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記念日
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今週は、シンジとアスカは週番だった。放課後から家に帰り着くまで、短い時間だが、
シンジと二人っきりの時間がある一週間。アスカは、この一週間を楽しみに待っていた。
今日は、その最初の日である。レイは夕食の支度の為、先に帰宅した。

「シンジ! 花瓶の水入れ替えるから、一緒に来て。」

週番となると機嫌の悪いアスカだが、今日は上機嫌だ。

「僕は、机を並べてるから、アスカ替えてきてよ。」

もぅ! めったに二人っきりになんてなれないんだから、一緒にきてよね!

「いいから、来なさいよ! けっこう重いんだからね!」

「じゃー、僕が替えて来るよ。さっさと終わらしちゃおうよ。」

どうして、アンタはそうなのよ! この鈍感!

「いいから来るの!」

「わかったよ・・・。」

シンジは納得した様子は無かったが、アスカに言われて、花瓶の水替えを手伝うことに
した。シンジが花瓶を持ち、アスカは手ぶらで水道までゆっくりと歩く。アスカが意識
的にゆっくりと歩いているのだ。

ジャー。

シンジが、水を入れ替える。アスカは横で花瓶の花を胸に抱えて持っている。

「そんなに、花瓶重くないじゃないか。アスカ一人でもこれたんじゃない?」

アタシがどれだけ、この週番を楽しみにしていたかも知らないで! なんで、そういう
こと言うのよ!

話しかけても、答えないアスカを怪訝に思い、シンジは振り返る。そこには、花を抱え
て不機嫌な顔をしたアスカが立っていた。

「そうやって、花を抱えているとかわいいね。今度、花を買いに行こうか。」

アスカの怒りのゲージが、一気に0まで下がる。

そんな、お上手言ったって、アタシは怒っているんだから・・・。でも・・・許してあ
げる・・・。

水の入れ替えが終わり、シンジは花瓶を持ち上げる。

「アスカ、花、花瓶に入れたら?」

「ん、いい。手ぶらで歩いていると週番の仕事サボってるみたいだから、教室まで持っ
  て行くわ。」

「そう。」

シンジが花瓶を持ち、アスカが花を抱いて教室まで戻る。シンジが教卓に花瓶を置くの
を確認すると、アスカは見栄えのいいように、花を差し込む。

「じゃ、アスカ日誌つけてよ。僕が机を整頓するから。」

分担作業のことを言われると、アスカはムッっとする。

せっかく、気分良くしてたのに! どうして一緒にやろうって言えないのよ!

「アタシも、一緒にやるわよ!!!」

アスカとしてはゆっくりと話しでもしながら、週番の仕事をするつもりだったのだが、
シンジは無言で、手際良く机を整頓していく。

最近、めったに二人っきりになったことなんて無いのに、どうして・・・。

シンジの横で、机の整頓をするアスカは、腹が立つよりも、悲しくなってきた。
週番の仕事も、シンジが無駄無くこなして行き、後わずかである。

「じゃ、アスカ日誌つけようよ。」

「ええ・・・。」

海外生活の長かったアスカであるが、シンジに比べると字は上手い。日誌はアスカが書
くことにした。

「シンジ? 今日の天気は?」

「え? 曇りに決まってるじゃないか。」

なによ! もっと、他の言い方は無いの? 曇りってことくらいわかってるわよ!

天気から順に、日誌に記入して行き、最後の感想のところで、シャープペンシルが止ま
る。

「感想、何書こうか?」

「うーん。僕そういうの苦手だから・・・。アスカに任せるよ・・・。」

わかったわよ! 適当に書くわよ! なによ、一緒に考えてくれたっていいじゃない!

アスカは、感想欄に”特に無し”と殴り書いた。

「日誌を先生の所へ、届けるわよ!」

明らかに不機嫌な声で言い放つアスカ。シンジは、アスカが何を怒っているのかわから
ずきょとんとしていたが、アスカが教室から出ていったので、あわてて後を追う。

ガチャ。

シンジが教室のカギを閉める。アスカは既に、職員室へ向かって廊下を歩いている。

「ちょっと待ってよ!」

シンジは慌てて、アスカの後を追う。しかし、アスカは振り向きもせず、前だけを見て
黙々と歩き続ける。

フン! なによ! こんな事務的な週番を期待してたんじゃ無いわ!
あー、ヤダ。一週間も週番だなんて、嫌になるわ!
こんな週番、早く、終わらないかしら!

