------------------------------------------------------------------------------
Snow Battle
------------------------------------------------------------------------------

シンジとアスカは、新しい模擬体の被験者としてネルフドイツ支部に来ていたが、技術
部のミスで、模擬体に欠陥があることがわかり、実験は中止となった。

「まったく、何しにドイツまで来たのか、わかりゃしないわ。」

「でも、初めて外国に来れたから、うれしいな。スキーもしたこと無いし。」

暇になったシンジとアスカは、帰りの飛行機までスキーを楽しむことにした。アスカは
ドイツでの生活が長いので、当然滑れるのだが、シンジは雪すら見たことが無い。

「アンタ、スキーしたこと無いの?」

「仕方ないだろ。日本じゃ雪なんて降らないんだから。」

「アタシの邪魔するんじゃ無いわよ! せいぜいアタシの華麗な滑りを見て、覚えるこ
  とね。」

今や、ドイツは雪国である。バスで少し移動すると、すぐに大きなゲレンデに到着した。
バスの扉が開き、スキーヤーが次々とバスを降りる。

「ねぇ、スキーの板とかどうするの?」

シンジが辺りを見回すと、みんなスキー板やストックを持っているのに、自分達だけ何
も持っていない。

「レンタルするのよ。元々、スキーなんかする予定じゃなかったから用意してるわけ無
  いでしょ。」

「ふーん、レンタルなんてあるのかぁ。」

「まかせといて、ここには何度か来たことがあるから。」

スキーウェアだけは、ネルフで調達してきたので、スキー板だけ借りれば良い。

「こっちよ。」

勝手知ったるゲレンデだ。アスカはシンジを連れて、スキー板を借りれる店に直行する。
店に入ると、まずは靴のサイズから合わせていく。

「わぁ! すごい靴だね。」

初めて見るプラスチックの靴に感動するシンジ。店のおじさんが、丁寧にブーツの脱ぎ
かたや履きかたを教えてくれる。一通りの説明を聞くとスキー板とストックを担いで、
店を出る。

「なんだか、歩きにくいね。」

「仕方無いでしょ。早くリフトの所まで登って行きましょ。」

「えーーーー! あんなとこまで!?」

リフトと、リフトに乗る為に並んでいる人の行列が、遥か上の方に見える。

「こんな靴で、あんな所まで歩いて行くの!?」

「男の癖に情けないこと言わないの! さっさと行くわよ!」

先にスキー板を担いで歩き出すアスカ。その後を馴れない足取りで、シンジは付いて行
く。アスカはしっかりスキー板を担いでいるが、シンジの板はすぐにばらけてしまう。

「アスカーー! ちょっと待ってよ!」

アスカが振り返ると、落ちそうなスキー板を必死で押さえて、シンジが踊っていた。

「もぅ! 何してるのよ! 貸しなさいよ!」

アスカがストックだけ持ってやる。

「ありがとう。」

手からストックだけでも無くなり、先程よりは安定した足取りで歩き出すシンジ。

「まったく、女の子に荷物持たせてるのって、アンタくらいよ!」

「ごめん。」

格好は悪いが、余裕の無いシンジは、そのままストックをアスカに持ってもらい、リフ
ト乗り場まで登っていく。少し早めに到着したアスカは、既にスキー板を履いていた。

「やっぱりレンタルは安物ねぇ。アンタも早く履きなさいよ。」

「どうやるの?」

「とにかく、板を置いて。」

スキー板を雪の上に置くと、アスカが並べてやり、動かないように押さえつける。

「そこに足を突っ込みなさい。」

「うん。」

ガチャ。ガチャ。

板が足にはまったのを確認したアスカは、くるりと方向を変え平地を滑り出す。シンジ
も、ストックでザッザッっと雪を掻いて、アスカに付いて行く。
人もそこそこ多く、少し待たなければ、リフトに乗れそうに無い。

