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アスカちゃんとレイちゃん 3rd Impression
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作者注:この小説は、"アスカちゃんとレイちゃん 2nd Impression"の続編です。そち
        らからお読み下さい。
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<アスカの家>

いよいよバレンタインデーが明日に迫った2月13日。ここ惣流家のキッチンでは、顔
にチョコレートをいっぱい付けて、アスカが第一級戦闘体勢に入っていた。

「今年こそは、チョコ渡せるかなぁ。食べてくれるかなぁ。」

去年も、レイと一緒にチョコを作っていた。ところがバレンタイン当日、シンジ目当て
の他校の女子が殺到し、危険と判断した学校はシンジを帰してしまったのだ。

今年は、あんな連中が集まって来る前に渡さなくっちゃ。
1つでも食べてくれるかなぁ。

今年の作品は、小さなトリュフの詰め合わせ。1つ1つにありったけの想いを込めて、
可愛らしいチョコをたくさん作っていく。

「おっけぇ〜〜。1つでっきあっがりぃ。かっわいっ!」

ハート形にしたチョコを作り、ダイニングテーブルに置かれた皿に並べると、キッチン
に体勢を戻し次のチョコを作る。

「ふったつめぇ。ん?」

2つ目のチョコを皿の上に置こうとしたアスカは、目をゴシゴシと擦って自分の目を疑
った。

「あら? さっき、1つ置かなかったかしら?」

皿の上に置いたはずのチョコが無くなっているのだ。おかしいなぁと思いつつも、今で
きたばかりのチョコにココアパウダーを塗し、皿に置いて次に取り掛かる。

「♪フンフンフン。はい。ふったつめぇぇー・・・・むっ!?」

今度こそ2つ目のチョコを皿の上に置こうとしたアスカだったが、またお皿の上が空に
なっている。

「むむむっ!?」

再度、チョコを皿に置きキッチンの方へ体を振り向けたが、即座にテーブルに振り返る
と視線を皿に戻す。

「もぐもぐ。」

「レイっ! 何してんのよっ!」

「あら? 見つかった?」

「なにが、『あっらぁ〜ん? 見つかったぁ〜あん?』よっ!」

体にシナを作って、レイの仕種を誇張して真似するアスカ。

「そんな言い方してないでしょっ!」

「それよりっ! いつの間に入って来たのよっ!」

「このチョコ美味しいわ。一緒に食べましょ。」

「アンタバカぁぁ! なんでアンタにチョコやらなきゃいけないのよっ!」

いつの間にか入って来ていたレイがダイニングテーブルの下に隠れ、よりによってシン
ジの為に作ったチョコを摘まみ食いしていたのだ。

「そう・・・つれないのね。それじゃ、私は帰るわ。」

「ちょっとっ! 無くなったチョコどうしてくれんのよっ!」

「私・・・忙しいから。」

アスカの怒りなど無視して、ひょこひょこと自分の家へと帰ってしまうレイ。せっかく
作ったチョコを食べられたアスカは、怒りのぶつけ所が帰ってしまい地団駄を踏む。

そっちがその気なら、目には目をよっ!

