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ション
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<ミサトのマンション>

ぐびぐびぐび。昼間からエビチュを何缶もあける非番のミサト。ぐびぐびぐび。

「ふぅ、つまみが無いわねぇ。シンちゃん早く帰ってこないかしら。」

ぐびぐびぐび。カラーーン。プシュ。ぐびぐびぐび。

「プハーーーー。」

ガチャ。

「ただいま。」「ただいま。」

「お! ようやくのお帰りね! シンちゃーんつまみ作ってくんなーい?」

シンジとアスカの声が聞こえたので、早速つまみを作らそうとするミサト。

「ミサトさーーーん、ちょっと来て下さーい。」

「もぅ、なんなのよ。」

早くつまみを作ってほしいのだが、腰を上げ玄関まで歩いていくミサト。

「何? あっらーーー、かわいいじゃない。」

玄関には、アスカに抱かれた子犬がクンクンと言っていた。

「どしたの、その子?」

「捨てられてたのよ。かわいそうだから、うちで買おうかと思って。」

「いいですか? ミサトさん?」

「うーん、困ったわねぇ。うちのマンションって、犬とか猫はダメなのよ。それに、ペ
  ンペンもいるから、飼えないわねぇ。」

「えーーーーー! 捨てろって言うの!!! ひっどーーーーーい!!!」

「捨てろとは言ってないけど、困ったわねぇ。ペンペン! ちょっといらっしゃい!」

トタトタとペンペンがやってくる・・・が、小犬を見た瞬間に逃げ帰って行った。

「ほら・・・、あの子犬が苦手なのよ。」

「そんなの! すぐに馴れるわよ!」

「そーもいかないのよねぇ。昔、1度犬にいじめられてからダメなのよ。」

「アスカ、仕方無いよ。誰か飼ってくれる人探そうよ。」

「嫌よ! 絶対嫌!」

「とにかく大家さんに言って、1階で当分の間、飼わせてもらうように頼んでくるわ。」

「嫌! 一緒に寝るんだから!」

アスカは、小犬を抱きしめたまま離そうとしない。

「アスカぁ、無理いわないでちょうだい・・・。」

「アスカ、ミサトさんもこう言ってるんだから、仕方無いよ。ぼくも、知り合いに当た
  ってみるから。」

「嫌、嫌、嫌、嫌!!!!!」

アスカは小犬を抱きしめたまま、部屋に入って行ってしまった。犬が家の中に入って来
たのでペンペンは右往左往逃げ回る。

「アスカ、ほら、ペンペンのことも少し考えてあげないといけないよ。こんなに脅えて
  るじゃないか。」

ミサトが大家さんの所に頼みに行ってる間に、シンジがアスカを説得してみる。

「黙ってりゃ、わからないわよ! アタシの部屋から出さないようにするし、ペンペン
  だって大丈夫よ!」

「アスカぁ、そんなわけにいかないだろう。学校に行ってる間は、どうするのさ?」

「連れて行くもん!」

「アスカ、無理言うなよ。」

「無理じゃないでしょ! 連れて行くったら連れて行く!」

何を言っても無駄だと思ったシンジは、先に知り合いの家に電話をかけて、飼い主を探
して回ることにした。

「もしもし、トウジ? シンジだけど、小犬を拾ったんだけどさ、トウジの家で飼えな
  いかなと思って。」

「そう・・・、いや、いいんだ・・・。」

「うん、気にしなくていいよ。まだ他に当たる所もあるから。」

「それじゃ。」

「もしもし、あ、ケンスケ? シンジだけど。」

                        :
                        :
                        :
                        :
                        :
                        :

