・。やっぱり先に取っておくべきでしたぁ。」

「いいよ。アスカのが無くなっちゃうじゃないか。」

「いいから、飲んで下さい。ね。」

「じゃ、少しだけ貰うよ。」

走って職員室と部室の間を往復し喉が乾いていたので、受け取った紙コップのお茶を3
分の1程飲んでアスカに返す。

「ありがとう。」

「もういいんですか? シンジ様ぁ。」

「うん。さぁ、がんばらなくちゃ。」

「じゃ、ここに置いておきますから、また飲んで下さいね。」

シンジが縫い物を始めたので、アスカは少しだけ口を付けると、シンジの横に残りのお
茶を置く。

「今日中に、ここまで終わらそうよ。」

「はーい。シンジ様ぁ。」

そんな2人の様子を、背の高い先輩と小太り気味の先輩は、睨み付ける様な目で見てい
るのだった。

                        :
                        :
                        :

夕暮れになり下校の時間だ。文化発表会の準備もそろそろ終わらなければならない。部
員達は自分達の作った物を、片付けて帰り支度を始める。

「悪いなぁ惣流さん。碇の奴、もうちょっと器用だと思ってたんだけどなぁ。惣流さん
  にまで迷惑掛けちゃったね。」

部室の外で、帰る準備をしているシンジを待っていると、小太り気味の先輩が何気なく
声を掛けてきた。

「これくらいどってことないわよ。それにシンジ様なら、ちゃんと作ってみせるんだか
  らねっ!」

「そうか、碇なら大丈夫だろうな。ははは。後少しだから、がんばって欲しいな。」

そう言って、背の高い先輩と小太り気味の先輩が2人並んで帰って行った後、シンジも
鞄を持って部室から出て来る。

「待たせたね。帰ろうか。」

「はーい。シンジ様ぁ。」

シンジの腕にアスカが飛びつく。

「文化発表会まで後3日かぁ。間に合うかなぁ。」

「大丈夫ですよ。アスカも下手ですけど、しっかりお手伝いしますからぁ。」

「そうだね。頑張ろう。」

こうして作業を終えた2人は、互いに腕を組んで暗くなり始めた夕暮れの街を、ミサト
のマンションへ向かって帰って行くのだった。

<ミサトのマンション>

家に帰ると、アスカは浴槽にお湯を張り夕食の準備を始めた。この間の夏休みを境に、
とても同一人物とは思えないくらいに、アスカはくるくるとよく動く。

「今日も疲れたね。ぼくも、晩ご飯作るの手伝うよ。」

「ダメですぅぅ。これはアスカの仕事ですぅぅ。」

逆に困ったことと言えば、アスカはシンジに何もさせてくれなくなった。時には楽だと
思うが、手持ち無沙汰になることも多い。

「じゃ、洗濯でも・・・。」

「ダメですぅぅ。あれもアスカの仕事ですぅぅ。」

「そ、そう・・・。」

「シンジ様はぁ、発表会の準備で疲れてるんですから、お風呂が入るまでゆっくり休ん
  でて下さい。」

「うん・・・。」

