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植物繊維をとりましょう
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<惣流家>

ここは、とあるマンションの一室にある、いつも平和な惣流家。パパはお仕事、ママは
夕食の準備を始め様としているところ。

そんな平和な夕暮れ時。アスカはゴロゴロしながら少女マンガの読書中。

「アスカちゃん? お用事があるんだけど?」

「今、忙しいぃーー。」

「急いでるのよ。」

「今、手が離せないぃーー。」

「ゴロゴロしてるだけでしょ?」

「今、読書中ぅーー。」

「マンガじゃないの。お用事頼まれてくれないかしら?」

「今、無理ぃーー。」

「アスカちゃんっ!?」

キョウコの声のトーンが1段階下がる。

ヤバイっ!

長年の経験から、身の危険を感じアスカは即座に読書を止め飛び起きた。マンガも気に
なるが、我が身の命の方が大事。

「なに? ママっ!?」

「おつかいに行って来て欲しいのよ。」

「はーい。何買って来たらいいの?」

「駅前の八百屋さんで、お茄子買って来てくれないかしら?」

「えーーーっ! あそこヤだぁぁ。」

「どうして?」

「”八百屋 碇”でしょ? あそこのおじさん怖いもん。」

「そんなこと言うもんじゃありませんよ。麻婆茄子の茄子抜きなんてのになってもいい
  の?」

「麻婆茄子作るのに、どうして茄子買い忘れるのよっ!?」

「行くのっ!? 行かないのっ!?」

キョウコの声のトーンが再び1段階下がる。
リーチだ。
次に下がった時が、自分の命が無くなる時。

「行ってきまーーーすっ!」

アスカはキョウコからガマグチと買い物籠を預かると、細い腕に引っ掛けてそそくさと
マンションを出て行った。

<商店街>

キョウコに言われてしぶしぶ出て来たものの、あの”碇”という八百屋に行くのはどう
も気乗りがしない。なにはともあれ、店のおやじが怖い。

あーぁ、やだなぁ。
あそこのおじさん、いつもムスっとしてるしさぁ。

憂鬱な顔で商店街を歩いていると、どんどん八百屋が近付いて来る。良質の野菜を安く
売っている割りに、いつも暇そうにしている八百屋。全てはあのおやじのせいだろう。

ところがどうしたことか、今日は人だかりができているではないか。

ん?
特売でもしてるのかしら?

「いらっしゃいませーっ! 今日はトマトが安いですよぉっ!」

むむっ!

八百屋を見てアスカは目を見張った。そこにはいつもの怖い髭おやじではなく、同じ年
くらいのそれはもう乙女心をくすぐる少年が店に立ち、野菜を売っているではないか。

きゅんっ!

まさにこれは運命の出会いである。自分はこの日この時この少年と巡り合う為に生まれ
て来たに違いないと、勝手に思い込むアスカ。

「あ、あの・・・。」

「いらっしゃい。」

いつになくおずおずと声を掛けたその途端、犯罪的な微笑みで注文を聞きに来る少年。
これじゃぁ、人だかりができるはずだ。周りを見ると、いつもの奥さん方よりも、なぜ
か中学生から高校生くらいの女の子が異様に多い。