結局、学校の友達からネルフの知り合いまで、知っている人間には全て電話をしたが、
飼ってくれるという人は出てこなかった。

無理も無いか・・・ほとんどの人はマンションに住んでるんだもんな。

「ねぇ、シンジぃ、シンジってばぁ。」

「何?」

電話が終わって、今後どうしようか考えてるシンジに、アスカからお呼びがかかる。

「この子の名前、何にしようかなぁ。」

「うーーーん。」

シンジは、アスカの部屋まで歩いて行く途中で、小犬の名前を考える。

「そうだな、ブチなんてどうかなぁ?」

体がクリームっぽい白色で、所々に茶色のブチがある小犬であった。

「ブ、ブ、ブチぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!? 冗談はやめてよね!」

「本気なんだけど・・・。」

「嫌よ! そんなダッサい名前! フローレンスとかぁ、キャッシーとかぁ。」

「オスだよ?」

「いいでしょ! オスにフローレンスってつけたら、いけないって法は無いでしょ!」

「そりゃそーだけど・・・変だよ・・・。やっぱりブチがいいな。」

「ブチの方がよっぽどおかしいわよ! ほらぁ、そんな名前つけようとするから、嫌がっ
  てるじゃない!」

アスカは、布団の上で遊んでいた子犬を、だっこすると、ぎゅっと抱きしめる。

クンクンクン。

しかし、抱かれていると退屈なので、すぐに逃げ出す。アスカは、近くにあった雑誌を
取り、パタパタと振ってみると、じゃれて飛びつく小犬。

「か、かっわいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。」

手近なじゃれそうな物をパタパタと振り、楽しそうに小犬と遊ぶアスカ。

アスカがこんなに犬が好きだなんて、意外だったなぁ・・・。

楽しそうな、アスカの様子を見ながら、シンジもうれしそうだった。

「アスカぁ、ちょっと来て。」

玄関から、ミサトの声がする。アスカは小犬を抱くと、ミサトの元へとやってきた。

「嫌だからね! 絶対捨てないからね!」

「違うわよ。しばらくなら、大家さんが1階に犬小屋を設置してもいいって、言って下
  さったから、犬小屋を買いに行きましょ。」

「嫌! 一緒に寝るんだから!」

「そういうわけに行かないでしょ!」

「嫌! 嫌! 今から散歩に行くんだから邪魔しないでよね!」

アスカは小犬を抱くと、近くの人工の広場に散歩に出かけてしまった。

「はぁ、困った子ねぇ。」

「でも、知り合いに電話しましたけど、誰も飼えるって人いませんよ。」

「そう、わたしも心当たり当たってみるわ。」

「ぼくは、もう一回アスカを説得してみます。」

シンジもアスカを追って家を出ていった。

<人工の広場>

アスカは小犬といっしょに遊んでいる。アスカが走ると小犬もトテトテとついて走り、
草などがあるとじゃれつく。

「ねぇ、シンジぃ、名前決めたわ! アンタがオスだって言うからションよ!」

「ブチの方が似合ってるのに・・・。」

「ションって言ったらションよ! ねぇ、ション、おいでぇぇぇぇ。」

猫なで声でションを呼ぶアスカ。トテトテとアスカに寄っていくと、アスカの腕の中に
転がり込み、アスカの顔をなめる。

「きゃーーーー、くすぐったいでしょーーー。」

こんなアスカを見てたら、とても、ぼくには、アスカを説得することなんて、できない
よ。どうしたらいいんだ・・・。

<ミサトのマンション>

翌日、アスカの部屋は大騒ぎだった。

「ちょっと! こんな所でおしっこしないでよぉ〜! もぉ!」

ミサトにもアスカを説得しきれず、昨日だけという約束で、ションはアスカの部屋で寝
ることになったのだ。

「見てよ、シーツもパジャマもびちゃびちゃにされちゃったわよ。」

シーツと、脱いだパジャマを洗濯かごにつっこみに行くアスカ。その後をトテトテとシ
ョンがついて走る。ペンペンは、それを見ると冷蔵庫に逃げ込んだ。

