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聖夜、心重ねて
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<学校>

終業式も終わり、今クラスでは本日行われるクリスマスパーティーの打ち合わせに盛り
上がっていた。ヒカリが教卓に立ち、参加者と不参加の人をより分けたり、どういうイ
ベントを行うかを打ち合わせている。

「はいはーーーい。」

勢い良く手をあげるアスカ。

「せっかくのパーティーなんだから、女子はドレスを着て正装してきたらいいと思いま
  ーーす!」

「それいいわねぇ。」
「こんな時じゃないと、ドレスなんて着れないものねっ。」
「買ったのに、全然着てないドレスがあるのよねぇ。」

アスカの提案に、クラスの女子は目を輝かせて賛成の声をあげる。

「それじゃ、女子はドレスを着て来ることでいいでしょうか?」

ヒカリの決議にクラスの女子はほぼ満場一致で手を上げたが、参加者の中でレイだけが
手を上げなかった。

「綾波さん? どうしたの?」

「私、行かない・・・。」

「どうして?」

「だって・・・ドレス無いもの。」

「え・・・そうなの? それじゃ、ドレスはやめましょうか。」

ヒカリがドレスの提案を止めようとした時、再びアスカが手を上げる。

「行かないって言ってるんだから、いいじゃん。どうせ、いつもこの娘付き合い悪いん
  だから、どっちみち来ないわよ。」

「でも・・・アスカ。」

「私、行かないから・・・。」

結局、レイが参加拒否をしたので、クリスマスパーティーに女子はドレスを着て来るこ
とと決定した。

<通学路>

今夜のこともあるので、クラスメート達は皆早めに家へと帰り、プレゼント交換の準備
や、衣装の支度などをすることになった。

「アスカ、綾波がドレスなんか持って無いの知っててひどいじゃないか。」

「あーーーら? そうだったの? ぜーーんぜん、知らなかったわ。」

「あれじゃ、綾波が可愛そうだよ。せっかく、来る気になってたのに。」

「アンタっ!」

前を歩いていたアスカは、くるっとシンジの方へ向き直ると、人差し指をシンジの前に
突き立てる。

「知らないんなら、よーーく覚えておきなさい! アタシはファーストのことが、大っ
  嫌いなのよ! わかった!?」

「アスカぁぁ・・・。」

「あの優等生面見てると、むしゃくしゃしてくるのよっ!」

悲しそうな顔をするシンジを後目に、拳に力を入れたアスカはドスドスと家へと向かっ
て歩いて行った。

<パーティー会場>

いよいよパーティー開催の時間。アスカは真っ赤なドレスを着、自分が見繕ったレンタ
ル衣装を身に付けるシンジを伴ってパーティー会場へと現れた。

「わぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「素敵ぃ!」

案の定、その姿を見たクラスメートの視線は、男子も女子もアスカに釘付けである。

フフーーン、これがドレスアップっていうのよっ!

そんな視線を意識しながら、シンジと一緒に会場の中央へ向かって歩いて行く。会場の
全てが、アスカ中心に動いているかのように思えた。

「アスカ、素敵じゃない!」

真っ先に親友のヒカリがアスカの側に寄ってくる。それを機に、クラスの女子や男子が、
アスカの周りに集まって来た。

「そう? 大したこと無いけど〜?」

自信満々の顔ではあるが、いちおう謙遜してみせる。

「こんなドレス何処で売ってるの?」
「いいなぁ・・・やっぱりスタイルがいいと違うわよねぇ。」
「わたしも、これくらい素敵にドレスが着こなせたらなぁ。」

目を輝かせて口々にアスカを褒め称える女子。そんな中、鼻高々のアスカは得意満面な
笑顔を浮かべているのだった。

「あっ! 綾波さんっ!」

その時、会場の入り口で誰かが叫ぶ声が聞えた。クラスメートは、一斉に視線を入り口
付近へ移す。

「わぁぁぁぁ、素敵ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「アスカも綺麗だったけど、綾波さんも綺麗ねぇ。」

