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うちのアスカさん、振袖も艶やかです
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作者注:この小説は、"うちのアスカさん"シリーズの新春特別バージョンです。"うち
        のアスカさん、憧れてます"からお読み下さい。
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<アスカのマンション>

今年も残すところ後数時間。毎年のことだが、この年が変わる瞬間を待つ時はなんだか
ドキドキする。

少し前からこのマンションで暮らし始めたシンジは、年末の大掃除も終わり後は年越し
蕎麦を食べて新しい年を迎えるだけという状態であった。

「アスカさーん。紅白始まったよ?」

「ちょっと待ってね。もうすぐ終わるから。」

「手伝いましょうか?」

「いいって、いいって。出来上がりは明日のお楽しみよっ! ねっ。」

「なんか、ほんとに楽しみだなぁ。」

「お世辞言っても何もでないわよ。」

「お世辞じゃないですよっ!」

「アハハ。もうすぐ終わるから、ちょっと待ってんのよ。」

「うん。」

今アスカは明日から食べるおせちの最後の仕上げにかかっている。どうやら、出来上が
りは元旦朝の楽しみということらしい。

アスカさんのおせちでお正月か。
明日が楽しみだな。
こんな楽しいお正月なんて始めてかも・・・。

目の前で流れている年の瀬恒例の番組。しかしシンジの頭の中は、おせち料理のことで
いっぱい。目に入って来ていない。

「よーし。終わったわ。おせちの余りあるけど、なんか食べる?」

「いいんですか?」

「いいわよ。なにがいい?」

「栗きんとんがいいかな?」

「へぇ〜。」

ニコニコして見返してくるアスカの顔を見て、何か変なことでも言ったかと怪訝な顔を
するシンジ。

「どうしたんですか? 変なこと言ったかな?」

「そーじゃないけどね。」

「だって、なんか笑ってるから。」

「ちょっとね。結構、可愛いリクエストだなぁと思ってさ。」

「うっ・・・。や、やっぱり、海老が本当は良かったんだけど、もう無いかと思って。」

「あははは。いいって。もう用意しちゃったし。はい、栗きんとん。」

「本当にっ。」

「あら? 食べてくれないの? 用意しちゃったんだけど?」

「・・・た、食べます。」

アスカから栗きんとんが入ったお椀を受け取ったシンジは、なんだか照れくさそうにス
プーンで掬って口に入れる。

子供っぽく思われたかなぁ。
やだなぁ。
恥ずかしいなぁ。

「どう?」

「やっぱり、ちょっと甘いですね。」

「そうだった? うーん・・・味付け失敗したかしら?」

「あっ! ち、違います。甘いの好きだから、とっても美味しいですっ!」

「ほんと?」

「本当ですっ! 美味しいですっ!」

「それなら、良かったわっ。いっぱい食べてねっ。」

「はいっ!」

もう自分で何を言っているのかわからなくなってきたが、美味しいのは本当でありパク
パクと栗きんとんを口に運んで行く。

「もうすぐ今年も終わりねぇ。」

「ぼく、毎年この瞬間が好きなんです。」

「そう? アタシは・・・どうかな?」

「好きじゃないんですか?」

「でも、今年は楽しいわね。」

「今年は?」

「ううん。今年からは、本当に楽しいお正月にしたいなぁって。家族ごっこじゃなくて・・・。」

「???」

「ごめんごめん。なんでもないわ。」

アスカの言っている意味はよくわからなかったが、少なくとも自分と一緒に迎える正月
を嫌がっている風でもないので、一先ず安心しておく。

「さって、アタシもゆっくりテレビ見よっかな。」

「ワイン出しましょうか?」

「いいわね。お願いできるかしら。」

「すぐ持って来ます。」

アスカもテレビの前に腰を下ろしたので、シンジはいそいそとワイングラスと赤ワイン
を取りに行く。

「どう? お正月だしさ。シンジくんも一杯くらい飲む?」

「うーん・・・すこーしだけ。」

「よしよし。話せるじゃん。じゃ、ひとまず一口飲んでみなさいよ。」

「うん。」

ワインをグラスに薄く注ぐアスカ。それを受け取ったシンジは、一気に口へと流し込み
目をぱちくりさせる。

「どう?」

「やっぱり・・・あんまり美味しくないです。」

「あはははは。ワインでそんなこと言ってちゃ、ビールなんて到底無理ね。」

「ビールは苦いし。」