アスカは、いつもこの時間にシンジが見ているチャンネルに合わせてテレビを付けると、
丁度その前にクッションを置く。

「はい。どうぞぉ。シンジ様ぁ。」

「ありがとう。」

「縫い物ばっかりで、疲れたでしょう?」

「ん?」

シンジがクッションに座ってテレビを見始めると、後ろからアスカが肩を持ってマッサ
ージを始めた。

「あっ、そんなのいいよ。アスカも疲れてるだろ?」

「アスカはいいんですぅぅ。シンジ様のお手伝いができるだけで、嬉しいんですぅぅ。」

「ははっ。いつもありがとう。」

「いいえぇ。アスカが好きでやってることですからぁ。」

マッサージをしながら、嬉しそうに顔を覗き込んで来るアスカ。その幸せそうな笑顔を
見いると、アスカだけは絶対に幸せにするんだと決意するのだった。

<学校>

翌日の1時間目の授業は、シンジのあまり得意じゃない英語の授業だった。しかも運の
悪いことにシンジの列が当たり、前から順に教科書を読まされ始める。

げっ!
わかんないよ。
アスカに教えて貰おうかな。

こういう時、日本語より英語の方が上手いくらいのアスカは心強い。わからない単語を
聞こうして振り返ると、教科書を立てて寝ているアスカの姿が見えた。

寝ちゃってるのか。
最近忙しいからな。
自分で頑張ろう・・・。

寝てても英語の授業なら、全く問題無いだろう。シンジはそのままアスカをそっとして
おくと、わからない単語を辞書ソフトで急いで調べ始めた。

昼休み。

「シンジ様ぁ。今日は天気がいいですから、屋上でお弁当食べませんか?」

「そうだね。」

今年の夏休みが開けた頃は、こんなアスカのシンジに対する態度にクラス全員が違和感
を覚えたが、最近ではみんな馴染んできた様だ。

「おいっ。惣流。あかんでっー。」

「なによっ! アタシとシンジ様が、お弁当食べちゃいけないって言うつもりっ!」

「ちゃうがな。」

「何が違うってのよっ!」

「屋上は、文化発表会のバルーンの準備で、もう入れへんて先生が言うとったやないか。」

「あっ。そっか。それなら、そうと早く言いなさいよねっ!」

「そういや、先生がそんなこと言ってたなぁ。うっかりしてたよ。」

シンジも文化発表会3日前から屋上に出れないと先生が言っていたことを思い出し、ポ
リポリと頭を掻く。

「シンジ様ぁ。せっかく天気がいいですけど・・・教室で食べるしかないですね。」

「そうだね。」

屋上に行けなくなったアスカは、シンジと自分の弁当を2つ持ってシンジの席へ近寄っ
て行く。

「相田っ! 邪魔よっ! そこはアタシが座んだからっ! どきなさいよっ! シッシッ!」

「あ、う、うん。」

「はーい。シンジ様ぁ。お弁当ですぅ。」

よくもまぁ、人によってそこまで声が変えられるものだと呆れながら、自分の席を追い
出されたケンスケは、トウジの席にパンを持って行く。トウジは、ヒカリが作ってきた
大きな弁当箱を嬉しそうに広げているところだった。