そこには、白を基調とした綺麗なドレスを着て恥ずかしそうに立っているレイの姿があ
った。アスカの周りに集まっていたクラスメート達は潮が引く様にいなくなっていく。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

着たことも無いドレスを初めて着て会場に訪れた上、みんなに取り囲まれたレイは恥ず
かしそうに顔を少し赤くしながら俯いてしまう。

「綾波さん、素敵じゃない。」
「綾波さんって、スリムだからドレスが似合うわねぇ。」
「肌が白いから、白いドレスを着るとシンデレラみたいだわ。」

口々にクラスメートに誉められるレイだが、どう反応すれば良いのかわからずに、ただ
俯いているだけ。一方、面白くないのはアスカである。

「な、なんで、ファーストがドレスなんか着てここにいるのよっ!」

「あ・・・ぼくがミサトさんにお願いしたんだ。綾波ドレス無いからって・・・。」

唯一アスカの横に残ったシンジが、火に油を・・・いや火薬を注ぐ様なことをぼそりと
つぶやいた。

「な、な、なんですってぇぇぇえ!! どうして、アンタは、いつも、いつも、いつも、
  いつも、余計なことばっかりするのよっ!」

「だって・・・綾波だけ参加できなかったら可哀想じゃないか。」

「ファーストだけじゃないでしょ。今日参加できない子なんて沢山いるわよっ!」

「でも・・・綾波って家に帰ったら1人ぼっちだし。」

ムッカーーーーーーーー!!!

「そんなに、ファーストのことが心配なら、四六時中ずっと付きっきりで面倒みてあげ
  たらいいでしょっ!!」

ガスンッ!

「痛ぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!」

アスカはヒールの踵でシンジの足を踏みつけると、会場の端に設置されている料理のコ
ーナーにドスドスと歩いて行った。

「なんや、惣流も腹減りよったんか?」

料理の横にはトウジがいりびたっていた。アスカは、トウジの横にどっかと腰を降ろし、
鳥の足をやけ食いの様にむしゃむしゃと食べ始める。

「食べないとやってらんないわよっ! シンジのバカがっ!」

「なんや、また夫婦喧嘩かいな。」

「なんですってっ! だれが、あんな奴っ!! 2度とそんなこと言ったら、アンタの舌
  ひっこ抜くわよっ!」

いつもなら、マンネリの用に顔を赤くして内心嬉しそうに反論するアスカだが、今日は
真剣に怒っているようだ。

「トウジ・・・やばいよ。」

「そ、そやな・・・触らぬ神に祟り無しっちゅー奴や。」

ケンスケに袖を引っぱられたトウジは、いくつか鳥の足を手にすると逃げるように消え
て行った。

                        :
                        :
                        :

