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王様旅行 後編
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<温泉街>

「やっほー。温泉だよー。」

長い間電車に揺られ、ようやく辿り着いた温泉街。早速マナはカメラ片手に、街の様子
を撮影開始。

「みんなぁ、早く早くぅ。」

「どうして急ぐの?」

「だって先歩かなきゃ、撮れないもん。」

1人先々走りはしゃぐマナの後から、レイを先頭に緩やかな傾斜を上る面々。その最後
尾・・・しかも遥か後ろに離されてしまっているのは、最下位1割未満のカヲル。

み、みかん箱。
好意に値しないよ。
・・・・・・お、重い。

「渚くーんっ! 早く来ないと、おいてきぼりになっちゃうよぉっ!」

だから。
重いんだよ・・・。

「まぁいいわ。さっ、行きましょ。」

いい・・・のかい。
僕のことは・・・。

とうとうみんなの姿が見えなくなってしまった。カヲルはその場に腰を下ろすと、みか
ん箱を地面に置く。

「ふぅ。やっと休憩さ。」

鬼の居ぬ間のなんとやら。カヲルはみかん箱の上におしりを乗せ、今迄の辛そうな顔は
どこへやら。鼻歌をフンフンと歌い出すのだった。

その頃、みかん箱を持たせたレイは。

「喉渇いたわ。」

「そうなんだ。ぼくもさっきから。」

「おやおやぁっ!? 王様2人、喉が渇いたと言ってますっ! さぁ、どうなるぅっ!?」

まったくもって余計なことをほざきながら、カメラをアスカに向けるマナ。それに伴い
レイとシンジの視線も集まってくる。

「こっち見ないでよっ!」

「さぁっ! いよいよ小間使い弐号機の出番ですぅぅっ!」

「マナっ!!!」

ジト目でマナを睨むアスカ。そこにシンジが近づいてきた。

「ぼくは王様なんだから、アスカも半分ジュース持ってよねっ。」

「はぁっ?」

いきなりシンジが何を言い出したのかわからず、首を傾げるアスカ。

「じゃ、アスカとジュース買いに行ってくるよ。」

「行ってくる? 碇君は王様。」

「だから、1人で買い物行かなくていいんだ。王様はいいね。」

「・・・・・・碇君。」
「いつもパシリなのね。」

それまでのドタバタコメディーストーリーの雰囲気から、一気にシリアスストーリー調
の顔でシンジを哀れむレイとマナ。

「小間使い。弐号機パイロット1人が行けばいいわ。」

「ぼくは?」

「碇君は王様。ここで待ってたらいいの。」

「そうだっ! ぼくは王様なんだっ!」

「さ、アスカ。行ってきて。」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ! 自動販売機って、ロープウェイのとこまで戻らな
  くちゃいけないでしょっ!」

「あなた、小間使いでしょ。」

「ぐぐぐぐぐ。」

「みなさんっ! 見て下さいっ! アスカが悔しそうな顔で、拳を握り締めていますっ!」

ケラケラ笑いながら、撮影するマナ。日頃我が物顔で踏ん反り返っているアスカが、し
てやられてるのが余程嬉しい様だ。

「わかったわよ。行ってくりゃいいんでしょっ! はいっ! お金っ!」

「あなたは、小間使い・・・。」

「なっ! ま、まさかっ! アンタっ!」

目を剥いてレイを睨みつけるアスカ。しかしレイはそんなことには動じない。いつもの
クールビューティーは崩さず、さらりと一言。

「これは命令。」

「うがーーーーーーーーーっ!!!」

キれそうになるアスカ。そこに救いの手を差し伸べたのは、やはりシンジであった。

「はい。お金。綾波の分もあるから。」

「碇君。お金は小間使いが払えばいいわ。」

「いいんだ。みんなのジュース代持ってきたから。ね。」

「そう・・・。」

シンジがマナとアスカの分も・・・そして一応カヲルの分も含めお金を渡したので、際
どいところで小間使い弐号機の暴走は食い止められた。

「わかったわよっ! 行きゃいいんでしょっ! 行きゃっ!」

それでも不機嫌極まりない様子で、シンジからお金をふんだくると元来た道を、走って
引き返して行く。

ムカつくわねぇ!
こりゃ、なんとかしなくちゃ。
だいたいファーストの為になんでっ!

ロープウェイを降りた所で見た自動販売機に向かう途中、いがぐりが心の中で暴れてい
るかのようなイライラ感を募らせるアスカ。

このアタシがパシリぃっ!?
ざけんじゃないわよっ!
っていっても、アンケートを言い出したのアタシだし。
どうしたものか・・・。

さすがに、自分が小間使いになったからアンケートのことは無かったことに、なんて情
けないことはプライドが許さない。

ファーストが問題よっ!
マナまで調子に乗ってるしっ。
これは、シンジ専属になった方が・・・。
いっつもなら恥かしいけど、今ならシンジの為に女の子らしいとこ見せれそうだし。
うんうん!

「ん?」

なんとか打開策を企てながら歩いていたアスカが道を曲がると、怪しい鼻歌がフンフン
ルルルと聞こえてきた。

「ルルルー。」

みかん箱の上に座り鼻歌を格好良く歌っているカヲル。はっきり言ってみかん箱の上で
は様になってないが、そんなことはどうでもいい。

「くぉのっ! バカ渚っ! こんなとこで何してんのよっ!」

「ん? やぁ、小間使いの惣流さんじゃないかい?」

「やかましっ! アンタっ! 鼻歌歌ってる暇があったら、ジュース買って来なさいよね
  っ!」

「どうしてだい?」

「シンジ達がジュース飲みたいって言ってんのよっ!」

「それは、惣流さんが頼まれたことじゃないのかい?」

「だから、アタシはアンタに買って来いって言ってんのよっ!」

「君は王様じゃないだろ?」

「やかましぃっ! この1割未満キャラっ! とやかく言える立場じゃないでしょーがっ!」

「ま、またそれを言うのかい? 僕は悲しいよ。」

「最下位に悲しむ権利なんかないのよっ! さっさと行って来なさいっ!」

「わ、わかったよ。じゃ、みかん箱を頼んでいいかい?」

「これも、アンタが持ってくのよっ! わかったぁぁぁぁっ!!?」

「げっ!」

「とーぜん。アンタのおごりねっ!」

「げげっ!」

「さっさと行く!!」

無理やりアスカに蹴り出されたカヲルは、涙を流しながらみかん箱を背負いジュースを
買いに元来た道を戻って行く。もちろん、シンジから受け取ったジュース代はアスカの
お小遣いになったのだった。