「次のリフトに乗るから、前の人達が乗ったらすぐに移動するのよ。」

「うん。」

ようやく、シンジ達の番が回ってきた。緊張するシンジ。

「ほら行って!」

飛び出すシンジ。後ろから、アスカがシンジを補佐しリフトに座らせる。トリプルリフ
トに、2人だけで並んで座ることになった。

「わぁ!」

シンジは、初めて見る白銀の世界に感動する。リフトは2人を乗せ、雪景色の中をゆっ
くりと登って行く。

「雪ってきれいだね。」

「生活するには、大変だけどねぇ。」

「そうだろうね。でも、すごいなぁ。」

きょろきょろと珍しそうに辺りを見渡し、リフトから見下ろす景色を堪能するシンジ。

「終点よ、前見て。板の先を上げるの。」

アスカの真似をして、スキー板の先を上げる。ガタガタと音を立てて、2人を乗せたト
リプルリフトが小屋に入る。

「降りるわよ。」

アスカが、シンジの手を引っ張って降りるが、シンジが奥に座っていたので、アスカの
サポートが間に合わなかった。リフトに躓いてこけてしまう。

ガタン。

管理者によってリフトが止められた。自分のせいでリフトが止まったので、シンジは恥
ずかしそうに立ち上がり、リフトの管理者に謝る

「すみません。」

「いいのよ。初心者にはよくあることだから、さっさと行くわよ!」

こんな所でぐずぐずしていたら時間がもったい無い。早く滑りたいアスカは、シンジの
手を引っ張ってゲレンデに飛び出して行く。

「わぁ!」

リフトの上からとは、また違う雪景色がシンジの前に広がる。

「じゃ、滑るわよ。」

「滑るって・・・、教えてくれるんじゃないの?」

「体で覚えるのよ!」

シンジをほったらかして滑っていくアスカ。感動もつかの間、焦るシンジ。

「待ってよ!!」

シンジもアスカに付いて滑り出すが、思いの他スピードが出る。

「わ、わ、わ、わ、わ、わ!!」

ズッデーーーーン!

すぐに、尻餅をつく形でこけてしまう。

「アハハハハハハハハハハハハハ! なっさけないわねぇ。早くここまで来なさいよ!」

もぞもぞと立ち上がるシンジを、少し下で見て大笑いするアスカ。

「こんなの、いきなり滑れないよ!」

「とにかく、ここまで来なさいよ!」

今度は、恐々滑り出すシンジだが、またスピードが出てしまう。

「わ、わ、わ、わ、わ!」

またしても腰が落ちてくるシンジ。

「腰を落とすんじゃないわよ! スピードに乗って前に体重を乗せるのよ!」

アスカが大声で叫ぶ。

逃げちゃダメだ! 逃げちゃダメだ! 逃げちゃダメだ!

必死でスピードに乗って行こうとするが、ボーゲンも知らないシンジは、直滑降になっ
てしまう。初心者用のゲレンデではあるが、どんどん速度が上がり、アスカの前を通り
抜けて行く。