「追い出されてきたよ。一緒に飯食おうぜ。」

「またかいな。」

弁当を食べ始めるトウジとケンスケの目には、箸を口にちょこんと付けて、シンジの前
で嬉しそうにコロコロと笑うアスカの姿が映っているのだった。

<部室>

弁当を食べた後は、文化発表会まで短縮授業になっている。授業が無くなった午後は、
それぞれが自分のする発表会の準備に取り掛かることになっていた。

「後3日しかないから、頑張ろうね。」

「はーい。シンジ様ぁ。」

昨日の続きをしようと、布や裁縫道具を出してくる。今日中に半分以上は仕上げなけれ
ば間に合わない。

「昨日は疲れてたからわかんなかったけど、思ったより進んでたよ。このペースならな
  んとか間に合いそうだね。」

「そうですねっ。さすがシンジ様ですね。」

ニコニコと嬉しそうに微笑み掛けるアスカに作り掛けのエプロンを渡し、自分はテーブ
ルクロスの続きを縫い始める。

「うーん。昨日よりなんか能率が落ちてるなぁ。疲れてるのかなぁ。」

「シンジ様は、きっと頑張り過ぎなんですよぉ。」

それから数時間縫い物を続けていたが、思った程捗らない。焦るシンジを元気付けるア
スカ。

「とにかくできる所までやっちゃおう。」

「はーい。シンジ様ぁ。」

日が傾くまで一心不乱に縫い物を続ける。そして、今日もそろそろ帰宅しなければいけ
ない時間になった時、小太り気味の先輩が声を掛けてきた。

「おいっ、碇。間に合いそうか?」

「うーん。難しくなってきました。」

「惣流さんもこんなに頑張ってるんだから、なんとか間に合わせてくれよ。できるって
  言ったんだからなっ!」

「はい。」

できるとは言ったが、最初シンジが頼まれたのはテーブルクロスだけだった。その後、
作業も増え割り込みも多数入れられ、今の様な難しい状況になってしまったのだ。

「シンジ様ができるって言うんだからっ! 絶対できるわよっ!」

「そうだな。碇、惣流さんの期待を裏切るなよっ?」

「はい。」

こうしてその日の作業も終わり、暗くなってからシンジとアスカは帰宅して行ったのだ
った。

<教室>

翌日の休み時間、アスカの席にヒカリが近寄って来る。

「バスケ部の方どう? 大変?」

「ええ。でも、シンジ様が頑張ってるから大丈夫よ。」

「碇くんも頑張ってるみたいだけど、アスカ・・・なんかしんどそうよ? 無理しちゃ
  駄目よ。」

「そう? アタシは元気よっ!」

「だって、隈できてるじゃない。」

「うーん。昨日、色々考えてたらなかなか寝れなかったのよねぇ。」

「駄目じゃない。忙しい時なんだから、早く寝なくちゃ。」

「そうね。」

クラスの後ろには、それぞれのグループが発表する為の道具が、所狭しと並んでいる。
ヒカリ,レイ,トウジそしてケンスケのバンドの準備もかなり進んでいる様だ。

「ヒカリんとこは、もう完璧?」

「完璧とまでは言わないけど、がんばってるわよ。後は、最後のリハーサルだけね。」

「そっかぁ。見に行くわね。体育館だっけ?」

「うん。来て来て。かなり練習したんだから。綾波さんが、Fly me to the moon.って
  曲を歌うの。」

「シンジ様とアタシの特等席取っといてね。ふぁぁ。」

「あーぁ。大きなあくびしちゃってぇ。わたし達の準備が終わったら、そっちの手伝い
  に行くわね。」

「うん。ありがと。」

互いに励まし合うアスカとヒカリの会話を、授業開始のチャイムが打ち切り、その後の
午前中の授業が進められていった。

<部室>

残すところ後2日。もう残された時間が無い為、シンジも気合いを入れて作業に取り掛
かり始める。

「後どれくらいなんだろう・・・。」

この辺りで残作業の見積もりを出そうとして、残っているエプロンやナプキン,テーブ
ルクロスを数え始めると、もう半分も残っていなかった。

「アスカ。後少しだ。頑張ろうっ!」

「はーい。アスカも頑張りますぅ。」

そんな様子を、背の高い先輩と小太り気味の先輩がじろりと見ていた。絶対にできそう
にない量の仕事をいいつけたはずなのに、なんとかかんとかシンジがやってのけている
のだ。それもよりによって、アスカと仲良く分担し合って。

