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誕生日に告白は・・・。
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<学校>

年の瀬の12月。師走と呼ばれる1年最後の月となり皆がバタバタし始める中、中学2
年生の碇シンジも落ち着かない今日この頃を送っていた。

「はぁ〜。」

溜息をつきながら視線を送るその先には、今年の1学期に転校してきた帰国子女。青い
瞳と赤っぽい髪が印象的なクォーターの少女。惣流・アスカ・ラングレー。

「はぁ〜。」

初めて見た時にドキリとして以来、ずっと片想いのままとうとう今年も終わろうとして
いる。その容姿と活発な性格から男子生徒に人気の高い彼女は、当然競争率も並大抵で
はなく、人付き合いの下手なシンジは話し掛けることもなかなかできないでいた。

体育祭楽しかったなぁ。
もう1度あればいいのに。

ただこの1年で唯一彼女と時間を共にできたのは、体育委員を一緒にしている時だった。
元来そういった目立つ委員に入るのは嫌いだった彼だが、アスカが女子の体育委員にな
ったのを見て思わず立候補してしまったのだ。

その一瞬の勇気のおかげで、体育祭までの間はオフィシャルな口実で一緒にいる時間を
多く持てたのだが、今となってはそれも過去のこと。

『なーんで日本人ってのは苗字で呼ぶわけ?
  違和感あるからファーストネームで呼んでよね。』

だが、一緒に体育委員をしたおかげで、互いに名前で呼び合えるようになったのが少し
嬉しい。

「はぁ〜。」

また溜息。片想いがそんなに切ないのだろうか・・・いや、この溜息にはもう少し身近
な理由があった。

誕生日プレゼント。
どうしよぅ。

数日後に彼女の家で開かれるお誕生日会。招待された幾人かのクラスメートに、おそら
く一緒に体育委員をしたおかげで自分と、そして友人であるトウジも入っていた。

女の子にプレゼントなんて初めてだもんなぁ。
何喜ぶんだろう?

他にも男子来るよな。
やっぱ、みんなアスカ目当てなんだろうけど・・・。
プレゼントだけでも、ぼくのを1番気に入って欲しいな。

悩み多き少年が想い人に視線を釘付けにして固まっているところに、担任のミサト先生
が教室へ入って来る。最後のホームルームが終われば今日の学校もおしまい。

「えーー、今日の連絡は特になーし。えっと、そうそう駅前にファンシーショップがで
  きたけど、特に女子っ! 学校帰りなんかに寄り道しないようにっ!」

連絡が無いからと言って終業のチャイムが鳴る前に解散させるわけにもいかず、雑談め
いたことで時間を潰す。ミサト先生はいつものことだ。

「惣流さん、わかった?」

「なんで、アタシだけ名指しぃ?」

「だって惣流さん好みの商品が多そうだったからね。」

「そうそう。あっこの店って、かーいいのよねぇ。ミサト、よくわかってんじゃん。」

その言葉に、シンジは即座に反応してしまう。何を買えばいいのか悩んでいる状況にお
いて、今のはかなり貴重な情報。

キーンコーンカーンコーン。

「よーし。終わったっ! おしまいよん。」

「きりーつ。れい。」

委員長のヒカリが最後の挨拶をし解散。シンジは一目散に家へ走って帰ると、小遣いの
入った財布をジーパンのポケットに入れ、駅前のファンシーショップへと走った。

<ファンシーショップ>

こんな店に入るのが初めてのシンジは、店の雰囲気を前にモジモジと躊躇いながらも勇
気を振り絞って中へ入って行く。

なんかいろいろあるんだな。
どんなのがいいんだろ?

