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白雪姫物語
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作者注:この小説は、2001年04月に実施した白雪姫物語アンケートの結果に基づ
        きストーリー構成しています。ライブラリのページにある白雪姫物語アンケー
        トの結果を先にご覧下さい。
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<ネルフ帝国>

神々の恩恵を受け、文明を築き、子を育て、生活を営む世界。神の力をATフィールド
により具現化する能力を有する者は、魔法使いと呼ばれ尊敬され、また魔法使いの全て
が神を尊び崇めていた。

同時に神は、人類に災いの種を齎した。使徒、アダムと呼ばれる、強力な魔力を有する
悪魔である。

人々はアダムの力に恐怖し、逃げ惑う生活を長き年月に渡り強いられることとなる。無
論、国家を統括する王族は、自らの持つ強力な魔力を用いて過去に幾度もアダム討伐を
試みたが、多くの犠牲を残し敗退する歴史を繰り返してきた。

そして今世紀になり、この国の2大Wizardである、碇ゲンドウ国王とその右腕である
冬月元帥が統括するWizard部隊が立ち上がった。
まだ10歳で未熟ながらも、王子碇シンジがWizardの力を身につけたことを切っ掛け
として、アダムの討伐を決行したのだ。

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                        :
                        :

アダムはこれまでにない致命的なダメージを受けていた。風前の灯火という状態であろ
う。だが、王族軍も同様の被害を受け、ゲンドウ,冬月は立ち上がることができず、W
izard部隊もそのほとんどが全滅。

魔力で空を飛ぶ魔動戦艦,魔動巡航艦などを指揮する提督が、最後の魔力を振り絞り次
々とアダムに特攻する。

山岳地帯を決戦場に選んだものの、アダムの猛攻により戦場は国民が多数存在する市街
地まで押されていた。燃え盛る家々、逃げ惑う人々。倒れて行く帝国軍最強の魔法戦士
であるWizard達。

阿鼻叫喚の地獄絵図。人々の叫びがこだまする。

「ママーーーーーーーーーーーーっ!!!」

ここに1人の少女がいた。つい先日まで、この家で母キョウコと楽しく暮らしていた青
い瞳の少女。

アダムの恐怖から逃げて逃げて、なんとかここで生活できるようになった。

だがその幸せも長くはなかった。街の中で苦しみ暴れ狂うアダム。頼みの綱だった帝国
軍にはもう力はない。そして、最愛の母は自分を守る為、目の前で家の下敷きになった。

「ママーーッ! ママーーッ!」

母の死に10歳の少女な泣き叫ぶ。

アダムが炎を吐き、断末魔の雄叫びを上げ暴れ狂う雄叫びが聞こえる。

「嬢ちゃん! 早く逃げるんじゃっ!」

「ママがっ! ママがーーーーっ!」

「このままじゃ、嬢ちゃんまで死んじまうぞ。さっ。」

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

少女、惣流・アスカ・ラングレーの家の近くに住んでいた、おじさんがアスカを抱きか
かえ焼け落ちる家から無理矢理引き摺り出し、炎の地獄から彼女を助け出す。

「嬢ちゃんは、お母さんの分まで生きなくちゃならんっ。」

「ママーーッ! ママーーッ!」

「それが、お母さんの願いじゃ。」

泣きじゃくるアスカをひとまず燃えさかる炎から救い出したその男は、今度は自分の家
族を助けに1人走り出す。

「死ぬんじゃないぞっ。」

「ママ・・・。アタシが死んじゃ・・・。」

「そうじゃ、それがお母さんの願いじゃ。死ぬでない。お母さんの為にも。」

そうだ。
アタシは、ママの分まで生きなくちゃ。
ママは、アタシを守って・・・。

どこへ逃げればいいのかわからないが、火の無い方へ火の無い方へとフラフラと走り出
す。

だが、不運にもアスカが逃げた場所こそ、瀕死のアダムが暴れ狂いながら進撃してきて
いる所だった。

同時刻。

「父さんっ! しっかりしてっ! 父さんっ!」

「シ、シンジか・・・。」

「父さんっ!」

傷つき倒れた父、涙を流しながらシンジがゲンドウを抱き起こす。10歳になりまだW
izardになったばかりの彼は市民の防衛をしていたが、アダムの進撃が拡大する中、こ
の広い街全てを守る力を持ってはいなかった。

「何をしている。市民を守るのが、お前の役目だろう。」

「ぼくの力じゃ、この街みんな守れないよっ! 父さんっ! しっかりしてよっ!」

「アダムを倒せ。」

「ぼ、ぼくがっ!? 無理だよっ!」

「愚か者。お前は碇家の血筋を継ぐWizardだ。」

「でもっ!」

「アダムに残された力は僅かだ。今しかないのだ。」

「今しか・・・。」

「アダムを倒すことが、市民を守ることに繋がる。残ったWizardはお前しかおらん。
  行け!!」

「は、はいっ!」

かつて、幾度もアダムと人間は戦ったが、今回程アダムに致命傷を与えることに成功し
たことはなかった。

今しかない!
逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ!
そう。
逃げちゃ駄目だ!!!

アスカは、目前に迫るアダムに足がすくんで動けなくなっていた。

ママ・・・。
アタシ、ママのところに行くの?

アダムの巨体が視界を覆い尽くす。アスカは死を覚悟した。

その時。

ズガガガガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

世界が光った。

「えっ!!!?」

突然のことに見開いたアスカの目の前を、真っ赤な巨大彗星のようなファイヤーボール
が、次から次へ絶えることなく横切って行く。

「な・・・なに?」

「うおーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!」

全身に火を纏ったような強大な魔力を持った少年が、アダムに突進していく。アスカに
はそれは戦士の姿ではなく、神のように思えた。

あ・・・あれは。
王子様。

これが、アスカが始めてシンジを見た瞬間であり、第1使徒アダムと人間との長きに渡
って続いてきた戦乱の時代の終わりの瞬間であった。

<コンフォート17キャッスル>

戦乱の世が終わり、4年が経過した。この国の2大Wizard、王であるゲンドウと右腕
であった冬月は、あの戦いで少なからず体を痛めた為、王位継承の準備をしながら、引
退を進めている。

使徒は全てで17体いるという。アダムとの戦いは終わったが、王族を始めとするWiz
ard部隊は13の魔動艦隊を結成し、第2の使徒に備え警戒する日々が続いていた。

またアダムの排泄物などから、その遺伝子を持つ複製された使徒が各地で生まれ始めた。
それらは時には人の形に、またある時は動物の形に化け、国のあちこちへ散らばって行
ってしまう。
新たに生まれ出たその使徒は、アダムなど本来の使徒程の力はないが、一般市民にとっ
ては十分な恐怖となった。

それは国だけが対応するにはあまりにも数が多い。そこで帝国は、市民から有志で魔法
を使えるものを集うことになる。
国家試験を行い、頂点からWizard,ソーサラー,魔道士,マジシャン,そして女性だ
けの為のランクであるお手伝い役のウィッチィという魔力に応じた称号を試験結果に
よって与え、使徒の退治を任命することとなった。




