------------------------------------------------------------------------------
終着駅の先にある駅は・・・。
------------------------------------------------------------------------------

<電車>

コートの裾をパタパタと揺らして、学校の鞄を振りながら、いつものように階段を駆け
降り電車に飛び乗る。

7時42分の各駅停車。2月の冷たい風で凍えそうなアタシのほっぺも、電車に乗ると
少しやわらか。

みっけっ!

今日も自分の定位置を見つけた。アタシはその席の前で少し肘を伸ばし、吊革を握って
立つ。

前に座っているのは、アタシみたいな赤毛じゃなくて、純粋な日本人らしい黒い髪の男
の子。

名前も知らない。
どこの高校なのかも知らない。

ただ、毎朝この7時42分の各駅停車、3両目の真ん中の扉から乗ると、いつも本を読
んで座っている・・・それだけしか知らない男の子。

これがアタシの1日を始める朝の日課。この7時42分の各駅停車で、36分の間だけ、
アタシの心を乱すコイツと一緒に過す。

今日は何読んでるんだろ?

なにげなさを装ってコイツが開いている本に視線を落とすと、やっぱり昨日読んでいた
本。それでいてほとんど進んでいない。ほんとコイツってそうとうじっくり本を読むタ
イプみたいで、なかなか進まないのよね。

2つ目の駅に電車が止まる。ここから人がたくさん乗って来る。アタシはなにがなんで
も、この定位置を死守しなくちゃいけない。

むむむーーっ!!

人波に押されながらも、がんばるっ! 両手でしっかと吊革持って、両足をぎゅーっと
踏ん張って!

ふぅ〜。
なんとか今日もこの場所をキープ。

前に座る男の子は、涼しい顔で俯いたまま本を読んでるけど、アタシはいつもこの戦い
で背中に汗が滲み出ちゃう。

でも、この難所を越えれば安心、残りの21分ずっとコイツの前をキープできる。

ゴトゴト、ゴトゴト、電車は走る。

ゆらゆら、アタシの体を揺らしながら。
ゆらゆら、アタシの心を揺らしながら。

アンタ、名前は何て言うの?
アンタ、どこの学校なの?
アンタ、どこに住んでるの?

毎日、毎日、会ってるのに、なにも知らない男のコ。ただわかっていることは1つだけ。
36分の旅を終え電車は小さな駅に到着する。アタシが知ってるのは、コイツがその駅
で降りること。

本を鞄に入れたコイツは、スッと立ち上がる。アタシより顔1つ高くなったかと思うと、
人波を掻き分け電車を降りて改札へ向かう。

いってらっしゃい。

窓の外に見えるアイツに、一声かけてあげる。・・・・・・心の中で。

アイツのいなくなった椅子にアタシは座る。お尻が少しあったかい。座るって言っても、
あと3つ先でアタシは降りるんだけどね。

この区間、電車の中は女子高生が多いから、アイツの座ってたとこに座られるのって、
なんかイヤ。

ほんのささやかな独占欲と、優越感。

そう・・・。
アイツがアタシの片想い。
アイツがアタシの好きな人。

初めて会ったのは高校1年生の秋、その時は偶然この電車に乗った時だった。知らない
中学生の女の子が痴漢にあってたの。

アタシ、そんなことぜんぜん気付かなかったんだけど、アイツが「やめろっ!」って・・・。
結局相手にボコボコにされちゃうわ、痴漢現場で大声出したもんだから、女の子に恨ま
れるわで、散々になったところを駅員さんに助けられてっていう、なんともかっこ悪い
オチがつくんだけど。

でも、あれからなんだかアイツのことが気になりだして・・・いつのまにか。

やっとアタシの学校の駅に到着。電車を降りると改札の向こうには親友のヒカリが待っ
ている。ヒカリは反対方向から来る。彼女の電車は2分先につくから、待っててくれる。
ここでアタシ達は合流して、アタシ達の女子高へ歩いて行く。

「おはよぉっ。」

「おはよ。なーに? ヒカリったら、朝から眠そうよ?」

「だって、今日、化学のテストだからさ。昨日遅くって。」

「あっ!!!」

「えっ? アスカ、まさか忘れてたの?」」

「たははははは。」

まいった。朝からなにか重い物が背中に乗っかった感じ。
でも今日を乗り切れば明日は祭日。お休みっ!

よーし、今日も頑張るぞっ!!