「おいっ。終わっちまいそうだぜ。」

「あんなにやれるとは、思わなかったからなぁ。」

「なんとか惣流さんの前で、恥を掻かせる方法無いか?」

「くそっ。惣流さんといい気になりやがって・・・。」

そんな2人の部員達にも自分達の作業がある為、いつまでも油を売っているわけにいか
ず、自分達の作業を始めた。

「なかなか進まないね。」

シンジは気ばかり焦り、さっさと動かない指にイライラしていた。そんな様子を見たア
スカは、鞄から凍らして持って来たお茶を取り出す。

「シンジ様ぁ。ちょっと休憩しませんか?」

「時間が無いからいいよ。」

「大丈夫ですってぇ。その間、アスカがやってますから。お茶だけでも。」

「うん・・・。じゃ、少し貰うよ。」

アスカが持って来たお茶はひんやりしていて美味しかった。暑い部室の中だったが、体
と頭が冷え一気にやる気を取り戻す。

「美味しかったよ。ありがとう。」

「はーい。」

シンジがまた元気を取り戻した様子を見ると、アスカも嬉しくなってお茶タオルでくる
み鞄に戻して作業に取り掛かる。

「はぁ・・・。」

しかしその日も、シンジが思っていた程作業が進まなかった。今日1日でできた量を考
えると、とても明日1日で残りを作りきれそうにない。

「なんだか、だんだん効率が落ちてる気がするなぁ。」

「後これだけなら、明日だけでできますよ。疲れてるんですよ。今日は早く寝て元気を
  つけて下さいっ!」

「そうかなぁ。」

「そうですよっ! なんたって、アスカのシンジ様なんですからぁ。」

確かに効率が落ちているんなら、今日ゆっくり休めば遅れを取り戻せるかもしれない。
アスカの言葉に、シンジは少し元気を取り戻す。

「おい、碇っ! 俺達はもう帰るから、最後鍵を掛けて帰るんだぞ。忘れるなよ。」

「はい。」

「じゃ、よろしく頼んだぜ。」

「はい。」

背の高い先輩と小太り気味の先輩が、シンジに鍵を掛ける様になぜか必要以上に大声で
言って、他の先輩達と一緒に部室を出て行った。

                        :
                        :
                        :

夜中の1時。

部室に懐中電灯の光が灯っていた。

「ふあぁぁぁぁ。」

少しでも、シンジ様のお手伝いを・・・。

近頃アスカは、シンジが寝てから気付かれない様にこっそり部室に来て縫い物をしてい
た。自分がもっと裁縫が上手ければ効率も上がるのだが、最近までそんなことを全くし
ていなかったので、シンジの足を引っ張る自分が情けなくて仕方が無かった。

ゴシゴシ。

眠い目を擦りながら、用務員に見つからない様にわずかな懐中電灯の明かりだけで作業
を進める。シンジが思ったより進んでいると感じてたのは、錯覚でなく事実だったのだ。

「イタっ!」

暗がりの中で針仕事をする為、毎晩指を突いてしまう。それでもシンジが起きるまでに
帰って寝ておかなければ心配を掛けるので、限られた時間内で精一杯作業を進める。

シンジ様の為だわ。
頑張らなくちゃ。

チクチクと少しづつナプキンやエプロンを縫っていく。そして、ある程度終わった頃に
は空が薄っすらと白み始めていた。

そろそろ帰らないといけないわね。
後これくらいなら、今日中に出来そうだわ。

ざっと残った量を確認したアスカは、出した物を元通りに片付け、急いで部室を出て家
へと帰って行く。

「ん?」

アスカが学校を出ようとした時、別の生徒が学校の中を走っているのが、視界に入って
来た。

あら?
こんなに早くから準備しに来たのかしら?