アスカのお気に入りの店だということはわかっても、品数が多くて何を買えばいいのか
悩んでしまう。あまり変な物を買ってセンスを疑われたくない。

ぬいぐるみとかがいいのかなぁ。
それともイアリングとか・・・。

大人っぽいグッズから少女趣味のグッズまで店内を見回していると、その視界に同じク
ラスの男子生徒がやってくるのが見えた。

ど、どうしよう。
隠れなきゃ。

彼もアスカに招待された男子である。自分と同じように今日のミサト先生とアスカの話
を聞いてやって来たのだろう。

シンジはなんだかここにいるのを見られるのが恥ずかしくて、陳列棚の影に隠れながら
見つからないようにコソコソと、入れ替わりに店を出て行く。

早く出て行かないかなぁ。
ぼくも探さなきゃいけないのに。

路地の影からファンシーショップの入り口を監視し、クラスメートの男子が出て行くの
を待ち続けるが、なかなか姿を見せない。

もー。
いつまでかかってんだよ。
早くしてよ。

ガラス張りの店のウインドウからチラチラとクラスメートの男子が見え隠れしている。
あっちを見たりこっちを見たりと、かなり悩んでいるようだ。

何買うんだろう?
負けたくないな。

変にライバル意識を燃やし、背伸びをして何を買っているのか店の中を覗こうとするが、
陳列棚が邪魔してよく見えない。

そうこうしているうちに、何を買ったのかわからないままその男子はラッピングされた
袋を持って店から出て行った。

あんまり大きな袋じゃなかったな。
なんだろう?
まぁいいや。ぼくも早く選ばなくちゃ。

再び店内に入り、あれやこれやと選んで行く。すると、見るからに綺麗で可愛いオルゴ
ールが目にとまった。

これだっ!

即座にそれを手にし、蓋を開けたり裏を見てみたりするが、もう文句無しの一品である。
だが・・・。

い、いちまんごせんえんっ!!!????

財布を逆さにして振ろうが叩こうが、そんな大金どこからも出てこない。来月の小遣い
を前借りしても全然足りない。さすがにお年玉の前借りはしてくれないだろう。

あーぁ、今年のお年玉。
残しとけば良かった。

何か欲しい物がある度に思うことだが、生まれてこのかた12月までお年玉が残ってい
たことなど1度もない。

あーぁ。
これ良かったのになぁ。

未練は残るが無い袖は振れないので、諦めて違う物を探す。全財産叩いても5千円くら
いが限界。この間買った”お金が貯まるなすびの置物”の3千円がここにあれば、と悔
やまれる。

あの3千円があったら・・・。
5千円で買えるので、なんかいいのないかなぁ。
アスカだと・・・ぬいぐるみとかよりアクセサリーかな。やっぱり。。

場所をアクセサリーコーナーに移し、ネックレスやブローチ,イアリングなどを見てみ
るが、どんなのがいいのかまったくさっぱりわからない。

あーーっ。
わかんないよ。
どうしたらいいんだっ!

髪を掻きむしり頭痛がする程悩むが、それでもわからない。まさにその時だった。ふと
視線を逸らした先に、思わず飛びつきたくなるような素晴らしい商品が目に飛び込んで
きたのは。

これだっ!
これしかないっ!!!

即座に手に取ると、値札には4500円。射程圏内。シンジは迷うことなくそれを握り
締め、レジへと走ったのだった。

<学校>

12月3日の昼休み。いつものように昨日のテレビのことなどを話しながら、トウジや
ケンスケと机を並べて弁当を食べるが、頭の中は明日のお誕生日会のことでいっぱい。

プレゼントも買ったし、あとは・・・。
服だよな。
どんな服を着て行ったらいいんだろう?

年頃の男の子達と比べシンジは手持ちの服が少ない。友人であるトウジやケンスケも服
装にあまり拘りはしないので、これまでは困ったことはなかったが、今回ばかりは特別。

みんなどんな服着て来るんだろう?
やっぱ、おしゃれな服とかかなぁ。
ぼく、そんなの持ってないし・・・。

トウジやケンスケの話にも上の空で相槌を打ち、そんなことばかり考えながら弁当を食
べていると、少し後で弁当を食べていたクラスメートの女の子達の声が耳に入って来た。

『やっぱ、バースデーパーティーって言えば告白よねぇ。』
『そうそう。誕生日に告白なんかされたら、素敵よねぇ。』
『アスカも誰かに告白されちゃったりして。』
『うん。うん。ありえるぅぅっ。』

こ、こ、こ、告白ぅっ!!?

1人で心臓のリズムを16ビートにし、勝手に顔を赤くしてしまう。アスカに好きだと
言っている自分を想像しただけで、ドキドキもの。

バ、バ、バースデーパーティーって、そういうものなの?
どどどどどどどうしよう。
そんなこと言えないよっ!

