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醜いアスカ
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今日はアスカの食事当番。シンジの好きなサンマを焼いていた。

チューチュー。

「ね、ねずみぃぃぃぃぃぃぃーーーーい!!!!!!!」

どこからわいて出たのか、アスカの足元をネズミが走っていた。
咄嗟に棒を持ち出し、追いかけていく。ネズミなんかに巣を作られてはかなわない。

バンバンバン!

棒を叩き付けるアスカ。ネズミも命の危機を察し逃げ惑う。

バンバンバン!

必死で追うアスカ。

チューチューチュー。

死にもの狂いで逃げるネズミ。

「ただいまー。」

ネズミはシンジが開けた玄関に向ってひた走るが、あと少しというところで、アスカの
キックをくらい、宙を舞って玄関先に落ちた。

「どうしたの?」

アスカは、ぜぃぜぃと肩で息をしている。

「ネズミが出たのよ! ミサトが洗い物をちゃんとしないからよ、これは!」

「そう、でも、勝手に出て行きそうだったのに、何も蹴り出すことないんじゃないかな
  ぁ。」

「いいのよ。あんな醜いものが戻ってきたらかなわないわ。あーーー、寒気がする!
  そんなことより、今日はサンマよ。早く食べましょ。」

「そうだね。」

                        ●

その夜中。

「アスカ。起きなさいアスカ。」

「もぅ、誰よ。」

眠い目を擦りながら、ムクッっと起きるアスカ。そこには、天使のような女性が立っていた。

「私は鼠に宿りし精霊。貴方の容姿は美しい、しかし、心が病んでいます。」

そういって、聖霊は手に持っていた杖を振った。その途端、光がアスカを包み込む。
気が付くと、アスカは世にも醜い姿に変わり果てていた。

「な、なによこれーーーーーーーー!!!」

「もし、今の貴方を愛してくれる方が現れたら、現実の世界に戻れるでしょう。しかし、
  現れない時は、今、貴方が見ている世界が現実となります。期限は明日1日。がんば
  りなさい。」

                        ●

チュンチュンチュン。

心地よい夜明け。朝日が差し込む。

「うーーーーーん。」

背筋を伸ばして、バンザイをするアスカ。

「嫌な夢を見たわ。」

しかし目を開けると、暗く狭いコンクリートが打ちっぱなしの部屋が、アスカの目前に
広がる。

「な、なによこれぇーーーーー!!!!!」

自分の頬をつねってみる。

「い、痛い・・・。」

茫然自失のアスカ。

ま、まさか、あれは夢じゃなくって・・・。

鏡の前に走っていくアスカ。そこに映し出されたものは、世にも醜い自分だった。

「嫌っーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

顔を押さえて座り込む。

しばらくそうしていたが、あることを思い出した。

もし、あの夢が本当のことだとしたら、タイムリミットは今日1日ってこと?
でも、こんな姿で、外に出るなんて・・・。

しかし、アスカには選択の余地は無かった。

学校の準備をして登校する。

けど・・・、アタシのこと誰もわからないんじゃないかしら。

いきなり変わり果てた姿で、シンジやヒカリに会ってもわかるはずがない。不安と安心
がアスカの心を駆け抜ける。

教室に入ると、アスカは言葉を失った。そこには、本来の自分の姿をした女の子が立っ
ているのだ。

じゃぁ、アタシは誰?

「あーーーーー、惣流が来たぞーーーーーー。」

クラスメートの男子が騒ぐ。

「ぎゃははははははははははは。」

アスカのことを見て、みんなが笑っているようだ。しかも、自分のことを惣流と言って
いる。

「本当、綾波と比べたら月とタン坪ってとこかぁ???」

「ぎゃはははははははははははは!!!」

えっ! まさか、あれがファースト?

本来の自分の姿をしたレイが、寄ってくる。その回りには、取り巻きのような男子が数
人付いて来ていた。

「ほら! 綾波さんが、通るんだから、どけよ!」

ドン!

