------------------------------------------------------------------------------
王様旅行2
------------------------------------------------------------------------------

------------------------------------------------------------------------------
作者注:この小説は、430万HITから480万HITの間に実施した王様旅行2ア
        ンケートの結果に基づきストーリー構成しています。ライブラリのページにあ
        る王様旅行2アンケートの結果を先にご覧下さい。
------------------------------------------------------------------------------

<ミサトのマンション>

「やったーーーーっ!!!
  アタシはやったのよーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

頭の真上で音速ジェット機がソニックブームを起こしたのかと思えるような、アスカの
大声が突如コンフォート17マンションを揺さ振った。

「なんだ? なんだっ!?」

部屋でのんびりネルフマークのマッチ箱を使ってドミノ倒しを楽しんでいたシンジは、
せっかく並べたそれが崩れてしまい、びっくりしてリビングに飛び出すと満面の笑みの
アスカが両手を広げて駆け寄って来た。

「シンジーーーーっ! アタシはやったのよっ!!!!!」

「どうしたのさ?」

「だからっ! あっ!!!」

大喜びで”The Epistles”のロゴが印刷された封筒を高々と上げ、はしゃいでいたアス
カだったが、はたと自分を取り戻しその封筒を背中に隠す。

「何があったんだよ。」

「え? べつに・・・。」

「べつにって・・・。大声出してたじゃないか。」

「なんでもないわよ。」

無理矢理しらばっくれたアスカは、背中に隠したアンケート結果の入った封筒を、ホッ
トパンツの中にごそごそと後ろ手に捻じ込み隠す。

そう、今回”The Epistles”において王様旅行2のアンケートが行われていたことは、
秘密。シンジのことだから、『綾波達も一緒に旅行に行った方が楽しいよ?』なーんて
ことを言い出しかねない為、言わない方が都合が良い。

ふふふーん。
1位よーーっ! 過半数を取ったのよーっ!
読者のみんなぁ、ありがとーーーっ!

お尻のあたりで手をモゾモゾさせながらニヘラニヘラするアスカを、シンジは怪訝な顔
で眺める。こういう顔のアスカは、碌なことを考えてない。触らぬ神に祟り無しとばか
りに部屋へ戻ろうとする。

「あの・・・さ。マッチ箱倒れるから、もうちょっと静かにしてよ。やっと、12個立
  てたのとこだったのに。」

「マッチ箱なんかどーでもいいわよっ! 旅行なのよっ!!!」

「はぁ?」

やはりアスカが、なんかおかしい。またわけのわからない、変なことを口走り始めてい
る。

「旅行よっ! 旅行っ! 旅行に行くのよっ!」

「何言ってんだよ。生活費、そんな余裕ないってば。」

「だーいじょうぶっ。”The Epistles”から出るからっ。」

「えっ? なんで? 何かあったの?」

「はっ!!!! あばばばばば。」

やばいっ!と顔を強張らせて両手で口を押さえる。アンケートのことを知られるわけに
はいかない。なんとか誤魔化さねば。

「ほらぁ、いっつもアタシさ。コメント係のバイトしてるじゃん。給料出たのよ。」

「へぇ。そうなんだ。じゃぁ、マナも出たのかな?」

「あっ、あの子は、その・・・。」

一緒に行こうなんてことになったら大問題だ。よりにもよって、最下位、小間使い(悲
惨)のマナなど連れて行ってたまるものか。

「あの子さ、こないだお寺の畑の芋を食い散らかしてるところ掴まったのよ。その芋代
  にするって言ってたわ。」(白雪姫物語3参照 アスカは少し嘘をついていますが)

「そうなんだ。最近、お芋高いから大変だね。」

「って、ことでアンタの旅費くらい、どーんとこのアスカ様に任せなさいってっ!」

「わーい。ありがとー。じゃ、ぼく。ドミノ倒ししてくるね。」

アスカの喜びとは裏腹に、とことんマッチ箱のドミノ倒しに拘るシンジであった。

<レイの団地>

この有名なコンクリート打ちっ放しの団地の一室に、所狭しと4人の少年少女が集り、
円陣を描くように座っている。

「いったい、これはどういうこと?」

アスカの元に届いていた封筒と同じデザインの封筒を握り潰し、キッとレイが赤い瞳を
吊り上げる。

「せっかく14歳になったのに・・・シンジくんに会えないなんて・・・。」

「そういう問題じゃないわ。私達が4人束になって負けるなんて、どういうことなの?」

「由々しき事態だと思わないかい? みんな?」

アンケート結果に納得のいかないレイとミサトの会話に、またしてもいい役を貰えなか
ったカヲルが悲しそうな顔で入ってくる。

「原因はあなた。」

レイが振り向いた方にミサトとカヲルも視線を集める。そこにいたのは、5位になって
しまった小間使い(悲惨)のマナ。

「ど、どうして、わたしー?」

「あなたが足を引っぱったの。」

「えーーーーっ。綾波さんと大して票数変わらないわよー?」

「私は2位。あなたは、(悲惨)。」

「そんなぁぁぁぁぁ。」

「そうだね。足を引っ張った責任を取って貰うべきだと思わないかい?」

そのカヲルの一言に、ミサトが一喝。

「(冷遇)が偉そうなこと言わないで。」

「・・・・・・。」

小間使い(冷遇)になってしまったカヲルだったが、内心ではミサトとたかだか4票差
じゃないかと嘆いていた。

「こうなったら、これを最大限に活用しましょ。」

アンケート結果に同封されていた赤いカードを封筒から取り出し、レイがみんなに見せ
る。そこには、”嫌がらせカード”という文字。

「1度しか使えないのね。大事にしなくちゃ。」

レイに続いて嫌がらせカードを取り出したミサトが、何に使おうか考えながらマジマジ
と眺めるていると、いつも鞄に入れているレイの携帯電話が音を奏でた。

「はい。綾波です。
  あ、アスカ・・・。」

密会をしていた4人の顔が一気に強張った。基本的に小間使いである為、アスカの命令
には従わなければならない義務を負っており、何を言い出されるか不安である。
尤も、アスカの命令は旅行の朝から有効になり、第3新東京市に到着する迄の効力であ
る為、今どうこういうことはないが・・・。

「ええ。
  ええ。
  もちろん、アスカの為にみんなで頑張るわ。
  うん。
  じゃ、1位おめでとう。」

プチ。

電話が切れる。

ブチブチ。

それまで、言葉上は愛想良く喋っていたレイも切れる。

「アスカ、なんてっ?」

電話の内容を聞こうとミサトを先頭に、レイににじり寄る3人の小間使い。

「指令は順次出すから、とりあえず碇くんとアスカの荷物を全部持ってく来るようにで
  すって。お弁当の支度も忘れないようにって・・・。とっても嬉しそうだったわ。」

ピクピク。

怒りに眉を震わせレイがボソリと呟くと、ミサトが握り拳を作った右手を高々と上げ叫
んだ。

「この旅行っ! ぜーーーったいぃ、邪魔してみせますっ!!!」

「「「えいえい。おーっ!」」」

<電車>

楽しみは先にやってしまうのがアスカの性格。さらに持ち前の行動力を存分に発揮して、
翌日にはシンジと旅行に出発していた。

「荷物、大丈夫かなぁ?」

「だーいじょうぶよ。ちゃーんと配達して貰ったから。」

「だから、まだ泊まるとこ決まってないんだろ? どうやって?」

「アンタも心配性ねぇ。」

「そういう問題じゃなくて・・・送り先もわからないのに・・・。」

「アンタ、男でしょうがっ。細かいこと気にしないのっ!」

「う、うん。」

準備も禄にせずとにかく出発してしまった為、まだ旅館やロッジの予約なども取れてい
ない。どこへ荷物を送ったのか、シンジは心配でならない。

その秘密は、隣の車両に乗っている4人の少年少女達の足元にどっさりと置かれていた。

「僕は、どうしてまたみかん箱なんだい?」

「アスカが持てって言うから、仕方ないわ。」

カヲルのみかん箱に比べて、レイは1番軽いシンジのバッグ。ミサトはアスカのバッグ
担当である。

「あの・・・。わたし、これはいくらなんでも・・・。」

小間使い(悲惨)のマナが持たされた荷物は、もし旅館がいっぱいで泊まれなかった時の
為に持って来たテントなどのキャンプセット。みかん箱どころの騒ぎじゃない。

「葛城さん、せめてハンゴウだけでも持ってよー。」

「5位なんだから、文句言わないの。」

「しくしくしく。」

白雪姫物語に続き連続で1番嫌な役を引いてしまったマナは、もうアンケート企画が大
嫌いになりそうだった。

そんな4人が電車の窓から前の車両の様子をちらりと覗くと、今直ぐにでも殴りに行き
たくなるような光景が繰り広げられている。

「シンジと2人っきりで、旅行行くの初めてね。」

「そう言えば、そうかな?」

「楽しい思い出、できるといいな。」

両手をスカートの前で組み、フリフリしながら上目遣いでシンジ凭れ甘える。

「ねぇ。この服どうかな?」

「初めて見る服だね。」

「そうじゃなくってさぁ。シンジの感想が聞きたいんだけどなぁ。」

「可愛いんじゃないかな?」

「そうっ? そう思う? 思う?」

「う、うん。」

「こういうの、シンジ、好きかなぁって思って買ったの。」

「なんで、ぼくが?」

「だって、せーっかく一緒に旅行行くんだもん。かわいい服の方がいいでしょ?」

「そりゃ、そうかもしれないけど。」

今度は新調した白いワンピースをひらひらさせて、またまたシンジににじり寄っている
様子が後の車両の4人の目に入る。

「あれは何・・・。」

ギロっと赤い瞳で睨み付けるレイ。

「いちゃいちゃしてーーーっ!!!」

ハンカチをギリギリ噛むミサト。

「僕のシンジくんが・・・。」

ミサトの真似をして、ハンカチをギリギリ噛むカヲル。

ドゲシッ! ドカッ!