「こら、出てきたらダメじゃない。早く入っときなさい。」

ションをだっこして部屋に閉じ込めるアスカ。

ガリガリガリ。ガリガリガリ。

外に出ようと、襖をひっかく音がする。

「もぅ〜。」

アスカは、部屋に入っていくと、襖の前に背の低いタンスを置き、ひっかけないように
防御した。

「しばらく、遊んでなさい。それから、おしっこはここでするのよ!」

そういってダンボールの中にゴミ袋を敷き、その中に細切れにした新聞紙を入れた、即
席トイレの上に何度も座らせるアスカ。

「いいわね、ここがトイレよ!」

「それから、ここに、ミルク置いておくから、お腹が減ったら飲むのよ!」

お皿いっぱいに溜めてあるいミルクに、少し口をつけさせ、ご飯のありかを
教える。一通りのことを教えると、リビングに出てきて朝食を食べる。

ガリガリガリ。クーンクーンクーン。ガリガリガリ。クーンクーンクーン。

タンスを引っかきながらアスカを呼ぶションの声がする。

「わかったわよ! そっちで食べればいいんでしょ!」

アスカは、自分の朝食を手に持つと、席を立って自分の部屋に入っていった。

「シンジぃ、ミルク持ってきてくれない?」

「いいけど。」

アスカが部屋に入ってしまったので、ミサトとシンジの2人になる。

「大家さん、いつまでごまかせそうですか?」

「それなのよねぇ、1階で犬を飼わさせてほしいって、言っちゃったからねぇ。」

「大家さんに見つかる前に、ちゃんとした飼い主見つけないといけませんね。」

「わたしも、いろいろ当たってるんだけどねぇ、マンション住まいが多いから、難しい
  わねぇ。」

でも・・・、たとえ見つかったとしても、アスカがションを離すだろうか・・・。

シンジは、今後どうしたらいいのか、考えていた。

「じゃ、アタシは学校に行ってくるから、おとなしくしてるのよ!」

アスカが両手を腰にあて、タンスの上に立ってションに言い聞かせるが、ションはそん
なことおかまいなしで、タンスをよじ登ろうと必死になっている。

「もぅ、ガリガリしないの! じゃ、行ってくるから、おとなしくしてるのよ!」

しかし、アスカが出ていった後も、アスカの部屋からはガリガリと音がしていた。

そして、夕方。

「やっと、帰れるわね。ご飯あれで足りたかしら。」

家路を急ぐアスカと、後ろから荷物を持つシンジ。帰りに、トイレをはじめとし、ペッ
ト用品を幾つも買い込んだのだ。

「ただいまー。ション! おりこうにしてた?」

家に帰り着くと、さっそく自分の部屋に飛び込むアスカ。

「・・・・・・・・・・・・・。」

自分の部屋の有り様を見て、声が出ないアスカ。服はいくつもボロボロになり、ベッド
はおしっこだらけ。床にはミルクがこぼれ、机やカーテンは傷だらけになっていた。

「な、なによこれーーーーーーーー!!!!」

アスカが、慌てて部屋に飛び込むと、ムニュっとする感覚を足に覚える。

「こ、これは!!!」

あわてて、靴下を脱ぐと、洗濯かごにほうり込む。返す刀で、雑巾とお湯を手に持って、
部屋に飛び込んでいった。

パーーーン!

おしっこをしたところの臭いをかがせたあと、ションのお尻を一発たたく。その後、今
日買ってきたトイレに、何度も座らせる。

「ション! トイレはここ!」

クーーーン。

お尻をたたかれ、脅えるションは、トイレでじっとしていた。

「しばらくそこでじっとしときなさい!」

アスカは、持ってきた雑巾にお湯をつけると、おしっこやらミルクやらを必死で、拭い
ていった。まだ着れる服とどうしようもない服を選り分け、大事なものは全て高いとこ
ろに移動した。カーテンなどのじゃれることができるものは全てはずし、ベッドは、ゴ
ミ袋で包み込んだ。

「はぁ、やっと片付いたわ。そーだ! ション! おいで、いいもの買ってきたの。」

それは、真っ赤な首輪だった。ワンポイントとしてピンクのハートマークがついている。
シンジは、オスにハートマークはおかしいと言ったのだが、絶対にこれがいいと言い張
って買ったものだった。