「はーーーーい。それじゃぁ、みんな揃った様なので、プレゼント交換を始めましょう
  かぁ!」

マイクを手にしたヒカリの合図で、持ち寄ったプレゼントを一箇所に集める。そして、
それぞれに番号札をつけ、どのプレゼントが貰えるかはくじ引きで決めるのだ。

「プレゼントも集まったので、皆さんくじを引いて同じ番号のプレゼントを持って行っ
  て下さいねぇーー!」

ヒカリの言葉を皮切りに、ある者はドキドキしながら、ある者はワクワクしながら、く
じ箱の前に並ぶ。その先頭にはふんぞり返ったトウジが立っていた。

「よっしゃ、まずはワイからやっ!」

「鈴原は、ごまかして大きなプレゼントを持って行くかもしれないから、一番最後よっ!」

なにやら慌ててマイク片手に注意するヒカリ。

「ちぇっ、そないなことするかいな。まぁええわ。残り物には福があるっていうさかい
  な。ワイは最後やっ!」

みんなに笑われながら、トウジは一番後ろへと並び直した。その後、順々にくじが引か
れ、プレゼントが行き渡るとヒカリが再びマイクに向かって語りかけた。

「みんな、プレゼントを持ってますねぇ。それじゃ、広げて下さーーい。」

待ってましたとばかりに真っ先に広げたのは、やはりトウジだった。

「ん? なんやぁ、委員長のかいな。」

一方ヒカリの手には、トウジのプレゼントが握られている。

ヒカリ・・・なにか計ったわね・・・。

そんなことを考えながら、アスカがふとシンジの方を見ると、自分のプレゼントを持っ
てキョロキョロとしていた。

運良く、シンジの所へ行ったんだ・・・それともこれもヒカリの差し金かな。

レイの登場により先程まで機嫌の悪かったアスカだが、自分のプレゼントがシンジの所
へ行ったので、ひとまず気を良くして自分が手にしたプレゼントを開けてみる。

「こ・・・これは・・・!」

箱の中から出てきた物を睨み付けるアスカ。プレゼントの内容などどうでもよかった、
その送り主の名前・・・綾波レイという名前が気に食わなかったのだ。

まさか、ヒカリっ!

じろっとヒカリの方を睨むが、よくよく考えると、飛び入りのレイのくじにまで細工が
できるとも思えない。やはり、たんなる偶然なのだろう。

あんなっ・・・あんな女からのプレゼントなんか、受け取れるもんですかっ!

ラッピングされた水色の箱に納められていた小さなかわいらしいオルゴールを、ムンズ
と掴み取り壁に向かって投げ様とした時、自分のドレスの裾を踏んでしまう。

「キャッ!」

体制を崩したアスカの手から、オルゴールはあらぬ方向へ飛んで行き、レイの横のテー
ブルに置かれていたジュースに命中した。

パリー−−−−ン。

「あっ!」

「しまった!」と思ったアスカが駆け寄ろうとした時、その近くにいたクラスメート達
がジュースでずぶぬれになったレイの周りに集まってきた。

「綾波さんっ! どうしたの?」
「これが、あっちから飛んできたのよっ!」

クラスメートの刺す様な視線が、アスカに集中する。

「な、なによっ! わざとやったんじゃないわよっ! 手が滑ったのよっ!」

アスカは自己弁護をするが、皆アスカを敵意の篭った視線で睨みつけている。

「ひどいじゃない、惣流さんっ!」
「どうして、綾波さんにばかり辛く当たるのよっ!」

「だから、わざとじゃないって言ってるでしょっ!」

「わざとじゃないって、こんな物投げておいて、わざとも何もないわよっ!」

クラスの女子達とアスカが言い合っている横で、レイは飛んできたオルゴールを拾って
悲しそうに見つめていた。

「これ・・・・私のプレゼント・・・。」

「え? 綾波さんのプレゼントだったの? 惣流さん! せっかく貰ったプレゼントをど
  うして投げるのよっ!」

投げつけたオルゴールがレイのプレゼントだったと知った女子達は、さらにアスカのこ
とを避難しはじめた。

「ウルサイッ! ウルサイッ! ウルサイッ! 貰った物は、アタシがどうしようと勝手
  でしょうがっ!」

売り言葉に買い言葉、レイには悪いことをしたとは内心思うものの、こういう状況にな
ってしまっては後に引くことなどできない。

「私・・・帰るわ・・・。」

「あっ! 綾波さんっ! ちょっと待って!」

「さよなら・・・。」

レイはそのオルゴールを持つと、とぼとぼと夜の町へ独り帰って行ってしまった。

「ほら、綾波さん帰っちゃったじゃないのっ! どうして一言も謝ろうとしないのよっ!」

「まぁ、アスカも本当は悪いと思ってるでしょうし・・・。」

見かねたヒカリが、アスカの弁護に入ろうとするが、誰もヒカリの言うことに耳を貸そ
うとはせずアスカを攻め続ける。

「アスカ・・・やっぱり・・・。」

アスカの側に寄ってきたシンジが、何か言おうとした時・・・。

「ウルサイっ! ウルサイっ! ウルサーーイ! いいわよっ! アタシも帰ればいいんで
  しょっ!」

アスカは、突き刺さるような視線を背中に浴びながら、悔しさに顔を歪めて会場を走り
去って行く。

「アスカっ!」
「アスカっ!」

シンジにヒカリ、そして仲の良い幾人かのクラスメートの女子達は、慌ててその後を追
い掛けたが、外に出ると既にアスカの姿は見えなかった。

<夜の街>

なによっ! わざとやったわけじゃないのにっ!