ガラガラガラ。

勢い良く職員室のドアを開けるアスカ。ミサトの目が、こちらに向く。

「おぉ! 早いじゃない! じゃ、気を付けて帰りなさいね。」

ミサトは日誌を受け取ると、手を振って二人を見送った。

はぁ、こんなはずじゃなかったのに・・・。どうして、こうなっちゃったんだろう?

下校途中、アスカはシンジの後ろをトボトボと歩く。足取りの重いアスカを、怪訝に思
ったシンジは、歩みを止めた。

「アスカ? どうしたの? 元気ないみたいだけど。」

心配そうに、アスカの顔を覗き込む。

「なんでもない・・・。」

アスカはうつむいたまま、歩みを止めず、歩き続ける。

ねぇ、週番が嫌なの? それとも、アタシと一緒にするのが嫌なの?

心の中で、問い掛けるアスカ。

「体の具合、悪いの?」

いつものアスカらしさが無いので、シンジは心配するが、アスカは首を横に振るだけで、
歩き続ける。

トボトボと歩くアスカ。
同じ歩調で後ろからついて歩くシンジ。

端から見るとケンカしたカップルに見えるのだろう。街行く人が、幾度か振り替える。

「どうしたのさ、アスカ。」

何度目かの、同じような言葉。

首を横に振るアスカ。

これも、何度となく繰り返されたしぐさ。

そのまま、二人は通学路の途中にある分かれ道にたどり着いた。アスカはそこで歩みを
止める。

「アスカ? どうしたの?」

突然アスカが立ち止まったので、心配そうに問い掛ける。
アスカはしばらく黙っていたが、顔を上げると家の方向とは、違う方向を見た。
このまま直進すると、ゲンドウのマンションまであと少しだ。しかし、ここを左に曲が
ると奇麗な川沿いの道があるが、家に帰るにはかなりの遠回りになる。

「シンジ・・・。」

小声で話し出すアスカ。

「こっちの道から帰らない?」

「え?」

「ちょっと、寄り道して行かない?」

「何言ってんだよ、かなり遠回りになるじゃないか。アスカも具合悪そうだし、早く帰
  ろうよ。」

どうしてなの? アタシと二人で歩くのは嫌なの?
久しぶりの二人っきりの時間じゃない!
なんで、シンジはこの時間を大事にしようとしないのよ!
どうして、ちょっとでも二人っきりの時間を、作ろうとしないのよ!
そんなに、早く家に帰りたいの?
それとも、レイのことを考えてるの?

「どうして・・・?」

アスカは再びうつむくと、小声を漏らす。その声は、シンジに聞き取れなかった。

「え? なに?」

アスカは顔を上げると、シンジを真っ直ぐ見て大声で言い放つ。

「どうして、そんなに早く帰りたいのよ!! そんなに家に帰りたいのはなぜ!!?」

「ア、アスカ・・・?」

突然のアスカの叫びに、シンジは狼狽する。

「レイがいるから!!? それとも、アタシと二人でいるのが嫌なの!!?
  いいじゃない!! めったに二人っきりになれないんだから、ちょっとくらい遠回り
  して帰ったって!!」

アスカは叫び続ける。

「週番の仕事をしている時もそう!! 事務的に仕事をかたづけちゃってさ!!
  一緒にゆっくりやったっていいじゃない!! なんでよ!! どうしてよ!!」

「ア、アスカ? どうしたのさ・・・。アスカ。」

「アタシはねぇ!! シンジとペアで週番できるって、ずっと今週を楽しみにしてたの!!
  二人だけで、楽しく週番の仕事ができるんだって思ってた!! なのに、何!!?
  無言で作業だけ進めてさ!!!」

「あ、あのさ、アスカ・・・。」

「何よ!!!」

「綾波が・・・。」

レイの名前が出た途端、シンジの言葉を遮るように、アスカは家に向って走り出した。
振り替えることも無く、全力で走って行く。

「ア、アスカ!!」

アスカの名前を呼ぶが、アスカは立ち止まらない。シンジは、全力でアスカを追いかけ
る。その間は広がらないまでも追いつかない。

なによ! そんなにレイが心配なわけ!?

