<ミサトのマンション>

使徒さんとの戦いは終りました。ゼーレさんとの戦いも終りました。みんなが待ってい
た平和がやってきたのです。

そこでみんなは考えました。ネルフのみんなは考えました。とってもとっても大切なこ
とを。一緒に戦ってきたレイちゃんのことを。

「今日からここがあなたの家よ。」

レイちゃんは今日からミサトさんの家で暮らすことになりました。これからは普通の中
学生らしい女の子として、葛城家の家族として、暮らすことになりました。

「私・・・ここで暮らすのね。」

「そうよん。アスカもシンちゃんも賛成してるわ。」

「そう・・・。」

「これからは、みんなが家族よ。よろしくね。レイ。」

「家族・・・。」

「そうねぇ。あなたの言葉で言うなら、新しい絆ってとこかしら?」

「絆。とてもとても大切なこと・・・。」

「そうね。人との絆は大切にしなくちゃいけないわね。」

そうなのです。エヴァなんかなくても、人と人との絆は生まれるのです。レイちゃんは、
ちょっぴり嬉しくなってきました。

「ただいまぁ。」

「今帰ったわっ。」

学校からシンジくんとアスカさんも帰ってきました。これからは家族という絆で結ばれ
る大切な人達です。

「あら、ファースト・・じゃなかった、レイ。引っ越し終わったの?」

「ええ。荷物ないもの。」

レイちゃんが持って来たのはビーカーだけです。これは水を飲むのに必要です。水を飲
まなければ死んでしまいます。それは大変なことです。だからこれは必要です。

「これからもよろしく。綾波。」

「アタシもねっ!」

2人が手を差し出してきます。レイちゃんは、どうしていいのかわからずモジモジしち
ゃってます。

「握手よ。握手。手貸しなさいよ。」

「握手・・・。」

真似して手を差し出してみると、シンジくんとアスカさんが握ってくれました。とって
も温かくて・・・レイちゃんはまたちょっぴり嬉しくなってきました。

カタコン。

玄関扉に設置されたポストに手紙が一通届けられました。その手紙を手にしたミサトさ
んの顔が嬉しそうにほころんでいます。

「キヨミったら、赤ちゃん生まれたんだぁ。」

友達からの手紙。それは大切な絆なのでしょう。嬉しそうに友達からの手紙を読むミサ
トさんを、レイちゃんはじっと見ています。

手紙。
読んだことのなかったもの。

でも・・・。
大切なものだったのね。
とても・・・とても・・・。

前の家の手紙がいっぱい詰まったポストを思い出すと、読みもしなかった手紙さんにと
ても悪いことをした気がします。

そう。その日からです。

手紙に興味を持ったレイちゃんが、ポストの中で暮らし始めたのは。

その日からだったのです。

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お花畑の中の笑顔
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アスカさんやシンジくんが止めるのも聞かず、レイちゃんはポストの中でずっと座って
いました。

玄関扉の中央に備え付けられたポストの入り口・・・小さい窓を手でキコっと開け外を
見ると、とてもいい天気です。なんだかお手紙がやって来そうな日です。

レイちゃんは、ワクワクしながらポストの中で待っていました。ずっとずっと待ってい
ました。

すると、とうとう待っていた人がやってきました。郵便屋さんです。

ドキドキドキ。
ドキドキドキ。

少し向こうの家から順番に、郵便屋さんは手紙をポストに入れて近寄ってきています。

ドキドキドキ。
ドキドキドキ。

いよいよレイちゃんの番です。郵便屋さんがポストの入り口を開けて手紙を入れようと
しています。

待ちきれなくなったレイちゃんは、そのポストの小さな窓から赤い瞳をきょろりと覗か
せました。

「わーーーーーーーーっ!!!!!!」

なぜか郵便屋さんが腰を抜かしています。どうしたのでしょう? 困った郵便屋さんで
すね。

早く手紙が欲しいレイちゃんは、ポストの小さい窓から白いお手てをひょこひょこ出し
て催促してみました。郵便屋さんは目をまんまるにしてこっちを見たまま動きません。
本当に困った郵便屋さんですね。

「お手紙・・・。欲しいの。」

「あ、は、はい。」

ポストの窓から赤い瞳をきょろきょろ覗かせ、手をひょこひょこ出す出すレイちゃんに、
郵便屋さんは引き攣った顔で手紙を渡してくれました。

ニパッ!

