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サンタさんとあかちゃん
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<小学校>

2016年12月23日金曜日。今日が小学校の終業式。通知表も貰い終わった3年2
組の生徒達は、皆早くも冬休み気分で最後の学活の授業中。

「おうちの人の言うことをよく聞きましょう。3学期に元気な顔を先生に見せてね。」

先生の話も終わりに近づいてきた。冬休みは長くはないが、その中にもイベントが目白
押し。明日になればクリスマス・イブ。

今年は来てくれるわよね。
ワタシの、おうちだもんね。

鈴原ナツミは、先生の話など上の空。すぐ目の前に迫ったクリスマスのことばかり考え
ている。

「それじゃぁ、みなさんさようなら。」

「「「「「さようなら。」」」」」

2学期最後の挨拶を済ませた生徒達は、礼をして教室を出て行く。楽しい楽しい冬休み
の始りだ。

「ナっちゃん、一緒に帰ろ。」

「ん?」

仲の良いクラスメートのサクラちゃんが声を掛けてくれる。2学期になって転校して来
たナツミだったが、その明るい性格からすぐに友達もたくさんできた。

「みっちゃんの家で、子猫が生まれたんだって。見に行こうよ。」

「うーん・・・ワタシ、今日は用事があるの。」

「えーーー、そうなのぉ?」

「うん。サンタさんに、手紙書くの。」

「えっ?」

「欲しいプレゼント。書かなくちゃいけないもん。」

「うそーーーーっ。」

「だからごめんね。」

「ナっちゃん。まだ、サンタさん信じてるの?」

「えっ?」

「サンタさんなんて、いないのにぃ。」

「いるもんっ!」

「いないわよ。わたし、プレゼントをパパが枕の上に置くの見たもん。」

「いるもんっ! 絶対いるもんっ!」

「あははははははは。ナっちゃんたらぁ。まだ信じてたんだぁ。」

「いるもーーーーーんっ! もーー、しらないっ!」

「あっ、ナっちゃんっ!」

サンタのことを笑われて、ナツミはふて腐れた顔で教室を飛び出して行った。ずっと楽
しみにしていた今日のクリスマス。そう、絶対サンタはいるのだ。

<ナツミの家>

六畳一間の家の扉を開け部屋に入ると、ランドセルを壁のフックにぶら下げいそいそと
テーブルに向かい手紙を書き始める。

「サンタさん、絶対来てくれるもんっ。」

今年からは遠い大阪の孤児院ではなく、自分達の家。去年迄は家がないからサンタが来
れないとお兄ちゃんが言っていた。でも今年は家がある。サンタが来てくれる。




”サンタさんへ

  わたしは新しいおようふくがほしいです。
  き色いおようふくがほしいです。
  おうちもあります。
  きっと来てください。
  まってます。
  よい子でまってます。
  ぜったい来てください。
  ぜったいぜったい来てください。

                                    すず原ナツミ”



