------------------------------------------------------------------------------
ネルフの少女アスカ様
------------------------------------------------------------------------------

<ドイツ支部>

ネルフのドイツ支部には、現在2人のチルドレンが在籍している。科学者の娘であるア
スカと、財閥の娘であるイライザ。

2人はエリート中のエリートであり、おいそれと普通のネルフ職員が話し掛けることす
らできない存在。そしてプライドの高い2人は、互いにライバル意識を持ち、事あるご
とに張り合っていた。

ハンっ!
今日のハーモニクステストは、アタシの勝ちねっ!

ここはアスカの控え室。一面に真っ赤なバラを飾り、少し冷ましたオレンジペコーに口
をつける。軽くティーカップを弾くと、プラチナの音色が心地良い。アスカはその音色
に耳を傾けながら、昼のティータイムを楽しむ。

「音楽、かけてくれるかしら?」

「畏まりました。」

付き人の女性が、ベートーベンのレトロなレコード盤を丁寧に取り上げ針を乗せる。ス
ピーカーから流れ出るアナログらしい音質のメロディーが、安らぎのひと時を演出。

カシュ!

扉が開く時にするエアが抜ける音。せっかくのムードが台無し。更に輪をかけて、見た
くもないゴージャスな金髪の女性が姿を現した。

自分と同じ14歳のチルドレン、イライザの登場である。。

「あーら、お下品な雑音が流れてくると思いましたら、ここでしたのぉ。クラシックは
  モーツァルトに限りますわぁ。おほほほほほほほ。」

「ベートーベンの良さがわからないなんて、アンタ耳腐ってんじゃないのぉ?」

「その小汚い赤いバラ、それこそ腐ってるんじゃございませんこと? 枯れかけてて見
  るに耐えませんことよ。」

「丁度、今から新しいのに変えようと思ってたとこなのよねぇ。ちょとっ! アンタっ!
  さっさと変えて頂戴っ。」

「ですが、アスカ様・・・まだ2日しか・・・。」

付き人が、部屋に1000本のバラを飾ったのは2日前。まだまだ綺麗な姿で咲いてい
るのに・・・と聞き返す。

「あーら、2日も前のバラですのぉ? どうりで、変なお臭いが・・・。おーくさ。」

これみよがしに鼻を摘むイライザ。アスカはキッと付き人の女性を睨み付ける。

「このアタシに恥かかせんじゃないわよっ! さっさと取り替えなさいっ!」

「申し訳ございません。只今・・・。」

「ったくっ! ンなことよりっ! アンタは何しに来たのよっ!」

「あーら、そうでしたわぁ、なんでも惣流夫妻が事故で亡くなられたとか聞きましたも
  ので。」

「なっ!」

「ベルリンの中央病院らしいですわよぉ。おほほほほほっ。」

「ママっ! パパっ!」

バラのことなど言っている時ではない。アスカは形振り構っておられず、一目散に病院
へと駆け付けた。

<ドイツ中央病院>

アスカが病院に駆け付けると、そこには白い布を顔に被せられた両親の姿。その横でが
っくりと腰を落とす。

「パパ・・・ママ・・・。」

「残念ながら、昨夜の実験が原因で、お2方は・・・。」

「だから、危険だからやめてって言ったのに・・・。」

涙を流しながら両親に覆い被さる。

「だから、だから、何歳まで人間は子供を生めるかなんて実験・・・アタシは反対だっ
  たのよーーっ!」

アスカの両親は共に100歳。86歳でアスカを生み、ギネスを更新したのだが、今回
100歳になった記念に、更に出産に挑戦し様としていたのだ。

「大往生でございます。」

「パパ、ママ、安らかにね。」

「これが遺言状にございます。」

医師が手渡した遺言状を受け取り、目を通すアスカ。そんなアスカの顔は、みるみる真
っ赤になっていく。

”今回の実験で、ワシらは死ぬやもしれぬ。
  じゃからの。死ぬ前に貯めた財産は、ばーさんと遊んでぜーんぶ使ってもーたわい。
  家も家具も、なんもかんも売ってもーたよって、後はアルバイトでもしてちょ。
  ぐわははははははははははははははははははははははっ!