そして・・・。




ここは国の端にある田舎の城。コンフォート17キャッスル。

アタシはアスカ。惣流・アスカ・ラングレー。アタシってとっても不幸な女の子。

今アタシは縫い物をしてるの。

どうしてって? それは、魔法の師匠の恐いマナお姉さまの言いつけだから・・・。
お姉さまって言っても、半年年上なだけなんだけどね。師匠だからそう呼んでるの。

毎日毎日、この寒くて狭い小屋で暮らして、魔法の掛かったお洋服を作る毎日。

アタシってとっても不幸な女の子。

だからかしら? アタシって肌の色もとっても白いし、みんなアタシのことを白雪姫な
んて言うの。

「アスカっ! アスカっ! 縫い物は終わったのっ!?」

「あっ、お姉さま。もう少し・・・。」

「さっさとしちゃってっ! 次にやらなきゃいけないこと、いっぱいあるんだからぁっ。」

「はい。マナお姉さま。」

「今日はミサト様が舞踏会を開かれるから、あなたはそそうの無いようにここでじっと
  しているのよっ。」

「はい。お姉さま。」

またマナお姉さまが怒っているわ。お仕事が遅いアタシが悪いのね。頑張って縫い物を
終わらせちゃわなくちゃ。

布に糸を通しながら、アタシは思ったの。

舞踏会ってどんなだろう?
きっと素敵なんだろうなぁ。
でも、アタシにはお仕事があるから行けないの。
あの時、ママをなくして途方に暮れていたアタシ。
それを拾って下さったマナお姉さまに、もうご迷惑は掛けられないわ。

「急いでシチューを作らなくっちゃ。」

縫い物も終わって、次は舞踏会に出すお食事を作るの。
アタシの担当はシチュー。
お腹が減って仕方ないけど、これは舞踏会に出す物だから手はつけられないわ。
でもいいわよね。
お客様に、美味しく頂いて貰えるんだもの。

アタシはジャガイモの皮を剥き、ニンジンを刻み大きな鍋に入れる。後は、ぐつぐつと
煮込むだけね。

「ん? 火がついてついてないわ。」

思わず指を立てそうになったけど、だめだめ。
マナお姉さまに怒られるわ。

火打石で火を起こし、煮込むこと少し。やっと、美味しそうなシチューができあがった。
我ながら結構美味しくできたと思う。

お城の窓からお外を見たら、綺麗なお洋服を着たお嬢様や男の人がたくさん来ている。

いいな。
アタシも舞踏会行ってみたいなぁ。
でもダメね。
そんなことしたら、マナお姉さまにきつく怒られるから。
まだまだ縫い物もたくさん残ってるし。
頑張らなくちゃ。

でも神様はアタシにほんの少し幸せを分けてくれたの。だって、このシチューを持って
行く時、カーテンの影から舞踏会の様子が少しだけ見れるでしょ?

アタシはその一瞬に心を弾ませて、重たいシチューを運んだの。

「アスカ、遅いじゃない。もう舞踏会は始まってるのよ。」

「ごめんなさい。お姉さま。」

「さっさと、それを置いて来て。終わったら、縫い物をしに戻って頂戴。」

「はい。」

「ほらぁ。モタモタしないの。すぐ戻って来るのよ。いいわねっ!」

「はい。」

マナお姉さまはいつも厳しい。
仕方ないの。アタシが悪いんだから・・・。

アタシはドレスなんか着てなかったから、恥かしかったけど舞踏会会場の端にある、お
料理を置く所にシチューを運んだの。

綺麗な音楽が流れている。
あぁ、舞踏会。
こんなに素敵なところなんだ。

マナお姉さまに、いいつけられてたけど、ほんのちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、
その場に立ち止まって舞踏会の雰囲気を味わってみたわ。

その時だったの。
アタシは見てしまったの。

その会場にアタシのママの命を奪った、使徒の分身が人の形に化けて紛れ込んでいるの
を。

「アイツっ!」

アタシったら、ちょっと頭に血が上っちゃって。

「アイツは使徒よっ!」

みんなの視線がアタシに集まってきてる。

人に化けていた使徒は長いトカゲのような舌を気味悪くチロチロと出して、アタシに迫
って来る。

使徒が正体を現したわ。

「アタシの前に現れたのが運のつきよっ! この、惣流・アスカ・ラングレーの前にっ!」

ぎょっとするお客さん達。
顔を真っ白にして、一目散にわらわらと逃げ出す。
舞踏会の会場はすっからかん。
そうよね。使徒なんか出たら、怖いもんね。

「アスカーーーっ! だめーーーっ!!!!」

後からマナお姉さまが走って来る。
ごめんなさい。
コイツだけは許せないのっ!

お城の主のミサト様も、使徒だとわかって騒ぎ出したわ。

「キャーーーーーっ! 霧島さんっ! なんとかなさいっ! 約束でしょっ!」

ミサト様が悲壮な声を上げてるわ。

ミサト様まで怖がらせてっ! もう許せないっ!

アタシの手が熱くなる。

使徒が迫って来る。

アタシの前に、真っ赤は光の玉が浮かんだ。

「フッ。愚かね。」

ニッと笑うアタシ。

「アスカっ! これ以上っ! 借金増やさないでーーーーっ!!!」

マナお姉さまが何か叫んでる。
まぁいいわ。

大きな綺麗な光の球が一面を支配したの。

「でぃやぁぁぁぁぁぁっ!!!! ファイヤーーーーーボーーーーーールっ!!!!」

ズガガガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンっ!!!!!!!

                        :
                        :
                        :

アタシはアスカ。惣流・アスカ・ラングレー。アタシってとっても不幸な女の子。

住む所を追い出され、今は独り寂しく深い森を歩いているの。

あぁ、空を飛ぶドラゴンさん。

あなただけが、アタシの心を潤してくれるのね。

「ドラゴンさーん。」

アタシが笑顔で手を振ったのに気付いたドラゴンさんは、なぜか慌てて逃げていちゃっ
た。どうして・・・?

アタシはこの小さな胸のピュアな心を痛めながら、険しい森の中をぽつりぽつりと歩い
て行く。

木々が覆い茂り、足に草が当たる。

やってらんないわよ。

「ファイヤーフレイムっ!!!」

目の前に火の壁をちょっと作ってみたら、なんて不思議なんでしょう。道ができたわ。

歩きやすくなって良かった。ふと横を見ると、「自然破壊はやめましょう」という看板。

なんのことかしら?

もう、コンフォート17キャッスルは、遥か後ろ。

「ぷくくく。」

とうとう、アタシの顔に笑みが零れちゃった。

「わははははははははははははははっ!」

逃げたっ!
逃げれたのよっ!

内職なんて、やってらんないわよっ!
縫い物ばーーーっかなんだもんっ!