「ねぇ? アスカ、明日暇?」

「なに? うん・・・暇だけど? なに? なに?」

「もうすぐ中間でしょ? 明日、図書室で一緒に勉強しない?」

「えーー、なにかと思ったら、勉強なのぉ?」

「ちょとヤバイのよ。数学が。今回の範囲、よくわかんないの。お願い! 助けて!」

親友に両手を合わしてお願いされたら、断ることなんてできない。仕方ないわね。明日
は、ヒカリに付き合ってテスト対策しようかな。

「じゃ、いつもの時間に改札でね。」

「いっ・・・そんなに早く?」

あーん。
明日は、ゆっくり寝れるって思ったのにぃ。

「パッパッと終わらしちゃって、お昼は餡蜜食べましょ。」

「ふぅ・・・そういうことなら仕方ないか。」

これで明日のお寝坊計画は消え去っちゃったわね。そのかわり、アタシの苦手な古文の
ヤマ教えて貰っちゃおっと。

翌日。

昨日の化学のテストはというと・・・ま、バッチリとはいかないけど、さすがはアタシ
って感じだったわよ。へへーんだっ!

そして今日も、アタシは同じ時間の各駅停車に飛び乗っている。

でもさぁ。今日は祭日だから、アイツはいないのよねぇ・・・???

え?

いた。いるじゃん。なんで?

アイツの学校って祭日無いのかしら・・・そんなわけないか。まぁいいわ。アタシは今
日もいつもの定位置に立って吊革を持つ。

さすがに祭日、いつもよりずいぶんすいてる。コイツはいつものとおり、本を読むのに
夢中。

どれどれ? 今日は何処まで読んだのかな?
あいかわらずあまり進んでないわね。

ゴトゴト走る電車に揺られながら、アタシはなにげに手櫛で髪を梳かす。今日はコイツ
とは会わないって思ってたから、ちょっと髪のセットをさぼったことに後悔。

どこにでもいるような普通の男の子。
だけど、気になる男の子。

ゴトゴト。ゴトゴト。揺れる電車の吊革持って、右に左に体を揺らしながら、気付かれ
ないようにコイツのことをチラチラ。

目の前に座っている。
少し声を出せば聞こえる距離。

『あなたの名前は何ですか?』ただそれだけ。

でもそれってすごく勇気のいることだって思わない? 電車の中で見知らぬ男の子に、
とてもじゃないけど言えないよ。

ゴトゴト。ゴトゴト。祭日の電車の中は、同じ時間の電車でも、いつもの電車とやっぱ
り違う。

なんだか別世界に来たみたい。

電車はもうすぐ、コイツの降りる駅に到着する。アタシのただ1つ知ってるコイツのこ
と。毎朝降りるあの駅に。

ゴトゴト。ゴトゴト。
ゴトゴト。ゴトゴト。

電車がブレーキかけたのが、立っているアタシの体に伝わって来る。ちょっと吊革を強
めに握って、慣性の法則に立ち向かう。

キキキキキ。

電車がもうすぐ止まる・・・コイツの降りる駅で。それは祭日の今日の電車でも同じ。

祭日?

そうだ。今日は祭日だったんだ。
ってことは、アタシ学校に行かなくてもいいんだ。

でも。でも、なーんか学校に用事があったようなぁ〜。
ゴメン! ヒカリ!
明日、餡蜜奢るねっ!

天才的なアタシの頭のCPUは、とってもナイスなアイデアを弾き出した。そうだった
んだ。今日は祭日だったんだ。

何を思いついたかって?

決まってるじゃん。
コイツについてって学校がどこか突き止めるのよっ!

言っとくけど尾行じゃないわよ?
ついていくだけだもん。

そうと決まれば、アタシは鞄を持つ手に力を込め、いつでも降りれる体勢をとる。見失
わないように、それでいて気付かれないようについて行かなくちゃ。

言っとくけどストーカーじゃないわよ?
ついていくだけだもん。

キキキキキ。

電車が止まった。コイツの降りる駅で。いよいよ勝負だ。アタシはコイツの動きに合わ
せて、いつでも動けるように心の準備をする。

電車のドアが開く。

まだコイツは立たない。いつでもいいわよっ。

まわりの人が降りて行く。

まだコイツは立たない。いつでもいいわよっ。

ピリリリリと、発車のベルが鳴る。

まだコイツは立たない。いつでもいいわよっ。

『ドアが閉まります』なんてアナウンスが流れる。

まだコイツは立たない。いつでもいいわよっ。

ドアが閉まった。

まだコイツは立たない。いつでもいいわよっ。

そして電車は動き出した。ゴトゴト。ゴトゴト。

まだコイツは立たない。いつでも・・・な、なんで降りないのよーーーっ!!!




