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うちのアスカさん、憧れてます
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<病院>

父からの突然の手紙。それまで孤児院に預けられていたシンジであったが、わずかばか
りの父への期待を胸にこの街へやって来た。

「無理だよっ! そんなのっ! できるわけないよっ!」

その結果はあっけなかった。彼はパイロットとして、兵器として使徒と戦うことを命じ
られる。

「知らない天井だ・・・。」

次に目を覚ました時、その眼前に広がっていたのは病室の天井。見たことも無い、無機
質な白い色。

ぼく・・・どうなったんだろう?
確か、あの怪物と・・・。

半身を起き上がらせると、布団から出した自分の両手をまじまじと見詰める。特に外傷
があるようには思えない。

コツコツコツ。

病室の外から少し高い音を立てて人が歩く音が聞こえてくる。おそらく女性の靴の音だ
ろう。

カシュ。

エアが抜ける音。暗い部屋に廊下に灯されている電灯の光が差し込む。直ぐに目が順応
できず眩し気に目を細めていると、そこに現れたのはJRの駅に迎えに来てくれたミサ
トという女性であった。

「気がついたぁ?」

「はい。」

気さくに話し掛けるミサトを見ていると、少しだが心が落ち着く。特に何かが嬉しいと
いうわけではないが、軽く笑顔で返事をする。

「ぼく・・・どうなったんですか?」

「あなたが、私達の街を守ったのよ。」

「ぼくが?」

「そう。あなたは褒められることをしたのよ。自信を持ちなさい。」

「ぼくが・・・。」

まだ事態は理解できていない。しかし、自分を必要とされていることが嬉しく思えてく
る反面、またあれに乗らなければいけないのかと思うと恐怖する。

「検査の結果、体にも精神にも異常無し。どうする?」

「どうするって・・・。え?」

「これからよ。もう退院できるわ。」

「あの・・・。」

「なに?」

「ぼくは、どこに住めばいいんですか?」

「え?」

退院できるのはいいが、ここを出て何処に行けばいいのかわからない。せめて住む所く
らいはあると思っていたのだが。

「ちょっち待ってね。」

「はい。」

ミサトはジャケットから携帯電話を取り出すと、廊下に出てあちこちに電話を掛け始め
る。そして幾つかの場所に電話し終わった後、再び病室へ入って来た。

「どうやら、この先の第6ブロックに個室が用意してあるみたい。」

「そうですか。」

「荷物は?」

「バッグを1つ。それだけです。」

「そ。もう行ける?」

「はい。」

「じゃ、服に着替えたら呼んでくれるかしら? 廊下で待ってるから。」

「わかりました。」

どうやら住む場所は提供される様だ。シンジは少し安心して、ベッドの側に置かれてい
た自分のバッグに手を掛け服を取り出す。

やっぱり、父さんと一緒には暮らせないんだな。
期待してなかったけど・・・。

着せられていた病院のパジャマを丁寧に畳みベッドの上に乗せると、のろのろと服に着
替え始める。その時だった。

「ん?」

廊下でなにやら揉めている様な騒がしい声が聞こえて来る。何事かと気になるが、下着
姿のままでは出られないので慌てて着替える。

カシュッ!