<温泉旅館>

そんなこんなで、なんとか無事に旅館に到着する一行。相変わらずカヲルは、みかん箱
を持たされているが、アスカにはやや変化が見えていた。

「シンジぃ。はーい、靴脱いでねぇ。」

「え、あ、うん。」

「じゃ、アタシのと一緒に下駄箱へ入れましょ。」

「そう? ありがと。」

「いいのいいの。シンジは王様だもんねぇ。」

丁度ジュースを買って来た頃からだろうか、妙にアスカが優しいのだ。実はカヲルに買
いに行かせてしまったなんてのは、内緒の秘密。

「みなさんっ! 見て下さいっ! あの傲慢なアスカが、こんなことをっ!」

「わけのわかんない解説入れて、ビデオ撮んないでよっ!」

ビデオカメラのレンズを向けてくるマナに対し、目を吊り上げる。シンジに向けていた
顔とは大違いだ。

「ついでに、わたしの靴も直してよぉ。」

「ざけんじゃないわよっ! アンタはただの実況中継でしょうがっ!」

「えーーっ? 駄目なのぉ?」

「ったりまえでしょ!」

「じゃぁ、綾波さんのは?」

「アタシは4位だから、1位のシンジのお世話をするのよっ! ファーストには渚がい
  るでしょ。」

「そうなんだ・・・。」

ポンポンポンと当然のごとく言い放ち、靴を直したアスカが旅館の中へ入っていった後、
マナはふと考える。

あれ?
1位と4位がペアなんて決まりあったかしら?

客室へ入ったシンジ達一行は、食事迄まだ時間があるので、旅の疲れを早速癒そうとい
うことから、皆そそくさと入浴の準備を始める。

「やっと、このみかん箱が下ろせるよ。」

ドサッ。

「僕はこの時を楽しみにしていたのさ。君もそうは思わないかい? シンジ君?」

全身ガタガタとは今の様なことを言うのだろう。カヲルはようやくみかん箱から開放さ
れ、早くもタオルを手にして立ち上がる。

「カヲルくん、温泉好きだね。」

「当然さ。それに、シンジ君と一緒に入るのはまた格別だね。」

ここは男子部屋。今迄カヲルをコキ使ってきた、こわーいレイの姿はない。ようやく羽
を伸ばせるというものだ。

一方、女子部屋では。

「お茶。飲みたいわ。」

しれっとアスカの方に向いて、入れろと言わんばかりに言い放つレイ。

「ぬっ!!」

「あなたは小間使い。」

「むむむ・・・。わ、わかったわよっ!」

やっと部屋に入り腰を下ろそうとした途端これだ。アスカは額に青筋を浮かべながら。
レイにお茶を注ぐ。その様子の一部始終を録画するマナ。

「早速、綾波さんの攻撃ですっ! さぁ、アスカどうするかぁ?」

「ほら、入れたわよっ! さっさと飲みなさいよっ!」

ドンっ!

雑にテーブルに湯飲みを置くアスカ。だがレイは気にする様子もなく、観光案内を見な
がらお茶をすすり、一言。

「熱いわ。ぬるくして。」

「ぬ、ぬわんですってーーーっ!!!」

「あなたは、小間使い。」

ムカムカムカムカムカ!

「おっとっ! これは手厳しいっ! アスカ、顔が真っ赤ですっ! おサルさんみたーいっ!」

「やかましいっ!」

先程から鬱陶しい解説ばかり入れながらカメラを回すマナを、八つ当たりとばかり突き
飛ばす。

「わかったわよっ!」

怒り心頭のアスカであったが、アンケートで負けたものは仕方がない。レイが口を付け
た湯飲みを手にし、怒りのあまり顔を真っ赤にしながらも、フーフーをお茶を冷ます。

「どうぞっ! 冷めたわよっ!」

「そう。」

口をつけるレイ。まだ観光案内から視線は逸らさず、さらに一言。

「ぬるいわ。入れ直して。」

ドカーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!

頭から大噴火。まさにそんな比喩がばっちり当てはまるような顔で、目を吊り上げワナ
ワナとレイを睨みつける。

「見て下さいっ! 般若がここにっ!」

「じゃかましいっ!! ビデオ撮るなっ!!」

ズバンっ!

「きゃっ! いっ、いったーーーっ!」

またしても余計なことを言っているマナを突き飛ばし、今入れたお茶を捨て新しいお茶
に入れ替える。

こ、この女ぁぁっ!!!

お湯を注いでいる間、怒りに満ちた目をチラチラレイに向ける睨み付ける。

「あっ! あちっ!」

怒りのあまり意識をレイに向け過ぎてしまった。湯飲みから熱湯が毀れ、アスカの手に
掛かる。

ガシャンっ!

あまりの熱さに手を振り払ったと時、その指が湯飲みに当たってしまいお湯がテーブル
にバシャリと毀れてしまった。

「後片付け。しといて。」

そんなこと我関せずとばかり、観光案内を手に立ち上がるレイ。手は熱いし、毀れたお
茶の後片付けをさせられるし、踏んだり蹴ったりのアスカは、その後拳の跡がつくまで
畳をドカドカと殴り続けていた。

「あははははっ! 見て下さいっ! このアスカの悔しそうな顔っ!」

「じゃかーーーしっ!!!!!」

どかーーーんっ!