マナお姉さまあぁぁーーーっ! 後は、頑張ってねーーーーーーーーーーっ!
ばっははーーーーーいっ!

「わははははははははははははははっ!」

そうよっ! 

アタシは、シンジ様の精鋭部隊に入るんだからっ! 国家試験を受けて、Wizardの資格
を取らなくちゃいけないんだからねーーーだっ!

「わははははははははははははははっ!」

その頃、マナはミサトの前で両手をついて平謝りしていた。もうただただ謝りまくるし
かない。

「あのウィッチィを暴れさせないからって約束したんじゃなかったのっ!」

「すみませんっ! すみませんっ!」

「見てよっ! ほとんど、お城が崩壊してるじゃないのっ!」

「すみませんっ! すみませんっ!」

「使徒だって確認しきれなかったのは、わたしのミスかもしれないけど、倒すにももう
  ちょっと可愛いやり方ってもんがあるでしょっ!」

「すみませんっ! すみませんっ!」

「だからっ! あの娘をみたら、みんな顔を雪のように真っ白にして逃げるのよっ! こ
  れだから、白雪姫なんて言われるのよっ!」

「すみませんっ! すみませんっ!」

「あなたの妹分でしょっ!」

「すみませんっ! すみませんっ!」

「で、あの娘は何処っ!?」

「・・・・・・。」

「ド・コ・ナ・ノっ!」

「あの・・・トンズラこきました・・・。」

「なんですってーーーーーっ!」

「すみませんっ! すみませんっ!」

「まぁいいわ。」

「えっ!? いいんですか?」

「これ。請求書。」

「うげ・・・。」

「当然でしょっ! あなたの妹分なんだからっ! しっかりお城の修復費、返済して貰い
  ますからねっ!」

「は、はいぃ・・・。」

マナはミサトに雇われているマジシャン。この世界は魔法によって支配されており、剣
士などに比べ魔法使いは例えマジシャンレベルでも遥かに給料が高い。

だが、そんな給料くらいではおいつかない。

これでまた、魔法人形や魔法のかかった服を作る内職の日々が続く。こういった、マジ
ックアイテムは高く売れるが、あまりプライドのある魔法使いはこんなものを商売にし
ないのが普通である。

アスカのやつぅぅっ!
コンフォート4キャッスルをぶっ壊してっ!
コンフォート7キャッスルをぶっ壊してっ!
コンフォート9キャッスルをぶっ壊してっ!
今度は、コンフォート17ぁぁぁっ!?
借金ばっかり作ってっ!
あげくの果てにトンズラとはいい度胸だわっ!
ぜーーったい、見つけ出してやるんだからっ!

この世には、相手の居場所を天高くから見ることができる魔法の鏡というものがある。
それさえ買えば、アスカを見つけ出すことは容易いのだが・・・。

高いのよねぇ。あれ・・・。
しくしく。

なんで、あのコに魔法なんか教えちゃったんだろう。
えーーん。えーーん。

<森>

小鳥が囀り木洩れ日の差す森の中を、2人の小人が歩いている。この先にある鉱山に宝
石を取りに行く途中。

「早く来てくれないかい?」

「お、重いの・・・。」

「君は子分なんだから、それくらい持たなくちゃ駄目なのさ。」

親分である小人渚は手ぶらでゆうゆうと歩いているが、その後から小人用のやや小さめ
な、みかん箱を背負わされて付いて行く小人綾波。

「どうして、こんなの持って行くの?」

「君が子分だからさ。」

「・・・・・・そう、根に持ってるのね。」

なにやら、わけのわからない会話をしながら、みかん箱を背負い山を上って行く。鉱山
に到着した頃には、小人綾波はへとへとになっていた。

「喉が乾いたね。」

「私も乾いたわ。」

「そう言えば、来る途中に湧水があったね。」

ギクッ。

「そ、それがどうしたの?」

「汲んで来てくれないかい?」

「で、でも・・あれはだいぶ前・・・。」

「何を言ってるんだい? 君は僕の子分じゃないか。」

「・・・・・・そう。やっぱり根に持ってるのね。」

また、わけのわからない会話をした後、小人綾波はしくしくと涙を流しながら、みかん
箱をその場に置き、湧水を汲みに今来た山道をとぼとぼと降りて行った。

数十分程歩き、ようやく綺麗な水が沸いている所迄やってくると、1人の人間が座り込
んで休憩している。

「誰かしら? 見たことない人・・・。」

後姿からだけではよくわからない。草むらをがさがさと動き、どんな人なのか前へ回っ
てみた。使徒とかなら、下手に近付くと大変なので用心しなければならない。

女の人?

だんだんと、休憩している女の子の姿が明らかになってくる。そして、とうとう彼女の
顔が小人綾波の目に入って来た。

「うげっ!」

肌は白い方の小人綾波の顔だったが、更に真っ白く雪のようになり引き攣った。

あ、あれは・・・。
し、し、白雪姫っ!!!