「ま、あんなもん、飲まなくていいけどね。バカが飲むもんだしさ。」

「アスカさん、ビール嫌いなんですか?」

「ビールを好きな人がね。」

「どうしてです?」

「なんとなくよ。だって、おばさん臭くない?」

「うーん、そうかも。」

言われてみれば、確かにワインに比べるとおばさんと言うかおやじ臭いイメージがある
のは確かだ。

「無理に飲むこともないしさ。コーラでも持って来たら?」

「そうします。」

「ごめーん。ついでに、チーズ持って来てくんない?」

アスカの横に自分のクッションを置き、コーラ片手に腰を下ろしたシンジは、チーズを
手渡しテレビを見る・・・振りをしながらチラチラをアスカのことも見る。

ワインを飲んでるアスカさんて、綺麗だよなぁ。
ビールはやっぱり似合わないかもしれないな。うんうん。

以前アスカと夕食を食べながら話をしている時、聞いたことがある。

”女性がお酒を飲む時は上品でなければいけない”

というポリシーを持っているとかなんとか。まかり間違っても、「プハー!」などと言
ってあおる様に飲んではいけないらしい。

でも、アスカさんってまだ18なんだろ?
どうして、こんなにお酒強いんだろう?
どっかで練習したのかなぁ?

そんなことを考えながら、いつしかアスカの横顔ばかり見ていたシンジの視線と、振り
向いたアスカの視線がかち合う。

「どうしたの?」

「あっ! あ、あのっ!」

特に悪いことをしていたわけではないが、理由もなくおもいっきり焦ったシンジは、真
っ赤になってどもってしまう。

「く、首が痛くてッ! 横見てたら、治るかなって。ははは。」

「首が? シンクロテストでなんかあったの?」

「そーじゃないんだけど。その・・・な、なんでかな。ははは。」

「ちょっと見せてごらんなさいよ。」

かなり無理のある言い訳で適当にごまかそうとしたシンジであったが、アスカはすっと
立ち上がると背後に立って首の周りをしげしげと眺め始める。

「あ、あまり、その・・・大したことないから、見た目にはわからないかも・・・。」

「うーん、そうねぇ。赤くなったりはしてないみたいね。疲れてるのかしら?」

「そ、そうかも。ははは。」

「痛かったら言うのよっ。」

「えっ?」

次の瞬間、アスカの手がシンジのTシャツの首元から中へ入ってきたかと思うと、肩を
掴んで優しくマッサージを始める。

「どう? 気持ちいい? 痛くない?」

「は、はい・・・。」

「14で、肩こり? 運動不足なんじゃないの?」

「いえ・・・その・・・そうじゃなくて・・・。」

「じゃ、筋肉痛かなにかかしら。」

アスカの手の温もりが、直接肩から首元の肌を通して伝わってくる。なんだか恥ずかし
くて顔を赤くしつつも、黙ってされるがままにじっとしている。

「どう? 少しは楽になったかしら?」

「あっ、はい。ありがとうございますっ!」

「そ。よかった。」

しばらくマッサージをしていたアスカは、その言葉を聞き再び自分の座るクッションへ
と戻ってワインを飲み始める。

はぁ・・・。
アスカさんの手って柔らかかったなぁ。

今迄マッサージをして貰っていた自分の肩をしげしげと眺めて嬉しくなる反面、もうこ
んなことは2度として貰えないだろうなと、少し寂しくもなる。

                        :
                        :
                        :

紅白を見ながら今年の歌手のことなどワイワイと話をしていたアスカが、0時少し前に
なり番組終了と同時にクッションを立ち上がった。

「どうしたんですか?」

「年越し蕎麦作んのよ。食べるでしょ?」

「はいっ!」

グラスに残ったワインを飲みきり、キッチンに立ったアスカはおせちを作っていた時に
していたエプロンを付け、てきぱきと用意してあった蕎麦の準備を始める。

「なんか、思ったよりこの蕎麦小さいわねぇ。2玉くらい食べれる?」

「大丈夫だと・・・思うけど。」

「ほら、1玉が小さいのよ。」

手に1玉の蕎麦を持って、シンジに見せるアスカ。確かに小さい。

「なら、大丈夫かな。」

「おっけぇ。じゃ、まとめて4玉入れちゃえっ。」

そしてお湯でぐつぐつ数分。できあがった蕎麦は思ったより膨らみ、結構な量となって
しまっていた。

「うーん・・・作り過ぎたかも・・・。」

ポリポリと頭を掻きながら、てんこもりの年越し蕎麦2人前・・・実際は4人前だが・・・
を持って来るアスカ。まぁ、てんこもりとは言っても器が小ぶりなので、シンジにして
みればさほど問題は無い。