ノートの裏に書いた手紙をポケットに入れると、いそいそと近所の赤い郵便ポストに入
れに行く。

サンタさん来てくれるもん。
お手紙出したもん。

ナツミは、ポストの前で両手を合わせ、何度も何度もサンタさんにお願いをした後、再
び家へと戻って来た。

切手も貼らずに出したノートの手紙。ポストに入ったその手紙は、誰が手にすることに
なるのだろうか。

夜になった。

「帰ったでぇ。」

国から援助を貰っているだけでは足りず、新聞配達と近所の飲食店で皿洗いのバイトを
している14歳の兄のトウジが帰って来た。

「お帰り。」

「寒なったなぁ。ごっつ外寒いわ。雪降りそうやったで。」

「雪っ? ほんとっ?」

瞳を輝かせて見返してくる妹を見て、トウジは苦笑した。確かに妹にとっては雪は楽し
いだろうが、新聞配達が大変になる。

「ほんなに、雪が降って欲しいんかいな?」

「だって、雪が降ったらサンタさんが来るもんっ。」

「うっ・・・。」

言葉を詰まらせるトウジ。

「おうちがあるから、サンタさん来るよねっ。」

「さ、さぁなぁ。」

「来るもんっ! おうちが無いからサンタさん来ないって、お兄ちゃん言ってたもん。
  もう、おうちあるもんっ。」

「ほやけどなぁ。こないな小さい家やったらなぁ。」

「えっ!?」

顔を真っ青にするナツミ。小さい家にはサンタが来ないことを知らなかった。

「小さい家には、サンタさん来ないの?」

消え入りそうな声で兄を見つめる。そんな妹を困った顔で見返すトウジ。

「そやなぁ。もっとお金持の家やないと、けーへんねや。」

「うっ。うっ。」

自然と涙が零れてくる。小さい頃からサンタさんにプレゼントを貰っている子供達を見
ると、羨ましくて羨ましくて仕方がなかった。自分は、孤児院の先生から貰える少しの
お菓子だけ。