しばらく心臓をドキドキさせて顔を赤くしていたが、少し落ち着いてくると別の可能性
に考えが至った。

でも・・・他の奴が告白なんかしたら・・・。

今度はその時の状況を想像してしまう。他の男子が告白するところを考えただけで、胸
が締め付けられるように辛い。あまつさえ、その男子と仲良く付き合うことになったア
スカの姿など考えたくもない。

そんなのやだよ。
でも・・・ぼく・・・。
告白なんてできないよ。
はぁ〜、どうしよう。

その日の午後の授業はほとんど頭に入らないまま、モヤモヤした時間を過ごすことにな
ってしまった。

<シンジの家>

机の上に飾ってある”お金が貯まるなすびの置物”をじーーーっと見ながら、明日のお
誕生日会のことを考える。

いよいよ明日だよなぁ。
困ったなぁ。

そのことを考え、アスカの家に行った自分のことを想像するだけで、今から心臓が跳ね
上がりドキドキしてしまって仕方がない。

ちょっとでも仲良くなれたらいいなぁ。
それより・・・。
せめて変な奴だって思われないようにしなくちゃ。

告白なんかしたら、変な奴だって思われちゃうよなぁ。
でも、他の奴が告白なんてしたらヤだし・・・。

机に頬杖をつき、アスカへのプレゼントの隣に飾っている”お金が貯まるなすびの置物”
を見ていたシンジは、神頼みとばかりにそれに向かい両手を合わせ始めた。

「どうか、明日上手くいきますようにっ!!!」

お金が溜まるかどうかもかなり怪しいなすびに、的外れな恋愛のことをお願いしても・
・・はてさて効果はいか程か。

<学校>

12月4日当日。朝から緊張していつもより丁寧に櫛を当てたりして学校へやってきた。
どのみち、1度家へ帰って着替えなどしなければならないのだが。

いよいよ今日だよな。
そういえば、アスカの家に行くのって始めてだ。
場所わかるかな。
遅刻なんかしちゃ駄目だ。

招待状に書かれた地図を何度も確認する。生まれ育ったこの町の中なので、おそらくわ
かるだろうが、遅刻してはいけないと思うとどうしても念入りになってしまう。

うん。大丈夫だ。
この郵便局もこっちのスーパーも知ってるし。
わかるよな。

地図が書かれたその招待状を大事にポケットにしまい授業開始を待っていると、シンジ
の席の少し前からクラスメートの女の子達が話す声が聞こえてきた。

『ねぇねぇ、あの雑誌の占い見た?』
『あー、まだ見てなーい。教えて教えて。』
『えっとぉ、6月が誕生日だったわよね?』
『うんうん。』

自分の誕生日が6月であるシンジは、思わず耳を傾けてしまう。普段は占いになど興味
は無いが、今はそういうものも気にしてしまいたくなる心境だ。

『今日は、勇気をもって行動せよ。ですって。』
『そうなんだぁ。よーし、頑張らなくっちゃっ!!』

勇気を持って行動せよ・・・。
勇気を。

そうなのかなぁ。勇気かぁ。
でも恐いよなぁ。告白なんて。
あーーーー、絶対無理だ。無理。無理。

また朝からモヤモヤといろんなことを考えているうちに、ミサト先生が朝のホームルー
ムに入って来る。

「今日は、惣流さんのお誕生日会があるそうだけど、帰りが遅くならないようにっ!
  惣流さんもお目当ての男の子を、引き留めちゃ駄目よん。」

「そんなのいないわよっ!!」

2人の遣り取りにクラスは笑いに包まれるが、シンジにとっては心臓を杭で刺されるよ
うな一言だった。

お目当ての男の子?
そ、そんなのいるのかな?
いやだ。そんなのやだよ。
でも・・・アスカはいないって言ってるし・・・。
はぁ、胸が痛いよ。

そんなこんなで朝から悩まし気に始まった12月4日の学校も終わり、いよいよアスカ
のお誕生日会。

シンジは自分の持っている服の中で、1番新しいトレーナーに着替えると、今日の為に
買ったプレゼントを手に惣流家へと向った。

<アスカの家>

パーティーの始まる時間の少し前の時間に合わせて辿り着いたのはいいが、チャイムを
押す手が震えてしまう。

「あれぇ? 碇くん。なにしてんの?」

「あ、う、うん。」

「早く入りましょ。」

声を掛けてきたのは、2学期になって転校してきた元気いっぱいの女の子、綾波レイ。
ヒカリもそうだが、彼女もアスカの親友ということもあって、よく遊びに来ているのだ
ろう。慣れた様子で家へと入って行く。