あまりにも似合わないのでレイとミサトの肘鉄が、カヲルの両側から頬に入った。

「ぜぇぜぇぜぇ。このテント、どっか置く場所ない?」

テントを置く場所がないので、ずっと膝の上で抱かえているマナは、シンジとアスカの
様子を見る余裕もなく、息を切らしていた。

<山>

電車を降りようやく山に付いたシンジとアスカは、特に荷物もないのでさくさくとハイ
キングコースをのんびり歩き始める。

「あーっ! 見て見て。小川よっ! 小川っ!!!」

「綺麗だね。」

「ちょっと、入ってみよーよ。」

「濡れちゃうよ?」

「靴、脱いだらいいじゃん。」

「スカートが濡れそうだけど?」

「うーん。」

せっかく新調したスカートが濡れてはたまらない。少したくし上げて、タオルか何かを
膝の上あたりでしばりたい。

ピポパ。

木陰にそっと入ったアスカは、おもむろに携帯電話を取り出すと、ボタンを押し始める。

「ハ〜イ! こちら、王様っ! 小間使いどうぞっ!」

電話が掛かってきたので、レイが嫌々出る。どうやらタオルを持って来いという命令ら
しい。

「タオルが欲しいそうよ。霧島さん・・・?」

最下位のマナに持って行かせようとしたが、遥か山の麓でぜーぜー言いながらヨロヨロ
とテントを背負って登って来ている。ここに来る迄待ってはいられそうにない。

「仕方ないわね。渚くん。お願い。」

「ぼ、僕かい?」

一応は男ということもあり、なんとかレイとミサトに付いては来ているが、彼も自分の
荷物の他にみかん箱を背負わされているので、既に息が切れてきている。

「じゃぁ、みかん箱はどうするんだい?」

「ここに置いていけばいいわ。」

「持って来てくれるのかい?」

「あなたが、後で取りに来るの。」

「・・・・・・。」

レイに無理矢理タオルを渡されたカヲルは、シンジにばれないように黒子の衣装を頭か
ら被り、アスカにタオルを手渡しに行った。

タオルを受け取ったアスカは、スカートの裾を縛りバシャバシャと小川へ入って行く。

「蟹よっ! 蟹さんっ!」

「そのタオル、どっから出て来たの?」

「そんなこといいからぁ。蟹捕まえてぇ。」

「うん・・・。」

いつの間にタオルが出て来たのかわからなかったが、とにかく川辺にいる蟹を掴まえに
行く。

「ほら、捕まえたよ。」

「わー。赤くって可愛いねぇ、うちで飼いたいなぁ。」

「駄目だよ。可愛そうじゃないか。」

「うーん。そうね。じゃ、逃がしてあげましょ。キャッ!」

蟹を小川に逃がしてあげようと、腰を屈めた時、足がよろけてしまう。

だきっ!

新調した洋服が濡れてはいけないので仕方なく、という口実でシンジにしがみつく。

「大丈夫?」

「う、うん。足が滑っちゃって。」

「この辺り、なんか滑りやすいみたい。アタシ・・・こわ〜い。」

「ぼくが手を引くから・・・って、ちょっと。」

手を差し出すシンジなどおかまいなしに、両手をしっかりと首に回してきたアスカは、
半ば無理矢理体重を預けてきた。

「ちょっと。ちょっと・・・。」

「だって、恐いんだも〜ん。」

「う、うん。」

やむなくシンジはアスカをお姫様だっこすると、小川の岩場からハイキングコースへ戻
って行く。

そんな様子を木陰からじっと見ている2人の目があった。レイとミサトである。
ちなみに、カヲルはみかん箱を取りに戻っており、マナは更に遥か後方でテントを担ぎ
幽体離脱しそうになっている。

「なに? あのブリッコのアスカは。」

ムスっとした冷ややかな目で、レイが睨み付ける。

「面白くないわ。」

「行きましょうよ。綾波さん。」

「ええ。」

何か嫌がらせをしてやりたいが、まだカードを使うのは勿体ない。レイとミサトが面白
くなさそうに、その場を立ち去ろうとした時、アスカの悲鳴が聞こえた。何か不幸なこ
とでも起こったのかと、2人して顔を振り向けると。

「きゃーーーっ! シンジぃ、へびよーーーっ!」

またしてもシンジに抱きつきつつ、こわいこわいするアスカ。

「紐じゃないか。」

「えーー? なーんだぁ。ヘビかと思っちゃったぁぁ。」

紐だとわかっても、抱き付いたまま離れない。レイもミサトもこめかみに青筋を立てる。

「なに? あのわざとらしいアスカは。」

「綾波さんっ! 嫌がらせカードは、最大限に活用しましょうっ!」

どんどん敵意のボルテージを上げていく小間使い軍団であった。

更にハイキングコースを進むハッピーアスカとシンジ。だんだんと道は険しくなってく
る。とはいっても所詮はハイキングコースなので、老人でも登れる程度だが。

「いやーん。道がゴツゴツして登り難いー。」

「これくらい大丈夫だよ。」

「ダメなのよぉ。足が痛くなってきちゃった。引っぱって。」

「いいけど。」

シンジのOKが出たので、がばっと両手で抱き付く。はっきり言って、余計に歩き難い。

「もうちょっと離れてくれなきゃ歩けないよ。」

「いいのよ。困難があってこそ、ハイキングは楽しいのよっ。」

「・・・・・・無理に歩き難くしなくても。」

よくわからないが、とにかくべったりくっついてくるアスカを引っ張って山を登る。

「ほらぁ。森が深くなって来たわぁ。暗いのは恐いのよー。」

「そんなに、暗いって程じゃ・・・。」

むーーー!
シンジのやつぅ。いちいち理屈を・・・。
なーんか盛り上がりに欠けるわねぇ。

折角こんなに甘えているのに、どうもいまいち面白くないアスカは、何か一気にこの場
を盛上げることができないかと、その聡明な頭をあまり誉められそうにないことに一生
懸命働かす。

そうだっ!

「シンジ、ちょっと待ってて。」

「うん・・・。」

またまたレイの元へ電話が掛かって来た。取るのが嫌で仕方がないが、しぶしぶ電話に
出る。

『こちら王様。こちら王様。小間使いどうぞーっ!』

「レイよ。」

『いまいち盛り上がりに欠けるのよねーっ!』

「そう。よかったわね。」

『よかないわよっ!!!!』

「そう・・・。」

『そこで、名案を思いついたわっ! さっすが、アタシよね〜ぇ!』

「どうせ、碌なことじゃないわ。」

『ぬわにか言ったぁぁぁぁあああああっ!!!?』

「いえ。べつに・・・。」

『とにかくっ! 作戦を説明するわっ!
  小間使いのアンタらが、不良中年ハゲおやじに化けてアタシ達を襲うのよっ!』

不良中年ハゲおやじ・・・。

ブスぅとするレイ。いくらなんでも、天下の綾波レイがそんなコスプレなどしたくはな
い。

『もち、アタシを助けようとしたシンジに負けて、ヘコヘコバッタのように、間抜けに
  逃げて行くのよっ!』

ヘコヘコ・・・。

輪を掛けて、ブスぅぅぅぅーとするレイ。天下の綾波レイに向かってヘコヘコバッタと
は何事かっ!