「お手紙出したのに・・・。」

クラスの友達はこのことを言おうとしていたのだろうか。ナツミは、しょんぼりとして
夕食も食べずに布団を敷いて寝てしまった。

「すまんなぁ。ナツミ。来年こそは、お金貯めるよって。堪忍してーな。」

なんとか、クリスマスプレゼントくらいは買ってやりたかったトウジであったが、年末
に借金を返すのが精一杯で、とてもそんな余裕はなかった。

トウジは申し訳なさそうに、涙の筋を頬に伝わせた妹の寝顔を覗き込むのだった。

<商店街>

日は昇り、12月24日。クリスマス・イブ。

街はいよいよクリスマス本番とばかりに盛り上がり、あちこちでサンタ衣装に身を包ん
だ、いろいろな店のお兄さん,お姉さんを見ることができる。

第3新東京市の街路樹に迄電飾が施され、街を歩けばクリスマスソング。おもちゃ屋や
ケーキ屋には、お父さんやお母さんと一緒に訪れる子供達。

「はーぁ。」

今年こそは自分にもクリスマスができると思っていた。でも、今年も去年迄と同じ羨ま
しいだけのクリスマス。寂しいクリスマス。

「あっ! ナっちゃーんっ!」

「えっ?」

下向き加減に歩いていたナツミに、手を振って声を掛けて来たのは、サクラちゃん。お
父さんとお母さんとお出掛けの様だ。

「どうしたの?」

「うん・・・うちは小さいからサンタさん来ないって。お兄ちゃんが・・・。」

「サンタさんなんて、いないんだってばぁ。」

「いるもんっ!」

「見たことあるのぉ?」

「ない・・・。」

「ほらぁ。」

「違うもんっ! おうちが小さいから来てくれないだけだもん。」

サンタを信じているナツミの様子を微笑ましく見ていたサクラの両親だったが、今日は
家族揃って映画である。時間の関係もあるので、娘の手を引く。

「また、遊びに来てあげてね。ナツミちゃん。」

「うんっ。」

「サクラ、時間がないわよ。」

「はーい。」

両親はサクラの手を引きながら、声を掛ける。

「サンタさんを信じてる子にあんなこと言っちゃ駄目よ。」

「だって。」

「夢があるのはいいことなんだから。」

「はーい。」

お父さんとお母さんの間に挟まれ余所行きの綺麗な洋服に身を包む友達を、ナツミは羨
ましそうに見送る。

夢じゃないもん。
サンタさんはいるもん。
だって、ほら。

街を彩る電飾。その輝きの中を歩きながら、青く澄んだ空を見上げる。その青空が星空
に変わった時、サンタはやってくる。

そうよ。
サンタさんにわかるように、みんないっぱい光をつけてるんだもん。

うちにサンタが来なくとも、サンタは必ずやってくる。
うちにサンタが来なくとも、せめてサンタを見てみたい。

ナツミは青い空を見上げながら、クリスマスムード一色の街を小さな六畳一間の家へと
帰って行くのだった。

<ナツミの家>

今日はクリスマス・イブということで、臨時のアルバイトをしていたトウジは、いつも
より少し遅くに帰宅した。

「おかえりぃ。」

「おぅ。ただいま。見てくれ、かしわ貰うたでぇ。」

「わー。大きいぃ。」

「クリスマスやさかいなぁ。これ食わなあかんわ。」

アルバイト先で貰った鳥の足を、皿に盛り付け妹と一緒に夕食を取り出すトウジ。贅沢
な料理ではなかったが、兄弟揃っての楽しいクリスマスパーティー。

「ねぇねぇ、もっと大きなおうちに住める様になったらサンタさん来るの?」

「うっ・・・そ、そうやなぁ。」

「じゃ、ナツミが大人になったら、きっと大きなおうちに住むからね。」

「ほうかぁ。ほやけど、もうその歳になったら・・・。」

「どうしたの?」

「ええから、早よ食べるで。冷めたら美味なくなるでぇ。」

「うんっ。」

鳥を口に美味しそうに頬張り、自分の家にもサンタがやって来るようになった時の様子
を夢見がちに思い浮かべるナツミであった。




夜の闇も深くなり、仕事に疲れたトウジは早くも夢の中。

ナツミも隣で布団に潜り、サンタのやってくる空を窓から見上げる。

きっとサンタはやってくる。

あの星空からやってくる。

窓からその姿を一目見たい。

眠い目を擦り擦り、空を見つめる。




瞳に蒔かれる、魔法使いの眠りの粉。

夢の世界がナツミを誘った。




                        ●




カチカチカチ。

時計の針が回ります。

カチカチカチ。

きよしこの夜、聖夜の時が回ります。




ピュアな子供達が待っています。

夢の世界で待っています。

耳を澄まして下さい。聞こえてきませんか?

あなたの耳には聞こえてきませんか?




今年もやってきましたよ。星が降り注ぐ、この第3新東京市に。

今年もやってきましたよ。クリスマスの、この第3新東京市に。

今年もやってきましたよ。きよしこの夜、この第3新東京市に。




覚えていますか?

去年のあなたのピュアな心を。



忘れていませんか?

去年はあなたは見たのですよ。




さぁ、空を見上げましょう。

さぁ、耳を澄ましましょう。




聞こえるでしょう?

鈴の音が。




シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン!




時計の針が12時を回りましたよ。

きよしこの夜。この聖夜。

さぁ、サンタさんの活躍が始まります。




ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!




ほら、やってきました。やってきましたよ。

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ずんちゃちゃずんちゃっ♪

ピュアな子供達の夢を乗せてやってきました。

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ずんちゃちゃずんちゃっ♪

アスカサンタさんが、やってきました!





♪ ジングルベールっ ジングルベールっ 鈴がなる〜っ ♪

「ばぶばぶ!」

♪ 今日はぁ〜 楽しい〜 クリスマスっ! ♪

「ヘーーーーーーーーーーイッ!」
「ばぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ぶんちゃかぶんちゃっ♪

ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!




今年も、弐号機の上でマイク片手にアスカサンタさんが踊っています。おや?

「ばぶばぶ!」

サンタ見習いのシンジくんの腕の中に抱かれている、1ヶ月と20日になる赤ん坊がノ
リノリですよ。

「ばぶばぶ!」

どうやら、アスカサンタさんの子供のようです。おめでとうっ! 15歳で、ママサン
タさんになったのですね。

でも・・・大阪担当の未だ独身のミサトサンタさんは、きっと怒っていることでしょう。

「シンジっ! ちゃんとだっこしてるのよっ。」

「うん。」

ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!

