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クスクスレイちゃんの訪問
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<シンジの家>

勉強にスポーツに何でもござれの青い瞳が美しい天下無敵の美少女アスカは、幼馴染で
お隣さんのシンジの家へ遊びに来ていた。

「こんにちはぁ。」

夏休みということで毎日の様にシンジの家へ遊びに来ている。今日もいつもの様にシン
ジの家へ入って来てみると、何やらユイとシンジはお話し中。

「あら? アスカちゃん、いらっしゃい。」

「やぁ、アスカ。」

「どうしたの? 何か話してるんだったら、また後で来るけど?」

「あっ、いいのいいの。今日、親戚の子を預かることになったって言ってただけよ。」

「ふーん、そうなの。」

「かわいい、女の子よ。アスカちゃんも仲良くしてあげてね。」

ビクッ。

女の子と聞いて目が吊り上りかけるが、ユイの手前ということもあり、ここはおすまし
を決め込む。

「な、何歳の子なんです?」

冷静を装おうとがんばっている様だが、ヒクヒクと口元を引きつらせながらユイに迫る。

「心配ないわよ。5歳よ5歳。」

「べ、べつに、アタシは心配なんて・・・。」

なーんだ、5歳かぁ。

「綾波レイちゃんっていうのよ。シンジはよく知ってるわよね。」

「うん。とっても、素直でお利口な子だよ。」

「レイちゃんは、シンジのことがお気に入りなのよねぇ。さて、そろそろ迎えに行かな
  くちゃ。」

ユイがレイちゃんを迎えに出て行ったので、アスカはシンジとテレビを見ながら噂の子
が来るまでの時間を潰すことにした。

「ねぇ、シンジ? どんな子なの?」

「素直でかわいい子だよ。」

「かわいい子かぁ。楽しみねぇ。」

そんな会話をしながらしばらくテレビを見ていると、ユイがレイちゃんを連れて家へ戻
って来る。

「ただいまぁ。」

「あっ、母さん。おかえりー。」

「おばさま、お帰りなさーい。」

「この子が、レイちゃんよ。」

ユイの後からトコトコと足元にまとわりついて、青い髪をしたかわいい5歳のレイちゃ
んがリビングへと入って来た。

「はじめまして、綾波レイです。」

「どう? アスカちゃん。かわいくて、しっかりした子でしょう?」

「本当だぁ、かっわいぃぃ。アタシ、アスカ。よろしくね。」

「アスカお姉ちゃん。よろしく。」

「きゃーーーっ! かっわいーーーーっ!!」

ぺこりと礼儀正しく頭を下げてお辞儀をするレイ。その仕草があまりにもかわいかった
のか、アスカはシンジに抱き着いて大喜びをしてしまった。

大好きなシンジ兄ちゃんに抱き着いたアスカを、レイちゃんがその赤い瞳でジロリと睨
んでいるとも知らずに。

「あっ、ジュース買ってくるの忘れたわ。シンジ、ジュースとついでにケーキでも買っ
  てきて頂戴。」

「はーい。」

お使いを頼まれたシンジが、マンションから少し離れた所にあるケーキ屋まで行ったの
で、アスカは早速レイちゃんとシンジの部屋で遊ぶことにした。

「うーん、小さな子の遊ぶ物なんて無いわねぇ。ねぇ、レイちゃん何して遊ぼうか?」

「クスクス。」

「どうしたの?」

「アスカお姉ちゃんに、おみやげがあるの。クスクス。」

「あら、本当? 嬉しいわぁ。」

「これよ。」

レイちゃんは、自分の小さなリュックサックから、かわいい包装紙に包んだ四角い箱を
取り出した。

「あげる。」

「わぁ、ありがとう。開けていいかしら?」

「いいわ。クスクス。」

プレゼントを貰ったアスカは、大喜びでリボンを解き包装紙を丁寧に剥がすと、箱をパ
カっと開けて中を覗き込んだ。

ビシューーーーーーーーーー。

その瞬間、箱の中の水鉄砲から、アスカの顔目掛けて水が飛び出てくる。

「きゃーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