やめておけばいいものを、実況中継者の使命感からか、カメラを向けてしまったマナ。
不幸にもアスカの怒りを一身に浴びることとなり、窓際まで蹴り飛ばされて行く。

さて、レイは。観光案内を手に廊下に出ると、そこにはまさに今から温泉に入りに行こ
うとするシンジとカヲルの姿があった。

「あなた、何をしているの?」

「温泉に入りに行くところさ。温泉はいいねぇ。」

「これが飲んでみたいわ。」

「なんだい?」

「美味しい水。おいしいもの。」

「それで・・・。」

「クスクス。」

レイが微笑んでカヲルのことを見詰めている。微笑んではいるが、愛の告白などという
嬉しい予感は微塵も感じない。ただ感じるのは。

恐怖。
恐怖。
恐怖。

「これ、汲んで来て。」

がーーーーーーーーーん!

「や、山の上じゃないのかい?」

恐怖。
恐怖。
恐怖。

「あなたは小間使い。」

「や、やっとみかん箱を下ろしたんだよ?」

「そう。今度はこっち。」

レイが差し出したのは、大きなビニール袋だった。

「まさか、これに水を?」

「そう。美味しい水。」

がーーーーーーーーーん!

「夕食迄に持って来て。」

「・・・・・・シ、シンジくん。どうやら僕は一緒に温泉には行けそうにないよ。」

哀れな目でカヲルを見送るシンジは、つくづくレイの小間使いにならなくて良かったと
思うのだった。

いよいよ某温泉好き少年を除き、皆が温泉に入りに行く。男湯と女湯は隣合っており、
女子一向は勿論女湯へ。

「あら? シンジ1人?」

アスカが女湯の暖簾を潜ろうとした時、同じ様にタオルを持ちやって来たシンジの姿を
見つけた。

「うん。カヲルくんは、綾波の用事で美味しい水を汲みに行ったから。」

「げっ!」

瞬時に顔が引き攣るアスカ。下手をするとそれを自分がすることになっていたかもしれ
ないのだ。レイからは出来る限り遠ざかるに、越したことは無さそうだ。

「そ、そう。じゃ、じゃぁさっ! お風呂から上がったら、アタシがマッサージしてあ
  げるわねっ! シンジの部屋行ってもいい?」

「えっ!?アスカがぁ?」

「あったりまえじゃん。シンジは王様なんだからぁ。」

「うぅぅぅぅ、王様っていいなぁ。」

感極まった様子で、シンジは男湯へと消えて行く。アスカとしても見事に王様の逆指名
に成功し、ほっと一安心。

ったく。
ファーストに何かするくらいなら、シンジの点数稼ぎした方が100倍マシってもんだわ。

『喉が乾いたわ。美味しい水持って来て。』

なーんて風呂上りにでも言いわれたら、たまったもんじゃないもんねぇ。
よーし。
シンジがから徹底的に離れない様にしなくっちゃ!

などなどこれからの作戦を立てながら脱衣所で服を脱いでいると、横で何やら怪しい気
配を感じた。

「みなさんっ! 女湯から中継でーすっ! これが、アスカと綾波さんの服を脱ぐ姿でー
  す。じゃーーーんっ!」

マナがビデオを回しているではないか。実況中継もいいが、せめて女の子であることは
捨てないで欲しい。

「こんなとこ迄映すなーーーーっ!!!」

ドゲシっ!!!!

「あなた用済み。」

ドゲシっ!!!!ドゲシっ!!!!

この時ばかりは、アスカとレイのユニゾンが呼吸ぴったりで見事に決まり、マナは下着
姿のまま床に転がる。

「う〜〜〜〜ん。」

どうやら目を回しているようだ。

「テープは没収よっ!」

勿体無きかな、脱衣シーンがしっかりと映されたビデオテープは、アスカに没収され永
遠に封印される運命となった。

チャポン。

女子組が3人肩を並べて湯に肌を浸す。いつの間にか、マナも復活している様だ。

「さぁ、綾波さんっ! お湯加減はいかがでしょうっ?」

「いい香りがするわ。」

実況中継役の鏡である。ビデオカメラを取られたマナは、映像の映らないテープレコー
ダーとマイクで実況中継を慣行。

「体を洗うわ。」

「ふーん。」

レイがアスカに向かって喋りかけて来る。そりゃぁ、温泉に来たのだから体くらい洗う
だろう。アスカはあまり気にせず軽く受け流す。

「体を洗うわ。」

「ふーん。」

「体を洗うわ。」

「もう、わかったわよっ。」

「あなたは小間使い。」

「なによっ! アタシに洗えってーのっ!?」

「あなたが洗うのは、椅子。」

「はっ!?」

「あの椅子、洗って暖めておいて。」

レイが指差したのは、どうやら自分が座ろうとしている洗い場の椅子だった。

「ぬ、ぬわんですってーーーっ!」

「急いで。のぼせるわ。」

ムカムカムカっ!

「あーーっ! そうでございますですかっ! わかりましたことですわよっ!」

はらわたが煮えくり返りそうになりながらも、女湯とはいえ一応前だけタオルで軽く隠
し、指刺された椅子へと洗い場を歩いて行く。

ぬわんでアタシがっ!
くぉんなもんっ!
洗わなくちゃっ!
いけないのよっ!

椅子をシャワーのお湯で流しながら、その場に座り込んで手で洗う。まだよく湯の中で
温まっていなかったので、背中からお尻にかけてひえーっとしてくる。

ブルブル。
寒いわねぇ。
もっ! こんなもんでいいわっ!

適当に椅子を洗い、体裁だけは整えた。ひとまずこれでいいだろう。

「さっ! 洗ったわよっ! さっさと使いなさいよっ!」

そう言ったまさにその時。ガラリと入り口の扉が開き別の女性客が入って来た。少し年
上だろうか、18歳前後の女性であるがアスカより胸は皆小振りだ。

フッ。

なにやら余裕の笑みを見せている誰かさん。

「わぁ、ひろーいっ。」
「さっそく体洗おうよ。」
「汗掻いちゃったもんねぇ。」

くだらない優越感に浸ったのが悪かったのだろうか。その女性達は、まさに今アスカが
洗い終わった椅子に腰賭け小振りな胸から体を洗い始めたのだ。

「あっ!」

「あの椅子に変えるわ。」

即座に次の空いている椅子を指差すレイ。当然、洗い直せと命令していることに疑う余
地は、納豆についた一味唐辛子の1粒程も無い。

ムカムカムカムカ!!!!