助かった。
やっと中に入れるよ。

緊張してなかなかチャイムを押せなかったが、レイのおかげで助かった。シンジはレイ
に続いて靴を脱ぎ「おじゃまします」の言葉と共に中へと入る。

「ねぇ、碇くんって誰か好きなコいるの?」

「えっ!?」

一気に心臓が跳ね上がる。いきなりなんてことを聞くのだろうか。

「いや・・・あの、ぼくは・・・。」

「クスクス。じゃ、アスカんとこ行ってくるから。みんなリビングにいると思うわよ。」

なんと答えていいのかわからず慌てたが、別に返事を聞きたかった様子もなく、レイは
トトトと階段を上って行った。おそらくそっちにアスカの部屋があるのだろう。

びっくりしたよなぁ。
あんなこと聞くんだもん。

まだドキドキしながらリビングへ入る。そこは結構広い空間だったものの、クラスメー
ト達がたくさん来ているので、座る所を見付けようときょろきょろ視線を巡らす。

「おぉっ! シンジ。やっときたか。」

「あっ、もう来てたんだ。」

仲の良いトウジの姿を見付け少し安心する。アスカの家に来ているってだけでも緊張す
る為、話でもして気を紛らわせたい。

「なんや、ごっつい料理がいっぱいあんで。はよ食いたいわぁ。」

「トウジ・・・。」

「シンジもそう思うやろ?」

「いや・・・ぼくは。」

あまりアスカの家でそんなことは言って欲しくない。タダでご飯を食べたいが為に来て
いるように思われては大変だ。

そこへ今日の主役たるアスカが、ちょっとおしゃれな服を着てレイやヒカリと一緒にリ
ビングへ登場した。

か・・・かわいい。
やっぱり、アスカって可愛いよなぁ。

ぼーーーっと視線を釘付けにしてアスカにみとれてしまう。制服姿はよく見るが、私服
の彼女など滅多に見れないのでインパクトがある。

「みんなぁ。ありがとーーっ! 今日は楽しんでいってね。」

アスカの声と共にパーティーが始まる。キョウコが14本の蝋燭を立てたケーキをテー
ブルの真ん中に持って来て部屋の電気を消す。

        ハッピバースデー トゥ ユー♪
        ハッピバースデー トゥ ユー♪
        ハッピバースデー ディア アースカー♪
        ハッピバースデー トゥ ユー♪

パチパチパチ。

みんなに拍手される中、大きなケーキに立てられた14本の蝋燭をアスカが吹き消す。
辺りが一瞬暗闇に包まれ、再び蛍光灯の灯りがみんなを照らした。

「あ、あの、惣流さん。プレゼントだけど・・・。」

1番に名乗りを上げたのは、先日同じファンシーショップで何かを買っていた同じクラ
スの男の子。ふと見ると、あの高くて買えなかったオルゴールではないか。

あーっ! くそー。
ぼくもあれがいいと思ったのにっ!

先にアスカにプレゼントを渡されるわ、しかもそれが最初にいいと思ったオルゴールで
あったこともあり、悔しくて仕方がない。

「ありがとう。でも、プレゼントなんかアトよ。先にみんなで楽しみましょっ!」

だがアスカはそれを受け取らず、女の子の友達の中へ消えて行った。独り佇むライバル
くんを見て、ちょっと悔しさが紛れるが・・・自分のプレゼントは4500円。

あんな高価なの、みんな買って来てるのかなぁ。
見劣りしちゃうかなぁ。

プレゼント交換はまだというので、少し大き目のウエストバッグに入れて持って来たプ
レゼントはそのままに、劣等感を感じてしまう。

「ねぇねぇ。碇くん?」

そこへ、またレイが近付いて来た。その後には、一緒にお喋りしていたアスカが立って
おり、こっちを見ている。

「さっきの答えは?」

「え? さっき?」

「好きなコ。誰かなぁ?」

「えっ!!! えと・・・その・・・。」

またもや、唐突にそんなこと聞かないで欲しい。しかも今度はアスカの目の前だ。

「クスクス。もしかして、わたしぃぃぃっ???」

「ち、ちがうよっ!!!」」

思いっきり否定しつつ、変な勘違いをされていないかとアスカの方に視線を向けるが、
なんとレイと自分にチラリと視線を送り、そそくさと他の女の子の所へ消えて行って
しまった。

わーーーーーーっ!
綾波っ! アスカの前でなんてこと言うんだよぉ。
ぜったい勘違いされたよ。

「違うのぉ? えーー。ショック〜。」

とかなんとか言いんがら、レイまでアスカを追ってどっかへ消えてしまう。1人残され
たシンジは、頭を抱えて座り込みたい気分。

なんでこうなるんだよぉ。
あー、どうしよう。

あまり1人でうろうろしていると禄なことないとトウジの姿を探すが、両手にチキンを
4本持って食い漁っている。

「・・・・・・。」

近くに行きたくない。
はぁーあ。

最悪のお誕生日会の展開にがっかりしてソファーに腰を落とすと、その後に座っていた
女の子達がヒソヒソと噂話をしているのが聞こえてきた。

『あのプレゼントを最初に持って行った子、ぜったいアスカに気があるわね。』
『そうそう。わたしもそう思ってた。』
『もうすぐ告白するんじゃない?』
『他の男の子も早く告白しないと、あの子にアスカ取られちゃうわね。』

