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知らなかったから
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使徒との戦いも終わり、世界には平和が訪れた。NERVは、世界再建の要という位置
付けのまま存続し、最大の権力を手に入れていた。
エヴァは、その必要性を失った。しかし、20世紀の核兵器と同じく、抑止力として存
在している。それに伴い、3人のチルドレンもパイロットとして残された。今やチルド
レンは、世界の子供のあこがれであり、全世界の尊敬すべき象徴だった。
その3人のチルドレン達は、それぞれが新たな生活を歩んでいた。
レイは、ミサトのマンションの隣の部屋へ引っ越した。今後生活するには、人とのふれ
あいが必要不可欠であるという判断からであった。現在は、ゲンドウと共に戦いの後始
末を行っている。本当に普通の生活が送れるようになるのは、あと数日を要した。
アスカは、シンジの看病の結果、病院を退院。現在はドイツでリハビリを行っている。
経過は順調で、来週には、来日予定である。
シンジは、ミサトが加持と結婚した為、マンションで1人暮らしをしており、1人で学
校へ通う毎日を過ごしていた。

<学校>

疎開の為、生徒の様子は様変わりし、今のクラスには、シンジの知っている顔は誰もい
なかった。人と話をすることが苦手なシンジは、休み時間になるとヘッドホンステレオ
を聞いている。そんなシンジをクラスメートは遠ざけていった。

まだ、生徒が少ない為、1クラスしか無い。1クラスといっても、女子4人、シンジを
含め男子5人の寂しいものであった。

ある、美術の授業の時間、男女ペアでお互いの絵を書くことになった。1人余る男子は、
先生とペアを組むことになった。

「あの、誰かぼくと組んでくれないかな?」

シンジが女子に話し掛けるが、クラス全員から冷たい視線が帰ってきた。

「嫌よ! なんであんたなんかと、組まなきゃいけないのよ!」
「気安く話し掛けないでよ!」

さらに男子からも、罵声が浴びせられる。

「おまえみたいな、何の取り柄も無いような奴は、ひっこんでろ!」
「女にもてない奴は、悲しいよなぁ。ハハハハハ。」

「ご、ごめん。もう、話し掛けないようにするよ。」

「当然よ! 二度と話し掛けて来ないでよね!」

「ちょっとは、もてるようになれよ〜〜〜〜!」

冷やかされる中、シンジはしょんぼりして、先生の所へペアを組みに行った。

シンジの学校生活は、全てがこの調子だった。

ある朝、シンジが学校に着くといつも仲の良い男子4人と、女子4人が別々に固まって
話をしていた。

「えらい美人な転校生らしいからなぁ。」
「本当に今日2人も来るのか?」
「おう、間違い無い情報だ! やっと、腐れ女子から開放されるぜ。」

男子の会話である。

「なによ、たかだが、転校生が来るぐらいで!」
「今まで、ちやほやしてきてたのに、最低ね!」
「二度と、口なんか聞いてやんないんだから!]

こちらは、女子の会話である。

「ぼくには関係ないや・・・。」

シンジはヘッドホンステレオを耳に当てると、授業開始を待った。

そして、朝のホームルームになる。

「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく。前にも、この中学校に通ってましたけど、
  ちょっと用事でドイツまで行っていました。また、お世話になります。」