準備万端で臨戦態勢に入っていたアタシは、頭がクラクラしてきた。今日は、コイツっ
てこの駅で降りるわけじゃなかったのね・・・。

せっかく学校が何処かわかるとこだったのにぃ。
意味無いじゃん。

もうすぐアタシの学校がある駅だ。やっぱり、今日は学校に行きなさいって神様が言っ
てるのかしら?

ゴトゴト。いくつか駅を通り過ぎ、今度は見慣れたアタシの降りる駅に到着。学校に行
くなら、この駅で降りなくちゃ。

ううん。ダメダメ。
だって気になるじゃん。

学校に行かないなら、コイツがいったい何処に向かってるのかって。

やっぱりゴメン! ヒカリ!
明日、餡蜜奢るからねっ!

アタシはやっぱりコイツが何処に行くのか知りたくなったきた。
クラブ活動で、何処かに行くのかもしれない。
何処かの街に行って、なにか買い物するのかも。

なんでもいい。
コイツのことが知りたい。

電車のドアが閉まった。いつも降りる学校のある駅の景色が流れ出す。アタシの通学定
期はここまで。目の前に座るコイツと一緒に。アタシは見知らぬ世界へ冒険の旅に出る。

この先いったい何があるんだろう?
モンスターが出てきたら、どうしようかしら?

って、そんなバカなことがあるはずないけど、なんだかドキドキ、ワクワク気分。

この電車に乗ってから何分たっただろう?
こんなにコイツと長い時間、一緒にいたのは初めて。

コイツは相変わらず、ずっと本読んでて顔を上げようとしない。ほんとに本が好きなの
ね。

アタシ達が乗ってるのは各駅停車。コイツが降りる学校の駅も、アタシが降りる学校の
駅も急行が止まってくれないのよね。

もっと便利な駅に学校があったらいいんだけど、でもそのおかげでコイツと会うことが
できたんだから、文句は言えないか。

ゴトゴト。ゴトゴト。電車はいくつかの駅を通り過ぎ、大きな商店街のある駅に近付い
てきた。

きっとここでコイツは降りるんだろうな。

アッ!

どうしよう。コイツ、切符買ってたらすぐに改札出ちゃうじゃない。アタシ、乗り越し
清算しなくちゃ。

いやーん。
見失っちゃうよぉ。

困った。これは困ったぞぉ。
とにかく、コイツより先に走って出て、すぐ清算してコイツを探すっ!
そして、後をついて行く! 完璧よっ!

言っとくけど尾行じゃないわよ?
ついていくだけだもん。

それだっ! それしかないっ!
そうと決まれば、電車から飛び出す準備だっ!

言っとくけどストーカーじゃないわよ?
ついていくだけだもん。

電車がまたブレーキをかけて駅に止まった。アタシは吊革から手を離して、いつでも飛
び出せる体勢。

ドアが開く。

行くわよっ! アスカっ!

ダーーッシュ・・・ん?

コ、コイツ。まだ立つ気配が無いじゃないっ!

勢い込んでいたアタシは、慌てて体の動きを止め吊革を持ち直す。危なかった。アタシ
だけで降りちゃうとこだった。

やっぱり大きな商店街がある街だけあって、周りの人がたくさん降りて行く。この駅は
急行も止まるし、JRに乗り換えもできるから、乗り降りが激しい。

わっ!!

わわわわわっ!!

わわわわわわわわわっ!!

やっぱりモンスター出現。思ってもいなかったことがアタシの身に襲い掛かってきた。
こ、これは、大問題よ!

な、なんと。コイツの・・・。
コイツの隣の席が空いちゃったっ!!!

座る? 座らない? 座る? 座らない?

いやーーーん。どうしよう。
隣に座っちゃっていいのぉぉ!!?

困った。困った。困った。困った。

どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。

究極の選択を迫られたアタシが、吊革を持ちながらアタフタしていると、この駅で降り
た人と入れ替わりに、新しく電車に人が乗ってきた。

むっ!