「使徒の方が良かった・・・。逃げなくちゃ・・・。」

かかわると命がいくつあっても足りない。小人綾波は気付かれないように、ゴソゴソと
草むらに身を隠しながら逃げ出す。

ぐいっ。

なんだか、足が宙に浮いている。

ジタバタジタバタ。

進まない。

「ん?」

顔をぐるりと後ろに向けると、襟首を掴まれ持ち上げられていた。

「・・・・・・。」

ニコニコ笑った白雪姫の顔が見える。

「そう・・・掴まったのね。」

小人綾波はがっくりと首を垂らした。

「アンタ、この森の小人ぉ?」

「ええ。」

「お腹減って死にそうなのよぉ。」

「わ、私は美味しくないわ。だから、食べても駄目。」

「誰がアンタを食べるって言ったのよ。なんか、食べ物頂戴よ。」

「山の上にみかんがあるの。だから、私は駄目。」

「いいわねぇ。案内してよ。」

「わかった。みかんあげるの。だからこの森は壊さないで。」

「やーねー。そんなことするはずないでしょ。さっ。行きましょ。」

「その前に水を汲まなくちゃ。」

「そんなの待ってらんないわ。」

「でも・・・親分が・・・。」

「待ってらんないわ。」

「はい・・・。」

逆らうと森が壊されそうだ。小人綾波は、刺激しないようにアスカを連れて鉱山に戻っ
て行く。

鉱山では、小人渚が鼻歌を歌いながら突き出した石の上に座り待っていた。

「小人綾波? 水はどこだい?」

「そこに。」

「そこ?」

ふと目を向けると、小人綾波の後ろから赤い髪,青い瞳,白い肌の、ウィッチィの衣と
鎧を纏った少女の姿が現れた。

「し、し、し、し、白雪姫!!!?」

「そう。」

「ど、ど、どうしてっ!?」

「・・・・・・。」

自分のせいじゃないと言いた気に、フルフルと首を振る小人綾波を前に、顔を雪のよう
に真っ白にして、怯えまくり後退りする小人渚。

「みかん、どこ?」

白雪姫が近づいて来る。

「ひっ! み、み、みかん・・・みかんなら、そこに・・・。」

「あっらぁ、食べていいかしらぁ?」

「ぼ、僕は、美味しくないよ。」

「みかんよ。なんで、アンタ食べなくちゃいけないのよ。」

「あっ、いいよ。全部食べて・・・だから、僕はやめてくれるかい?」

「何わっけわっかんないこと言ってんのよ。いっただっきまーすっ!」

パクパクパクとアスカが嬉しそうにみかんを食べ始めた隙に、こそこそと小人綾波に近
寄って行く小人渚。

「ぼくは、水を持って来てと言ってなかったかいっ!?」

「ええ。」

「白雪姫持って来てどうするのさっ!」

「持って来られたのは、私。」

「はぁ〜。もうこの森もおしまいさ・・・。」

「もう駄目なのね。」

がっくりする2人の小人の前で、むしゃむしゃとミカンを食べていたアスカは、少しお
腹が満たされた為か、ご機嫌な様子で近付いて来る。

「うっ!」
「ひっ!」

びびる小人2人。

「ねぇ。アンタ達、ここで何してんの?」

「ぼ、ぼくかい? ぼくは宝石を取ってるのさ。」
「そう。この鉱山から宝石が出るの・・・。」

「宝石ーーー? この山からぁぁ。」

そっか。
ここから宝石が出るのね・・・。
ちょっと、いいかもん。

「じゃ、この山をぶっとばしたら、宝石がいっぱい出てくるのね。」

ニッと笑ってして、なにやら構え始めるアスカ。びっくりたまげたのは、小人渚と小人
綾波である。

「わーーーっ! やめてくれぇぇ。」
「やめて。宝石までなくなってしまうわ。」

「えっ!?」

アスカに集まってきていた光の結晶が四散していく。宝石までなくなってしまっては、
元も子もない。

「じゃ、どーすればいいのよ。」

「1つ1つ丁寧に掘って行くしかないのさ。」

「えーー。めんどいのねぇ。しゃーないわ。」

諦めた様子でその場から歩き始めるアスカ。それを見て、ようやく何処かへ行ってくれ
るのかと、小人2人は胸を撫で下ろそうとしたのだが。

「宝石がたんまり取れるまで、今日からアンタらんとこにやっかいになるわ。」

「うげっ!」
「ええーーーーーっ!」

「じゃ、よろしくねっ! おうち、案内してっ!」

泣きそうな顔を見合わせる小人渚と小人綾波。もうこれは自分達が不幸な星の下に生ま
れたと思うより、他に残された道はなかった。

辿り着いた所は、さすがは小人が住んでいるだけのことはあり小さな木作りの家だった
が、なんとか横になって寝れるだけのスペースはありそうだ。

「いい家じゃない? さっそく寝るとこ作ってよ。」

顔を見合わせる小人綾波と小人渚。

「どうするの?」

「逆らったら、森ごとなくなっちゃうよ。」

「そうね・・・。」

白雪姫を前に拒否などとても認められるわけがない。2人の小人は、機嫌を損なわない
ようにいそいそと藁と布を使いベッドをこしらえ始める。

小鳥の囀り、木の香り。
きっとアタシはこういう所が似合ってるのね。

できあがったばかりの藁のベッドに身をうずめ、小さな窓から空を眺める。

その時、ゴーーーーーーという地面を揺らす轟音が轟いた。

「ウッサイわねっ! なによっ!」

音のする方に視線を巡らせると、魔動巡航艦が森の上を飛び去って行く。力のあるWiz
ardレベルの魔法使いが、魔力を使って飛ばす軍艦だ。

あら?
使徒でも出たのかしら?
シンジ様の率いる艦隊のお船だわ。

あーんっ。シンジ様ぁ。シンジ様ぁ。
アスカはここよぉ。早く迎えに来てぇ。
って、来てくれるわけないか。
頑張って修行して直属部隊に入るんだからっ!

シンジの率いる帝国第壱魔動艦隊を始め、13あるどの部隊に入るにも、最低Wizard
の資格を国家魔法試験で取得しなければならない。未だ単なるウィッチィのアスカには、
遥か遠い夢のような話。

とは言っても、実はアスカはマジシャンを卒業し魔道士に挑戦できる魔力を既に身につ
けていた。が、面接試験で落とされるのが原因で未だウィッチィ。国としては、魔法の
悪用を防ぐ為に面接試験を取り入れるのは当然のことだ。

もっともアスカの場合、悪意がある為不合格になるわけではなく、面接の時二言目には
「シンジ様に会いたいから。」「シンジ様の近くにいたいから。」を連発するのが原因
なのだが・・・。

「小人渚ーっ!? 小人綾波ーっ!? ご飯まだぁぁぁっ!?」

「あ、ちょっと待ってくれるかい? 小人綾波、早くご飯の用意をするんだ。」

「まだ、準備できてないわ。」

「お腹が減ったら、暴れるかもしれないじゃないか。」

「そ、そうね。急ぐわ。」

大慌てで木の実をやキノコを取り、食事の準備を始める。今の小人2人には気の休まる
暇がないようだ。

そんな生活が何日か続いた。

<コンフォート17キャッスル跡>

アスカが脱走してからしばらくして、マナはようやくお金を貯め、マジックショップで
魔法の鏡を購入できた。

「毎日、毎日、あの子のせいで、タダ働きあーんど内職ばっかりっ! もういやっ! ぜ
  ーったい、居所突き止めるんだからっ!」

鏡に向かい、アスカのいる所を探し求める。請求書だけ押し付けられて、とんずらされ
てなるものか。

「鏡よ鏡よ鏡さん。この世でアスカのいるとこはどーこだっ。」

ボワンボワンボワンと、鏡に映像が浮かんでくる。そこに映るはまぎれもなく妹分アス
カの姿。

「ぬ、ぬわにしてんのよっ! あの子はぁぁぁっ!」

バキバキバキと鏡に鉄拳を叩き込むマナ。自分が毎日毎日内職に勤しんでいるというの
に、小人にご飯を作って貰ってお食事ターイム。

「覚悟なさいっ! ずぇーたい、連れ戻して内職させてやるんだからっ!」

そういうマナの後には、たんまりと残る内職の道具が山積になっている。

問題は、どうやって連れ戻すかよねぇ。
あの子のファイヤーボールだけには、かなわないし・・・。
っと、その前に今日の分の内職先に終わらせなくちゃ。
間に合わないわ。