「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

男子4人が、同時にどよめく。

「フン、なによ!」

女子の1人が、小声で愚痴を言う。

「綾波レイです。」

レイが必要最低限の挨拶をする。

「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

それでも、男子4人が、同時にどよめく。

「いままで、なんだかんだと愛想ふりまいてきてたくせに!」

別の女子の1人が、小声で愚痴を言う。

アスカ、来週だって言ってたのに。早いなぁ。綾波、今日から学校これるんだ。やっと、
学校も退屈じゃなくなるや。

シンジは、男子のどよめきなど気にも止めず、知った顔が戻ってきたことを喜んでいた。

1時間目の授業が終わる。

キーンコーンカーンコーン。

男子が一斉に、アスカとレイのもとへ走った。が、アスカは、レイとシンジを引っ張って
廊下へ出ていった。

「な、な、な、なんだ???」

ぽかんとする男子。

「なんで、碇なんかと・・・。」

状況がつかめぬまま、男子は席に戻った。

「久しぶりね。」

アスカがシンジに挨拶をする。

「そうね。」

レイが、簡単に返事をする。

「うん。アスカもすっかり元気になったね。」

「あったりまえでしょ!」

何気ない再会の挨拶が、かわされる。

「でも、よかったよ。2人が戻ってきてくれて。誰も、ぼくと話してくれなかったから、
  寂しかったんだ。」

「それ、どういうことよ!」

シンジは自嘲ぎみに、今までの生活を話す。

「な、なんですってぇ!! 許せないわね!!」

「そうね。」

レイは冷静ではあるが、目が怒っていた。アスカにいたっては、怒髪天状態であった。

「ア、アスカ? あ、あの・・・。」

いきなりアスカが怒り出した為、何か悪いことでも言ったかと、問い掛けようとするが、
アスカに言葉を中断される。

「アンタは黙ってて! ファースト! 一時休戦よ!」

アスカはそう言うと、レイの耳元でなにかをささやく。

「わかったわ。」

レイもうなずく。

キーンコーンカーンコーン。

授業開始のチャイムである。

「もう、教室に戻らないと。」

シンジが教室に戻ろうとすると、右腕にアスカ、左腕にレイが腕をからめてくる。

「ちょ、ちょっと・・・。アスカ? 綾波?」

「戻りましょ。」

「戻るって。ちょっと・・・。」

「うだうだ、言ってないで! もうチャイム鳴ってるのよ!」

そのまま、シンジは2人に引きずられるように、教室へ帰って行った。
教室に戻ってきたシンジを見たクラスメート、主に男子は唖然とする。

「なんで、碇とアスカさんやレイさんが・・・。」
「なんで、あんな碇なんかと仲良くしてるんだ??」

男子は、お互い見詰め合う。今まで誰があの2人をゲットするかで、ライバル意識を燃
やしていた男子達だったが、非常事態である。

一方女子は。

「フン。いい気味よ! あんな女、碇みたいなのがお似合いよ。」
「あの、男子の慌てようったら。自業自得よねぇ。」

思惑は違うものの、シンジとアスカやレイが仲良くしていることを賛美していた。

昼食時、4人の男子がアスカとレイのところに駆け寄る。今までの休み時間も、声をか
けようとしたが、アスカもレイもすぐにシンジの所へ行くので、声がかけれなかったの
だ。

「あんな、碇みたいな奴より、俺達と昼ご飯食べない?」
「転校してきたとこで、知らないかも知れないけど、あいつは、取り柄の無いどうしよ
  うもない奴なんだ。」
「あんな奴と一緒にいたら、仲間はずれにされちゃうよ。」

シンジを中傷し、自分達に気を引こうとする男子達。しかし、完全に逆効果だった。

「な、な、な、なんですってぇ!!!!!!!」

これにはアスカは切れた。男子4人は、ことごとく、アスカの平手をくらわされた。
レイは、無視して既にシンジの所で昼食を取っていた。

「フン! 今度、シンジのことをちょっとでも悪く言ってみなさい! そんな程度じゃす
  まないわよ!」

あまりの怒声に教室が静まる。アスカの怒声に馴れている2人だけは、気にせず昼食を
とり続けていたが、おさまりが付かなくなりそうになってきたので、シンジがアスカを
呼ぶ。