  PS.まちごーて、アスカの服もたーんと売ってもーたわい。ついでに、アスカの貯
        金も全部使ってもーたわい。ごめんちょ。まちごーたんじゃ。許してちょ。

                                                                   From 父,母”

ワナワナワナと両手を震わし遺言状をぐしゃぐしゃにするアスカ。

「殺してやるっ! 殺してやるっ! 殺してやるっ!」

遺体に殴りかかる。

「おやめください。もう亡くなられております。」

「ちくしょーーーっ! 呪ってやるーーーーっ!!!」

「呪うのは死人の役目です。」

「これから、アタシっ! どーーーーすんのよーーーーーーーっ!!!」

両親を無くしたアスカの悲痛な叫びが、病院中に響き渡った。

<ドイツ支部>

翌日、ドイツ支部の司令から呼び出されたアスカは、厳しい現実に直面していた。

「申し訳ないが、保護者がいなくなっては、うちの支部においておくわけにはいかぬ。」

「・・・・・・。」

「せめて、遺産でもあれば話は別だが、住む所もないんじゃなぁ。何かあった時、うち
  としても困るのだ。」

「・・・・・・。」

両親を失い、今またネルフからも追い出されようとしている。アスカはどうしていいの
かわからず、ただ途方に暮れるばかり。

「しかし、我々も鬼ではない。ここを追い出されては君も困るだろう。そこで、ネルフ
  本部へ行ってはどうかと思うのだが?」

「本部?」

「あぁ、あそこはうちほど厳しい規則はない。保護者などいなくとも、チルドレンとし
  てやっていけるだろう。」

どのみち、ここにおいて貰ったとしても、毎日毎日あのイライザに貧乏人とバカにされ
る日々を過ごすことになるだろう。それならば、いっそ。

「どうだ? 丁度明日、加持という人物が本部へ転勤を申し出ているのでな。エヴァと
  共に同行せんか?」

本部・・・本部・・・本部・・・。
支部より上 = イライザより上・・・よね。
うんっ!
それしかないわっ!

「わかったわっ!」

「うむ。それでいいのだな。」

「ええっ! アタシっ! 本部へ行くわっ!」

こうしてアスカは、明日港から出航するオーバー・ザ・レインボーという軍艦に、弐号
機と共に乗って本部へ向うこととなった。

<港>

既に弐号機は積み終わっている。アスカは加持という人物と合流し、目の前に浮かぶ軍
艦へ乗ることになっているのだが、その男性が見当らない。

加持さんって・・・何処にいるんだろう?

キュルキュルキュル、キーーー。

目の前に黒いネルフの車が止まった。きっとあれがそうに違いない。わずかに自分に残
された衣服の入ったバッグを振り振り、駈け寄って行く。

バタム。

車の扉が開く。

「おーーーほほほほほほほ。」

「げぇぇぇぇぇぇっ!」

出て来たのは、イライザだった。

「あーら、貧乏人のアースカさんじゃーございませんことぉ?」

今、1番会いたくない奴に・・・。
なんで、コイツがここにいんのよっ!

「なんですのぉ。その小汚い格好。これですから貧乏人は嫌ですわぁ。」

「動きやすいから、この格好がいいのよっ!」

「あーーーら。貧乏人の考えることはわかりませんわぁぁぁ。貧乏人の。」

ムカムカムカ!

「では、ごめんあそばせ。貧乏人のアスカさん。おーーーほほほほほほほほほ。」

ブロロロロロロロロロ。

それだけ言い残し、排ガスとを撒き散らしながら走り去って行くイライザ。

「ゲホゲホ。」

あの女っ!
何しにきたのよーーーーっ!

排ガスをモロに浴びせられるわ、貧乏人を連呼されるわで、頭に来ることこの上ない。
しかし、昨日迄の優雅な生活をおくっていた自分とは打って変わり、今はボストンバッ
グに入っているわずかに残った服が全財産という身。

今に見てなさいっ!
アタシは本部のチルドレンよっ!
支部のチルドレンなんか、鼻で笑ってやるわっ!

一発逆転を夢見つつ、ごま粒のようになったイライザの乗る車にあっかんべーをしてい
ると、ふいに背後から声を掛けられた。

「よぉっ! 惣流・アスカ・ラングレーさんだな。」

「えっ?」

振り返るとそこには、30歳前後のシティー派の男性が立っていた。少しネクタイを緩
めているところがまた格好良い。

「は、はいっ!」

「俺が加持だ。じゃ、行くか?」

「はいっ!」

格好いいわねぇ。
ハンっ!
見てみなさいっ! イライザっ!
本部に行く人はこうなんだからっ!
支部とは違うのよっ! 支部とはぁぁっ!