ションの首につけるアスカ。

「ほら、ゴムになってるから、1人で部屋にいる時に、どっかにひっかかっても安全な
  のよ。」

しかし、初めての首輪にションは苦しそうな顔をして、足でひっかき、はずそうとする。

「苦しい? しょうがないわねぇ。」

顔からぎりぎり抜けないくらいまで、緩めるてあげるアスカ。

「これなら、文句無いでしょ。

ようやく、ションも落ち着いたのか、他に買ってきたボールで遊びだした。

「アスカーーー、ご飯だよ。」

リビングから、シンジの声がする。疲れきった体を起こして、リビングに出て行くアス
カ。

部屋からは、相変わらずガリガリという音がする。

「もぅ! わかったわよ! そっちで食べるわよ!」

アスカは、自分のご飯の用意をブツブツ言いながら、全て部屋に運び込んで行った。

「アスカ、これも・・・。」

シンジがお茶を持って、アスカの部屋に入ると、さっきまでブツブツ言っていたアスカ
が、ションをだっこして一緒にご飯を食べている姿が見えた。

「アスカ、ここに置いておくからね。」

「あ、ありがとう。」

「アスカ・・・、いいお母さんになれるよ・・・。」

「はぁ? アタシは子供が大っきらいなのよ! 一生母親になんかならないわ!」

「そうかな?」

襖の前に立ちふさがるタンスの上にお茶を置くと、シンジは食卓の椅子に帰って行った。

「アハハハハハ、ほれほれ。」

アスカの部屋から、楽しそうな声が聞こえてくる。

アスカ・・・いいお母さんになれるさ・・・・。

それから数日、アスカとションの生活は続いた。ところが、ある日。

「困りますなぁ。うちには他の方もお住まいですし、規則として、犬や猫のような毛の
  飛ぶ動物は、認められていないんですから。近くに、アレルギー性の方でも住まわれ
  てたら、どうするつもりですか。」

「すいません。明日中に対処いたしますので。」

いつまで経っても、1階で犬を買い出さないので調べた大家さんが、文句を言いにやっ
てきたのだ。言い分は大家さんの方が正しいので、平謝りするミサト。そんな様子を、
部屋の影からシンジとアスカが覗いていた。

「大丈夫よ。絶対に離さないんだからね。」

ぎゅっとションを抱きしめるアスカ。

「じゃぁ、明日の間になんとかして下さいよ。」

大家さんは、念入りに注意をすると、部屋から出ていった。

「はぁ、困ったわねぇ。アスカ、ちょっと話があるの。」

「嫌よ! 絶対に嫌!」

「でもね、これ以上は無理よ。せめて、外で飼ってちょうだい。」

「嫌ったら嫌!」

「わたし、明日から、少し松代まで出張なのよねぇ。困ったわ。」

結局、その日もアスカとミサトは平行線のまま、終わってしまった。翌日シンジが起き
てくると、ミサトのメモだけが残されている。

『
  シンジくんへ

  わたしが帰るまでに、アスカを説得しておいてねん。
  頼んだわよ!! (はーと)

                               ミサト
』

ひどいよ! ミサトさん! こんな役目をぼくに押し付けるなんて!!