また洗わなければいけない。背中とお尻は寒い。頭は怒りのあまり噴火寸前。熱い。熱
い。熱い。けど、お尻は寒い。

「わかったわよっ!」

アスカはワナワナと手を震わせながら、再びレイの指刺した椅子を洗いに行くのだった。

<近くの山>

その頃、カヲルは。

やっと、美味しい水汲み終わったね。
それにしても・・・重い。

レイが手渡したビニールはかなり大きい。それをほぼみかん箱と同じ大きさのダンボー
ルに入れ背負って帰る。

ガサガサガサ。

そのとき、何かが藪の中で動いている音がした。かなり大きな体で、ずんぐりとしてい
る生き物だ。

おや?
熊かい?

のしのしと歩く熊。その進行方向には、また別の人物がいた。その人こそ、手にしたカ
メラのレンズと眼鏡を怪しく光らせ、女湯を目ざすケンスケ。獲物は目前。

「フフフフフフフフ。売れるっ! 売れるぞーーーっ!」

勝利を確信しケンスケが高笑いを上げた、その時。

ガサ。

背後で物音が。何事かと振り返ったケンスケの目の前には、2本足で直立した巨大な熊。

ドゲシっ!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

悲鳴と共に、今上って来た崖を転がり落ちるケンスケと高級ビデオカメラ。ゴロゴロと
岩に当たり、ケンスケもビデオカメラも傷だらけになって落ちて行ってしまった。

<温泉旅館>

温泉を出たアスカは天敵レイに掴まる前に、そそくさとシンジの部屋へと忍び込む。レ
イのお使いでカヲルがいないのは好都合。

「ほらぁ、マッサージしてあげるから、横なんなさいよ。」

「うん・・・。」

「よいしょっと。」

うつ伏せに寝転んだシンジのお尻の上に馬乗りになり、両手を腰にあてがって背中を揉
み始める。

「アンタ、腰ほっそいわねぇ。女の子みたいよ?」

「そ、そうかな?」

「ウェストいくつよ。」

「さぁ。計ったことないや。」

しばらく自分のお腹とシンジのお腹を交互に掴んでウェスト回りを比べていたアスカだ
ったが、なにやら納得した様でマッサージを本格的に開始する。

「よいしょ。よいしょ。」

指圧の心はなんとやら。シンジの上でもぞもぞと動きながら、親指に力を込めてツボを
押す。

「どう? 気持ちいい?」

「うん。」

「どの辺?」

背中に当たるアスカのお尻。とは口が裂けても言えないので、適当に返事をしておく。
それでも、先程から背中で動いているやわらかいものが気になって仕方ない。

「今度は肩がいいかな?」

「はいはい。肩ね。」

少し上へせり上がり、肩のマッサージを始める。シンジが寝ているので少しやり辛い。

「ちょっと起きてよ? 座ってくんないとやり辛いじゃない。」

「やだよ。寝たままの方が楽だし。」

「むっ!」

人が下手に出てたら、だんだんずぅずぅしくなってきたわねっ!

と、ちょっと不機嫌になってきているアスカの思惑など露知らず、シンジはシンジで全
然違うことを考えていた。

座ったら、お尻が背中に当たらないじゃないか。

どうやら、マッサージよりもそっちがメインの様だ。そんなこんなでマッサージも一通
り終わったが、夕食迄にはまだ時間がある。

今、戻ったらファーストに何言われるかわかったもんじゃないわね。
なんか、シンジして欲しいことないかしら?

実は、内心たまにはシンジの喜ぶことをしてあげたいと思うこともあるものの、とても
そんなことを自分から言い出せないのがアスカがアスカ様たる所以。でも今なら。

アスカ何してんだろう?

ちょこんと横に座ったままじっと動かないアスカを、不思議そうな顔で見る。しばらく
考えたシンジは、あることに思い至った。

そうだっ!
ぼくは王様だから、何かして欲しいこと言わなくちゃいけないんだ。

「アスカ、耳掃除してよ。」

「ええ。いいわよ。」

ジーーーーーーーーン。

二つ返事である。シンジの言うことを二つ返事であのアスカがきいたのである。これ程
の感動を今迄味わったことがあったであろうか? いやない。

「ほら、来なさいよ。」

「う、うん。」

「ふーーー。」

正座を崩した形、俗に言う女の子座りをしたアスカの膝に頭を乗せ横になると、生温か
い息が耳を吹き掛けられ、旅館の部屋にあった綿棒がやさしく耳に当たる。

いい香りがする・・・。

ついさっき温泉から上がったばかりのアスカ。その火照った体から蒸気する空気に含ま
れる香りが、シンジの嗅覚を刺激する。

アスカって柔らかいや。

浴衣に身を包んではいるものの、少し崩して座った脚が裾からはみ出ていて、丁度掃除
して貰っている反対側の耳にその素肌が密着。

「痛くない?」

「ううん。気持ちいいよ。」

太股に当たる反対側の耳が気持ちいい・・・とはとてもではないが口が裂けても言って
はならない。

王様に選ばれて良かったぁ。
他になんかして貰うことないかな。
えーと。えーと。

「ふーーー。はい、終わったわ。反対ね。」

「うん。」

ごろりと反対を向く。丁度おへそのあるあたりに顔がくる。とてもいい香りがして、夢
見心地とはこういうことを言うのかもしれない。

「ねぇ、痒い所ない?」

「もうちょっと、痒いかな。」

「そう? ふーふー。」

あー、気持ちいいなぁ。
ずっとこのままがいいなぁ。

「はい。綺麗になったわよ?」

「うーん、まだ痒いんだけど?」

「そ、そう? わかったわ。」

もうすぐ終わっちゃうのかなぁ。
やだなぁ。

「もういいかしら?」

「まだ。」

「まだーーーぁぁっ!?」

「うん。」

だんだんとアスカが不機嫌になってきているのだが、調子乗りモードに入ってしまった
シンジには、それがわからなくなってしまっていた。

「はい。おしまい。」

とうとうアスカは、シンジに何も聞かず一方的に耳掃除を打ち切ってしまった。急にア
スカが離れてしまったので、大慌てで次に頼むことを考えなければならない。

「つ、つぎは。・・・次は爪切ってよ。」

「つ、つめぇっ?」

コ、コイツ・・・。
いい気になりすぎよっ!
甘やかし過ぎたわっ!