オーバー・ザ・レインボーが、港を出て行く。アスカと弐号機を乗せ、遥か彼方ネルフ
本部のある日本へ向って。

<ネルフ本部>

「な、な、な、ぬわんじゃこりゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

やってきましたネルフ本部。

も〜。

牛があちこちで、も〜も〜と鳴いている。

ピッ。ピッ。ピッ。

木々からは、小鳥の囀り。

ゲコゲコゲコ。

小川にはメダカが泳ぎ、聞こえてくるはカエルの鳴き声。

アスカはバッグをドサリと落とし、両手をワナワナと天に向ける。まさしく開いた口が
塞がらないとはこのことだろう。

「ド、ド、ド、ド田舎じゃないのよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

一面に広がる田畑。牛が田んぼを耕している。その間に伸びる狭い狭い農道に立ち、絶
叫するアスカ。

「はーい。あなたが、惣流・アスカ・ラングレーさんね?」

ドドドドドドドドドド。

地面を揺さぶる音と共に、迎えに来たるはドイツ支部で写真を見た葛城ミサト。トラク
ターに乗り堂々の登場である。

「あ、あの・・・。1つ聞きたいんだけどっ! ほ、ほ、ほんとに、ここが本部?」

「やーねぇ。そうに決まってるでしょ?

「じゃ、本部の建物は? そうだわっ! きっと地下にあるのねっ!」

「そんなわけないでしょー。あれよあれ。あれが本部よ。」

「えっ!? ぎゃーーーーーーーっ!!!!」

そこには、木造一階建ての建物が、田んぼの真中にぽつりと建っているではないか。

あ、あれが・・・本部。
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

本部というからには、ドイツ支部をはるかに凌駕する超科学設備が整っているものだと、
信じて疑わなかった。

がっ!

潰れかけた、旧校舎にしか見えないわよーーーっ!

「そ、そうだっ! アタシの弐号機はっ!」

「あそこよん。」

「どこ? えっ!? げっ!! ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

今まではドイツ支部のケージでメンテナンスされてきた弐号機。それが今、田んぼの真
ん中で仰向けに寝転がり、いつしか近所の鼻を垂らした悪ガキ達が、滑り台代わりに遊
んでいる。

「なっ! なにしてんのよっ! 加持さんっ! 加持さんは何処っ! あのガキどもをなん
  とか・・・加持・・・ぬっ! げっ! イヤーーーーーっ!」」

加持の姿を見つけた途端、ムンクの叫び状態に陥るアスカ。

「よっ! どうしたんだ?」

「いっ、いやーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

長靴を履き麦藁帽子をかぶり白いTシャツの上から手拭を掛け、スイカ畑を耕す加持の
姿。太陽に輝く健康な白い前歯がピカリと光り、農作業をして流れる汗が眩しい。

「スイカはいいぞぉ。アスカも耕すか?」

「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

ガラガラガラガラガラ。

港で見た時に感じたシティー派加持のイメージが、音を立てて崩れていく。

ピョコン。ピョコン。ピョコン。

「ん?」

何か足元に違和感を感じた。いや、不気味な感覚を言った方がいいかもしれない。恐る
恐るギギギギギと顔を足元に向ける。

ケロケロ。

足元に群がる綺麗なこの黄緑色の群。アマガエルが、アスカの靴に集っているではない
か。

「ぎょえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

目を血走らせ、前後見境なく両手両足をばたつかせ発狂する。アスカの靴に乗っかって
いたアマガエル達は、大慌てで田んぼに避難。

「もーーーーーーーーっ! イヤーーーーーっ!!!! アタシっ! 帰るっ!!!!」

ボストンバッグを2つ両手にぶら下げ、狭い農道をズカズカズカと帰って行くアスカ。

「アスカーーー? どうしちゃったのぉぉぉ???」

ミサトは、何がなんだかわからず、突然帰り始めたアスカをぽかんと口を開けて見送る。

その時。

「イノシシが逃げたぞーーーーーーっ!!!」

ズドドドドドドドドド。

目を吊り上げてアスカがドスドスと歩く狭い農道一本道の向こうから、巨大なイノシシ
が突進してくるではないか。

「げっ! な、なによあれーーーーっ!」

ズドドドドドドドドド。

迫り来るイノシシ。

「いっ、いやーーーーーーーーーーっ!!!!!」

くるりと180度方向転換し、悲鳴も高らかに死にそうな形相で、両手をめいいっぱい
振って逃げ出す。

ブヒブヒブヒっ!