その後、頃合いを見計らって自分の家を出たアスカは、向かいのレイの家へコソコソと
入って行った。

<レイの家>

同じ団地の向かいに住むレイの家のキッチンも、まさしく今は戦争の真っ只中であった。
今年のレイの作品は、チョコレートケーキ。

「クスクス。」

アスカったら、あんな小さなチョコ。
私の方が見栄えするわ。

アスカの小さなトリュフの詰め合わせに比べ、自分は大きなチョコレートケーキである。
利点は、とにかく目立つこと。

碇君に渡すんだから、これくらい目立たないと駄目。
後は、飾り付け。
どうしよう・・・。

ケーキの台まで作り終えたレイは、得意気な笑顔を浮かべキッチンに向うと、ケーキ作
りの本と睨めっこしながら、飾り付けを考える。

「もぐもぐ。」

その時、変な音がレイの背後から聞こえた。不可解に思ったレイは、なんだろうと振り
返る。

「あっ、あーーーーーーーーーっ!!!」

「あらぁ、レイ。このケーキ、いけるわよ?」

「アスカーーーーっ!!!!」

「ケーキ作ったんなら、そう言ってよぉ。2人で紅茶を入れて食べましょうか?」

「食べちゃだめーっ!」

せっかくシンジの為に作ったケーキの端っこを、指ですくって口に入れているアスカの
姿を見付けたレイは、涙目で文句を言う。

「あははははっ。アタシのチョコだって、2つ食べたでしょ? お返しよっ!」

「ア、ア、アスカのは、すぐまた作れるじゃないぃっ! ケーキは、端っこ食べたら、
  全部作り直しじゃないのぉぉっ!」

「あら・・・そういうこともあるわね。気が付かなかったわ。」

「ひ、ひどいぃぃぃぃぃ・・・。」

先に仕掛けたのが自分であったので、あまり強く言えないものの、その被害の大きさに
よろよろと崩れ落ちるレイ。

「じゃアタシ、忙しいから帰るわ。」

「さっさと帰ってよぉっ!」

してやったりという顔で帰って行くアスカの後ろ姿を見送ったレイは、口をぷぅ〜と膨
らませて、そそくさとケーキの修復に掛かるのだった。

なんだかんだあるものの、今日はバレンタインデー前日。アスカやレイに限らず、花も
恥じらう乙女の家庭では、夜遅くまでキッチンから光が漏れる日。

<通学路>

日はまた昇り、いよいよ2月14日。

年に1度の、恋する女の子の決戦の日。

嬉し恥ずかし、ドキドキワクワク、バレンタインデーがやってきた。

アスカとレイも、昨日夜遅くまで掛かり作り上げたチョコレートを、心に秘めた想いと
共に大事に大事に胸に抱き、いざ出陣。2人仲良く通学路を歩いていた。

「ふあぁぁ。」

「あら? 眠そうね。」

「完成が大幅に遅れたのっ! アスカのせいっ!」

「それはそれは。アハハハハハ。」

「もうっ。」

「それよりさぁ、レイ?」

肩を並べて通学路を歩くレイの腕の中に抱かれる大きなピンク色の箱を、アスカはマジ
マジと覗き込む。

「アンタ? 本当にそんな大きなの、渡すつもり?」

「ええ。」

「そーんなでっかいの、どの娘も持って来ないわよ?」

「目立つでしょ?」

「そりゃあ・・・目立つかも・・・しれないけど・・・。」

確かに目立つことも大事な要素だろう。が、ケーキのでっかい箱を抱いて通学する姿に
は、違和感がありすぎる。

「でもさぁ。碇くん、ただでさえ沢山チョコ貰うんだろうから、それと一緒にケーキな
  んて持って帰ったら、家に着いた頃にはぐちゃぐちゃになってないかしら?」

「あっ! ど、どうしよぉ。」

「しーらない。」

「ねぇ、アスカぁ。どうしよぉ。」

「知らないわよっ! 自分でなんとかしなさいよっ!」

「ねぇ、アスカぁ。アスカぁ。」

「ウッサイっ! ウッサイっ!」

泣きモードに入るレイと、無視してスタスタ歩くアスカが学校に辿り着くと、今年は他
校の生徒が入って来れない様に、ガードマンが辺りを警戒していた。

「今年は、変な連中が来そうにないわね。安心して渡せるわ。」

「ケーキ・・・どうしよう・・・。」

去年の様なことにならずに済みそうだと安心するアスカと、相変わらずケーキのことを
心配するレイの付かず離れず歩く姿が、生徒の群れに紛れて校舎の中に消えて行った。

<学校>

ところがその日。朝1番に渡そうと教室の入り口で待ち構えていたにも関わらず、シン
ジはいつまで経っても登校して来ず、とうとう朝のホームルームが始まってしまった。

「えー。去年のことがありますので、今年は碇君には学校を休んで貰いました。」

「「「「「えーーーーーーーーっ!!!!」」」」」

ホームルームが始まると共に発せられた、担任の老教師の衝撃の言葉。アスカやレイだ
けでなく、他のシンジ目当ての女生徒の何人かからも非難の声が上がる。

なんてことしてくれんのよっ!
せっかく昨日がんばって作ったのにぃっっ!