割れた鏡を片付け、今日のノルマの魔法人形作りの内職をいそいそと始めるマナであった。

<森>

今日もアスカが楽しく食事をしていると、また魔動巡航艦が空を揺さ振り飛び去って行く。

「なんか、最近物々しいわねぇ。」

「この森に、使徒がでなけりゃいいんだけど。」

「使徒はでないけど、白雪姫が出たわ。」

「ん? なにか言った?」

フルフル。

つい口から出てしまったことを。必死で首を振って小人綾波が否定している。

「そう。ならいいわ。さって、今日は町へ宝石売りに行ってくるから。」

「あの・・・僕達に取り分はあるのかい?」

「金貨1枚くらいあげるって。お駄賃として。」

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

「じゃ、晩御飯の用意よろしくねーっ!」

やはり、小人2人に明日な無いのかもしれない。

<町>

宝石の入った袋をガシャガシャ言わせて、町に足を踏み入れると、なにやら市民達が血
相を変えて逃げ出して来ているところに遭遇した。

「ちょ、ちょっと。アンタら。なにしてんの?」

「し、使徒が出たんだ・・・ぎゃーーーっ! こっちは白雪姫だーーーーーっ!!」

更に顔を真っ白にして引き攣りながら逃げて行くおやじ。なんだか、非情に失礼な気が
してならない。

なにがぎゃーよ。
って、それどころじゃないわ。
使徒ですってぇっ!?

もう町はてんやわんやの大騒ぎ。皆が赤ん坊や貴重品を手に逃げ去って行く。

使徒。ママの仇っ!
これ以上、町を荒らさせてたまるもんですかっ!
悲しい思いする子を、これ以上作らせるもんかっ!
どうやら、あっちにいるみたいねっ!

人の流れに逆らって町へ入って行く。きっとその先にキョウコの仇である使徒がいるは
ずだ。

「いたっ! うっ・・・あ、あれは・・・。」

町の中で暴れる使徒。だが、流石に今回ばかりは相手が悪い。かなり体も大きく、アダ
ムの遺伝子を多く受け継いでいるのか、魔力がかなり高そうだ。

「あ、相手が悪い・・・けど、ママの仇を目の前にして逃げてらんないのよーーーっ!!
  ・・・もうちょっと強そうだったら・・・逃げるかもしんないけど。」

宝石を投げ捨て、マントを翻し使徒に向かって突進する。

魔力を両手に集中させると、光の粒子が集まって来る。

相手が射程距離に入った。

左手の人差し指を立て突き出し、弓を構える体勢。

「マジックアローーっ!」

ズバーーーーーーン!

直撃?
したはず・・・。

「ウォーーーーーーーーーーンっ!」

しかし、使徒はもろともせず自分を敵とみなし突進してくる。

「やばっ!」

魔法を使い空へ舞い宙へ逃げる。

「ウォーーーーーーーーーーンっ!」

だが敵も魔法を放っていた。炎の壁がアスカを襲い、地面に叩き付けられる。

「いったーーーーーっ! く、くそっ!」

体勢を崩したアスカに襲い掛かって来る使徒。

「負けてらんないのよーーーっ! うりゃーーーーーーーーっ!!!」

両手にめいいっぱいの魔力を貯める。

間に合うかっ!?

迫り来る使徒。

いけるっ!!!

巨大な光球がアスカの前に浮かび上がる。

「いっけーーーーーーっ! ファイヤーーーボーーーーーーーーーーーールっ!!!!!」

ズガーーーーーーーーーーーーーーンっ!!!!

周りの町並みごと使徒を一気に吹き飛ばす。

「ハンっ! こんなもんよっ!」

爆煙に包まれる町の中心。
見るも無残に、木っ端微塵に、全てが吹き飛んでいる。

「さって、宝石売らなくちゃ。」

宝石の入った袋を拾いに行く。

だが。

「ウォーーーーーーーーーーンっ!」

「えっ!?」

背後で使徒の叫びが轟いた。

目を見開いて振り返る。

予想以上の魔力を持っていたようだ。ほとんど無傷の使徒がこちらに突進してきている。

そ、そんな・・・。
アタシのファイヤーボールがっ!

アスカのファイヤーボールは特別だった。他はマジシャンの上級というところだが、自
分の命を助けられたこの魔法にだけは思い入れがあり必死で練習した。
その結果、ファイヤーボールだけはソーサラーの中級レベルに迄達している。

ファイヤーボールが効かないなんて・・・。
アタシの・・・。

恐怖の色がアスカの顔に宿る。

迫り来る使徒。

その時。

ズンっ!

小さな光の弾が、アスカの横を通り過ぎ使徒に直撃した。

「ウォーーーーーーーーーーンっ!」

吠える使徒。

アスカのファイヤーボールに比べると、なんとも小さなファイヤーボール。

ズバババババババババババ。

だがその数に雲泥の差があった。小さな小さな光の弾は、一瞬のうちに幾万という数を
連射され、その全てが見事正確無比に使徒のコアに直撃。

「な、なにっ!?」

自分の背後を見ると、頭まですっぽりと紫色のマントを被った少年らしき人物。更にそ
の遥か後方には、何十人というマントを被った男達が成り行きを見守り立っている。

ズン。

「えっ?」

音がした方向・・・使徒のいたの方向に再び視線を戻す。

使徒は全ての力を失うかのようにその場に、まるで水面に木の葉が落ちるように静かに
倒れた。

「えっ? えっ?」

紫色のマントを顔まで被った少年が近付いて来る。

「な、なに?」

「魔法は良くも悪くも力を発揮するんだ。使い方を間違うと、こうなっちゃう。」

そういいながら、アスカが破壊しつくした町に手を翳す少年。

「な、なによっ! アタシは、使徒を倒そうとしてっ。」

「もう少し、勉強するんだね。」

それだけ言い残し、後ろにいた男達と共に去って行く。

なによっ!
アイツっ!
ちょっと、自分の魔力が強いからってっ!

「お礼なんか、言わないもんねーだっ! べーーーっ!」

命は助けられたが、イライラしながら宝石の袋を拾い上げ歩き出そうとした時。

グォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーッッッ!!!!!

火山が雄叫びを上げたかと思う程大地が轟く。

雷鳴が轟くかのごとく大空一面が揺れている。

「はっ!」

目を見開き天空を仰ぎ見る。

真っ白な超巨大な魔動戦艦が優雅に豪華に飛び立つ姿。

この世界がどんなに広くとも、ゲンドウと冬月が実戦部隊から引退した今、あれだけの
超巨体な魔動戦艦を動かせる程の魔力を持つ者は、アスカの知る限りただ1人。

そんなぁっ!
じゃ、じゃぁ、あれは、シンジ様っ!????

白い超巨大戦艦の周りから、魔動巡航艦や魔動駆逐艦が次々に上昇し、空を覆い尽くす。

これだけの規模の魔動艦隊の壮大な姿・・・間違いない。

グォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーッッッ!!!!!

まるでこの世界の全てが揺れているようだった。

それは、現役最強のWizardであるシンジ王子率いるネルフ帝国最大規模を誇る、第壱
魔動艦隊が飛び立つ天をも焦がさんばかりの光景。

あのシンジ様が、アタシに声を掛けて下さったのにっ!
それなのにぃぃぃぃ!
アタシはぁぁぁっ!!!