おばさんが、目の前の空いてる席、アイツの隣の席に向かって迫って来る!

ダ、ダメっ!
この席だけは、やっぱり譲れないっ!!!

こんなチャンス、一生に1度っきりかもしれないもん。アタシは勇気を出してコイツの
隣の席に座っちゃった。

おじゃましまーす。

すると、コイツはチラっとアタシの方を一瞬だけ見て、また視線を本に落としたの。

うーん。アタシが横に座ったらイヤだったのかな?
そんなことないわよね。

いつもアタシが乗る区間って、人が多いから座ることなんてできないのよね。隣に座れ
るなんて、なんだかすごーくラッキーな日なんじゃない?

微妙にコイツにジリジリ体を寄せて座ったりしてみたりしちゃったりして。

大丈夫。気付かれてないわよね。

でも、いったい何処まで行くんだろう?
さっきの商店街より向こうって、何処か行くとこあったっけ?

この先って、アタシ行ったことない。
ほんとに未開の地に突入したわ。

ゴトゴト。ゴトゴト。いったい、この電車って何処まで行くんだろう?
ゴトゴト。ゴトゴト。線路はどこまで続いてるんだろう?

このままコイツと2人で、どこまでもどこまでも旅してみたいな。

本ばっかり読んでるアンタ。
そう、横に座ってるアンタよ。
たまには、本じゃなくてアタシのことも見てよ。

露骨に横をじっと見てると、怪しい女のコになっちゃうから、気付かれないようにチラ
チラとコイツの仕草を観察。

ほんとに本が読むのが遅いヤツ。
黒い瞳に黒い髪。

白いYシャツを着ているコイツと、白いブラウスに肩から掛ける青いスカート姿のアタ
シが隣り合って寄り添い座る。

ブラウスごしにコイツの温もりが伝わって来る。

あたたかい・・・。

あたたかい・・・。

なんだか、とっても幸せ。

あたたかい・・・。

あたたかい・・・。

                        :
                        :
                        :

「ねぇ。アスカ?」

「ん?」

突然、どうしたの?

「今度の日曜さ、水族館に行こうよ。」

「いいけど?」

そっか。そうだったんだ。一緒に電車に乗って、アタシ達って付き合い出したんだった。

「アスカは何が見たい?」

「電気うなぎ。」

「電気うなぎって、かわいいよなぁ。」

「でしょでしょ。」

「じゃぁ、アンタは。アンタ・・・アンタ・・・。」

アンタ、名前は? 名前何って言うの?
アタシ達、付き合ってるのに、どうして名前がわからないの?

アンタ・・・。

アンタは、誰?

どうして? どうして、名前がわからないのっ?

                        :
                        :
                        :

はっ!

夢・・・。

えっ!? ちょっと待ってっ! アタシ寝てた?
ア、アイツは何処・・・って、キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!

いつの間にか、アタシは思いっきり頭をコイツの肩に乗せて、凭れ掛かって眠ってた。
慌てて体を起こして座りなおす。

恥かしい。

恥かしい。

恥かしい。

恥かしいーーー!

どうしよう。迷惑な女のコだって思われたかな。

ま、まさか、重いコだとか思われてないわよね。

失敗だ。失敗だーーーっ! 大失敗だーーーーーーーっ!!

慌てて起き直ったアタシは、迷惑そうな顔をしてないか、コイツの顔をチラチラ、チェ
ック。でも、なにも思ってないかのように、相変わらずただ本を読んでるだけ。

ほっ。ひとまず安心していいのかしら。
そう思おう。そう思っておこう。

はぁ・・・冷や汗ダラダラってヤツだわ。

って、ちょっと待って。
ここ何処?

アタシ何分寝てたの?
今何処なのよっ!!

時計を見てみたら、電車に乗ってからかなり長い時間乗ってる。だけど、寝ちゃったの
が電車に乗ってから何分たった時か覚えてないから、寝てた時間も検討つかない。

でも、コイツがまだ乗ってるってことは、たいして進んでないのかしら?
いったいアンタは何処行くの?

ぐるりと電車の中に目を向けると、いつの間にかほとんど乗客がいない。長椅子に1人
くらいの割合で、パラパラと座ってるだけ。

窓の景色を見ると、田んぼ。田んぼ。田んぼ。田んぼ。

な、なにっ!?
この田舎は!?

ここは何処?