聞き捨てならない噂話である。きょろきょろとあのオルゴールを買ったクラスメートを
探すと、確かにアスカの方ばかり見ている。

アイツとアスカが付き合ったりしたら・・・。
いやだ。いやだっ。
なんとかしなくちゃ。

なんとかしなければいけないと思っても、そう簡単になんとかできる問題でもなく、ど
んどん時間ばかりが過ぎて行く。

たくさんの料理が用意されているが、アスカのことばかり考えてしまい全く喉を通らず
焦りばかりが募る。

「碇くん、何も食べてないんじゃない? どれか取って。」

それどころではないのだが、ヒカリが大皿にいろいろな料理を乗せてレイやアスカと一
緒に持って来たので、適当に唐揚げを手に取ってみる。

「あーーっ! やっぱりぃ。」
「ねぇ。絶対そうよ。」

その途端、別の方向から女の子の声が上がる。なんだろうと顔を向けると、こっちに視
線を送っているではないか。

「悩まずに綾波さんの作った唐揚げ取るなんて、やっぱ気があるのよっ。」
「わたしもそう思ってたのよねぇ。」

「そ、そんなつもりじゃないよっ!」

慌てて否定しアスカの姿を探すと、しっかりこっちを見て彼女達の話を聞いているでは
ないか。

「やっぱり、わたしが好きだったりしてぇ。」

レイまでその気になって近付いて来る。ピンチ、ピンチの大ピンチ。

「違うんだってばっ! ただの偶然なんだっ! そんなわけないじゃないかっ!」

「もー。そこまで否定しなくてもいいじゃない。」

ちょっと失礼だったのか、レイはツンとしてどっかへ行ってしまう。それと一緒にアス
カやヒカリまでいなくなり・・・。今日は仏滅に違いない。

なんでこうなるんだよぉ。
アスカの前でどうして・・・。

宴もたけなわ。お誕生日会はどんどん盛り上がりを見せるが、シンジの気持ちは時間が
経つに連れどんどん落ち込んで行くことばかり。

アスカと話もできないし・・・。
ちょっとでも仲良くなれると思って来たのに。

当のアスカも他の男子と話はすれど、ぜんぜん自分の所には来てくれない。どちらかと
言うと避けているようにさえ思えてしまう。

レイとのことを勘違いして、気を遣って近付かないようにでもしているのだろうか。も
しそうならそれこそ最悪だ。

こんなことなら来るんじゃなかったよ。
思いっきり誤解されちゃったよ。

リビングの真ん中で1人落ち込んでいると、突然アスカの声が大きく響き渡った。

「いっけなーい。シャンパン、大人用の買ってきちゃったぁ。」

「えー、嘘ぉ? 間違えちゃったのぉ?」

どうやらアルコール入りのシャンパンを買ってきたようで、ヒカリとアスカがキッチン
の辺りで騒ぎ出している。無論、今日来ているのは中学生ばかりなので、それを出すわ
けにはいかない。