突然顔がびしょ濡れになってしまい、何が起こったのかわからず両手で顔を拭いている
と、目の前で笑っているレイちゃんの声が聞こえてきた。

「クスクス。」

「な、なに?」

その笑い声を聞いて、ようやくレイちゃんのいたずらであったことがわかる。

「もう、いきなり酷いじゃないのよぉ。」

しかし、小さな子供のいたずらということで本気で怒る気にもなれず、とりあえずその
場は笑って済ませることにした。

ガラッ。

「アスカ? ジュースとケーキ買ってきたよ。」

お使いから帰ってきたシンジが、自分の部屋の襖を開け、ケーキの箱を見せながらアス
カに声を掛ける。

「早かったわね。じゃ、レイちゃん一緒に行きましょうか・・・ん?」

レイちゃんの手を取って部屋を出ようとしたが、既にレイちゃんはシンジの手をしっか
と握って部屋から出て行く所だった。

あら? もう出てっちゃったのね。

「べーーーーーーー。」

しかし、部屋を出る瞬間、レイちゃんは振り向き様に、あろうことかあっかんべーをし
てきた。

むーーーーーー。
なーーんか、あの子かわいくなーーーい。

アスカが部屋を出ると、既にみんなはダイニングテーブルに座っており、それぞれの席
にアスカの大好きなイチゴショートが置かれていた。

「あーーっ! アタシの大好きなイチゴショートだぁ。さっすがシンジぃっ!」

「おばさん、ケーキありがとう。いただきまーす。」

大はしゃぎするアスカとは対照的に、シンジの膝の上に座るレイちゃんは、5歳であり
ながらも礼儀正しくお礼を言う。

「まぁ、礼儀正しい子ねぇ、レイちゃんは。」

なーにが、『いただきまぁぁぁぁーす』よっ!
なんか、ムカついてくるわねぇ。
まぁいいわ。アタシもイチゴショート食ーべよーっと。

「虫が飛んでるぅぅ。」

みんながケーキを食べ始めた時、レイちゃんは上を見上げながら、天上付近をくるくる
と飛ぶハエを指差す。

「あら、本当だわ。」

「母さん。新聞紙かして。」

「もう、夏はこれだから嫌なのよねぇ。シンジ、お願いね。」

ユイから丸めた新聞紙を受け取ったシンジは、レイちゃんを椅子に座らせると、立ち上
がってハエを叩き落す。

シンジって、こういうのだけは上手いのよね。
ん?

「あーーーーーっ!!!」

ハエを叩く所を見ていたアスカが、自分の椅子に座ろうとすると、ケーキの上に乗って
いたはずのイチゴが全て無くなっていた。

「ア、ア、アタシのイチゴっ! アンタっ! 取ったわねっ!」

唯一椅子に座っていたレイを、ジロリと睨みつけビシっと指差すアスカ。

「ぐすぐす。わーーーんっ!」

こ、こいつ・・・。

「ぼくと一緒に座ってたんだから、そんなはずないじゃないかっ!」

「あらあら、レイちゃん泣かないの。アスカちゃんが、食べちゃったんじゃないの?」

「むぅぅぅぅぅぅぅ。」

ユイの手前、あまり強く言うことのできないアスカは、イチゴの無くなったイチゴショ
ートを空しく食べる。

「クスクス。」

アスカがレイちゃんをじろりと睨みつけると、口に入っているアスカのイチゴをちろり
と覗かせて、クスクスと笑っている。

ムッカーーーーっ!

「ちょっとっ! シンジっ! この子の口を見てみなさいよっ! アタシのイチゴが入っ
  てるじゃないっ!」

テーブルに体を乗り出して、無理矢理レイちゃんの口をこじ開けたが、既に飲み込んだ
後で、イチゴはどこにも無かった。

「わーーーーんっ! アスカお姉ちゃんがいじめるーーーっ!」

「もうっ! アスカっ! いいかげんにしなよっ! イチゴなんてどこにも無いじゃない
  かっ!」

「そうよ、アスカちゃん。小さい子をいじめちゃだめよ。」

「だ、だって・・・。」

ユイにまで諭されて、しぶしぶ乗り出した体を引っ込めるアスカ。

「クスクス。」

そんな中、レイちゃんの笑い声だけが聞こえてくる。

ムカムカムカムカ。
見てなさいよぉっ! 化けの皮を剥いでやるわっ!!