「いつものおじさんは?」

「父さん? 入院しちゃったんだ。」

「えっ!? アンタ、あのおじさんの子供?」

遺伝子とは複雑なものであると、生物の神秘をしみじみ感じる。

「うん。4,5日くらいで退院できるらしいから、それ迄手伝ってるんだ。」

「そう。大変ねぇ。」

「で、お客さんは、何がいるの?」

「えっと・・・お茄子が欲しいの。」

「茄子だね。今日はトマトも安いよ。」

「トマトも買うっ。」

アスカは少年に言われるがまま、茄子の他にトマトまで買ってしまった。まぁ良い。買
い物籠に入れてお金を払う。

「毎度有りっ!」

「あっ、アンタの名前は?」

「ぼく? シンジだけど・・・。これからも、”八百屋 碇”を宜しくねっ!」

「アタシ、アスカっ! 惣流・アスカ・ラングレー。また来るわねっ!」

お釣りを貰ったアスカは、聞かれてもいないのに自己紹介すると、茄子とトマトの入っ
た買い物籠を腕にぶら下げて、スキップしながら家へと帰って行った。

シンジかぁ。

「うふふっ。」

<惣流家>

「アスカちゃん? お茄子は頼んだけど、このトマトは何?」

「アタシが食べるんだから、いいじゃん。」

「まぁ、それならいいけど。」

その夜。

アスカは八百屋で見た少年のことを考えていた。あんな少年を店番に立たせるとは、な
んと汚い商売をするのだろうか。明日もまた行かなくてはいけないではないか。

翌日の夕方。

キョウコが夕食の準備を始めた頃、アスカは落ち着かない様子で台所の周りを、そわそ
わと行ったり来たりしていた。

「ねぇねぇ、今日はおつかいないの?」

「今日は特にはないわねぇ。」

「むぅ・・・。」

おつかいに行きたい。

「サラダ、食べたいなぁ。」

「キャベツならあるし、昨日のトマトもまだ残ってるでしょ?」

「むぅ・・・。キュウリは? キュウリ。」

「キュウリは無いわねぇ。」

「イヤぁぁっ! キュウリが食べたいぃぃっ!」

「キャベツとトマトじゃ駄目なの?」

「キュウリが無いとイヤぁぁっ!」

「しょうのない娘ねぇ。じゃ、キュウリ買って来て頂戴。」

「行ってきまーーーすっ!」

アスカはキョウコからガマグチと買い物籠を預かると、細い腕に引っ掛けてそそくさと
マンションを出て行った。

<商店街>

案の定。今日も女の子の客だかりができている。しかも昨日にも増して、女子中学生や
女子高校生が多い。

「むぅっ!」

目と吊り上げて人混みを入って行く。すると、年上のお姉さんらしき高校生が、シンジ
からお釣りを受け取る時、その手を両手で握っているではないか。

「頑張ってねっ! シンジくんっ!」

「いつも、”八百屋 碇”をありがとうございますっ。」

両手で手を握ってくるお姉さんにニコリと澄んだ笑みを返すシンジが、目に飛び込んで
来る。はっきり言って気分が悪いっ!

「ちょっとっ! キュウリ頂戴っ! キュウリッ!」

シンジを自分の元に呼び寄せる為に大声を張り上げると、狭い八百屋の店の中を小走り
に走ってシンジが飛んでやって来た。

やたっ!
シンジだぁ。

「あ、今日も来てくれたんだね。キュウリだっけ?」

あっ!
アタシを覚えててくれてるっ!?
うれしっ。

一気に機嫌が直ったアスカは、ニコニコしながら店頭に並ぶキュウリを指差す。

「これがいいかなぁ?」

「うーん。それも大きくていいけどさ、こっちの方が色がいいから美味しいと思うよ?」

「そうなの? じゃ、それにする。」

「ありがとう。それから、今日はレタスが安いよ?」

「うんっ! じゃ、レタスも買うぅっ!」

「まいどありぃ。また、”八百屋 碇”を宜しくっ!」

てきぱきと仕事をこなしながら、アスカから受け取ったお金をレジに入れ、お野菜と一
緒におつりを持ってくるシンジ。

「また来るわっ! シンジも頑張ってねっ!」

早速、先程のお姉さんに対抗意識を燃やしたアスカは、おつりを渡そうとするシンジの
手を両手でぎゅっと握って、飛びきりの笑顔を送った。

<惣流家>

「アスカちゃん? キュウリは頼んだけど、このレタスは何?」

「アタシが食べるんだから、いいじゃん。」

「まぁ、それならいいけど。」

キャベツ,トマト,キュウリにレタス。今日の惣流家の夕食のサラダは、なんとも豪華
な物となった。

その夜。

アスカはベッドに潜りながら、自分の手を見詰めていた。

へへへぇ〜。
握っちゃったぁ。
細身の手だったなぁ。
今日はアタシのこと覚えててくれたわよね。
明日も覚えててくれるかなぁ。

アスカは、ニコニコと嬉しそうに自分の手を見詰めながら眠りについたのだった。

翌日の夕方。

キョウコが夕食の準備を始めた頃、アスカは落ち着かない様子で台所の周りを、そわそ
わと行ったり来たりしていた。

「ねぇねぇ、今日はおつかいないの?」

「今日は特にはないわねぇ。」

「むぅ・・・。」

おつかいに行きたい。

「サラダ、食べたいなぁ。」

「いっぱいあるわよ。」

「むぅ・・・。キャベツ、もう無いんじゃないの?」

「こないだ2玉買ってあるから、まだ1つ残ってるわ。」

「むぅ・・・。」

「キュウリは?」

「昨日、買ったばかりでしょ? どうしたの? アスカちゃん?」

「えっ?」

いきなり突っ込まれて、ちょっと慌てる。いきなり野菜を買いに行きたいなどと、言い
過ぎては確かに不自然だろう。

「あっ、えっとね。ママのお手伝い、ちょっとでもしたいなぁって思って。」

「あらあら。どうしたの? 急に良い娘になっちゃって。」

「へへへ・・・だから、何かおつかいないかしら?」

「じゃぁねぇ。」

せっかく愛娘がそう言ってくれているのだ。悪い気がしないキョウコは、何かおつかい
を頼める物は無いかと周りを見渡す。

「そうそう。パパのお弁当のお箸を買わなくちゃいけなかったの。買って来てくれるか
  しら?」

「えーーっ! お箸ぃっ!?」

箸など買いに行きたくない。野菜を買いに行きたいのだ。しかも、日用雑貨の店と”八
百屋 碇”では、同じ商店街でも方向が違う。

「なんですか。お箸も立派なおつかいですよ。」

「はーーい。」

自分から言い出したのだ。仕方が無い。ふて腐れながらも、アスカはキョウコからガマ
グチと買い物籠を預かると、細い腕に引っ掛けてそそくさとマンションを出て行った。

<商店街>

ちえぇーっ!
アタシは野菜を買いに行きたいのにぃ。

石ころを蹴りながら日用雑貨の店に行き、てきぱきと箸を買って家路に付く。

うーん。
様子だけでも覗いて行こうかしら?