閉ざされていた病室の扉が突然開く。下着姿だったシンジは、慌ててズボンに足を通し
驚いた目で廊下の方に目を向ける。

「アンタっ! 大丈夫だったっ!?」

「えっ!?」

「ふーむ・・・。」

突然病室に乱入してきた赤い髪,青い瞳の少し年上っぽい女性は、シンジの体のあちこ
ちをペタペタと触りきょろきょろと見て回す。

「良かった。体は大丈夫みたいね。」

「はい・・・。」

「ミサトっ!!」

まるで自分を観察するかの様に見て回ったその女性は、今度は目を吊り上げミサトを睨
み付けた。

「訓練も無しでいきなり実戦させるなんて、何考えてんのよっ!」

「あの場合仕方なかったのよ。」

「仕方なかったら、この子を殺してもいいってのっ!」

「そんなこと言ってないでしょ。実際無事だったじゃない。」

「結果論を言ってんじゃないでしょっ! だいたい、起動実験もしてないんじゃないの
  っ!? 初号機はっ!!」

「部外者には言えないわ。」

「あっそーですかっ! フンっ!」

目の前で言い合う2人の女性。話している内容もわからず、身の置き場もなく、ただあ
たふたすることしかできない。

「ここ、部外者は立ち入り禁止よ。」

入って来た女性を追い払う様に、手でシッシとするミサト。

「さ、シンジくん行きましょ。」

シンジの手を引き、ミサトが病室を出て行こうとするや、赤い髪の女性が行く手を阻ん
だ。

「その子っ! どうする気よっ!」

「第6ブロックに個室が用意されてるから、案内するだけよ。あなたが心配してるよう
  なことはないわ。」

「第6ブロックぅっ!? その子、まだ中学生でしょうがっ!」

「そうよ。資料はあなたの所に渡したはずでしょ。」

「だから言ってんのよっ!」

「シンジくん。行くわよ。」

「待ちなさいよっ!」

右手を引いて病室から連れだそうとするミサトに対し、左手を引いてそれを止める赤い
髪の女性。

「いたたたたたた。」

「なにしてるの? シンジくんを部屋に案内するだけでしょっ。邪魔しないでっ。」

「こんな子に1人暮しさせるつもりっ!?」

「他にどうしろってのっ!?」

「うっ・・・。」

「ほら、ごらんなさい。」

「ア、アタシが引き取るわよっ!」

「なっ!」

「それなら文句ないでしょっ!」

「あなた、まだ未成年でしょっ!」

「社会人として自立してるわっ! 収入もあるし、問題ないでしょっ!」

「うっ・・・。」

「決まりねっ! 行くわよっ! シンジくんっ!」

突然話をシンジに振ってくる赤い髪の女性。行くわよと言われても、いったいなにがど
うなっているのか、パニックである。

「アンタはっ! アタシの所で暮らすのっ! いいわねっ!」

「は、はいっ!」

この人は怒っているのだろうかと思えるくらいの剣幕で言われ、とにかく緊張して返事
をしてしまう。

「じゃね。ミサトっ!」

「まったく。監視つくわよっ。」

「どうせ、まだアタシにも監視ついてんでしょうがっ!」

「そりゃそうだけどねん。はぁ。やってくれるわ。」

そんなこんなで、シンジはその見知らぬ女性に連れられ、わけもわからぬまま病室を後
にした。

<車>

病院の前には真っ赤なテスタロッサがとめられていた。あまり車やメカニックのマニア
というわけではないが、シンジも男の子である。少なからず目が行く。

「乗って。」

「凄いなぁ。」

「でしょー。アタシの愛車よ。ルノーなんかと一緒にしないでよね。」

「ルノー?」

「なんでもないわ。さ、乗って乗って。」

女性に導かれ乗り込んだ途端、ホイルスピンして走り出すテスタロッサ。慌ててシート
ベルトを止める。

「碇シンジくんね。」

「はい。」

「アタシは、惣流・アスカ・ラングレー。18歳のレディーよ。」

「はい。」

「どうして、こんな所に来たの?」

「父さんから手紙を貰って。」

「そう。しっかし、よくエヴァなんかに乗ったわねぇ。」

「エヴァ?」

「あぁ。知らないのね。大きなロボットみたいなの。あれよ。」