それはともかく、アスカは早く家へ戻らなければならなかった為、あまり気にせずミサ
トのマンションへと駆け戻って行った。

<教室>

いよいよ前日になると、みんな午前中の授業など頭に入らず、明日の文化発表会のこと
や、残った準備のことばかりに意識が集中している。

「アスカ? 最近しんどそうだけど、大丈夫?」

昨日から様子が少し変だと思っていたシンジが、今日も朝から寝てばかりいるアスカを
見て心配になり声を掛けて来た。

「あはは。だって、つまんない授業でしたからぁ。」

「そう? しんどかったら、今日は帰った方がいいんじゃないかな?」

「イヤですぅぅ。アスカもシンジ様と一緒に頑張りますぅぅ。」

「そう? でも、しんどくなったら帰るんだよ。」

「大丈夫ですって。」

そうこうしているうちに午前中の授業も終わる。シンジとアスカは弁当を食べた後、い
よいよ最後の作業に取り掛かろうと部室へ走って行った。

<部室>

「あっ! 碇っ!」

「えっ?」

シンジ達が部室へ入ると同時に、部長が青褪めた顔で声を掛けて来た。

「これ、見てみろよ。」

「あっ!」

部長が指差す方に目を向けると、頑張って作ってきたテーブルクロスなどの破れた残骸
が散らばっていた。そこへ、背の高い先輩が近寄って来る。

「おいおい、碇ぃ。どうしてくれんだよ。こんなになっちゃ使えないじゃないかぁ。」

「そんな・・・。」

「やっぱり、碇なんかに任せるんじゃなかったよなぁ。」

がっくりするシンジに追い討ちを掛けて、罵り始める背の高い先輩。

「これ、猫じゃないか? 昨日、碇に鍵掛けとけって頼んだだろ? ちゃんと掛けて帰っ
  たのかぁ?」

「掛けました。」

「でも、さっき俺が来た時、部室の鍵開いてたぜぇ。掛け忘れたんじゃねーのか?」

「そんなっ! 絶対に掛けましたっ!」

鍵とは言っても、動物などが入らない程度に外から引っかけるだけの簡単な物だ。小太
り気味の先輩が言うには、それが開いていたらしい。

「アンタっ! 嘘つきなさいよっ!」

その時アスカがブルブルと肩を震わせ、ギンと先輩を睨み付けて大声で怒鳴った。

「アンタ達っ! 今朝部室へ来てたでしょうがっ! 何してたのよっ!」

「えっ!」

予想外のアスカの怒声に真っ青になる背の高い先輩と、小太り気味の先輩。

「いいかげんにしなさいよっ! アンタ達が朝4時頃に部室に入ってくの、見たんだか
  らねっ!」

「本当かっ!?」

それを聞いた部長が、ことの全てを悟り怒って2人に詰め寄って来る。

「お前達が、こんなことしたのかっ!」

「はは。軽い冗談のつもりだったんだよ。やだなぁ。部長も。」

「こんなにしといて、冗談もあるかよっ! 出てけっ! 退部だっ!」

「そ、そんな・・・ちょっと待ってくれよ部長・・・。ははは。冗談だろ?」

「バスケ部の恥さらしだ。出てけっ!」

なんとか笑ってごまかそうとした2人の部員だったが、シンジに恥を掻かせるどころか、
自分達がみんなの前で恥を掻き、追い出されていく。

「碇、ごめんな。せっかく、ここまで頑張ってくれたのに・・・。」

「いいえ・・・。」

部長が申し訳無さそうな顔で謝ってくるが、シンジは適当に返事をしてアスカの方へ振
り返り近寄って行く。

「それより、アスカ?」

「はい?」

「ちょっと・・・。」

シンジはアスカを連れて部室を出ると、部室の横の人目に付かない建物の陰に入って行
った。

「どうしたんです?」

「あのさ。どうしてアスカが、あの先輩達が来たこと・・・知ってたの?」

「えっ!?」

その時アスカは、ようやく自分の言ってしまったことの意味がわかり、ビクっとして俯
いてしまう。

「最近さ。毎日思ったより進んでるなぁって思ってたんだ。アスカが何かしてたの?」

「あ、あの・・・。」

「ねぇ。」

「ごめんなさい・・・。」

「アスカ?」

「ごめんなさい。シンジ様のお手伝いをしようと思ったんです・・・。」

「毎日、夜来てたの?」

「ごめんなさい。勝手に・・・来てました。本当に、ごめんなさいっ!」

シンジに全てがばれてしまい、アスカは怒られた子供の様に頭を垂れてシュンとしてし
まう。

「アスカっ!」

ビクっ!