みんながレイばかりをかばうので、悔しくて悔しくて泣きそうになりながら、夜の街を
家へと向かって歩いて行く。

どうせ・・・アタシは・・・。
フンッ、独りで生きるって決めたんだから、これくらいどーってこと無いわっ!

クリスマスイブの夜。カップルや家族連れが行き交う街を、孤独を味わいながらとぼと
ぼと歩く。

ん?

ふと、前を見ると人通りの少ない路地の隅で人が倒れているように見えた。

どうしたんだろう?

大変だと思ったアスカは、その人影に走って近寄って行く。しかし、近寄るに従ってだ
んだんと鮮明になってくると、その足が動かなくなった。

!! ファーストっ!!

着馴れないドレスを着て履き馴れないハイヒールを履いて、暗い夜の街を歩いたせいだ
ろう。レイは、道端の溝に足をはめてしまい、動けなくなっていた。

フンッ。いい気味だわっ!

気付かないフリをしながら、ゆっくりとレイの真横を通り過ぎて行く。

「・・・・・・・・・・。」

そんなアスカをレイは、一言も喋らず赤い目でただじっと見つめている。

勝手に足をはめたアンタが悪いのよっ・・・・・・・・・・・・。

アスカはレイの側を通り過ぎると、後ろに感じるレイの姿をちょっと横を向いて目の端
で見た。

「・・・・・・・・・・。」

レイは既にアスカの方は見ておらず、何をするでも無くじっとその苦痛に耐えてその場
に座りこんでいる。

・・・・・・・・・・・。

しばし、その場に立ち止まり背を向けたまま目の端でレイの様子を見続ける。

アタシは、あの女が嫌いなのよっ!

振りきる様に足を進めるが、数歩歩いた所で立ち止まってしまう。再び、レイの方に視
線を移すと、先程と同じ様にじっと苦痛に耐えている。

しゃーないわね! 貸しを作っておくのも、いいかっ!

アスカは、来た道を少し引き返すとレイの前に立ちはだかった。

「アンタ、そんな所で何してんのよっ!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「ふーーん、動けないのぉ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「なら、どうして助けてって言わないの?」

「あなたには、助ける必要なんて無いもの・・・。」

「えーーー、そうよ。助ける必要なんて、これっぽっちも無いわっ! だから、これは
  貸しよっ! いいわねっ!」

自分を見つめるレイの顔の前に指を立てたアスカは、その指ごしにしばらくレイの顔を
じっと見ていた。

                        ●

少し時間は戻り、街路樹の陰。

「あっ! アスカ・・・・あれ? あの娘、綾波さんじゃない?」

レイの前を通り過ぎようとするアスカを見つけたヒカリを始めとする女子クラスメート
が、その場に駆け寄ろうとする。

「待って・・・。」

しかしシンジは、両手を広げて女子達が駆け寄るのを制した。

「どうして? 綾波さん、足が・・・早く助けてあげないと。」

「いいから・・・少しだけ・・・。」

女子達を街路樹の陰に隠したシンジは、アスカとレイの様子を木陰から静かにじっと見
守る。

「アスカ、綾波さんを助けないで行っちゃったじゃない。早く助けに行かないと。」

「もう少し・・・。」

焦ってレイを助けに行こうとする女子達を、必死でその場にとどめる。そんなシンジの
視線はアスカの背中一点に向けられていた。

アスカ・・・アスカなら・・・。

「あっ!」

しばらくして、アスカの行動を見たヒカリが声をあげ、喜びの表情と共に再びアスカと
レイの元へ駆け寄ろうとする。

「待って! このままに、しておいてくれないかな。」

「でも・・・。」

「お願いだから。そっとしておいてやってほしいんだ。僕達は帰ろうよ。」

シンジは女子たちが歓喜の声を上げて近寄るのを制すると、皆を連れてパーティー会場
へと静かに戻って行った。

がんばれっ! アスカ!