アスカは全力で坂を駆け上る。もう、目の前にマンションがある。

ハッハッハッ。

シンジも全力で坂を駆け上る。アスカがマンションに入っていくのが見える。

マンションに入ったアスカは、エレベータを使わず、階段で駆け上る。後ろからシンジ
が追いかけてくるのがわかるが、速度を落とさず駆け上がっていく。

なによ! なんで追いかけてくるのよ!

アスカは、玄関の前までたどり着くと、肩で息をしながら、立ち止まった。シンジも追
いつき、肩で息をしている。

「ハーハー、アスカ・・・、あのさ・・・ハーハー。ご、ごめん。」

今さら、謝らないでよ!

「アスカの気持ちも、わからず僕は・・・。」

ウルサイ!! ウルサイ!! ウルサイ!!

アスカはシンジの言葉も聞かず、玄関の扉を開いて中へ入る。シンジも、あわてて後に
続く。

「ただいまーーーー。」

無愛想な形式だけのアスカの挨拶。靴の脱ぎ、リビングへと向う。

「おかえり、アスカ、碇くん。」

リビングには、エプロンをしたレイが立っていた。

「なに、これ?」

アスカがテーブルを見て、驚く。そこには、とびきり豪華な料理が並んでいた。

今日、何かあるの? レイ? レイの誕生日か何か?
そう言えば、アタシ・・・、レイの誕生日を知らない・・・。
それで、シンジは・・・。
もし、そうだとしたら・・・、アタシ・・・。

知らないのも無理は無い。レイ本人も知らないのだから。

「アスカ、座って・・・。」

「え、うん。」

アスカは、申し訳なさそうな顔で席に付く。アスカが座ると、シンジとレイも席につい
た。

「あのさ、今日ってレイの誕生日?」

「え?」

思いがけないアスカの言葉に、レイが驚く。

「違うわ。私、自分の誕生日知らないから・・・。」

「え!? ご、ごめん。」

自分の予想が外れたのに驚く。そして、言ってはいけないことを聞いてしまったアスカ
は、すぐに謝る。

「ん。いいの。気にしないで・・・。」

逆に、レイが気を使う。

「ごめん。・・・じゃ、この料理はなに??」

もう、この料理の意味することに見当がつかない。

「これはね、アスカ来日1周年の記念よ。アスカ、おめでとう。アスカが来日した頃か
  ら、使徒との戦いが厳しくなったけど、生きてこの日を迎えられてうれしいわ。」

レイが、ワインをアスカのグラスに注ぎながら、笑顔で話す。

「え!?」

アスカは唖然とする。まさか、自分の為に用意されたものだとは思いもしていなかった
のだ。

「アスカ、ごめん。元々、レイが言い出したんだ。アスカには、内緒にしておいてくれ
  って、言われてたから・・・。」

先程のことを、シンジは謝っている。

アタシはバカだ。アタシはバカだ。アタシはバカだ。
レイがこんなにも、アタシのこと考えてくれているのに・・・アタシは・・・。
アタシは、自分のことばっかり考えてた。
シンジと二人で週番になったことに、浮かれて・・・。
レイをのけ者にしようとしてた。
ごめん・・・ごめん・・・レイ。

アスカは涙を必死にこらえながら、うつむき、テーブルの下に広がる床を見つめている。

「アスカの気持ちも考えず、僕は・・・。」

「謝るのは、アタシ・・・。ごめんなさい。レイ。」

シンジの言葉を遮り、アスカがレイに謝る。

「どういうこと?」

突然の謝罪の言葉に、レイは首を傾げて聞き返す。

「今日、シンジと週番だったわよね。アタシ、シンジと二人っきりになれると思って、
  浮かれてたの。でも、シンジは、仕事をすばやくかたづけると、直ぐに帰り支度を始
  めたわ。」