「ぼくが乗らないと・・・怪我した子が乗せられそうだったんです。」

「綾波さん・・・ね。」

「名前は、聞いてないですけど。」

「彼女・・・どうだった?」

「どうって?」

「怪我よ。」

「包帯巻いてました。」

「そう・・・。彼女、あなたと同じ14歳だから仲良くしてあげてね。」

「はい。」

アスカは少し暗い顔で、ハンドルを握り車を走らせる。信号を幾つか過ぎ、都心から少
し離れた所に差し掛かった所で大通りから脇道に入る。

「もうすぐよ。何か買う物ある?」

「買う物?」

「歯ブラシとかよ。コンビニ行くんなら、先に寄るけど?」

「いえ、いいです。」

「そう。いきなり戦闘なんかさせられたんだもんね。早く帰って寝ましょ。」

「はい。」

そうこうしている間に、車はマンションのパーキングへと入って行く。いつしか、辺り
には夜の帳が降りて来ていた。

<アスカのマンション>

素人が見てもいかにも新築であるというマンションの廊下を通り過ぎ、アスカの部屋へ
と歩いて行く。

「ここが、アタシの家よ。」

「はぁ。」

「さ、入って。これから、宜しくね。」

「え?」

「『え?』じゃなくて、さっさと入りなさいよ。なにボケボケっとしてんのよ。」

「あの・・・ぼくは、どこで暮らすんですか?」

「ここで暮らすって言ってるでしょーがっ! 何聞いてたのよっ! 今迄っ!」

「ご、ごめんなさい・・・えっ? で、でもっ!」

この街に来てから、なにもかもわけがわからぬまま時間が過ぎ、あれよあれよと言う間
にここに辿り着いたが、ようやく自分の身に起ころうとしていることを理解し始める。

「だってっ! お、お姉さんと一緒にっ!? えーーっ!?」

「だーいじょうぶよっ! 取って食ったりしないわよっ!」

「食ったり・・・。」

真っ赤になってシンジは見上げるが、そんなことはお構いなしでアスカはシンジを自分
の家へ引っ張り入れる。

「うだうだ言ってないで、さっさと入って歓迎会でもしましょっ!」

「は、はぁ。」

「えっとねぇ。そっちの部屋使っていいわ。まさかこんなことになるとは思ってなかっ
  たから、アタシの物いっぱいあるけど片付ける迄我慢してよね。」

「はい。」

「学校のことは聞いてる?」

「はい。」

「よーしっ! ご飯作るからちょっと待ってね。ご馳走作っちゃうんだからっ!」

アスカの家は女の子らしく整理されている部屋で2LDK。6畳部屋が2つにリビング
12畳のうち、6畳の1室がシンジに割り当てられた。中を覗くとなにやら難しそうな
本が並んだ本棚や机があるが、その間にひとまず布団は敷けそうだ。

「ご飯作ってる間、お風呂入ったら?」

「はい・・・。」

「あっ! ちょっと待ってっ!」

「え?」

「下着、干しっぱなし。外に干せないからねぇ。片付けるから、待ってて。」

「し・・・下着・・・。」

興味はおもいっきりあるものの、見てはいけないと言われてもいないのに、固く目を閉
じて待つ。

下着を片付けているらしい音だけが聞こえて来る。妄想ばかりが膨らむ、健康な14歳
の男の子。

「アンタ・・・何してんの?」

「え?」

ふと、目を開けると目の前にきょとんとした顔でアスカが立っている。

「あの・・・見ちゃいけないと思って・・・。」

「アハハハハハハハ。かっわいい。」

「・・・・・・。」

「もういいわよ。お風呂入って。シャンプーとか好きに使っていいから。」

「はい。」

キッチンからジューという料理の音が聞こえてくる中、シンジは脱衣所へ行き服を脱ぐ
と、慌ててバスルームへ入る。

チャポン。

アスカが溜めてくれた浴槽に浸かり、ようやく1人になれた空間で辺りを見渡すと、湯
気が優しく立ち込めていた。

今日からここで暮らすのかな?
知らないお姉さんと・・・。

ようやく落ち着いてアスカというお姉さんのことを思い浮かべると、また顔が赤くなっ
てくる。優しくて美人で格好良くて。

はっ!
なに考えてるんだっ!