ほとんど不思議の国のアリス状態。なにがなんだかわからなくなって、周りをキョロキ
ョロしていると、電車が駅に差し掛かった。

何処?
なんて駅?

それと同時に流れる車掌さんのアナウンス。『・・・終点。終点。・・・』って、え?

終点? 終点なの?
ちょ、ちょっとっ!

コイツと終着駅まで来ちゃった。

記憶にある限りじゃ、終着駅までまだまだだったのに。それって・・・アタシいったい
何分コイツに凭れて寝ちゃってたの?

また恥かしさが込み上げてきた。だけど、そんなことを言ってる場合じゃない。電車は
終着駅にとまってドアを開ける。

降りなくちゃ。

椅子を立ち上がる。とーぜんコイツも降りるのよね? ちょっと気になって見てみると、
アタシの後から椅子を立って一緒に電車を降りて来る。

当たり前か。
ここ、最後の駅だもん。

<終着駅>

初めて一緒に降りる駅。電車が最後にとまる終着駅。
周りを見回しても何もない、田舎に立ってる小さな駅。

アイツ、こんなとこで何するんだろう?

なんて思ってアイツの方に目を向けると、なんだかホームをウロウロしているだけ。ほ
んといったいなんなのかしら?

不思議に思ったアタシがじっとアイツの方を見ていると。

あっ!

目が合っちゃった。やばい・・・ストーカーに間違えられたら大変。知らない振りして
駅を降りよう。

慌てて自動清算で清算して、ホームの中央にある改札から出ようとしたら、アイツも一
緒に駅から出て来た。

駅の外はもちろん見知らぬ光景。これからアタシどうしよう。

だけど、アイツも駅の前から何処に行くわけでもなく、まわりでウロウロしているだけ。

アタシもどうしていいのかわからなくて、周りをキョロキョロしながら駅前に立ったま
ま。

誰もいなくなった、まるで無人の駅の前で、アタシとアイツは何をするでもなく、あっ
ちを見たりこっちを見たり、右へ行ったり左へ行ったり。

あー、なんだかアタシってとっても挙動不信?
ダメ。ダメ。このままじゃ、変なコだって思われるわ。

身の置き場がないから、なにかよりどころが欲しくなって、周りをクルリと見渡すと丁
度いい感じにバス亭の待合椅子が目にとまった。

あれよ。
あれに座りましょ。

するとアタシより早く、アイツはトコトコ歩いて行って、まさに今座ろうとしてたその
椅子に先に腰を下ろしてしまったの。

そっか。
アイツ、バスに乗りたかったのね。

そうとわかったら、アタシのやることは決まったわ。
モチ!
一緒にバスに乗るのよっ!

さすがに今度は長い待合の椅子だから、くっついて座ることはできなかったけど、アイ
ツの隣にちゃっかり座ったの。

バスに乗って何処行くんだろう?
こんな田舎で。
親戚でもいるのかしら?

さっぱり見当がつかない。

さすがは田舎の駅って感じで人通りも少なくて、殺風景な寂しい駅前のバス亭で黙った
まま座り続ける。隣でアイツったら、また本読んでるし。

バス、なかなか来ないわねぇ。
いつ来るんだろ?

何もすることのないアタシは、時間潰しも兼ねてバスの時刻表を見たの。すると、なん
と1時間に1本! ほんとに、ド田舎だわっ!

でも次のバスはあと5分で来るみたい。コイツ、このバスの時間に合わせて来たのかな。

あと少しでバスに乗れる・・・。
2人でバスに乗ってぇ。
なにか新発見が待ってるかな?

ははは・・・よく猪突猛進ってヒカリに言われるけど、もうここまで来たら行っきゃな
い。さぁ、そろそろバスが来る頃ねっ!

腕時計を見るとチコチコ秒針が進んで行って、バス亭の時刻表に書かれた時間になった
時、遅れることなくバス到着。

乗るのよね?

乗るのか乗らないのか確認しようと、座ったままチラとアイツの方に視線を移したんだ
けど、な、なに!?

バスが来てるのに、アイツったら立たないのよ。それどころか、視線が合っちゃった。

恥かしい・・・。

思わず俯いてしまう。

な、なんで、こっち見てるのよ。

『ドアが閉まります。ご注意ください。』

あーー、バスのドアが閉まっちゃう?
なんで、乗らないわけぇ?