容赦なく、イノシシが突進してくる。

「来ないでーーーーーーーーーっ!!!」

道は農道一本道。前へ逃げるしかない。当然イノシシは、一直線に突進してくるのみ。

「もう、あぶないわねぇ。」

トラクターといっしょに田んぼの中にジャボジャボ入り、避難するミサト。

「アスカぁ? こっちに逃げなさいよぉ。あぶないわよー?」

「むっ!」

膝まで田んぼの泥水に浸したミサトが、手招きしている。そのまわりには、カエルが嬉
しそうにぴょこぴょこ跳ねている。

ダメよっ!
この誘惑に負けたらっ! アタシまでっ!
アタシまで、田舎モンになっちゃうのよーーーーーーーーっ!!!

田んぼに入ってなるものかと、がむしゃらに猛スピードでイノシシと同じく一直線に走
り続ける。

「うりゃーーーーーーーっ!!! 負けてらんないのよーーーーーーーーーーっ!!!」

負けるアスカ。
イノシシの方が速かった。

ドカーーーーーーーーン。

お尻にイノシシ突撃。

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜れ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

吹き飛ぶアスカ。

ズビシャーーーーーーっ!

見事アスカは頭から田んぼに張られた泥水に突っ込み、全身真っ黒。

「ぐすぐすぐす。」

起き上がると、貴族か令嬢のようだった自慢の髪から、泥水がたらたらと顔に垂れて来
ている。服もスカートも、下着までもが泥だらけ。

「ぐすぐす。もぉーーーいやぁぁっっ! 帰るーー。アタシ帰るーー。帰るのーーーっ!
  わーーーーーーーーーーーーんっ!!!!!」

田んぼにべたりと座り込んだまま、とうとう泣き出してしまうアスカであった。

<風呂場>

ミサトに宥められ、とにかく風呂に入りに来たアスカだったが、五右衛門風呂に身を浸
しつつも、目の前の少女が気に入らない。

「アンタ・・・何してんのよっ。」

ゴシゴシゴシ。

「聞いてるでしょっ!」

ゴシゴシゴシ。

「アンタっ!」

「大根。美味しいもの。」

ゴシゴシゴシ。

「大根はわかってるわよっ! なんで、バスルームで大根なんか洗ってんのよっ!」

「とても、美味しいもの。」

ゴシゴシゴシ。

「美味しいはわかったわよっ! アタシがお風呂入ってんだから、出てってよっ!」

「駄目。糠(ぬか)に漬けるもの。」

青い髪,赤い瞳の少女、綾波レイは、おもむろに糠を取り出すとダイコンと一緒に壺に
付け始める。

「ナ、ナ、なによそれっ! く、くっさーーーっ! 外出してよっ!!!」

「糠漬・・・美味しいの。」

ぽっ。

顔を赤らめるレイ。鼻をひん曲がらせるアスカ。こうなっては一時たりとも、ここには
いられない。

くさいっ!
くさいっ!
くさいっ!
くさーーーーーーーいっ!!!!

「もういいっ! アタシお風呂出るっ!!!」

とにかく体は洗い終わった。アスカは、その強烈な臭いから逃れる様に、ズカズカと風
呂場から出る。

なんなのよっ!
あの田舎娘はっ!

ブツブツいいながら、ドイツから持って来た着替えの黄色いワンピースを頭からすっぽ
り被り更衣室を後にすると、さっきミサトに言われた通り本部の総司令に会いに行くこ
とにする。