「今、ここには2人しかいなから、無理。」

どうしても嫌なので、抵抗してみる。

『じゃ、2人でいいわ。不良中年ハゲおやじに化けて来なさいっ! セリフはメールで
  送るわっ!! いいわねっ!』

ハゲ・・・。

我慢の限界である。どーしても、そんなコスプレしたくない。絶対に嫌。嫌。嫌。嫌。

「嫌!」

『ふーん。まぁ、いいわ。嫌がらせカード使っちゃうのね。』

「・・・・・・。」

折角の嫌がらせカード。命令の拒否だけの為に使うのは、勿体無いことこの上ない。

『どーすんのっ! 嫌がらせカード使うのっ! ヘンタイ不良中年のんだくれハゲバカお
  やじになんのっ!!!』

いつのまにか、「ヘンタイ」と「のんだくれ」と「バカ」が増えている。

「・・・わかったわ。」

断ることができないレイとミサトは、泣く泣くハゲカツラをかぶり、ぐるぐる渦巻きの
サングラスをし、髭をつけ腹巻きを巻きパッチを履いて中年オヤジに化けると、シンジ
達の行く手で待ち伏せをすることになった。

「どうしても、こんな格好でシンジくんの前に出なきゃいけないんですかぁ?」

滝のような涙を流す、まだ14歳の乙女さかりのミサト。29.9歳になったら、変装
しなくても大してかわらなくなるから、多少時期が早まったと思えば救われるかもしれ
ない。

「もう駄目なのね。碇くん。さようなら・・・。」

あの時シンジは『さよならなんて言うなよと』と言ってくれた。だが、今の自分の姿を
見たら・・・。
シンジもあっさり『さようなら』と言いそうで、卒倒しそうになる。泣。泣。泣。泣。

「来たわ。葛城さん。」

「やらなきゃいけないのね・・・。しくしく。」

「しくしく。」

アスカはどうでもいいが、シンジがどんどん山を登り近付いて来る。嗚呼、とてもこん
な格好で・・・。だが、王様の命令は絶対である。

2人は頃合を見計らって、その前に踊り出た。

「よお。よお。おふたりさん。」

いつもの抑揚の無い声で、アスカがメールで送ってきたセリフ通りに芝居を始めるレイ。

「うらうらぁっ! ここを通りたきゃ、女置いてきねぇ!」

まだまだ迫力に欠けるものの、ミサトの方は、29.9歳になった時の彼女の片鱗がチ
ラチラ見え隠れしている。

「きやあああああ〜。シンジぃぃ、こわああああ〜いの〜っ。」

悲鳴を上げて、シンジにしっかり抱き付くアスカ。レイもミサトも、こめかみに#マー
クが浮かび上がる。

私・・・何をしているの?
こんな格好で、碇くんの前で・・・。しくしく。

方やシンジに抱きついているアスカ。方やヘンタイ不良中年のんだくれハゲバカおやじ
でシンジの前に出ている自分。

「痛い目に合いたくなかったら、そのブサイクな女よこしな。」

勝手にセリフに”ブサイク”を追加するレイ。当然、アスカはムッとする。

「むっ!!!」

ファーストっ! 
覚えてらっしゃいっ!!!

「なんだぁ?」

シンジはあっけに取られていた。脅しているようだが、2人とも細身で小柄。しかも、
どこかで聞き覚えのある声のような気がし、不可解に思って近付いて行く。

「あのぉ。」

碇くん!!
来ないでっ!! ばれちゃうっ!!

焦るレイ。無論、シンジに自分の存在がばれるとルール違反だが、それ以前にこんな姿
になっていることを知られたくない。

「覚えてろ。」

シンジが近付いて来たので、アスカに言われた最後の捨て台詞を残し、レイは早々にス
タコラ去って行く。ミサトもレイが逃げ出したので、慌てて退散を始めた。

「あっ。アンタらっ! ちょっと待って。」

残されたアスカは唖然とするばかり、いくらなんでもこれでは退散が早過ぎて、効果が
ないではないか。

なんなのよっ! あいつらーーっ!
しゃーないっ!

「えええん。アスカちゃん恐かったのお。シンジが守ってくれたのねえええええ。」

何でもいいから涙声で叫んで、シンジに抱き付く。

「ぼく何もしてないけど・・・。」

「シンジが守ってくれて、アタシ嬉しかったよおおおおっ。」

「そ、そう・・・。」

なんだかよくわからないままシンジはまた歩き出す。仕方なく、アスカもその腕にぶら
下がって歩き出すが・・・。

ほら、みてごらんなさいっ!
全然効果ないじゃないっ!
これじゃ、さっきと一緒よっ!
役立たずっ!

一生懸命考えた名作戦が失敗に終わり、内心ブチブチ言いながらも、次のシンジ陥落作
戦を考えるアスカであった。

昼時。

青い芝生が綺麗な広場でお弁当を食べることにする。無論アスカは手ぶらなので、また
またレイにピポパポパ。

「ファーストっ! お昼の用意はしてきたんでしょうねっ!」

『ええ。豪華なのを用意したわ。』

「よろしいっ! すぐ持って来るのよっ!」

王様からの指令を受けたレイは、早速2人の為に作った弁当を届ける準備にかかる。

「葛城さんは、ここで待ってて。」

「綾波さんが届けてくれるの?」

「ええ。お弁当は葛城さんに作って貰ったから、届けるのは私がするわ。」

アスカに怪しまれないように・・・。
クスクス。

ミサトが腕によりを掛けて作った手作りお弁当を2つ持ち、アスカへ届けに走るレイ。
これはミサトの好意である。嫌がらせなどでは決してない。

「はい。頑張って作ったお弁当。」

「よろしい。ま、アタシが作ったことにしといてあげるわぁ。」

「かまわないわ。」

クス。

レイは笑いを堪えてササとミサトの元へ戻って行くと、ようやくミカン箱を担いだカヲ
ルが合流してきた。

「も、もう足がフラフラだよ。どうしてぼくの背中にはいつもコレがあるんだい?」

「みかん箱好きなんでしょ?」

白雪姫物語でみかん箱を背負わされた仕返しとばかりに、しれっと言ってのけるレイを
悔しそうにカヲルが見返す。

「・・・・・・。」

次、アンケートでレイより上位に出たら、絶対リンゴ箱を背負わせてやると、復讐を誓
うカヲルであった。復讐の復讐・・・永遠に終わることがないようである。

それはさておき、1人忘れられた小間使いは今何処に?

「ぜぇぜぇぜぇ。」

マナはキャンプセットを背負ったまま、ハイキングコースの中腹で生き倒れになっていた。

「ぜぇぜぇぜぇ。」

まさか、わたし・・・。
これで出番終わりじゃないでしょーねー。

「ぜぇぜぇぜぇ。」

この位置まで情景描写にしに降りて行くのは大変なので、マナがみんなに追い付くこと
を願い、シーンをシンジとアスカに戻すことにする。

「さぁ、シンジぃ。アタシが心を込めて作ったお弁当よぉ。」

「えっ? アスカが?」

まさかアスカが弁当を作って来てくれているとは思っていなかったので、素直に嬉しそ
うである。

「とーっても美味しいんだからぁ。さぁ、召し上がれぇ。」

ニコニコ顔のアスカが2つの弁当の蓋を開けると、そこにはしたたり落ちんばかりのカ
レーがドロリと横たわっているではないか。

ヒクヒク。

アスカの顔が引き攣る。

ま、まさか・・・コレ。
ミサトが作ったんじゃ・・・。

ご名答。なかなか今日のアスカのカンは、この澄み渡る青空のように冴えているのかも
しれない。

「お弁当にカレー・・・なの?」

「そ、そうよ。ざ、斬新でしょう?」

ヒクヒク。

アスカの顔は引き攣ったまま。

「いただきます。」

「あっ! ちょっと待ってっ!」

「え? どうしたの?」

「あ、あの・・・。」

「なに?」

「まずかったら、そ、そう言ってね。」

「アスカが一生懸命作ったお弁当だもん。そんなはずないよ。」

そんなはずが、ありそうなのだ。このままでは、非情にヤバイ。ミサトと同じ、味音痴
のレッテルが貼られてしまいかねない。

「あっ! ちょっと待って、アタシが先食べるわっ!」

「う、うん。いいけど。」

パク。

「☆※〆§∴△◇★★★★★★★★★★★★★★★★★!!!」

うぇーーーーーーーーっ!
ま、ま、ま、まずいーーーーーーーーっ!!!!!

意識が飛びそうになるアスカ。間違いなくミサトが作ったカレーである。食べられたも
のではない。

これは、明らかに嫌がらせよっ!
ミサトから、嫌がらせカードを取るべきだわっ!

抗議の声が聞えるが、少なくともミサトは真面目に弁当を作ったので、嫌がらせとは認
めることはできない。

うぅぅぅぅぅ。
いくらなんでも、食べれないわよっ!!!!

とにかく、こんなのをアタシが作ったなんてことになったらっ!




『アスカ・・・こ、これ・・・。』

シンジがアスカを嫌そうな顔で見る。

イヤーーーーっ!
ミサトを見るような目で、アタシを見ないでーーーーーーーーーーーーーっ!!!




なんてことになりかねない。

シンジから取り返さなくちゃっ!

「シンジ? 山登りして、アタシお腹ぺこぺこーーっ!」

「結構、登ったからね。」

「だから、アンタのも全部アタシが食べるのよっ!!」

とにかくシンジから無理矢理弁当を奪取したアスカは、2つの弁当のカレーを口を大き
く開けて無理矢理流し込んで行く。味音痴のレッテルが張られるより、弁当強奪の方が
マシだ。

ガブガブガブ。

あまりのまずい・・・これをまずいと表現していいのかどうかも疑わしいが・・・異臭
を放つカレーを、とにかく強引に口に流し込む。

「アスカ・・・ちょ、ちょっと。」

突然の行動にシンジが唖然としているようだが、この際、背に腹は変えられない。

ガブガブガブ。

うえーーーーーーーーっ!!
し、死ぬぅぅぅぅぅぅっ!!!!!