そのメモを見たシンジは、逃げ出したミサトを呪った。

「はぁ、おはよう。ミサトは?」

ションを抱いて、アスカが起きてきた。

「もう、出張に行ったみたいだけど・・・。アスカ、今日は早起きだね。」

「朝から顔をなめられるんだもん。寝てられないわよ。」

「その・・・ションのことなんだけどさ・・・やっぱり・・・。」

「嫌よ! 外なんかで飼ってたら、何をされるかわかったもんじゃないわ! だいたいア
  ンタは、どっちの味方なのよ!」

説得する前からアスカの猛攻に合い、何も言えなくなるシンジ。

はぁ、ミサトさん・・・ひどいよ・・・。

<公園>

ブランコに1人乗りながら考えるシンジ。今日1日中考えたが、いい案が浮かばない、
しかし、帰るとションの事を言わなければならないので、帰りたくなかった。

ションを見つけたのも、こんな夕日の奇麗な日だったなぁ。

シンジとアスカは、その日、この公園でションを拾ったのだった。

<ミサトのマンション>

「ほら、ショーーンおいでぇ・・・。」

アスカについてトテトテ走るション。最初来た頃よりは、だいぶしっかりと歩くように
なってきた。

「ほーーーら、次はこっちよーーーー。」

手を叩いて、ションを呼ぶアスカ。

アンアンアン。

アスカの方に、精一杯走って行くションだが、はたから見るとトテトテといった感じだ。

ピンポーーーーン。ピンポーーーーン。

「誰よ。」

ションを隠して、玄関に出て行くアスカ。ションはガリガリとタンスを引っかいている。
ドアを開けると、大家さんだった。

「ちゃんと対処してくれましたかなぁ?」

「そりゃーもちろん。」

笑顔で返すアスカ。しかし、後ろでは、ガリガリという音がする。

「あの音はなんですか?」

「さぁ、なんでしょうね・・・ハハハハハ。」

ドタ、ドタ。

何か後ろで物音がしている。アスカは気になって仕方が無い。

「なんですか? あの音は?」

「さぁ・・・ハハハハハハ。たまにあんな音がするんですよ・・・ハハハハハ。」

大家さんは、明らかに疑っている。必死で隠そうとするアスカだが、後ろから足音が聞
こえてきた。

トテトテトテ。

アンアンアン。

ションが、タンスを乗り越えて、アスカの元に走ってきたのだ。

「あ!」

アスカは、自分に近づいてくる足音の方を振り返ると、ションが見える。

「こ、こら!」

しかし、ションは、必死で走ってくると、アスカの周りを回り始めた。大家さんは、自
分の足にションがぶつかってきたので、何気なくよけたのだが。

ドン。

運悪く、よけた足がションに当たってしまい、ションは廊下に飛ばされる。

「な! なにするのよ!」

目の中に入れても痛くないほど、可愛がってたションを蹴飛ばされたと思ったアスカは、
頭に血が登る。

ドッカ。

アスカのゲンコツが、大家さんの顔にクリーーーンヒットしてしまった。もんどりうっ
て倒れる大家さん。

「な、なんてことをするんだ! この小娘は!」

確かに足は犬に当たったが、悪気があったわけでもないのに、いきなりゲンコツで殴ら
れた大家さんは、カンカンになって怒り出す。

「ウルサイわね! アンタがグチグチ言ってくるから、ややこしくなるのよ!」

起き上がった大家さんを家の外に蹴り出すアスカ。部屋のカギを掛けアッカンベーをす
る。

「フン! いい気味よ!」

ションが、アスカの足元に寄ってくる。

「アンタ、もうあのタンスを乗り越えるようになっちゃたのね。あんまり高くすると、
  部屋に入り辛くなるのになぁ。」

ションを抱きながら、アスカはリビングに戻っていった。

「さぁ、今度は何して遊ぼうか? あ、それより、そろそろご飯の時間ね。」

ミルクをお皿に入れるアスカの足を、ションが噛んでくる。

「いっ、痛いわねーー。ちょっと待ちなさいよ。すぐ入れるから。」

アスカの入れたミルクをおいしそうに飲むション。アスカはその様子を中腰で見つめる。

「大丈夫だからね。アタシがちゃーんとアンタくらい守ってあげるんだから。」

ピンポーーーーン。

ピクッ。

インターホンの音に反応するアスカ。

「アンタは、今度は出てきちゃダメよ!」

ミルクを必死で飲むションを置いて、ノシノシと玄関に出て行くアスカ。

ピンポーーーーン。

「ウルサイ!」

勢いよくドアをあけると、おののいたシンジが立っていた。

「い、いきなりなんだよ。チェーン鍵までかけたら、入れないじゃないか。」

「なんでもないわよ。早く入りなさいよ。」

「うん。」

リビングに入り、椅子に座るシンジとアスカ。シンジは、言ってもアスカが怒るだけな
ので、言いたくなかったが、諦めて切り出した。

「あのさ・・・、ションのことなんだけど・・・。」

「あー、それなら、もう大丈夫よ。」

「え? 何が?」

「大家を今日撃退・・・じゃなくって、大家さんが、もう飼ってもいいって言ってくれ
  たの。」

「えーーーーー、本当!?」

「そうよ。もう、こないと思うわ。

「やったじゃない! アスカ!」

「当然よ!」

アスカの得意げに張る胸の中には、あれだけ痛めつけたらもう来ないだろう、という思
いがあったのだ。

翌日、学校の準備をする2人。

「じゃ、ション行ってくるから、おりこさんにしとくのよ。」

「よかったね、家の中で飼えるようになって。」

アスカの部屋の中にいるションに、シンジも話し掛ける。ペンペンのこともあるし、部
屋の外には、いろいろな物が置いてあるので、外には出せない。逆に、アスカの部屋に
は、犬の臭いが染み付き、服から何から毛だらけのボロボロだった。以前のアスカなら
自分の大事にしていた服など、ボロボロにされたら怒り狂ってただろうが、ションのす
ることである。しつけはするものの、何をされても恨むようなことは無かった。

ションを置いて出て行く2人。

<学校>

ションが来てからというもの、授業中も落着かないアスカ。

はぁ、早くションと散歩に行きたいなぁ。
ション寂しがってるだろうなぁ。
                        :
                        :
たまには、サボって帰ってもいいわね。

「はい! 先生! 気分が悪いので帰りまーーーす。」

即断,即決,即実行のアスカである。そそくさと荷物をまとめると、昼ご飯も食べずに
早退して行った。

そんなに急がなくってもいいのに・・・。
許可がちゃんと降りたから、うれしいんだろうな。

アスカが帰っていく姿を見ていたシンジもうれしそうだった。

シンジは全ての授業を受け家に帰る。
ドアを開け、家に入ると、予想していたアスカとションの遊ぶ声は聞こえず、静かだっ
た。

散歩にでも、行ったのかな?