老教師を睨み付けながら、ブチブチアスカが文句を言っていると、後ろから小さく折り
畳んだ手紙が回されてきた。

”どうするの? From あなたのレイちゃん”

アスカもノートの端を千切って、レイに手紙を回す。

”休み時間、相談しましょ。 From かわゆすぎて困っちゃうぅ〜アスカちゃん”

バレンタイン当日は、いきなり出鼻を挫かれる形で幕を開けてしまった。休み時間にな
り、女子トイレに集まったアスカとレイは、緊急対策会議を開く。

「机の中ってのもあるけど・・・。」

「机の中なんて、私の入らない。」

「アタシの入るもんねっ。」

「あっ! ひどーいっ!」

「でもねぇ。やっぱり手渡したいわよね。」

「碇君いないのに、どうするの?」

「そこが問題よ。」

「わかってるわよ。」

「だから、どうやって今日中に碇くんに会うかが問題ねっ。」

「やっぱり、家に行くしかないんじゃない?」

「碇くん、家にいるかなぁ?」

「家で碇君に渡せたら、ケーキも崩れないわ。」

やはり、レイが1番気になるのは、折角作ったケーキが型崩れしないかの1点に絞られ
ている様だ。

「しゃーない。他に方法が無いわね。放課後碇くんの家まで行ってみましょ。」

「会ってくれるかしら?」

「学校の連絡とかって言ったら、なんとかなるわよっ。」

安易に対策方法を決めてしまった2人は、それから後の授業をそわそわしながら受け、
放課後を待つのだった。

<ミサトのマンション>

放課後になり、アスカとレイはいそいそとトリュフとチョコレートケーキを持ってシン
ジの家までやって来ていた。

「むむっ!」

コンフォート17マンションの下まで来たアスカは、眼前に繰り広げられる光景に目を
見開いた。

「アイツがいるわっ!」

「なにか、話をしているみたい・・・。」

アイツ・・・アスカとレイの最大のライバルであり、シンジ非公認だが事実上公認と言
えるシンジファンクラブの会長。隣クラスの女子、霧島マナである。

アスカとレイは、群れの中の1人になるのが嫌で、ファンクラブには属さず独自でシン
ジの追っ掛けを続けている。

「アイツが話をしてるのって、ネルフの人じゃない?」

「そうね。」

「こんな所まで警備してるのかぁー。困ったわねぇー。」

マナの後ろに続く女子達の顔ぶれを見ると、ファンクラブのメンバーの様だ。会長たる
マナが、彼女達のチョコをシンジに渡したいと交渉しているのだろう。

「あら?」

しばらくすると、マナはがっかりして諜報部員の前から去って行く。どうやら交渉が決
裂した様だ。

「ダメだったみたいね。」

マナ達が成功すれば、自分達もなんとかなるかもしれないと期待して見ていたが、かな
り警戒が厳しい。

「ねぇ、アスカぁ。どうするのよ?」

「アタシ達が行っても、きっと断られるんでしょうねぇ。」

困り果てる2人。視線の先には、まだ諦め切れない様子のファンクラブの少女達が、マ
ンションの周りにたむろっている。

「そうだわっ! このマンションの住民に成り済ませばいいのよっ!」

「そんなの・・・。きっと、調べられてるわ。」

提案をあっさり却下するレイ。しかしアスカは、目を輝かせた自信満々の顔を、レイに
突き付ける。

「大丈夫っ!」

「あなたの大丈夫程、当てにならない物は無いわ・・・。」

「大丈夫だってっ! アタシに作戦があるわっ!」

「やめて・・・。あなたの作戦は、碌な事にならないわ。」

「いいからっ! アンタは付いて来るのっ! いいわねっ!」

嫌な顔をするレイの言葉など無視して、アスカはマンションの下に向かってスタスタと
歩き出す。

ああいう顔のアスカは、危険。
お願いだから、変なことしないで・・・。

そんなことを願いながら、レイはアスカと少し距離を開け、マンションの下で警備する
諜報部員の前までやってきた。