たまにはシンジに優しくしてあげたいという気持ちと、レイの言うことをきくくらいな
らシンジの方がいいという気持ちから、いま迄尽くしてきたアスカだったが、だんだん
とイライラを募らせ始める。

「だって、ぼく王様だろ?」

「ムムムっ!!!」

シンジっ!
覚えてらっしゃいっ!

普段のシンジならこの時点でアスカの微妙な眉の吊り上りを敏感に察知していただろう。
しかし極楽王様モード真っ只中のシンジには、既にその感性は失われていた。

「はい。こっちからね。」

腰を畳の上に落ち着かせると、右足をドンとアスカの座っている両足の太股の間に乗せ
る。どうやら、脚の爪を切れといういことらしい。

「ムムムムムムっ!!!!!!」

まさに長い髪が逆立ちそうなアスカ。だが、今は小間使いの身。それにレイの仕打ちに
比べれば可愛いものなので、ここは耐えることにする。

帰ったら、教育のし直しよっ!
覚悟なさいっ!

プチン。
プチン。
プチン。

足を手に取り片手で持ち上げ、もう片方の手で指1つ1つ丁寧に爪を切っていく。しか
しシンジは、なにやら少し不満そう。

あーぁ、持ち上げちゃ駄目じゃないか。
あのままが気持ちよかったのに。

どうやら、アスカの太股の上に足を置いておきたいらしい。どんどん調子に乗ってきて
いるのは間違いなさそうだ。

そうだっ。
いいこと思いついた。

「はい。こっち終わったわよ。」

「駄目じゃないか。ちゃんと鑢で綺麗にしなくちゃ。」

「ぬわっ!」

思わず大きな声を出しそうになったが、なんとか耐え抜いたアスカは、シンジの足を再
び太股の上に乗せ1本1本鑢を掛け綺麗にしていく。いたでりつくせりである。

帰ったら、みっちり再教育よっ!
教育よっ!
教育よっ!
調教よっ!
調教よっ!

なんだか、途中から思考が変わっていっているような気もするが、それはともかく両足
の指全てを綺麗に切り終わった頃、食事の用意ができたとの放送が流れた。

「えっ、もうそんな時間なの?」

「ご飯みたいだね。行こうか。」

「そ、そうね。」

まずいわっ!
広間なんかに行ったら、またファーストが・・・。
しゃーない。
もうしばらく、シンジにはいい想いをさせてあげようじゃないのっ!
そのかわり、帰ったらっ!

今のアスカにとって、レイは最大の敵である。シンジは再教育を施せば良いが、レイの
場合は命令に従うなど感情もプライドも許さない。

「ねぇ、シンジは王様よねぇ。」

「ん? そうだけど。なに?」

部屋を出て廊下を歩き出すと、猫撫で声を出しながらアスカが腕に抱き付いて来た。浴
衣姿ということもあり、どうやらTシャツを着ているだけでブラジャーはしていない様
だ。その感触がもろに腕に伝わってくる。

や、やわらかい・・・。

「アタシが、食べさせてあげましょうかぁ?」

「え? 食べ・・え?」

「だから、アタシが食べさせてあげるのぉ。」

「みんなの前でっ? そんなの恥ずかしいよ。」

調子乗りモードに入っていても人目はやはり気になるようで、さすがに躊躇うシンジ。
だが、ここで突き放されて困るのはアスカである。

「シンジは王様なんだから、それくらい当然じゃない。」

「王様? そ、そうだけど。」

「そうよ。王様なのよっ! シンジはなーんたってアンケート1位なのよっ! この旅行
  はなんでもオッケーよぉぉっ!」

「ぼくは1位だーーっ! そうだねっ。食べさせて貰おうかな。」

「うんっ! まかせてっ!」

それにしてもアスカさん? これだけ自分の都合でシンジをのぼせ上がらせておいて、
再教育とは酷いんじゃないでしょうか?

やかましっ!

うっ・・・話を更に進めましょう。シンジ達一行は、途中でレイ,マナと合流し食事が
並べられている大広間へとやってきた。

「やぁ、遅かったね。」

するとそこにはいつ戻ったのかカヲルが既に箸を割り、お膳に並べられた夕食に舌鼓を
打っていた。汲んできた美味しい水はみんなのコップに注がれている。

「どうしてあなたが最初に食べるの?」

「やぁ、美味しい水を汲んできたからね。疲れたから栄養補給さ。」

「どうしてあなたが最初に食べるの?」

ムッとした顔でカヲルに近づくレイ。王様として選ばれた自分より、カヲルが先に箸を
つけたのが気に入らない様だ。

「綾波さんがこわーーーいっ! 渚くんの運命やいかにっ!!」

マナの実況中継魂はまだ健在であった。ビデオカメラをレイとカヲルに交互に向けると、
かたやこわーい赤い瞳。かたや怯えている赤い瞳。

「あなたは何を食べたの?」

「蟹スキさ。人類の生み出した文化の極みだね。」

「蟹は人類が生み出したものではないわ。」

「・・・・そうだったね。」

「渚君。」

「な、なんだい。」

ズズズイとカヲルに迫るレイ。かなり怖い。

「ぼたん鍋が食べたいわ。」

「ボ、ボタン? まさか、猪かい?」

「そう。猪。」

「・・・・・・。」

この旅館の周りは山、山、山。いやーーーな予感がしたカヲルは、冷や汗をたらたら流
しながらレイを恐々見返す。

「ぼたん鍋が食べたいわ。」

「そ、そうかい。」

「猪捕まえて来て。」

「げっ! で、でももう夜じゃないのかい?」

「これは命令。」

「しくしくしく。」

ようやく旅館に帰って来ることができ、疲れを癒そうとした途端これである。カヲルは
滝の様な涙を流しながら、今度は猪狩に出掛けて行くことになったのだった。

ファースト・・・。
やはり危険だわっ。
近寄っては身の破滅よっ!