涙がドバドバ溢れて来て、カレーを飲み込むペースが遅くなって行く。

「ん? どうしたの? お腹いっぱいなら、残りぼく食べるけど?」

「そ、そんなこと・・・な、ないわよ。お腹減って死にそうなんだから。」

ガブガブガブ。

ぐぇぇぇぇぇぇっ!
は、吐きそうっ!
アタシ、死んじゃうよーーーーーっ!!!!

ガブガブガブ。

とうとう、なんとかかんとかその全てを胃に流し込んだアスカは、その場に倒れ意識が
遠のいて行くのを感じていた。

ママ・・・。
もうすぐ、そっちにいくわ。

ぐーーーー。

そんな様子を双眼鏡で嬉しそうに眺めるレイ。今回の旅行で初めての白星である。

「あの? 綾波さん? わたし達の分も、お弁当作ってきたんですけど。」

「へ?」

ぎょっとしてレイが振り返ると、そこにはアスカに渡したものと同じ形の弁当箱を取り
出しているミサトの姿が。

「・・・・・・。」

あのアスカの様子を見ていれば、どれだけ破壊力があるカレーなのかということぐらい
一目でわかる。パカパカと蓋を開いていく弁当箱の中のカレーを前に、ヒクつくレイ。

「わ、私。いい。」

「どうして?」

「渚くん、みかん箱持ってお腹空いてそうだから、あげるわ。」

「ぼ、僕かいっ!!!?」

「そう。あなた、」

「綾波さんって、やさしいんですね。じゃぁ。渚くん、どうぞ。」

「ぼ、僕なのかいっ!????」

「そう。あなた。」

脂汗を流すカヲルの前に、ドンと並ぶカレーの弁当箱2つ。その横でミサトは自分の作
った弁当を美味しそうに食べている。

パクパクパク。

カレーを食べ始めたカヲルの白い顔が、どんどん青くなっていく。

惣流さんは、よくこんなの2つも食べれたね。
僕は死にそうだよ・・・。

「そうだ。霧島さんがいないから、冷める前にこれも食べて下さい。」

弁当箱1つ追加。それから間のなく、カヲルの屍が芝生の上で転がることになったのだ
った。

約2時間後、ようやく復活したアスカが、まだ凭れる胸を擦りつつ起き上がると、シン
ジが膝枕をしてくれていた。

「目が覚めた?」

「う、うん・・・なんとか、またお日様を見ることができたみたい。」

「気持ちよさそうに寝てたね。」

気絶してたのよっ!

まだ頭がクラクラするが、なんとか復活できたようである。

「そろそろ行かないと、チェックインに間に合わないよ。」

「そうね。でも・・・あとちょっと。」

「ん?」

「もうちょっと、こうしてたい。」

折角のおいしいシチュエーションだ。アスカはシンジのひざに頬をくっつけて、日差し
の暖かさを体に感じながら目を閉じる。

その時、少し向こうの木陰から悲鳴の声が聞こえた。

「きゃーーーーっ! 茶色い液体の中で、人が倒れてるわーーーっ!」
「銀色の髪の男の子よーーーっ!

「銀色? なんか、カオルくんみたいだな。」

そんなことを言いながら、シンジが立ち上がろうとする。

ヤバイっ!

アスカも即座に起き上がり、シンジの行く手を阻むようにとうせんぼすると、ぐいぐい
と背中を押して、反対方向へ歩き始めた。

「ちょ、ちょっと、アスカ? 人が倒れてるって。」

「アンタっ! 応急処置の仕方とか知ってるわけぇっ!? 下手に行ったら邪魔よっ!」

「そう・・かな。」

「そうよ。邪魔にならないように、さっさと行くのよっ!」

一方レイ達は。

「大丈夫です。彼、食べ過ぎで寝てるだけなんです。」

茶色い液体・・・カレーの海で倒れるカヲルをずるずる引き摺って、レイとミサトは周
りの人に愛想笑いを浮かべ逃げ出すのだった。

そして、最後の1人。

「ぜぇぜぇぜぇ。や、やっと追い付いたのね。」

ようやくレイとミサトの姿を見付けたマナは大きく手を振るが、2人は何か変な物体を
引き摺ってどんどん離れて行く。

ま、待ってよ〜。
やっと、追い付いたのにぃ。

もう彼女達の姿は、森の木々の中に消え、マナの視界にはなくなっていた。一気に脱力
感に襲われるマナ。

「ぜぇぜぇぜぇ。」

これで出番終わりじゃないでしょーねー。

バタリ。

精魂つき果てて、キャンプセットの下敷きになって倒れるマナの姿に、気付く者は誰も
いなかった。

<ペンション>

幾つかペンションが並ぶ宿泊場所迄やってきたシンジ達は、非常事態に直面していた。
予約していなかったので、空き室が何処にも無い。

「だから、予約してなくちゃまずいって言ったじゃないか。」

「だーいじょうぶよ。こういう時の為に、ちゃーんとテントの手配しといたもん。」

「え? そうなの?」

「もっちろんよっ!」

「さすがアスカだ。」

となると、明るいうちに河原にでもテントを張らなければいけない為、小間使いに持っ
て来させたテントを届けて貰わなければならない。

「ファーストっ! テントを持って来るのよっ!」

『無理だわ。』

「なんでよっ! 持って来なかったなんて言うんじゃないでしょーねぇっ!」

『持って来たわ。だけど、霧島さんがまだここまで登って来てないもの。』

「むぅぅぅぅ。ほんっと、役に立たないわねぇ。わかったわっ!」

マナが来るのをここで待っていては、いつ寝られるかわからないので、少し山を降りた
所で受け取りテントを張ることにする。

「山の上って結構寒いのね。」

「夕方になると、冷えてきたなぁ。」

「アタシ、風ひいちゃう。」

「そんなに、寒くないだろ?」

「風ひいちゃう・・・寒い。」

「どうしよう。上着とか持って来てないよ。」

なんで、アンタはそうなのよっ!
鈍いヤツねーーーっ!!!

もう少し、わかりやすいようにパフォーマンスしなければいけないようだ。アスカは、
おもむろに自分の肩を、手で擦ったりしてみる。

「肩が寒いわね。」

「風あるからね。木の下歩いたら、風当たらないんじゃないかな?」

違うでしょっ!
バカっ!!

キれそうになるが、ここでかんしゃくを起こしては折角の旅行が台無し。ぐっとこらえ
て、シンジに寄って行く。

「あーー、シンジとこうしてるとあったかーい。」

「そ、そう・・・。」

「右の肩も寒いなぁ。」

「そんなこと言われたって・・・。」

「こっちの手が空いてるでしょー。アタシが風邪ひいてもいいのー?」

シンジの右手を掴み右肩に回させ、同時に自分の左手をシンジの腰に回す。言うなれば
べたべたラブラブのカップル状態。

「ほら、こうやってぇ。ほら、これなら寒くないでしょ。」

「なんか恥かしいよ・・・。」

「いいじゃん。誰も見てないんだから。」

「そうだけど・・・。」

なんてやっている2人を双眼鏡で見ていたレイは、赤い瞳を吊り上らせていた。

「なに、あの2人の雰囲気は!」

「レイさん、レイさん。落ち着いて。」

「嫌がらせカード使うのかい?」

「渚くん。まだ早いわ。夜になってからの方がいいです。」

完全に頭にきているレイと嫌がらせカードを取り出すカヲルを、なんとかミサトは宥め
て落ち着かせる。嫌がらせカードを使うなら、闇に紛れて行動する方が有利というもの。

ラブラブな2人と、嫌がらせカードを握り締める3人を分け隔てなく照らしていた太陽
は沈み、夜の帳が山に下りて来た。

その頃、残りの1人は。

「ぜぇぜぇぜぇ。」

よ、夜になるわ。夜になったら・・・。
野犬や熊が出るぅぅぅっ!
も、もういやーーーーっ!

死ぬ程、重たいキャンプセットを背負い、未だ山を登って来ているマナは、精魂尽き果
て岩場で倒れていた。

そうだっ!
このキャンプセットを捨てれば・・・。
アスカ達も泊まるとこがなくなる。
こ、これはっ! 一石二鳥三茄子よっ!

素晴らしいアイデアを思いついたマナは、目をキラキラと輝かせ、嫌がらせカードを胸
のポケットから取り出した。

「マナちゃんっ! 嫌がらせカードを使いまーすっ! キャンプセットを捨てまーーすっ!」

ポイッ!