シンジ様ぁ。
アタシ、シンジ様のお言葉をよく考えます。
もっともっと修行します。
あぁ、シンジ様ぁぁ!

その場に跪き、この国最強にして最大の帝国魔動艦隊の大軍が、空を覆って飛び去って
行く優雅でもあり壮絶でもあり、そして神々しい光景を見送るアスカであった。

<森>

森に帰ったアスカは、シンジに言われたことを噛み締め、魔法の修行に打ち込んでいた。
まずは大技のファイヤーボール以外の魔法のレベルを高めることを課題として。

「動くんじゃないわよぉ。」

「わ、わ、わ、私より、小人渚の方が・・・。」

目をまるまるに見開いて、頭にみかんを乗せ懇願する小人綾波。

「うーん。手伝ってくれるなら、どっちでもいいわ。」

「僕は親分だからね。こういうのは、子分の役目さ。」

「ひぃー。」

頭をフルフルと振って、怖がる小人綾波。

「動いたら、危ないわよ。」

マジックアローを引き、アスカが小人綾波の頭のみかんに狙いを定めている。

「み、みかんなら、丸太か何かの上に・・・。」

「それじゃ、気合が入らないのよ。」

「ひぃー。」

「いっくわよーっ!」

ビシュッ!

放たれるマジックアロー。小人綾波の頭に置かれたみかんが飛び散る。

「た、たすかった。・・・。」

「小人渚っ。次置いて。」

「わかったよ。」

ほっとしたのも束の間、すぐさま小人渚が小人綾波の頭の上に新しいみかんを置く。

「ま、まだやるの?」

「なーにぃ? 文句でもあるってーの?」

マジックアローを構えて、アスカが小人綾波を睨み付ける。非常に恐ろしい。

「そう・・・もう駄目なのね。私。」

「いくわよーっ!」

ビシュッ!

「ひぃー。」

また頭の上のみかんが飛び散る。恐い。本当に恐い。小人綾波は両手両足をじたばたさ
せながら思った。なんとかして逃げなければと。

「小人渚っ。次置いてっ!」

「自分で置くわ。」

小人綾波は急ぎそう言いながら、みかんと取ろうと体を動かしたが、その途端。

ダッ!

わき目も振らず逃げ出す。小さな体を左右に一生懸命ひょこひょこ振って、草を掻き分
け一生懸命走って行く。

「あら、逃げたのね。まぁいいわ。次、アンタが相手して。」

「げっ! つ、捕まえてくるから、うん。」

「そう。お願い。」

小人綾波がいなくなっては、明日は我が身・・・いや数秒後は我が身。そんなことにな
ってはたまらない。

そして、数分後。

ズルズルズル。

「いやーーーっ!」

ズルズルズル。

「いやーーーっ!」

結局その日1日、アスカの修行の相手をさせられた小人綾波は、間違いなく寿命が10
年は縮まったと確信するのだった。

<コンフォート17キャッスル跡>

いよいよアスカ捕獲作戦を実行する日がやってきた。まともにやりあったら、町や森が
大変なことになりそうなので、マナは一計を画策していた。

「あの娘は、美味しい物に目がないわ。フフフ、この赤く熟れたリンゴで・・・。」

今朝とってきたばかりの赤く熟れた美味しそうなリンゴに、スリープの魔法を何度も何
度も念入りに掛けている。

寝ちゃったらこっちのもの。
フフフフフ。
アスカの分の内職、いっぱい残してあるわよぉ。
楽しみにしてなさい。

周りに目を向けると、内職道具の山、山、山。アスカに背負わされた借金の為に、毎日
夜遅くまで内職をしている自分のことを考えると、可愛そうで涙が出てきそう。

もういいかしら?
さ、おでかけおでかけ。

気の済むまでリンゴに魔法を掛けたマナは、自分であることがばれないように近くの劇
団から借りて来た衣装とメイクセットでおばあさんに変装し、修復中のコンフォート1
7キャッスルから出て行くのだった。

<ネルフ城>

ここはこの国を治めるゲンドウの巨城。コンフォート17キャッスルが富士山だとする
と、ここはヒマラヤ山脈にも相当するくらいの巨大な城で、トップクラスのWizardで
ある提督連が率いる全13の艦隊が集結する軍事拠点でもある。

「うーん・・・なんか少し勘違いしてるみたいだなぁ。」

王子の部屋で鏡を見ながら呟いているのは、この国の王子であり帝国艦隊の中でも最大
の第壱魔動艦隊の提督でもある碇シンジ。

「おうっ! なんや用か? おっ!???」

「あっ! ト、トウジ!」

「なんやぁ? なんか今、鏡に女が映ってへんかったかぁ?」

「そ、そんなことないよ。」

慌てて鏡に布をかける。

「ようやくシンジも色気づいてきたっちゅーこっちゃなぁ。」

「違うって言ってるだろっ! なんだか、ちょっと危なっかしい子だったから様子見て
  ただけだよ。」

「風呂場とか覗いてたんちゃうんか?」

「家の中まで見れるわけないだろっ!」

「ほうかほうか。残念やったなぁ。それは。」

「見れても、見ないよっ!」

「わはははは。まぁええわ。で、なんや用ってのは。」

鈴原トウジ。帝国第参魔動艦隊を指揮するWizardで、強力な魔族である王家の血筋を
継ぐシンジを除くと、唯一の10代の提督である。

「こないだ使徒倒したんだけど、探してたのと違う奴だったんだ。」

「ほうか。ほういや、強いパターン青がちらちら森で出とったなぁ。」

「だろ? 今日はトウジがあっちの巡回だけど、代わってくれないかな?」

「なんや? ほんまもんやったらともかく、沸いて出た使徒くらいワイで十分やで。」

「アダムみたいなの出たら、ぼくでも無理だよ。全軍での死闘になっちゃうよ。」

「ほれもほうや。」

「父さん達が引退しても、ぼく達だけで使徒倒せるようにならなくちゃいけないだろ?
  修行もかねて、巡回しようかなって。」

「修行ねぇ。もう十分ちゃうんかぁ?」

「父さんが煩いんだよ。『わたしがお前くらいの歳にはもっと魔力があった』とかって。
  ま、父さんもそろそろ引退の歳だから頑張らなくちゃ。」

「ま、ええけどな。ほやけど、シンジ?」

「なに?」

「素直にあの娘に会いに行きたいっちゅったらどうや?」

「ちっ! 違うよっ! そんなこと言ってないだろっ!」

「まぁ、ええけどな。頑張れや。ほういうことやったら、ワイは兵に休暇でもとらせる
  さかい。」

「うん。ありがとう。」

「ほれから、シンジぃ? 覗き見はほどほどにせんと、嫌われんど。」

「の、覗いてなんかいないよっ!」

「男のロマンはわかるけどな。わははははは。」

高笑いを浮かべながら、幼馴染でもあり話し易い同じ10代の提督でもあるトウジが退
室する。

1人になったシンジは、再び鏡に掛けた布を上げ様としたが、途中で思い止まったのか
布をかけクローゼットにしまうのだった。

<森>

リンゴの入った籠を腕に掛け、森をうろつく怪しいおばあさんが1人。真っ白になった
白髪の下から、風が吹く度ちらほらと茶色い髪が顔を覗かせる。

このリンゴを食べたら魔法を解くまでぐっすりお寝んね。
フフフ。
気付いた時には内職道具の山の中よっ。
借金を返すまで逃がさないんだからっ。

万が一途中でアスカと遭遇した時の為に、よたよたとおばあさんらしく歩く。ずっと腰
を曲げたままなので、非常に疲れる。

この辺だったわよね。
確か、あの高い木を越えた辺りに・・・。

鏡で見た風景を思い出しながら、アスカの隠れ家を探して一歩一歩進んで行く。

あっ!
見つけたわよーっ!
アスカぁぁぁっ!

