------------------------------------------------------------------------------
使徒
------------------------------------------------------------------------------

<湖の辺>

最後の戦いが終わってから1年が経過しようとしている2016年、未だ世界には戦争
の爪痕が深く刻み込まれているものの、LCLから帰還した人類は徐々に復興の兆しを
見せていた。

ピーピーピー。

ダム工事用のクレーン車とダンプカーが、湖のほとりで作業している。

ピーピーピー。

今日は巨大化したレイを埋葬する日。去年の戦いに参加したネルフ職員を初めとする多
くの人々に見守られながら、作業が進められていた。

「ファーストは、何の為に生きていたのかしら?」

撤去されるレイを眺めながらこぼしたアスカのセリフなど無視して、シンジはレイのこ
とを見つめ続ける。

「まさか、ファーストが使徒だったなんてねーー。一緒に戦っていたのが嘘みたい。」

「そんなこと言うなよ・・・。」

「だってファーストは、使徒同士で戦ってたことになるのよ? 驚くじゃなーい?」

「やめてよ!!」

シンジは一瞬アスカを睨み付けたが、すぐに顔を伏せ湖の近くに立てられたネルフの仮
設基地へと走り去って行った。

なにさ・・・ファーストのこととなると、ムキになっちゃってさ。

レイの体は、深く掘られた大きな穴に丁寧に埋められていく。その様子を、アスカは独
りで眺め続ける。

ファースト・・・何の為に生まれてきたの?
何の為に生きていたの?

レイの体に土がかけられ、その上に平和のシンボルとして8角形の高くそびえる青白い
塔が立てられた。

さて・・・帰るか・・・。

作業を最後まで見届けたアスカは、ゆっくりとミサトのマンションへと帰って行った。

<ミサトのマンション>

アスカが玄関の扉を開けると、シンジはどうやら先に帰っていたらしく靴が脱ぎ捨てら
れている。

「ただいまー。」

明るく挨拶をしてみるが、返事はかえってこない。

どうせ、また部屋でウジウジしてんでしょうね。あーーもう! うっとうしいわね!

レイの埋葬のことを聞いた時から、シンジはずっとふさぎ込んでいた。そんなシンジを
見ているとイライラするので、最近顔を合わせない様にしていたが、いいかげんうっと
うしくなってきたアスカは、ズカズカとシンジの部屋へと入って行った。

「シンジ!!」

ガラっと勢い良く襖を開けると、部屋の中には案の定ベッドの上で顔を背けながら丸ま
り寝転がっているシンジがいた。

「アンタ! いいかげんにしなさいよね! そんなアンタ見てると、イライラするのよ!」

「・・・・・・・・・。」

「うっとうしいわね! 何とか言いなさいよ!」

「うるさいな! じゃぁ、見に来るなよ!」

「なんですって! もう、レイはいないのよ! いつまでもウジウジしてんじゃないわよ!」

「なんで、そんなこと言うんだよ! そんなこと言わないでよ!!」

シンジはさらに背中を丸めて、タオルケットの中に身を埋めていった。

「男のくせに、さいっていね!」

アスカは後ろを向いているシンジを睨み付けると、バンと叩き付ける様に襖を閉め自分
の部屋へと帰って行った。

あんなあいつ見てると、嫌んなるわ!

アスカは、部屋のベッドに寝転がり枕を拳で叩き付けていた。

使徒だったのよ? どーして、そんなにこだわるのよ! 敵だったのよ!
・・・・・・・・・・・・・・。



敵・・・。

ファースト・・・。

綾波・・・・・・・レイ。

                        ●

レイの埋葬から、数日が経過したある日曜日の朝、ミサト,アスカそしてシンジは、朝
食を食べていた。

「シンちゃん、アスカ、今日暇かしら? わたし、今日非番だからたまにはみんなで遊
  びに行かないかなーなんて思ってるんだけど?」

「アタシはいいけど・・・シンジはダメなんじゃない?」

「どしてぇ?」

「ぼくは・・・ちょっと用事があるんで・・・。」

「毎日、毎日さ、ファーストのお墓に花を持って行ってるんだもんねぇ。未練たらしい
  ったらありゃしない。」

「いいじゃないか。」

「ふーーん。そうなの? シンちゃん。」

「はい。」

「だいたい、他の倒した使徒にはお墓なんて無いのに、なんでファーストにだけあるの
  よ。」

「一緒に戦った仲間じゃないか! そんなこと言うなよ!」

「あーーーもう。ファーストのことをちょっと言うとムキになっちゃってさ。」

「アスカ・・・今のは言い過ぎよ。」

「へいへい・・・どうせアタシは悪者ですよ!」

「アスカ!」

アスカは、朝食もそこそこに部屋へと戻っていった。

「ねぇ、シンちゃん。お参りに行くのはいいけど、いつまでもレイの亡霊にしがみ付い
  てふさぎ込んでたらダメよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