「アハハハハハハハハハ。」

間抜けな格好で目の前を滑っていくシンジを笑いながら、アスカも直滑降で追いかける。

「わーーーーーーーーー!!!! 止まらないよーーーー!!!!」

シンジは悲鳴を上げながらも、ゲレンデの一番下まで滑り降りた。しかし、それでも止
まらず、ゲレンデの一番下に張ってあるネットに直撃する。

ドッシャーーーーン。

シンジの真後ろを滑降してきたアスカは、ネットにからまり、雪まみれになって倒れて
いるシンジを、上から覗き込み大笑いする。

「何? その格好!? アハハハハハハハハハハ!」

「ひどいよ! いきなり滑れるわけ無いじゃないか!」

「そんなこと無いわよ。初めてで、ここまで滑ったじゃない。」

「そりゃそーだけど、あれじゃ滑ったとは言わないよ!」

ブチブチ言いながら立ち上がると、こけた時に足から外れて、飛んでいったスキー板を
拾いに行く。

「まったく、ひどいよ!」

「仕方が無いわね。じゃ、止まり方だけ教えてあげるわ。」

「止まり方より、滑り方教えてよ。」

「そんなもの、体で覚えるのよ!」

その後シンジは、ボーゲンをアスカに教えてもらい。何度も滑走しているうちに、なん
とか滑れるようになってきた。

「だいぶ上手くなったじゃない。違う所にも行ってみましょうか。」

ある程度滑れるようになってきたので、初心者コースばかりではつまらないアスカは、
せめて中級者コースのゲレンデに行きたい。

「えーー、やっと馴れてきたのに、無理だよ。」

「たいして変わらないわよ。さ、あっちのリフトに乗って。」

アスカに押し切られて、シンジは初心者用のゲレンデからリフトを何本か乗り継ぎ、隣
の山の中級者コースに向う。

「あれ何?」

シンジの乗っているリフトの下に、三角形の形で3つの小さな穴がぽつぽつ見える。

「あー、あれはウサギの足跡よ。」

「へーーー、ウサギがいるんだ。」

「足跡だけじゃなくって、実際にウサギを見たこともあるわ。」

「え? ここで?」

「ほら、あそこでウサギを見たのよ。」

昔ウサギを見た場所を、アスカがストックで指し示した時、突風に吹かれリフトが大き
く揺れる。

「あ!」

思わずストックを落としてしまうアスカ。落ちたストックをしばらく見つめているが、
すぐに気を取り直す。

「大丈夫よ、後で拾いに来たらいいわ。」

アスカはあまり気にせず、そのまま山の上までリフトで登った。

「さっき、アスカがストックを落とした所って、ゲレンデじゃなかったけど、どう行っ
  たらいいの?」

「こっちよ。」

アスカは、ゲレンデのコースから外れ、新雪の上を滑降する。

「アスカ! ちょっと待ってよ! ここ滑りにくいよ!」

ボーゲンを覚えたばかりのシンジには、うまく滑れない。

「もぅ! しっかり付いて来なさいよ!」

アスカはスピードを落として、シンジの横にぴったりと付き、シンジをサポートする。
それでも、シンジは恐々、のろのろ滑ることしかできない。

「こんなんじゃ、日が暮れちゃうわよ。」

「そんなこと言ったって、こんな所滑れるわけないじゃないか。」

「男でしょ! もうちょっと、しっかりしなさいよ!」

そうは言われても、さっき初めてスキー板を履いたシンジには、これ以上スピードは出
せない。

「もう! もっと、腰に力入れて!」

「入れてるよ!」

いつまで滑っても、目的地に着かない。日本にいてはスキーなどできないので、無駄な
時間を過ごしたく無いアスカは苛立つ。そんな時、急な斜面が2人の左手に現れる。

「ちょっと急だけど、こっちから行くわよ!」

「えーーー! こんな急な角度滑れるわけ無いよ!」

30度くらいの斜面だが、シンジには直角見える。

「行くのよ!」

アスカに背中を突き飛ばされて、落ちていくシンジ。

「うわーーーーーー!!!」

最初からこけてしまった上角度が急なので、なかなか止まらなず、転がり落ちていくシ
ンジ。ようやく止まった頃には、立派な雪だるまになっていた。

「アハハハハハハハ!!」

飛んだスキー板とストックを拾い、笑いながらシンジの所まで滑り降りるアスカ。