アスカがとんずらこいてからというもの。
毎日、毎日、内職、内職、内職、内職っ!
あなただけ、こんなとこでのんびり暮らすなんて許すもんですかっ。

マナの目の前に立つ、小さな小人の小屋。その前でアスカは、小人を相手に魔法の練習
をしているようだ。

「えー、リンゴはいらんかねぇ。とれたてのリンゴだよぉ。おいしいよぉお。」

「むっ!?」

「おいしい、おいしいリンゴだよぉお。」

「リンゴ? リンゴなのっ!?」

思った通りである。食べ物でつると、アスカはすぐに飛びついて来た。仮面の下でニッ
とほくそ笑むマナ。

「いくらよ。それ。」

「お嬢さん可愛いから、タダでいいよ。」

わたしの次にだけどね。

「いやーん? かわいい? しかもタダぁぁぁっ!?」

目を輝かせるアスカ。あいもかわらず単純である。

「食べるかい?」

「あったりまえじゃんっ! 最近、みかんばっかで飽きてたのよねぇ。」

「そうかいそうかい。それじゃ、1つどうぞ。」

魔法を掛けたリンゴを取り出す。

もうこっちのもの。

と思った時だった。

ズズーーーン。

目の前の小屋が木っ端微塵に吹き飛んだ。

なにっ!?

ただごとではない。芝居などしていられなくなったマナは、背筋をピンと伸ばしモウモ
ウと立ちあがる砂煙の向こうに目を向けると、使徒がこちらに迫ってきている。

「ダメっ! アスカっ! 敵よっ!」

「今更、ダメって言っても遅いのよっ! 食べるったら食べるのっ!」

がぶっ。

「あーーーーっ! ちょっと待ってーーーーーっ!」

「うっうーーーーーん。」

ドサリ。

念入りに魔法をかけたリンゴの効果で、即効おやすみモードに入るアスカ。

「ばかーーーっ! こんな時に寝るなーーっ! 吐けーーーーっ!」

アスカの肩をがたがたと揺さぶるが、眠ってしまったものは仕方がない。しかもこちら
の事情はいざしらず、使徒は容赦無く迫り来る。かなりの魔力を持っているのがわかる。

小人渚も小人綾波も、あまりの恐ろしさに近くの岩場へすたこらさっさと逃げて行く。

このままじゃっ!
アスカがっ!
借金残して死なせるもんですかっ!

おばあさんの衣装を脱ぎ捨て、戦闘態勢に入るマナ。その手に魔力が満ちてくる。

「フリーーーズ! アローーっ!」

バキーーーン。

使徒に直撃したものの、ダメージは与えられず粉々に砕け散る氷の弓。

まずいかもぉ。
強いじゃないのよぉ。

「アスカーーーーっ! 起きろーーーーーーーっ!」

「ぐぅ。」

マナが死闘を展開する横で、幸せそうによだれをたらして眠っている。

ムカッ!

しまいに、頭に来る。

「起きろっつてるでしょっ!」

ガンガンガン。

頭を蹴飛ばすが、それでも起きない。バカかもしれない。

そうだっ!

スリープを解く呪文は。

えっとえっと。

ドドドドド。

「いやーーーーーーーーーーーーーーーんっ!」

マナを敵と見なした使徒がこちらに向かって突進してきているではないか。とっても嫌
な感じである。

「ちっ!」

とにかく空へ飛び上がって逃げ、スリープを解く呪文を思い出そうとする。

ブワーーーーーーーーーっ!

地上から使徒が大きく口をあけ、マナめがけて火を吐く。

「あっ、あっちーーーーーーっ!」

パンツまで漕げるマナ。

「あついじゃないのーーーっ! いやーん、おしりがぁぁ。」

手でお尻を隠して、気持ちよさそうに眠るアスカの横に降り立つ。

ようやく思い出した呪文を唱えた。

「よしっ! 成功っ! アスカっ! 起きてっ!」

「ん・・・。」

アスカの目がしょぼしょぼしだす。

「早く起きてーーーーーっ!! 使徒があそこに・・・いっ、いやーーーっ!」

あそこと指差そうとしたマナだったが、いつの間にか自分の背後、鼻先三寸の所まで使
徒が接近してきているではないか。

「きゃーーーーーーーーーーーーーーっ!」

ドガーーーーーーーーーーーーンっ!

使徒に体当たりされたマナは、遥か彼方まですっとばされてしまう。

「所詮・・・白雪姫の魔女役なんて、この程度の終わり方なのね。
  しかも、1行もシリアスっぽいとこなかったじゃないのぉ。しくしく。」

破れたお尻を隠しながら飛んで行ったマナは星になった。

ようやく正気に戻ってきたアスカが、ふと目を開けるとまん前に見えるのは、自分を覗
き込んでいる使徒の顔のアップ。

うぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
なんじゃこりゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!

なにがなんだかわからない。しかも相手の魔力は、こないだのより強そうだ。こんな奴
の顔、寝起き一番に見たくない。しかもアップ。をぇ。

わけのわからぬこの超超超超最低最悪の状況にアスカの出した答えはただ1つ。

死んだ振り。

「・・・・・・。」

死んだ振りを決め込んでいるというのに、ジロジロと自分のことを覗き込んで来る使徒。

「・・・・・・。」

息を止めて必死に頑張るが、なかなかいなくなってくれない。ピンチ、ピンチの大ピン
チである。

アタシはもう死んでんのよっ!
さっさとどっか行ってよっ!
い、息がくるしぃ・・・。

薄目を開けるとまだ目の前に使徒がいる。息がもたない。苦しい。苦しい。苦しい。苦
しい。もう駄目。

「ぶはっ!」

とうとう我慢できなくなって、息を漏らした瞬間、使徒は大きく口を開き炎を充満させ
て仰け反った。

やっ、やばいっ!