「レイは確かに、わたし達の大事な仲間よ。でも、ちょっとはアスカのことも考えてあ
  げなさい。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

シンジは、ミサトの言葉に何も答えず朝食の後片付けをすると、家を出て行った。

<湖の辺>

ぼくは母さんのクローンだと知った時から、綾波のことを怖がっていた・・・。
最後の戦いの時も、巨大化した綾波がぼくを救ってくれたのに、ぼくは恐くて・・・。
綾波・・・できることなら、償いがしたかったけど、もう手後れなんだね。

・・・・・・綾波。

シンジは、積まれている花束の端に自分が持ってきた花束を添えると、太陽に照らされ
て輝く塔を仰ぎ見る。

なにもかも・・・全てが遅かったんだね。

まぶしい太陽の下、シンジは汗をかきながら、ずっと塔を眺め続ける。

また・・・今度、来るね。

太陽が真上に見える頃、シンジはミサトのマンションへと帰って行った。

<ミサトのマンション>

「アンタ、最近お参りに行かないわね。」

「もういいんだ・・・。」

この間の日曜日にレイが埋葬されている塔へ花束を持って行ってからというもの、シン
ジはお参りに行くのを止めた。

「あっらぁ? どうしちゃったのかなぁ? あれだけ熱心にお参りに行ってたのにぃ。」

「もう、いいんだ。」

「ふーーーん。ま、いいわ。それよりさ明日の土曜日、ちょっと付き合って。」

「何?」

「この間、注文しておいたミニコンポが届いたらしいんだけどさ、さすがは激安店だけ
  あって、配達もしてくんないのよ。ちょっと、荷物持ちについて来てくれない?」

「えーーーーー。」

「たまには、か弱い女の子の役に立ちなさいよ! ちゃんと、お昼ご飯おごるからさ。」

「もう・・・わかったよ・・・。」

<芦ノ湖>

翌日、シンジとアスカは芦ノ湖行きのバスに乗っていた。

「なんで、芦ノ湖なんかにある店で買うんだよ!」

「配達してもらえないなんて知らなかったんだから、仕方ないでしょ! 安かったし・・・。」

駅前の商店街かデパートから荷物を持って帰るのだと思っていたので、芦ノ湖から運ば
されると知った時には、さすがに文句を言ったが、結局アスカに押し切られる形でつき
あっている。

「ほら、この店よ。」

シンジとアスカは、いかにもディスカウントショップという感じの店に入り、ミニコン
ポを受取った。

「アスカぁ、ちょっと待ってよ。」

「だらしないわねぇ。また休憩?」

「そんなこと言ったって、ミニコンポって言うから小さいのかと思ってたら、こんなに
  大きいじゃないかぁ。」

「はいはい・・・じゃぁ、そこのベンチで5分だけ休憩しましょ。」

シンジとアスカは、芦ノ湖の辺にあるベンチに腰を降ろした。

「ふぅ・・・。」

「シンジ・・・ここからでも、あの塔が見えるのね。」

山間にそびえ立つレイの塔が見える。

「ねぇ、どうして毎日お参りに行ってたの?」

「仲間だったんだ・・・。当たり前だよ。」

「どうして、お参りに行くのやめちゃったの?」

「もう・・・今さら・・・手後れなんだ・・・。」

「ふーん。」

シンジの言っていることがよくわからなかったが、アスカはシンジから視線を逸らすと、
レイの塔を眺めた。

「使徒でも、仲間なの?」

「当たり前だろ・・・でも・・・・ぼくは・・・ぼくは・・・。」

シンジが思いつめた顔でうつむいてしまったので、アスカも喋るのを止め2人はしばら
くベンチに腰を降ろしたまま、無言で時を過ごす。

                        :
                        :
                        :