体に鈴をいっぱいにつけた弐号機が、第3新東京市に向けて降下し始めました。プレゼ
ントを待つ子供達に、今年もサンタさんが舞い降りました。

「レッツゴーーっ!」

シュルシュルシュル。

白い袋から、ピュアな子供達の住所が載った大きな帳面を取り出し場所を確認すると、
弐号機からロープを垂らし降りて行きます。もちろんサンタ見習いのシンジくんもレ
イちゃんと一緒に降りてますよ。

「あの子ねぇ。」

カチャンっ!

ヘアピンを使い窓の鍵を開けると、さっそく靴下にプレゼントを入始めるアスカサンタ
さん。

「ばぶぅ。」

「ほら、ママは今お仕事してるからね。」

「ばぶぅ。」

興味深そうに指を銜えて、その姿を見つめるレイちゃん。サンタさんの素質があるので
しょうか。

「へっへぇ、ちょろいわねっ。次よっ!」

「うんっ。」

「ばぶぅっ。」

シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン!

ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!

弐号機が次の子供に向かって舞い上がります。金色の大きな鈴が、綺麗な星空に響きま
す。

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ずんちゃちゃずんちゃっ♪

♪ ジングルベールっ ジングルベールっ 鈴がなる〜っ ♪

「ばぶばぶ!」

♪ 今日はぁ〜 楽しい〜 クリスマスっ! ♪

「ヘーーーーーーーーーーイッ!」
「ばぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ぶんちゃかぶんちゃっ♪

ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!

アスカサンタさんが、マイク片手に体を左右に振って、ノリノリに歌いながら子供達の
家を回って行ますよ。あなたの家にも、もうすぐ行くから待っててね。

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ずんちゃちゃずんちゃっ♪

「こ、これは・・・。」

後少しで配り終わりそうだと言う時、アスカサンタさんはとある家の前でその青い目を
大きく見開きました。

「ふーむ。」

「どうしよう、アスカ?」

これはまさしく、サンタ学校で習ったセキュリティーシステム完備のマンションです。
窓にはセンサーが埋め込まれ、開けたり壊したりしたら警報が鳴ってしまいます。

「しゃーないわねぇ。」

アスカサンタさんが、ペロリと舌なめずりをしました。何をするつもりですか?

「でも、この窓開けれないよ?」

「窓開けなきゃいいのよ。」

くいくいと、手招きで弐号機を呼ぶアスカサンタさん。何をするつもりですか?

「いくわよっ!」

弐号機が大きくその腕を振り被りました。何をするつもりですか?

「いけーーーーっ!」

ドガーーーーーーーーーーーーーーーーン!

弐号機の手が壁にめり込んでいます。

「穴が開いたわっ!」

「すごいや。アスカ。」

さすがはアスカサンタさんです。壁にはセンサーは組み込まれていません。でも、サン
タさんじゃなかったら、犯罪です。良い子のみなさんは真似しちゃ駄目ですよ。

「ばぶばぶぅっ!」

興味深そうに指を銜えて、その姿を見つめるレイちゃん。サンタさんの素質があるので
しょうか。

「シンジっ! 次よっ! 次っ!」

「うんっ!」

「レイをちゃんとだっこしてるのよっ!」

シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン!

ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!

後少しで、ピュアな子供達みんなの夢を叶えることができます。弐号機を舞い上がらせ、
アスカサンタさんが飛び立ちます。

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ずんちゃちゃずんちゃっ♪

♪ ジングルベールっ ジングルベールっ 鈴がなる〜っ ♪

「ばぶばぶ!」

♪ 今日はぁ〜 楽しい〜 クリスマスっ! ♪

「ヘーーーーーーーーーーイッ!」
「ばぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ぶんちゃかぶんちゃっ♪