                        :
                        :
                        :

「シンジ? いいこと? ここで、よーく見てなさいよっ!」

「え・・・う、うん。」

シンジを部屋の押し入れに忍ばせておき、2人っきりでレイちゃんと遊ぶ。レイちゃん
の正体を暴露してやろうという作戦だ。

「レイちゃーん。お姉ちゃんと一緒に遊びましょ。」

「うん。クスクス。」

アスカに呼ばれて、レイちゃんがシンジの部屋に入って来た。

「何して遊びましょうか?」

「おままごと。」

「わかったわ。」

見てなさいっ!
絶対に正体を暴露してやるんだから。

「アスカお姉ちゃん、おにぎりですよ。」

レイは、紙を丸めたおにぎりや、紙で作ったおかずをアスカの前に出してくる。

「いただきまーす。」

アスカも気分を出して、その紙のご飯を食べる振りをする。

「はい、アスカお姉ちゃん。そろそろお寝んねの時間ですよぉ。」

「はーーい。」

レイちゃんに言われて、その場に横になるアスカ。レイちゃんもアスカに添い寝の形で、
一緒に寝た振りをする。

うーん、なかなか正体を現さないわねぇ。
まぁ、いいわ。
そのうち、しっぽを出すに決まってるんだからっ。

「そろそろ、起きる時間ですよー。もう、アスカお姉ちゃんはいつもお寝坊ですねぇ。」

「そんなことないわよー。いつもぱっと起きるわよー。ほらぁ。」

レイちゃんに言われて、アスカが勢い良くすくっと立ち上がると、妙に足下がスースー
する。

「スカートを、クリーニングに出しましょうねぇ。」

「きゃーーーーーーーっ!!!!!」

ふと自分の足元を見ると、いつの間にか腰のホックがはずされており、立った勢いでス
トンと床に落ちたスカートを、レイちゃんがひったくって走り回っていた。

「か、返してーーーーーっ!!!」

「クリーニングに出してきますねぇ。」

「もうっ! いいかげんにしなさいっ!」

パンツ一枚の姿で、レイちゃんを追いかけまくるアスカ。

「さっさと返しなさいって、言ってるでしょーーがーーーっ!」

そして、レイちゃんを追い詰めると、無理矢理自分のスカートを取り返して、慌てて履
いた。

「うえーーーんっ! アスカちゃんがいじめるーーーっ!」

しかし、スカートを取られた途端泣き出すレイちゃん。その声を聞いたユイが、シンジ
の部屋に入って来る。

「どうしたの?」

「スカートに触ったら、アスカちゃんが怒ったのーーっ!」

「アスカちゃんっ! どうして、レイちゃんをいじめるのっ!?」

「だって、アタシのスカートを取るから・・・。」

「シンジならともかく、こんな小さい子・・・しかも女の子なんだから、そこまで怒ら
  なくてもいいでしょ?」

「だから・・・その・・・。」

レイちゃんの正体を暴く為に、シンジを押し入れに入れてたとは言えず、口の中でモゴ
モゴと反論にならない反論をする。

「ほら、レイちゃんも、もう泣かないで。一緒にジュース飲みましょうね。」

泣きじゃくるレイちゃんの手を引いて、ユイはリビングへと出て行く。その手に引かれ
たレイちゃんは、部屋を出る瞬間シンジが隠れている押入れをちらりと見た。

「クスクス。」

あーーっ!
気づいてたんだーーっ!
あのガキーーーーーーーーーっ!!!!!

怒髪天のアスカが押し入れを開けると、そこには必死で鼻にティッシュを詰めているシ
ンジの姿があった。

「アンタっ! よくも見たわねっ!」

「アスカが見てろって言ったんじゃないかーーーっ!」

「やかましーーーっ!」

ドカッ!

怒りのはけ口は、シンジへと向けられた様だ。

                        :
                        :
                        :

それからしばらくレイちゃんはシンジと一緒に遊んでいた。シンジと一緒にいる時は、
かわいいレイちゃんそのものだ。

なんなのよっ!
態度をコロコロ変えちゃってさっ!