「アハハハハハ! ほらぁ、早く降りようと思ったらできるじゃない! アハハハハ!」

「ひどいよ!!! 落とされたんだよ!!!」

アスカが持ってきたスキー板を履き、体中の雪をはらいながら文句を言う、いや、真剣
に抗議するシンジ。

「もう! 体中痛いじゃないか! 怪我でもしたらどうするんだよ!」

よほど怖かったのだろう。めずらしくアスカに食って掛かる。

「もう、悪かったわよ。でも、時間が短縮できたじゃない。」

いつに無いシンジの気迫に押され、一歩引くアスカだが、それでも、時間がもったいな
いので、シンジを引っ張って滑り降りる。

アスカがある程度降りると、その後でシンジがこけながらやってくる。
また、アスカがある程度降りると、その後でシンジがこけながらやってくる。

「はぁはぁ、もう、疲れたよ。」

アスカの立っている位置にたどりついたシンジは、肩で息をしている。

「うーーーん。」

アスカは、辺りを見回している。

「どうしたの?」

「おかしいわねぇ。これだけ降りてるのに、まだ道に出ないのかしら。」

「えぇ! 道を間違えたの!?」

「まぁ、いいわ。とにかくもうちょっと降りましょ。」

再び、シンジの悪戦苦闘が始まる。

「アスカ! もうちょっと、ゆっくり行ってよ!」

今までは、少し降りてシンジが来るまで待っていたアスカだが、先に降りておく距離も
延び、シンジが到着する前に滑り出すようになってきた。

「アスカ! ちょっと、待って! も、もう、ダメだよ!」

いくら追いかけても追いつくことができないシンジは、アスカと違って休み無しで滑り
続けている。また滑り出そうとするアスカに、悲鳴を上げる。

「はぁはぁはぁ、ちょっと休ませてよ。」

止まって待っていたアスカに追いつき、シンジは腰を降ろす。

「シンジ,アンタ携帯持ってる?」

「はぁはぁはぁ、持ってるわけ無いだろ。これだけ転んでるのに、そんなの持ってきた
  ら、すぐに潰れちゃうよ。」

「しくじったわねぇ・・・。アタシも置いてきちゃったわよ。とにかく、先に進むわよ!」

「ちょっと待ってよ! もう少し休ませてよ!」

「休んでたら真っ暗になっちゃうわよ!」

「え、今いる所、全くわからなくなっちゃったの?」

「とにかく降りればゲレンデに出るわよ!」

「でも、太陽があっちにあるから、方向がおかしいんじゃない?」

すでに、日は暮れかかっていた。

「隣山に向ってるから、これでいいのよ。さ、行くわよ!」

アスカが滑り出したので、体に鞭を売ってシンジも滑り出す。
アスカの顔には、いつからか笑顔が無くなっていた、一言も喋らず滑り続けている。
その後をシンジが転びながらも必死で追いかける。

「アスカ! あまり、遠くに行かないでよ! もう見えないよ!」

とうとう日が沈み、一寸先は闇の状態に近くなっている。あと数分もすれば、辺りは闇
に覆われるだろう。

「そうね。ここからは、アタシのストックを持って降りなさい。」

アスカの片手に握られた一本しか無いストックを、シンジに突き出す。

「もう、前が見えないわ。はぐれないように繋がって行動するのよ。」

「じゃ、ぼくのストックは?」

「1本はアタシが持つから、あと1本はアンタが持っとけばいいでしょ。」

シンジは、アスカが後ろに突き出すストックを握り締めると、アスカに引っ張られて滑
り出す。まともに滑ると、絶対にシンジが付いてこれ無いし、既に前が見えないので、
アスカもゆっくりとボーゲンで滑る。

「寒くなってきたね。」

「もう少しよ。がんばんなさい。」

日が沈み、体の動きも最小限になった為、だんだんと寒さが2人に襲い掛かる。

「アスカ。明るくなるまで、ここにいようよ。」

「アンタバカぁ!? 凍死しちゃうわよ!」

しかし、シンジもアスカも疲れきっていて、これ以上この暗闇の中を進むこと自体難し
い状態だった。しかし、こんな所で野宿などしたら凍死してしまう。シンジをぐいぐい
引っ張り、下へ下へと降りていくアスカ。

2人はそれから無言だった。アスカは必死でシンジを引っ張り、ゆっくりとした滑降を、
もう、数時間は続けている。
シンジもアスカにできるだけ負担を掛けまいと、こけないように付いて滑る。