「やったーーーっ! わたしは、自由よーーーーっ!!!」

なんと肩が軽いのだろう。ウキウキ気分になったマナは、スキップしながらハイキング
コースを登り始める。

「ん?」

向こうから何やら近付いてくる気配。

なに? 熊?
熊はいやよ。

こそこそとハイキングコースの道端に生える草陰に隠れると、歩いて来たのはぴっとり
くっついて山を下りて来るラブラブなシンジとアスカではないか。

「あっ! シンジぃっ! あれよっ! アタシのキャンプセットっ!」

「なんで、こんなとこにあるのさ? ほんとに、アスカの?」

「だってほらぁ。”ラブリープリティーアスカちゃん”って、名前も書いてあるでしょ?」

「あ、ほんとだ。」

「さ、テント張りに行きましょ。」

「でも、こんな大きなの、持って帰るの大変だよ?」

「だーいじょうぶ。帰りはまた運んで貰えるよう手配してあるから。」

「そうなんだ。さすが、アスカだ。」

「さ、そっち持って。川辺に行くわよ。」

「うん。」

2人で力を合わせ、捨てたキャンプセットを川辺に運び始める2人を草陰から見ていた
マナは、口をぽっかりと開けたまま涙を流していた。

捨てたのに・・。
わたしの嫌がらせカードの価値はぁ?

また、持って帰らなきゃいけないのーーっ!?
もーーーいやーーーーーっ!!!

誰もいなくなったハイキングコースに、夢遊病者のようにフラフラと歩み出たマナは、
両手をバタリと地について、ショックのあまり倒れ込む。

「あら、マナさんよ。」

倒れたマナの元へ、残りの小間使いちゃんズが到着し、真っ先に気付いたミサトが駆け
寄って来た。

「キャンプセットはどうしたんです?」

「捨てたの。」

「捨てたって、嫌がらせカード使っちゃったんですか?」

「ええ。」

「わーーっ! マナさんすごーいっ!!!」

拍手するミサト。

「これは、効果あるわ。きっと。」

レイも絶賛している。

「泊まる所がなくなって、きっと慌てるだろうね。」

カヲルも、ポンと手を打つ。

「でも・・・アスカが拾って行っちゃったの。」

「「「は???」」」

だが続いて出て来たマナの一言に、レイもミサトもカヲルでさえ、目を点にする。

「捨てたところにアスカ達が来て・・・拾ったの・・・。」

「霧島さん???」

レイが、恐い顔をしてぐいと近づく。

「そんなことで貴重な嫌がらせカード使ったの?」

「だって、重かったんだもーーーんっ!って、え? みんな?」

まわりを見ると、自分を除く小間使い達の冷ややかな視線が注がれてきており、ぐるり
と取り囲まれているではないか。

「あは・・・あははははは・・・。」

「碇くんの荷物。よろしく。」

マナにシンジの荷物を手渡すレイ。

「惣流さんの荷物も、お・ね・が・い・し・ま・すっ。」

続いてアスカの荷物を手渡すミサト。

「みかん箱も頼むよ。」

カヲルまでみかん箱をマナに背負わせてきた。

「行きましょ。」

「そうね。レイさん。」

「僕もそうするよ。」

荷物に埋もれたマナを残し、スタスタ歩き出すレイ達一行。

「みんなーーーっ。」

その後から涙を流しながら、また大漁の荷物を背負って付いて行くマナであった。

小間使い一向が川辺に近付くと、赤いテントがぽつりと張られているのを見付けた。間
違いなくアスカのテントだ。

「レイちゃん? そろそろ攻撃を考えないと。」

「ええ。そうね。」

その時、またレイの携帯鳴る。

『もしもし。アタシぃぃぃ。』

「何?」

『今からご飯食べるんだけどー、テレビないのよねぇ。』

「さすがにテレビは持って来てないわ。」

『わかってるってば。だから、狸の格好して腹踊りしなさいよ。あの岩場の上で。』

は、は、腹踊りっ!!!!

ボワっと、ボサっとしたレイの青い髪が逆立つ。いくらなんでも、天下の綾波レイが、
人前で腹踊りなどするくらいなら、死んだ方がマシである。死んでも、TV本編の『涙』
には同情が集まったが、腹踊りなどしてはファンに見捨てられるに決まっている。

「葛城さん、腹踊りですって。」

「い、いやよっ! わたし、そんなのできないっ!」

当然のごとく、ミサトも断固拒否する。

となると、2人の目は・・・・必然的にカヲルの方へ。

「ま、また僕かい? ちょっと待ってよ。こういうことは最下位の霧島さん・・・って、
  霧島さん?」

「霧島さんは、まだずっと向こうで荷物の下敷きになってるわ。」

確かに、ずっと向こうで荷物に押し潰され、たれぱんだのようにへしゃがっている。

となると、ここにいる3人で1番票数 の少なかったのは・・・カヲルはきょろきょろ
見回すがどうみても、自分しかいない。

「ちょっと待って。こう見えても、僕は美形キャラなんだよ? 女性ファンに人気があ
  るのさ。腹踊りなんて・・・。」

「さっき、私達は、中年ハゲおやじをやらされたわ。」

「君たちは、それでも似あうかもしれないけど、ぼくは・・・はっ!!!」

余計な一言を言ってしまうカヲル。目の前の女性2人が、いっきに修羅となった。

「誰が似あうというの?」

レイがカヲルの胸倉を掴む。

「ひーーーーーーーーーーーーっ!!!」

青くなるカヲル。しかし、ミサトにまで胸を掴まれ・・・。

「さっさと行けーーーーーっ!!!!!」

ドカーーーーーーンっ!

こうしてカヲルは狸の着ぐるみ被り、お腹に顔を書いて腹踊りをすることとなった。

その頃、アスカが持って来た・・・実際に持って来たのはマナ・・・材料を使い、シン
ジの作ったシチューを囲んで食べている2人。

「ほら、おっきなジャガイモぉ。」

「ほんとだ。」

「はい、口開けてねぇぇ。」

「えっ、いいよ。」

「はーい。あーん。」

「いいってば。」

ガボ。

「わっ。あちちちち。」

「もう、ダメねぇ。お口のまわりにシチューがついちゃったわよ。」

「だって、アスカが・・・。」

「拭いてあげるから、じっとしてぇ。」

なんて言いながらシンジにぽてりと凭れ掛かり、ハンカチでお口を拭いてあげる。そん
な2人を、焚き火の淡い灯りが流れる川に映し出す。

「こういう自然の中で食べるご飯ってのも美味しいね。」

「狸さんが、アタシ達のことを祝って腹踊りしてくれるかもね。」

「まさか・・・。腹踊りする狸なんて見たことないよ。」

「あっ! シンジ見てっ!」

「えっ!」

「狸が腹踊りしてるわっ!」

「わっ! 本当だっ!!!!」

シンジが目を向けた岩場の上では、なんとお腹に髭おやじの顔を描いて腹踊りしている
狸がいるではないか。

「しくしくしく・・・僕はいつからこんなキャラになったんだい?」

狸の着ぐるみを着て、一生懸命腹踊りをするカヲルに、シンジがやんややんやの喝采を
飛ばす。

「シンジ君。見ないでくれないかい。僕は悲しいよ・・・。」

涙を流しながらその後、10分ばかりカヲルは腹踊りを続けることになったのだった。

「びっくりしたなぁ。本当に腹踊りする狸っているんだね。」

「アタシもびっくりしちゃったぁ。まさか、あーんなのが見れるなんてねぇ。」

ご飯も食べ終わり、焚き火の火を消した2人は月明かりの下仲良くテントへ入って行く。

「ほらぁ。もっとこっち寄んなさいよ。」

「だって。」

「狭いんだから、仕方ないでしょ。ほら、こっち向いて。」

「う、うん。」

引っ張られて寝返りをうつと、目の前にアスカの顔のアップがこっちを見ている。少し
恥かしい。

「ペンションに泊まれなくて良かったわね。」

「どうして?」

「だって、こうしてシンジと一緒に寝れるんだもん。」

「アスカ・・・。」

いいっ! !!!
いいじゃないのっ! これっ!
とってもいい雰囲気よーーーーーーっ!

心の中では、飛び跳ねんばかりに喜んでいるアスカだったが、ここはなんとか自分を押
さえて冷静さを保つ。

ここが勝負どころよっ! アスカっ!
何を武器にしようかしら。

更に雰囲気を盛り上げる為に、なにか武器になる話題を探す。

マグマで助けて貰った時のこと・・・。
うーん、オーバー・ザ・レインボーでの出会い。
いまいちねぇ。

ファースト・キスのこと。
結構いいかも。

あと・・・後何かあったかな。
そうだ。涙よっ!
女の涙を使うのよっ!
ネタは・・・。

使徒戦・・・ううん。
そうだ、ひとりぼっちでエヴァの訓練してたことよっ!
このあたりから、切り出すのよっ!

そこまで綿密にシンジを落とす計画を練り上げ、まずは涙を流さなければと、必死で涙
腺を緩め出す努力を始めた。

その頃カヲルは、狸の着ぐるみからいつもの制服に着替え、我慢の限界とばかりに嫌が
らせカードを取り出す。

「もう。ぼくは決めたよっ! 嫌がらせカードを使うのさっ!」

「「おーーーっ!」」

レイとミサトがやんややんやの拍手を飛ばす。そこへかなり遅れて、荷物を背負い息を
切らしながらマナがやって来た。

「何に使うの?」

「惣流さんは、お化けに弱いって、よくSSで読まないかい?」

「そうね。」

頷くレイ。

「確かに・・・。」

ミサトも頷く。

「ぜぇぜぇ。」

まだ息がきれていて頷けないマナ。

「嫌がらせカードっを使うよっ。みんなで、お化けになるのさっ!」

「「「おーーーっ!」」」

パチパチパチっ! 拍手ぅっ!