「大丈夫ですよ。これくらい。」

「そ。ならいいけど。」

「いただきまーす。」

「どうぞ。召し上がれ。」

いよいよ、年が明ける数分前。2人は”行く年来る年”を見ながら、アツアツの蕎麦を
ズルズルと食べ始める。

チッチッチ。23時58分50秒。

ズルズルズル。

チッチッチ。23時59分20秒。

ズルズルズル。

チッチッチ。23時59分50秒。

ズル・・・。

番組に表示されている時計が、いよいよ10秒前となりテレビの中でもカウントダウン
が始まった。

「いよいよね。」

「そうですね。」

3・・・2・・・1・・・。

Happy New Year!!

「アスカさんっ。」
「シンジくん。」

「「あけましておめでとうございます。」」

2人して図ったかの様に・・・実際図っていたに等しいが・・・同時に挨拶を交わし、
軽く頭を下げる。日本人お決まりの儀式である。

「今年もよろしくお願いします。」

「今年もよろしくね。」

ズルズルズル。

挨拶も終わり、年が明けると同時に年越し蕎麦を食べ終わったシンジは、箸を置き器を
傾けるとつゆを飲み始める。

「あの・・・シンジくん?」

「はい?」

つゆを飲もうとしていたのを中断し、器を元に戻しながらアスカの方に目を向けると、
少し笑みを浮かべながらこちらを覗き込んでいる。

「どうしたんですか?」

「おつゆ飲めるんなら、これ食べてくれない?」

「え?」

「やっぱ、多かったみたい。」

ふと見ると、アスカの器には半分とはいかないがまだ蕎麦が結構残っていた。どうやら
作り過ぎて食べ切れなかったようだ。とは言っても、シンジも結構お腹がいっぱいにな
っており、もう入りそうになかったが。

「はいっ!!!!!! 食べますっ!!!!!!」

即座にその器を受け取ると、自分の器などほったらかしてズルズルと蕎麦を食べ始める。
シンジは心底思った。食べ過ぎで死んでも悔いは無いと。

ゲップ。

つゆ一滴も残さず食べ終わり、満腹感に打ちひしがれソファーの上で倒れていると、食
器の後片付けをしていたアスカの姿がいつしか見えなくなっていた。

ん?
アスカさん、何処行ったんだろう?

きょろきょろと部屋の中を見回してみるが、何処にもその姿は見えない。おそらくトイ
レにでも行ったのだろうと、あまり気にせず体を横にし再びテレビに視線を戻す。

食べ過ぎちゃったかな。
もう1歩も動けないや。

「シンジくん?」

満腹のお腹をさすって体を休めていると、背後からアスカの声が聞こえた。なんだろう
と振り返る。

「!!」

声がすぐに出なかった。

「初詣行きましょ?」

「・・・・!」

「どうしたの?」

「あっ! いえ、あの・・・は、はいっ!!!」

そこにいたのは、あでやかな振袖姿に着替えたアスカの姿であった。目をぱちくりさせ
ながら、大慌てで立ち上がるとバタバタと部屋へ入り外出着に着替える。

び、びっくりしたなぁ。
まさか、着物に着替えてたなんて。
でも、綺麗だったよなぁ。

えっ!?
も、もしかして、着物のアスカさんと一緒に歩くの?
こ、こんな服じゃ駄目だっ!
どれにしようっ!???
これかな? 駄目だな。
でも・・・あんまり服なんかないしなぁ。
えっと・・・えっと。これが1番マシかな。
これでいいや。