「おい。」

突然、声がしたのでふと顔を上げると、10人くらいの黒服の男達がシンジとアスカに
近づいてきている。

「な、なによ、アンタ達。」

「チルドレンだな。」

「シ、シンジ・・・やばいわ・・・。」

「どうしよう・・・。」

「お前達を警備していた諜報部員は既に始末した。今度はお前達の番だ。悪く思うな。」

男達は一斉に、黒く光るサブマシンガンの銃口をシンジとアスカに向ける。

「シンジ! 逃げるわよ!」

アスカは、シンジの手を引くと男達に突進した。その時、一斉にサブマシンガンが、2
人を目掛けて火を吹く。

ズガガガガガガガガガガガ。

硝煙の臭いが辺りに立ち込めると同時に、辺りに血しぶきが飛び散った。

<ネルフ本部>

DANGER DANGER DANGER。

ネルフ本部では、警報が鳴り響いていた。

「どうしたの?」

突然鳴り響いた警報にミサトは、オペレーター達の近くに駆け寄る。

「パターン青! 使徒です!!!」

日向が、信じられないといった表情で叫び声を上げた。

「なんですって! 使徒!? ま、まだ来るってーの!?」

「突然反応がありました。未だ、ATフィールドが展開されています。場所は、芦ノ
  湖!!」

「まずいわね。すぐにシンジくんとアスカを呼び戻して!!」

「はい!」

<芦ノ湖>

シンジとアスカを襲った男達の死体が血みどろになって、2人の周りに散乱している。

「ATフィールド・・・。綾波?」

シンジの視界全体に、赤いクリスタルの様な壁が光り輝いている。

「ア・・・アタシ・・・。」

「アスカ?」

後ろからおびえた様なアスカの声が聞こえたので、振り返ると頭を押さえてうずくまっ
ているアスカがいた。

「アタシ・・・アタシ・・・嫌ぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」

シンジはその状況を見て愕然とした。その赤い壁はまぎれもなくアスカを中心として展
開されていたのだ。

「ア・・・アスカが・・・作ってるの? そ、そんな・・・。」

「嫌ぁ!!!  アタシは、人間なの! アタシはぁぁ・・・嫌ぁぁぁぁ!!」

「は・・・はは・・・ア、アスカも綾波みたいにATフィールドを作れるんだ・・・。」

うずくまって悲鳴をあげるアスカから、シンジは恐怖に顔を引きつらせてじりじりと離
れて行く。その時、シンジの携帯電話が鳴り響いた。

「はい、シンジです。」

『シンジくん? 今どこにいるの? 芦ノ湖方面に使徒の反応があったんだけど!?』

「はい。アスカが・・・」

ブチ。

「やめてよ!!!!!!!!!!!!」

アスカは、シンジに飛びつくと携帯電話の電源を切り湖の方へと投げ捨てた。シンジは、
思わずアスカから飛びのいてしまう。

「シ・・・シンジ・・・。」

アスカが近寄ろうとすると、シンジは恐れた顔でじりじりと後ずさりするだけ・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・・シンジ。」

アスカはそれ以上シンジに近づかずしばらくうつむいていたが、顔をあげてニヤリと笑
った。

「フフフ・・・恐いでしょう。ファーストと同じで、ATフィールドが張れるのよ! 恐
  いでしょう!!! 恐いんなら恐いって言いなさいよ!!!!!!」

「そ・・・そういうわけじゃ・・・。」

「帰んなさいよ! アタシのことが恐いんなら、さっさと帰んなさいよ! 使徒かもしれ
  ないのよ!!!!」

「ご・・・ごめん・・・・・・。」

シンジは、逃げ出す様に去っていった。後には、うずくまってベンチに座るアスカと、
銃弾で粉々に砕け散ったミニコンポが残されていた。

<ミサトのマンション>

パーーーーーーーーーーーーン!!

ミサトの平手がシンジの頬を打つ。

「シンジくん! それで、アスカを置きざりにしてきたってーの!!!?」

シンジから事情を聞いたミサトは、今までに見たこともない形相でシンジに迫っていた。
最後の戦いのシンジが塞ぎ込んでいた時に見せた、表情よりもはるかに怒りの色は濃く
思える。