<本部>

司令室って何処なのかしら?
こうなにもかも古くさくっちゃ、何がなんだかわかんないわよっ。

すると、トイレから捻り鉢巻を頭にし、もんぺの上から腹巻をした髭面の冴えないオヤ
ジが現れた。手に持つバケツや雑巾から見るに、どうやらトイレ掃除のオヤジらしい。

「ちょっと、アンタっ! 司令室何処か知ってるっ?」

「ぬ?」

「司令室よっ! 知ってるのっ!? 知らないのっ!?」

「問題無い。付いて来い。」

「むっ!」

トイレ掃除のオヤジの癖にっ!
こ、このアスカ様に向かって、”付いて来い”ですってぇぇっ!
まぁいいわっ! 今は場所を聞くことが先決よっ。

まずは司令室へ行くことが先決である。設備の整ったドイツ支部と違い、表札も何も出
ていない木造旧校舎みたいな建物なので、狭い癖に何処に何があるのかわからない。

「ここだ。」

「ふーん。ご苦労っ!」

今迄ならここでチップでも投げるところだが、そのチップすらない身なので、トイレ掃
除の冴えないオヤジに、軽く礼だけ言って司令室へと入って行く。

「んー、真っ暗ねぇ。電気どこかしら?」

カーテンが閉まっているので、部屋の中が暗くよく見えない。アスカが手探りで、電灯
のスイッチを探していると、側をノソノソと通り過ぎていく気配を感じた。

ん?
なんか動いたような・・・。
電気、電気・・・電気、電気・・・あったっ。

パチっ!

「なんでアンタがそこにいンのよっ!!!!!」

電気がついた瞬間、その目に入ってきたのは司令室に設置された座椅子に座る、トイレ
掃除のオヤジの姿。

「靴を脱げ。でなければ出て行け。」

「アタシは、なんでアンタがそこにいるのかって聞いてんのよっ!」

「畳の上に土足で上がってはならん。」

「ん? 畳?」

足元を見ると、何かで見たことのある日本の家屋に敷かれている畳という物。確か、こ
の上には素足で上がると聞いた覚えがある。

「アタシは靴でいいのよっ!」

しかし、アスカ様は特別だった。

「とっとと、そこどきなさいよっ! そこは、司令の場所でしょーがっ!」

「フッ。問題無い。」

カチン。ブチッ。

何かがキれる音がした。

「く、くぉのっ! トイレ掃除のオヤジぐわぁーーーーーーーーーーっ!!!!!」

ドカっ!

「ほげっ!」

ドゲシっ!

「ふげっ!」

グシャっ!

「ぎょえーーーっ!」

どかーーーーーーーーーーーーーんっ!

「ひでぶーーーーーーーーーーーーーーっ!」

トイレ掃除のオヤジは木っ端微塵に粉砕されつつも、最後に半死半生の状態で息絶え絶
えに呟く。

「わ、わたしが、司令だったのだが・・・。」

「な、なんですってーーーーっ!」

その言葉を聞いて、驚いたのはアスカ。

「フッ。ようやくわかったか。」

ニヤリと笑うゲンドウ。

「それなら、さっさと言いなさいっつーのよーーーーーーーーーーっ!」

ドカっ!

「ほげっ!」

ドゲシっ!

「ふげっ!」

グシャっ!

「ぎょえーーーっ!」

どかーーーーーーーーーーーーーんっ!

「ひでぶーーーーーーーーーーーーーーっ!」

その後、ゲンドウが気絶してしまった為、2人が対談をする迄に、約1時間待つことに
なる。

                        :
                        :
                        :

ったく、なんでこんなダサいオヤジが司令なのよ。
髭がばばちいしっ。
目つき悪いしっ。
さいってーねっ!

「で、わたしに何の用だ。」

「アタシはドイツへ帰るのよっ! 帰る準備しなさいっ!」

「惣流・アスカ・ラングレーは、本部で引き取ることになっている。」

「くぉんな、田舎に1日もいれるわけないでしょーがっ!」

「ならば、好きにしろ。」

「ぬわっ! ぬわんですってーーーっ!」

「弐号機を輸送して、ドイツ迄帰れる金があるなら帰れ。」

く、くぉのオヤジがぁぁぁぁっ!
どうしてくれようかっ!

今まで貴族の様な生活をしてきたアスカだ。半日で我慢の限界に達しており、もう頭の
中にはドイツへ帰ることしかなかった。

そうだっ!
まだ、オーバー・ザ・レンボーは東京湾にいるはず。
弐号機を起動して乗っ取ったらっ!

「わかったわよっ! そっちがその気なら、アタシにだって考えがあるわっ!」

一目散に司令室を飛び出したアスカは、田んぼの上で寝かされていた弐号機を目指し、
ひた走った。

<第3新東京村>

農道へ出て行くと、少し向こうの稲が植えられていない田んぼの上に寝かされる弐号機
が見えてくる。

「わーいっ! エヴァだぁっ! エヴァだぁっ!」
「もーいいかい?」
「まーだだよ。」

相変わらず弐号機の上で遊んでいる悪ガキ。いつのまにか、弐号機に”へのへのもへじ”
の落書きがいっぱい。

「そこどきなさいっ!」

アスカは、その悪がき達を押しのけ、エントリープラグへ入って行く。こうなったら強
行突破して帰るしかないのだ。

「シンクロスタートっ!」

フフフ。
ドイツ支部の、このアスカ様を舐めンじゃないわよっ!