一先ず持っている服の中で1番マシな物に着替え、急いでリビングへ出て行く。どう見
ても自分がアスカと並ぶと不釣合いにしか思えないが、この際仕方が無い。

「じゃ、行くわよ。」

「はい。何処に?」

「近くの神社だとねぇ。生徒に会ったらやっかいだから、面倒だけど電車で遠くへ行く
  しかないわね。」

うんうん。
近くに行ってすぐ帰るより、そっちがいいや。

振袖を着ていつもとはまた違う独特の女性らしさに惹かれながら、シンジはアスカと共
に初詣へと出掛けて行った。

<神社>

深夜0時を回った真夜中の街だが、今日だけは特別な日。暗い夜道も賑やかに、参拝客
が思い思いの神社へ向かって歩いている。

お・・・お腹痛い。

食べ過ぎた上にすぐ運動した為か、シンジは電車に乗っていた頃から腹痛に襲われてい
た。だが折角の初詣なので、必死で堪えアスカにばれないように頑張る。

「シンジくん? 甘酒売ってるわっ。」

「そ、そうですね。」

「飲みましょ。」

「・・・・・・う、うん。」

これ以上、胃に何も入れたくなかったが断ることもできず、参拝道の脇に出ている店の
長椅子に座り、湯飲みに入った甘酒を受け取る。

「アタシ、これ好きなのよねぇ。シンジくんは?」

「ぼくも、好きですけど。」

「美味しいよねぇ。」

早くお腹痛いの治らないかなぁ。
折角、アスカさんと初詣なのに・・・。

「おでんもあるわよ? 食べる?」

「え・・・。おでん。」

「嫌い?」

「嫌いじゃないけど・・・。」

「じゃ、食べましょ。」

駄目だ。
これ以上食べちゃ駄目だ。

そんなシンジの状態など露知らず、お店のおじさんに大根やこんにゃくなど、2,3の
おでんを注文するアスカ。

「はい。どうぞ。」

「うっ・・・。」

小さなお皿におでんが3つ乗り、割り箸とカラシが添えられ目の前に置かれる。もう見
ただけでゲップが出そうだ。

「ぼ、ぼくは・・・。アスカさんどうぞ。」

「そう? じゃーねぇ。やっぱり、最初は大根よね。」

割り箸を割り、大根を半分に切ってカラシを付けたアスカは、片手で汁が着物に付かな
いように受けながら口へと運ぶ。

「美味しい。シンジくんも食べなさいよ。美味しいわよ?」

そう言いながら、今アスカが食べた割り箸をお皿の上に置き、シンジの前におでんを出
して来る。シンジの視線は、アスカが口につけた割り箸に釘付け。

もういい。
ぼくは、食べ過ぎで死んでも悔いは無い。

シンジはその割り箸を手にすると、アスカが半分残した大根を口に運んだ。とっても美
味しい大根だった。

甘酒も飲み終わり、アスカと交互におでんを食べたシンジは、気持ちは満足,お腹は満
足過ぎて苦しさ倍増の状態で再び歩き出した。

苦しい・・・。
どうしよう。

「おや? 惣流先生じゃないですか。」

「げっ!」

シンジと歩いていたアスカが声のした方へ振り向くと、そこには同じ学校の先生が家族
連れで初詣に来ていた。どうやら、まだシンジには気付いてない様だ。

「あ、あけましておめでとうございます。ちょ、ちょっとアタシ急いでるから。じゃっ!」

シンジと一緒に暮らしていることは、学校には内緒なので適当な理由を付けて小走りに
逃げ出す。

わーーーっ!
走っちゃ駄目だっ!

とても走れる体調でなかったシンジだが、アスカが走り出したので付いて行くしかない。
目に涙を浮かべながらお腹を押さえて走り出す。

「はぁー。もうびっくりしたわねぇ。まさか、こんなとこで会うなんて。」

「うぅぅぅ・・・。」

「あら? シンジくんどうしたの?」

「うぅぅぅ・・・。」

折角のアスカとの初詣なので、腹痛が原因で帰ることになっては嫌だと、これまで必死
に我慢していたシンジだったが、とうとう耐え切れなくなってその場に蹲ってしまった。

「シンジくんっ!? どうしたのっ!? 大丈夫っ!?」

「ちょ、ちょっと、お腹が・・・。」

「えっ!? お腹っ!? 急にどうしたのよっ!?」

急にじゃないのだが、アスカにしてみれば突然シンジが腹痛を訴えた様なものなので、
驚くのも無理はない。

「あそこにベンチがあるわ。休みましょ。」

「は、はい・・・。」

さすがにもう我慢ができなくなったシンジは、正直に腹痛を訴えながらよろよろとベン
チに向かって歩き出す。

「ほら、掴まんなさいよ。」

「すみません。」

「そんなこといいから。足元気つけんのよ。」

「うん。」

アスカに腕を引いて貰いながら、神社の脇に設置されているベンチまでふらふらと歩き
腰を下ろす。

「どの辺が痛いの?」

「このあたり・・・。」

「うーん。何か変なの食べたかしら? おかしいなぁ、アタシも同じの食べてるのに。」

「ちょっと、食べ過ぎで・・・。走ったから。」

「そっか。ごめんね。先生に会っちゃったから。」

「少ししたらマシになると思う。」

「初詣なら、まだ時間あるし。休憩しましょ。」

「うん・・・えっ!?」

お腹を両手で押さえて丸くなっていたシンジの頭に、アスカの手が触れたかと思うと、
そのままゆっくりベンチの上に寝かされる。丁度、アスカの膝枕で横になる状態。

「・・・・・・。」

「少し寝てたら、楽になるって。」

「うん。」

やわらかいアスカの膝枕を頬に感じて横になりながら、賑やかな参拝客が行き交う夜の
神社でシンジは思う。

お腹、痛くなって良かった・・・。

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                        :
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ものの30分程ゆっくりと横になり楽になったシンジは、再び参拝道を歩き出していた。
腹痛も治まり、気分も最高である。