風が強くなり、2人の体から体温を奪う。

「寒いね。」

シンジが話し掛けるが、アスカは無言で滑り続ける。

やがて、雲が晴れ、星と月が辺りをほんの少し明るく照らす。

「アスカ、少し明るくなったよ。」

また、無言で滑降するアスカに話し掛けるが、急に目の前で音がしたかと思うと、握っ
ていたストックに引っ張られる。。

「うわっ!」

ドサッ。

突然のことにシンジも倒れてしまう。そして、その下には、アスカが倒れていた。

「アスカ! どうしたのさ! アスカ!」

驚いて、大声を出しながら、倒れたアスカの体を揺さぶる。

「シンジ・・・ごめん、もう、これ以上は・・・。」

アスカは、シンジを見知らぬ所に迷わせてしまった責任を、感じていたのだ。必死でシ
ンジを引っ張り道を探したが、行けども行けども人工の明かりが見えない。
月で照らされた世界は、一面白銀の山の中だった。とうとう、力尽きるアスカ。

「アスカ! しっかりするんだ!」

「ごめん、もう立てない・・・。ごめん・・・。」

どれだけ、体を揺すっても立ち上がろうとしないアスカ。

「クッ!」

今までアスカに引っ張られていたシンジの顔が、使徒と戦う時の顔に一変する。

「確か、あの星が・・・。」

空を必死で見上げるシンジ。星の位置から方角を探しているのだ。

「アスカ! スキー板外すよ。」

スキー板を外すと、アスカを背中に背負う。

「もう、いいわよ。アンタまだ動けるんなら、先に行きなさいよ。」

「なんで、そんなこと言うんだよ!」

アスカを背負ったシンジは、山の斜面を登りだす。馴れないスキー板を、一歩持ち上げ、
また一歩持ち上げ、山を登るシンジ。

「くそ、なんで、こんなに歩きにくいんだ。」

シンジに背負われたアスカは、疲れの為か、いつの間にか眠っていた。

ザッザッ。

スキー板で雪を蹴散らし、カニ歩きの様に横を向いて、一歩一歩斜面を登る。

ザッザッ。

登れど、登れど、頂上らしきものは見えない。再び星を確認するシンジ。

初めてのスキーを一日中やった後だ。シンジの体力は限界だった。足が震え、アスカを
背負う手の力も抜けそうになる。

「クッ!」

歯を食いしばり、全身の力をみなぎらせ雪山を登るシンジ。

ザッザッ。

やがて、視界が開けた。下り坂になったのだ。どこかに、何か見えるのではないかと期
待して、目を凝らして見渡すが、人工の明かりはどこにも見えない。仕方なく、覚えた
てのボーゲンで、ゆっくりと滑降しだすシンジ。

ドン!

しかし、完全に制御ができないシンジは、すぐに木にぶつかり転倒してしまう。

「アスカ!」

放り出されたアスカに駆け寄り、アスカを抱き上げる。

「冷たい!」

動いているシンジとは違い、眠っているアスカは体中が冷たくなっていた。

「せめて、アスカだけでも・・・。」

シンジは、自分の手袋と靴下、そして上着をアスカに着せた後、アスカを背負って再び
滑降する。
これ以上、転倒してアスカを濡らすわけにはいかないので、板を横にし、腰を落として
横滑りの状態で、ずるずると滑降して行く。