その様子を見ていたアスカは、明日は我が身とばかりレイに対する危機感をより一層強
める。

「ほらほら、シンジぃ。ここ、ここ。ここ座って座って。」

自分の隣に座布団を2枚敷き、パタパタとシンジを手招きする。

「お鍋ができる迄、これ食べましょ。」

「そうだね。」

まぐろのお刺身を手にすると、少し醤油をつけそれが垂れない様に左手を沿えながら、
シンジの口に運ぶ。

「はい。あーん。」

「あーん。」

「な、なにが起こったのでしょうかっ! アスカが完全に下僕化してまーーすっ! そ、
  そんなの、そんなの、イヤーーーっ! シンジぃぃぃぃっ!」

実況中継係りのマナ。現時点にて職務放棄。負けてなるものかと、シンジの逆サイドに
滑り込んで行く。

「アスカっ! なんなのよぉぉっ! この雰囲気はぁぁぁっ!」

「あらぁ、アタシはシンジの小間使いだもん。当然でしょっ。」

「いやぁぁ、この旅行はアスカを苛めてみんなで笑おうってコンセプトのはずでしょーっ!
  なによこの雰囲気ぃぃっ!」

「誰がそんなコンセプト決めたのよっ!」

「シンジぃぃぃ。わたしのも食べてぇぇ。」

「え? だって、マナは小間使いじゃないじゃないか。」

「いいのいいの。だって、シンジは王様だもん。」

「そっか、ぼくが王様だからかぁ。」

もうわけがわからない。わかっているのは、シンジが完全にのぼせ上がっていることだ
けである。

「弐号機パイロット。碇君から離れて。」

「あらぁ? どうしてぇ?」

1人取り残される形となったレイは、まずは王様としての命令でアスカに対して怖い顔
で言い放ってみせる。

「どうしてぇ?」

「これは命令。」

「あらぁ? アタシは1位のシンジの命令に従ってるだけよぉ? 2位のアンタに言われ
  る筋合いはないわぁ。ねぇ。シンジぃ。」

ここで否定されては身の破滅のアスカ。ここぞとばかりに、シンジの腕に全身で抱き付
きめいいっぱい可愛い声を出して誘惑する。

「そ、そうなんだ。綾波。」

哀れシンジ王様。操られていることおなど露知らず、アスカの思い通りの言葉をさらさ
ら口にする。

「・・・・・・。」

今回の旅行で、始めて敗北感に打ちひしがれるレイ。完敗だ。拳を握り締め、しばし何
かを考えていたレイだったが、トコトコ足を進めると少し隙間が開いていたシンジとマ
ナの間に座り込む。

「私も・・・。」

ただでさえLRSムードの少ないSiteに住むレイである。せっかくアンケートで2
位になっておきながら、ここでもまた見せ付けられてはたまらない。

「はい。碇君。」

負けてなるものかとレイも料理を箸で摘むとシンジの口に運び始める。

「えーー? 綾波は、王様じゃないか。」

「だって、碇くんは1位だもの。」

「うぅぅっ! 1位って、こんなにいいものなんだぁぁ。」

「ファーストっ! 邪魔しないでよっ!」

「4位のあなたは黙ってて。」

「むぅぅぅぅっ!」

「そうよ。アスカは4位なんだから、でしゃばらないでっ。」

レイに続きマナも自分が上位であることを主張してくる。

こ、この旅行が終われば・・・。
4位の屈辱は無に消え去るわっ!
今日だけは目をつむってあげるわよっ!!!
くぅぅぅぅぅっ。

悔し悔しのアスカだが、アンケートは自分が言い出したことだ仕方が無い。

そんな女のコ達のさまざまな思惑と駆け引きの中、ただ1人わけもわからず良い思いば
かりしているシンジは、わが世の春を楽しみ続ける。

「碇君。豆腐ができたわ。はい、あーん。」

「あ、あついよ。綾波。」

「ふーふー。どう?」

「あ、うん。今度は大丈夫みたいだ。」

「シンジぃぃ、蟹がむけたわよ? 食べて?」

「マナも食べなくちゃ。」

「じゃ、こっち半分がわたしぃ。こっちはシンジねぇ。」

「うん、半分コしよう。」

「シンジっ! こっち向きなさいっ! イカのお刺身よぉ。あーんは?」

「あーーん。」

「碇君、お豆腐。」

「ちょっと待ってよ。綾波。」

「ふーふー、もう熱くないわ。はい。」

「シンジっ! こっちよっ!」

「だめっ、わたしがサラザを食べさせてあげるのっ!」

「わっ! アスカもマナも引っ張らないでよ。豆腐が。」

両腕に抱き付きアスカとマナがひっぱってきたので、レイが差し出す豆腐がなかなか口
に入らない。が・・・両腕に当たる大小の膨らみを払いのけれようはずもない。

「こまったなぁ。」

これ、シンジのセリフ。本当に困っているのだろうか?