そんなシンジの顔は、いつになく嬉しそうだった。

                    ●

「アンタバカぁ、よくもここまで思いっきり足を溝にはめることができたわねぇ! こ
  れって一種の芸術よっ!」

いくらがんばって引っ張っても、溝から足が抜けない。逆に引っ張れば引っ張る程、レ
イの顔が苦痛に歪む。

「えーーーいっ! もうヤケクソよっ!」

溜まった泥水で自分のドレスが汚れるのもお構い無しに、溝に肘から手を突っ込み膝を
溝の底について、力任せにレイのハイヒールを持ち上げる。

「くぅぅぅぅぅぅ!!」

レイも苦痛に顔を歪めながら、必死で自分の足を引っ張った。

「こんちくしょーーーーーーーー!!!」

「くぅぅぅぅぅぅ!!」

全然びくともしないレイの足を、懸命に持ち上げるアスカ。その姿は跳ねあがる泥水に
汚れ、水浸しになっていく。

「うりゃーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

ズッボーーーーーーン!!

一瞬のことであった。突然レイの足が抜け、前のめりに倒れる2人。

ベチンッ!

「いったーーーーーーーーーーーーーっ!!! 痛いじゃないのよっ!! もうっ!!」

勢い余って顔からぶっ倒れたアスカは、地面に鼻を思いっきり打ち付けてしまい、涙目
になりながら顔を押さえる。

「まったくぅ、アンタに関わったらいっつも碌なことが無いわよっ!」

一緒に倒れたレイだったが、痛い足をひきずりながら立ちあがるとアスカの前にそっと
歩み寄った。

「あ・・・ありがとう・・・。」

「なっ!!?」

まさかレイにお礼なんて言われるとは想像もしてなかったアスカは、あわててそっぽを
向くと、視線を泳がせながら空を見上げる。

「勘違いしないでほしいわねっ!! アンタの為にやったんじゃないわよっ!! あんな
  状態になってる人をほって行ったら、アタシのプライドが許さないだけよっ!!」

そこまでまくしたてたアスカが、徐々に視線を空からレイの方へ移すと、かなり足が痛
い様でアスカに微笑み掛けながらも溝にはめていた足を手で押さえていた。

「・・・・・・・・・・痛むの?」

「たいしたことないわ・・・。」

良く見ると、ずっとぐねったままの状態で痛みに耐えていたのだろう。足首がかなり腫
れ上がっている。

「そんなわけないでしょっ! アンタってほんっと素直じゃ無いわねぇ! 苦しいなら助
  けてってどうして素直に言えないのかしらぁっ! バッカじゃないの!?」

そう言いつつそっぽを向きながら、レイに肩をかしてやろうとするアスカ。

「何?」

「アンタバカぁ? そんな足じゃ帰れないでしょうがっ! ほらっ! 捕まんなさいよ。」

「えっ・・・?」

一瞬アスカが何を言っているのかわからず、きょとんとしたレイだが、アスカが自分の
肩に肩を入れて支えてきたので、ゆっくりと体重をあずけていく。

「ありがとう・・・・・。」

「アンタの為にやってんじゃないって言ってるでしょっ! 何度同じことを言わせるの
  よっ! バカっ!」

2人は、それぞれの思いを胸にゆっくりと歩き始める。

「・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・。」

しばらく、会話の無い時間が静かな夜の町に流れる。

アタシ・・・何してるんだろう?