だが、その使徒がアスカに襲い掛かって来ることはなかった。なんだろうと、目を開け
るとマジックアローが、使徒をまっ二つに切り裂いている。

近頃アスカがいつも練習していたマジックアローだが、その威力が桁違い。その向こう
に見えるは、紫色のマントか被った少年の姿。

はっ!
シンジ様ぁ!?
アタシを助けに?
そ、そうだ!
寝た振り・・・。

またしても目を閉じ寝た振りを決め込むアスカ。ただし、リンゴを食べた時についた口
元のよだれだけはしっかりと拭っておく。

「君? 大丈夫?」

「・・・・・・。」

そっとアスカの口元に、シンジが手を翳す。どうやら息はあるようなので、ひとまず安
心したようだ。

あぁ、アタシは眠れる美少女よ。
きっと、王子様のキスで目が覚めるんだわ。

「えっと・・・うーん。」

シンジの声が聞える。

あーん。
はやくぅ。はやくぅ。
アタシはいつでもオッケーよぉぉぉ。

「すまないが、救護班を呼んでくれないかな?」

何を考えているのだろう? 部下に救護班を呼ぶように命令を出しているではないか。

違うでしょうがっ!

日の光を遮っていたシンジの顔が、少しづつ遠のいていきそうになる。閉じた目に当た
る光でわかる。

いやぁぁぁぁっ!
こういう時は、王子様のキスってのがお決まりなのよーーっ!

「うがっ!」

突然起き上がるアスカ。

「わっ!」

びっくりして目を見開くシンジ。

そのままアスカはシンジの首に両手を回し突撃。

キッス。

しかも、勢いあまってシンジに覆い被さり押し倒してしまう。

「!!!!!!!!」

びっくりして目を思いっきり見開いたまま、地面に倒れるシンジ。

目の前には、鏡で見ていた少女がアップで迫り、キスをしたまま離さない。

敵との戦いには慣れているが、こういうことはさっぱりのシンジは、もうパニック状態。

「あ、あら・・・アタシ。」

散々キスしたあげく、そっと体を離したアスカは、何が起こったのかわからないといっ
た感じで、わざとらしくきょろきょろしている。

「王子様が、キスでアタシを助けてくれたんですね。」

王子の上で馬乗りになっていうセリフではない。

「あ、あの・・・あの、えっ、えーー?」

シンジのパニック絶好調。

部下らしきWizardの鎧を纏った男が近付いて来る。

「王子様、キスなさいましたな。」

「えっ? い、いやっ・・・あの。」

「わが国、王家の掟で初めてキスをされた女性は妃にせねばなりませぬ。」

「えーーーーーーーーーーっ!!!!」

目を見開くシンジ。

「うそーーっ!? 妃ですってーーーーっ? うっうーーーん。」

にやけた顔のまま、溶けてしまうアスカ。

「ですが、幸い陛下はこのことをご存知ありませぬ。やはり、王家には王家に相応しい
  妃が必要かと存じますので、我ら今のことは見なかったことに・・・。」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」

溶けていたアスカが今度は凍り付いて復活した。

「アタシはキスしたのよっ! キスよっ! キスっ! シンジ様と初めてキスしたのよっ!」

大騒ぎするアスカ。

「黙らせろ。」

男達がざっとアスカを取り囲む。彼らは皆、帝国第壱艦隊のWizard連。アスカごとき
が、その1人にだって抵抗できる相手ではない。

そ、そうよね。
アタシなんかじゃ・・・。
あぁーあ。
わかってるわよ。わかってたけど。
一瞬でも夢みれたし・・・幸せかな?

「あっ。ちょっと待って。」

そこへ、シンジが割って入ってきた。

「どうされました。」

「いいよ。掟は掟だ。妃にするよ。仕方ないじゃないか。」

モジモジしながら、シンジがボソボソ言う。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
  !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
  !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

びっくりおったまげたのは、アスカ。先程の駄目元で騒いだ状況とは違い、もう声にも
ならない。

「ほぉ。そういうことですか。」

「そういうことって?」

「そういえば、最近このあたりばかり王子は巡回されておられましたな。こたびのこと
  は、起こるべくして起こった・・・と。」

「ち、ちがうよっ! 何わけのわかんないこと言ってんだよっ!」

「おや? 天下無敵の帝国第壱魔動艦隊提督が赤くなられたぞ。」
「「「わはははははははははっ!」」」」

「もうっ! からかわないでよっ!」

「さすがの、最強を誇る王子も色恋沙汰には疎いようですなぁ。」
「「「わはははははははははっ!」」」」

部下のWizard達に大笑いされ、しかも1番聞かれたくなかったアスカにまで最近この
辺りばかり巡回していたことを知られ、穴があれば入りたい。

「シンジ様・・・まさか、アタシを。」

「じゃ、じゃぁ。と、とにかく城まで来てくれるかな。」

うっ、うそっ!
ほんとにっ?
シンジ様がぁ?
アタシを?
な、なんで?
こ、これは、夢。
そう。夢・・・。

「どうしたの? 嫌なら・・・。」

夢でもいいーーーーーーーーーーーーーっ!

「行くっ! 行きますっ! どこでもっ! はいっ!」

「ありがとう。」

アスカの手をとり導くように歩き出したシンジの後から、小人渚と小人綾波がトタトタ
トタと駈け寄って来た。

「ばんざーいっ!」
「よかったわ。さようなら白雪姫様。」

涙を流して喜ぶ2人の小人。なにやらもう嬉しくて仕方がないようである。

「アンタ達にも世話になったわね。」

「ばんざーいっ! ばんざーいっ!」
「さようならぁ〜。もう来ないで〜。」

小人2人に手を振り、シンジに手を引かれて行く。

あの日あの時、自分の命を救ってくれたあの時から、恋に焦がれた想いが実を結び、ア
スカは幸せ一杯の笑顔が光り輝く。

全軍に指示を飛ばし艦隊を指揮するシンジの姿。

グォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーッッッ!!!!!

舞い上がる壮大な帝国第壱魔動艦隊の中心で、真っ白な戦艦に乗り愛するシンジに身を
寄せる。

ママ。
アタシ、幸せになったの。

天高く舞い上がったアスカの目に映る夕日は、まるでキョウコが祝福してくれているか
のように赤く照り付けていた。

夕日は、惜しみなく全ての人々に夜の到来を告げる。その光が幸せの記しである者もい
れば・・・

「あぁ・・・もう夜だわ。」

少し離れた所にある、コンフォート17キャッスル跡。

同じ夕日に照らされながら、火傷したお尻を摩りつつ内職を続けるのは、借金を押し付
けられたマナ。

急がなくちゃ、今日のノルマが・・・。
あーーーんっ!
なんでわたしこんな役なのよーーーーっ!!!!

マナの内職に明け暮れる日々はまだまだ続く。




後日談。

ゲンドウに認められず、アスカは白雪姫と呼ばれなくなる迄、修行の旅に出されること
になるのだが、それはまた別のお話。

fin.
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