「だって・・・。」

「そうやって、自分のことばかり考えて!! レイの時に後悔したんじゃなかったの!?」

「・・・・・・・・・。」

「見損なったわ! 勝手にしなさい!! 後でまた後悔するといいわ!!」

ミサトは、シンジを殴り付けるとシンジの部屋の襖を閉めて出ていった。ネルフの服を
着ていたことから、どうやらもう一度ネルフへ行く様だ。

アスカ・・・綾波・・・ぼくは・・・でも、恐いんだ・・・。
忌むべき存在だけが持つ、赤い壁が恐いんだ。
もう、恐いの嫌なんだ・・・。

<芦ノ湖>

暗い芦ノ湖の辺のベンチで、アスカは独り座っていた。

誰も探しにも来ない・・・。
当然よね・・・使徒だものね。
探しに来た時は、殺される時かもね。

意識を集中すると、目の前に8角形の赤い壁が展開される。

ファーストのことを、使徒だ!使徒だ!って言っておいて、自分も使徒だっただなんて
とんだ笑い種ね。
アタシも、今までの使徒の様に殺されるのかなぁ・・・。
散々、使徒と戦ってきて・・・最後は、人に殺されるのか・・・。

見上げると星がまたたく夜空に、きれいな満月が輝いていた。じっと満月を見ていると、
その中にレイの顔が見える気がする。

アタシは、ママから生まれたんじゃなかったの?
確かに、試験管の中で生まれたとは聞いたけど、アタシもリリスの分身?
本当の使徒?
それともエヴァに乗っていると、こんな体になっちゃうの?
使徒じゃなくてエヴァなの?

レイ・・・あなたは、世界に1人しかいない自分の存在に・・・この力に耐えられたの?
忌むべき存在である自分に、たった独りで耐えて生きてたの?

独り・・・。
独りは嫌・・・。
独りは嫌!!!!
だれか・・・、だれか助けて・・・、シンジ・・・お願い・・・。

<ネルフ本部>

会議室では、アスカに対する対策会議が開かれていた。

「弐号機パイロットは、リリスの分身ではない。」

「本当なんですね。」

「あぁ。」

事態の真相を聞き出す為、ミサトはゲンドウに詰め寄っていた。

「じゃ、どうしてATフィールドを展開できたんですか。」

「第17使徒か・・・それとも、エヴァに遺伝子を組み替えられたのか、どちらかだ。」

「第17使徒は、倒したはずですが?」

「あれは、第2使徒の分身だ。まだ、第17使徒は現れていない。その為のネルフ存続
  だ。」

「そ、そんな・・・では、それがアスカだと?」

そして、数分の会議の末、ゲンドウが結論を言い渡した。

「今より弐号機パイロットを第17使徒とする。」

「は、反対です! 第一、シンジくんにアスカを殺すことなどできるわけがありません!」

「ダミープラグがある。」

「・・・・・・・・・。」

「命令だ。」

「わ、・・・わかりました。」

ミサトは、キッとゲンドウを睨み付けたが、命令に従って退室した。

<ミサトのマンション>

シンジは自分の部屋で、レイのことそしてカヲルのことを考えていた。

カヲルくんは、ぼくがこの手で・・・。
そして、綾波からぼくは逃げて・・・。

また、同じことを繰り返すのか・・・また、後で後悔するのか・・・。

電気もつけず真っ暗な部屋の中で、今までに起った出来事と今日起った出来事を考える。

でも・・・恐いんだ。
ぼく達と違う、人と違う存在が恐いんだ・・・。

ぼくは、どうしたら・・・。ぼくは・・・。

<芦ノ湖>

街燈も無いベンチに座ってアスカは自分の手を見つめる。

ファーストは使徒だった・・・。
アタシが入院している間に襲ってきたカヲルとか言うチルドレンも使徒だった・・・。
そして・・・アタシも・・・。

使徒って何?
エヴァって何?
チルドレンって何?

しばらくアスカは自分のこと、使徒のことを考えていたが、何かの結論にたどり着いた
のか、顔を上げるとようやくベンチから立ち上がった。

そうよ・・・そうに違いないわ。
きっと、そうなのよ。
そうじゃなきゃ・・・アタシは・・・。

アスカは新たな決意を胸に、バス停に向って歩き出した。丁度その時、道の向こうから
ネルフの諜報部員らしき男達が近づいて来る。

来たわねぇ!!

「セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーだな。」

「そうよ。」

「同行してもらう。」

「嫌よ!!!」

「抵抗するつもりか?」

男達は拳銃をアスカに向けて立ちはだかった。

「フン、そんなものがアタシに通用すると思ってるわけ? アタシが何なのかくらいは
  聞いて来たんでしょ!?」

拳銃を構える男達を無視して、歩いて行くアスカ。

「おい!」

「やめろ・・・我々のかなう相手じゃない。奴は使徒だからな。抵抗した場合は、ほっ
  ておけば良いと言われている。」

リーダーらしき人物の言った『使徒』という言葉にピクリと反応したアスカは、キッと
男たちの方へ振り返った。

「アタシは! アタシは使徒なんかじゃない!!」

アスカがそう叫んだ瞬間、男たちをATフィールドが弾き飛ばしていた。アスカは、意
識したわけではなかったのだが、感情の高ぶりがATフィールドを展開してしまったの
だ。

「ア!!!」

傷ついた諜報部員を見て、顔の色を失う。

「こ、こ・・・このアタシに逆らうからよ! アタシは、人類でただ独りATフィール
  ドが張れるエリートだってのが、これでわかったでしょ!!!!」

アスカは吐き捨てる様に、それだけ言うと目をふせて走り去って行った。

<ミサトのマンション>

逃げちゃダメだ・・・。
綾波に誓ったじゃないか・・・。
カヲルくんも、綾波も手後れになってから後悔したじゃないか。
今度だけは・・・アスカだけは・・・。

その時、シンジの部屋の襖が開き、ミサトが入ってきた。

「どう? 少しは落ち着いたかしら?」

「ええ。アスカを探しに行こうと思います。」

「アスカが正式に使徒として、攻撃対象となったわ。」

「え!! ど、どういうことですか!!」

シンジが驚いてミサトのそばに駆け寄ると、その後ろから加持が姿を現した。

「よぉ。」

「か、加持さん・・・。」

「シンジくん、これからどうする?」

「ぼくは・・・アスカを守ります。」

「アスカは使徒だぞ。」

「かまいません。もう、後で後悔するのは嫌なんです。」

「そうか・・・。なら、好きにするがいい。」

<コンフォート17マンションの下>

もし・・・もう一度、シンジに拒否されたら・・・。
今は、ATフィールドを見て動揺しているかもしれない・・・。
やっぱり、時間を置いてから来る方がいいかも・・・。
でも、さっき諜報部員が来たってことは、アタシに残された時間はもう・・・。
シンジ・・・。

コンフォート17マンションの電気のついている一室を見上げて、アスカは何度も何度
も辺りをうろうろしていた。

<ミサトのマンション>

ガッチャーーーーン。

ミサトと加持そしてシンジが部屋の中で話をしていると、赤い光が射し込み窓ガラスが
砕け散った。何事かと、3人が振り向くと、アスカがベランダから入ってきている。

「ATフィールドって便利ねぇ。空も飛べるんだもん。」

「アスカっ!」

「あら、ミサトも加持さんもいるの? アタシを殺しに来たのかしら?」

「アスカ、大事な話がある。」

「聞きたくないわ! シンジ! 行くわよ!」

加持の言葉にすら耳を貸さず、アスカはシンジの腕を引っ張る。

「ど、どうしたのさ。」

「アタシは、試験管で生まれたけどママの娘よ。そのアタシが、ATフィールドを張れ
  るようになったってことは、エヴァに乗ってた影響かもしれないわ。」

「そ、それって。」

「そう。アンタもいずれ使徒になる可能性が・・・いえ・・・エヴァになる可能性があ
  るってことよ。」

「ぼ、ぼくが・・・。」

「こんな所にいたら、いずれアンタも殺されるわ。行くわよ!」

アスカの言葉を聞き終わったシンジが、視線をミサトと加持の方へ向けると、ミサトも
加持も同時にかるく縦に首を振り肯いていた。

「後は、まかせろ。」

「はい。」

「アスカをよろしくね。」

「はい!!」

シンジは、ミサトと加持に一礼するとアスカと一緒にベランダへ出て行く。

「飛ぶわよ! 捕まって!」

アスカは、シンジを抱きしめるとATフィールドを展開して夜空の彼方へ飛び去って行
った。

「後は、俺達の仕事だ。」

「あーあ。このマンション、愛着あったのになぁ。」

「さっさと済ませるぞ。」

「はいはい。」

加持とミサトが去った後、コンフォート17マンションの一室から爆炎が上がった。

<レイの塔>

シンジとアスカは、レイの塔の前で立っていた。

ファースト・・・いえ・・・レイ。今更だけど・・・ようやくアンタの想いが解った
気がするわ。
自分が使徒になって・・・世界でたった独り・・・人と違う物だとわかって。
今まで、自分だけで生きていくんだって思っていた孤独とは、全然違う孤独。
レイ・・・。もう一度、会いたかった・・・そうすれば、今度こそは・・・。

レイ・・・・・・最後の勇気をアタシに頂戴。レイ!!