「あっ! あれ可愛い。」

アスカが指差したのは射的の店で、ぐるぐると回るドーナツ状の台の上に可愛らしい猿
の人形が乗っている。

「ぼく、取ってみる。」

「えーー。あれ、大きいわよ。取れるのぉ?」

「大丈夫。使徒に比べたら、あれくらい。」

「じゃ、取って貰おうかな。」

アスカの期待を背に、シンジは勢い込んで銃にコルクを詰め構える。的が大きいので、
狙うのも楽だ。

目標をセンターに入れてスイッチ。
目標をセンターに入れてスイッチ。
よしっ!

パコ〜ン!

見事命中。だが、敵はよろけただけで落ちなかった。

くそー。
当たったのになぁ。
よしっ! 次は頭を狙ってみよう。

お腹に当てても、敵は安定しており落ちそうにないので、今度は頭を狙ってみることに
する。

目標をセンターに入れてスイッチ。
よしっ!

パコ〜ン! グラグラ。

敵がよろけた。だが、少し位置が後ろへずれたものの落ちる迄にはいたらなかった。残
弾数は1発。

どうしよう。
これで最後だ。

ふと振り返ると、アスカがニコニコとして自分のことを見ている。どうしても、あれを
プレゼントしたい。

銃を構えるシンジ。

猿が再び目の前に迫る。

最後の一発。

いくぞっ!

パコ〜ン! グラグラ、ドサっ!

「やったっ!!!」

猿が落ちた。思わずガッツポーズを取って、アスカに振り返るシンジ。

「兄ちゃん残念だったね。」

「えっ?」

店のおやじが、猿の人形を掴み再び台の上に乗せている。

「えっ!? なんで?」

「後ろの台にひっかかっちまったよ。完全に落ちないと駄目さ。」

「そんなぁ。」

がっかりである。

「また挑戦してくれや。可愛い彼女にもよろしくな。」

「えっ!?」

おやじの言葉を耳にし、振り返るとそこには振袖を着たアスカの姿。”彼女”という言
葉は聞こえなかったのか、いつも通りの笑顔で自分のことを見ている。

「残念ねぇ。ま、しゃーないか。行きましょ。」

「うん。」

射的の店を離れ歩き出す。自分の横には、寄り添う様に歩いているアスカの姿。シンジ
は改めて今の自分の状況を考えながら、行き交う人に視線を送る。

みんな、ぼく達を恋人だって見てるのかな。
アスカさん、年上だし・・・先生だし・・・保護者だし・・・。
でも、他の人にはそんなことわからないもんな。

射的のおやじの言葉を思い出すとなんとなく嬉しくなってきて、何気なくアスカの方に
視線を送る。

”彼女”か・・・。

「シンジくんっ。お参りしましょ。」

「あっ。」

いつしか、まわりは人ごみになり、順々に賽銭を投げてお参りしている。我に返ったシ
ンジは、財布から小銭を取り出す。

「一緒に、お賽銭投げましょうか?」

「はい。」

「じゃ、いくわよ。せーのっ!」

ポーン。

2人の賽銭が境内に飛んで行く。

パンパン!

手を叩いて目を閉じるシンジとアスカ。

今年も平和な良い年でありますようにっ!

お願いごとを終えたシンジが薄目を明けてちらりと横を見ると、目を閉じ両手を合わせ
てなにやら念入りにお願いごとをしているアスカの姿。

いったい何を願っているのだろうか。その胸中を察することはできないまま、シンジは
再び前を向き目を閉じる。

今年中にとは言いません。
毎年お願いしますから・・・。

だから。

アスカさんが彼女になってくれますようにっ!

「行きましょうか?」

目を開くと、そこには眩しいばかりのアスカの笑顔。

日本の誰より、一足早い眩しい自分だけの初日の出を見た気がしたシンジであった。

fin.
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