「エヴァが立ったぁ。」
「エヴァが立ったぁ。」
「わーい。わーい。」

弐号機の周りではしゃぐ子供達を尻目に、弐号機を動かし始めるアスカ。巨大な弐号機
が、田んぼを踏み踏み第3新東京村を港へ向かって進んで行く。

その時。

「駄目だーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

足元から声が聞こえた。

「駄目だよっ! そんなので歩いちゃっ! やめてよーーーーーーっ!!!」

視線を下ろすと、そこには同じ歳くらいの黒い髪,黒い瞳の少年が、その瞳でキっと見
上げ、歯を食い縛り両手を広げて弐号機の行く手を遮っている。ちょっと格好良いかも
しれない。

「何してんのよっ! 危ないでしょーーーがっ!」

「駄目だっ! それ以上歩いちゃ駄目だーーーっ!」

「どきなさいっつってるでしょーがっ!」

「駄目なんだよーーーーっ!」

いったいこの少年は何を言っているのだろうか? このまま、弐号機でまたぐこともで
きるが、アスカはその少年がなんとなく気になりエントリープラグから降りて行く。

「アンタっ! アタシの邪魔なんかして、ただで済むと思ってないでしょーねぇっ!」

「だってっ! お花さんがっ!」

「アタシは、ドイツへ帰りたいのよっ!」

「お花がっ! 可愛そうじゃないかっ!」

「花?」

ふと見ると、今自分が歩いて来た所に咲いていた、花や農作物が弐号機に踏み潰されて
ペタンコになっている。

「綺麗に咲いてたのに・・・どうしてこんな酷いことするんだよっ。」

その少年は、潰された花1つ1つを抱き起こす様に手に取ると、まだ根と繋がっている
ものを植えなおしている。

「そんな・・・花くらいで・・・。」

「花だって生きてるんだっ! 花があって、木があって、その実を食べる小鳥がいて、
  そんな中でぼく達も生きていけるんだっ!」

「・・・・・・。」

「小鳥さんは、生きる為に花や実を食べるけど、君はなんでこんなことするんだよっ!
  酷すぎるじゃないかっ!」

「・・・・・・。」

アスカが踏み潰した花を1輪でも助けてあげようと、手で土を掘って埋め直す少年。そ
の姿を見ていると、今まで感じたことのなかったような罪の意識に苛まれる。

ドイツにいた頃。
毎日、新しいバラを飾ってた。たくさん、たくさん。
バラが生きてるなんて考えたことなかった。
花にも命があったんだ。

「アタシも手伝うっ!」

弐号機の足跡の中で花を植え替える少年の横に腰を下ろし、手伝い始める。手を汚し土
を掘り、根を植える。

そーっと・・・。

植え替えそっと手を離すと、再び1輪のその花が命があることを示すかのように太陽に
向かって立ち上がった。

「見てっ! 立ったわっ! アンタっ! ちょっと見なさいよっ!」

「ありがとう。ほんとは、君って優しいんだね。」

立ち上がった花と共に、太陽の光をその顔に浴びて、ニコリと澄んだ笑顔を返してくる
その少年。

ちょっとちょっとちょっとぉっ!