シンジは、アスカの肩を両手でぐっと持って無理矢理顔を上げさせると、コンクリート
の壁に押し付けてぐいと迫る。

「ごめんなさい。ごめんなさい。」

アスカは完全に脅えてしまい、目を閉じてビクビクしながら首を左右に振って許しを請
う。

「そんな夜中に何してんだよっ!」

「ごめんなさい。アスカは、ただシンジ様のお手伝いを・・・。ごめんなさい。」

「そんな夜中にっ! 危ないじゃないかっ! 何かあったらどうするんだよっ!」

「だって、間に合わなかったら、シンジ様がぁっ!」

「間に合わなくてもいいよっ! アスカに何かあったらどうするんだよっ!」

「シ、シンジ様・・・。」

「それに、なんだよその顔っ! 疲れきってるじゃないかっ!」

「こんなの大丈・・・」

「ぼくの為って言うんなら、ぼくはアスカの元気な笑顔をいつも見たいよっ! アスカ
  の元気な笑顔が一番好きなんだっ!」

「シンジ様・・・シンジ様・・・シンジ様ぁぁぁぁっ!!!」

その言葉に、とうとうアスカは大粒の涙を流してしまい、シンジの胸に抱き着いて泣い
てしまった。

「シンジ様っ! シンジ様っ! シンジ様ぁぁぁぁぁっ!」

「ありがとう。ぼくの為に頑張ってくれてたんだね。」

「ぐすぐす。」

「でも・・・嬉しいけど、もうこんなことしちゃ駄目だよ。」

「シンジ様ぁぁぁぁぁぁぁぁ。わーーーーん。」

胸に顔を埋めて大泣きするアスカを抱きしめるシンジ。その時、肩をトントンと叩かれ
る。何かと思って振り返ると、ヒカリが困った顔をして立っていた。

「あっ、い、委員長っ!」

「あの・・・わたし達の方、終わったから、約束通り手伝いに来たんだけど・・・ね。
  なんか・・・あの・・・わたし達。邪魔?」

「そ、そんなことないよっ! アスカっ! ほら、もう泣き止んでっ!」

「シンジ様ぁぁぁ。わーーーーん。」

「アスカぁ〜・・・。」

困った顔で胸で泣くアスカの頭を撫でながら視線を上げると、ヒカリの後ろでトウジに
ケンスケ、そしてレイまでもがこっちを見ている。

「シンジ。なに嫁はん、泣かしとんや。」

「ち、違うんだ。アスカぁ〜・・・もう泣き止んでよ。」

「シンジ様ぁぁぁ。大好きですぅぅぅっ! わーーーーん。」

「はぁ・・・。あ、あのさ、トウジ。バスケ部の部室へ行っといてくれるかな。ぼく達
  も後から行くから。」

「しゃーないなぁ。先行っとくでぇぇ。見ちゃおれんわぁ。」

「いやーーんな感じぃぃ。」

「アスカ。ほあら、もう泣きやんで。ね。」

「わーーーーんっ! シンジ様ぁぁああああっ! わーーーんっ!」

「はぁ・・・。」

余程さっきのシンジの言葉が嬉しかったのか、それからアスカは10分程泣き続けた後、
目を真っ赤にはらして部室へ戻って行く。

その後ヒカリ達の協力もあって、なんとか破れた場所を修正し、その日の夕方迄には全
てのテーブルクロスなどが完成したのだった。

                        :
                        :
                        :

文化発表会当日。

あんみつを作る男子部員と、ウエイトレスの代わりをする女子部員に分かれて、バスケ
部のあんみつ屋は無事営業するに至った。

そんな中、役目を終えたシンジとアスカは、部員の奢りで今日は客として自分達の作っ
たテーブルクロスが掛かるテーブルの前に座り、あんみつを口に頬張っている。

「シンジ様ぁ、あんみつ美味しいですね。」

「うん。テーブルクロスも間に合ったし。良かったね。」

「でも、シンジ様の為に一生懸命頑張ったなぁって気がして、アスカはなんだか癖にな
  りそうですぅ。」

「だから、もうあんなことはしちゃ駄目だって。」

「はーーーい。」

シンジに言われた、元気な笑顔が1番好きという言葉を思い出すと、どうしてもニコニ
コ顔になってしまうアスカ。

そんなアスカの笑顔を見ながら自分達の作ったテーブルクロスであんみつを食べるシン
ジは、最高に幸せな気分での文化発表会の幕開けを楽しむのだった。

fin.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp
inserted by FC2 system