アスカは、レイの塔に手を合わせながら心の中で、レイに語り掛ける。

「あのさ・・・聞いてほしいことがあるの・・・。」

「何?」

アスカは不安に震えながらもありったけの勇気を振り絞って、シンジに本心を喋り始め
た。

「さっき言ったことだけど、確信はないの。世界でたった独りっていう孤独に耐え切れ
  なくて・・・。ただ、仲間がほしかったから都合のいい解釈をしただけなのかもしれ
  ない。」

「そう・・・。」

「だからアンタがアタシと一緒にいる必要なないの。嫌なら今から帰ってもいいわよ。」

これがアスカの最後の賭だった。寂しくて寂しくて仕方がないという表情をしながら、
絞り出す様な声でそこまで言い終わると、最後の審判を待つ者の様にシンジを見つめた。

「でも、そのたった1人の仲間にぼくを選んでくれたんだろ?」

「そ、それは・・・確信が無くても、使徒になる可能性があるっていうのは本当だから。
  別に、シンジを選んだってわけじゃないわよ。」

「それに、アスカが来なくても、探しに行こうとしてたところなんだ。もう、大事な物
  を失ってから後悔するのは嫌なんだ。」

シンジ・・・シンジ・・・シンジ!!!

アスカは、うれしくて泣きそうになる自分の感情を押さえつけると、少しこぼれた小さ
な涙の結晶を隠す様に、レイの塔を見上げた。

これでいいんだよね。綾波・・・。

後悔しないように生きるんだという思いを胸に、シンジもアスカの視線の先に目を向け
る。そんな2人を月光に輝いたレイの塔が照らしていた。

<ネルフ本部>

「只今、コンフォート17マンションにて第17使徒を殲滅いたしました。使徒が爆発
  した為、マンションは大破。住民が居なかった為、人的被害はありません。」

「そうか。」

ミサトが、ゲンドウに使徒殲滅の報告をする。

「碇指令、葛城三佐のマンションからATフィールドが湖に向って移動した形跡があり
  ますが。」

資料を片手に、リツコが事実を述べる。

「リツコ!」

「事実よ!」

リツコはミサトの言葉を無視して、平然と話を進める。

「誤報だ。」

「は?」

「誤報だ。MAGIから記録を抹消しろ。」

「はい、わかりました。」

「さがれ。」

ミサトとリツコが司令室から退室した後、ゲンドウはめずらしく夜空に輝く満月を見上
げていた。

<港>

シンジとアスカは、港に泊まっていた少し大型のヨットを勝手に動かして沖へ出ていた。

「アスカ、勝手に動かしたら怒られるよ。」

「いいじゃない。どーせ、もう戻ってこないんだから。」

「移動するんなら、ATフィールドを使えばいいじゃないか。」

「アンタバカぁ? そんなことしたら、ネルフで即警報が鳴り響くわよ!」

「でも・・・船なんか盗って、どこ行くのさぁ。」

「さぁ、どこに行きましょうか。」

「さぁって・・・。何か考えがあるんじゃないの?」

「なーーんも。」

「えーーーーーーーー!!」

「いいじゃないの。どーせこの先、長い人生なんだしさ。」

「どうやって、生きていくのさ。」

「無人島にでも行って、のんびり暮らしましょうか。」

「ちょ、ちょっと!! 本気で言ってるの!?」

「本気も本気、おおマジよ!」

「誰もいない所で2人だけでぇ??」

「そんな暮らしもいいかもよ。そして、アタシ達がアダムとイブになって、たーーくさ
  んの使徒を育てるの。さぁぁぁぁ、行くわよーーーー!!!」

雲1つ無い夜空に光る満月に見守られながら、2人を乗せたヨットは沖へ沖へと進んで
行く。





この先、本当にシンジは使徒になったのか・・・。
その後2人がどうなったのか・・・。
2人の記録は、この時をもって抹消されている為、確かめる手段は無い。



ただ数百年後、南のある島でATフィールドを張ることができる新人類の文明が、新た
な独立国家を作ることになる。
その国の国会議事堂には、国の創立者として黒髪の少年と、赤い髪の少女の肖像画が並
んで掛けられ続けた。そしてその上に掛けられたもう1つの肖像画に描かれている、青
い髪をした少女のルビーの様な瞳は、まるで2人を見守っているかの様であったという。

fin.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp
inserted by FC2 system