「アスカちゃん? レイちゃんと一緒におやつでも買って来てくれないかしら?」

ようやく紅茶を飲む平和な時間が訪れたかと思っていたアスカに、ユイが小銭を手渡し
てきた。

「え? アタシが?」

「シンジにはお風呂を洗って貰わないといけないの。朝から言ってるのに、あの子った
  らぜんぜんしなくて。」

「はぁ・・・。」

ユイに頼まれては断るに断れない。アスカはしぶしぶレイちゃんと一緒にお菓子を買い
に近所のスーパーまで出かけた。

<近所のスーパー>

ユイから貰ったお金を握り締めて、レイちゃんと一緒にスーパーまでやってくるアスカ。

「大人しくしてんのよっ!」

「クスクス。」

レイちゃんの手を引いて、タバコの自動販売機の前を通りスーパーに入ろうとした時。

トントン。

タバコを買おうとしているおじさんの背中をレイちゃんが軽く叩いた。いきなり何をす
るのかと、ぎょっとして立ち止まるアスカ。

「なんじゃ?」

おじさんがくるりと振り返ると、アスカとばったり目が合う。その瞬間、レイちゃんは
パッと飛び上がり、ハイライトのボタンをポチっと押してしまった。

ガッコン。

「ん? あっ! 君っ! 何をするんだっ! わしは、こんなタバコは吸わんぞっ!」

その年配のおじさんは、アスカがいたずらしたと思っているらしく、キッと睨みつけて
怒り出す。

「ア、アタシじゃないわよっ!」

慌てて自己弁護をしようとするが、レイちゃんは万歳をして手を振り、まるで”私はタ
バコのボタンまで届きません”と言っている様な態度をしている。

「じゃぁなにかね? この背の小さな子が押したとでも言うのかね?」

「だからぁ、ジャンプしてぇぇ。」

その時自分の手に振動を感じたアスカがふと下を見ると、少しジャンプして両手を上げ、
まるで”私は飛んでも届きません”と言っている様なレイちゃんがいた。

「ジャンプしても届いてないじゃないかっ!」

「ち、ちがっ・・・!」

「とにかく、タバコ代は返してもらうよっ!」

「ううううう・・・。」

ユイから貰ったお金を使うわけにはいかないので、しぶしぶアスカは自分の小遣いから
タバコ代を払うことになった。

「クスクス。」

「アンタねぇぇぇぇっ!!!」

「クスクス。」

おしおきよっ!

頭にきたアスカは、片手を大きく振り上げてレイちゃんを叩こうとしたが、スーパーへ
買い物に来ていた近所のおばさん達がじろじろと見ていることに気付く。

「わーーーーーーん。」

泣き出すレイちゃん。

「い、いや・・・これは。」

「わーーーーーーん。」

「も、もうっ!」

いたたまれなくなったアスカは、レイちゃんを抱いてさっさとスーパーの中へと入って
行った。

「クスクス。」

ムカつくガキねぇっ!
絶対にとっちめてやるんだからっ!

ユイに貰ったお金で買えるだけのお菓子をかごに詰め込み、さっさとレジへと向かう。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。」

「なーにが、お姉ちゃんよっ!」

「あれ、欲しい。」

レイちゃんが指差した先には、棒の先に付いた大きなぐるぐる巻きの1つ500円もす
る飴が、いくつも籠に立てられてあった。

「アンタバカぁ? あんな高い飴、買えるわけないでしょっ!」

「あれっ! 欲しい。」

「やかましっ! さっさと行くわよっ!」

アスカはそんなレイちゃんを無視して、レジで清算を済ませる。

「お客さん。それも、お願いします。」

「へ?」

レジでお金を払っていると、店員がアスカの後ろを指し示した。ぎょっとして振り返る
と、先程の飴を両手に1つづつ持って交互にぺろぺろと舐めているレイちゃんがいる。

「あーーーーーーーーっっ!」

「2つで、1000円ですね。」

「いや、これは・・・。」

返品しようにも、両方を既に舐めてしまっており、どうすることもできない。アスカは
仕方無く、再び自分の小遣いから1000円を払う。

「アンタっ! いいかげんにしなさいよねっ!」

「クスクス。」

お菓子を買い物袋に詰めながら、文句をぶーぶー言うアスカを横目に、クスクス笑うレ
イちゃん。

このガキーっ!
とっちめてやるっ!