「碇君。動かないで。」

レイはシンジの顔を胸に抱き、固定して豆腐をゆっくり口に入れてあげる。両手に花。
お顔はレイの胸の中。極楽とはこのことかもしれない。

「どう?」

「美味しいよ。」

「シンジっ! こっちに向きなさいって言ってるでしょっ!」

「次はわたしよねぇ。シンジぃぃ。」

「あーー、ちょっと待ってよぉ。ぼくの体は1つだよぉ。」

美少女3人に囲まれてご飯を食べさせて貰うシンジを、他の宿泊客が嫌な顔で睨みつけ
ていたことなど、のぼせあがったシンジは知るよしも無い。

あぁ、1位っていいなぁ。
次も1位にしてほしいなぁ。
みんな、ぼくに投票してよ。

今のシンジの状況を読んだ読者様が、果たして次も投票してくれるかどうか、それもま
たシンジは知るよしも無い。

そうして、楽しい夕食タイムも終わる。騒がしい食事を終えたシンジ達一行は、もう1
度温泉に寄ってからそれぞれの部屋へと戻ることにしたのだった。

<山の中>

その頃、カヲルは。

やっと、猪を刈り終わったよ。
ATフィールドとは使徒が生み出した文化の極みだね。

既に猪は短冊のお肉になっており、カヲルが持ってきた袋の中に収まっている。どうや
ら、ATフィールドを使ったらしい。

ガサガサガサ。

そのとき、何かが藪の中で動いている音がした。かなり大きな体で、ずんぐりとしてい
る生き物だ。

おや?
熊かい?

のしのしと歩く熊。その進行方向には、また別の人物がいた。その人こそ、手にしたカ
メラのレンズと眼鏡を怪しく光らせ、女湯を目ざすケンスケ。獲物は目前。

「フフフフフフフフ。売れるっ! 売れるぞーーーっ!」

勝利を確信しケンスケが高笑いを上げた、その時。

ガサ。

背後で物音が。何事かと振り返ったケンスケの目の前には、2本足で直立した巨大な熊。

ドゲシっ!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

悲鳴と共に、今上って来た崖を転がり落ちるケンスケと高級ビデオカメラ。ゴロゴロと
岩に当たり、ケンスケもビデオカメラもとうとう木っ端微塵になって落ちて行ってしま
った。

<温泉旅館>

翌日。

朝食を取った後、シンジと共にようやく念願の温泉に浸かることができたカヲルは、満
足そうに両手を浴槽の淵に掛け気持ち良さそうにしている。

「カヲルくん、昨日は大変だったね。」

「シンジ君も気を付けた方がいいね。最下位は好意に値しないよ。」

「そうだね・・・。じゃ、そろそろ出るけど? カヲルくんは?」

「僕かい? まだ出たくない気分さ。しばらく、ここにいるよ。」

「ふーん。わかったよ。」

カヲルに手を軽く振り温泉を出ると、もうすぐチェックアウトの時間なので、浴衣から
Tシャツとジーパンに着替える。

楽しい旅行だったなぁ。
また、来たいなぁ。

などと思い出に浸りながら、てきぱきと服を着終わったシンジは、スリッパをパタパタ
と鳴らして旅館のおみやげコーナへと向かった。

同じ頃、おみやげコーナーでアスカはウロウロしていた。理由は簡単、朝からいろいろ
レイに命令されて嫌になった為、隙を見て雲隠れしたのだ。

むっかつくわねぇっ!
あの女っ!
シンジがずーっと長風呂してるからいけないのよっ!
もう、チェックアウト迄ここに隠れてるしかないわ。

と、そこへ。噂をすればなんとやら、ふらふらとシンジが歩いてきたではないか。

「シンジーーーーっ!」

「ん? あれ? アスカ1人?」

「お土産見てたの。シンジは?」

「カヲルくんがまだお風呂に入ってるって言うから・・・。」

ふーん。渚の奴も逃げてるわね。

「そうだ。丁度良かったよ。ぼくの部屋に来てくれないかな?」

「シンジの部屋に? アタシが?」

「うん。ちょっと来て欲しいんだ。大事な用があるし。」

シンジの部屋って、今渚の奴いないのよね。
なに?
シンジがアタシを誘ってるの?
狭い部屋でシンジと2人っきりぃぃ?
大事な用ってっ!
も、も、もしかしてっ!?
プ、プ、プ、プロポーズぅぅぅっ!!!????
いやーーん。アスカちゃん。いやーーーん。

なぜそこまで話が飛躍する? よくわからないが、アスカは1人顔を真っ赤にしてシン
ジの後におずおずとついて行く。いくら赤が似合う女の子だとはいえ、これではまる
でのぼせたタコである。

ど、どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
そ、そんな・・・急に・・・。
いやーーん。アスカちゃん。いやーーーん。

「アスカ、早く来てよ。」

「はっ! ちょ、ちょっと待ってっ!」

いつの間にか、シンジは廊下のかなり先迄行ってしまっていた。大慌てで、その後姿を
追い掛けるアスカ。

「ねぇねぇ、用ってなに?」

「来たらわかるよ。」

「部屋に入らなくちゃダメなの?」

「そりゃ、部屋に入らなくちゃ。」

やっぱりっ!
プ、プ、プ、プロポーズだわっ!
いやーーん。アスカちゃん。いやーーーん。

自動ロックのキーを開けシンジが部屋へ入って行く。その後からアスカも付いて入り扉
を閉めると、扉はガチャリと閉まりロックが掛かる。

か、カギがっ!
シンジっ!
やる気ねっ!