そして、とうとう最後の一軒となりました。しかし、アスカサンタさんは、弐号機の上
で手紙を見ながら頭を捻っています。

”サンタさんへ

  わたしは新しいおようふくがほしいです。
  き色いおようふくがほしいです。
  おうちもあります。
  きっと来てください。
  まってます。
  よい子でまってます。
  ぜったい来てください。
  ぜったいぜったい来てください。

                                    すず原ナツミ”

どうやら、ナツミちゃんの手紙のようですね。サンタさんにちゃんと届いていたようで
す。そう、ピュアな心がサンタさんへの切手。なにも貼る必要なんてありません。

「むーん・・・。住所くらい書きなさいよねぇ。」

大変です。

去年迄いた子なら大きな帳面に住所を書いているのですが、今年引っ越してきたばかり
のナツミちゃんの住所は、まだ載っていません。もう少し前にこの手紙が来ていたら調
べられたのですが、ナツミちゃんはギリギリの昨日に出してしまったのです。

「場所がわからないんじゃ、しょうがないじゃないか。」

「アンタっ!」

「えっ?」

「そんなことじゃ、サンタ失格よっ! 全ての子供の夢を叶えるのがサンタなのよっ!」

「ごめん・・・。」

「でも、ほんと困ったわねぇ。」

「ばぶーーーーっ!」

その時です。弐号機の上で遊んでいたレイちゃんが、急に第3新東京市目掛けて飛び降
りてしまいました。

「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

「あっ! レイっ!」

悲鳴を上げるアスカサンタさんと、その足を掴もうと身を乗り出すサンタ見習いのシン
ジくん。

「レイーーーーーーーーーーーっ!!!!」

弐号機をアスカサンタさんが急降下させますが、レイちゃんはどんどん第3新東京市の
暗闇に飲み込まれて行っちゃいました。

「アスカっ! 大変だっ!」

「わかってるわよっ!」

アスカサンタさんも、サンタ見習いのシンジくんも、大慌てで弐号機から降りて行きま
した。さぁ、大変なことになってしまいましたねぇ。




                        ●




<第3新東京市>

レイはどんどん落下していた。その先にあるのは1つの小さなアパート。

バシュッ!

いよいよ地面と衝突しようかという時、レイの体は真っ赤な光に包まれ宙を浮いたまま
一瞬その場に静止し、スーーーとアパートへと空を滑る様に近づいて行く。

「ばぶーっ!」

窓からアパートの中を見る。そこには、小学生の女の子とその兄らしき中学生くらいの
ジャージを着た男の子が眠っていた。

「ばぶばぶーっ!」

小さな手に握り拳を作り、窓を叩くレイ。

「ばぶばぶーっ!」

トントン。

「ばぶばぶーっ!」

トントン。

「ん・・・。」

「ばぶばぶーっ!」

その音に気付いたのか、部屋の中の女の子は目を擦りながらむくりと体を起こした。

「ばぶーっ!」

「あ・・・かちゃん?」

「ばぶーっ!」

「ふあぁぁぁ。」

のそのそと起き上がり、窓を開ける女の子。まだハイハイもできないレイは、ゆっくり
と赤い光に包まれ空を滑りながら部屋へと入って行く。

「どうして、あかちゃんがいるのかしら? はっ!」

うつろな意識でレイを見ていたその女の子は、目をぱちくりとさせて一気に目を覚まし
た。

「サ、サンタさんっ?」

レイもサンタさん衣装を着ていたのだ。

「ばぶぅっ。」

「でも、あかちゃんよねぇ。もしかしたら、サンタさんのあかちゃんなのかしら?」

「ばぶーっ。」

「わたし、ナツミ。はじめまして、サンタさんのあかちゃんさん。」

「ばぶーーっ。」

プレゼントがどうこうよりも、ずっと夢見ていたサンタさんである。そのあかちゃんが
見れたことが嬉しくて仕方がないナツミであった。

<シンジの実家>

クリスマス・イブから、ゲンドウとユイはシャンパン片手に珍しく夜更かしをしていた。

「2人っきりのクリスマスなんて、何年振りですかねぇ。」

「うむ。」

「シンジがいないと、新婚に戻ったみたいですわねぇ。」

「シンジはいらないが、サンタさんはいても良い。」

ドゲシッ!!!!