笑みが零れてしまいます。レイちゃんの顔から、笑みが零れてしまいます。

お手紙です。待ちに待ったお手紙です。レイちゃんは、嬉しくて仕方がありません。

それも3通も来ているじゃないですか。

1つ1つ見ていきます。郵便屋さんに貰った手紙を見ていきます。

「・・・・・・。」

ところが、それまでニパっとしていた笑顔が、どんどんしぼんでいきます。いったいど
うしたのでしょう。

今日届いた手紙は、みんなミサトさん当宛ての手紙だったのです。レイちゃんへの手紙
が無ったのです。

レイちゃんはミサトさん宛ての手紙を下駄箱の上に置くと、ポストに戻ってしょんぼり
してその日を過ごしました。

次の日。

シンジくんとアスカさんは学校へ。ミサトさんはネルフへ行きました。レイちゃんは、
ずっとポストの窓から外を眺めています。

そろそろ郵便屋さんが来る頃でしょう。

今日こそはレイちゃん宛ての手紙があるかもしれません。そう思うとワクワクしてきま
す。

郵便屋さんが今日も来ました。手紙をまた入れてくれました。

1つ1つ手紙を見ていきます。

期待を込めて見ていきます。

でも、レイちゃんはがっかりします。

無かったのです。今日もレイちゃん宛ての手紙が無かったのです。

アスカさん宛てのドイツからの手紙はあったのに、レイちゃん宛ての手紙は無かったの
です。

次の日もそうでした。

またその次の日も・・・。

レイちゃんはだんだん寂しくなってきました。

ずっとポストで待っているのに、ぜんぜん手紙が送られてきません。レイちゃん宛ての
手紙が送られてきません。

そんなある日。アスカさんは言いました。

「アンタバカぁぁっ!? 自分から手紙書きゃいいじゃん。返事が返ってくるわよっ。」

レイちゃんはハッ!としました。そうだったのです。まずは自分から出さなくちゃいけ
なかったのです。

どうして手紙が来なかったのか、やっとわかりました。簡単なことだったのです。

レイちゃんは、アスカさんに買って来て貰った葉書と2Bの鉛筆を持つと、ポストの中
で考えます。

なんて書いたらいいの?

初めて書く手紙です。最初の1字がとっても緊張しちゃいます。

うーん・・・。
うーん・・・。

ポストの中でずっと悩み続けたレイちゃんは、あることに気づきました。

自分が貰って1番嬉しい言葉を書けば良かったのです。

やっとわかりました。簡単なことだったのです。

レイちゃんは2Bの鉛筆を握り締め、お手紙を書き始めました。丁寧に丁寧に書き始め
ました。

”お元気ですか?”

書き終わりました。

初めての手紙です。やっとできました。簡単なことだったのです。

「???」

さて困ったことがおきました。手紙は書き終わりました。では、書いた手紙をいったい
どうすればいいのでしょうか?

レイちゃんは、シンジくんに聞いてみました。

「なんだ。ポストに入れたらいいんだよ。」

シンジくんは優しく答えてくれました。

やっとわかりました。簡単なことだったのです。

さっそくレイちゃんは、できあがった手紙を持ってお外へ出ました。この葉書をポスト
へ入れましょう。

ポスト?
ポストはドコ?

玄関を出たレイちゃんは、はたと気付きました。ポストに入れるのはわかりましたが、
それが何処にあるのかわかりません。

わからないことは聞かなければいけないので、また家の中へ入ろうとした時。

ニコ。

笑みが零れます。レイちゃんの顔から笑みが零れます。

ありました。ポストがありました。

家の玄関の扉についているじゃないですか。

やっとわかりました。簡単なことだったのです。

初めて書いた手紙。名残を惜しみながら、その手紙をポストに入れました。これで、レ
イちゃん宛ての手紙が届くはずです。

嬉しくなったレイちゃんは、扉を開けて家に入ります。

ワクワクしながら、またまたポストに入っていきます。

するとっ!

「!!!!」

びっくりです。いつの間にか手紙が届いているではないですか!

レイちゃんはドキドキしてその手紙を見てみます・・・すると・・・。

”お元気ですか?”

自分が言われて1番嬉しい言葉が書いてあるじゃないですか。

やっと届いたのです。

とうとう届いたのです。

レイちゃんに手紙が届いたのです!

やっと届いた手紙を見ながら、レイちゃんはポストの中で言いました。

ニコリ。

笑顔で手紙さんに向かって言いました。

「ええ。とっても元気よ。」

その日の夕方。嬉しくなったレイちゃんは、シンジくんとアスカさんに手紙を見せまし
た。

そしてシンジくんとアスカさんに、手紙が届いて嬉しい気持ちを伝えました。

「あ、綾波・・・。何処のポストに手紙出したの?」

冷汗を掻きながら、シンジくんがレイちゃんのことを見ています。

「レイ・・・アンタ・・・。」

なぜかアスカさんがジト目でこっちを見ています。いったいどうしたというのでしょう。

よくわかりません。

とにかく初めての手紙です。とっても嬉しいレイちゃんは、その日その手紙をだっこし
て、ポストの中でおねんねしました。

次の日です。

また手紙を出しましょう。

レイちゃんは今日も葉書を買って来て貰おうと、シンジくんとアスカさんが学校から帰
って来るのをポストの中で待っていました。

2人はいつも一緒にいます。学校からいつも一緒に帰って来ます。アスカさんは義務で
一緒にいるだけだと言っていますが、使徒を全部やっつけちゃったのに、いつまで義務
は続くのでしょう?