こうして、小間使い達の最初のまともな嫌がらせ作戦が発動したのだった。

アスカの方はと言えば、テントで悪銭苦闘していた。シンジが横にいるのが嬉しくて嬉
しくて、なかなか涙が出てこない。

まいったわね。
女の涙は、ちょっと無理かなぁ。

などと思っていた時、ふいにテントの入り口がバタバタと開いて風が入って来た。
しかも、ランプの火がフっと消える。

「なっ、なんなのっ!!!!」

「なんか、すごい風だったね。えっとマッチは・・。」

暗がりの中、シンジがマッチのあった場所に手を伸ばすと、さっきまで乾いていたマッ
チがぐっしょり濡れている。

「あれぇ。どうして濡れてんだろう???」

まさか、テントの裏からマナが穴を開けて水を流し込んでたなど、シンジが知る由もな
い。

「変だな。なんか、濡れてるよ・・・。」

「な、なんで濡れるのよっ!!!!」

「あ、なんかテントが破けてる。」

「なわけないでしょっ! 新品なのにーーーっ!!!」

だんだん恐くなってきたアスカが、じりじりと後ずさりしてテントに背中をくっつけた
瞬間、何かが背中からおしりにかけて、すーーーーっと撫でてきた。

「ぎゃーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

谷全体に響くようなアスカの悲鳴。それを聞いて笑いをこらえながら、アスカのお尻を
撫でていたミサトがテントから離れて行く。

アスカさんって、けっこうお尻おっきいのね。
安産型かしら?

などと、自分がそれより遥かに大きなお尻にいずれなるとも知らず、ミサトは気付かれ
ないように忍足で逃げて行く。

「シンジっ! シンジっ! シンジっ! なんかがお尻に触ったのーーっ!」

「テントだろ?」

「違うのよっ! なんか、背筋をすーーーってっ!!!」

「お化け?」

「いっ、いやーーーーーーーーーーーっ!!!!
  そんなこと言わないでーーーーーーっ!!!!!!」

「ちょっと様子見てくるよ。」

「いやーーーっ! 行っちゃイヤーーーーーーーーーーーーっ!!!」

「だって、外に出てみないとわからないじゃないか。」

「イヤーーーーーっ! ここにいてーーーーっ!!!」

出て行こうとするシンジに両手両足をふんだんに使い必死でしがみつく。さっきまで泣
けなくて困っていたが、両目にいっぱい涙を溜めてるばかりか、鼻水まで出している。

更にそれに追い討ちをかけるように、テント自体がガサガサと揺れ始めた。

ガサガサガサガサガサ!

「いっ、イヤーーーーーーーーーーっ!
  おばけーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

「きっと、風だよ。」

だがどうみても、右へ左へ揺すられているように小刻みに揺れ、とても風の揺れ方だと
は思えない。

「イヤーーーーーっ!
  この谷は呪われてたのよーーーーっ! シンジーーーーっ!!!!」

前後見境なく悲鳴を上げるアスカの大声を聞き、小間使い達は岩場に隠れて大笑いして
いた。

「あはははははははは。あの悲鳴聞きましたぁっ?」

テントを揺すって帰って来るレイとカヲルを手招きしながら、大笑いするミサト。

「ねぇねぇ。渚くん。次は何するの?」

マナもようやくこれまでの苦労のうっぷんが晴らされ、お化け作戦にかなり乗り気のよ
うだ。

「そうだね。そろそろ、女の人の悲鳴なんかどうかな?」

「わかったわ。次わたし行ってくる。」

マナは、カヲル,レイと入れ替わりにテントに近付くと、おもいっきり悲鳴を上げてみ
た。

「キャーーーーーーーー!!!」

無論その声はアスカの耳にも聞えている。

「いやーーーーっ! シンジっ! 悲鳴よっ! 
  って・・・ん?」

よくよく聞いてみると、マナの声にそっくりではないか。

まさか・・・。

そーっと目だけテントから覗かせ外を見てみると、1人必死に月に向かって悲鳴をあげ
ているマナの姿。

アイツら・・・。
そういうことだったのね。
まぁいいわ。そっちがその気なら。

再びテントに戻ったアスカは、がばーーっとシンジに抱き付いた。

「いやあああ〜。シンジぃぃー。こわあ〜いのよおおおっ。」

「大丈夫だよ。アスカ。風かなんかの音だよ。」

「だめぇえ。アタシをぎゅーってしてくれないと、泣いちゃう〜。ぎゅ〜ぅって。」

「わかったよ。」

瞳をウルウルさせてアスカが抱き付いてきたので、シンジも泣いちゃ駄目だと膝の上に
抱っこしてあげる。

そんなこととはつゆ知らず、小間使い達は次なる作戦を続行。”火の玉を飛ばしてアス
カを気絶させるぞ!”作戦である。

木の枝につけた針金に、火と油のついた布を巻き付け小間使い4人は、テントの周りで
それをブラブラさせる。

「なんだ? あの光?」

「いやああああ〜。火の玉なのよおおお〜。」

「火の玉ぁ? そんなばかな。ちょっと見て来るよ。」

「ダメええ〜。ずっとこうしててぇぇぇぇ。」

その声を聞き、レイはちょっと不思議に思った。なんだか最初の頃聞いた悲鳴とは違い、
どうも緊迫感を感じられない。

「もっと、ぎゅーって。ぎゅーーーーって、してぇぇぇ。こわあ〜いの〜。」

何してるの?

なんとなく嫌な予感がしたレイが、そっとテントの中を覗いてみると、シンジと抱き合
ってニコニコしているではないか。

あれは・・・なにっ!?

「シンジぃぃぃい。アスカちゃん、恐くって、くっついちゃうのぉぉっ!」

べたぁぁ。

「みんな退却するわっ。」

最悪の事態である。レイは、残りの小間使いに命じ、退却を始めた。これ以上、火の玉
を飛ばしていたら、それをいいことにずっと抱き付いていそうだ。

「渚くんっ! アスカ、ニコニコして碇くんに抱き付いてたわ。」

ムスっとしてカヲルを叱るレイ。

「おかしいなぁ。惣流さんは、お化けとかが嫌いなんじゃなかったのかい?」

「どこかでばれたのよ。」

と、レイに叱られているカヲルの横で、今度はミサトがキラリと嫌がらせカードを取り
出す。

「しょせん、最下位と4位はこんなものですね。今度はわたしが使いますっ!」

ニヤリとシチャ猫のような笑みを浮かべるミサトに、自然とみんなは期待してしまう。
なんと言っても、カンだけを頼りに”人生バラ色”であそこまでアスカを追い詰めたミ
サトなのだ。

「みんな、この近くのトイレに入ってくれません?」

「どうして、トイレなの?」

ミサトの言い出したことが、レイにもよくわからない。

「ふっ。女のカンがそう知らせるのよっ!
  嫌がらせカードっ! 葛城ミサト使いまーすっ!
  小間使い部隊リフトオフっ! 作戦開始っ!」

その頃テントの中でシンジにだっこされていたアスカは、どうもおちつかないようにモ
ゾモゾし始めていた。

ヤバイ・・・。
トイレ行きたくなってきたじゃない。

モゾモゾ。モゾモゾ。モゾモゾ。

さすがに、トイレまでシンジと一緒じゃ恥かしいし・・・。
お尻見られたら、まだ蒙古斑残ってるのばれちゃうもん。

でも・・・。
あー、やだなぁ。
外暗いなぁ。

モゾモゾ。モゾモゾ。モゾモゾ。

「どうしたの? 寒いの?」

「そ、そうじゃないけど・・・。」

モゾモゾ。モゾモゾ。モゾモゾ。

我慢できないよー。
すぐそこにトイレあったわよね。
確か、河原のちょっと上で見たわ。

モゾモゾ。モゾモゾ。モゾモゾ。

も、もうダメっ!

「シンジっ! ちょっと、待ってて。」

「どうしたの?」

「ちょっとっ!」

「だから、どうしたのさ?」

「ちょっとなのよっ!!!」

我慢の限界に達したアスカは、シンジの膝の上から飛び降り、テントを出ると急いで河
原の上まで走って行く。

あれあれ。
あれよっ。
トイレの近いとこにして良かったわ。

もう一刻の猶予も許されない。アスカは、急ぎトイレへ駆け込・・・もうとしたが・・・。

扉が開かない!