「行くわよっ! レイっ! ちゃんと付いて来るのよっ!」

「何するの?」

アスカは言うが早いか、どんどん歩く速度を速めていくと、諜報部員の前に迫り突然大
声で叫び始めた。

「ダ、ダメ〜っ! 赤ちゃんが生まれるぅぅっ! 早く家に帰らないとっ!」

「・・・・・・。」

ぼーーーーぜんとするレイ。冷や汗が、たらーーーっと流れる。見ている自分が恥ずか
しくなってくる。

「あーーっ! 急がないと、間に合わないわーーっ!」

大声で叫びながら、お腹を押さえて諜報部員の前を全力で駆け抜け様とするアスカ。そ
れまで付いて行っていたレイだったが、がっくりしてその場に止まってしまった。

「・・・・・・。」

妊婦が、ダッシュなんかするもんですか・・・。
あれで通れたら奇跡。

「あーーーっ! ダメぇっ! うーー、うっまれるーーっ!」

意味不明なことを口を尖らせて叫びながら、アスカの疾走は続く。

「待てーーっ! 何処へ行くつもりだっ!」
「捕まえろっ!」
「怪しい奴がそっちに行ったぞっ!」

「キャーーーーーっ! どうして追い掛けて来んのよーーっ!」

本人にすれば、迫真の演技で走っていたはずだったが、嘘がばれてしまい芝居などして
いる余裕が無くなった。後は全力でエレベーターに走るのみ。レイは目を背けてしまう。

恥かしい・・・。
私が報われないのは、友達が悪いから?

あまりの情けなさに両手で目を覆って見ていたレイが振り返ると、同じ様にアスカのこ
とを唖然と見つめるファンクラブの少女達の姿があった。

アスカに比べたら、あっちの方がマシかも・・・。
友達は、選ばないと駄目だって、わかってたつもりだったのに・・・。

「キャーーーっ! 来ないでーーーっ!」

「捕まえたぞーーっ!」

「アタシの家はここなのよーーっ! 流産したら、アンタ達のせいよーーっ!」

「このわけのわからん奴を摘み出せっ!」
「はいっ!」

「イヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

諜報部員に取り押さえられながら、大騒ぎするアスカの声が聞こえてくる。回りに同じ
学校の生徒もいるので、レイは知らぬ振りを決め込んで家路についた。

「ちょっとぉぉーーー! レイ待ってよーーーっ!」

「・・・・・・。」

「どうしてアンタも来なかったのよーーっ! 失敗したじゃないっ!」

「もうっ! 恥ずかしいじゃないっ!」

「なんでよぉ。もうちょっとで上手く行きそうだったのにぃ。」

「ど・こ・が・よっ! あぁ、もうっ! 恥ずかしいったら、ありゃしないっ!」

「もうっ! ちょっと待っててばぁ。」

「あなたといると、いっつもこんなことになるのよっ! あの時もっ! あの時もっ!
  あの時もっ! あの時もっ! ばかぁぁーーーっ! 」

「バカはないでしょぉっ! アタシだって、一生懸命やったんだからぁ。」

「ばかばかばかああああぁぁーーーっ!」

後から追い掛けて来るアスカと視線を合わそうともせず、レイはケーキの箱を抱いてそ
そくさと家へと戻って行くのだった。

<アスカの家>

帰り道でレイに散々怒られた後、アスカは自分の家へ帰り、渡せなかったチョコと睨め
っこしていた。

「はぁーーあ。今年も、自分で作って自分で食べるのねぇ。」

チョコレートを包んだラッピングのリボンを、指でチョンと突付くと、むなしくフサフ
サと揺れている。

どうせ、碇くんは高値の花ってことくらいわかってるんだけどねぇ。
せめてチョコだけでも、渡したかったなぁ。
レイも今頃、あのでっかいケーキを妬け食いしてるのかしら?

なんだかんだ言っても本日の最大の不幸は、せっかくのバレンタインデーを無駄にして
しまったことである。年に1度のチャンスが報われなかったのだ。

はぁーあ。
レイんとこに行って、女同士のバレンタインパーティーでもしようかしら?