「そう。」

「そんなシンジに、アタシは腹を立てたわ。そんなにアタシと二人でいるのは嫌なのか
  って。そんなに早くレイに会いたいののかって。」

そこで、アスカは言葉を止める。そんな、アスカをレイはじっと見つめている。
少しの時間を置いて、再びアスカは話し出した。

「アタシ・・・自分のことしか、考えてなかった。レイが、アタシのことを考えてくれ
  ている間も、アタシは・・・。アタシは・・・。」

「いいじゃない。」

レイが、アスカに話し掛ける。

「私も、碇くんと二人っきりで週番をすることになったら、同じことを考えると思う。
  それよりも、そのことを話してくれたことの方がうれしい。」

「レイ・・・。」

「ね、もういいじゃない。アスカ。」

「レイ・・・。ありがとう・・・。」

シンジは、二人の会話を聞いていた。自分が口を挟んでよいことだとは思えなかったか
らだ。二人の話しが、良い形で終焉を迎えたことが、シンジにはうれしかった。
しかし、せっかくのアスカの来日1周年記念パーティーだ。どうせなら、楽しく過ごし
たい。シンジは、そっと、机の上に転がっていたクラッカーを手に取った。

アスカは、レイを見ていた。自分の為にパーティーを開いてくれる、自分の過ちを許し
てくれるライバルであり、親友がいることがうれしかった。

パパーーーーーーーーーーン!!!!!

レイを見ていたアスカの顔に、細いリボンが垂れ下がる。驚きのあまり、椅子から落ち
てしまっている。目をまるくして声も出ない。

「アハハハハハハハハハ。なんだよ、その顔は。」

シンジが、使用済みのクラッカーをアスカに向けて笑っている。

やっと何がおこったのか、理解したアスカは、青筋を立てて怒りをぶちまける。

「この、バカシンジぃ!!!! なにすんのよ!!!! 鼓膜がやぶれたらどーしてくれ
  るのよ!!!! だいたい、そんなもん人に向けてするもんじゃないでしょ!!!!」

アスカの怒りも当然である。この時ばかりは、レイもアスカに同感であった。

「アハハハハハハハハハ。その方がアスカらしいよ。」

「な、なんですってぇ! アタシはいつも怒ってなきゃいけないっていうの!?」

「いや、元気な方がアスカらしいよ・・・。それよりも・・・。」

「なによ!」

「よかったね、アスカ。今日はまた、新しい記念ができたじゃないか。」

「なにがよ!」

まだ、怒りのおさまらないアスカが言い捨てる。

「また、一つ、綾波との距離が縮まった記念。」

アスカは、ハッとレイを見る。レイはアスカの方を見ながら、かすかに微笑んでいる。
そして、アスカも笑みを浮かべながらシンジの方を見る。

「そうね。それと、シンジが鈍感であることが、改めてわかった記念ね。」

「なんだよ、それは。」

「レイに対しては、アタシが全面的に悪かったと認めるわ。でもねぇ、アンタの鈍感を
  許すってのとは、まーーったくの別問題だからね。勘違いしないでよ!」

アスカは、腰に手をあて、人差し指をシンジの額に突きつける。お得意のポーズだ。

「そ、そんなぁ。」

レイに助けを求めるシンジ。

「碇くんが悪いわ。」

「あ、綾波まで・・・。」

「アハハハハハハハハハハ。」

「フフフフフ。」

二人の笑い声が響き、夜がふけていく。

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シンジは、馴れないワインを飲んだせいで、既に寝ていた。

ベランダでは、アスカとレイが夜風に当たっている。

「今日はありがとう。レイ。」

「アスカが喜んでくれて、うれしかったわ。」

「明日から、週番早く帰ってくるわね。」

「気にしないで、次、私が碇くんとペアになった時は帰らないから。」

「な、ダメよ! 絶対ダメよ!」

「どうして?」

「アタシも早く帰るっていってるでしょ! 絶対ダメだからね!」

「そう・・・。」

少し残念そうにレイは、月を見上げる。アスカもレイにならって、月を見上げた。

「ねぇ、レイ。次はレイの誕生パーティーね。」

「でも・・・、私は・・・。」

「人は誰でも誕生日があるのよ。レイあなたが生まれたのは、16使徒を倒した時でし
  ょ。どういう形であれ、その時が誕生日じゃない。」

「アスカ・・・。」

「次の誕生パーティーは、アンタに負けないくらい盛大にやるから、覚悟しておいてよ!」

「ありがとう・・・アスカ。」

「人が生きていくと、思い出と一緒に、記念日ができるわ。1つ1つ大事にしていきま
  しょう。それが、アタシ達の生きているって証なんだから。」

「そうね。」

「さっ! バカシンジはつぶれてしまったけど、二人で続きをやりましょ!!!」

「うん。」

二人の記念パーティーは、夜遅くまで続けられた。

fin.
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