自動ロックである。鍵が掛からなければ故障である。

ふ、ふたりっきりだわっ。
狭い部屋に・・・。
この旅行の間、アタシ頑張ったもんねっ!
それで、刺激されてシンジったらっ!
いやーーん。アスカちゃん。いやーーーん。

ジタバタ、ジタバタ、入り口でしているアスカを怪訝な顔で見詰めるシンジ。

「何してるの?」

「あ、う、ううん。で、なに?」

「こっち来て。」

「うん。うんうんっ。」

そそくさとシンジのまん前に立ち、じっと一直線にシンジの瞳をすぐ近く迄顔を寄せて
貫く様な目で見詰めるアスカ。

「そ、そんなに近寄らなくても・・・。」

「あ、そ、そうね。で、なにかしら?」

期待いっぱい。恥ずかしさいっぱい。後はシンジの言葉を待つのみ。アスカの心臓が一
気に跳ね上がる。

「あのさ。」

「うんっ。うんっ!」

「もうすぐチェックアウトだから、ぼくの荷物整理しといて。」

「はっ?」

「ぼくは王様だもんねっ! こういうことはアスカに、頼まなくちゃいけないと思って。」

「・・・・・・・・。」

「じゃ、おみやげ見て来るから、頼んだよ。」

「・・・・・・・・。」

それだけ言うと、アスカを1人部屋に残してそそくさと部屋から出て行くシンジ。残さ
れたアスカは。

殺してやるっ!
殺してやるっ!
殺してやるっ!
殺してやるっ!
殺してやるっ!
殺してやるっ!
殺してやるっ!
殺してやるっ!
殺してやるっ!
殺してやるっ!
殺してやるっ!
殺してやるっ!
殺してやるっ!

とてもここには書き表せない程、とてつもなく恐ろしい顔になっていた。これ以上情景
描写をしていると、命が危ないので作者もこの部屋から避難することにする。
よって、描写ができないのでこの後のアスカの表情および行動は読者様が想像して貰い
たい。




そして、ようやくチェックアウトした一行は、また長い時間電車に揺られて第3新東京
市へと帰ることとなった。

その間、相変わらずカヲルはレイにコキ使われ、アスカは・・・。

終始笑顔らしきものを浮かべていたが、その笑顔はどことなく引き攣り、目はずっと吊
り上っていたという。

<第3新東京市>

「みなさーーんっ! ようやく旅行も終わりましたぁっ! わずか一泊の旅行なのに、ア
  ンケートが終わってから4ヶ月も掛かった気がしますねぇ。どうしてでしょう?」

・・・・・・申し訳ありません。マナがきついことを言っておりますが、どうかお許し
下さい。

「じゃ、ここでみんな解散でーすっ! でもおうちに帰る迄アンケートは有効だから、
  アスカに渚くん。頑張ってねぇっ!」

「どうでもいいけど・・・このみかん箱。何の為に持って行ったんだい?」

「食べる暇がなかったわ。」

「猪まで取りに行ったのに・・・。」

「私、肉嫌いだもの。」

がーーーーーーーーーん。

結局みかん箱を持って行き、1つも食べずに同じ物を持ち帰ることとなり、輪をかけて
苦労して刈ってきた猪は、「肉が嫌い」で済まされたカヲルは、髪を白いの銀髪にして
しまった。もともとか。

「じゃ、アスカ。帰ろうか。」

「シンジは王様だから、荷物持ってあげるわ。アタシがその荷物を纏めてる間に、ひ・
  と・りで買って来たおみやげも一緒にねっ!」

「ありがとう。」

言われるがままアスカに荷物を渡す思慮の足りないシンジ。まさに王様気分、うかれ気
分のままである。

そんな2人の前に、コンフォート17マンションが近づいてくる。

「あーーー。楽しかったなぁ。」

「そ。よかったわね。」

「また、旅行行きたいなぁ。」

「そ。よかったわね。」

「ん? アスカ、どうしたの?」

「べつに。」

なにやらアスカの様子がおかしいが、それよりこの楽しかった旅行をシンジは思い返し
ながらマンションへと入って行った。

<コンフォート17マンション>

旅行の終焉である。

2人は、我が家へと帰って来た。シンジが鍵を開け中へ入ると、それに続いてアスカも
中へ入る。

ドサリ。

自分の荷物とシンジの荷物、そして自分を部屋に残してシンジが買いに行ったおみやげ
を玄関に置くアスカ。

「楽しい旅行だったね。やっぱり王様はいいなぁ。」

「もう旅行は終わったわ。」

ドスの聞いた声が地面を揺さぶった。

ふと声の主の方を見ると・・・。

うわっ! 怖いっ!

「アンタはもう王様じゃないわっ。」

ここへきてシンジはようやく我に返った。返ることができた。返らざるをえなかった。
目の前のアスカの目を見ては。

それに伴い、この2日の楽しかったはずの思い出とは、いかに恐ろしいことをしていた
のかにようやく気付く。自然と、顔が真っ青になってくる。

「あ、あはははは。」

もう作り笑いしか出ない。目の前には、自分を睨み付けている恐ろしいアスカの顔が迫
って来ている。ホラー映画の方が怖くない。

あんなつもりじゃなかったんだっ!
なのに、ぼくはどうしてどうしてっ!

ぼくはっ!
ぼくはっ!

肩をもませて。
爪を切らせて。
荷物の整理をさせて。

もう駄目だーーーっ!
許してっ!
ぼくを許してよっ!
アスカぁぁぁぁぁっ!!!

「シンジっ!!!!」

「は、はひーーーっ!!!」

「さっさと荷物の整理をしなさいっ!」

「はひっ!」

「終わったら、洗濯物洗うことっ! 晩御飯作ることっ!」

「はい。」

「アタシのマッサージと、爪切りっ!」

「うん。」

「晩御飯食べさすことっ! 腕枕することっ! いいわねっ!」

「うん。」

「今日中にそれだけやんのよっ! わかったぁぁぁぁぁっ!!!!」

「う、うん・・・。」

そこまで言い放つと、ズカズカとマンションの中へ入って行くアスカ。

シンジは持ち帰った自分とアスカの荷物を手にして立ち上がると、涙を流していた。

どんな怖いこと言われるかと思ってたけど・・・。
なんて、アスカって優しいんだ。
ぼくは、あれ程酷いことをしたのに。

うるうるうる。

今迄通りぼくに接してくれるなんて。
いつもやってることばかりじゃないかぁ。

うるうるうる。

やっぱり、アスカってとっても思い遣りのあるコなんだなぁ。

涙を流して喜びながら、アスカの汚れた靴下を洗濯籠に入れるシンジ。

こうして楽しかった温泉旅行も終わり、アスカの再教育もわずか数秒で完成したのだっ
た。

fin.
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