アスカの目の前の綺麗にラッピングされたチョコとは別に、キッチンにどっかと置かれ
たボールには、大量の失敗作が詰め込んである。

「えーーいっ! レイのケーキと一緒に、これ全部食べてやるっ!」

そう言ってアスカがやけっぱち気味に、ボールを手に立ち上がった時、玄関からチャイ
ムの音が聞こえた。

「あら、来ちゃったのね。」

丁度今レイの家へ行こうとした所だ。焼け食いならどちらでやっても構わないので、手
にしていたチョコの大軍をテーブルに置くと、玄関まで出て行った。

「はーーーい。レイぃ?」

明るい声を出して玄関を開けると、そこにレイの姿は無く、かわりにいた人物は・・・。

「あの、碇だけど? ちょっといいかな?」

思い掛けない人物。いくらがんばっても会えなかったシンジが、こちらを向いて1人立
っていたのだ。

「キャッ! い、い、い、いかり・・・くんっ!?」

突然のシンジの登場に、目を真ん丸にして素っ頓狂な声を上げてしまう。そんなアスカ
の様子を不思議そうに見返すシンジ。

「ん? どうかしたの?」

「あ、え・・・あの・・・はっ! ちょ、ちょっと待っててっ!」

心の準備をしていなかったので、慌てふためいていたアスカだったが、今までクッショ
ンに寝そべっていたことを思い出すと、頭を押さえて洗面所に掛け込んで行った。

キャーーーーっ!
碇くぅぅぅーーん。
来るなら先に言っといてよぉぉぉ。
いやぁぁーーーー。髪、ぐちゃぐちゃぁぁ。
はっ、はずかしーーーーーっ!!!