レイに肩を貸しながら、なぜ大嫌いなはずのレイを助けたのかわからないアスカは、そ
んな自分自身に戸惑っていた。

それにしても、この女がちゃんとお礼が言えるなんて思わなかったわ。
反応に困ったじゃないの・・・。

「ありがとう」の感謝の言葉を言った時のレイの顔を思い浮かべるアスカ。思い返すと
とてもかなわないくらい、綺麗な顔をしていたように思える。

あれが、この娘の心なんだろうか?

そっとレイの方に顔を向けると、苦痛に顔を歪めながらもどことなく嬉しそうにアスカ
の肩に寄り掛かって歩いている。

「痛いの?」

「たいしたこと・・・ないわ・・・。」

そうは言うものの、レイの額には脂汗が浮かび上がっていた。よほど足が痛いのだろう。

「よくいうわね。そこで休むわよ。」

「大丈夫。」

「ア、アタシが、しんどいのよっ! アンタの体重まで支えてんだから、ちょっとは考
  えなさいよねっ!」

「ご、ごめんなさい。」

「まぁ、いいわ。ほら、休むわよっ!」

アスカは、教会の前の石段にレイと一緒に腰を下ろした。

「まったく、アンタも素直じゃないわねっ! 苦しいなら苦しいって言えばいいのにっ!」

「・・・・・・・歩いていると嬉しかったから・・・。」

「はぁぁぁっ!?」

「こんなことされたの始めてだから・・・。」

あったりまえでしょうが! 何度も何度も足なんか溝にはめてたら、大バカよっ!

「人にやさしくされるって、こういう気持ちなのね。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

アスカは、何と答えていいのかわからず夜の空を見上げた。その夜空の星は、いつにな
く輝いている様に見える。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪〜。

その時、後ろの教会から静かに讃美歌が流れ始めた。

讃美歌か・・・。今日は、クリスマスイブ。聖夜なのね・・・。

ふとレイの方を見ると、レイも自分の方を見つめていた。慌てて視線を元に戻すと、目
の前にクリスマス用の装飾が施された綺麗な木が見えた。

「アスカ・・・これ・・・。」

レイは、おずおずと少し壊れたプレゼントのオルゴールをアスカに差し出す。

「・・・・・・・・・・・。」

「壊れたけど・・・。」

「フンっ! 貰っといてあげるわっ! まぁどーせ、これはアタシの物だけど。」

「うん。」

オルゴールを受け取って貰ったレイは、どことなく嬉しそうにしている。そんなレイか
ら逃げるかの様に、アスカは視線を夜空に向けて立ちあがった。

「ほら、さっさと行くわよ。いつまでもじっとしてたら朝になっちゃうわっ!」

アスカが立ちあがると、レイも慌ててその場を立ちあがろうとするが、足が耐え切れず
その場に崩れ落ちてしまう。

「何、バカなことやってんのよっ! ほら、掴まんなさいよっ!」

「ええ・・・。」

アスカが差し出した手を掴むと、ゆっくりとアスカの肩に寄りかかるレイ。

「行くわよ。」

「ええ・・・。」

讃美歌とツリーの光に見送られながら、だんだんと小さくなっていく2つの影。その影
から既に遠く小さくなった少女達の声が聞こえてくる。

『アスカ・・・ありがとう。』

『レイの為にやってんじゃないって言ってるでしょっ!』

『うん、でも・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとう。』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・バカっ。』

                        :
                        :
                        :

そして、そういった声も聞こえなくなり、教会の前には讃美歌だけが流れ続ける。2人
の影は、聖夜の闇にやさしく包まれ溶け込んで行った。








その昔、愛を芽生えさせ人々に心を伝えたクリスマスという日があった。その奇蹟の夜
明けを作り出したる大いなる闇・・・・・・聖夜。


そして今日、きよしこの夜。讃美歌が途絶えた静寂の中に、午前0:00の鐘が鳴り響
く。大いなる闇が新たなるクリスマスという日を・・・新たなる心をはぐくんだ瞬間・・・。




            人々は、共にたたえる。聖夜、心重ねて。




                     メリークリスマス。




fin.
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