シンジは頭を冷やそうと、浴槽から上がりボディーシャンプーをタオルに付け体を洗い
始める。

ゴシゴシゴシ。

ゴシゴシゴシ。

ゴシゴシゴシ。

・・・・・・。

・・・・・・。

・・・・・・。

この体洗うタオル・・・。
アスカさんも使ってるのかな。

その日の風呂は、シンジにとってのぼせそうな程熱い風呂であった。

「あの・・・上がりましたけど。」

「なんで、服着てるの?」

「パジャマ・・・持って来るの忘れちゃって・・・。」

「Gパンじゃ寝れないわよ。」

「明日買いますから。」

「ダメダメ。アタシの貸してあげるわ。」

「いいですよ。」

「外に着て行くってわけじゃないんだから、女の子のでもいいでしょ。ちょっと待って
  てっ!」

フラインパンの火を止め、ベッドの置かれている部屋に入ったアスカは、自分のパジャ
マの中でも男の子が着てもあまりおかしくなさそうな物を持ち出して来る。身長はアス
カの方が10センチちょっと高いので、裾や袖は折らなければならない様だ。

「これ着なさい。」

「いいんですか?」

「いいからいいから。そんなので寝れないわよ。」

シンジは再び脱衣所へ行くと、それに着替える。アスカから預かったパジャマは甘くて
いい香りがした。

「着替えました。あの・・・服は・・・。」

「ポケットの中出して、洗濯籠に入れといて。パンツもよっ。」

「え・・・。」

「アンタっ! パンツ履き替えたんでしょうねっ!」

「・・・履き替えましたけど・・・その。」

「なに恥ずかしがってんのよっ! 男でしょうがっ! さっさと入れて、こっち来なさい
  っ!」

「はい・・・。」

なんとなく恥ずかしかったが、汚れた下着をほったらかしておくこともできず、言われ
るがまま洗濯籠に入れ、食卓に座る。

「さーっ! シンジくんの歓迎パーティーよっ!」

そう言いながら、赤ワインをグラスに注ぐアスカ。シンジの前には、オレンジジュース
が置かれている。

「かんぱーーいっ!」

「あの・・・?」

「何っ? ワインがいいの?」

「いえ。アスカさんって、18歳じゃ?」

「アタシの家では、アタシが法律よっ! アタシがいいって言ったら、飲んでもいいの
  っ! わかったぁあっ!?」

「はぁ。」

「ワインはいいわよぉ。間違っても、ビール党にはなっちゃダメよっ! とくにエビチ
  ュなんか飲んだら、もうババーよっ! アンタの場合、ジジーかな。」

「はぁ。」

「よーしっ! かんぱーいっ!」

「乾杯。」

ワインもビールも飲まないシンジには、その違いがわからなかったが、どっちにしても
ビールは苦いので飲むことはないだろうとくらいに思っておく。

「ねぇねぇ。どう? アタシの料理。今日は頑張ったんだからぁ。」

「美味しいです。」

「良かったぁ。まずかったらどうしようかと思っちゃったぁ。ここへ来る前は、どんな
  ご飯だったの?」

「孤児院でしたから、給食みたいな。」

「・・・・そう。」

一瞬遠い哀しい目をするアスカであったが、すぐにその瞳に光を宿らせ笑顔を撒き散ら
す。

「アタシも仕事あるから、必ず毎日作れるかわかんないけどさ。これからは、できるだ
  け一緒にご飯食べましょうねっ!」

「はい。」

「もっ!」

「え?」

「なーんか、アンタ暗いのよねぇ。」

「そうですか?」

「楽しくない?」

「そんなことないです。」

「人と話するときは、こっち見なさいっ!」

・・・・・・。
だって、胸が見えそうなんだもん・・・。

目の前でタンクトップにホットパンツ姿で座られては、直視しようとするとほっぺたが
熱くなってしまう。

そんなこんながあったものの、シンジにとっては始めて家族らしい食事を体験でき、楽