シンジを待たせてはいけないと、大急ぎに急いで髪にブラシを当て、服の乱れを即座に
直したアスカは、また玄関へバタバタと走り出る。

「あ、ごめんなさい。あ、あの。何かしら?」

「こないださ、エントリープラグに入っちゃっただろ? リツコさんが、今度もう1度
  検査に来る様に伝えてくれって。」

「あ、そ、そうなのね。ありがとう。わかったわ。」

「それじゃ、そういうことで。綾波にも言っといてよ。」

言うべきことだけ言ったシンジは、くるりと振り返ってアスカの家を離れて行こうとす
る。

「あっ! ま、ま、待ってっ!」

「ん?」

咄嗟にシンジを呼び止めるアスカ。思いもよらず降って沸いた、直接バレンタインのチ
ョコを手渡せるチャンス。無駄にしてなるものか。

「お願い。ほんのちょっとでいいの。待っててくれないかしら?」

「いいけど? どうしたの。」

「ごめんね。ちょっとだけ。」

アスカはまた、バタバタとキッチンに駆け込んで行くと、昨日一生懸命作ったチョコを
手にして玄関まで走って来る。

「ごめんね。もう少しだけ。」

「うん。」

自分のチョコを抱いたままシンジの横を通り過ぎたアスカは、一直線に向かいのレイの
家へと駆け込んで行った。

<レイの家>

「レイっ! レイっ! レイっ! レイっ! 大事件っ! 大事件っ!」

靴も脱ぎ散らかして、レイの家へ飛び込んで来たアスカの声が、家中に響き渡る。

「もう、またあなたの大事件なのぉ? もぐもぐ。」

「碇くんが、来たのよっ! 今ならチョコをっ・・・って・・・ア、アンタ・・・。」

目が点になるアスカ。同じく目が点になるレイ。そう、レイはシンジの為に作ったケー
キを、既に妬け食いし始めていたのだ。

「い、碇君ーーーっ!????」

「うん・・・碇くん。玄関で待っててくれてるんだけど・・・・。もう、アンタには関
  係無かった様ね。さよなら。」

「そんなーーーーぁっ!!」

口の周りにチョコレートケーキをいっぱい付けて、泣きそうになるレイ。まさしく今先
程、見切りをつけて食べ始めたばかりだったのだ。後悔してもしきれるものではない。

「じゃ、碇くん待たせちゃ悪いから、アタシだけでも渡してくるわっ。」

これみよがしに、自分のラッピングされたチョコレートを、目の前でぶらぶらさせてレ
イに見せ付ける。

「アスカぁぁ。どうしよぉっ! アスカぁ〜っ!」

「ウッサイわねぇっ! どうせアタシはバカですよーだっ! 何にもできないわよーだっ!」

先程、バカ,バカと何度も言われ散々怒られたことを、ここぞとばかりに仕返しするア
スカ。しかしレイは、藁をも縋る思いでべたべたとアスカの足に纏わりついて来た。

「アスカぁぁ。ごめーん。もう、あんなこと言わないから、なんとかしてぇ。」

「くっつくなぁっ! はぁ〜。」

やれやれという感じで、泣きの入ったレイを見下ろすアスカ。

「じゃ、アンタ。まだ食べてない所を、切ってお茶の用意しときなさいよ。碇くんに、
  上がって貰えないかお願いしてみるからさ。」

「ほ、ほんとっ! ありがとぉぉ。アスカぁぁっ! 好きぃぃぃっ!」

「あーーっ! 抱き着くなっ! 早く戻らないと碇くん帰っちゃうじゃないっ!」

シンジが現れたことで、浮かれまくっているアスカは、いそいそと自分のチョコを胸に
抱いて玄関に出て行った。

「あの・・・。これ、良かったら貰ってくれないかしら?」

「えっ? これってチョコレート?」

「う、うん。沢山貰ってるんだろうけど、アタシのも食べて欲しいなぁって思ったんだ
  けど・・・。どうかしら?」

「本当にいいの? 初めてチョコレートって、貰ったよ。」

「えっ?」

「人からチョコとか貰ったら、何が入ってるかわからないから、駄目って言われてたん
  だ。惣流のなら大丈夫だよね。ネルフの人には、内緒にしとけばいいや。」

「えっ? じゃ、じゃ、じゃ、じゃ、も、も、も、も、も、も、も、も、も・・・。」

「もも?」

「も、もしかして、アタシのが始めてのチョコなのぉ!?」

「うん。そうなんだ。ありがとう。」

シンジは嬉しそうに澄んだ笑顔で、微笑み返してきた。

ドキッ!

その笑顔に、顔を真っ赤にしたアスカは思わずその場でぼーーーーーっとしてしまう。

キャーーーーッ!
アタシのが、始めてのチョコだったなんてぇぇぇ。
信じられないよぉぉぉっ! 嬉しいよぉぉぉっ!
後でレイに自慢してやるぅぅぅぅぅぅっ!
やったっ! やったっ! やったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!

土砂崩れを起こした顔で、その場で小躍りしたくなるアスカだったが、そこはシンジの
手前ぐっと我慢して、平静を装う。

「あっ、そ、それでね・・・。そのぉ、時間があったら、そのぉ、せっかく来てくれた
  んだし、お茶でも出したいなって・・・。」

「そんなの、悪いよ。」

「あっ、いいのいいのいいのいいのいいのいいのいいのいいのいいのいいのいいの
  いいのいいのいいのいいのいいのいいのいいのいいのいいのいいのいいのいいの。
  もし碇くんが良ければ・・・だけど。あのぉー、ちょっと寄って行ってくれる?」