「アスカ。早くおいでよ。」

「え? あ、うん。」

アスカは、来る道で買ってきたらしいパンを持って、シンジ達の所へ向った。

頬をはらして、呆然としていた男子4人だったが、我に返るとその怒りをシンジに向け
た。

「碇のくせに、調子に乗ってんじゃねーよ!」
「一回、碇を締め上げないといけないな。」

そして、シンジへの謀略決行は明日の放課後と決まったのだった。

その間も、アスカとレイは必要以上にシンジとベタベタしていた。

「シーンジー。はい。あーーん。」

アスカの食べかけのパンを、シンジの口に入れる。

「碇くん、今度は私が。」

レイも、自分のパンをシンジの口に突っ込む。

「モグモグ・・・、ちょ、ちょっと、2人ともどうしたのさ? モグモグ・・・、もう
  いいよ。モグモグ。」

シンジは恥ずかしくて、なんとか止めてもらいたかったのだが、アスカとレイは許さな
い。

「アタシのパンが食べれないってーの?」

「い、いや・・・。そういうわけじゃ・・・。」

「じゃー何? また、口移しじゃないと嫌だって言う気?」

アスカがニヤニヤしながら、さらりと言ってのける。その言葉を聞いたシンジは顔を真
っ赤にして、反論する。

「ぼ、ぼ、ぼ、ぼくがいつ、そんなこと言ったんだよ!」

「そうなの? 碇くん?」

「ち、違うって、言ってないよ。信じてよ。」

バタバタと手を振り、レイにも言い訳をする。

「アハハハハハハハ。」

教室の中で唯一なごやかな3人であった。そんな光景を見ていた男子達は、はらわたが
煮えくり返る思いで、弁当を食べていた。

翌日、相変わらずベタベタする3人を横目に、4人の男子は作戦を練っていた。
そして、運命の放課後、下校のチャイムが鳴ると同時に姿を消した。

シンジ達は、下校の用意をすると、校門に向う。シンジ達の数メートル後をクラスメー
トの女子達が下校している。

校門には、シンジ達を待ち受ける男子4人の姿と、それを見つめる3人の人影があった。

「鈴原、あの子達、碇くんにどーとか言ってない?」

凶器を持つ男子4人の会話を聞いていたヒカリは、青ざめて鈴原を見る。

「なんやと! ワイがパチキかましたる。」

だだ、いきり立つトウジをケンスケが止める。

「やめとけよ、トウジ・・・。無意味だよ。」

「なんでや! ワイはあいつらが許せんのや!」

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何も知らないシンジ達が、校門にさしかかると、クラスの男子がシンジ達の前に立ちふ
さがる。