弾き飛ばされたアスカは、そそくさと、端によける。

やっぱり、あれがファースト・・・。

アスカは、人目を気にしながら席についた。

「い、痛!」

椅子に座ったアスカのお尻に、刺すような痛みが走る。腰を持ち上げて、自分のお尻を
見ると、幾つもの画鋲がささっていた。

ひ、ひどい・・・。

「クスクスクス。」

教室のあちらこちらから、笑い声が聞こえてくる。

アスカは、画鋲を集めると、机の上に置いた。

キーンコーンカーンコーン。

授業開始のチャイムが鳴る。

机の中から教科書を取り出し、広げてみる。すると、中は落書きだらけだった。印刷さ
れている文字など読めたものではない。

この世界のアタシは、ここまでひどいの・・・?

アスカは、クラスメートに笑われながら午前中の授業を終えた。いつものアスカなら、
怒鳴りかえすところだが、そんな元気も無い。

昼休み。

もちろん、シンジの弁当など無い。仕方なく、アスカは購買にパンを買いに行った。

「それとそれ下さい。」

メロンパン,カレーパン,牛乳を買う。アスカが昼ご飯用のパンを持って廊下を歩いて
いると、後ろから伸びてきて手がそれらを取り上げた。

「な!」

振り返ると、そこにはクラスメートの男子が3人立っていた。

「こんなもん、おまえには贅沢なんだよ!」

そう言って、今買ったパンと牛乳を叩き付け、足で踏んで歩いて行った。

「ぎゃはははは、あれでも食いそうだな、惣流なら。」

歩いていく男子から、そんな言葉が聞こえてくる。

ちくしょう!

アスカは、屋上に掛け上がる。今日は日射しが強いので、誰も屋上で昼食を取っていな
かった。

どうして、言い返さないの?

自分に聞いてみる。

今まで、アタシは容姿なんて関係無いと思ってた。
容姿を目当てに寄ってくる、男の子が大嫌いだった。
                        :
                        :
でも、アタシが一番容姿を気にしてたのね。
こんな姿になっちゃうと、何も言えないだなんて・・・。

アスカは、早退届けを出すと、午後の授業をボイコットして下校した。

河原に腰を降ろすアスカ。

どうしよう。こんなアタシを好きになってくれる人なんているわけないわ。
この先、ずっとアタシはこのままなの?

川が流れていく。その様子を見つめる。
川に近寄ってみる。水をのぞきこむと、歪みながら醜い自分が映し出される。

これが、アタシ?

自分の姿を見つめる。
何度、瞬きしてもそこには、醜い自分が映し出される。

長い時間、自分の姿を見つめるアスカ。

小学生が下校する。
中学生も、そろそろ、下校しはじめる。

じーーーっと、自分の姿を見つめているアスカ。

アスカは、パンパンと醜い自分の頬を両手で叩いた。

そう、これが、アタシなのね。
フン!
いきなりで、気が動転してたのよ!
そうよ! 容姿が変わっても、アタシは惣流・アスカ・ラングレーよ! 見てなさい!