しい夕食の時間が過ぎて行った。

「アタシ、明日仕事で早く出るから。1人で学校行けるかしら?」

「はい。大丈夫です。」

「じゃ、そろそろ寝なさい。お布団敷いておいたから。」

「ありがとうございます。」

「あのさぁ。その敬語、なんとかならない?」

「でも・・・。」

「せめて、もうちょっと普通に喋りなさいよ。なんか、よそよそしいのよねぇ。」

「はい。」

「『はい』じゃなくて、『うん』がいいかな。」

「はい・・・うん。」

「そうそう。じゃ、おやすみ。シンジくん。」

にこりと微笑んで、シンジを部屋へ導くアスカ。

「おやすみ。アスカさん。」

シンジも少し笑って挨拶をすると、まだ自分の部屋だとは実感が持てない部屋に敷かれ
た布団に潜り込む。

はぁ。
アスカさんかぁ。

布団に潜ったのは早かったが、あちこちが火照ってしまいなかなか寝付けない夜を過ご
したシンジであった。

翌日。

午前7:00。

「シンジくんっ! アタシ、仕事行ってくるから、ちゃんと学校行くのよっ!」

「あっ! は、はいっ!」

アスカの呼び声に目を覚ましたシンジは、慌てて飛び起きると扉の向こうにいるアスカ
に必要以上の大声で焦って返事をする。

「朝ご飯作っておいたから、食べて行くのよっ。」

「はいっ!」

「じゃ、行ってきまーすっ!」

扉が閉まる音がし、アスカが玄関から出て行った。シンジは眠い目を擦りながら、のそ
のそと起き出すと、前の学校の制服に着替えて朝食を食べる。

朝は1人でご飯か・・・。
もう少し早く起きたら、アスカさんと一緒に食べれるかな。
うん。
明日からは、もうちょっと早く起きよう。

なんだかんだ言っても、やはり昨日アスカと一緒に食べた夕食は美味しかった。明日か
らはできれば朝もアスカと一緒に食べたいと思う。

時計の針が8:00を示す。

「そろそろ行かなくちゃ。」

シンジは学校の鞄を持つと、地図を見ながら今日から通う学校へと歩き始める。見知ら
ぬ制服に身を包んだ、見知らぬ中学生を行く道で見る。おそらく同じ学校の生徒だろう。

クラスメートの子もいるのかな。
どんな学校だろう。
友達、作りたいなぁ。

あまり友達を作るのが上手くないシンジであったが、できることなら幾人かは友達が欲
しいというのが本音。そんなことを考えながら、学校の校門を潜り職員室へ向かった。

<学校>

職員室へ入り、今日転校して来たことを告げると、1人の老教師が担任の教師の所へ案
内してくれた。

「今日、転校してきた、碇・・・あーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」

「ば、ばかっ! 何大きい声出してんのよっ!」

「えっ! あ、だ、だって、あ、えーー?????」

「アンタの担任の。惣流です。宜しくね。」

「えっ、いや。あの。その。えーーー????」

「シッ!」

シンジがあまりにも騒ぐので、他の教師達が注目してきている。アスカは慌てて、シン
ジの耳元で囁く。

「アンタと一緒に暮らしてるのは、秘密なんだから。静かにしてっ!」

「あっ! は、はい。」

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作者注:2015年では大学をスキップで卒業し教員免許を持っており、16歳以上で
        あれば小中学生の教師になれるという設定にしてます。ご都合主義で申し訳無
        です。m(_ _)m
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「教室を案内するから、来なさい。」