「うん、ぼくはいいけど。」

「ほんとっ!? ほんとっ!? ほんとっ!? ほんとっ!? じゃ、レイの家に入ってっ!
  きったないとこだけど我慢してねっ!」

「お邪魔します。」

「ほら、本当にきったないとこでしょう。ごめんね、靴下汚れちゃって。」

パーーと顔を明るくしたアスカは、レイの家へシンジを招く。そこには大急ぎで用意し
たケーキと紅茶と、レイの姿があった。

「碇君、いらっしゃい。」

リビングのまわりにあった見苦しい物は全て寝室に押し込み、大慌てでお茶の準備をし
て汗ばんだレイが、シンジを特等席に案内する。

「アスカっ! 人の家を汚い汚い言わないでよっ!」

「もう、そんなこと気にしてないで、早くお茶飲みましょうよ。」

小声でそんなことを言い合う2人だったが、シンジの前なのでそこで止め、早速テーブ
ルに座る。

「あの、あんまり美味しくないかもしれないけど・・・私が作ったチョコケーキなの。」

「これ、綾波が作ったんだ。」

「うん。バレンタインのチョコなの。」

「そうなの? ぼくが食べちゃっていいの?」

「うんっ! 食べてっ!」

ほとんど諦めかけていたケーキを食べて貰えることになり、レイはニコニコしながらシ
ンジが食べる様子を眺める。

「どう・・・かしら?」

「うん、美味しいよ。」

「ありがとうっ!」

「ねぇ、碇くん。アタシのチョコも食べて。」

「今?」

「うんっ!」

「いいの?」

「うんっ! うんっ!」

自分の作ったチョコを食べるシンジの反応を見ることができるレイが、少し羨ましくな
ったアスカは、先程渡したチョコを食べて貰う様にお願いする。

「どう・・かな?」

期待と不安の入り交じった顔で、チョコを手にするシンジの顔を、頬杖をついて覗き込
む。

「かわいいチョコだね。これ、惣流が作ったの?」

「そうなのぉぉっ!」

「へぇ。凄いや。手作りのチョコなんて始めてだよ。美味しいよ。」

「美味しい? ありがとーーぉっ!」

こうして、アスカとレイのバレンタインデーは、思いがけず最高の物となり、楽しい一
時を過ごした。

そして、シンジが帰る時間。アスカとレイはシンジを見送ろうと、2人で玄関まで出て
きている。

「アスカ、昼間はごめんね。やっぱり、私の親友はアスカだけだわ。アスカのお陰で、
  ケーキ食べて貰えた・・・。」

「親友だもーん。あったり前よぉ。」

「ありがとうおぉー。」

「”貸し1”だからね。」

「・・・・・・。」

アスカとレイがひそひそ話をしていると、靴を履き終わったシンジが玄関を出て行こう
とする。

「じゃ、帰るよ。ご馳走様。」

「また、学校でね。」

笑顔で手を振るレイ。

「楽しかったわ。」

アスカもニコニコして手を振り見送る。

「うん。あっ、そうだっ!」

「どうしたの?」

「あのさ、ぼくの家の近くに、赤ちゃんとか変なことを叫んで走り回る女の子の2人組
  がいたらしいんだ。惣流や綾波も気をつけてね。はぁ、ぼくも会ったら嫌だなぁ。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「じゃ、またね。今日はありがとうっ!」

そう言いながら、家を出て行くシンジ。アスカとレイは、苦笑いを浮かべながらシンジ
に手を振る。

そして、シンジの姿が見えなくなった。

「アスカのばかぁっ! 2人組って何よっ! 碇君にばれたら、嫌われるじゃないっ!」

「バカとは何よっ! もう言わないって言ったんじゃなかったのっ! 誰のおかげでケー
  キ食べて貰えたと思ってるのよっ!」

「そのお礼は、もう言ったでしょっ! はぁぁぁ〜。私までアスカと同類になっちゃっ
  たじゃない・・・。」

「どういう意味よっ! こんのーーーっ!」

そのままレイを玄関に押し倒して、ヘッドロックを掛けるアスカ。

「キャーーーーっ! 痛い痛いっ! やめてっ!」

そのまま、レイの顔に胸を押し付けて倒れ込む。大抵アスカは、レイと喧嘩すると自分
の胸を強調する。

「窒息死よーーーーっ!」

「むむむぅぅ。ぷはぁぁぁっ! なによぉっ! 嫌味ぃぃぃ? もーっ! 怒ったわよっ!」

仕返しとばかりに、アスカの脇腹をこそばしてくるレイ。アスカも不意を突かれた攻撃
に、耐え切れなくなり玄関の床の上で身悶える。

こちょこちょっ!

「ひゃっ! アハハハハハ。やめなさいよっ! いやーんっ! えーいっ! 仕返しよっ!」

こちょこちょっ!

「キャーーーー。いやぁぁぁぁっ! アハハハハハハ。あふっ! あふっ! 息が・・・。」

「いやぁぁぁぁぁっ!」

「キャーーーーーっ!」

どたんばたん。どたんばたん。

しばらく近所迷惑も考えずに、玄関で絡み合って大暴れしていた2人だったが、いい加
減に疲れたのか天井を見上げ、並んで仰向けに寝転がった。

ふと、視線をダイニングの方へ向けると、3つのティーカップとお皿がまだ並んでいる。
それを2人して同時に見つめる。

「ねぇ? レイ?」

「なに?」

見つるレイの瞳の中に、自分が映っている。

「ねぇ? アスカ?」

「なに?」

振り向いたレイも、アスカの瞳に映っている。

「アハハハハハ。」

「クスクスクス。」

どちらからともなく笑い出すアスカとレイ。まだ恋も届かぬ少女の姿が、星の煌きも雲
間に隠れる様な輝ける瞳に映っている。輝ける未来を見つめる瞳の中に。

そして、2人の声が重なった。

「「たのしいねっ!」」

fin.
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