また、俯いたままアイツの方をチラっと見る。アイツもこっちを見てて、まだ立とうと
しない。

どうなってるのよ?
バスに乗るんじゃなかったの?

って、アイツのことより、アタシはどーすりゃいいのよ。バス停で待ってたのに、バス
に乗らなかったら、不自然過ぎるじゃないのっ!

まだ椅子に座ったまま、半ばパニックに陥っていると、さらにアタシをパニックのどん
底に陥れる声がバスのスピーカーから流れる。運転手さんの声。

『乗らないんですか?』

キャーーー! なんて答えればいいのよっ!
だって、コイツが乗らないんだもんっ!

バスが待ってくれてる。とにかく何か答えなくちゃ。

乗る? 乗らない? 乗る? 乗らない? 乗る? 乗らない?

「え、えっとねっ。」
「あの・・・。」

どうしていいのかわからず焦ってしまったアタシが、とにかく立ち上がって声を出した
時だった。まったく同じタイミングでアイツが声を出して・・・声が重なってしまう。

「え?」

おもわず、アイツの方を見る・・・と、アイツもアタシのこと見てるじゃない!

いやぁぁぁ。また目が合っちゃった。

「の、乗るの?」

「ア、アタシ? あ、あの・・・。」

乗るの?って・・・アンタは、なんで乗らないのよっ!

「アンタは?」

「ぼ、ぼく? あの・・・。」

『乗らないんですかっ!』

いやーーーん。運転手さん、怒ってるよぉ。

「え、あ、あ、え?」

なんて答えていいのかわかんない・・・乗るのか乗らないのか、アンタにかかってんの
よっ!

「の、乗りますっ!」

えっ!? の、乗るっ!!!?
乗るのねっ!!!

「じゃ、じゃぁ。アタシもっ!!」

「え!?」

バスに乗ろうとしてたアイツが、不思議な顔をしてアタシの方を見てきた。

むっ!?
なに??

あっ!!
しまったっ!!

よく考えたら、なにが『じゃ、じゃぁ。アタシもっ!!』よっ! コイツに付いてって
るって、白状したようなもんじゃないのっ!!

いやーーーーーっ!
は、恥かしいっ!

「あ、あの・・・あのね。あの・・・こ、このバス、何処に行くの?」

アタシは何聞いてんのよーっ!!

「え・・・。ど、何処って、知らないで乗ったの?」

「いっ!? そ、そ、そうじゃないけど。あの・・・。」

ダメだぁっ!
喋ったら、喋るだけ、全部墓穴になるぅぅぅ。

『お客さんっ! 乗るなら早く乗ってくださいっ!』

「「はいっ!!」」

とうとう運転手さんを怒らしてしまったアタシ達は、おもわず声を揃えて返事をすると、
バスの中に入って行く。

ブロロロロロ。ようやく走り出すバス。せっかく時刻通りに来たバスなのに、遅らせて
しまったのはアタシ?

「ア、アタシ。このあたり慣れてなくて・・・。あはははは。」

とにかく誤魔化しておこう。

「ア、アンタは?」

「ぼ、ぼくぅっ!? あ、あの・・・あの・・・。」

ガタガタガタ! 立ったままわけのわかんないことをアタシ達が話してると、なんか道
がよくなかったみたい。バスが大きく揺れたのよ。

「きゃっ!!!」

故意じゃないのよ。狙ったわけでもないのよ。事故よ。ほんとに事故で、コイツにおも
いっきり抱きついちゃった!

「だ、大丈夫?」

抱きついたアタシの目は、もう「☆☆」こんな状態。

「ご、ごめん。」

びっくりしてコイツから体を離すと、照れ隠しに乱れた髪を手櫛でササと直したりして
みる。

「座った方がいいかな。」

「そうね。」

ガタガタ揺れているバスの中、コイツは2人掛けの椅子に座った。アタシも続いて隣に
座る。

「え!?」

不思議そうな顔でアタシを見返してきてる。なんで?

はっ!!!

し、しまったーーーーーーーっ!!
まわりはガラガラなのに、隣に座っちゃったよーっ!!

もうアタシの頭の中はハチャメチャ。顔はさっきから、いろんな意味で恥かしいことを
連発しちゃって、真っ赤なまま。その間にもバスは次々バス停を通り過ぎていく。

コイツ何処で降りるんだろう?
アタシも一緒に降りたい。

そ、そうだっ!!