アスカは顔を背け、少年に向けていた視線をあらぬ方向へ向ける。そこには、大自然を
称える山々に囲まれ、花が咲き乱れ小鳥が囀る第3新東京村の風景。

ふーん。
こういう所もあるんだぁ。

最初この風景を見た時は、とにかく嫌で仕方がなかった。いや、その時はこの風景を見
ていなかったのかもしれない。しかし今は少し思いが変わり・・・。

「ブタが逃げたぞーーーーーーっ!!!」

ズドドドドドドドドド。

その時、人の叫び声がしたかと思うと、1本道の農道の向こうから巨大なブタがこちら
に向かって走って来ていた。

ズドドドドドドドドド。

「げっ! ま、またっ! いやーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

一目散に逃げ出すアスカ。それを見た少年がアスカを追いかけて来る。

「君っ! こっちにっ!」

「こっちってっ・・・。」

少年が指差すのは、泥水が張られた田んぼの中。

「ぼくが支えるからさ。」

「・・・・・・。」

「早くっ!」

「うんっ! わかったっ!」

両手を広げる少年の胸に、思い切って飛び込むアスカ。それを受け止める少年。

「うわっ! 重いっ!」

ずしゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

ブタが農道を走り過ぎて行く。その横で2人は、見事に泥水の中にぶっ倒れて転がって
いた。

「どこが支えてくれンのよーーーーーーーーーっ!!!」

「だ、だって・・・。」

「しかもっ! 重いとかなんとか言わなかったーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

「え、あの・・・それは・・・。」

「どーしてくれんのよっ! 泥だらけじゃないのーーーーーーーーーーーーっ!!!」

「ご、ごめん・・・。」

「アンタっ! 謝って済むと思ってんのっ!!!」

「ごめん・・・。」

「お風呂貸しなさいよっ! お風呂っ!!!!」

「うん・・・。じゃ、ネルフ本部の・・・。」

「ネルフ本部ぅぅ? アンタっ! 名前はぁっ!?」

「碇・・・シンジ。」

とうとう、ここへ来てから今日2度目の風呂に入ることになったアスカは、シンジが司
令の息子だった為、再びネルフ本部の五右衛門風呂へ向かうこととなってしまった。

<風呂場>

ゴシゴシゴシ。

「アンタ、何してんのよ。」

「ニンジン。」

ゴシゴシゴシ。

「だから、なんで風呂場でニンジンなんか洗ってんのよっ!」

「ニンジン。美味しいもの。」

ゴシゴシゴシ。

「美味しいはいいから、そこ邪魔なのよっ!」

「駄目。糠に漬けるもの。」

「げっ! もう、あれはイヤーーーーーーーーーっ!!!!」

またしても糠の入った壺を開けようとするレイの姿を見たアスカは、一目散に風呂場を
逃げて行った。

<本部>

本部の廊下を歩きながら、ふと先程出会ったシンジという少年の笑顔を、ついつい思い
浮かべてしまう。

ま、どーせドイツに戻っても住むとこないしさ。
しゃーないから、ここにいてやってもいいかな。
イライザと一緒にいたら、ムカつくだけだしねぇ。
シンジとなら・・・。

「むっ!? 関係ないわよっ!!」

また、シンジの笑顔を思い出しつつ廊下を歩く。

でも、ここって案外いいとこかもねぇ。
ドイツみたいな都会じゃわかんないこと、いっぱいわかるしね。
シンジもいるし・・・。

「むっ!? 関係ないわよっ!!」

そんなことを考えながら、フラフラと歩いていると、先程行った司令室からトイレ掃除
のオヤジモドキと、別の男性の声が聞こえてきた。

「碇・・・どうしようもないな。」
「あぁ、本部は閉鎖せざるをえんか。」

閉鎖?
え?
なんでっ!?

「こう借金がかさんでは、どーしようもないな。」
「ドイツ支部の連中に、村の予算を騙し取られたのがまずかったのだ。」
「碇・・・禄に書類を読まずにサインしたのは、お前だろう。」
「うむ・・・問題無い。」
「問題あるから、こーなってしまったんだろう。」
「うむ・・・。」
「いや・・・、うむではなくだな。」

借金?
ドイツ支部がぁ?
ドイツ支部の司令の奴っ!
潰れるのわかってて、アタシをここへ送ったのねっ!

許せないわっ!
って、言っても、アタシも文無しだしぃ。

どーしよう。
ここにもいれなくなっちゃうよぉ。
せっかく、これからシンジと・・・。

「むっ!? 関係ないわよっ!!」

司令室の前でアスカが途方に暮れていると、目の前からシンジがバタバタと走って来た。

「アスカーー。なんか、手紙が届いてたよぉ。」

ニコリと微笑みかけて手紙を手渡すシンジ。とっても素敵な笑顔だ。

ちょっとちょっとちょっとぉっ!