「しゃーないわねぇ。今から子供用の買って来るわ。」

「えー。アスカ1人で? 重いわよ? 」

「だーいじょうぶ。だーいじょうぶ。」

「大丈夫じゃないわよ。あっ、碇くん1人で暇そうにしてるわ。荷物持ちに付いて行っ
  てあげてよっ。」

対面キッチンの向こうから、アスカとヒカリがこっちに注目している。これは、もしか
してアスカと2人っきりでお買い物ということではないだろうか。

「行くっ! ぼく、行くよっ!」

少し他の男子の視線が気になったが、占いにも勇気を持てと出ている。これはチャンス
だ。

「じゃぁ、碇くん。宜しくね。」
「悪いわね。シンジ。」

「荷物持ちくらい大丈夫だよ。」

本当に2人っきりでのお買い物となった。嬉しくなってきたシンジは、今までの気持ち
とは打って変わって、やっぱりお誕生日会に来て良かったとつくづく思う。

「スーパーすぐそこにあるから。」

「知ってるよ。ぼくもたまに行くとこだから。」

「へー、そうなの。でも見掛けないわね。」

「ほんとに、たまーにだからかな。あそこの行くのって。」

たわいのない会話だが、アスカと話しているというだけで、これがまた楽しい。夜もも
う8時近くになり寒空に浮かぶ月が綺麗だ。

告白・・・。

その時ふいにシンジの頭にその2文字が浮かび上がった。周りには誰もいない静かな夜
道に2人っきり。雰囲気としてはまさにそういう感じではないだろうか。

告白・・・。

アスカの横を歩きながら、1人で手を握ったり開いたりする。

お誕生日会というものは告白する人が多いという。
年に1度の特別な日。
アスカだけにとっての特別な日。

告白・・・。

こういう日に告白する人。なんとなく、そういう人がいるのもわかる気がする。

だけど・・・。
勇気がでない。

ところどころに街灯のある暗い道を歩きながら、横に付いて歩くずっと好きだったアス
カのことばかり考える。

もし、他の人が告白して・・・。
そしてアスカが付き合ったりしたら。
イヤだ。そんなのイヤだ。

なにもせずそうなってから後悔するより、今言って振られた方がずっといいではないか。
そうは思うが、手を握ったり開いたりするばかりで、結局何も言えないままスーパーの
明かりが見えてきてしまった。

「アタシ4本持つから、6本持ってくれる?」

「うん。いいよ。」

大好きなアスカと話をしているというのに、気持ちは告白したいと言うことばかりに行
ってしまい、話の内容はほとんど上の空。

10本買った子供用シャンパンのうち自分は6本持ち、また暗い道へ入って行く。

占いにもあったじゃないか。
勇気を出さなきゃ。
勇気を・・・。

ほとんど神頼みに近い心境で、自分の勇気を奮い立たせようと努力はするが・・・。

「ねぇ。シンジって、やっぱレイのことが好きなの?」

「えっ!? ち、ちがうよっ。」

「じゃぁ、誰? 教えてよ。」

「だ、だからっ。」

どうして女の子というのは、突然こういうことを聞くんだろう。告白を考えていた所に、
その相手からこの攻撃は強烈だ。

ど、ど、ど、ど、どうしようっ!!!

焦りまくるシンジ。

「やっぱり、レイなんでしょうっ?」

「だからっ! そうじゃなくてっ! あの・・・。」

そこから次の一言がやっぱり出ず、口籠もった瞬間だった。

「わっ!」

暗がりの路地から曲がって来た誰かが、凄い勢いで走ってきてシンジに思いっきりぶつ
かり走り去って行く。

「わーーーーっ!」

背中からかなりの勢いで突き飛ばされたシンジは、そのままよろけてアスカに覆い被さ
る形で倒れた。

「きゃーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

どーーーっすん!

「いてててて、あっ! わーーーーーーーーっ!!!!」

目をぱちぱちさせながら、転んだ自分の状態を見ると、アスカに覆い被さるように・・・
いや襲いかかるような体制で倒れているではないか。

「うわっ! あのっ! ご、ご、ごめんっ!!!!」

「ま、ま、まさか、アタシを・・・。」

怯えたような目でこっちを見てくるアスカ。

「ち、ちがうんだっ!」

パニック!!!
まるで頭の中で太陽が爆発したように、パニック全快!!!

「ちがうっ! 違うんだっ! 違うっ! お、お、押されてっ! あのっ!」

焦るばかりで言葉がうまく出ない。

「変なことしたら、レイに言いつけるわよっ!」

「なんでっ! なんで綾波の名前が出てくるんだよっ!」

「だってっ! レイが好きなんでしょっ!?」

もうなにがなんだかわからない。
必死で言い訳する。

「違うんだっ!!!」

「隠さなくてもいいわよっ。さっきだって、レイの唐揚げ食べてた・・・」

「ぼくはっ!」

「レイが好きなんでしょ?」

「だからっ! ぼくはアスカが好きなんだっ!!!!」

わけがわからないまま、大声で言ってしまったその一言。

そしてシンジは・・・。

自分が言ってしまったことに気付いた。

「あ・・・あの。い、今のは。」

「ほんとに?」

「あの・・・。」

「ウソなの?」

「ほんとうだよ。ごめん。」

「ずっとアタシを大事にしてくれる?」

「え?」

「してくれる?」

「うん。」

「ずっと好きでいてくれる?」

「あのっ?」

「くれる?」

「うん。」

「浮気したら、コロスわよっ!」

「えっ! あの? し、しないよっ!」

「ほんと?」

「ぼくが好きなのは、アスカだけなんだっ!」

「ありがとっ!」

立ち上がってきたアスカが、ニコリと笑って抱き付いてきた。

「付き合ってあげるわっ!!!」

「えっ? う、うそっ?」

「大事にしてネ。」

信じられない。まさか、こんなに上手くいくなんて。シンジは、まるで魔法にでもかか
っている様な気分だった。

「アスカっ!! 好きだったんだっ! ずっと好きだったんだっ!!」

寒空の上から照らす月明かりの下、アスカを抱きしめるシンジ。その夜は、生まれて1
番の幸せを感じた夜となった。

<シンジの家>

8時が過ぎみんなで子供用のシャンパンを飲んだ後、お誕生日会はお開きになった。家
はそんなに遠く離れていないので、8時半頃に帰宅したシンジは、玄関に見知らぬ革靴
を見つける。