レイちゃんにはよくわかりません。

いよいよ2人が帰って来ました。

レイちゃんは葉書を買って来て欲しいと、アスカさんにお願いしました。

でも、いったいどうしたというのでしょう。昨日はあんなに快く買ってきてくれたアス
カさんだったのに・・・。

なぜか今日は断られてしまいました。

シンジくんに助けを求めますが、困った顔をするだけでアスカさんを説得してくれませ
ん。

せっかく昨日手紙が届いたのに・・・。

葉書を買って来て貰わないと手紙を出せません。手紙を出さないと手紙は来ません。
レイちゃん宛ての手紙は来ません。

レイちゃんは悲しくなりました。

とてもとても悲しくなりました。

涙をぽろりと流して、レイちゃんはポストへ戻ります。

手紙の来ないポストに戻ります。

次の日も、アスカさんは葉書を買ってはくれませんでした。

どんなにアスカさんにお願いしても、どんなにシンジくんにお願いしても、葉書を買っ
てはくれませんでした。

そして、また手紙の来ない日は過ぎて行きました。

手紙を出さないと手紙は来ません。

でも、レイちゃんは手紙を出せません。

いくらポストで待っていても、もう手紙は来ません。いつまで待っても手紙は来ません。

レイちゃんは、もうポストの窓から郵便屋さんが来るお外を見るのをやめました。

だって、レイちゃん宛ての手紙を持って来てはくれないのですから。

それでも、郵便屋さんはやってきます。

今日もポストに手紙を入れにやってきます。

カタコン。

レイちゃんの住むポストに手紙が入りました。

2つの手紙が入りました。

どうせレイちゃん宛てではありません。そんな手紙は下駄箱の上に置いておきましょう。
と、レイちゃんが手紙を手にすると。

”綾波レイ様へ    碇シンジより”
”綾波レイ様へ    惣流・アスカ・ラングレーより”

2つの手紙はレイちゃん宛てではないですか。

大事な大事な2人の家族からの手紙ではないですか。

レイちゃんは嬉しくなって赤い瞳に涙を浮かべながら、その手紙を大事に大事に読みます。

”綾波へ

  元気ですか?
  ポストの中にずっといると、風邪をひいちゃうから、うちの中で寝て欲しいです。
  うちの中はあったかいよ。

                                                                    碇シンジ”
”レイへ

  アンタ、いい加減ポストから出てきなさいよっ!
  みんながどれだけ心配してるかわかってんのっ!
  いいことっ!? わかったわねっ!
                                                    惣流・アスカ・ラングレー”

レイちゃんはその2つの手紙を大事に大事に胸に抱き締めました。

嬉しくて仕方がありません。嬉しくて、嬉しくて・・・。

そうしているうちにレイちゃんはポストの中で眠ってしまいました。

大切な手紙を抱いて眠ってしまいました。

次の日。

郵便屋さんがやってきました。

たくさんの手紙を持ってやってきました。

そのたくさんの手紙がポストに入れられます。レイちゃんのポストに入れられます。

レイちゃんはびっくりしました。

たくさんの手紙を見て、びっくりしました。

その手紙はみんなレイちゃん宛ての手紙じゃないですか!

ミサトさん。リツコさん。碇司令。冬月副司令。加持さん。

マヤさん。青葉さん。日向さん。

トウジくん。ヒカリさん。ケンスケくん。カヲルくん。マナさん。マユミさん。

みんながレイちゃんに手紙を出してくれました。みんなレイちゃん宛ての手紙です。

その手紙の1つ1つに、みんなの想いが、レイちゃんへの想いが溢れています。

レイちゃんは、嬉しくて涙を流しました。ポストいっぱいに広がる手紙のお花畑。

レイちゃんは、そのお花畑の中で涙を流しました。嬉しくて嬉しくて泣きました。

とてもとても大切な手紙です。

みんなみんな、とてもとても大切な人からの、大切な手紙です。

レイちゃんは思いました。

狭いポストの中にいては、とても大切な手紙が折れてしまいます。

それはとても駄目なことです。

もうポストにはいられません。

レイちゃんは、みんなの手紙を胸に抱きました。

胸に抱いてポストから出て行きます。

すると。

そこにはありました。

「綾波。おいでよ。」

シンジくんの笑顔がありました。

「やっと出て来たわね。」

アスカさんの笑顔がありました。

そしてそこにはありました。

お花畑のお花を胸一杯に抱くように、大切なお手紙を胸一杯に抱いたレイちゃんの・・・。

花のようにパっと咲いた笑顔がありました。

fin.
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