対面に座っていたユイの足が、ゲンドウの脛に減り込んだ。弁慶ですら泣く場所である。
これは痛い。

「むぅ!」

「なにかおっしゃいました?」

「い、いや・・・。」

涙を堪えながらも一家の主たるゲンドウは、髭を片手で触りながら格好をつけてシャン
パンを喉に通す。その時だった。

ドタドタドタっ!

ピンポンピンポンピンポン!

ドンドンドン!

けたたましい足音が聞こえたかと思うと、チャイムを鳴らす音と扉を叩く音が猛烈に鳴
り響いた。

「む?」

「お客様かしら?」

ユイはシャンパンをテーブルに置き、玄関へと出て行く。

「どちら様でしょうか?」

「母さんっ! 大変だっ!」

「あら、シンジなの? もう帰って来たのね。母さん、悲しいわ。」

「違うんだっ! 大変なんだっ・・・・・・どうして悲しむの?」

「そう・・・大変なのね。」

「そ、そうだっ! そうなんだっ! 大変なんだっ!」

「あなたぁ。」

「なんだ。」

「大変なんだそうです。」

「うむ。」

そんなシンジ達のやり取りと聞いていたアスカが、苛立たし気に割って入って来る。

「お母様っ! レイが、いなくなったんですっ!」

「レイ?」

「アタシ達の子供ですっ!」

「わたし達の孫ね。」

「そうですっ! 大変なんですっ! 探すのを手伝って下さいっ!」

「あなた。孫の顔を見に行きますわよ。」

「うむ。」

こうして、アスカと碇家の面々はレイを探しに第3新東京市へと出て行くことになった。

<ナツミの家>

ナツミはレイをだっこして、布団の上に座っていた。いくら兄を起こしてもなぜか起き
ないので、小学校3年のナツミにはこうしているしか対応のしようがない。

「早くサンタさん。迎えに来てくれないと、朝になっちゃうわねぇ。」

「ばぶぅ。」

「大丈夫よ。サンタさんが来る迄、ずっとだっこしててあげるから。」

「ばぶぅ。」

「はっ! もしかしたら・・・。」

その時、ナツミは大変なことを思い出した。

「うちが小さいから、サンタさんが来れないのかしらっ!」

トウジが小さい家にはサンタは来ないと言っていた。自分の家が小さい為、サンタがこ
のあかちゃんを迎えに来れないのではないだろうか。

「ごめんね。服、ちょっとしかないの。」

「ばぶぅっ。」

ナツミは自分のありったけの服にレイを包むと、窓から外に出て寒空の下で星空を見上
げる。家は小さくても外ならサンタが迎えに来れるかもしれない。

「もうすぐ来てくれるわよ。きっと。寒くない?」

「ばぶぅっ!」

自分の上着までも使いレイをくるんでしまったので寒さに足が震えてくるが、夢にまで
見たサンタのあかちゃんが風邪をひいたら大変。

「早く来てくれるといいね。」

「ばぶぅ。」

足をガタガタ震わせながら、たくさんの服にくるまれたレイをだっこするナツミ。

「もしかして、ワタシが起きてたらサンタさん出て来れないのかなぁ。」

「ばぶぅ。」

「どうしよう・・・。」

「ばぶぅ。」

「ここに立ったまま、寝れるかなぁ。」

目を閉じてみるが、この寒空の下であかちゃんをだっこして立ったまま寝るなどできよ
うはずもない。

「えーーん。どうしよーーっ!」

泣きそうになるナツミ。

「ばぶーーーーーーーっ!」

その時だった。

ナツミの腕の中でだっこされていたレイが赤い光に包まれ宙に浮く。

「ばぶばぶーーーーっ!」

「えっ? えっ?」

ハイハイもままならないが、ゴロゴロしながら踊り出すレイ。

「な、なに? どうしたの?」

びっくりして、レイを見つめるナツミ。

シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン!