「は、はい。」

慌てて職員室から出て行くアスカの後に続き、シンジも出て行く。そんな2人の様子を
周りの職員達は訝し気に見ていた。

「ったく。騒ぎ過ぎよっ!」

「だって、先生だったなんて・・・。」

「ごめんね。ちょっと驚かせてやろうと思ったの。それにしても、アンタの顔ったらお
  っかし。アハハハハハハハハハ。」

「ひ、ひどいよ。」

からかわれたことがわかり、少し拗ねてみる。

「ごめんごめん。」

「もうっ。」

「でも、ほんと。一緒に暮らしてるのは内緒だから、お願いね。」

「はい。って、住所は?」

「あぁ、第6ブロックの住所そのままにしてあるわ。」

「そうですか・・・。」

教室へ案内されたシンジは、初めて見るクラスメートの前で言葉足らずな挨拶を交わし
指定された席に付く。アスカは朝のホームルームも終わり、教室から出て行った。

1時間目の授業が始まり授業を受ける。

ピピ。

”碇君があのロボットのパイロットとゆーのはホント?”

突然PCのディスプレイにそんな文字が映し出された。この時、NOと答えておけば良
かったのかもしれない。そう思ったのは、体育館裏へ呼び出された後だった。

「転校生。ワイはお前を殴らないかん。殴らな気が済まへんのや。」

昨日の出撃の記憶が無い空白。その間に、トウジと名乗ったクラスメートの妹を傷つけ
たらしい。誰もいない体育館で、思いっきり殴られた。

ぼくだって乗りたくて乗ってるわけじゃないのに。

口の切れた傷から流れる血を手で拭いながら、やりきれない気持ちになる。無理矢理乗
せられ、怖い目にあった挙げ句に恨まれ殴られる。

もう乗るもんか。
あんなのっ!

しかし、まるでそのシンジの決意をあざ笑うかの様に、第3新東京市全体に警報が鳴り
響いた。

フン。
知らないよっ!

その警報が何を意味しているのかくらいは、シンジにもおおよその想像がつく。あの使
徒と呼ばれている怪獣がまた来たのだろう。

乗ってやるもんかっ!
ぼくには関係ないよっ!

自分に言い聞かせるように心の中で呟き、他の生徒達に紛れてシェルターへ向かおうと
した時、校舎からアスカが走り出て来た。

「シンジくんっ! ネルフへっ!」

「えっ!?」

意外であった。昨日の病院でのやり取りを聞いた限りでは、きっとアスカは自分の味方
に違い無いと思っていたのだ。

「ど、どうして・・・。」

「使徒が来たわ。今はアンタしかいないんでしょっ?」

「でも、昨日は・・・。」

「そりゃ、ろくな訓練もしてないアンタが乗るような事態になって、平然とした顔でア
  イツがアタシの前に出てきたら、ムカつくわよっ!」

「そんな・・・。」

愕然とするシンジ。この街へ来てネルフという所へ連れて行かれ、あれに無理矢理乗せ
られた。あそこにいる人達は父を始めとして、そういう人達なのかもしれないが、アス
カだけは違うと信じていたのだ。