いつの間にか、夕日に照らされた川は、本来のアスカの髪の毛の色の様に、赤く輝いていた。

きれいねぇ。

川を見つめるアスカ。その目の前に、箱に入った小猫が流されてくる。
箱の中から、怖そうに外を見つめる小猫。

ミャーミャー。

「あ!」

アスカはそれに気付くと同時に、川に飛び込む。

ザバザバザバ。

制服を着たままなので泳ぎ辛い。

ザバザバザバ。

それでも、必死になって泳いで行く。

目前にダンボールが見える。アスカが手を伸ばすと、ダンボールに触った。

その時、別の手がアスカの上に乗ってきた。水面から、顔を上げその手の持ち主を見る。
そこには、いつも見慣れたシンジの顔があった。

「あ! 惣流さん!」

シンジも驚いているようだ。

2人で、箱を引っ張ると、河岸まで泳いでいく。

「ありがとう、手伝ってくれて。」

アスカがお礼を言う。

「ぼくも、惣流さんが泳いでいってることに気がつかなかったんだ。驚いちゃった。」

笑顔で答えるシンジ。

「シンジ・・・碇くんは、アタシのこと笑わないの?」

「あー、クラスの幾人かの奴等、ひどいよね。ごめん、ぼくも注意したいんだけど、し
  り込みしちゃってるんだ。ハハッ、これじゃ、ぼくも同罪だね。ごめん。」

「そんなことないわ。それより、アタシと一緒にいるところ見られたら、明日いじめら
  れるわよ。」

「いいよ。ぼくは、変に容姿がいいだけの人より、惣流さんの方が好きだな。猫を助け
  る為に泳いでた、惣流さんきれいだったよ。」

「え? アタシのことが好き? こんなに醜いのに?」

「でも、心は奇麗じゃないか。」

アスカは、今日初めてやさしくしてくれたシンジに抱き着いた。

「ありがとう。」

口では、そういっているが、シンジに拒絶されることも覚悟していた。

しかし、シンジは優しく包んでくれた。夕日が2人を照らし続ける。
アスカは、シンジの胸の中で夢見ごこちの気分だった。

                        ●

チュンチュンチュン。

心地よい夜明け。朝日が差し込む。

「うーーーーーん。」

いつものように、背筋を伸ばして、バンザイをするアスカだが、ハッっと回りを見渡し
た。そこには、いつものアスカの部屋の光景が繰り広げられていた。

あわてて、鏡を見る。

サファイヤのような瞳。夕日のような赤毛。整った顔立ち。
まぎれも無くアスカが映し出される。

わたしは、現実に戻れたの? それとも、全て夢だったの?

                        :
                        :
                        :

その日は、いつもの生活が待っていた。

夕食時。

今日はアスカの食事当番。シンジの好きなシチューを作っていた。

チューチュー。

「ね、ねずみぃぃぃぃぃぃぃーーーーい!!!!!!!」

咄嗟に棒を持ち出し、追いかけていくアスカ。

バンバンバン!

棒を叩き付けるアスカ。死にもの狂いで逃げるネズミを玄関から蹴りだした。

その夜中。

「アスカ。起きなさいアスカ。」

「もぅ、誰よ。」

眠い目を擦りながら、ムクッっと起きるアスカ。そこには、天使のような女性が立っていた。

「私は鼠に宿りし聖霊。貴方は、まだ、わかってないようですねぇ。」

そういって、聖霊は手に持っていた杖を振りあげようとした。

「2回も同じことしてんじゃないわよ! 人の睡眠の邪魔をしたら、どうなるか思い知
  るといいわ。」

聖霊のもっている杖を、奪い取るとバキバキに折るアスカ。

「な、なんてことを!」

「こんなもんで済むと思うんじゃないわよ!!!!」

アスカは、髪の毛を逆立てて、聖霊にジリジリ寄っていく。

「ヒ、ヒィィィィィィィィィィ。」

杖を折られて魔法を使えない聖霊は、後ろへジリジリと引く。

ドカッ! バキッ! ベキバキ!

「た、たすけてーーーーーーー。」

ボキボキボキ!!!!! グシャー!!!

聖霊は、必死で胸のペンタントを守りながら、アスカから逃げようとした。

「それが弱点かーーーーーーー!!!」

アスカは、胸のペンダントを引き千切ると、握り潰した。

その途端、聖霊は、見る見る小さくなり、ねずみへと変化してしまった。

「これが正体か!!!」

アスカはベランダに、ネズミを蹴り出すと、再びベッドに潜った。

「この、天才美少女、惣流・アスカ・ラングレー様にたてつこうなんて、100万年早
  いっつーのよ!」

今日は、良い夢が見られそうなアスカであった。

fin.
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