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ホワイトチョコレート
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アスカが珍しく台所を占有している。シンジは夕食の支度もできないので、部屋でヘッ
ドホンステレオを聞いていた。

「フンフンフン」

アスカの鼻歌が聞こえてくる。ご機嫌のようだ。

アスカ、はりきってるなぁ。

今日は2016年2月13日土曜日、運良く学校は休みなので、明日のバレンタインデ
ーに向けて、奮闘しているアスカであった。

台所を占有されているからといって、夕食を抜くわけにはいかない。シンジは、夕食の
予定を変更し、弁当か何かをスーパーへ買いに行くことにした。

「アスカ。買い物に・・・。」

「ちょっとー! 見ないでよ!」

「え? いや、見てないよ。見てない。」

台所から食卓まで、いっぱいに広げておいて、見るなという方が無理なのだが、シンジ
は、目をそらす。

「ねーシンジぃ、加持さんチョコもらってくれるかなぁ?」

夢見る乙女のような顔で話し掛けるアスカ。

「し、知らないよ。そんなこと。加持さんに聞いてみたら?」

シンジは、どう答えていいのかわからないので、ぶっきらぼうに答える。

「聞けるわけないでしょ! ばーか。
  あー、明日チョコ受け取ってもらったら、一緒に夕食連れていってもらってぇ、それ
  でね・・・」

「か、買い物に行ってくるよ。台所が使えないから弁当でいいよね。じゃ。」

長くなりそうだったので、シンジは、買い物袋をぶら下げて、出かけていった。

エレベーターでマンションを降りるシンジ。外にでると小雨が降っていた。

あ、雨だ。天気予報では、晴れるって言ってたのに。

シンジは、傘を取りに帰る。

「あら、お早いお帰りで・・・。」

「違うよ。傘を取りに来ただけだよ。」

「えーーーーー。雨降ってるの!? あー、せっかくの明日のデートが・・・。雨やむ
  かなぁ。」

「そんなの、ぼくに聞かないでよ。」

「いちいちカンにさわるこというわね! 早く行ってらっしゃいよ。」

シンジは愛用の青い傘を持って、再び買い物に出かけた。小雨の中、傘をさしてポツポ
ツと歩くシンジ。空を見上げると、雲行きはどんどん怪しくなってきている。

明日、晴れるかなぁ・・・。

<スーパー>

弁当のコーナーで、今日の夕食を見繕う。

アスカ、から揚げが好きだったよなぁ。うーん、ハンバーグも好きだしなぁ。どうしよ
う。

悩みに悩んだあげく、決断できなかったシンジは、両方買ってアスカに選んでもらうこ
とにする。余った方をシンジが食べる。
スーパーでは、大きな一角を設けて、チョコレートや手作りチョコレートの材料を販売
していた。バレンタインデー戦略だ。

アスカ、今頃がんばってるかなぁ。

チョコレートを所狭しと並べているワゴンの横を、通り抜けようとした時、ある人物の
姿が、シンジの目に入った。

「ミサトさん?」

ぎょっっとした表情で振り替えるミサト。

「あ、あっらーシンちゃんじゃない。アハハハハ、どしたの? こんなとこでぇ。」

「それは、ぼくが聞きたいですよ。何してるんです?」

「ちょ、ちょっちね。」

「加持さんにですか?」

「え、ま、まぁ、義理でね。」

この歳になって、チョコレートを渡すのが照れるのか、恥ずかしそうに言い訳をするミ
サト。

「まぁ、明日、映画とディナーをおごってくれるっていうから。チョコレートくらいは、
  あげてもいいかなぁ。なんてね。ハハハハハ・・・。」

シンジの顔が急に暗くなる。

アスカ・・・・。

「どしたの? シンちゃん、深刻な顔しちゃって。」

「いえ、なんでもないです。」

「そうそう、今日は徹夜になるから、わたしの分は夕食いらないから。」

「大変ですね。」

「明日、昼で帰るからね。しょうがないわね。」

「昼・・・ですか。」

ミサトと別れたシンジは、ミサトのマンションへの道を重い足取りで帰っていた。

<ミサトのマンション>

ガチャ。

「ただいま。」

「おっ帰りぃ。」

アスカの明るい声が聞こえる。対照的にシンジは、なぜか罪悪感でいっぱいだった。
リビングに入ると、台所は既にパニック状態となっており、顔にまでチョコレートをつ
けたアスカが、はりきっていた。