「えっ!?」

鈴の音。

思わずその瞳を空高く上げると、そこに見えるは鈴を体いっぱいにつけた真っ赤な弐号
機。

「サ、サンタさんっ!」

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ずんちゃちゃずんちゃっ♪

そこには、会ってみたくて仕方がなかったサンタが舞い降りているではないか。もう、
ナツミの瞳には涙が溢れんばかりだった。

♪ ジングルベールっ ジングルベールっ 鈴がなる〜っ ♪

♪ 今日はぁ〜 楽しい〜 クリスマスっ! ♪

「ヘーーーーーーーーーーイッ!」

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ぶんちゃかぶんちゃっ♪

ナツミの家の真上に弐号機が舞い降りる。

「ナツミちゃんっ! おまたせーーーっ! レイをありがとーーーっ!!!!」

それまで、泣きそうな顔をし一家総出でレイを探していたアスカサンタさん。ようやく
この家のベランダでだっこされている姿を見つけた時は、すぐにでも抱きしめに行きた
かった。

しかし、アスカはサンタさん。

子供に夢を与えるサンタさん。

サンタさんは、弐号機で舞い降りて来なくてはいけない。ピュアな心が育む夢を壊して
はいけないのだ。

「ばぶーーーーーっ!」

赤い光に包まれ、アスカサンタさんの元に飛び上がるレイ。

「よかったぁ。サンタさん、来てくれたのね。」

ようやくサンタの元に帰ることができたレイを、優しく嬉しそうに見つめるナツミ。

「ナツミちゃん。さぁ、サンタからのプレゼントよっ! 遅くなってごめんね。」

アスカサンタは、大きな白い袋に最後に残った黄色い洋服を取り出して、ナツミに手渡
す。

「えっ? だって・・・。」

「どうしたの? これが欲しいって手紙を貰ったんだけど?」

「だって・・・小さいおうちにはサンタさんは来てくれないって。」

「そんなわけないでしょ。サンタはねぇ。ピュアな心を持った子供達の所に現れるわっ!」

「貰っていいの?」

「もちろんよ。」

黄色い洋服をナツミに手渡すアスカサンタ。ナツミは両手でそれを抱き締めると、嬉し
そうに頬をつける。

「嬉しい・・・初めてだ。サンタさんからプレゼント。」

「えっ?」

「去年まで、大阪の孤児院にいたから貰えなかったから・・・。」

「・・・・・・。」

大阪っていったら・・・ミサトサンタね。
サボってるわねっ! さてはっ!

孤児院だからって貰えないはずがない。だが、あそこの担当はミサトサンタである。大
勢いる孤児院の子供達のプレゼントを持って行ったら重いので、サボっていたのだろう。

ミサトサンタなら、やりかねないわね。
帰ったら、大サンタ様に報告だわっ!

酒をあおりながら、プレゼントを配ったりして何度も大サンタに怒られているミサトサ
ンタ。これで命運も尽きるだろうか。

「あのねぇ。今迄のお詫びと、レイのお礼にってことでさぁ。」

「はい?」

「弐号機に乗ってみる?」

「えっ! い、いいんですかっ!?」

「もちろんよ。でも、誰にも秘密よ?」

「はいっ!」

アスカサンタの申し出に、ナツミはその瞳を輝かせて弐号機の背中に乗っかった。聖夜
が明けるのも後少し。

大サンタ様。いいですよねっ。

子供に夢を与えるのが、サンタの仕事。ナツミを乗せた弐号機は、空高く舞い上がって
行った。




                        ●




シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン!