このまま帰ってたまるものか。アスカはそのまま商店街の逆方向に向かって歩き出すと、
”八百屋 碇”の前まで急ぎ足で歩いて行った。

「いらっしゃい。いらっしゃい。」

今日も女の子に大人気の八百屋さん。アスカが行くと、同じ年くらいの女の子が、シン
ジにお金を払って野菜を買っていた。

「今日も来てくれたんだね。毎日、買ってくれるなんて嬉しいよ。」

「だって、シンジくんとこの野菜。おいしいから、毎日食べたいんだもん。」

「わぁー。そう言ってくれると嬉しいな。」

確かに質が良いので美味しいだろうが、そうそう毎日買う物でもないだろう。明らかに
あの女の子の下心がありありと伺える。

むっ!!!
アタシだって毎日買うんだからっ!

さっそくアスカは人混みを分けて入ると、キョウコのガマグチを買い物篭から取り出し
た。

「シンジっ!」

「あ、今日も来てくれたんだ。ありがとう。」

「そりゃ、シンジんとこの野菜は、毎朝毎晩食べたいもんっ!」

さっきの女の子に対抗意識を燃やして、大きめの声でアピールしてみる。毎日より、毎
朝毎晩と言ったので勝ちだ。

「今日は?」

「特売は何?」

「ごめん。ニンジンが安かったんだけど、売り切れちゃって。」

「そう・・・。じゃぁ、うーん。」

「何を買いに来てくれたの?」

「えっと・・・。」

何を買いに来たのかと言われても、目的があって来たわけではないので悩んでしまう。

「えとえと・・・ブロッコリー!」

「毎度あり。うちのブロッコリーは、産地直送だから美味しいよ。」

「うんっ! 今日、早速食べるわっ!」

今日もお釣りを受け取る時、ぎゅっとシンジの手を握って、笑顔を振り撒き帰って行く
アスカであった。

<惣流家>

「アスカちゃん? お箸は頼んだけど、このブロッコリーは何?」

「アタシが食べるんだから、いいじゃん。」

「まぁ、それならいいけど。」

その夜、アスカは机に肘を付いて自分の将来の姿を想像していた。

『いらっしゃーい。今日はキャベツが安いわよっ。』
『アスカっ? 仕入れ行って来るから、店番頼んだよ?』
『はーい。ダーリンっ!』 ちゅっ! っと投げキッス。
そこへやってくるお客さん。
『いつも、夫婦で仲がいいわねぇ。』
『やだぁ、奥さーん。からかわないでよぉ。』と言いつつ、さくら色に頬を染める自分。

ニタァ。

よだれを垂らしてニヤニヤしながら、そんな幸せな自分の未来を、夜も遅く迄妄想する
アスカであった。

翌日の夕方。

キョウコが夕食の準備を始めた頃、アスカは落ち込んだ様子で台所の横のソファーで、
寝転んでいた。

あーぁ。
忘れてたなぁ。

今日は商店街の定休日。いくらなんでも、今日ばかりは八百屋に買い物に行けるはずも
ない。

確か、4,5日でおじさん退院するって言ってたわね。
明日行ったら、おじさんに変わってたらどうしよう。
もしかしたら、昨日が最後のチャンスだったのかなぁ。
はぁ〜あ。
後悔するなぁ〜。
はぁ〜。

その日の夕食、昨日迄にアスカが大量に買って来た野菜を使ったサラダが出た。それを
食べる度に、シンジの顔が思い浮かぶ。

シンジぃぃぃ。
会いたいよぉ。
もう我慢できないよぉ。

そうは言っても、どうしようもないものはどうしようもない。商店街の定休日、アスカ
はもんもんと夜を過ごすことになった。

翌日の夕方。

キョウコが夕食の準備を始めた頃、アスカは落ち着かない様子で台所の周りを、そわそ
わと行ったり来たりしていた。

「ねぇねぇ、今日はおつかいないの?」

「そうそう。今日はお鍋だから、白菜買って来てくれるかしら?」

やったっ!
チャンスだっ!

「行ってきまーーーすっ!」

アスカはキョウコからガマグチと買い物籠を預かると、細い腕に引っ掛けてそそくさと
マンションを出て行った。

<商店街>

パタパタと”八百屋 碇”へ向かって走るアスカ。

その心には、とある決意が漲っている。

あのおじさんに戻ってませんようにっ!
最後のチャンスをアタシに頂戴っ!

走るアスカ。

そして、”八百屋 碇”が見えてきた。

<惣流家>

「アスカちゃん? 白菜は頼んだけど、このシンジ君は何?」

「アタシが食べるんだから、いいじゃん。」

fin.
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