「アスカ・・・、あのさぁ。」

「なに? 今忙しいから、後にしてくれない?」

「明日、加持さんと約束してあるの?」

「こういうものはねぇ、当日にいきなりってのがいいんじゃない。っま、シンジにはわ
  かんないかなぁ。」

「・・・・・。」

アスカ・・・。

夕食の時間、買ってきた弁当をアスカと食べる。アスカが、から揚げ弁当を取ったので、
シンジがハンバーグ弁当となった。
アスカはご機嫌で、おいしそうにから揚げ弁当を食べていたが、シンジのハンバーグは、
まずかった。

シンジは先に部屋に入って布団に潜り込んだ。アスカは、まだ、台所で奮闘している。
今日のご機嫌なアスカが、明日、どういう顔になるのか、想像すると胸が痛み、寝付け
なかった。
筋違いだとはわかっているのだが、ミサトを恨みさえもした。
台所であわただしく動き回るアスカの音と、時計の音だけが聞こえてくる。

深夜2時。既に、静けさが闇夜を支配しているが、シンジは、まだ、起きていた。

もう、アスカ終わったのかな?

トイレに行こうと、リビングに出て行くシンジ。そこには、食卓で椅子に腰をかけたま
まで、寝てしまったアスカと黒くて四角いチョコレートが、いくつも並んでいた。
ただ、1つだけ、ホワイトチョコレートをベースに、ブラックチョコで奇麗に飾り付け
られたハート型の豪華なチョコレートがあった。

これが、加持さんのだな。でも・・・。

シンジは、椅子で寝ているアスカにタオルケットをかけてやった。

<ネルフ本部>

翌日、雨。

ネルフ本部でも、幾人もの女性職員が本命なのか、義理なのか、男性職員にチョコレー
トを配る風景が目立つ。
シンジとアスカ、そしてレイは、ハーモニクステストをしている。

「先輩、チョコレートです。」

「マヤ、毎年言ってるけど、こういうものは男性に渡すものでしょ。せっかくだから、
  今年は受け取るけど、来年は受け取らないわよ。」

と、毎年同じセリフを言いながら、受け取っているリツコ。

「だって、私のまわりには、そういう男性いませんから。」

毎年同じ会話をする2人の横で、毎年涙する青葉の姿があった。

「シンジ君、レイ、アスカ上がっていいわよ。」

リツコは、通信回線を開くと、ハーモニクステストをしている3人に声をかけた。
シンジ、アスカ、レイは、着替えが終わると、司令室に集まる。

「アスカ、今日はシンジ君よりシンクロ率が良かったわ。それに引き換え、シンジ君?
  どうしたの? 調子でも悪いの?」

「いえ・・・。」

「次回は、もっと集中してね。」

「はい。」

「それよりさぁ、リツコ。加持さんどこ?」

「自分の部屋にいるんじゃない?」

「っそ。わかったわ。」

今日のテストの結果報告が終わると、アスカは加持の仕事部屋へ向った。シンジも距離
を置いて、後に続く。

コンコン。

「かーじさん!」

自動ドアが開く。

「おう、アスカじゃないか。こんな所に何の用だい?」

コンピューターの前に座り仕事をしていた加持は、椅子をくるりと180度回し、アス
カの入ってきたドアの方向に向く。

「えへへへへへぇ。」

「なんだよ、気味悪いなぁ。」

「はい、バレンタインデーのチョコレート。」

後ろに隠し持っていた物を、両手で差し出す。それは、ピンクのチェックの包装紙でラ
ッピングされており、ピンクのリボンがかかっていた。

「こりゃ、光栄だな。ありがたくいただいておくよ。」

「えへへへへへぇ。」

ドアの外から見ていたシンジは、加持にチョコレートを渡せたので、ひとまず安心して
いたが、丁度そこへ、ミサトがやって来る。
ミサトが部屋に入ろうとした時、チョコレートを渡すアスカが目に入る。ミサトは部屋
に入るのをためらった。