「母さん? お客さんなの?」

「あら、お帰りなさい。叔父様が参られてるのよ?」

「そうなんだ。久し振りだね。」

「おお。2年程見ない間に大きくなったなぁ。」

「最近、身長が伸びてきたんだ。」

「そうかそうか。どうじゃ、彼女でもできたか?」

「あの・・・へへへ。」

「なんじゃ、その顔は? さては、おるんじゃろう。」

「その・・・まぁ。」

今日できたばかりなのだが、こんなことを聞かれると、あのアスカが彼女なんだと実感
してしまい嬉しくなってくる。

「よしよし。これでデートにでも行ってきなさい。」

「えっ!? いいのっ?」

おじさんは、懐から財布を出すと、なんと2万円もくれたではないか。

「そんなに。悪いですわ。シンジ、返しなさい。」

「え? あ・・・・うん。」

ユイに言われ、がっかりして返そうとすると、おじさんは笑い飛ばして無理矢理それを
ズボンのポケットに捻り込んでくれた。

「おじさん。ありがとうっ!」

「あぁ。特別だぞ。」

「どうも、すみません。」

ユイが頭を下げているが、シンジにとっては今日は最高の日だ。雲の上のような存在だ
ったアスカと恋人同士になれ、しかもデートの軍資金まで貰えた。

「やったーーーっ!」

シンジは部屋に飛び込むと、くるくる回り小躍りして、自分の机を前にぽんと椅子に座
った。

「やっぱり、このなすびっ! 効果あったんだっ!」

今日貰った2万円をまるで神棚に飾るように、シンジは”お金が貯まるなすびの置物”
の前に置き、感謝の意味を込めて両手を合わせるのだった。

<アスカの家>

その頃・・・。

惣流家では、女の子ばかりで2次会が開かれていた。

しかも。

いつの間にか、ミサト先生までいる。

「カンパーーーーーーーーーーイっ!!!!」

飲んでいるのは、さっき間違って買ってきたはずの本物のシャンパン。まぁ、教師同伴
だからいいのかもしれないが・・・いいのか?

「だーーーーい成功ーーーーっ!! イエーーーっ!!」

はしゃいで飛び跳ねているのは、アスカではないか。いったい、この女ばかりの大騒ぎ
は何事?

「みんなーーーっ! ありがとーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

「アスカぁぁっ! おめでとーーーっ!」
「ばっちりだったじゃんっ!」
「やったねっ! アスカっ!!!」
「「「ばんざーいっ! ばんざーいっ!」」」

今日のパーティーに来ていたヒカリやレイを始めとする友達も、万歳三唱のお祭り状態。

「どうっ!? わたしのシナリオっ! 完璧でしょーっ!?
  碇くんにこのミサト先生が、ちょちょいと魔法をかけたら、こんなもんよっ!」

えびちゅをあおりながら、ミサト先生が得意気に胸を張っている。

「『やっぱ、こういうことは男の子から告白してほしー』なーんて我が儘言うから、苦
  労したけどねん。
  でもっ! あの碇くん相手に告白させたんだからっ! どう? 先生を見直したっ?」