廊下を歩き、リビングに入ると、そこにはがっくりと肩を落として、アスカが座り込ん
でいた。

「どうしたのさ! ションは!?」

「大家が勝手に捨てたのよ! 探し回ったけど、この辺りにはいなかったわ! 殺して
  やるわ! あの大家!」

うつむきながら低い声で喋るアスカ。

「な、なんだって! 昨日、許可が降りたって言ってたじゃないか!」

「嘘よ。」

「何が嘘なんだよ!」

「許さない! 絶対に許さない! 弐号機で踏み潰してやるわ!」

フローリングの床を、拳で何度も叩き付けるアスカ。

「アスカ、事情を説明してよ! これじゃ、何もわからないよ!」

ガチャ。

そこにミサトが飛び込んできた。

「アスカ! あんた何んてことしてくれたのよ!」

明日まで出張予定だったミサトが、血相を変えて帰ってきだのだ。

「ミサトさん! どーなってるんですか! アスカは大家さんから、犬を飼う許可を貰っ
  たって・・・。」

「とんでもない。大家さんに暴行を働いたらしいのよ。傷害事件として訴えられてるわ!」

「な、何だって!!!」

「大家の奴が、ションを蹴り飛ばしたのよ! あの大家の奴が!」

「アスカ、とにかく、警察に行きましょう。あとは、ネルフの力でなんとかするから。」

結局、アスカは貴重なエヴァのパイロットという理由から、大家さんに謝るということ
でその場は納まった。アスカは、謝るどころか、大家さんを殺しかねない勢いだったが、
ネルフの面々が無理矢理アスカを納得させて、冬月副司令と加持の付き添う元、謝りに
行った。

それからのアスカは、火の消えた蝋燭のようだったが、シンジが必死で励まし支え、徐
々にではあるが、だんだんと笑みをこぼすようになって行った。

そして、3ヶ月後。

<キャンプ場>

「どう? シンジ、ここ奇麗でしょ。」

ミサトのマンションから、バスで数十分行った所にあるキャンプ場に、加持,ミサト,
シンジ,アスカの4人は、遊びに来ていた。加持はミサトに付き合い、バーベキューを
しながら酒を飲んでいる。シンジとアスカは、夕焼けを見に、林を抜けて丘の上に来て
いた。

「本当だ、奇麗だね。」

アスカは、ことある事にションのことを思い出すようだが、だいぶん元気になっている。

ガサガサガサ。

目の前の林にある草むらが揺れる音がする。何だろうと音のする方を見てみると、野良
犬の群れだった。

「ションも、野良犬になっちゃったのかなぁ。」

野良犬が走っていく様子を見て、ションのことを思い出したのか、アスカが呟く。そん
なアスカの目に、赤い首輪をした野良犬が飛び込んできた。

「ション!!」

咄嗟に丘を駆け下り、駆け寄っていくアスカ。最後に見たションとは大きさが、かなり
違ったが、ハートのワンポイントのある赤い首輪をしていた。

「ショーーーーン!」

林の下で、酒を飲んでいた加持とミサトも、アスカの叫ぶ声が聞こえたので、林の中に
走ってくる。

「アタシよ! ション!」

ションは、他の野良犬と共にアスカの方を見ていたが、その目は血走っており、敵を見
る目だった。

「ほら、ション。アタシよ! アスカよ! ごめんね、捨てたわけじゃないの。ごめんね。
  でも、もう大丈夫だから一緒に帰りましょ。」

グルルルルルルル。

しかし、ションは敵としてしかアスカを見ていない。

「ほら、アタシよ? わからないの?」

ジリジリと手を差し出し近づくアスカ。

ガッ!