「なによこれーーーっ! 壊れてんのーーーっ!!!!?」

ドンドンドン。
ガンガンガン。

いくら叩いてもびくともしない。よくよく見ると、使用中のマークになっているではな
いか。

「な、なんで、こんな時間にっ! 誰が使ってんのよーーっ!
  あーんっ! もー我慢できないーーーっ!!!」

出て来るのを待ってられないアスカは、このハイキングコースを下りて来るとき、少し
上にあったトイレ目指し全力疾走。しばらく走ると、そのトイレが見えて来た。

「急がなくちゃっ!!!」

もう暗いとか、お化けが恐いとか言っている余裕もない。アスカは一気にそのトイレに
駆け込もうとしたが・・・ま、また、扉が開かない。

「な、なんでーーーーーっ!!!!?」

ノブに目を向けると、”使用中”の赤いマーク。ドンドン扉を叩くが、一向に返事がな
い。

「あーーーんっ! もうダメーーーーっ!!!!」

更にもう少し上にあったトイレへ向かって走り出す。脳味噌まで、冷汗を掻いた気分に
なってくる。

「みっ! 見えたっ!!!!!」

ようやく見えて来た。ここがダメなら、もたないかもしれない。

天に祈るような思いで扉に突進!

・・・開かない。

「いっ、いやーーーーーーーーーーーっ!
  お願いっ! 開けてーーーーーっ!!!!」

悲鳴を上げるが、夜の帳の静寂が辺りを包み込むのみ。

このままでは、おもらしをしてしまう!

「も、もうダメ・・・。」

最後の力を振り絞り、下腹を両手で押さえながら、必死で足を動かし最後のトイレへ。

あと1つ上のトイレへ、辿り着いた頃には顔が真っ青になっていた。

「お、おねがい・・・トイレ・・・。」

と扉を見るが、またまた使用中。

「お願いぃぃぃ、なんでもするから、ここ開けてぇぇぇぇ。」

「本当ですか?」

トイレの中から声が聞こえてきた。間違いなくミサトの声。

「うんうん。なんでもしますぅぅぅぅ。」

「じゃぁ、今夜一晩。シンジくんとくっつかないこと。いいですか?」

「はいぃぃぃ。」

「わかりました。」

ようやくトイレが開いた。おもらしはせずにすんだが、今回は完全にアスカの黒星とな
ってしまった。

テントに戻ったアスカは、怒りに目を吊り上げシンジと少し隙間を開けて寝ていた。く
っつかないと約束したので、仕方ない。

せっかくのシンジとの夜がっ!!!
生理現象を攻撃するなんてっ! キタナイわよっ!!!

ちくしょーっ! 覚えてらっしゃっ!
こっぴどい目に合わせてやるぅぅぅぅぅっ!
傷つけられたプライドは、10倍にして返してやんのよっ!!!!

敗北感にうちひしがれているアスカに対し、小間使い連盟の方は、大盛り上がりをみせ
ていた。

「さっすが、葛城さんっ! やったーーーーっ!」

「ちょっちねぇ。中年ハゲおやじなんか、やらされましたからぁ。」

よっぽど中年ハゲおやじのことを、根に持っているようだ。それはともかく、ようやく
完全勝利を納め、拍手喝采である。

「残るは、綾波さんのカードだけね。何に使うの?」

「私は、まだおいとくわ。」

「明日もありますしね。とにかく、もう遅いし寝ましょうか。」

レイとミサトは、別途持って来たテントにゴソゴソ入って行く。それに続いてカヲルも
入ろうとしたが。

「男の子は外ですっ!!!」

ガシッ!

ミサトに蹴り出されてしまった。仕方なく木に凭れかかり、ひとまず自分のキャラ性を
出そうと、微笑を浮べ前髪などを指先でいじりながら眠ることにする。

さて、カヲルが蹴り出された後、マナがテントに入ろうとしたのだが・・・。

「最下位は、外で見張り。」

「そ、そんなぁぁぁぁ。」

どうやら、マナは寝ることもできず、徹夜で見張りをすることになったようだった。確
かにうら若き乙女が2人もテントで寝ているのだから、見張りがいた方が安心かもしれ
ない。

わたしも乙女よっ!!!

翌朝。

ゆっくり寝ることができたシンジとアスカは荷物を片付け、下山の準備を始める。

「おっはー。レイ。」

『おはよう。寝起きの言葉・・・。』

「誰も、アンタのお約束聞いてないわよっ! 昨日はよくもやってくれたわねぇっ!」

『ちゃんとルールは守ってるわ。』

「テント置いとくから、ちゃんと持って帰るのよっ!」

『ええ。霧島さんが、持って帰るわ。』

徹夜で眠いから許してぇなんていう涙声が、電話の向こうから聞こえてくる。

「昨日トイレの嫌がらせカード使ったの誰っ!?」

『葛城さん。』

「そう・・・。ふーん。ちょっと、かわってくれる?」

『ええ。』

電話を受け取ったミサトは、さすがに昨日のことがあるので、嫌な顔をしながら電話に
出た。

『ミサトですけど・・・。』

「王様の命令よっ! 今からアタシ達、山降りるわ。」

『そうですか。気をつけて下さいね。』

「でさぁ、2人っきりにして欲しいのよ。」

『ちゃんと、わたし達。シンジくんの前に出ないルールは守ってますけど?』

「違うわよ。他にハイキングしてる人がいるでしょうがっ。」

『そればっかりは。どうしようもないんじゃ。』

「アンタが追い払うのよっ!」

『えっ??? そんなの無理ですよぉ。』

「だーいじょうぶ。口裂け鬼ばばミサトのメイクして、来る人、来る人に襲い掛かれば
  いいのよーーーーーーっ!!!」

『いっ、いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!』

「老若男女問わず、かたっぱしからよっ! いいわねっ!! 命令よっ!!」

ブチっ!

電話が切れた。なにかまたやっかいな命令をされているのではないかと、先程から気に
なって仕方のなかったレイが、おずおずと口を開く。

「今度は何を言ってきたの?」

「しくしくしく・・・。口裂け鬼ババ・・・。」

そこまで言って、ミサトはふと考えた。確かアスカは自分1人にやれなどとは言ってい
なかったはずだ。と拡大解釈する。いくらなんでも、自分だけするのは嫌過ぎる。

「口裂け鬼ババのメイクをみんなでして、登山客に襲い掛かって追い払えって・・・。
  2人っきりになりたいからとかなんとか言ってました。」

「お、お、鬼ババ・・・。」

愕然とするレイ。天下の綾波レイが、こともあろうか口裂け鬼ババのメイクなど、許し
難いことだ。

「どうするんだい? 残っている嫌がらせカードを使うのかい?」

カヲルもそんなことはしたくない。頼みの綱はレイの嫌がらせカードだけなので、どう
してもそれに期待したくなる。

「・・・・・・・・。」

「お願いぃ。綾波さん、使って。」

ミサトも懇願してくる。

「・・・・・・・・駄目よ。」

「どうしてぇ?」

「これは、まだ使えないわ。」

「なら、鬼ババにならなきゃいけないんですよぉ。」

「仕方ないわ。このカード、使うわけにはいかないもの・・・。」

どうしてもレイが、嫌がらせカードを使わなかったので、小間使い一行は鬼ババ(一部
鬼ジジ)の格好をして、山を下り始めることとなった。

「私、鬼ババ。ここから先は行っては駄目。山を降りなきゃ駄目。」

ハイキングしている家族連れに、いつもの抑揚の無い声でレイが襲い掛かる。

「ママ? あれ何?」

「見ちゃ駄目よ。変な人だから。」

ガーーーーーーーーーン。

変な人。

こうなってしまっては、天下の綾波レイも変な人としか誰も見てくれない。ショックの
あまり熱が出そうである。

「がおーーーーーっ! 鬼ババよーーーっ! 食べちゃうわよーーっ!!」

ミサトも来る人、来る人に襲い掛かるが、みんな一笑するか無視して通り過ぎて行くだ
け。

「ふっ。僕は鬼ジジさ。」

「きゃーーーーーーーーーーーーっ!!!」
「ヘンタイっ!」
「近寄らないでーーーーーっ!」

ドカっ! ゲシっ! グシャっ!

変質者と間違えられ殴り倒されるカヲル。誰もかれもが散々であるが、その中で1人だ
けこのメンバーに加わっていないものがいた。

「ぜぇぜぇぜぇ。」

口裂け鬼ババのメイクをしたはずが、汗でそのほとんどがドロドロに流れ、いまやヘド
ロのようなメイクになったマナは、キャンプセットを担いで山をひぃひぃ言いながら降
りていた。

鬼ババでもなんでもいいからぁ。
このキャンプセットなんとかして・・・。
もう、だめぇぇ。

バタ。

彼女の出番は終わったかもしれない。

その頃、アスカとシンジも山を降りていた。

今日こそは、セカンドキスをシンジにあげるのよっ。
冷蔵庫の前じゃ、照れちゃって失敗したからねぇ。
ま、結構長い時間できたけどぉ。

ぽっ。

雰囲気もいいし。
今回は失敗しないわよーっ!

虎視眈々とシンジを狙い、登山客がいなくなる瞬間を狙うアスカだが、先程から次々と
人が山を登って来ており、一向に途切れる気配がない。

アイツら、なにしてんのよっ!
ちゃーんと王様の命令、実行してんでしょーねーっ!