「「「いえーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」

アスカは当然のこと、クラスの女の子達が手を高々と上げてミサト先生を褒め称える。

「じゃっ! 約束通り、加持先生が浮気してないか、みんなでちゃーんと監視してねん!」

「こないだ、マヤ先生にちょっかい出してましたぁぁっ!」

「ぬわんですってーーーーっ!」

カップル成立シナリオ作成と引き換えに、ミサトは加持の浮気調査を生徒にさせるつも
りらしい。

今日、カップル成立第1回目は目立つアスカで成功した。おかげで宣伝効果バツグン。
賛同してくる女生徒は、うなぎ登りになるだろう。加持の運命やいかに・・・。

「加持のことは、後でゆっくり聞くわ。今日は、2次会も盛り上がろうっ!!」

「アタシはこれでガッチリ、シンジをゲットできたからっ! 次はヒカりよっ!」

ミサトに続き、アスカが右手を突き上げて、2次会が大盛り上がりになる。

「洞木さんの希望は、なんかある? このミサト先生がなんでも聞いてあげるわよん。」

「わたしも、やっぱり鈴原から言って欲しい・・・かな。」

「またぁ? それが1番難しいのよねぇ。まぁいいわっ! 次はクリスマスパーティーで
  まとめて3組くっつけちゃうっ!」

「「「いえーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」

実は、今日招待された男の子は、今ここにいる女の子の誰かが狙っている子ばかりだっ
たのだ。

アスカの狙いはシンジ。アスカを見てしまっている男の子が好きな女の子は、このパー
ティーでアスカが売れたことを印象付けさせ、自分に振り向いて貰うのが狙い。

「でもさぁ。碇くんったら、学校とかでアスカの噂話したら、その度にビクビクしちゃ
  ってかーいいんだからぁ。」

「散々、告白とか勇気を出せとか、擦り込んだもんねぇ。」

「毎日、毎日、すぐそばで同じような噂話されて、おかしいと思わなかったのかなぁ?」

「だって、碇くんだもん。『誕生日に告白』って、ほんとに信じてたみたいよ?」

「ミサト先生なんか、露骨にプレゼントどこで買ったらいいか、アドバイスしちゃった
  りして。」

「碇くん、結構何買うか悩んでたみたいだったもんねぇ。あの時は、ミサト先生上手い
  っ!って思ったわ。」

シンジの気持ちの盛り上げ、あーんど、告白を焦らす噂話の刷り込みの担当となってい
た女の子達がそんな話をしている傍らで、レイはヒカリと大盛り上がり。

「もう・・・碇くんにぶつかるとき、ばれるんじゃないかって、ヒヤヒヤしたわ。」

「街灯の無いとこ下調べしたじゃない。あっこなら、顔見えないわよ。」

「すぐ近くまで走って行ったら、ちょっとねぇ。ビクビク。」

シンジにちょっかいを出して焦らせる役で大活躍したレイだったが、任務も無事完了し
ようやくくつろいでラーメンを食べている。

さて、今日の主役たるアスカは・・・。

「らっきーっ! らっきーっ! はっぴーっ!」

あまりにも嬉し過ぎる為か、次から次へとシャンパンをあけていた。その周りには、幾
人かのクラスメートの女の子が取り囲んでいる。

「みんなのおかげで、今年のクリスマスはシンジとデートよぉぉっ!」

「でもさぁ、いっつもアスカって碇くんのことばっか見てたじゃない? 碇くん、なん
  で気付かないのかしらねぇ。」

「だーめだめっ。シンジは鈍感だもん。」

「だいたい、アスカがファーストネームで呼ぶ男の子って、碇くんだけなんだからわか
  っても良さそうなのに。」

「きっと、アイツ。自分がアタシのことばっか見てたの、クラスの女の子がみんな知っ
  てるって気づいてないわよ。」

「あはははは。そうかもねぇ。」

どうやら女子陣営は、既に相思相愛の関係になっていることを知っての上で、今回の作
戦を立てていたようだ。

「うっしゃーーーっ! 次はクリスマスパーティーで、3組が目標よっ!
  最難関は鈴原くんよっ! みんな頑張ってっ!!」

ぐびぐび。

ミサト先生・・・ちょっと酔ってきてます。

「「「いえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」

みんなも酔ってきてます。いいのか?

「じゃ、締めは、今日の主役にして貰いましょっ!」

「みんなっ! 誕生日プレゼントありがとーーーーっ!!!!
  さいっこーっのプレゼントだったわっ!!!!」

「「「いえーーーーーーーーっ!!! おめでとーーーーーーーーーっ!!!」」」

パチパチパチっ!!!

そして、シンジをクラスの女の子達からプレゼントに貰ったお誕生日会も終わった。

その夜。

とっても嬉しい夜となったアスカ。

女子からのプレゼントは置いておき、他の男子から貰ったプレゼントはゴミ箱に捨て、
早速シンジから貰ったプレゼントを机の上で大事そうに開けていた。

「シンジからの初めてのプレゼントだぁぁっ! やったーーーーっ!
  ・・・・・・・・・・・ん? なにこれ?」

なんだかよくわからない・・・・・・小首を傾げるが、とにかく紛れもなくこれはシン
ジからの初めてのプレゼント。

大事に大事に机の上に置いてそれをずっと眺め続ける。

アスカの幸せ色の瞳。

その視線の先には・・・。

”願いごとが叶うなすびの置物”

と書かれた、なすびの置物が置かれていた。

fin.
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