ションがアスカに飛び掛かる。シンジが咄嗟にアスカを突き飛ばした。それと同時に、
走ってきた加持がションを蹴り飛ばす。

キャウン。

後ろに回ってひっくり返るション。

「加持さん! やめて! それはションなのよ!」

「違うよ! あれはションじゃないんだアスカ!」

「違わないわよ! あの首輪はアタシが買ってあげたものなのよ! 忘れるわけないわ!」

ションに近づこうとするアスカを、シンジが必死で押さえる。

「アスカ、ダメだ。可哀相だが、あれは狂犬病だ。」

加持もアスカを制する。

「きょ、狂犬病! そ、そんなの、アタシが連れて帰って! 病院に連れて行って! 治
  してあげるわよ!」

シンジの手を振りほどいて、ションに近づこうとするアスカの様子を見て、加持は拳銃
を取り出した。

「許せ!」

ガーーーーーン。

加持の拳銃がこだまする。

「やめてーーーーーーーーーー!!!!」

しかし、加持が引き金を引くより、ほんの少し早くアスカが加持の手に飛びつく。銃弾
は外れションには当たらなかった。銃声を聞き逃げ出す野良犬達。

ガーーーーーン。

キャウン!

別の方向で、銃声がする。加持の手を押さえていた、アスカが振り返ると、そこには銃
を構えているミサトがいた。

「な、な、なんてことするのよ!」

アスカは、ミサトの元に走りより、頬を叩く。目の前の林には、足を撃ち抜かれ血を流
しながらも、必死で逃げようとするションの姿があった。

「ション!」

アスカが近寄っていくが、ションはよだれを垂らし、アスカを睨み付けている。

グルルルルルルルル。

「アタシが、ちゃんとしてなかったから・・・。ごめんね。ごめんね。許してもらえな
  いだろうけど、ごめんね。」

人前では泣かないアスカが、ションの前で泣きじゃくる。足を撃ち抜かれ、身動きが取
れないションは、必死でアスカを睨み付けていた。
泣きじゃくるアスカの横に、ミサトが寄ってくる。

「アスカ、このままにしておけば、他の人に被害が出るわ。悪いけど・・・。」

銃をションに向けるミサト。

「待って!!!!!」

アスカが、ミサトの銃を持つ手を押さえる。

「アスカ、わかってちょうだい。お願い。」

ミサトは、まともにアスカの目を見ることができない。

「ア、アタシが・・・・アタシにやらさせて・・・。」

「アスカ・・・・・・・・・・。
  そう、わかったわ。」

ミサトから銃を預かるアスカ。

「ション・・・。ごめんね。アタシが悪いの。全てアタシが・・・。」

ションは、アスカを睨み付けたまま、うなっている。

「ごめんね。ごめんね。・・・・・・・・・・・・・・・・。」

ガーーーーーーーーーーン。

                        :
                        :
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                        :

<人工の広場>

「アスカ、埋めるよ。」

「ええ。」

アスカとシンジの前に掘られた穴。そこには、アスカが風呂に入れた冷たいションがい
た。スコップですくい、土をかけだすシンジ。

「ちょっとまって、やっぱり、この首輪、つけたままにするわ。」

ゴムでできているとはいえ、大きくなったションの首には小さかった首話。苦しそうだ
からということで、アスカが取ったのだ。

「そう・・・。」

「ええ、最後までしていた首輪だもんね。あそこでアタシがションを見つけられたのも、
  この首輪のおかげだし・・・。遠い未来、アタシがあの世に行った時に、この首輪を
  している犬を探すの。」

「うん。わかった。」

少し窮屈な首輪を、アスカはションの首にかけた。

「ちょっと窮屈だけど、アタシが迎えに行くまで、我慢しててね。」

「じゃ、かけるよ。」

「ええ。」

土がかけられ、見えなくなっていくション。クリームっぽい白にブチのション、トタト
タと歩いてたころが目に浮かぶ。完全に、土がかぶった上に、木の苗が植えられた。

「ション・・・・。」

松の苗をじっと見つめるアスカ。

「アタシは一生懸命世話をして、可愛がってあげれば、それでいいんだと思ってた。で
  もそれだけじゃ、ションへの責任だけで、社会への責任は取れてなかったのね。」

シンジに話し出すアスカ。

「アスカすごいね。」

「そんなこと無いわよ。シンジなんか最初からわかってたみたいだし。」

「よくわかんないや。」

「ションは、いろいろなことを教えてくれたわ。育てることの難しさ,責任・・・・・
  ・そして・・・・・喜び。」

「そうだね。」

「次は、こんなことにならないわよ! がんばろうね、シンジ!」

「何を?」

しかし、シンジの言葉には答えず、走っていくアスカ。

「早く来なさいよ! グズなんだから!」

「まってよ! 何をがんばるんだよ!」

ションの上に植えられた苗木。この木が大きく育ち緑の葉を茂らせる頃、アスカが何を
学んだのか、シンジにもわかることでしょう。

fin.
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