「おぉ、葛城! 用意はできたのか? バッチリ、ディナーの予約取っといたぞ。」

あまりのタイミングの悪さに、シンジの顔が青ざめる。ミサトは手を額にあて、天を仰
いでいる。

「ア、アスカ、あのさ・・・。」

フォローしようとするが、何も言葉が出てこない。

「加持! ちょっときなさい。」

耳を引っ張られて、部屋から出て行く加持。

「いたたたたたた、おい、何するんだよ。」

「いいから、来なさい。」

部屋には、シンジとアスカの2人だけが残される。

「そっか、今日、加持さんデートなんだ。」

アスカの笑い顔が、シンジの胸に突き刺さる。

「ア、アスカ・・・あの・・・。」

「何よ。」

「いや・・・その、そろそろ帰ろうか?」

「先、帰って。今日は、義理チョコ配らないといけないから、忙しいの。」

「そ、そう・・・。」

アスカが部屋を出て行こうとする。

「ア、アスカ!」

呼び止められ、振り替えるアスカ。

「何?」

「いや・・・その・・・。」

「何よ!」

「だから・・・その・・・。」

何か、気の利いた言葉の一つもかけようとするが、こんな時に何を言えばいいのか、シ
ンジにはわからない。

「もぅ! 忙しいって言ってるでしょ! 用が無いなら、さっさと帰りなさい!」

アスカは、そのまま、部屋を出ていった。

アスカ・・・。

<ミサトのマンション>

ベットで横になりながら、シンジは、ヘッドホンステレオを聞く。

アスカ、大丈夫かな。今日、ちゃんと帰ってくるだろうなぁ。

しかし、日が暮れかかってもアスカは帰ってこなかった。いつもなら、とっくに帰って
きている時間である。
シンジは心配になり、傘をさしてマンションを出る。
アスカの立ち寄りそうな公園や喫茶店をしらみつぶしに探し回った。

どこにもいない・・・。

もう、日は暮れている。シンジは、ネルフへと電話を入れた。

「もしもし、マヤさんですか? シンジですけど。アスカいません?」

『もう、帰ったはずよ。』

「そうですか・・・。」

『どうかしたの?』

「いえ、なんでもありません。」

不安感が心につのる。シンジはもう一度、さっき回った所を探しに行く。

アスカ、どこ行ったんだよ。

結局アスカは見つからなかった。シンジは、仕方なくトボトボと、家へ向った。

ガチャ。

「おっそーーーーーーーい!!!」

「へ!?」

扉を開けたとたん、アスカの怒声が響き渡った。

「アスカ? 帰ってるの?」

「どこ行ってたのよ! 今日の食事当番、アンタでしょうが! お腹ぺこぺこじゃない!」

「ご、ごめん。すぐに作るから。」

帰ってたんだ・・・。

                        :
                        :
                        :

夕食も終わり、リビングで2人は時間をつぶしていた。時計は、既に23:00を指し
ている。

「ミサト、帰ってこないね。」

TVを見ていたアスカから、突然ミサトの名前が出たので、シンジが凍り付く。

「ま、また、どこかで飲みすぎてるんじゃないかな?」

「かもねー、加持さんも大変だなぁ。あんな女にひっかかって同情しちゃうわ。」

「そ、そうだね。ハハハ・・・。」

シンジは、苦笑いを浮かべるだけで、どうしていいのかわからない。右手に汗をにじま
せ、開いたり閉じたりしながら、アスカを見つめる。

アスカ・・・。

「っさって、じゃ、そろそろ寝るわぁ。」

寝転んでTVを見ていたアスカが、すくっと立ち上がると、自分の部屋に向って歩き出
す。

「お、おやすみ。」

シンジも椅子を立ち、部屋に戻ろうとした時、後ろから呼び止められた。

「シンジ。」

「え?」

振り替えると、アスカがチョコレートを持って立っていた。

「一つ余ったから、あげるわ。」

「ぼくに!? あ、ありがとう。」

「どうせ誰にももらえないんでしょ。義理だからね! 義理!」

「うん。」

「じゃ、おやすみ。」

アスカは、また、自分の部屋に戻っていった。

シンジは、自分の部屋で、アスカにもらったチョコレートを見た。それは、青い包装紙
でラッピングされており、青のリボンがかかっている。

シンジは、生まれて初めてもらった、チョコレートの包みを丁寧に広げる。
ラッピングの中には、真っ赤な箱が入っていた。

赤い箱か・・・。アスカみたいだな。

そっと、シンジは赤い箱の蓋を開ける。

「!」

シンジは凍り付いた。中には、ホワイトチョコレートをベースにしたハート型の奇麗な
チョコレートが入っていたのだ。

こ、これは・・・。

シンジは、ホワイトチョコレートをじっと見つめる。

チッチッチ。

時計の音だけがする。雨はやんだようだ。

チッチッチ。

シンジは、チョコレートをしばらく見つめていたが、赤い箱の蓋をそっとかぶせ、青い
包装紙で、丁寧に包み込むと、机の引き出しにしまいこんだ。

確かに、受け取ったよ。アスカ。

布団に潜り込むと、すぐに眠気が襲ってきた。

おやすみ、アスカ。

fin.
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