とうとう我慢の限界に達したアスカは、レイちゃんが飴に夢中になっている隙を狙って、
1人でスーパーの外へと出て行った。

フンっ!
迷子になって、ちょっとは困ればいいんだわ。

少しの間スーパーの外で隠れていたアスカが、ちらりと物陰からスーパーの中を見ると、
きょろきょろとアスカを探しながら、泣いているレイちゃんの姿が見えた。

ざまーないわね。
なんだかんだ言っても、まだ子供ねぇ。

少し優越感に浸りながら、しばらくスーパーの中を覗き込んでいたが、近所のおばさん
達がレイちゃんの周りに集まり始めたので、そろそろ出ていってあげることにする。

「どうしたの? お譲ちゃん?」

「わーーーーん。」

「迷子なの?」

「わーーーーん。」

近所のおばさん達が心配そうにレイちゃんを見ている中、あたかも今ようやくレイちゃ
んを見つけたかの様に、アスカは急いで駆け寄って行く。

「すみませーーーん。少し目を離した隙に。」

「あーーーーっ! ママっ!」

アスカの姿を見ると、レイちゃんは「ママ」「ママ」と叫びながら走り寄って来た。

「げっ! ママって何よ・・・ママって・・・。」

「ママーーーーッ!!!」

「や、やめなさいって・・・っ! やめなさいって言ってるでしょっ!」

アスカがレイちゃんを突き放しながら、冷や汗を流して周りを見渡すと、おばさん達の
ひそひそ話が聞こえてくる。

「あんなに若そうなのに、あんな大きな子が・・・。」
「なんでも、捨てて逃げようとしてたらしいわよ。」
「あんなに若いうちから子供を作って、どういう娘なのかしらねぇ。」

うげーーーーーーっ!!
どうして、そうなるのよーーーーーーーーーっ!!!

いきなりわけのわからない噂話が持ち上がってきたので、顔を引きつらせたアスカは、一
目散にレイちゃんを抱え込むとスーパーを出て行った。

「誰がアンタのママだってのよっ!」

「クスクス。」

荷物とレイちゃんを抱きかかえて走るアスカの腕の中で、レイちゃんはクスクスと笑っ
ていた。

<公園>

スーパーから少し離れた所にある公園のベンチで休憩するアスカとレイちゃん。走って
来た為、息が上がっている。

「はぁ、疲れたーーーっ!」

とにかく喉が乾いたので、ベンチの隣の自動販売機でキャロットジュースを買う。

じーーーー。

そんなアスカを物欲しげに、じっと見つめる瞳が2つ。

「何よっ! アンタも欲しいの?」

こくりと頷くレイちゃん。アスカはやれやれといった感じで、自分のジュースをベンチ
に置いて、オレンジジュースを買ってあげることにする。

「うえぇ!」

アスカがコインを入れて、オレンジジュースを買っていると、下で変な声がした。どう
やらアスカのキャロットジュースを、盗み飲みしようとしていた様だ。

「あーーーーっ! 人のジュース飲むんじゃないわよっ!」

しかし、あまりにもまずかったのか、レイちゃんは嫌な顔をしながら、素直にキャロッ
トジュースをベンチに置く。

ん? 素直ねぇ。
まてよ・・・もしかして・・・。
フフフフフフフフフフフフ。

アスカは、何か良い事を思いついた様で、オレンジジュースを飲むレイちゃんを見な
がら、一人含み笑いを浮かべていた。

<シンジの家>

買物から帰ってきたアスカは、ユイにお菓子を渡すとシンジの家に常駐させているエプ
ロンを付け始める。

「おばさま? 今日は、アタシがお昼ご飯を作りますね。」

「あら? 悪いわねぇ。アスカちゃん。」

少し遅くなったが、まだお昼を食べていないので、早速みんなの分の昼食を作り始める。

見てなさいっ!
ぎゃふんと言わせてやるわっ!
フフフフフフフフフフフフ。

そして数分後、食卓にはニンジンのオンパレードの料理がずらりと並んだ。

「うぅぅぅ。」

シンジやユイは、アスカの料理を喜んで食べ始めるが、レイちゃんは困った顔でそのニ
ンジン料理を睨みつけたまま、なかなか食べようとしない。

やっぱりねぇ。
この子ニンジンが嫌いなんだっ!