ザザザザザザザザーーーーーー。

足が凍り付く、アスカを支える手も震える。

ザザザザザザザザーーーーーー。

体を固くして、滑降を続けるシンジ。

ザザザザザザザザーーーーーー。

下り坂が終わりに近づいたのか、だんだんと滑降の速度が遅くなる。シンジのボーゲン
でも滑れる角度になってきたので、ボーゲンに切り替え、滑降して行く。

ガチガチガチ。

歯が鳴り、体が震える。もう、体のどこにも力が入らない。

ダメだ。止まったら、アスカが・・・。

下り坂の一番下まで、滑降したシンジの前に立ち塞がる上りの斜面。

「これを登れば、今度こそは・・・。」

最後の力を振り絞って、登り出すシンジ。

ザッザッザ。

登る。

ザッザッザ。

登る。

ザッザッザ。

登る。

ザッザッザ。

シンジの痛感神経は既に麻痺していた。体の感覚が無い。
ただ、ひたすら登る。登る。登る。

ザッザッザ。

登る。

ザッザッザ。

登る。

ザッザッザ。

登る。

ザッザッザ。

再び、シンジの視界が開ける。上に続く斜面は無い。

林の間から抜け出たシンジの前には、月明かりとわずかな電灯に照らされたリフト小屋
があった。

「つ、着いたんだ・・・・・・。」

膝から力が抜けるシンジ。既に体力の限界以上に動いていたシンジは、ガクンとその場
に倒れ込む。

「アスカ!? 起きてよ。アスカ!」

「シンジ・・・寒い・・・。」

体を震わしながらゆっくりと目を開けるアスカ。

「ゲレンデに戻れたよ。」

「え・・・?」

まだよく見えない目で、アスカが自分の周りを見渡すと、リフトの降り場がある。

「ここ・・・ゲレンデ・・・なの・・・?」

「そうだよ。」

「よく、あそこから・・・。」

「うん。あのさ、ここからは、アスカ一人で行ってほしいんだ。」

「どうして?」

暗闇にも慣れてきて、シンジの姿が目に映る。

「シ・シンジ! アンタなんて格好してるのよ!」

ハッっとして、自分の姿に目が行く。シンジの着ていたものが、アスカの体に着せられ
ている。

「アンタバカぁ!!? な、な、何考えてるのよ!!!!」

あわてて、シンジのスキーウェアと手袋を、脱ごうとするアスカをシンジが止める。

「いいんだ。とにかく、アスカだけでも降りて。アスカならここからでも降りれるはず
  だから。」

シンジは体を震わしながら、笑顔でアスカを送り出そうとする。しかし、アスカは、シ
ンジのスキーウェアを脱ぎ、シンジに着せる。

「これ着なさいよ! ほら、立って!」

シンジを立たせようとするが、シンジの体に力が入らない。

「ちょっと、立ちなさいよ! こんなとこで、じっとしてたら凍死するわよ!」

それでも、シンジは座り込んだまま、立とうとしない。

「もうだめなんだ。立てないんだ。」

1本立つ電灯の明かりを頼りに、シンジの手を見ると、あちらこちらから血が出ている。
寒さのため凍傷になっているのだ。
アスカは、シンジの足が気になり、スキーブーツを脱がす。そこには凍傷になったシン
ジの素足があった。

「なにこれ!」

あわてて、自分のブーツを脱ぎ足を見ると、シンジの靴下を自分の靴下の上から履いて
いる。

「ア、アンタバカぁ!!? 死ぬ気なの!!!!!?」

履いているシンジの靴下と一緒に自分の靴下も脱ぐと、痛く無いようにそっとシンジの
足にはかせる。

「一緒に降りるのよ! 立ちなさいよ!」

何度、アスカがシンジを立たせようとしても、シンジの足腰に力が全く入らない。

「ごめん。本当に立てないんだ・・・。アスカだけで降りて。スキー板はそこにあるか
  ら。」

ほんの少し、アスカは考える。

「わかったわ。その代わりアタシのスキーウェアをその上から着て、あの小屋で待って
  るのよ! すぐに迎えにくるから!」

「わかった。」

さすがにアスカには、シンジを背負って行けるほどの体力は無い。シンジと降りること
を諦めたアスカは、シンジに肩を貸してリフトの降り場の小屋にシンジを座らせる。

「いい!? すぐに迎えにくるから、寝ちゃダメよ!」

言うが早いか、アスカは、ゲレンデを全速力で滑降して行く。

「あのバカ! 無理のしすぎよ!」

暗闇の中、ゲレンデ全面を直滑降で降りていく。昼間賑わっていたのが嘘の様に静かな
ゲレンデに、アスカの滑降する音だけが響き渡る。
木や小屋が見えたかと思うと、後ろに飛び去る。
ギャップがいくつあろうと、一直線にノンストップで滑降して行く。

アスカは、自分の記憶を巡らし、今の位置から一番近いロッジに向かっていた。
ロッジに行けば、スノーモービルと電話がある。

急がないと、シンジが死ぬ!