無論ルールに乗っ取り、レイ達もアスカに言われた通り、口避け鬼ババに化けて登山客
を脅かしてはいるのだが。

「食べるわよ。登っちゃ駄目。」

「ばあさんや、これが有名な”いかれぽんち”かのぉ?」
「きっと、そうですよ。じいさん。おほほほほ。」

い、いかれぽんち・・・。

「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
  某雑誌で、人気投票No.1だったこともあるのにっ!」

壊れかけ寸前の天下の綾波レイであった。

小間使いメンバーが失敗に失敗を重ねている為・・・もっともアスカの立てた作戦がへ
っぽこ過ぎるのが原因なのだが・・・いつまで経ってもアスカは2人っきりになれない。

もう、山下りちゃうじゃないのよっ!
アイツらぁぁぁっ!
サボってるわねっ!

怒りも露に山の土を踏みしめ、下山するアスカの耳に、ふと登山客の会話が飛び込んで
きた。

「ママぁ、さっきの変な人面白かったね。口避け女みたいだったよ。」
「もう忘れなさい。まったく、何処にでも変な人いるんだから・・・。」

ミサトの奴、失敗してるのねっ。
まぁいいわ。
昨日のトイレの仕返しできたしぃ。

ということは、2人っきりになることは無理のようなので、セカンドキスは諦めて、最
後のハイキングをシンジと楽しむことにするべきだろう。

「綺麗なとこねぇ。シンジ。」

「テント張ったり、楽しかったね。」

「シンジったら、いっつもは料理上手なのに、焦がしてやんのぉ。」

「だって、ハンゴウでご飯炊いたのなんて初めてだったんだから、仕方ないじゃないか。」

「でも、おこげも美味しかったわ。」

「やっぱり、こういう自然の中で食べると美味しいんだよ。」

「そうよっ。うん。また来ようね。」

「今度は、カヲルくんや綾波達も一緒に来たいね。」

「むっ!!!」

アスカはそういう意味で言っているのではない。よりにもよって、せっかく2人っきり
だというのに、レイの名前が出たのが更に気に食わない。

「なんで、ファーストの名前なんか出るのよっ!」

「綾波も、こういう所に来たら楽しいと思うんだ。」

今まさに、レイがこういう所にやって来ていて、とっても楽しくない状況に陥っていよ
うとはシンジが知る由も無い。。

「なんでアンタはそうなのよっ!」

「ちょっと。どうしたんだよ?」

「アタシは、シンジと来たいのっ! ファーストとなんか嫌よっ!」

「アスカ・・・そういうこと言うのよくないよ。みんな友達じゃないか。」

「だってっ! アタシは2人っきりがいいのっ!
  ファーストや、マナなんか連れて来たらイヤなのっ!!!」

「アスカっ! 一緒に戦ってきた仲間に、どうしてそんなこというんだよっ!」

「シ、シンジ・・・。」

とうとうシンジが少し怒った口調になってしまい、それまでの勢いがなくなりしゅんと
してしまう。

「アタシは、ただ・・・シンジと2人でまた来たくて。」

「そうだね。また来ようよ。でも、綾波と一緒じゃ嫌とか言っちゃよくないと思うんだ。
  2人でも来て、綾波達とも来たらいいじゃないか。」

「うん・・・。」

そして2人は登山口まで降りて来た。最後の最後で、揉め事を起こしてしまったが、ま
た2人でも来る約束ができたので、それに満足しておくことにする。

終わっちゃったかぁ。
あんまり進展しなかったけど・・・。
楽しかったかな。

「アスカ? 切符は?」

「あっ、ちょっと待ってて。」

最後に切符を買わかなればならないが、アスカもシンジも荷物に財布まで入れてしまっ
たので、券売機で買えない状況だった。

「こちら王様。ファーストっ! 切符買ってくるのよっ!」

少しシンジと離れた場所で、レイに切符を買って来るように命令を出す。

『今、そっちに行くわ。』

「早くねっ!」

それから、1,2分でレイが登場した。

「買ってきたぁ? 早く、切符貸しなさいよ。」

「駄目。」

「駄目って。どういうことよっ!」

「あなたに渡すのは、これ。」

切符をスカートのポケットに入れると、代わりに違うカードを出してくる。そこに書か
れているのは、”嫌がらせカード”。

「ちょ、ちょっとっ! そんなことしたら、シンジも帰れないわよっ!」

「碇くんには、他のお客さんに切符を渡して貰って、先に電車に乗って貰ったわ。」

「アンタっ! じゃぁ、アタシの荷物返してっ!」

「駄目。」

「駄目って、嫌がらせカードは1回しか使えないはずよっ!」

「そう。だから、私の嫌がらせは、もうアスカには何も渡さないっていう嫌がらせ。」

「ぐっ。」

「あなたは、帰れないわ。」

「アンタバカぁぁぁぁぁっ! 携帯持ってんだから、ネルフに電話して迎えに来て貰う
  わっ!」

「それはかまわないわ。でも、あなたが東京市に付くより先に碇くんは到着してるわ。」

「それがどうしたの?」

「私達の小間使いのルールは、そこで消滅するの。」

「だから、それがどうしたのよっ!」

「私達は碇くんに接触できるわ。あなたが、この旅行で私達にしたことをばらすわ。」

「げっ!!!!」

さすがにこれにはアスカもすぐに言い返すことができなくなってしまった。

「でも、この嫌がらせカードを破いてあげてもいいわ。変わりに・・・。」

「変わりに何よっ。」

「明日から一週間、私達の小間使いになること。」

「一週間もーー???」

「別に、碇くんと会っちゃ駄目までは言わないわ。どう? 嫌なら、切符は渡さないわ。」

「・・・・ぐぐぐぐぐぐ。」

「電車出ちゃうわよ?」

「わかったわよ。小間使いになりゃぁいいんでしょうがっ!」

「契約成立ね。」

レイは約束通り、嫌がらせカードを破り電車の切符をアスカに手渡した。こうして、ア
スカの旅行は終わり、翌日から小間使いの生活が始まった。

<学校>

「シンジぃ、はい。お弁当。」

「わぁ、朝から頑張ってたもんね。いただきまーす。」

「ファーストと、マナと、ミサトと、渚の分もあるわよ。はい。」

小間使いの生活は、みんなの弁当を作ってくるなど、日常的なことだけということだっ
たが、マナやカヲルなどこれまで碌な役が当たらなかったキャラにしてみれば、嬉しく
て仕方の無い日々となった。

「僕、喉かわいたよ。」

「アタシが、ジュース買ってきてあげる。何がいい?」

「レモンスカッシュでいいよ。」

な、なんで、アタシが渚の奴なんかの為に・・・。

「わたしもぉっ! オレンジねっ。」

「はーい。マナのもねっ! 行ってくるわねぇっ!」

マ、マナまで調子に乗ってぇぇぇっ!!1

またレイはカヲルやマナ達にしてみれば、英雄であった。嫌がらせカードをここまで有
効に使ったのは、レイだけだったのだから。

ガコンガコン。

購買でジュースを買い、アスカが胸にみんなの分を抱いて廊下を走る。

「ぼくも手伝うよ。」

「あ、シンジ。」

「2本持つよ。」

「ありがとう。」

ついでに自分の分とシンジの分も買っていたので、そのうち2本を持って貰うことにし、
2人で並んで廊下を歩く。

「最近、アスカ。みんなに優しいね。」

「そ、そっかな。」

まさか、嫌がらせカードを使わせない為の約束などとは言えないので、適当に笑って誤
魔化す。

「なんか、綾波に冷たいなぁって思ったりしたことあったけど、今みたいなアスカ、好
  きだな。」

「えっ!!」

ガコンガコン。ゴロゴロゴロゴロ。

抱きかかえていた、オレンジジュースと、レモンスカッシュが廊下に転がる。

「そういうアスカ、なんか好きだな。」

「シンジぃぃぃーーーーーっ!!!!」

「わーーーーーーーーっ!!!」

学校の廊下であるのもおかまいなしに、シンジにおもいっきり抱きつくアスカ。

「アタシもーっ。 アタシもーーーっ。シンジ好きぃぃぃっ!」

「ちょ、ちょっと・・・。」

みんなが見ているので、オロオロするシンジだったが、嬉しくて仕方の無いアスカはそ
れから休み時間が終わるまでずっと抱き付いている。そんな様子を、転がったレモンス
カッシュが見ているのだった。




その日の夕暮れ時。

シンジとアスカは腕を組んで学校から帰っていた。

「また、みんなで旅行行きたいね。」

「うんっ! ファーストや、マナ達も一緒に行くのよっ。」

「その方がきっと楽しいよ。」

「モチっ!」

その後のセリフを飲み込むアスカ。


次もアタシが王様でねっ!!!!!!!!!!

fin.
作者"ターム"へのメール/小説の感想はこちら。
tarm@mail1.big.or.jp
inserted by FC2 system