「そうだっ! キャロットジュースも作りましょうかっ!?」

「あっ、いいね。アスカ。」

シンジも同調してくれる。ふと見ると、アスカを見上げておどおどしているレイちゃん
の姿があった。

やったわっ!
アタシは勝ったのよーーーーーーーーーっ!

勝ち誇った顔で、さらに追い打ちをかけるように、キャロットジュースを作るアスカ。
そして、そのジュースが食卓に並んだ頃、チャイムが鳴りユイが玄関へ出て行った。

「あらあら。早かったのねぇ」

どうやら、レイちゃんの両親が迎えに来た様である。

まずいわねぇ。
今、連れて帰られたら、ニンジン料理の意味が無くなるじゃない。

アスカは急いで玄関へ出て行く。

「今、レイちゃんが、お昼ご飯を食べているんです。ちょっと、上がって待っていてあ
  げて貰えますか?」

レイちゃんの両親を迎え入れリビングへ戻った時、まさかの光景がアスカの目に飛び込
んで来た。レイちゃんが、笑顔満面でニンジン料理を口に頬張っていたのだ。

な、なに???
パパとママの前だから、いい子ぶってるの?

「あらぁぁぁ? 良かったわねぇ。大好きなニンジン料理をこんなに作って貰って。」

「うん。クスクス。」

な、なんですってーーーーーっ!

「クスクス。」

笑いながら、大喜びでニンジン料理を食べるレイちゃん。

だ・・・騙されたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
こ、こンのガキーーーーっ!

<マンションの下>

そして夕方、ようやくレイちゃんは両親と一緒に帰ることになった。アパートの下に呼
び寄せたタクシーの前で、別れの挨拶をする一同。

「アスカお姉ちゃん。今日はありがとう。」

アパートの下で、ぺこりとお辞儀をするレイ。

なにが、ありがとうよっ!
さっさと帰りなさいよっ!

「いつも、一緒に遊ぶお友達がいないの・・・。だから、今日は楽しかった。」

えっ・・・。

「なんだか、アスカお姉ちゃんと遊んでると、お友達ができたみたい。」

「そう・・・。」

そっかぁ。この子も寂しかったのね。
アタシったら、そんなことも気づかず本気になっちゃって・・・。
はぁ・・・なんだか、別れるのが寂しくなってきちゃったわ。ぐすっ。

「アスカお姉ちゃん、また遊びに来てもいい?」

「ええ、いいわよ。またいらっしゃい。いっぱい、遊んであげるからね。」

その言葉を聞いたレイちゃんは、ニコっと笑うとタクシーの窓からアスカに手を差し出
して、握手と求めてくる。

なんだ・・・。
この子も、可愛いとこあるじゃない。

アスカもにこりと微笑んで、その手をしっかりと握る。

ぬちゃーーっ。

「ん?」

「クスクス。」

ふと手を見ると、先ほどスーパーで買ったガムの食べカスが、ねっとりとアスカの手に
へばりついていた。

「クスクス。」

な、なによこれーーーーーーーっ!!!

アスカがジロリとレイちゃんを睨み付けると同時に、動き出すタクシー。その窓からレ
イちゃんの両親の声が聞こえてくる。

「レイちゃん? お友達が、今日はレイちゃんに会えなくて寂しがってたわよ。」
「ははは、レイは幼稚園で人気者だからなぁ・・・。」
「クスクス。」

そんな声を残して、ブロロロロと走り去っていくタクシー。後に残されたアスカは、ね
っとりとガムのついた手を、ぎゅっと握り締めてフルフルと肩を振るわせていた。

あ、あンのガキーーーーっ!

そんなアスカを、真っ赤な夕日が照らしつける。

「二度と来るなぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

今日1日、5歳の子に完全に弄ばれたアスカは、真っ赤な夕日に向かって空しく叫び続
けるのだった。

fin.
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