「アスカさんも、ぼくに乗れって言うの?」

「そうよ。」

「嫌だよっ!」

「アンタが乗らないで、どうすんのよっ!」

「アスカさんは、怖い目に合ったことがないから、簡単に言えるんだよっ! 無責任な
  こと言わないでよっ!」

「シンジくん・・・。」

「どんなにあれが怖いか知らない癖にッ!」

裏切られた絶望感から、アスカを睨み付けて怒鳴り散らすシンジ。しかし、アスカはそ
んなシンジを見て優しく口を開いた。

「知ってるわ・・・。」

「ウソつかないでよッ!!!」

「アタシもあれに乗ってたの。」

「えっ!!!?」

「何度も、死にかけたわ。」

「う、うそ・・・。」

「でも、アタシの時代には使徒はこなかった。17になった時・・・年齢が限界を超え
  てシンクロができなくなってね。新しいチルドレンを探すことになったの。」

「・・・・・・。」

「アタシは使徒との戦いは知らない。でも、不安定なエヴァに乗せられて、何度も死に
  かけた。」

「死にかけたって・・・。」

「でも、みんながアタシを必要としてくれてるんだって信じて頑張った。頑張って、頑
  張って・・・シンクロできなくなったら、ポイ。」

「そんな・・・。」

「その間に、ちょっとこの学校のこととか事情を知ってね。」

「学校?」

「まぁ、それはいいわ。とにかく、誰かがやらなくちゃいけないことには違いないの。
  だから、アタシはアタシの次に選ばれた子をバックアップできる道を選んだの。」

「それが・・・ぼく。」

「そう。あなたと、綾波さん。」

「それで、ぼくと一緒に暮らしてくれたんですか?」

「そうよ。綾波さんは、他に事情があってね断られたの。だから、せめてあなただけで
  も精一杯バックアップしようと思って。」

「そうですか・・・。」

「エヴァのシンクロは誰でもできるものじゃないわ。アタシにはもうできることはこれ
  くらいしかないけど、世界の為に頑張ってくれないかしら?」

「アスカさん・・・。」

「なに?」

「ぼくがエヴァに乗ったら、アスカさんの役に立てますか?」

「アタシ?」

「はい。」

「アタシも、できればあんなのに乗って欲しくない。」

「なんでもいいですっ! 何かアスカさんの為になりますかっ!? 世界の為じゃなく、
  アスカさんの為に頑張れますかっ!?」

「・・・・・・。中途半端に捨てられたアタシの志を告いでくれる・・・ことかしら。」

「わかりました。」

「え?」

「ぼくは、その為に戦いますっ!」

「シンジくん・・・。」

「行って来ますっ!!」

それだけ言うと、シンジは学校からネルフへ向かって走り出す。その後ろ姿にアスカは
大声で叫んだ。

「ご馳走作って待ってるからっ! アタシにできる精一杯のっ!」

「はいっ! 必ず勝って帰りますっ!」

その後、シンジを殴ったクラスメートのトウジやケンスケがエントリープラグに入るな
どのイレギュラーはあったものの、無事シャムシェルと名付けられた使徒を倒すことに
シンジは成功した。

<ネルフ本部>

今回の作戦で、若干の命令違反を叱られた後、開放されたシンジはネルフ本部からゲー
トを潜り外へ出て来た。

勝ったんだ。
アスカさんっ。勝ったよっ!

夕食を作ってくれると言っていたアスカが待つ家へ向かおうと、駅へ向かって歩く。

キュルルルルル。

目の前にスピンターンして、真っ赤なテスタロッサが止まった。

「あっ!」

サングラスを外して、車から出てくる女性。シンジはその女性に、笑顔で駆け寄る。

「アスカさんっ! 勝ったよっ! 約束守ったよっ!」

「ごめん・・・。」

「えっ?」

「アタシ、約束破っちゃった。」

「約束?」

「アンタの顔見るまで、心配で料理なんか・・・。」

「アスカさん・・・。」

「でも、アタシの料理なんかより、ずっと美味しいレストランのフルコースおごってあ
  げるわっ! 乗ってっ!」

車の助手席のドアを開け、シンジを導くアスカ。

「アスカさんの料理の方が良かったけど・・・。」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないっ。ごめんね。」

「でも、アスカさんと一緒に食べれたら、いいや。」

走り出す真っ赤なフェラーリ。

「じゃ、約束して。」

助手席に座るシンジにアスカは小指を立てる。

「必ずアタシと晩御飯食べることっ。」

「はいっ!」

シンジも小指を立て、アスカと指きりを交わした。

そうさっ!
死んだりするもんかっ!
アスカさんと、晩御飯食べるんだっ!

自分と同じ、いやそれ以上の苦労をしてエヴァに乗っていたアスカ。聡明で美人で非の
打ち所のないアスカ。そんなアスカを憧れの眼差しで見詰めるシンジ。

それが近い将来、恋心に変わっていくことなど、今のシンジには知るよしもない。

ただ、フロントガラスから照らしつける暖かい夕日が、2人の未来の姿を見ているかの
ように祝福しているのだった。

fin.
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