手紙を受け取りつつ、アスカはじっとシンジの顔を眺めつづける。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「あの・・・手紙。読まないの?」

「あっ、読むわよっ! 別に、アンタの顔なんか見てないわよっ!」

慌てて視線を手紙に移し、ビリビリビリをを破く。

”惣流・アスカ・ラングレー様

  あなたのお父上とお母上が研究されていた理論が、本日学会で取り上げられ・・・
                        :
                        :
                        :
  国の企業がその特許を利用した製品の製作に参入致し・・・
                        :
                        :
                        :
  現在、約2000億円が亡きお父上,お母上の遺産を継がれた、惣流・アスカ・ラン
  グレー様宛に・・・
                        :
                        :
                        :
                                                                              ”

「ぬわんですってーーーーーっ!!!」

「どうしたの?」

「見て見てっ! 2000億円ですってぇぇぇっ!」

「す、すごい。良かったじゃないか。これでドイツに帰れるようになったんだね。」

「むっ! アンタは、アタシにドイツへ帰って欲しいわけぇぇっ!?」

「え? だって、ドイツに帰りたくて、弐号機でって・・・。」

「アンタっ! 今本部がどーなってるか、わかってんのぉっ!」

「うん・・・なんか、なくなっちゃうみたいだね。ははは。」

寂しそうな顔で、苦笑いを浮かべるシンジ。

「はははじゃないわよっ! フっ! このお金があったら、本部の借金くらい返せるって
  もんだわっ!」

「えーーーーーーーーーっ! だって、それはアスカのお金だろぉ?」

「アタシは、あんなとこ帰りたくないのっ! だから、本部がなくなったら困るから、
  出資しよーってのよっ!」

「いいの?」

「アタシはっ! ここが気に入ったのよっ! アンタが気に入ったの・・・あばばば。」

「え? アンタ?」

「なんでもないわよっ! さっ! アンタ司令の息子でしょーがっ! 取次ぎなさいよねっ!」

「うんっ! 父さんも喜ぶよっ!」

アスカは早速シンジと共に司令室へ入っていくと、ネルフ本部のスポンサーになること
を名言し、まずは借金を肩代わりする契約を交わした。

これにより、ゲンドウはアスカの雇われ司令となり、ネルフ本部はアスカという出資者
の下、存続していくことになる。

<スポンサー室>

「わはははははははっ! ソファーはそこに置きなさいっ!」

早速ネルフ本部に新たに作ったスポンサー室・・・事実上アスカの部屋に、次々と家具
類が運び込まれてくる。やはり、自然の中のネルフが気に入ったとはいえ、ある程度の
部屋が欲しいようだ。

ピリリリリリリリリリリ。

なによ。
煩いわねぇ。

テレビ電話を取るアスカ。すると、そこに現れたのは。

「おーーーーーほほほほほほほほほほほほほほ。どうやら、財産を取り返したようです
  わねぇ。」

イライザである。

「ハンっ! たかだか支部のチルドレンのアンタにしては、情報が早いわねぇ。」

「あーら、本部といえばド田舎では御座いませんかしらぁ?」

コイツ・・・知ってたのね。
むぅぅぅぅ。

「この部屋を、見てみないさよっ! どこがド田舎なのよっ!」

カメラを部屋に向けるアスカ。ドイツ支部にいた時よりも遥かに豪華な部屋が広がって
いる。が、ただ1つ。バラの花だけは飾っていない。

「ぬぅぅぅぅぅぅぅ。」

苦虫を噛み潰したような顔になりかけたイライザだったが、あるものを見つけ目ひ輝か
せた。

「その窓から見えるものはなんでございましょう?」

「むっ!?」

アスカが目を向けると、牛を並べて乳搾りをしているレイの姿。

「牛乳。美味しいもの。とっても、美味しいもの・・・。」

何かボソボソ言いながら、乳搾りをしている。

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

慌ててカーテンを閉める。

「これは、大画面のテレビよっ!」

「窓の様に見えましたわよぉ?」

「アンタぁ、目腐ってんじゃないのぉっ!?」

「ドイツ支部になくて、本部にあるものなんて、ま、せいぜい牛くらいのものでござい
  ますわね。おほほほほほほほほ。」

ビーーーーーーン。

テレビ電話のスクリーンがブラックアウトする。

ムカつくわねぇ。
でもねっ! イライザ。
本部にあって、ドイツ支部にないものは牛だけじゃないわよっ!

窓から外を見ると、そこに広がるは大自然。その景色を一望しつつ、視線を本部の木造
の建物の前へ持ってくると花壇が見える。

それからずっと、アスカの青い瞳には、花壇で花の手入れをしているシンジの姿が映し
出されていたのだった。

fin.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp
inserted by FC2 system