「どうしたの?」

シンジが不思議そうに問い掛ける。

「お前が、どれだけ情けない奴かってのを、今ここでみんなに教えてやるのさ。」

4人の男子達の手には、スタンガンや、ナイフが握られていた。

「ちょ、ちょっと、アンタ達、バッカじゃないの??? やめなさいよ!」

「まぁ、見てて下さいよ。アスカさん。こいつが、どれだけ情けないかすぐにわかりま
  すから。」

「あーのーねー・・・。はぁ・・・・・・。じゃ、好きにすれば?」

アスカは、天を仰いだ。

4人の男子は、ジリジリとシンジに近寄る。

「そういうことは、やめた方が・・・いいと思うよ。」

シンジが言うが、4人の男子は笑うだけだ。

「ハハハハハハハハ。素直に、もうアスカさんやレイさんに近づきませんって、誓って、
  ここで土下座したら許してやってもいいがな。」

「いや、だから・・・。君達が危ないから・・・。」

「なんだと! ちょっと、もてたからってかっこつけんじゃねー!!」

1人の男子がスタンガンでシンジを襲う。それがきっかけとなり一斉にシンジに襲い掛
かった。

ガーンガーンガーンガーン。

どこからともなく銃声が聞こえる。4人の男子は、その場にうずくまる。腕を打ち抜か
れたのだ。
4人の男子が顔を上げた時には、既に黒服の男達に取り囲まれていた。

「な、なんなんだよ、あんた達は・・・・。」

痛む腕を押さえ、恐怖に脅えながら、1人の男子が問い掛ける。

「ネルフ保安諜報部の者だ。傷害の現行犯で逮捕する。」

「な、なんで・・・。こんなところに、ネルフの・・・。」

もう1人の男子が、苦痛に顔を歪めながら問い掛けると、後ろから声が聞こえた。

「おまえら、ほんまあほやなぁ。」

トウジであった。横にはヒカリ、やや後ろにはケンスケがいる。

「トウジ!! ケンスケ!!」

シンジがトウジとケンスケの元に走りよる。

「アスカーーーーー。久しぶりぃ!!」

「ヒカリぃ!」

ヒカリは、逆にアスカの元へ走りよった。

ケンスケは、シンジとの再会を喜んでいたが、シンジの後ろにうずくまる4人の男の方
へ目をやると、

「おまえら、本当に馬鹿だな。エヴァのパイロットに手なんか出したらどーなるかくら
  いわかるだろうに。」

「パ、パ、パイロット???? え? ということは、碇が、あの、チルドレン!!??」

1人の男子が腰を抜かさんばかりに驚きの声を上げる。驚いたのは、彼1人ではない。
他の男子も、後から、歩いてきていたクラスメートの女子達も、呆然とシンジを見つめ
る。

「碇くんって、チルドレンだったの?」

1人の女子が、おずおずと話し掛ける。

うなずくシンジ。

「「「「えーーーーーーーーーーー。」」」」

女子達全員が悲鳴にも近い声を上げた。

「それなら、そうと早く言ってくれればいいのに!」
「わたし達も、碇くんって、ちょっと他の男子達とは違うなぁって思ってたのよねぇ。」
「ねぇねぇ、パイロットって、どんなことするの?」

いきなり、羨望の眼差しの中、黄色い声を浴びせ掛けられるシンジ。しかし、シンジは
黙っている。

「ねぇ、碇くーん、どうして黙ってるのよーーー。」

また、一人の女子が黄色い声を浴びせる。

「いや、だって、話し掛けないでくれって・・・。その・・・。」

小声で言い訳をするシンジ。

「あー、あんなの冗談に決まってるじゃない。やーねー。」

『気安く話し掛けないでよ!』と言った女子が、パタパタと手を振って否定する。

「ちょっと!! アンタ達!! 気安くシンジに話し掛けないでよね!! なーに、その
  手の平を返すような態度。シンジぃ、アンタもこんな奴等に話をする必要ないからね!」

ムッっとする女子達。

「だって、チルドレンだって、知らなかったんだもん。仕方無いでしょー。」

これには、アスカも切れる。

「いいかげんにしなさいよ!!! チルドレンだったら、誰でもいいってーの!!?
  シンジ、こんな尻軽女達の相手なんかすることないわ! 帰りましょ!」

「誰が尻軽女よ!」
「わかった、碇くんがチルドレンだって知ってたから、付きまとってたのね!」
「あの2人も、結局、チルドレンだからべたべたしてたのよ、きっと!」

ヒカリは、シンジ絡みの問題だった為、アスカにまかしていたが、このアスカとレイを
中傷する言葉には、我慢ならなかった。

「あんたたちねーーー! そんなわけないでしょーーー! アスカや綾波さんが、どれだ
  け碇くんの事、思ってるかも知らないで! 適当なこと言わないで!」

「どうちがうってーのよ! チルドレンだからまとわりついてるだけじゃない!」

女子達も負けずに反論するが、

「あんたたちねーー、アスカも綾波さんも、エヴァのパイロットなのよ! チルドレン
  とかそんなのが関係あるわけないでしょ!」

「ゲ!」
「嘘ぉ〜。」

目の前に、世界を救ったチルドレンが勢揃いしていたのである。腕を打ち抜かれた男子
4人も、いままで言い合っていたクラスメートの女子も唖然とするばかりであった。

                        ●

その後、諜報部に捕まった男子4人はシンジの願いにより、無罪釈放となった。クラス
にも、疎開していた昔のクラスメートが帰ってきて、にぎやかになっていった。
そんな中、シンジは落着かない日々を過ごしていた。例の事件のせいで、一時休戦して
いた、シンジ争奪戦が再発していたのだ。

「今日は、アンタ週番でしょ! 1人で帰りなさいよ!!!」

「碇くんは、私を待っていてくれるわ。」

「シンジ、ファーストなんかほっといて、さっさと帰るわよ!」

「碇くん。あの人は早く帰るみたいだから、後で一緒に帰りましょ。」

2人の天使に悩まされながら、少し前の静かな時を懐かしむシンジであった。

fin.
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