「ねぇ。アンタ何処で降りるの? そんとき、アタシ立たなきゃいけないでしょ?」

名案だっ! コイツが2人掛け椅子の奥に座ってるから、コイツが降りる時はアタシが
立たなきゃいけない。

それでもって、コイツの降りる駅を聞き出せたらっ! アタシも一緒に降りれるじゃん。

「え・・・えっと。あの・・・その・・・3つ先、かな。」

「えーーーー。ほ、ほんとにぃ!? アタシと一緒だぁ!」

「そ、そうなのっ!?」

バッチリ決まった。アタシの『一緒に降りるわよ作戦』!
さすがは、天才美少女アスカちゃん。完璧ねっ!

だけど、その時だったのよ。

『次は終点・・・・・・』

運転手さんが、アナウンスを流してる。
次で終わりじゃんっ!! 3つ先なんて、無いじゃんっ!
ダメじゃん、アタシぃっ!!!

アタシとコイツ・・・2人して目を合わせる。

「次・・・終点だって。」

「そ、そうみたいね。」

唖然としているうちに、バスは終着駅に到着。もう降りるしかない。乗客はアタシとコ
イツの2人きり。

<終着駅>

アタシ達が並んで降りると、そこは何も無い場所。ド田舎もド田舎。ハイキングコース
と植物園へ行く地図がある以外、人工物はバス亭くらい。

はっきり言って、学校の制服を着て、1人で来るようなとこじゃない!

あきらかにアタシの行動おかしいじゃんっ!

でも・・・でも、コイツも・・・。

今日何度目かの、視線を合わせるアタシ達。

「アンタ、ここに何しに来たの?」

「君は?」

「アタシは・・・アタシは・・・。」

周りをグルリと見渡すアタシ。そして見つけた。

「あれよっ!」

植物園の看板を指差す。

「アンタも、あれ?」

「う、うん。」

「1人で?」

「うん・・・。君も?」

「ブッ!」

思わず吹き出してしまうアタシ。

「アハハハハ。」

コイツも笑い出しちゃった。

そっか。
そうだったんだ。

「でもねぇ。1人ってのもねぇ。」

「そうだよなぁ。」

はっきり言ってアタシは、コイツが何を考えてたのかもうわかってしまっていた。そし
て、コイツも間違いなくアタシの気持ちがわかったって顔をしている。

「行く?」

アイツがニコリと笑い掛けてきた。

「うんっ! 行く!」

アタシもめいいっぱいの笑顔で返す。

「ぼく、碇シンジって言うんだ。」

へぇ。碇シンジかぁ。
シンジって言うんだぁ。

「アタシ、アスカ! 惣流・アスカ・ラングレーーっ!」

アタシとシンジは、笑顔で互いの顔を見詰め合う。

「アタシ、第一女子高なの。」

「えーーっ!!! ぼくの学校の3つ先じゃないか。はぁ・・・。」

溜息を零してシンジは、がっくり肩を落とした。

「なにも・・・こんなとこまで・・・。」

「アンタが、バス亭なんかに座るからよっ!」

「だって、あのまますぐ帰ったら、変な奴みたいだったから、君がいなくなるまで時間
  を潰そうと・・・そしたら、君まで座ってくるんだもん。」

「アタシだって・・・もう、いいじゃん。いこっ。」

「そうだね。」

アタシとシンジは、並んで歩いて植物園に向かう。その間、これまで一緒に電車に乗っ
て通学したことを話した。なんか今日シンジ、ほんとはクラブだったらしいんだけど、
アタシの学校が知りたくてサボったらしくて・・・って、思い出したっ!

今頃ヒカリったら・・・たははははは。
明日、怒られるわね。間違いなく。
ごめんっ! 

ま、いろいろあったけど、1番びっくりしたのは・・・コイツ、本読んでなかったこと。
アタシがいつも目の前に立つから、目のやり場に困って買った本だったんだって。
そりゃ、なかなかページが進まないはずだわ。




目の前に広がる田舎の小さな植物園のゲート。

2人並んで、そのゲートの前に立つ。



電車に乗って、バスに乗って、最後の最後まで一緒に乗って。

ここまでやってきたアタシ達。

ようやく辿り付いたアタシ達。




                          終着駅の先にある駅は・・・。




                              恋の始発駅だった。




fin.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp
inserted by FC2 system