自分の1秒の遅れが、シンジの命の縮める。寝るなとは言ったものの、あの様子では、
もう意識は無いだろう。

前だけを見て、体を丸め滑降して行くアスカ。

山の上から、上級者コースをできるだけ選んで滑っていたが、もう、初級者コースしか
無い所まで降りてきていた。

目の前に、ロッジの明かりが見える。

ザッザザー。

急制動をかけると、スキー板を外し、ロッジに飛び込む。

「ゲレンデの上に人が倒れてるの! スノーモービルを借りるわ!」

ロッジに入ると、アスカは叫んだ。何ごとかと、あわてて出てくるロッジの経営者。

「人が? スノーモービルならあっちの小屋にあるが、お嬢さんには無理だろう?」

アスカは、ネルフのIDカードを見せる。

「責任はネルフが取るわ。それから、電話を借りるわね。」

ネルフドイツ支部にヘリコプターでの迎えと、ICUの準備を依頼した後、スノーモー
ビルで、再び山頂を目指すアスカ。

「なんで、こんだけしかスピードが出ないのよ!」

スロットルをめいいっぱいひねるが、アスカには遅く感じてならない。

「シンジ! 死ぬんじゃ無いわよ!」

アスカの乗ったスノーモービルは、フルスロットルでゲレンデを登って行った。

                        ●

「ん・・・・。」

何か横でモゾモゾと動いている。

「ここは?」

横を見ると、見慣れた赤毛がモゾモゾと動いている。

「アスカ?」

声をかけ、頭をなでようとした手は包帯でぐるぐるまきにされていた。

そうか・・・スキーに行ったんだっけ。

「シンジ?」

「あ、起こしちゃった? ごめん。」

シンジの顔を覗き込むアスカ。

「シンジ・・・シンジ・・・。」

シンジに抱き着くアスカ。

「よかったね。アスカの手は無事みたいだ。本当によかった。」

包帯でぐるぐるまきの両手で、アスカの手を挟むシンジ。

「アタシのことなんか、どーでもいいでしょ!!!! なんで、あんな無茶するのよ!」

ガバっと、シンジから離れて怒り出すアスカ。

「ごめん、心配かけたね。」

「ウルサイ! ウルサイ! アンタ、もうちょっとで凍死するところだったのよ!」

「でも、アスカは助かったんだろ。」

「アンタバカぁ? 何考えてるのよ! アタシのことなんか、どーでもいいでしょ!!!」

「そんなこと無いよ。」

「なんで、アタシの為にあそこまでするのよ!」

「それは・・・、その・・・、なんて言うか・・・。」

「何なのよ!」

「アスカが・・・、その・・・、好きだから、絶対に守らなきゃって・・・。」

真っ赤になってボソボソと言うシンジ。

「とにかく、シンジが気づいたことを主治医に伝えてくるわ。」

アスカは、顔を長い髪の毛で隠すと、あわてて病室から出ていった。

数分の後、主治医と看護婦が、シンジの診断にやってくる。凍傷といってもひどいもの
では無く、1ヶ月もすれば退院できるとのことだ。
簡単な診断が済むと、主治医は病室から出て行く。変わりにアスカが入ってきた。

「アンタ、これで、アタシに貸しを作ったつもりでしょうけど、残念ながらアタシは借
  りは返すのがモットーなの。アンタも知ってるわよね。」

「うん。そうだね。」

「だから、今回の借りは、アタシの世界一幸せな笑顔で返してあげるわ。」

「笑顔ぉ?」

あまりにも、奇妙な借りの返し方にシンジは驚く。

「何よ。不満なの?」

「不満ってわけじゃないけど・・・。」

「男でしょ、はっきり言いなさいよ!」

「うん・・・、アスカが・・・その・・・ほしいな・・・と・・・思って。」

シンジがボソボソと言った言葉に、アスカは世界一幸せな笑顔で返事を送った。

fin.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp
inserted by FC2 system