鈴が鳴ります。子供達の夢を乗せてやってきた弐号機が、最後にナツミちゃんを乗せて
第3新東京市の空を舞います。

「わぁ、サンタさんの弐号機だぁ。」

ネオンに光輝く街を見下ろし、ナツミちゃんが目を輝かせていますよ。よかったね、ナ
ツミちゃん。

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ずんちゃちゃずんちゃっ♪

♪ ジングルベールっ ジングルベールっ 鈴がなる〜っ ♪

♪ 今日はぁ〜 楽しい〜 クリスマスっ! ♪

「ヘーーーーーーーーーーイッ!」

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ぶんちゃかぶんちゃっ♪

「さぁ、ナツミちゃんも歌うのよっ!」

サンタ見習いのシンジくんも、ナツミちゃんも歌います。

ピュアな子供達の夢をこの歌に乗せて。さぁ、みんなで歌いましょう。

♪ ジングルベールっ ジングルベールっ 鈴がなる〜っ ♪

「ばぶばぶ!」

♪ 今日はぁ〜 楽しい〜 クリスマスっ! ♪

「ヘーーーーーーーーーーイッ!」
「ばぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ぶんちゃかぶんちゃっ♪

レイちゃんも、シンジの腕の中で楽しそう。

いよいよ、夜があければクリスマス。

今年もプレゼントをみんなに配り終わりました。アスカサンタさんのプレゼントに、明
日になれば幾人もの子供達がその瞳を輝かせることでしょう。

「サンタさん。ありがとーっ!」

ナツミちゃんも、弐号機から見下ろす街に微笑んでいます。

子供達のこの笑顔が、サンタの願い。




でも、もう時間でしょうか。

サンタはサンタの国へ帰る時間。

「ナツミちゃん。良い夢を見てね。」

アスカサンタさんは、ナツミちゃんをおうちの布団に送ります。

さようなら、サンタさん。
夢をありがとう。

でも、悲しくなんてありません。
だって、また来年会えるから。




ピュアな心を来年持っててね。そうすれば、またサンタはやって来ます。

第3新東京市に笑顔を蒔いて、アスカサンタさんが飛び立ちます。




おや? 1人涙を流していますよ? あれは、サンタ見習いのシンジくんではないでしょ
うか? どうやら、手紙を読んでいるようですね。

”シンジへ。

  お前は来なくて良い。サンタとレイちゃんだけ今度は来れば良い。

                                                          父”

ぼ、ぼくはやっぱりいらない子なんだ・・・。
しくしく。

「さぁっ! シンジっ! 帰るわよっ! さぁ、最後に笑顔でお別れよっ!」

「う、うんっ。そうだねっ!」

「ばぶーっ!」

サンタさんは笑顔を忘れてはいけません。
子供達に笑顔を、夢を、希望を与えるのがサンタさんなのですから。

夜明け前、聖夜に弐号機が高々を上がって行きました。今年もこれが、サンタさんの見
納めです。

シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン! シャン!

聞こえるでしょう?  鈴の音が。

ずんちゃっ♪ ずんちゃっ♪ ずんちゃちゃずんちゃっ♪

耳を澄まして下さい。

ピュアな心を持っていれば・・・。
来年のクリスマスも聞こえるはずですよ。

ほらっ。今あなたには聞こえているでしょう? アスカサンタさんの元気な歌声が。




            ♪ ジングルベールっ ジングルベールっ 鈴がなる〜っ ♪
                             ♪ ばぶばぶっ ♪




                        ♪ 今日はぁ〜 楽しい〜 ♪
                             ♪ ばっぶ〜っ ♪




        ♪ ク〜〜〜〜 リ〜〜〜〜 ス〜〜〜〜 マ〜〜〜〜 ス〜〜〜〜っ! ♪




                        チャーーーーーーーーーン!




                            チャーーーーン!






「ヘーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイッ!!!!!!!!!!!」
「ばぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!!!!!!」






fin.
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